【赤城神社主婦失踪事件】志塚法子さん失踪の経緯は?霊能力者が見た真実!

神隠しではないかと話題になった赤城神社主婦失踪事件。警察の捜査で見つからなかった志塚法子さんを探すために、残された家族がテレビで霊能者に透視をしてもらったことでも話題となりました。それでは、赤城神社主婦失踪事件の志塚法子さんにまつわる噂の真相に迫っていきます!

【赤城神社主婦失踪事件】志塚法子さん失踪の経緯は?霊能力者が見た真実!のイメージ

目次

  1. 1赤城神社主婦失踪事件とは
  2. 2赤城神社主婦失踪事件の詳細
  3. 3赤城神社主婦失踪事件の捜査
  4. 4赤城神社主婦失踪事件の噂と真相
  5. 5赤城神社主婦失踪事件を霊能力者が透視
  6. 6赤城神社主婦失踪事件後の家族
  7. 7赤城神社主婦失踪事件はまさに神隠しのような事件

赤城神社主婦失踪事件とは

皆さんは1998年5月3日に起きた「赤城神社主婦失踪事件」という事件を聞いたことがあるでしょうか?千葉県に住む志塚法子さんの一家が、家族で群馬県の赤城神社を訪れていた時にその事件は起こります。

警察が捜査に乗り出したことからすぐに見つかると思われていましたが、志塚法子さんの足取りは全くつかめませんでした。突然の失踪に世間では神隠しではないかと騒がれるようになり、テレビなどでも取り上げられましたが未だに解決はしていません。

その後、この失踪事件は赤城神社主婦失踪事件と呼ばれるようになり、日本における未解決事件として度々メディアなどに取り上げられています。

神隠しと言われている事件

赤城神社主婦失踪事件が起きて神隠しという言葉が注目を浴びるようになりましたが、これまでも日本国内だけでなく世界中で神隠しと言われる事件は起きていました。神隠しと言われるものは過去の話ではなく現在でも世界のどこかで起きています。

忽然と姿を消してしまう神隠しと呼ばれる事件は日本でも起きていて、「室蘭女子校生失踪事件」や「たけのこ掘り行方不明事件」などの事件を覚えている人も多いでしょう。神隠しと言われる失踪事件は知れば知るほど不可解なものばかりです。

赤城神社主婦失踪事件の詳細

1998年の5月3日に起きた赤城神社主婦失踪事件で行方不明となってしまった志塚法子さん。まるで神隠しのように忽然と姿を消してしまった志塚法子さんの行方について気になっていたという人も多かったのではないでしょうか?

しかし、有力な手掛かりがないまま志塚法子さんは未だに発見されていません。しかも調べれば調べるほど不可解な点が浮かび上がってくるのです。ここでは、まるで神隠しのようだと言われる赤城神社主婦失踪事件の詳細についてみていきます。

赤城神社で起きた主婦失踪事件

1998年5月3日、群馬県宮城村三夜沢にある赤城神社でその事件は起こりました。ツツジの名所として有名な赤城神社は満開の頃には多くの人が訪れるようになります。志塚法子さんが訪れた5月3日も多くの人で賑わっていました。

そんな中、多くの人で賑わう赤城神社で志塚法子さんは忽然と姿を消してしまいます。後にそれは赤城神社主婦失踪事件と呼ばれ、「事故に遭ったのか?」、「それとも拉致されたのか?」はたまた「自ら失踪したのか?」など様々な憶測が飛び交いました。

失踪した志塚法子さん

まるで神隠しのような事件であると言われている赤城神社主婦失踪事件。失踪したのは千葉県白井市に住む主婦の志塚法子さんでした。失踪当時の年齢は48歳で、身長は156cmのややぽっちゃりとした体型だったそうです。

耳が不自由で補聴器を手放せなかったようですが、失踪した時は補聴器をつけていませんでした。補聴器をつけていない状態だと時折めまいを起こして倒れることもあったそうです。しかし、その点を除けばいたって普通の主婦と言えるでしょう。

失踪当時の身なり

赤城神社主婦失踪事件と呼ばれる事件で忽然と姿を消してしまった志塚法子さんですが、失踪当時の身なりはとても目立つものでした。ピンクの長袖のシャツに黒いスカート、それにハイビスカスのついた青いサンダルを履いていたそうです。

さらには雨も降っていたことから赤い傘をさしていました。この身なりを聞いただけでもかなり目立つ身なりであったことがうかがえます。

志塚法子さんが失踪する経緯

千葉県に住む48歳の主婦が失踪してしまった赤城神社主婦失踪事件。不可解であると言われる赤城神社主婦失踪事件を知る上で、まず知っておかなければならないのは志塚法子さんが失踪した経緯についてではないでしょうか?

これから志塚法子さんが失踪してしまった経緯についてご説明しますが、失踪した経緯を知れば知るほど赤城神社主婦失踪事件への謎は深まるばかりです。それでは、志塚法子さんが失踪した経緯についてみていきましょう。

事件当時は雨だった

赤城神社主婦失踪事件と呼ばれる神隠しのような事件が起きたのは1998年5月3日でした。千葉県に住む志塚法子さんとその家族(夫、娘、孫、義母、叔父、叔母)で群馬県にあるツツジで有名な赤城神社を訪れました。

その日は朝から雲が厚く雨も降りだすのではないかという空模様でしたが、せっかくのツツジ見物ということで群馬県へと車を走らせます。赤城神社についたのは午前11時半頃。この頃には雨は本降りとなっていました。

夫と叔父を追って参道を登る

目的地である赤城神社についたものの、雨が激しく降っていたために神社に行くかどうか迷ったそうです。しかし、せっかく来たのだからせめてお参りだけでもしておこうという話になり夫と叔父だけが神社に向かいました。

車に残された志塚法子さんたち5人は夫と叔父が車に戻るのを待っていたそうです。それから20~30分が経った頃、おもむろに志塚法子さんがせっかく来たのだから賽銭だけでも入れてくると言い車を降りました。

車を降りた志塚法子さんは賽銭用にと100円玉と1円玉を持ち、赤い傘をさしながら神社へ向かった夫と叔父を追って参道を登っていったそうです。

娘が最後の志塚法子さんの姿を目撃

夫と叔父、それに志塚法子さんの3人が神社に向かったために車に取り残される形になった4人は、3人が神社での参拝を終えて帰ってくるのを待っていたそうです。当時、娘さんには小さな子供がいたために車を降りて子供をあやしていました。

その時に何気なく神社の方へと視線を移します。すると参道から離れた場所に佇む志塚法子さんの姿が目に入りました。その時、娘さんは「あんなところで何をやっているのだろう?」と疑問に感じたそうですが、それほど気には留めませんでした。

神隠しかのように姿が消える

後に赤城神社主婦失踪事件と呼ばれるこの事件ですが、この時点ではまだ普通に家族での旅行という何気ない日常の一コマであったはずです。ですから娘さんも志塚法子さんが参道から離れた場所にいてもさほど気に留めなかったのでしょう。

この時、娘さんは子供をあやしていたということもあり、志塚法子さんから一瞬目を離したそうです。時間にしてほんの数十秒でした。その後もう一度同じ場所を見た時には、志塚法子さんの姿は跡形もなく消えていたそうです。

赤城神社主婦失踪事件の捜査

その後、夫と叔父は戻ってきたものの待てど暮らせど帰ってこない志塚法子さん。心配した家族は懸命に行方を捜したそうですが、どうしても見つけることができなかったために警察へ通報します。

GW中で人が多くいたことから目撃者もいると思われていた上に、昼間の出来事だったため誰もがすぐに発見されると思っていたのではないでしょうか?ここでは、赤城神社主婦失踪事件における警察の捜査についてみていきます。

10日間捜査するも見つからず

志塚法子さんが忽然と姿を消してしまったことにより捜査が開始されることになった赤城神社主婦失踪事件。警察もこの赤城神社主婦失踪事件が、未解決のままになってしまうとは思っていなかったことでしょう。

家族からの通報を受けた警察はすぐに100人体制で志塚法子さんの捜査に乗り出しました。赤城神社の参道はキレイに整備されていたのですが、参道を外れて山中に迷い込んだ可能性もあるとみて山狩りも行ったそうです。

しかし警察の捜査は難航を極めます。警察犬も投入されるなど大規模な捜査が行われたのですが、一向に志塚法子さんの痕跡を見つけることができませんでした。

有力な目撃情報はなし

山狩りを行うなど警察による懸命な捜査が行われていた赤城神社主婦失踪事件ですが、警察は山狩りなどの捜査と並行して志塚法子さんの足取りをつかむために聞き込み捜査も行ったそうです。

当時はツツジを見に来ていた観光客が多くいたことから、誰かが志塚法子さんを目撃しているのではないかと考えました。群馬県警にも20件ほどの情報が寄せられたのですが、手掛かりになるような有力な目撃情報を得ることはできませんでした。

捜査上の不可解な点

赤城神社主婦失踪事件が20年以上たった現在も解決せず、逆に謎ばかりが深まっていると感じている人も多いのではないでしょうか?。その理由は捜査をしていた時にいくつもの不可解な点があったためと言われています。

それほどまでにこの赤城神社主婦失踪事件という事件は不可解なことが多いとされる事件です。それでは赤城神社主婦失踪事件の不可解な点について詳しくみていきましょう。

①GWで大勢の観光客がいた

捜査を進めていく上で、いくつもの不可解な点が浮かび上がってきた赤城神社主婦失踪事件。捜査の段階で一番最初に不可解な点として取り上げられたのは、やはり目撃者が皆無ということではないでしょうか?

当時の赤城神社はツツジがちょうど見頃になっていた上に、GW中ということもあり神社の境内は参拝に来た人とツツジを見に来た人で賑わっていたそうです。そんな中で誰にも見られずに失踪してしまうことなどできるものなのでしょうか?

②失踪後に無言電話

赤城神社主婦失踪事件においてGW中であったにもかかわらず目撃者がいないことで奇妙な事件として扱われるようになってしまうのですが、さらに関係者を困惑させたのは「無言電話」でしょう。

山狩りなどに加え目撃者もいないことから捜査は混迷を極めていたのですが、志塚法子さんが失踪してから千葉の自宅に無言電話がかかってきたそうです。局番から大阪と米子ということが判明したのですが、事件と関わりがあったのかどうかまではわかりませんでした。

志塚法子さんの捜査は打ち切り

1998年5月3日に起きた赤城神社主婦失踪事件。家族をはじめ警察や関係者などは考えうるありとあらゆる可能性を探って懸命に志塚法子さんを探したはずです。

残された家族はテレビ番組にも出演して志塚法子さんの情報提供を呼び掛けました。しかし懸命の捜査も実らず、10年後の2008年に赤城神社主婦失踪事件の捜査は打ち切られてしまいます。

赤城神社主婦失踪事件の噂と真相

ここまで何度も言ってきましたが、赤城神社主婦失踪事件は警察が捜査を行えばすぐに解決すると誰もが思っていました。どのような状態で失踪するにしても、必ず誰かの目に触れていたと考えるのが当然の状況だったのです。

そんな状況の中、赤城神社主婦失踪事件に関し巷では様々な噂が流れていることをご存知でしょうか?ここでは、赤城神社主婦失踪事件についての噂とその真相についてみていきます。

噂①駆け落ち説

多くの人の目があったにもかかわらず、神隠しのように忽然と一人の人間が消えてしまった赤城神社主婦失踪事件。この赤城神社主婦失踪事件は奇怪な事件としてメディアでも取り上げられたことから多くの噂が流れるようになりました。

その噂の一つは「駆け落ち説」です。赤城神社主婦失踪事件の真相が駆け落ち説ではないかと言われるようになった理由は、志塚法子さんを目撃した人がいない点と悲鳴などの声を聞いていないことにあるそうです。

赤城神社主婦失踪事件の真相が駆け落ちであるという仮説に基づいて考えた場合、先に参拝に行った夫と叔父に会わないように参道から外れ、駆け落ちする男性と会って一緒に車に乗り込んで走り去ったという仮説が成り立ちます。

当時の志塚法子さんの年齢は48歳ですから、老け込むにはまだ早い年齢と言えるので駆け落ちしたとも考えられなくはないでしょう。世の中には40代や50代で好きな異性と駆け落ちしたという話も聞かないわけではありません。

しかし、赤城神社主婦失踪事件を駆け落ち説とするには疑問が残るという声もあります。駆け落ちをするにあたって、なぜわざわざ地元の千葉から離れる必要があったのでしょう。しかも駆け落ちを人ごみの中で行う必要があったのかという疑問も生まれます。

世の中に駆け落ちをしたことのある人は少ないとは思いますが、もし駆け落ちをするなら家族のいない平日の昼間にしようと思うのではないでしょうか?ですからこの赤城神社主婦失踪事件の駆け落ち説は可能性が低いと言われています。

噂②事故説

赤城神社主婦失踪事件において志塚法子さんが失踪した理由は駆け落ち説であるという噂が流れています。しかしそれに反論するように赤城神社主婦失踪事件の真相は「事故説」であるという噂も流れていました。

参道は整備されているため普通に歩いている限りは事故には遭わないでしょう。山の中に志塚法子さんの気になる何かがあったために入ってしまって迷ったか、はたまた駐車場で交通事故に遭ったと考えた場合に成り立つ説です。

しかし、多くの人で賑わっていた神社で不審な声や物音を聞いた人がいないことに加え、もし事故で亡くなっているのなら遺体が出てきてもおかしくないため、この説も可能性が低いと言われているようです。

噂③神隠し説

不可解な点が多いことから駆け落ち説や事故説などの噂が出てくるようになった赤城神社主婦失踪事件。様々な噂が飛び交う中でやはり根強く残っているのは「神隠し説」ではないでしょうか?

今のご時世に神隠しは非科学的だという人もいるかもしれません。しかし赤城神社主婦失踪事件が神隠しであると思わせる事件が過去に起こっていました。古い話ではあるのですが、大正時代や昭和の初めに実際に人が消えたという失踪事件が起こっていたのです。

過去に人が消えてしまったという事件が起こった経緯があるために、赤城神社主婦失踪事件は神隠しと言われるようになったのではないでしょうか?

テレビ番組で解明を望む

赤城神社主婦失踪事件においてあまりにも有力な情報が得られないために、駆け落ち説や事故説さらには神隠し説まで出てくるようになりましたが、残された家族の願いとは裏腹に全く事件の真相にたどり着くことができずにいました。

そこで残された家族たちは赤城神社主婦失踪事件をテレビ番組で取り上げてもらおうと考えます。そして広く世間の人に知ってもらい赤城神社主婦失踪事件の真相に少しでも近づこうとしました。きっと家族にとっては藁にもすがる想いだったのではないでしょうか?

「奇跡の扉TVのチカラ」

かつて2000年からテレビ朝日で放送されていた「奇跡の扉TVのチカラ」という番組があったことをご存知でしょうか?未解決事件について家族がテレビ出演をして情報を呼びかけるという番組でした。

テレビの力というものは絶大なもので、視聴者から多くの情報が寄せられ多くの事件が解決されていたのを覚えている人も多いでしょう。家族は赤城神社主婦失踪事件と呼ばれる自らの家族がかかわった事件を解決するべくテレビへと出演したのでした。

ホームビデオを公開するも解明できず

「奇跡の扉TVのチカラ」というテレビ番組に出演することにより、赤城神社主婦失踪事件の情報を集めようとした志塚法子さんの家族。世間の赤城神社主婦失踪事件への関心は非常に高く、多くの情報がテレビ局へと寄せられました。

その中で志塚法子さんが失踪した日の同じ時間帯に撮影されたというホームビデオがテレビ局へ提供されます。偶然撮影されたものでその中に志塚法子さんらしき人物が映りこんでいましたが、それが志塚法子さんであるかどうかは解明されませんでした。

赤城神社主婦失踪事件を霊能力者が透視

残された家族は警察の捜査だけではなくテレビなどへも出演し、赤城神社主婦失踪事件の真相に迫ろうと懸命に努力をしていました。その番組を見ていた人は家族の悲痛な叫びを聞いて涙した人もいるのではないでしょうか?

そんな中、家族は「奇跡の扉TVのチカラ」の中でアメリカで多くの実績を残した霊能力者「ゲイル・セントジョーン」さんの透視に頼ることを決意したそうです。ここでは、霊能力者による透視で赤城神社主婦失踪事件の真相が解明されたのかについてみていきます。

男性に助けを求められる

依頼を受けた霊能力者のゲイル・セントジョーンさんは、すぐに赤城神社主婦失踪事件の透視を行いました。ゲイル・セントジョーンさんの透視では、志塚法子さんはその日神社の近くで男性に助けを求められたそうです。

「手を貸して欲しい」と言われ、その男性についていくともう一人の男性が倒れていたそうです。ちょうど倒れた男性のところまで行った時が、娘さんが最後に目撃したという参道から離れたところに立つ志塚法子さんだったいうのが透視の結果でした。

暴行目的で誘拐される

志塚法子さんが男性を助けに行ったという透視をしたゲイル・セントジョーンさんは、さらに驚くべき透視をしました。男性たちは志塚法子さんを暴行目的で誘拐したというのです。志塚法子さんは殴られた上に車に乗せられ連れ去られたそうです。

森で解放され山中で死亡

霊能力者であるゲイル・セントジョーンさんの透視によって謎に包まれていた赤城神社主婦失踪事件の真相が明らかになると誰もが期待していたのではないでしょうか?しかし、ゲイル・セントジョーンさんが次に行った透視では家族を落胆させるものとなってしまいます。

連れ去られてしまった志塚法子さんはすでに亡くなっているという透視でした。男性たちに連れ去られた志塚法子さんは暴行された後、意識が朦朧とするほどに殴られて赤城神社の付近で解放されたそうです。

解放された志塚法子さんは意識が朦朧として自分が誰だかわからなくなり、そのまま山の中に迷い込み死亡したというのがゲイル・セントジョーンさんの赤城神社主婦失踪事件に対する透視でした。

赤城神社主婦失踪事件後の家族

家族の平凡な日常が、ある日突然奪われてしまった赤城神社主婦失踪事件。警察はもちろんのこと家族もテレビに出演するなどして情報提供を呼びかけ、さらには霊能力者に透視をしてもらうなど懸命に志塚法子さんを探されたはずです。

不可解な点が多い赤城神社主婦失踪事件が起きてからすでに20年以上の時が経ってしまいました。志塚法子さんが失踪されてから残された家族はどうされているのでしょうか?ここでは赤城神社主婦失踪事件後の家族についてみてきます。

様々なテレビ番組の協力も実らず

1998年に起きた赤城神社主婦失踪事件は、当初から神隠しではないかと騒がれるほど志塚法子さんの痕跡が見つからない事件として有名でした。家族も警察だけに頼らずに自らテレビ番組などで志塚法子さんの情報提供を呼びかけました。

あまりにも不可解な点が多い赤城神社主婦失踪事件は、様々なテレビ番組で取り上げられ霊能力者による透視まで行われましたが、ほとんど成果を上げることができず真相にたどり着くことはできませんでした。

大量のビラ配りを行う家族

不可解な事件としてテレビなどのメディアでも多く取り上げられていた赤城神社主婦失踪事件。多くの情報が寄せられるものの事件の真相にたどり着けるような有力な情報はほとんどなかったようです。

それでも警察や家族は志塚法子さんを発見するために、事件が起きてからちょうど10年後の2008年5月に志塚法子さんの顔写真が入った500枚のビラを配りました。

2008年6月に失踪宣告

赤城神社主婦失踪事件で行方不明となってしまった志塚法子さん。残された家族は志塚法子さんが失踪したその日から時間が止まってしまっているのではないでしょうか?しかし時は無情にも過ぎてしまいます。

警察の捜査やテレビでの情報提供の呼びかけ、さらには霊能力者の透視でも不可解な事件の真相には迫れぬまま、2008年の6月に死亡したものとして扱われるという失踪宣告をしたそうです。

志塚法子さんの帰りを待つ家族の思い

不可解な事件としてあまりにも有名となってしまった赤城神社主婦失踪事件ですが、残された家族たちの志塚法子さんへの思いは計り知れないものがあるでしょう。どんなに頑張っても真相にたどり着けない虚しさでいっぱいなのではないでしょうか?

もし身近な人が突然消えてしまったならば、どんな人であっても悲しみに明け暮れるはずです。それほどまでにこの赤城神社主婦失踪事件は、残された家族を苦しめる事件だったと言えるでしょう。

赤城神社主婦失踪事件はまさに神隠しのような事件

1998年5月3日に多くの人の前から忽然と姿を消してしまった志塚法子さん。その事件は赤城神社主婦失踪事件として多くの噂が流れ、警察の捜査や家族の努力にもかかわらずほとんど進展をしないまま時だけが過ぎ去っていきました。

忽然と姿を消したため世間では神隠しではないかと恐れられたこの赤城神社主婦失踪事件ですが、真相が解明され失踪した志塚法子さんと家族がもう一度会えるのを誰もが願わずにはいられないでしょう。

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この記事のライター
大橋類太郎
北海道の田舎に住んでいる大橋類太郎です。 ドライブが好きで暇さえあれば広い北海道を走り回っています。 コツ...

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