芥川比呂志の死因は?経歴や劇団四季との関係は?

芥川龍之介さんの子供でイケメン俳優として名をはせた芥川比呂志さん。そんな芥川比呂志さんの死因や経歴についてご紹介していきます。また太宰治さんや劇団四季との関係についてもチェックし、ハムレットの名演技にも迫っていきましょう。

芥川比呂志の死因は?経歴や劇団四季との関係は?のイメージ

目次

  1. 1芥川比呂志のプロフィール
  2. 2芥川比呂志の死因は?
  3. 3芥川比呂志は結婚してる?子供は?
  4. 4芥川比呂志の関係者は誰がいる?
  5. 5芥川比呂志の関連作品
  6. 6芥川比呂志は父親似でハムレットが最高だった

芥川比呂志のプロフィール

愛称:不明
本名:芥川比呂志(あくたがわひろし)
生年月日:1920年3月30日
年齢:61歳(1981年10月28日没)
出身地:東京都北区
血液型:不明
身長:不明
体重:不明
活動内容:俳優、演出家
所属グループ:演劇集団円など
事務所:不明
家族:芥川龍之介(父)、芥川文(母)、芥川瑠璃子(妻)

芥川比呂志の経歴

現在の東京都北区出身の芥川比呂志さんは、作家の芥川龍之介さんとその妻の文さんの間に長男として誕生しました。15歳のときには戯曲を発表したり、学芸会で「ヴェニスの商人」を演じたりするなど幼小から芝居などに親しんでいたようです。

慶應義塾大学文学部に進学後は演技の道に進んでいます。1955年に主演を務めた「ハムレット」は現在でも語り継がれるほどの名作となっており、多くのファンを魅了しました。

父親は作家の芥川龍之介

芥川比呂志さんの父親の芥川龍之介さんは、1892年3月1日生まれで1927年7月24日に35歳で亡くなりました。小説家として活動し、作品は今も多くのファンから愛されています。

芥川龍之介さんの代表作は「羅生門」や「鼻」、「地獄変」などです。「蜘蛛の糸」や「杜子春」などの児童向け作品も発表しており、幅広い世代の方から支持された小説家でした。晩年は心身衰弱や腸カタルを患っており1927年に服毒自殺で亡くなったとされています。

芥川比呂志が7歳の時に自殺

芥川龍之介さんが亡くなったのは芥川比呂志さんが7歳の頃でした。芥川龍之介さんの死因は睡眠薬を大量に摂取したことによる服毒自殺とされています。しかし芥川龍之介さんの死因については不明な点が多く、青酸カリによる自殺説もあるようです。

芥川比呂志が父親似のイケメンと話題に

「羅生門」などで知られる芥川龍之介さんの子供で、俳優として活躍していた芥川比呂志さんですが、その容姿が父親の芥川龍之介さんに似てイケメンだと話題になっています。

上の画像は芥川龍之介さんと芥川比呂さんの画像ですが、比較すると確かにどちらもイケメンだと言えるでしょう。父親の芥川龍之介さんはややシャープで目元が鋭い印象で、芥川比呂志さんは目元が優しい印象です。タイプは異なりますが、どちらもイケメンでしょう。

中学生から演劇の道へ

現在の筑波大学附属小学校を卒業した芥川比呂志さんは、筑波大学附属中学校・高校に進学しています。中学生の頃には、岸田國士さんの戯曲を読むなど芝居に親しんでいました。

15歳の頃には「お察しください」という戯曲を「桐蔭会雑誌」に発表し、学芸会では「ヴェニスの商人」を演じるなど精力的に活動していた経歴が残っています。

慶応大学に進学後「新演劇研究会」を結成

筑波大学附属中学校・高校を卒業した芥川比呂志さんは、慶應義塾大学予科を経て同大学の文学部に進学しています。演出家や劇作家たちとともに「新演劇研究会」を結成し、本格的に演劇に取り組むようになっていきました。その後、文藝春秋に勤務した経歴があります。

卒業後前橋陸軍予備士官学校に入校

慶應義塾大学を卒業した芥川比呂志さんは、群馬県にある前橋陸軍予備士官学校に入校しています。卒業後には陸軍少尉として活動した経歴があるようです。終戦後は再び演劇の道に進み「麦の会」結成や「ハムレット」上演など精力的に活動を行っていました。

「現代演劇協会」を設立

この頃の芥川比呂志さんは、舞台だけではなく映画やテレビなどにも出演するようになっており、イケメンな容姿と高い演技力で多くのファンを虜にしていました。1963年には「現代演劇協会」を設立し、協会の「劇団雲」でリーダーを務めた経歴があります。

「演劇集団 円」を設立し代表に就任

舞台や映画、ドラマなどで俳優として活躍していた芥川比呂志さんは、1975年に「劇団雲」を離れ「演劇集団円」を創立しています。代表として活躍が期待されていましたが、肺結核の悪化によって結局「演劇集団円」の活動は「夜叉ヶ池」の演出しかできていません。

芥川比呂志の死因は?

芥川比呂志さんの経歴や父親である芥川龍之介さんの経歴についてチェックしてきましたが、ここからは芥川比呂志さんの死因について詳しくご紹介していきます。

イケメン俳優として幅広い分野で活躍していた芥川比呂志さんは1981年に61歳という若さで亡くなっていますが、死因について詳しく知っているという方は少ないでしょう。そこでここからは芥川比呂志さんの死因について詳しくご紹介していきます。

61歳の若さで死亡

イケメン俳優として舞台や映画、ドラマなどで活躍していた芥川比呂志さんは、1981年10月28日に61歳という若さで亡くなっています。芥川比呂志さんは中学生の頃から演劇に親しみ、亡くなる数年前まで演出に携わるなど生涯をかけて芝居に取り組みました。

療養中だった目黒区内の自宅で死去

芥川比呂志さんが亡くなったのは目黒区にある自宅で、肺結核の療養をしていました。芥川比呂志さんの妻である芥川瑠璃子さんは2007年に90歳で亡くなっていますが、夫の死からおよそ1年後の1982年に「芥川比呂志書簡集」を出版しています。

死因は肺結核

芥川比呂志さんの死因は肺結核です。現在では治療法が確立されているものの、戦前の日本人の死因として最も多かったのが肺結核であり不治の病と言われていました。症状は全身の倦怠感や長期間の微熱などで、血痰を伴う場合があります。

肺結核とは

芥川比呂志さんの死因となった肺結核は結核にかかった人の咳やくしゃみから移る場合が多く、罹患した場合には6~9ヶ月ほどの投薬治療を行うようです。最近2010年頃にはタレントのJOYさんが肺結核になったことでニュースになりました。

芥川比呂志は結婚してる?子供は?

芥川比呂志さんの死因である肺結核の症状や治療についてチェックしてきましたが、ここからは芥川比呂志さんの結婚や子供の有無について詳しくご紹介していきます。

イケメン俳優として名をはせた芥川比呂志さんですが、結婚や子供の有無についてはあまり詳しく知られていないでしょう。そこでここからは芥川比呂志さんの妻や子供の有無についてご紹介していきます。また子供だと噂されている芥川耿子さんにも迫っていきましょう。

妻は芥川瑠璃子

芥川比呂志さんさんの妻である芥川瑠璃子さんは1916年9月21日生まれで、2007年8月1日に心筋梗塞で亡くなっています。出身は東京都で随筆家をとして活動していました。

随筆家として「双影芥川龍之介と夫比呂志」や「影灯篭芥川家の人々」、「青春のかたみ芥川三兄弟」など芥川家に関する著書を複数出版した経歴があり、夫である芥川比呂志さんが亡くなってから1年後の19812年には「芥川比呂志書簡集」を発売しています。

芥川瑠璃子は芥川比呂志のいとこ

芥川比呂志さんと妻の芥川瑠璃子の関係についてですが元々はいとこ同士でした。歳の差も3~4歳ほどしかなかったため、幼小の頃から慣れ親しんだ間柄だったのでしょう。

子供は随筆家の芥川耿子との噂

芥川比呂志さんと妻の瑠璃子さんの間には子供が誕生しています。お2人の子供の1人ではないかと噂されているのは芥川耿子さんです。芥川耿子さんは1945年3月生まれの74歳でエッセイストや児童文学者、詩人など幅広い分野で活躍しています。

幼い頃は芥川比呂志さんの母親である文さんから可愛がられて育ったようです。23歳の頃にはデザイナーの男性と結婚し、2人の子供を授かりました。

他に2人の娘がいるが詳細不明

芥川比呂志さんの子供だと噂されている芥川耿子さんですが、実は芥川家の三女だと噂されており、芥川比呂志さんの子供は芥川耿子さん以外にも2人いるとされています。しかしその他2人の子供の経歴など詳細な情報はなく、どのような方なのか全くわかっていません。

芥川比呂志の関係者は誰がいる?

芥川比呂志さんの妻や子供の有無、子供だと噂されている芥川耿子についてチェックしましたが、ここからは芥川比呂志さんと太宰治さん、劇団四季との関係についてご紹介します。

イケメン俳優としてドラマや映画、舞台などで活躍していた芥川比呂志さんは、幅広い分野に広い人脈を持っていたようです。そこでここからは芥川比呂志さんと太宰治さん、劇団四季との関係について詳しく迫っていきましょう。また橋爪功さんとの関係もご紹介します。

劇団四季との関係

幅広い分野の方と交流があった芥川比呂志さんですが、劇団四季とも関係があります。劇団四季は1953年に設立された劇団で、元々は10名ほどの学生演劇集団だったようです。

設立当初は新劇を中心に上演していましたが、1970年代頃からブロードウェイミュージカルやディズニー作品を扱っています。現在では「CATS」や「ライオンキング」、「オペラ座の怪人」などの代表作があり大人から子供まで楽しめる作品が多いようです。

劇団四季の名付け親

芥川比呂志さんと劇団四季の関係についてですが、実は劇団四季という名前を付けたのが芥川比呂志さんです。つまり芥川比呂志さんは劇団四季の名付け親と言えるでしょう。

現在では幅広い世代の方に愛されている劇団四季ですが、スタートは10名ほどの学生演劇集団でした。劇団四季は1960年に「有限会社劇団四季」として法人化し、1967年には「四季株式会社」に改組しています。

太宰治は父親との関係が濃い

芥川比呂志さんと太宰治さんの関係ですが、お2人の間に特に深い関係はなかったようです。しかし太宰治さんは芥川比呂志さんの父の芥川龍之介さんを慕っていたようで、太宰治さんが学生時代に愛用していたノートには芥川龍之介さんの名が随所に刻まれていました。

また芥川龍之介さんが亡くなった際にはとてもショックを受けたようで、太宰治さんが自殺未遂を起こしたというエピソードが残っています。

太宰治とは

太宰治さんは1909年6月19日生まれで1948年6月13日に38歳という若さで亡くなりました。出身は現在の青森県五所川原市で、東京都三鷹市禅林寺にお墓があります。

小説家として「人間失格」や「走れメロス」、「お伽草紙」など数々の作品を発表しており、現在でも多くのファンに愛されている作品ばかりです。太宰治さんの波乱万丈な人生は度々ドラマ化されたり、映画化されたりしています。

橋爪功とはドラマ「源義経」で共演の仲

芥川比呂志さんと橋爪功さんの関係についてですが、お2人は1966年に放送されたNHKの大河ドラマ「源義経」で共演しています。また芥川比呂志さんが演出を務めた舞台「どですかでん」に橋爪功さんが出演するなど演出家と俳優として共演した経験もあったようです。

なお橋爪功さんは芥川比呂志さんが以前代表を務めていた演劇集団円で代表を務めています。こうしたことから芥川比呂志さんと深い関係だったのではないかと噂されたようです。

橋爪功とは

橋爪功さんは1941年9月17日生まれの78歳で大阪府大阪市出身です。血液型はO型で身長は168cm、体重は63kgと公表されています。俳優として活動しているほか、芥川比呂志さんが創立に携わった演劇集団円で代表を務めるなど幅広い分野で活躍中です。

映画「東京家族」や「家族はつらいよ」シリーズなど数々の作品に出演しており、日本アカデミー賞では優秀主演男優賞や優秀助演男優賞を複数回受賞しています。

芥川比呂志の関連作品

芥川比呂志さんと劇団四季や太宰治さん、橋爪功さんの関係についてチェックしてきましたが、ここからは芥川比呂志さんに関連する作品について詳しくご紹介していきます。

イケメン俳優の先駆けとして舞台や映画、ドラマなど幅広い分野で活躍していた芥川比呂志さんは、亡くなるまでに数々の作品に出演していました。そこでここからは芥川比呂志さんに関連する作品について画像や動画とともに詳しく迫っていきましょう。

演劇「ハムレット」で主演

芥川比呂志さんといえば「ハムレット」を思い浮かべる方は多いでしょう。芥川比呂志さんが主演を務めた「ハムレット」は絶賛され、今なお語り継がれる名作となっています。

芥川比呂志さんが主演を務めた「ハムレット」はシェイクスピアの四大悲劇の1つで、映画化や舞台化されるなど世界各地で愛される名作です。日本でも宝塚歌劇団や劇団四季による公演が行われ、蜷川幸雄さん演出の舞台では藤原竜也さんがハムレットを務めました。

絶賛され「貴公子ハムレット」と呼ばれる

芥川比呂志さんが主演を務めた「ハムレット」は絶賛され、ハムレット役を演じた芥川比呂志さんは「貴公子ハムレット」と呼ばれるようになりました。ハムレットはデンマーク王国の王子という役柄であり、イケメンな芥川比呂志さんにはぴったりの愛称でしょう。

芥川比呂志さんが1955年に演じた「ハムレット」は現在も演劇界に語り継がれている名作です。芥川比呂志さんは俳優としても演出家としても歴史に名を刻んだと言えるでしょう。

戯曲①「なよたけ」

ここからは芥川比呂志さんの関連作品をご紹介していきます。1つ目にご紹介する作品は戯曲「なよたけ」です。戯曲「なよたけ」は1946年に発表された加藤道夫さんの作品で「竹取物語」をモチーフにしています。初演は1951年に菊五郎劇団によって行われました。

戯曲②「海神別荘」

2つ目にご紹介する作品は戯曲「海神別荘」です。この作品は1914年に発表された泉鏡花さんの戯曲で、初演は1955年に新派によって行われました。芥川比呂志さんは泉鏡花さんの作品に親しんでいたようで、この作品の演出を手掛けています。

映画①「煙突の見える場所」

3つ目にご紹介する作品は映画「煙突の見える場所」です。この映画は1953年に公開された映画で、芥川比呂志さんは久保健三役を演じています。

映画②「心に花の咲く日まで」

最後にご紹介する作品は映画「心に花の咲く日まで」です。この映画は1955年に公開された映画で、文学座によって制作されました。この映画で芥川比呂志さんは笹山三吉役を演じています。

芥川比呂志は父親似でハムレットが最高だった

芥川比呂志さんの経歴や家族についてチェックしてきましたが、父親は作家の芥川龍之介さんで従姉の瑠璃子さんと結婚していたことがわかりました。また芥川龍之介さんが演じた「ハムレット」は絶賛され、演劇界で今なお語り継がれる名作となっています。

イケメン俳優の先駆けとして活躍していた芥川比呂志さん。その活躍は現在の日本の演劇界に大きな影響を与えたました。これからも後世に名を残していくでしょう。

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kaotonike

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