あめくみちこが病気で死亡?旦那・佐藤B作や子供は!薬師丸ひろ子に似ている?

あめくみちこさんは若い頃、薬師丸ひろ子さんのものまねでブレイクしましたが、病気を患ってネットで死去・死亡説が流れました。その死去・死亡説の詳細な情報や、旦那である佐藤B作さんとその子供等の情報等、あめくみちこさんの関連情報をまとめてみました。

あめくみちこが病気で死亡?旦那・佐藤B作や子供は!薬師丸ひろ子に似ている?のイメージ

目次

  1. 1あめくみちこのプロフィール
  2. 2薬師丸ひろ子とあめくみちこは似ている?
  3. 3あめくみちこのおすすめ出演作品
  4. 4あめくみちこの旦那は佐藤B作
  5. 52人の間に子供はいる?
  6. 6病気で死亡説が流れたあめくみちこ
  7. 7病気で死去の噂が流れるも夫婦で病気を克服していた!

あめくみちこのプロフィール

  • 愛称:?
  • 本名:佐藤 美智子(旧姓:天久)
  • 生年月日:1963年11月14日
  • 現在年齢:55歳
  • 出身地:沖縄県宜野湾市
  • 血液型:B型
  • 身長:161cm
  • 体重:?
  • 活動内容:女優
  • 所属グループ:無し
  • 事務所:オフィスボードビル
  • 家族構成:夫(佐藤B作)、継子(佐藤銀平)
  • 出演作品:テレビドラマ「弁護士高見沢響子シリーズ」、「再捜査刑事・片岡悠介シリーズ」、「はぐれ刑事純情派シリーズ」等 舞台「三文オペラ」、「負傷者16人」、「竜馬の妻とその夫と愛人」等 バラエティ番組「オレたちひょうきん族」

あめくみちこの経歴

あめくみちこさんは沖縄県宜野湾市で生まれ、小学校2年生までそのまま宜野湾市で育ちました。しかし、ある日若い頃の父親が急に「東京に行く」と言い出し、船に家財道具などを積み込んだそうです。

そして、一家全員で船に乗って東京に引っ越すのですが、あめくみちこさんはこの時はただ東京に遊びに行くだけだと思っていたそうです。若い頃から豪快な性格の父親だったようですね。
 

東京に移住したあめくみちこさんは、玉川学園中等部を経て神奈川県立生田高校に進学。その高校で友達に誘われて観劇したことがきっかけで女優を目指すようになります。そして、高校卒業後という若い頃の1983年に劇団東京ヴォードヴィルショーに入団しました。
 

若い頃、女優として舞台出演を主に活動していたあめくみちこさんですが、ある時、当時大人気であった「オレたちひょうきん族」というバラエティ番組に出演。この番組で若い頃のあめくみちこさんは「薬師丸ひろ子さんのそっくりさん」としてブレイクを果たします。

ブレイク後のあめくみちこさんは、従来の舞台に出演するほか、ドラマ、映画等にも多く出演するようになりました。また、ラジオ等の仕事もこなすようになり、若い頃から幅広い分野での活躍をみせるようになります。

東京ヴォードヴィルショーの看板娘だった

あめくみちこさんは、高校卒業後の1983年に劇団東京ヴォードヴィルショーに入団しています。あめくみちこさんの入団時の年齢は20歳でした。この劇団東京ヴォードヴィルショーを立ち上げた主宰者が佐藤B作さんであり、あめくみちこさんの後の旦那となる方です。

この劇団東京ヴォードヴィルショーには、かつて久本雅美さん、柴田理恵さん、加藤浩次さん(極楽とんぼ)といった著名な方々が所属していました。
 

入団後のあめくみちこさんは、劇団東京ヴォードヴィルショーの看板女優として活躍します。そして、2013年には「第20回読売演劇大賞優秀女優賞」を受賞。

これは舞台「負傷者16人」、「竜馬の妻とその夫と愛人」での素晴らしい演技が評価されたことによる受賞でした。

薬師丸ひろ子とあめくみちこは似ている?

あめくみちこさんは若い頃、薬師丸ひろ子さんとしてバラエティ番組「オレたちひょうきん族」に出演しました。これをきっかけにあめくみちこさんは知名度を上げて、活躍の幅も広げていきます。

この出演の影響により、今でもあめくみちこさんは薬師丸ひろこさんに似ているといわれています。ただ、実際のところはどのくらい似ているのでしょうか?あめくみちこさんの若い頃の画像や、薬師丸ひろ子さんの画像を探して比べてみました。

薬師丸ひろ子のそっくりさんでブレーク!

あめくみちこさんは、バラエティ番組「オレたちひょうきん族」の「ひょうきんベストテン」というコーナーで薬師丸ひろ子さんのそっくりさんとして出演していました。

薬師丸ひろ子さんは、1978年に芸能界デビュー。デビュー後すぐに角川映画の中心的存在となり、人気の頂点を極めました。21世紀に入ってからは母親役が似合いながらも、コメディからシリアスな役まで幅広い役をこなすベテラン女優としての地位を確立しています。
 

そんな薬師丸ひろ子さんと若い頃のあめくみちことても良く似ていました。テレビの画像で見ても良く似ていたため、当時画像を見ていた視聴者の中には本物の薬師丸ひろ子さんだと思い込んでしまう方もいたそうです。

最も似ていたのは中学生?

あめくみちこさんが薬師丸ひろ子さんに特に似ていたといわれているのが若い頃で、最も似ていたのは中学生の時期だったといわれています。あめくみちこさんが玉川学園中等部に通っている頃ですね。

ただ、残念ながらその当時のあめくみちこさんの画像を見つけることができませんでした。薬師丸ひろ子さんの画像と比較してみたかったので、残念です。

2人を画像で比較!

それでは似ているという2人の画像を比較してみましょう。まずは薬師丸ひろ子のものまねをするあめくみちこさんの画像です。

次に薬師丸ひろ子さんの画像です。こうして2人の画像を並べて比べてみると、何となく顔の輪郭や目元が似ているように感じますね。

次の画像は、あめくみちこさんと薬師丸ひろ子さんのドラマ出演時の1カットをそれぞれ切り取ったものです。同じように口を開けたカットを切り取っているということもありますが、とても似ているように感じますよね。

あめくみちこのおすすめ出演作品

あめくみちこさんは、若い頃の薬師丸ひろ子さんのものまねでブレイクした後は知名度が上がり、活躍の場がどんどん広がっていきます。そのため舞台だけではなく、ドラマや映画等の様々な作品に出演するようになりました。

ここでは、あめくみちこさんの出演作品の中からおすすめできるテレビドラマシリーズ、映画、バラエティ番組等を紹介していきます。さらに、これらの作品に出演していた若い頃のあめくみちこさんの画像も一緒に紹介します。

ドラマ「弁護士高見沢響子シリーズ」

テレビドラマシリーズである「弁護士高見沢響子シリーズ」は、TBS系列の2時間ドラマとして1998年から2014年まで放送されていました。

「弁護士高見沢響子シリーズ」は全12回放送されており、第1~3作が「月曜ドラマスペシャル」、第4~7作が「月曜ミステリー劇場」、第8~12作が「月曜ゴールデン」という各放送枠で放送されました。

「弁護士高見沢響子シリーズ」の主演は市原悦子さんであり、ドラマの中では「家政婦は見た!」シリーズや「おばさんデカ 桜乙女の事件帖」といったドラマとは違った弁護士としての凛として演技が見どころとなっています。

あめくみちこさんは市原悦子さん演じる高見沢響子の助手を務める久松啓子役で出演しています。久松啓子は司法試験に毎年落ち続けているという設定ですので、弁護士ではありません。そんな中、第8作では司法試験の1次試験には合格する姿が描かれました。

ドラマ「再捜査刑事・片岡悠介シリーズ」

テレビドラマシリーズである「再捜査刑事・片岡悠介シリーズ」は、テレビ朝日系列の2時間ドラマとして2010年から放送されています。

「再捜査刑事・片岡悠介シリーズ」は今まで合計11回放送されており、第1~8作は「土曜ワイド劇場」、第9作は「土曜プライム・土曜ワイド劇場」、第10作は「日曜ワイド」、第11作は「日曜プライム短縮版・ドラマスペシャル」という各放送枠にて放送されました。
 

「再捜査刑事・片岡悠介シリーズ」の主演は寺島進さんであり、寺島進さんは本シリーズが「土曜ワイド劇場」での初主演となりました。寺島進さんが演じるのは主人公の片岡悠介で、未解決事件の継続捜査(再捜査)を行う刑事です。

そして、あめくみちこさんは姉川恵津子という、片岡悠介と同じ警視庁特命捜査室の新任の警視庁特命捜査班長を演じています。このドラマの中であめくみちこさんは、再捜査に否定的ながらも本質的には強い正義感を持つという難しい役を見事に演じています。

バラエティ「オレたちひょうきん族」

バラエティ番組「オレたちひょうきん族」は、フジテレビ系列で1981年5月16日から1989年10月14日ま放送されていました。あめくみちこさんは若い頃、この番組の中の「ひょうきんベストテン」で薬師丸ひろ子さんのものまねを披露し、ブレイクしました。

 

映画「空の境界」

「空の境界」は2013年2月に公開された日本映画で、サイコロジック・ラブサスペンスと題されました。この「空の境界」は現役メンタリストの実話を基にした作品で、今までの心理学とは異なる催眠という観点から現代人の心に深く切り込んだ作品となりました。

この作品の原案・心理学監修を務めた藏本天外さんは、世界で2万人を越えるカウンセリング・セラピーの実績を持つ現役のメンタリストです。この「空の境界」では、響翔役として出演もしています。

この「空の境界」では、モデルの河北麻友子さんが映画初主演を果たしました。河北麻友子さんは、プロポーズされながらも結婚に踏み切れない主人公「澤村悠子」役を演じており、あめくみちこさんはその澤村悠子の母である「澤村和美」役を演じています。

再婚歴があり、その再婚相手が殺害されてからは澤村悠子と二人暮らしで悠子を支えるという役回りです。

若い頃の画像

あめくみちこさんの若い頃の画像ですが、なかなか探すことができませんでした。唯一探すことができたのが、「温泉に行こう」という1999年のTBS系列のテレビドラマに出演していたあめくみちこさんの画像でした。

あめくみちこさんも、矢部美穂さんに負けず劣らず美人だということがわかる画像ですよね。
 

あめくみちこの旦那は佐藤B作

あめくみちこさんは既婚者であり、その旦那さんは佐藤B作さんです。佐藤B作さんは劇団東京ヴォードヴィルショーの主宰者であったため、あめくみちこさんの上司のような存在でした。

したがって、あめきみちこさんと佐藤B作さんは職場結婚のようなものといえます。そんなあめくみちこさんの結婚の時期などの詳細、また、旦那である佐藤B作さんの詳細情報などをまとめてみました。

2001年に佐藤B作と結婚

あめくみちこさんと佐藤B作さんは、2001年8月に入籍しています。あめくみちこさんが37歳の時であり、あめくみちこさんは初婚でしたが、佐藤B作さんは再婚でした。

佐藤B作さんの本名は佐藤俊夫さんであり、福島県福島市出身です。身長164㎝、体重58㎏であり、福島県福島高等学校を経て早稲田大学商学部を中退しています。

佐藤B作さんの主な出演作品としては「八重の桜」(2013年、NHK)、「しんがり~山一證券最後の聖戦」(2015年、WOWOW)などがあります。また「ナイナイのお見合い大作戦!」(2014年、TBS)といったバラエティ番組にも出演しています。

あめくみちこさんは1983年に劇団東京ヴォードヴィルショーに入団しているため、入団から18年後の結婚ということになりますね。あめくみちこさんが入団された頃、佐藤B作さんはものすごく怖い存在であったそうです。

あめくみちこさん自身も演技指導として、バチで叩かれたという経験があったそうですから、演技に対する佐藤B作さんの妥協なき姿勢が伺えます。

そんな佐藤B作さんとあめくみちこさんでしたが、少しずつ恋愛関係になっていきました。結婚までに18年という長い時間がかかったのは、このような厳しい上司と部下のような関係性が原因だったかもしれません。

2人の歳の差は14歳差

あめくみちこさんは1963年生まれ、佐藤B作さんは1949年生まれであるため2人の歳の差は14歳差ということになります。

例えば、NHK短歌に2人で出演した際のことですが、あめくみちこさんが旦那の佐藤B作さんのことをB作さんと呼んでいたそうです。このへんにも大きな年齢差が影響しているように思います。
 

また、夫婦喧嘩をした場合においてはまず佐藤B作さんがあめくみちこさんにすぐに「出てけ!」と言うそうです。すると、あめくみちこさんも「わかりました」と言ってすぐに荷造りして出ていくのだそうです。

その後、あめくみちこさんがホテルで1泊すると、その翌朝に電話で佐藤B作さんが謝って仲直りするというのが定番だそうです。喧嘩の際に激しい言い合いとかにならないのは、2人の年齢差が関係していると考えられます。

あめくみちこは5人目の妻?

実は佐藤B作さんは、あめくみちこさんと結婚する前に5回もの結婚経験があるそうです。ただ、これには諸説あるようで、あめくみちこさん自身は自分は3人目の妻であると語っています。

佐藤B作さんは4度の離婚歴があり、5回目は「幸子さん」という方と結婚していました。しかし、この幸子さんは1998年に沖縄でのダイビング中の事故によって死去、死亡してしまったのです。

この幸子さんが死去、死亡した後、佐藤B作さんはあめくみちこさんと結婚しました。実はこの幸子さんが死去する数年前からあめくみちこさんと佐藤B作さんは関係があったそうで、このことを夫婦で出演した番組で告白されています。

死亡してしまった幸子さんには気の毒ですが、佐藤B作さんが奥さんと死別したことで晴れて2人は結婚することができたということのようです。

2人の間に子供はいる?

あめくみちこさんと旦那である佐藤B作さんとの間には子供が1人いらっしゃいます。しかし、あめくみちこさんの子供ではなく、旦那である佐藤B作さんの連れ子であるようです。

その子供さんは現在何をしているのでしょうか?あめくみちこさんと旦那である佐藤B作さんの子供に関する情報をまとめてみました。

子供は俳優の佐藤銀平?

あめくみちこさんと旦那である佐藤B作さんの子供の名前は、「佐藤銀平」です。佐藤銀平さんは1977年10月19日生まれの41歳(2018年12月現在)です。

出身地は東京で、身長164cm、体重56kgと公表されています。佐藤銀平さんは、学習院高等科を経て学習院大学を中退しており、中退後にスペンデッズという劇団を設立しています。

佐藤銀平さんは現在、俳優・声優として活躍しています。代表的な俳優としての出演作品としては、テレビドラマでは「夫婦道」(2007年、TBS)、映画では「パッチギ!LOVE&PEACE」(2007年)などがあります。

また、声優としての出演作品としては、「サムライ・チャンプルー」(2004年)、「闘牌伝説アカギ」(2005年)などがあります。ちなみに、佐藤B作さんは自分の子供である佐藤銀平さんと既に父子共演を果たしています。

佐藤銀平は前妻の連れ子だった

佐藤銀平さんは、あめくみちこさんの実の子供ではなく、佐藤B作さんの前妻の連れ子です。あめくみちこさんは佐藤B作さんと結婚後、子供はできていないようです。

あめくみちこさんと佐藤銀平さんの年齢差は14歳差ですので、あめくみちこさんと佐藤B作さんが結婚した時には既に24歳だったということになります。そのため、あめくみちこさんにとって佐藤銀平さんは子供というよりは弟に近い存在だったのではないでしょうか。

あめくみちこさんと佐藤銀平さんの関係は、親と子供というよりは、兄弟に近い関係性のように感じます。

あめくみちこさんは、佐藤銀平さんと2人でよく映画を見に行かれるようです。親と子供という関係とはちょっと違うかもしれませんが、良好な関係は築かれているようですね。

病気で死亡説が流れたあめくみちこ

あめくみちこさんは一時期病気で入院されている時期があったため、テレビや舞台などの表舞台で姿を見ることができない期間がありました。

そのため、インターネットでは死去・死亡説が流れました。当時は病気の詳細などの正確な情報が出ないまま姿が見えなくなったため、死去・死亡説が流れてしまったようですね。

実際、あめくみちこさんが患った病気は比較的大きな病気で、重症化した場合は本当に死去・死亡する可能性がある病気であったようです。そんな死去・死亡説が流れる原因となった、あめくみちこさんが患った病気についてまとめてみました。

過去に急性肝炎で入院していた

あめくみちこさんが患った病気名は「急性肝炎」です。あめくみちこさんは一時期、舞台を連続5作品出演するなどして超多忙な日々を過ごしていました。

その舞台等の仕事が全て終わった時、あめくみちこさんは身体のだるさを感じたそうです。そして、病院へ行ってみると急性肝炎という病気であると診断されたそうです。

あめくみちこさんは病気について、「風邪だろうと思っていたので、寝れば治ると思っていたが、食欲がどんどんなくなっていき、水も飲めなくなった。急性肝炎という病気だと診断されて、肝臓が疲れとストレスに弱い臓器だと改めてわかりました。」と語っています。

その後、あめくみちこさんは約2週間程度の入院によって回復しました。しかし、この病気を患ってからは自身の健康に留意するようになったとのことです。

急性肝炎とはどんな病気?

急性肝炎という病気は、ウイルス性の肝臓の病気です。主に肝臓が肝炎ウイルス(A型、B型、C型等)に感染することで発症します。また、肝炎ウイルス以外にも薬物や飲酒なども発症の原因となることがあります。

急性肝炎の初期症状は、身体のだるさや微熱といった風邪に似た症状が発生します。この時にただの風邪とおっ持って放置してしまうと、肝機能がどんどん低下してしまい皮膚や白目が黄色くなる黄疸の症状が現れてくるのです。

急性肝炎を治すには入院して投薬や点滴といった治療を行います。急性肝炎は、一般的には経過が良好な病気といわれています。しかし、急性肝炎の患者全体の中の約1~2%の患者においては劇症化し、劇症化した場合は死去・死亡する確率が高くなります。

あめくみちこさんは約2週間で退院できたようですので、比較的症状は軽かったのでしょう。ただ、重症化すると死去・死亡に至る病気ですので、インターネットに死去・死亡説が流れたのはあながち的外れではなかったかもしれません。

夫婦で病気を乗り越えて克服!

あめくみちこさんが急性肝炎で入院している際、普段は家のことなどはやらない旦那の佐藤B作さんは入院中の妻を支えるために奮闘していたようです。

あめくみちこさんは急性肝炎の病気と診断されて入院となった時、あめくみちこさんは着の身着のままで入院となりました。そのため、下着などの入院準備を旦那の佐藤B作さんにお願いしました。

すると、旦那の佐藤B作さんはガードル下着といった入院生活には適さないようなオシャレな下着を持ってきてしまったそうです。そんな感じで悪戦苦闘はしながらも、旦那の佐藤B作さんは必死であめくみちこさんを支えていたようです。

現在のあめくみちこさんは完全に病気を克服し、元気に過ごされています。このように病気を乗り越えられたのも、旦那の佐藤B作さんの奮闘により夫婦で助け合うことができた結果でしょう。

病気で死去の噂が流れるも夫婦で病気を克服していた!

あめくみちこさんが病気で死去・死亡の噂が流れる前に、実は旦那である佐藤B作さんも病気になっていました。

旦那である佐藤B作さんは2007年に受けた人間ドックで胃がんであることが発覚しており、2008年5月1日に手術を受けています。つまり、旦那である佐藤B作さんも死去・死亡の可能性がある病気を患っていたのです。
 

あめくみちこさんは佐藤B作さんが退院された後も、胃摘出後に適した食事を病院からもらった資料をもとにして毎日作り、旦那を懸命に支えたのです。

このようなことがあったので、あめくみちこさんが入院した時に旦那である佐藤B作さんも懸命にあめくみちこさんを支えたのでしょう。
 

このようにあめくみちこさんも旦那である佐藤B作さんも、死去・死亡の可能性がある病気を患うという大変な時期を経験されてきました。

しかし、だからこそ夫婦の絆はより強まってきたのではないでしょうか。お2人が結婚されて既に17年が経っていますが、これからも子供と一緒に末永く幸せに暮らしていってほしいですね。

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