鮎川誠の現在!若い頃からの経歴やギターの実力は?娘なども調査

ギタリスト鮎川誠の現在について紹介します。鮎川誠は若い頃から高身長で人気ギタリストでした。妻と組んだ「シーナ&ザ・ロケッツ」の経歴やギターの実力について解説します。鮎川誠の学歴や出演CMも見どころになっています。また、娘や内田裕也との関係にも注目しましょう。

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目次

  1. 1鮎川誠のプロフィール
  2. 2鮎川誠の現在
  3. 3鮎川誠の若い頃からの経歴やギターの実力
  4. 4鮎川誠の娘や内田裕也との関係も調査
  5. 5鮎川誠は現在もギター抱え現役ロッカーで娘も活躍

鮎川誠のプロフィール

愛称:???
本名:同じ
生年月日:1948年5月2日
年齢:71歳(2019年11月現在)
出身地:福岡県久留米市
血液型:A型
身長:180cm
体重:???
活動内容:ギタリスト、作曲家、俳優
所属グループ:シーナ&ザ・ロケッツ、元サンハウス
事務所:ロケットダクション
家族:妻・シーナ(故人)、長女(双子)・鮎川陽子、次女(双子)・鮎川純子、三女・鮎川知慧子

鮎川誠の経歴

鮎川誠の経歴について紹介します。日本を代表するギタリストの一人であり、「シーナ&ザ・ロケッツ」のリーダーです。1970年代に登場した、博多を中心とした「めんたいロック」の草分け的存在となっています。ブルースやロックを中心とした楽曲を発表し、現在も現役ミュージシャンです。

鮎川誠と言えば「シーナ&ザ・ロケッツ」

シーナ&ザ・ロケッツは、1978年に鮎川誠と妻であるシーナが結成したバンドです。同年にデビューシングル「涙のハイウェイ」でデビューしており、「ユー・メイ・ドリーム」がヒットしました。音楽グループYMOと共に音楽活動をすることもあったのです。

シーナ&ザ・ロケッツとは

シーナ&ザ・ロケッツのバンド名の由来は、妻であるシーナの本名「悦子」が元になっています。「ロック」と「エツコ」を合わせて「ロケッツ」を思いついたのだとか。当初は福岡を拠点とする予定だったものの、シーナの父親から東京でチャレンジすることを薦められて上京しています。

バンドメンバーは鮎川誠とシーナを筆頭に、奈良敏博や川嶋一秀、浅田孟が参加していました。また、二人の娘である三女の鮎川知慧子がゲストとして加入していた時期もあります。ブルース・ロックやロックンロールを主体とした熱いバンドとして有名なんだそうです。

ボーカルのシーナは結婚した妻

メインボーカルを務めるシーナは鮎川誠の妻です。本名は鮎川悦子(旧姓は副田)であり、女性ロックボーカリストの草分け的存在となっています。若い頃から父親が経営するダンスホールでダンスを踊る少女だったそうです。

シーナとの結婚の馴れ初め

鮎川誠は若い頃、サンハウスというバンドで演奏していました。シーナは1971年に家出をして、このバンドが演奏している場面に出会っています。ステージ終了後の鮎川誠に話しかけて意気投合し、すぐに交際を始めたそうです。

家出をしていたこともあり、二人は同棲生活を開始。約4年後に妊娠したことがきっかけで結婚に至り、1976年には双子の女の子が誕生しています。1978年には鮎川誠のバンドが解散し、これをきっかけにシーナがボーカルを担当するバンドが結成されることになりました。

鮎川誠は高身長でハーフ

ロックギタリストとして有名な鮎川誠ですが、彼の外見の特徴についても注目してみましょう。黒いレスポールを愛用し続ける、鮎川誠の高身長やハーフの情報について紹介します。

鮎川誠は身長180㎝で高身長

鮎川誠の身長は180cmです。ギタリストは見た目も大切で、高身長であることは重要なポイントです。元BOOWYでギタリストとして活躍する布袋寅泰も187cmと高身長です。人気ギタリストと高身長というのは、切っても切れない関係といえるでしょう。

日本人男性の平均身長と比較

日本の成人男性の平均身長は約171cmとなっており、180cmを超えると高身長といえます。若い頃から現在まで変わらないスマートなスタイルも魅力で、鮎川誠のステージの立ち姿は若い頃から変わらなずカッコ良いとファンの間では話題を集めています。

鮎川誠はアメリカ軍人と日本人のハーフ

鮎川誠は福岡県久留米市出身ですが、父親はアメリカ人で母親が日本人のハーフです。若い頃は複雑な家庭だったようで、アメリカの軍人だった父親とは会った記憶がないのだとか。母親は料亭の仲居として働いており、後に久留米市高牟礼会館の住み込み管理人になっています。

鮎川誠の学歴

鮎川誠の学歴について確認しましょう。ギタリストとして長らく活動しているだけに、若い頃から尖った生き方をしていたのでしょうか?鮎川誠の経歴の中で、学歴について紹介します。

学歴①出身高校は福岡県立明善高等学校

鮎川誠の学歴を知る為に若い頃の経歴を調べてみると、高校は福岡県立明善高等学校を卒業していた事が公表されていました。すでにロックにハマっており、ビートルズやローリング・ストーンズが好きだったそうです。「部室にレコードプレーヤーがある」という理由から新聞部に在籍しており、ギターの練習までしていたそうです。

学歴②水城学園予備校出身

母親からロックバンドをやる条件として、九州大学に進学することを命じられています。しかし、ロックに夢中だった鮎川誠は受験に失敗し、水城学園予備校で浪人生活を送っています。母親は子供に学歴をしっかり付けることも大事だと考えていたのでしょう。ミュージシャンには学歴を気にしない人が多々いる中で、鮎川誠の学歴は異色にも感じます。

学歴③大学は九州大学農学部農政経済学科卒業

ロックをやりたいという夢から1年間を勉強期間に費やし、見事に九州大学農学部農政経済学科に合格しています。鮎川誠の家庭は貧しかったこともあり、奨学金にお世話になりながら学業とバンド活動に精を出していました。鮎川誠は学歴もハイスペックだったわけです。

鮎川誠の現在

若い頃から第一線で活躍し続けた鮎川誠ですが、現在はどのような活動を行っているのでしょうか?年齢を重ねてからの経歴や妻との関係について紹介します。気になる現在のシーナ&ザ・ロケッツについても注目しましょう。

2019年の誕生日で年齢71歳の鮎川誠

鮎川誠は2019年の誕生日で年齢が71歳になります。現代では70代でも元気に働く方は多いですが、ステージでパフォーマーとして戦うのは大変なことでしょう。それでも、当時の仲間や若い世代とギタリストとして活動しています。

現在も現役ミュージシャン

現在も現役ミュージシャンである鮎川誠ですが、ギターの腕前は衰えていません。上を見れば「エレキの若大将」である82歳の加山雄三が居ますし、同世代では「永ちゃん」こと矢沢永吉がいます。下の世代では64歳のChar、57歳の布袋寅泰たちが存在しているのです。

2018年にはデビュー40周年を迎えた鮎川誠

長きに渡ってギタリストとして活動してきた鮎川誠は、2018年にデビュー40周年を迎えました。九州はもちろん、日本を代表するギタリストともいえるでしょう。時代が変わってもロックな音色を届けています。

若い頃と引けを取らないカッコ良さ

現在も若い頃に引けを取らないカッコ良さを披露しているといえるでしょう。口がうまいタイプというよりは、シャイな一面を見せる性格であり、ギターが大好きでたまらないのが鮎川誠の魅力です。あの頃と変わらない黒のレスポールを相棒にしています。

2015年に妻のシーナが他界

残念ながら妻でありシーナ&ザ・ロケッツのメンバーだった、シーナは2015年2月14日に61歳で亡くなっています。最後までライブやアルバムをリリースしていた中での訃報でした。

妻(シーナ)の死因は子宮頸がん?

シーナが亡くなった原因は子宮頸がんだったそうです。葬儀にはアマチュア時代から親交があった海援隊や、内田裕也らの姿がありました。また、鮎川誠はシーナが亡くなってからもバンド名を変更せず、シーナ&ザ・ロケッツの活動を行っており、ボーカルも担当しています。

鮎川誠の若い頃からの経歴やギターの実力

鮎川誠のロックギタリストとしての魅力を紹介します。若い頃からの経歴を再確認しながら、ギターの実力にも迫ってみましょう。九州の福岡に「めんたいロック」旋風を巻き起こした鮎川誠に注目しましょう。

若い頃からの経歴①シーナ&ザ・ロケッツとしての活動

鮎川誠はサンハウスなどのバンド活動を経て、妻のシーナと「シーナ&ザ・ロケッツ」を結成しました。鮎川誠とシーナ以外のメンバーは入れ替わりがあったものの、その音楽性は若い頃から一貫しているといえるでしょう。ブルース・ロックを主体とした王道ロックは時代を経ても変わらないカッコよさがあります。

若い頃からの経歴②ドラマ出演で俳優活動

バンドマンとして活躍する中で、高身長で人気があった鮎川誠は俳優として活動していた時期があります。様々なCMや映画、テレビドラマに出演しており、モデルの仕事をすることもあったのです。

出演ドラマ①「いつも心に太陽を」

1994年にTBSドラマ「いつも心に太陽を」で高井三樹夫役を演じました。ヒロインの父親役であり、娘に対して複雑な愛情を持つ人物を演じています。病気で余命僅かなヒロインがテーマになっており、そこに不倫愛など様々な問題が描かれた本格的なドラマでした。

出演ドラマ②「ちゅらさん」

2001年に放送されていたNHK連続テレビ小説「ちゅらさん」にも出演しています。ジョージ我那覇役で、山田孝之演じる古波蔵恵達の、ロックの師匠を鮎川誠が好演しています。鮎川誠がちゅらさんに出ていたことに驚くファンもいるでしょう。

若い頃からの経歴③CM出演も話題に

鮎川誠はドラマだけでなくCMでも印象的な演技を行っています。大手のCMに出演することもあり、同じ九州出身のあの人と共演を果たしています。鮎川誠の出演していたCMもチェックしてみましょう。

出演CM動画①サントリー角瓶編

渋さ炸裂なCMが「サントリー角瓶」のCMです。ハーフである鮎川誠の見た目ならではの、カッコよさと渋さが詰まったCMになっています。どこか俳優の阿部寛的な雰囲気を感じるCMでしょう。

出演CM動画②はかたんもんラーメン編

九州出身の鮎川誠に合わせたのが「はかたもんラーメン」のCMです。博多弁を喋りながら愛機であるレスポールを抱えた鮎川誠を楽しむことが出来ます。いくつかのバージョン違いが放送されていたようです。

出演CM動画③ポプラ編

知る人ぞ知るコンビニ「ポプラ」のCMに鮎川誠が出演しています。鮎川誠の中でコンビニといえばポプラというイメージがあるようで、コンビニ袋を嬉しそうに掲げる鮎川誠を見ることができるCMです。

出演CM動画④ポカリスエット福山雅治共演編

大きな話題になったのが、同じ九州出身の福山雅治と共演した「ポカリスエット」のCMです。二人がギターを演奏しながら、ポカリスエットを飲むというロックファンにはたまらないCMとなっています。福山雅治は俳優としてだけでなく、歌手としても名曲を残している人物です。

出演CM動画⑤ジャノメ編

鮎川誠は双子の娘とCMで共演しています。CMの内容から、娘が11歳頃に撮影されたものであることが分かるでしょう。「ジャノメのミシン」で、娘に対する気持ちを告白しています。可愛い双子の娘も素敵な演技を披露しました。

鮎川誠のギターの実力も調査

ギタリストといえば、その腕前に関する議論が永遠のテーマといえるでしょう。鮎川誠のギターの実力に関しても様々な意見が存在するようです。彼の経歴は輝かしいものですが、ギターの腕前はどういった評価を受けているのでしょうか?

ギターの実力は賛否両論?

大前提として、鮎川誠のギタースタイルはブルース・ロック系です。言い換えればオールドロックタイプであり、早弾きを多様するメタルタイプとは異なります。魂でパワーコードをかき鳴らして、リフで心を揺さぶるギタリストといえるでしょう。

エフェクターを多様するタイプでもなく、Marshallのアンプにアン直で繋いでフルテン、という王道な音色となっています。こういった点が、打ち込み系やエフェクトを多様する現代の若者に「上手い」と感じてもらえるかは難しい問題です。しかし、ロックは難しいことを考えずに魂で弾くというスタイルの代表格といえるでしょう。

ギターの高い実力でめんたいロック誕生も

現代とは違い、まだまだロック黎明期だった40年以上前の時代に、九州でロックブームを起こしたのは事実です。鮎川誠たちの存在が無ければ、九州のロックの歴史は変わっていたかもしれません。「めんたいロック」の代表格である、チューリップや海援隊、長渕剛らと時代を牽引したのが鮎川誠です。

鮎川誠の娘や内田裕也との関係も調査

鮎川誠の経歴や学歴を紹介しました。最後に彼の娘との関係や、あの内田裕也とのエピソードについて紹介します。娘がどういった活動を行っているのかを紹介するとともに、鮎川誠を語る上で重要な内田裕也についても注目しましょう。

鮎川誠の子供は3人娘

鮎川誠には3人の娘がいます。長女と次女は双子で鮎川陽子と鮎川純子というそうです。先程紹介したように、父親と一緒にCMに出演したことがあるなど、大切な娘だったことがうかがえます。シーナ&ザ・ロケッツの活動に専念するため、幼少期は祖父母に預けていたのだとか。

娘(長女)の鮎川陽子はモデル兼女優として活躍

双子の娘のうち、長女お鮎川陽子はモデル兼女優として活動しています。また、画家やデザイナーの活動も行っており、海外のファッション誌「iD」」で日本のトップモデルとして紹介されたことがあります。

双子の妹はミュージシャン

次女の鮎川純子は「JUNK THE RIPPER」、三女の鮎川知慧子は「LUCY MIRRO」というバンドで活動しています。特に三女はシーナが亡くなってから、鮎川誠と共にシーナ&ザ・ロケッツのボーカルを担当することがあるのです。

内田裕也とは交友関係

2019年に79歳で亡くなったロックミュージシャンの内田裕也は、鮎川誠と親交がありました。鮎川誠が博多でサンハウスのメンバーで活動していた頃から交流があり、先輩ミュージシャンとして度々アドバイスをくれたそうです。

サンハウスの演奏を気に入った内田裕也は、彼が企画した日本初の野外ロックフェスに出演者として招待してくれたのです。このことがきっかけで、サンハウスはファーストアルバムをリリースすることが出来たのだとか。シーナ&ザ・ロケッツになってからも、「浅草ニューイヤーロックフェスティバル」に毎年のように出演依頼をくれたそうです。

今は亡き内田裕也とは

内田裕也は佐川ミツオと共にブルー・キャップスを結成したのを筆頭に、様々なバンドで活躍したロックミュージシャンです。特に、1966年にビートルズ日本公演で、尾藤イサオと前座バンドを務めたことで有名でしょう。

女優の樹木希林の夫としても知られており、ロックな生き方を体現した人物でした。破天荒すぎる生き方は賛否両論があったものの、どこか憎めないシャイで仲間を大切にする姿に憧れた人も多いです。

内田裕也なしに鮎川誠は語れない?

このように鮎川誠のバンドの知名度が大きく飛躍したことに、内田裕也が関係していたといえます。交友関係の広い内田裕也を通して、鮎川誠も様々なミュージシャンと知り合った可能性があります。また、内田裕也のお葬式では鮎川誠が弔辞を担当しています。

鮎川誠は現在もギター抱え現役ロッカーで娘も活躍

鮎川誠の経歴や学歴を紹介しました。日本を代表するギタリストの一人であり、現在も現役のロッカーとして活躍しています。その活動を娘たちも支えており、若い世代にロックの素晴らしさを伝えているといえるでしょう。これからも変わらないロックギタリストとしての活躍に期待しましょう。

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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