デーブ大久保(大久保博元)の現在!居酒屋の評判は?野球界での評判は?

かつて西武ライオンズで活躍したデーブ大久保こと大久保博元さん。菊池雄星投手に対する暴力やソフトボール界からの永久追放などいろんな噂が絶えません。現在は居酒屋を経営しているのですが、その評判はいかがなものでしょうか?デーブ大久保さんの素顔に迫っていきます!

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目次

  1. 1デーブ大久保のプロフィール
  2. 2デーブ大久保の現在や本名は?
  3. 3デーブ大久保の居酒屋の評判
  4. 4デーブ大久保の野球界の評判は?
  5. 5デーブ大久保の選手時代の評価は?
  6. 6デーブ大久保は居酒屋を経営していた

デーブ大久保のプロフィール



  ・愛称:デーブ、ブーちゃん、Dave、Davy
      ・本名:大久保博元
  ・生年月日:1967年2月1日
  ・年齢:52歳
  ・出身地:茨城県
  ・血液型:B型
  ・身長:180cm
  ・体重:108kg
  ・活動内容:元プロ野球選手、タレント、野球解説者、居酒屋経営者、プロゴルファー
  ・所属グループ:???
      ・事務所:デーブカンパニー
  ・家族構成:妻、子供3人

デーブ大久保の経歴

デーブ大久保こと大久保博元さんは、茨城出身で水戸商業高校からドラフト1位で西武ライオンズに入団します。その後、読売ジャイアンツに移籍し、28歳の若さで引退しました。引退後はコーチ、監督などを歴任し、現在は居酒屋経営をしています。

他にもプロゴルファー、野球解説者、タレント、ソフトボールのコーチなど多方面で活躍してきました。コーチ時代の菊池雄星投手に対する暴力事件やプロゴルフ界、ソフトボール界からの永久追放の噂などスキャンダルが絶えないことでも有名です。

デーブ大久保の現在や本名は?

現役時代は、その太った容貌と見事な打撃で見る者を魅了してきたデーブ大久保こと大久保博元さん。引退後は、西武ライオンズや楽天イーグルスのコーチなどをしましたが、暴力問題などのスキャンダルで現在は第一線からは退かれています。

そんなデーブ大久保さんは現在何をしているのでしょうか?現在のデーブ大久保さんについて迫っていきます。

現在は居酒屋を経営していた

28歳の若さで引退し、その後各チームの監督やコーチを歴任し、さらにはプロゴルファーとしても活躍していたデーブ大久保こと大久保博元さん。楽天の監督を辞めた翌年の2016年の3月に野球界から距離を置くように居酒屋をオープンさせます。

デーブ大久保さんは元プロ野球選手ですから、二足の草鞋でコーチの仕事の片手間に居酒屋を経営していると思われるかもしれませんが、現在はコーチや監督などの仕事はされていないようです。

15歳年下の恋人と不倫交際中?

プロ野球の世界に入って3年目にデーブ大久保さんは結婚しています。お相手は幼馴染の女性で長い交際期間を経て結婚されたようです。結婚後はデーブ大久保さんの度重なる浮気などがあったものの、奥様はそれを許す度量がありました。

しかし、コーチ時代の暴力事件から奥様とは険悪になったようで別居していると報じられます。現在、デーブ大久保さんには15歳年下の彼女がいるようで、仲良く手をつないでる写真が週刊誌に掲載されたりもしました。

交際に関してはノーコメント

若い時から激しい女性遍歴をお持ちのデーブ大久保こと大久保博元さん。現在お付き合いしているであろう15歳年下の女性との関係について、ご自身では多く語らずノーコメントを貫いているようです。

そのことからも、デーブ大久保さんが15歳年下の女性と交際しているのではないかという噂に関しては、週刊誌に写真が載っているものの真偽はハッキリしないといえます。

デーブ大久保の本名は?

デーブ大久保さんの名前を聞いて、知らない人だったらハーフの人?と思ってしまいますよね。デーブ大久保さんの本名は大久保博元さんです。それなりに野球に興味のある人であれば、デーブ大久保さんが歴とした日本人であることはおわかりいただける思います。

ではデーブという名前はどこからきたのでしょうか?由来が体型であることは間違いなのですが、若い時に野球留学していた時の和田博実コーチにデーブ大久保という名前を付けられたようです。それが世間にだんだんと浸透していって現在に至るようです。

デーブ大久保の居酒屋の評判

デーブ大久保さんは、楽天の監督を辞める時に異例の挨拶をしました。退任の挨拶とともに、翌年に居酒屋を開店するという宣伝をしたのです。内容としては「交渉がうまくいけば歌舞伎町に居酒屋を作る」という内容でした。

しかし、実際にオープンしたのはサラリーマンの街「新橋」でした。よくスポーツ選手のセカンドキャリアで飲食店経営を耳にしますが、あまりうまくいったという話は聞きません。実際にデーブ大久保さんの居酒屋の評判はどうなっているのでしょうか?

居酒屋の名前は肉蔵でーぶ

新橋駅から徒歩5分ほどのところにあるのが、デーブ大久保さんの居酒屋「肉蔵でーぶ」です。有名な日本料理店の「京味」がすぐ近くにあるのでわかりやすい場所にあると言えます。店内はカウンターを含め30席ほどでこじんまりとした雰囲気があります。

デーブ大久保さんは不在の時も多いのですが他にも行く価値はあります。それは元プロ野球選手の「橋本清」さんが勤められていることです。プロ野球ファンであれば橋本清さんに会えるだけでも、居酒屋「肉蔵でーぶ」に行く価値があるのではないでしょうか。

実は居酒屋「肉蔵でーぶ」の来店客にも注目すべき人がいます。永久追放されたソフトボール界の人たちや、野球界の人たちが度々デーブ大久保さんのお店を訪れているそうです。

永久追放されているソフトボール界の人たちが行くのは、間違いなくデーブ大久保さんの人柄によるものであると考えられます。どうしても暴力問題がクローズアップされてしまいますが、これは人柄に魅力があるのだと思わせてくれるエピソードです。

味は美味しいが値段が高い?

居酒屋「肉蔵デーブ」のメニューは、デーブ大久保さんがプロ野球の現役選手の時に各地で出会った美味しい料理を提供したいという思いが込められているようです。大阪の焼肉から博多の屋台、神戸牛から宮崎地鶏まで勢ぞろいしています。

 

どのメニューもデーブ大久保さんが厳選した食材を調理しているので、美味しいとすこぶる評判はいいようです。

しかし、高級食材を使っている影響からか、どの品も1000円を超えるお値段のようです。中には3000円を超える料理まであって、庶民にはちょっと手の出ずらい価格設定になっています。

肉蔵でーぶに閉店の噂も浮上

お値段はちょっと高いけれども、上々の評判を得ているデーブ大久保こと大久保博元さんが経営する居酒屋「肉蔵でーぶ」。今でも開店と同時に30席ほどの席はすぐに満席になるほどの大盛況ぶりを見せています。

やっぱり味が良いのと、デーブ大久保さんが経営しているというネームバリューがそうさせるのでしょうか?


 

でもそんな居酒屋「肉蔵でーぶ」にも閉店するのではないか?というまことしやかな噂が流れているのも現実です。理由は新橋という土地柄、サラリーマンが多い街なのですが値段設定が高すぎて客離れを起こしてしまうのでは?という点です。

他にもデーブ大久保さんは多方面に忙しい方ですから、お店にいることが少なく経営にあまり力が入っていないように見えてしまうことがこのような噂の流れる原因ではないでしょうか。

デーブ大久保の野球界の評判は?

プロ野球選手として、いい成績を残したシーズンもありましたが、ケガの影響もあり不完全燃焼だったデーブ大久保さん。その後の打撃コーチとしての実績の方が上かもしれません。そんなデーブ大久保さんの野球界の評判は決していいものではないようです。

西武ライオンズでは渡辺久信監督の要請でコーチに、楽天イーグルスでは三木谷社長の肝いりでコーチや二軍監督をしてきました。新しい指導方法で選手を育て上げてきた実績もあるのに、なぜ評判がイマイチなのか?という原因についてみていきましょう。

野球関係者からの評判は良くない?

コーチや二軍監督として実績を残してきたのに評判がイマイチのデーブ大久保こと大久保博元さん。実は評判の良くない理由はその指導方法にありました。デーブ大久保さんの指導方法は、前時代的な根性主義と体罰主義が根幹にあるため暴力を振るってしまうようです。

一昔前は先輩後輩の上下関係は絶対で、後輩は何があっても先輩に逆らうことが許されず、逆らえば暴力を受ける時代でした。その時代の野球部で育ってきたデーブ大久保さんは、前時代的な暴力による指導法から抜け出せなかったのではないでしょうか。

そんなデーブ大久保さんは、当時は革新的だったアーリーワークと呼ばれる早朝練習を導入し、選手の育成で実績を上げました。しかし、任意参加のアーリーワークに強制的に参加をさせ、さらには遅刻した者に罰金を科すという暴挙に出ることで軋轢が生じます。

 

他にも、公式戦でチームが負けると連帯責任として罰金を徴収したりとやりたい放題でした。徴収した罰金は選手たちとの飲み会で使っていたらしいのですが、選手たちから不満の声が上がったことによって野球界の評判がイマイチになってしまったようです。

さらに、長嶋茂雄監督が脳梗塞で倒れて入院した時のエピソードも球界関係者からの評判を落とす原因になっていると考えられます。ジャイアンツの選手、OBなどすぐに病院に駆けつけたかったようですが、病状が病状だけにグッと我慢したようです。

そんな時に、病院にお寿司と胡蝶蘭をもって馳せ参じたのがデーブ大久保こと大久保博元さん。当然と言えば当然ですが、家族やOB等から大顰蹙を買ってしまい読売ジャイアンツからは絶縁状態、長嶋家からは永久追放されたとの噂もあります。

菊池雄星に暴力を振るっていた?

今やMLBのシアトル・マリナーズに入団が決まり、野球を知らない人でも一度は名前を聞いたことがある「菊池雄星」投手。花巻東高校のエースとして甲子園でも活躍し、西武ライオンズにドラフト1位で入団したプロ注目の投手でした。

そんな菊池雄星投手が入団した当時、西武ライオンズのコーチだったのがデーブ大久保こと大久保博元さん。打撃コーチとして前時代的な指導方法をとっていたデーブ大久保さんは、菊池雄星投手にも同じような暴力による指導方法をとってしまいます。

アーリーワークに参加している選手たちの飲み会に半強制的に参加させられていた菊池雄星投手。最初は渋々参加していたものの、だんだんと嫌気がさし参加を拒むようになっていったことでデーブ大久保さんとの関係がこじれていきます。

ある時、罰金を徴収していたことが上層部にバレてしまい、それを密告したのが菊池雄星投手だと決めつけてしまいました。菊池雄星投手は胸ぐらをつかまれたり、耳を引っ張られたり、バットで頭を小突かれるなどの暴力を受けていたようです。

他にも、菊池雄星投手が入団したルーキーイヤーに事件が起きます。練習中に菊池雄星投手がおもむろに走り出し、グラウンドの端のある箱まで何かを取りに行きました。走って戻ってきた菊池雄星投手の手には何とスルメが握られていました。

しかも、菊池雄星投手ではなくデーブ大久保さんが食べるという、いわば菊池雄星投手がパシリにさせられたという事件です。その後、暴力事件も明るみに出て、デーブ大久保さんには常に黒い噂が付いて回り、球界からは永久追放されたなんて噂も飛び交うほどです。

ソフトボール界から永久追放?

実はデーブ大久保さんはソフトボール界から永久追放されているという情報があります。ある時、女子ソフトボール日本代表の臨時打撃コーチを引き受けました。打撃を教えることが目的だったのですが、野球とソフトボールという競技の違いもあり苦労されたようです。

臨時コーチなのに永久追放されるのは、それなりのことをしでかしたのでは?と思ってしまいますが、実は選手との不正な金銭のやり取りが原因で永久追放されたらしいです。

当時のソフトボール選手たちの収入の低さに驚きを受けたデーブ大久保さんは、選手たちのモチベーションをあげるために試合で賞金を渡すことを提案しました。ヒット1本いくらというような具合です。

しかも、デーブ大久保さんのポケットマネーで行われていたという事実があり、それを問題視したのではないかと考えられます。その結果、プロゴルフ界からの永久追放に続いて、ソフトボール界からも永久追放という事態を招いてしまったのでしょう。

デーブ大久保の選手時代の評価は?

デーブ大久保こと大久保博元さんはドラフト1位で西武ライオンズに強打の捕手として入団しましたが、当時の絶対的捕手であった伊東勤さんの牙城を崩すことはできず、読売ジャイアンツにトレードされたことはご説明しました。

当時のジャイアンツは絶対的な正捕手が不在でデーブ大久保さんが打ち出すと、天性の明るいキャラクターとユーモアあふれる発言で、瞬く間に人気者となりました。その反面、年俸などには凄まじい執念を見せるという一面も持ち合わせていたようです。

ドラフト1位で西武に入団

水戸商時代に強打の捕手として名を馳せたデーブ大久保こと大久保博元さんは、高校通算52本塁打という実績を引っ提げてパリーグの強豪でもある西武ライオンズに1984年ドラフト1位で入団しました。前述したように出場機会にはあまり恵まれなかったようです。

それでもデーブ大久保さんに対する西武ライオンズの期待は高かったようです。1年目から二軍の4番として使い、将来の西武ライオンズの主砲して育てていこうとしていました。その後、アメリカへ野球留学なども経験させていたことからも期待の高さがうかがえます。

しかし、デーブという名前からもわかるように太めの体型であったことと、捕手としてのキャッチング、リード、肩の強さも正捕手であった伊東勤を上回ることができず、他球団でなら出場できる実力があっても、当時の西武ライオンズでのレギュラーは難しかったのです。

そこでデーブ大久保さんは、当時の球団管理部長だった「根本睦夫」さんに頼み込んで自分を他球団へトレードに出して欲しいと何度も頼み込んだようです。その甲斐あってか、1992年に読売ジャイアンツへのトレードが成立しました。

巨人時代には4番を打っていた過去も

1992年に西武ライオンズから読売ジャイアンツへとトレードになったデーブ大久保こと大久保博元さん。それまで出場が限られていた状態から一変、水を得た魚のように大活躍を見せます。移籍1年目から本塁打を量産し、過去最高の15本塁打と.277の打率を残します。

翌1993年もシーズン当初は活躍を見せていましたが、1シーズンを乗り切るだけのスタミナがないことや、ケガの影響などもあり前年程の活躍を見せることができませんでした。それでも10本塁打を放ち、シーズン終盤にはジャイアンツの4番として出場も果たしました。

しかし、打撃で他の捕手達よりも一歩抜け出ている感があっても、リードやキャッチングに難があり、ジャイアンツの正捕手をしっかりと射止めるというまでには至りませんでした。それでも大事な場面での一打は光るものがありました。

1994年も全試合出場は叶いませんでしたが、光るバッティングセンスで本塁打こそ9本だったものの、打率は.294という成績を残しました。結局は翌年の足首の骨折により引退を早めてしまうのですが、見ている者の記憶に残る選手であったことは間違いありません。

デーブ大久保の現役時代を動画で紹介

デーブ大久保は居酒屋を経営していた

暴力問題をはじめとするスキャンダルが持ち上がり、各界から永久追放のような状態になってしまっているデーブ大久保さんですが、天性の人懐こさを象徴するような雰囲気の居酒屋「肉蔵でーぶ」をオープンしました。

現在、居酒屋「肉蔵でーぶ」はオープンしてから丸3年を迎えます。デーブ大久保さんの居酒屋「肉蔵でーぶ」はいまだに大盛況なようです。時々大胆な発言で世間を賑わすデーブ大久保さんの今後に注目です!

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この記事のライター
大橋類太郎
北海道の田舎に住んでいる大橋類太郎です。 ドライブが好きで暇さえあれば広い北海道を走り回っています。 コツ...

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