深浦加奈子の死因はガン?壮絶な闘病生活や経歴まとめ

2008年に48歳という若さで亡くなった女優深浦加奈子さんについてまとめました。深浦加奈子さんの死因そして5年に及ぶ壮絶な闘病生活とその日々を支えたもの、そして深浦加奈子さんが亡くなるまでの経歴について調べた結果をご紹介致します。懐かしい動画も。

深浦加奈子の死因はガン?壮絶な闘病生活や経歴まとめのイメージ

目次

  1. 1深浦加奈子のプロフィール
  2. 2深浦加奈子の死因はガン?
  3. 3深浦加奈子の壮絶な闘病生活
  4. 4深浦加奈子の詳しい経歴
  5. 5深浦加奈子の出演作品
  6. 6深浦加奈子が結婚した夫は?
  7. 7深浦加奈子の交友関係
  8. 8伝説の名女優・深浦加奈子の死因はS状結腸ガン

深浦加奈子のプロフィール

・愛称:不明
・本名:深浦加奈子
・生年月日:1960年4月4日
・年齢:享年48歳(2008年8月25日死去)
・出身地:東京都
・血液型:A型
・身長:158cm
・体重:不明
・活動内容:女優、歌手
・所属グループ:第三エロチカ(1980年~1989年)
・事務所:フリー(2005年まではシス・カンパニー)
・家族構成:後述します
・出演作品:ドラマ「スウィート・ホーム」「家なき子」「ナースのお仕事」「科捜研の女シリーズ」「美女か野獣」、映画「狗神INUGAMI」「浅草キッドの浅草キッド」「ぼくのおばあちゃん」、舞台「ニッポン・ウォーズ」「おかしな二人」「新しい橋」

深浦加奈子の経歴

深浦加奈子さんは1960年4月4日に東京で生まれました。小学校の時の深浦加奈子さんは、同級生によると「テレビから出てきたような美少女でまつ毛が長いため、体育館裏でつけまつ毛をしているという噂が立った」という事です。

そして成績優秀なのに「天才バカボン」に夢中になるという変わった子供だったそうです。女優になった後の深浦加奈子さんも美しい人でしたが、美しいヒロインよりも一癖ある人物の方を好んでいました。

そういった役柄を演じる時は、とても生き生きとしていました。特に小姑役やお局役と言った、脇をピリリと締める癖のある役柄に定評がありました。バイプレイヤーという言葉があります。和製英語で「脇役」という意味です。

そして名バイプレイヤーと呼ばれる俳優さんが多くいます。名脇役と言うよりも格調高く感じられる良い言葉です。そして深浦加奈子さんはその「名バイプレイヤー」という名にこの上なくふさわしい名優でした。

深浦加奈子の学歴

深浦加奈子さんが生まれたのは公務員の家庭で、小学校の頃から成績がとても優秀でした。深浦加奈子さんの母は深浦加奈子さんが将来公務員になる事を望んでいましたが、東京都立日比谷高校を卒業後明治大学文学部に入学した後、その望みは断たれました。

演劇学を専攻した深浦加奈子さんは、演劇を志す仲間達に囲まれた事で、女優への道を進む事を選んだのです。明治大学を卒業した後は真っ直ぐにその道を突き進んでいく事になりました。

深浦加奈子の死因はガン?

深浦加奈子さんの死因はガンでした。多くの作品で名バイプレイヤーとして輝きを放っていた深浦加奈子さんの未来を奪い去った深浦加奈子さんの死因となったガンは、一体どんなガンだったのでしょうか?

2008年8月25日に48歳の若さで他界

深浦加奈子さんが亡くなったのは2008年8月25日の事でした。48歳という若さでした。深浦加奈子さんの死因がガンだったという事実は、多くの人に大きな衝撃を与えました。

深浦加奈子さんはごく限られた人にしかガンに冒されている事を話していなかったためです。それは、周囲の人に心配をかけたくないという配慮と、病気のために仕事を奪われるのが嫌だ、という鋼の女優魂から来るものでした。

死因はS状結腸ガン

深浦加奈子さんの死因はS状結腸ガンでした。亡くなった時には、死因となったガンが大腸以外の内臓のあちこちに転移していて、亡くなる数ヶ月前にはもう手の施しようがないと医師が診断するほど病状は進行していたのです。

それでも深浦加奈子さんは亡くなる1ヶ月前まで仕事をしていました。本当に仕事を愛していたのです。深浦加奈子さんの「仕事」の成果はどれも素晴らしいものでした。そんな深浦加奈子さんから仕事と命を奪った、死因のS状結腸ガンについてご説明します。

S状結腸ガンとは

深浦加奈子さんの死因となったS状結腸ガンというのは、大腸ガンの一種です。大腸の一部であるS状結腸に出来るガンで、直腸ガンと共に全体の約7割を占めているそうです。S状結腸には便が長い間貯留されるために、直腸の次にガンが発生しやすい部位なのです。

大腸ガンは死因になる病気のランキング上位に常に入っています。自覚症状が腹痛や便秘という形で表れるため、単なる体調不良と勘違いしてしまって手遅れになるケースが多いのが大腸ガンです。深浦加奈子さんも当初重い月経痛と勘違いしてしまったのです。

ウェスティンホテル東京にてお別れの会

2008年8月25日に深浦加奈子さんは亡くなりました。翌月9月2日に近親者と親しい友人知人のみで40人ほどが集まる告別式が執り行なわれました。

そして9月24日に目黒区のウェスティンホテル東京でお別れの会が開かれました。友人知人や芸能関係者ら約550人が参列する大式典となりました。

松嶋菜々子が涙でお別れ

お別れの会には、深浦加奈子さんと数々のドラマで共演し、仕事を離れたプライベートでも親交の深かった女優の松嶋菜々子さんも参列しました。スタッフに囲まれて参列した松嶋菜々子さんは、ずっと俯いて涙を流しながら深浦加奈子さんへ別れを告げていたそうです。

深浦加奈子さんの年下の友人の多くが、深浦加奈子さんを姉さんと呼んで慕っていました。松嶋菜々子さんも、深浦加奈子さんを姉のように慕う1人でした。

小泉今日子は涙と震える声で弔辞を読み上げる

2002年に舞台「おかしな二人」で共演して以来親しく、深浦加奈子さんが「キョン」と呼んで可愛がっていた小泉今日子さんが、お別れの会で弔事を読みました。「色んな相談に乗ってもらい、お姉さんのように慕っていた」と涙ながらに語っていました。

遺骨の一部は逗子の海へ

深浦加奈子さんの遺骨の一部は、深浦加奈子さんの遺言で逗子の海へ散骨されました。それ以来深浦加奈子さんの遺族は海へ行く度に「深浦加奈子さんに会いに行く」という気持ちになっているそうです。どこの海でも海は繋がっていますから。

若くしてガンで他界した芸能人は多い

若くしてガンが死因で亡くなった芸能人は多いです。32歳で乳ガンで亡くなった小林麻央さん。58歳でがん性リンパ管症で亡くなった忌野清志郎さん。38歳で乳ガンで亡くなった川村カオリさん。深浦加奈子さんと同じ48歳で胃ガンで亡くなった逸見政孝さん。

40歳で膀胱ガンで亡くなった松田優作さん。深浦加奈子さんのようにガンである事を公表せずに闘病しながら活動を続ける芸能人の方も多いため、その突然の訃報は人々に大きな衝撃を与える事が多いです。勿論病気だと知っていてもショックは大きいのですが。

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深浦加奈子の壮絶な闘病生活

深浦加奈子さんの闘病生活は5年に及ぶ壮絶な日々でした。S状結腸ガンが発見されてからずっと、亡くなるまで深浦加奈子さんは、深浦加奈子さんの死因となってしまったこのS状結腸ガンと雄々しく戦い続けていたのです。

2003年にステージ2のS状結腸ガン発覚

S状結腸ガンが発覚したのは2003年、ドラマ「美女か野獣」撮影中の事でした。腹痛を覚え最初は重い月経痛かと思い放置していたのですが、痛みが酷くなったために病院で検査を受けた結果、S状結腸ガンを宣告されたのです。

手術2週間後にステージ3bに達する

ドラマの収録が終了した後に手術を受けました。診断された時にステージ2だったガンは手術の2週間後にステージ3bに達しました。それでも手術は成功し、退院後仕事に戻る事が出来ました。

2002年にも産婦人科で検査するも異常は発見されず

その前年深浦加奈子さんは産婦人科で検査を受けていました。その時には異常は発見されませんでした。部位が直腸だったのもありますが、その時にはまだガンが発生していなかった可能性が高いです。

闘病中もガンを隠し仕事を続ける深浦加奈子

深浦加奈子さんの家族や医師達は闘病中は仕事を休んで治療に専念してはどうかと勧めていました。けれど、深浦加奈子さんはそれを退け、限られた人以外には病気を隠し通して闘病しながら仕事を続けていました。

2005年4月に事務所から独立しフリーで活動

切除したガンが再発し更に転移し、それを治療しながら仕事を続けていた深浦加奈子さんでしたが、2005年に酷い腸捻転を起こして倒れてしまいます。このままでは所属事務所に迷惑がかかると考えた深浦加奈子さんは、事務所を退所し、フリーになりました。

2006年に2度の肝転移

事務所から独立した翌年の2006年にガンは肝臓に転移するという事を2度繰り返しました。1度目は手術が成功しましたが、2度目の時には手術が困難な箇所にガンが出来たために、医師に「治療しようがない」と言われてしまいました。

それでも深浦加奈子さんは諦めずに、放射線治療を医師に持ちかけました。放射線治療は功を奏し、治療のしようがないという状況を脱する事が出来ました。

闘病生活を支えた猫ニコラスとの出会い

そんな厳しい闘病生活の中で、深浦加奈子さんは1匹の猫と出会いました。ニコラスと名付けた猫を深浦加奈子さんは「ニコ」という愛称で呼び、我が子のように慈しんでいました。

2007年に抗ガン剤治療をしながら舞台に立つ

2007年に深浦加奈子さんは抗ガン剤を服用しながら2回舞台に立っています。亡くなる間際に深浦加奈子さんはお父さんに「もっと舞台の仕事がしたい。私はまだまだ満足していない」と語っています。この時もそういう思いで舞台に立ったのでしょう。

両肺へのガン転移発覚で新薬治療も効果見られず

肝臓に転移したガンは放射線治療で小さくなりましたが、2008年2月に肺へ転移している事が発覚しました。未承認の抗ガン剤を個人輸入して医師であるお姉さんの夫に承認してもらって投与するなどして頑張りましたが、効果は思うように上がりませんでした。

舞台「新しい橋」出演後に自宅にて闘病生活

肺への転移が見つかった2008年2月に、深浦加奈子さんは東京の下北沢の劇場で舞台「新しい橋」に出演しました。それが深浦加奈子さんの最後の舞台となってしまいました。公演終了後、深浦加奈子さんは自宅で療養生活に入りました。

亡くなる1ヶ月前にはナレーションの仕事

6月には呼吸が辛くなったために酸素ボンベを使っていたというのに、7月末に深浦加奈子さんはどうしてもやり遂げたい仕事だと言って、テレビ新広島の報道特別番組「描けなかった2枚の絵 原爆が投下された日の記憶」のナレーションを務めました。

収録が広島で行なわれるため、お姉さんに付き添われて広島へ行った深浦加奈子さんは、お母さんに「この仕事が最後になると思う」と語っています。そしてそれが本当に最後の仕事になってしまいました。

家族に見守られベッドに座ったまま絶命

最後の仕事を終えた後急速に容態は悪化しました。そのため8月4日に入院し家族と友人が交代で深浦加奈子さんに付き添いました。呼吸が困難になり22日には会話も出来ない状態に陥ります。

そして8月25日22時57分、深浦加奈子さんはベッドに座った状態で、家族が見守る中で静かに最期を迎えたのでした。

父親が深浦加奈子のガン闘病記を出版

深浦加奈子さんが亡くなった翌年、深浦加奈子さんの父深浦栄助さんは深浦加奈子さんの壮絶な闘病生活の記録を出版しました。

「加奈子。何をしてやれたかな…」というタイトルのその本には、前向きに闘病していた深浦加奈子さんと深浦加奈子さんを支えた両親深浦栄助さん夫妻と深浦加奈子さんの姉夫妻との最後の日々が綴られています。

闘病中には家族へ手製の誕生日プレゼント

深浦加奈子さんは最後の年の両親とお姉さん夫妻のそれぞれの誕生日に、手縫いのブックカバーなどの手作りのプレゼントを贈りました。事務所独立後自分の会社に迎え入れてくれたお父さん。仕事を辞めて食事管理をしてくれた管理栄養士のお母さん。

マネージャーを務めてくれたお姉さん。医師として義兄として力を尽くしてくれたお義兄さん。力強く愛を持って闘病生活を支えてくれた家族への感謝を込めて、辛い体調の中で用意した最後のプレゼントでした。

財産は愛猫ニコラスへ寄贈

深浦加奈子さんは遺産を愛猫ニコラスに贈ってほしいと言い遺しました。2006年秋に深浦加奈子さんが拾い、亡くなるまでの2年一緒にいた愛猫は、深浦加奈子さんのかけがえのない家族の一員でした。

深浦加奈子の詳しい経歴

この章では冒頭の経歴では触れなかった深浦加奈子さんの経歴の詳細をご紹介します。不世出の名女優にして名バイプレイヤーだった深浦加奈子さんの足跡を辿っていきましょう。

大学在籍中に「第三エロチカ」を旗揚げ

深浦加奈子さんは、明治大学に入学した後は文学部文学科演劇学を専攻していましたが、大学在学中に劇作家で演出家の川村毅さんらと劇団第三エロチカを旗揚げして、1989年に退団するまで看板女優として多くの舞台に立ちました。

退団後は舞台をメインとして女優活動

第三エロチカ退団後はアルバイトを掛け持ちしながら、様々な舞台やテレビや映画などのオーディションを受けて役を獲得していました。30歳位までその下積み生活で、暮らしはかなり苦しかったようです。

その後は人気ドラマなどの名脇役女優に

長い下積みの末に、深浦加奈子さんは1994年に出演した2つの作品、日本テレビ系列のドラマ「家なき子」とTBS系列のドラマ「スウィート・ホーム」での演技が評価され、その後数多くのドラマに出演するようになり、名脇役と高く評価されるようになりました。

「東京パノラママンボボーイズ」との昭和歌謡披露も話題に

深浦加奈子さんは女優としてだけでなく、歌手としても活動しています。芸名は「リリィ深浦」または「六本木ネネ」として、東京パノラママンボボーイズと共演して昭和歌謡を歌っていました。

深浦加奈子の出演作品

この章では深浦加奈子さんのドラマと映画と舞台の出演作品を取り上げます。どの作品でも名バイプレイヤーとして素晴らしい演技をしている深浦加奈子さんです。

厳選出演ドラマ一覧

最初に深浦加奈子さんが出演したドラマの中から厳選した3作品をご紹介します。現在でもDVDや動画サイト、そして再放送などで視聴できる作品ばかりです。

出演ドラマ①「科捜研の女」シリーズ

深浦加奈子さんの出演ドラマ1作目は、1999年からテレビ朝日で放映されているドラマ「科捜研の女」シリーズです。深浦加奈子さんは2001年に放映されたシーズン4から2006年に放映されたシーズン7まで、科捜研の会計係小向光子役で出演しています。

出演ドラマ②「家なき子」

深浦加奈子さんの出演ドラマ2作目は、1994年に日本テレビ系列で放映されたドラマ「家なき子」です。「同情するなら金をくれ!」が流行語となり大ヒットしたこのドラマで、深浦加奈子さんは安達祐実さん演ずるヒロインをいじめる使用人役で出演しています。
 

出演ドラマ③「ショムニ」

深浦加奈子さんの出演ドラマ3作目は、1998年からフジテレビ系列で放映されたドラマ「ショムニ」シリーズです。深浦加奈子さんはレギュラーでなく、2000年に放映された第2シリーズの第4話のゲストキャラクターとして登場しています。

江角マキコさん演じるヒロイン坪井千夏のライバルで戸田菜穂さん演じる秘書課の杉田美園の先輩のお局さんという、深浦加奈子さんが特に得意とするタイプの癖のある女性だったため、1回きりのゲストなのに印象に残っているという声が多いです。
 

厳選出演映画一覧

厳選ドラマに続いて、深浦加奈子さんが出演した映画の中から厳選した3作品をご紹介します。こちらもDVDや動画サイトなどで視聴する事が可能な作品を揃えました。

出演映画①「ぼくのおばあちゃん」

深浦加奈子さんの出演映画1作目は、2008年12月にキノシタ・マネージメント配給で公開された映画「ぼくのおばあちゃん」です。この映画で主演した菅井きんさんは「世界最高高齢映画初主演女優」としてギネスに認定されました。

そしてこの映画が深浦加奈子さんの映画の遺作となってしまいました。深浦加奈子さんが亡くなった4ヶ月後に公開されています。
 

出演映画②浅草キッドの浅草キッド

深浦加奈子さんの出演映画2作目は、2002年10月にスカパーフェクTV!、カンバス配給で公開された映画「浅草キッドの「浅草キッド」」です。北野武さんの自伝の映画化作品でも深浦加奈子さんは名バイブレイヤーの実力を発揮しています。
 

出演映画③「狗神INUGAMI」

深浦加奈子さんの出演映画3作目は、2001年1月に東宝配給で公開された映画「狗神」です。深浦加奈子さんは狗神筋として住んでいる村の人々から忌み嫌われる坊之宮家の女性を演じています。いわくありげな癖のある女性という深浦加奈子さんの得意とする役です。

代表出演舞台は?

亡くなる数日前にお父さんに「今はテレビの仕事に時間を取られているけれど、本当はもっと舞台の仕事がしたい。私はまだまだ満足していない」と語った深浦加奈子さんが出演した舞台では、劇団第三エロチカ時代に出演した「ニッポン・ウォーズ」が有名です。

「ニッポン・ウォーズ」は1984年と1986年に上演され、1987年には「ニッポン・ウォーズ -ヨーロッパ版-」が上演されています。小泉今日子さんと共演した「おかしな二人」も高い評価を受けています。

懐かしい出演CM「三菱石油」

最後にご紹介するのは、深浦加奈子さんが出演した懐かしい三菱石油のCM動画です。陽気な高嶋政伸さんと、同じ位陽気に登場する深浦加奈子さんの姿に、見ていて自然に笑みが浮かびます。

深浦加奈子が結婚した夫は?

これまでの深浦加奈子さんの闘病生活を含めたエピソードの中に、深浦加奈子さんの結婚と夫、という存在が欠落していた事にお気付きでしょうか?深浦加奈子さんは結婚していたのでしょうか?結婚していたのなら夫はどうしているのでしょうか?

結婚はしておらず生涯独身

深浦加奈子さんの闘病生活に深浦加奈子さんの結婚生活と夫が現れなかったのは、深浦加奈子さんの結婚生活が破綻していたから?夫婦関係が壊れていたから?と思われた方もいらっしゃると思います。

深浦加奈子さんには夫がいません。離婚したから夫がいないのではなく、最初から結婚していないので夫がいないのです。深浦加奈子さんは生涯結婚する事なく独身のままでした。

仕事が恋人で夫はいない

深浦加奈子さんは「仕事が恋人」とよくおっしゃっていたそうです。深浦加奈子さんほどの美しく魅力のある人と結婚したいと思っていた男性は、深浦加奈子さんの周囲にいくらでもいたのではないでしょうか。

けれど、その誰とも深浦加奈子さんは結婚する事はありませんでした。「仕事が恋人」だった深浦加奈子さんは、仕事と結婚していたのです。深浦加奈子さんにとって仕事以上の結婚相手はいなかったという事なのです。

元夫が友人の高橋克実との噂も

深浦加奈子さんがかつて俳優の高橋克実さんと結婚していた、という噂もあります。何故そんな噂が生まれたかと言うと、高橋克実さんは2005年に深浦加奈子さんが退所するまで所属事務所が同じシス・カンパニーで、公私共に親しかったからです。

550人以上が参列したお別れの会に先立って身内40人ほどで営まれた告別式にも、高橋克実さんは参列し、深浦加奈子さんの棺を抱える役を担っています。そのため余計高橋克実さんが元夫だという噂に信憑性が加わったのではないでしょうか。
 

けれど高橋克実さんが深浦加奈子さんと結婚していたという事実はありません。高橋克実さんは2回結婚していますが、どちらも深浦加奈子さんではありません。同年代で同じ事務所所属で名バイブレイヤーであるという共通点を持つ2人。

とても親しい友人関係だったので、結婚して夫婦となってもうまくいったのではないかと思いますが、結婚相手という対象にはお互いにならなかったのでしょう。

高橋克実のプロフィール

・愛称:カッツミー
・本名:高橋克実
・生年月日:1961年4月1日
・年齢:57歳(2019年3月現在)
・出身地:新潟県三条市
・血液型:A型
・身長:175cm
・体重:不明
・活動内容:俳優、タレント、司会者
・所属グループ:なし
・事務所:シス・カンパニー
・家族構成:妻
・出演作品:ドラマ「ショムニシリーズ」「フルスイング」「梅ちゃん先生」

深浦加奈子の交友関係

深浦加奈子さんには芸能界でも私生活でも多くの友人がいました。深浦加奈子さんの人柄のせいか、長い付き合いの友人がほとんどだったようです。小泉今日子さんのように、深浦加奈子さんを姉さんと慕う人も多かったようです。

そうした多くの深浦加奈子さんの友人の中から、4人の女性をプロフィールと共にご紹介します。どの方も深浦加奈子さんと長く深いお付き合いの方です。

戸田恵子とはプライベートでも仲良し関係

深浦加奈子さんの友人の1人目は、女優としても声優としても有名な戸田恵子さんです。深浦加奈子さんはガンで闘病中である事をほとんどの友人知人に隠していましたが、戸田恵子さんは闘病を打ち明けられた数少ない1人です。

それだけ公私共に深いお付き合いの友人でした。つまりは親友という存在でした。舞台女優出身の同年代の間柄という事で、かなり古くから親交を温めていた2人です。地方ロケで一緒になった時などはホテルの部屋で2人でよく飲んでいたそうです。
 

戸田恵子のプロフィール

・愛称:不明
・本名:戸田恵子
・生年月日:1957年9月12日
・年齢:61歳(2019年3月現在)
・出身地:愛知県
・血液型:O型
・身長:154cm
・体重:不明
・活動内容:女優、声優、ナレーター、歌手、タレント
・所属グループ:なし
・事務所:ルックアップ
・家族構成:独身(前夫:池田秀一、井上純一)
・出演作品:ドラマ「ショムニシリーズ」「ちゅらさん」「純情きらり」、映画「ラヂオの時間」、アニメ「機動戦士ガンダム」「伝説巨神イデオン」「それいけ!アンパンマン」「キャッツ・アイ」

亡くなる2日前に見舞いに訪れ笑顔の再会

深浦加奈子さんが亡くなる2日前に、戸田恵子さんは共通の友人である高橋克実さんと深浦加奈子さんの病室を訪れています。その時の深浦加奈子さんは会話がままならないほどの状態でしたが、訪ねてきた戸田恵子さんと高橋克実さんに笑顔を見せました。

そして「ありがとう」とおっしゃったそうです。ぐったりした感じではなくしゃきっとしていたのだとか。それで、戸田恵子さんはまさかそれが最後の別れになるとは思わなかったのだそうです。「残念です。悔しいです」と戸田恵子さんは語っています。

久本雅美とは無名時代からの交友関係

深浦加奈子さんの友人の2人目は、女優でお笑いタレントでコメディエンヌの久本雅美さんです。深浦加奈子さんと久本雅美さんは、お互いがまだ無名の時代から親しくお付き合いしていたそうです。「深浦」「久本」と呼び合う仲でした。

久本雅美のプロフィール

・愛称:マチャミ、ヒサモト
・本名:久本雅美
・生年月日:1958年7月9日
・年齢:60歳(2019年3月現在)
・出身地:大阪府平野区
・血液型:A型
・身長:154cm
・体重:不明
・活動内容:女優、お笑いタレント、コメディエンヌ、司会者
・所属グループ:なし
・事務所:WAHAHA本舗
・家族構成:父、母、弟、妹(久本朋子)
・出演作品:バラエティ    「メレンゲの気持ち」「ぴったんこカン・カン」「秘密のケンミンSHOW」

沢口靖子とは独身同士で仲良し

深浦加奈子さんの友人の3人目は、女優の沢口靖子さんです。深浦加奈子さんと沢口靖子さんはドラマ「科捜研の女」で長年共演していたという事もあり、また同年代の独身女性同士という事もあって、仕事を離れたところでも親しい間柄でした。

沢口靖子のプロフィール

・愛称:不明
・本名:沢口靖子
・生年月日:1965年6月11日
・年齢:53歳(2019年3月現在)
・出身地:大阪府堺市
・血液型:A型
・身長:159cm
・体重:不明
・活動内容:女優
・所属グループ:なし
・事務所:東宝芸能
・家族構成:父、母、兄
・出演作品:ドラマ
「澪つくし」「さよなら李香蘭」「科捜研の女シリーズ」「太平記」「秀吉」「新選組!」「鉄道捜査官シリーズ」

共演作品も多い松嶋菜々子

深浦加奈子さんの友人の4人目は、女優の松嶋菜々子さんです。深浦加奈子さんと松嶋菜々子さんは、20数年前にドキュメンタリーでの共演で親しくなったそうです。深浦加奈子さんと松嶋菜々子さんがでヨーロッパの小さな村へ行き、日本人妻を探すという企画でした。

初対面の2人は、この仕事で仲良くなりました。慣れない海外で戸惑う松嶋菜々子さんをよそに、流暢な英語でヨーロッパの人と話す深浦加奈子さんの姿に、松嶋菜々子さんは感動して、頼もしい年長の女性に尊敬の念を覚えたのです。

その後、深浦加奈子さんと松嶋菜々子さんは、女優同士として何本ものドラマで共演しました。2003年に深浦加奈子さんのS状結腸ガンが判明した頃に出演していたドラマ「美女か野獣」で共演しています。

そして2005年にもフジテレビ系列のドラマ「救命病棟24時」で共演したりと、共演が続いた事で更に親しくなったそうです。松嶋菜々子さんがヒロインを演じ、深浦加奈子さんが名バイブレイヤーとして松嶋菜々子さんをサポートする形での共演でした。

仕事の上でもプライベートでも親しくお付き合いをしていく中で、松嶋菜々子さんは更に深浦加奈子さんを信頼するようになっていきました。そんな相手を喪った松嶋菜々子さんが、お別れの会で言葉を失くして涙を流すばかりだったのは当然の事でした。

お別れの会の前に営まれた身内だけの告別式にも松嶋菜々子さんは参列していました。松嶋菜々子さんが深浦加奈子さんの死因となったガンについて生前聞かされていたかは不明ですが、いずれにせよ悲しみは深かったでしょう。

松嶋菜々子のプロフィール

・愛称:不明
・本名:野口奈奈子(旧姓・松嶋)
・生年月日:1973年10月13日
・年齢:45歳(2019年3月現在)
・出身地:神奈川県横浜市
・血液型:A型
・身長:172cm
・体重:不明
・活動内容:女優、ファッションモデル
・所属グループ:なし
・事務所:セブンス・アヴェニュー
・家族構成:夫(反町隆史)、長女、次女
・出演作品:ドラマ「救命病棟24時シリーズ」「やまとなでしこ」「利家とまつ」「美女か野獣」「家政婦のミタ」、映画「リング」「ホワイトアウト」「藁の楯」

伝説の名女優・深浦加奈子の死因はS状結腸ガン



深浦加奈子さんのご家族と多くの友人知人、そしてファンの人達が深い喪失感に襲われた深浦加奈子さんの死から、もう10年以上が経ってしまいました。けれど遺された人達の中から深浦加奈子さんの存在が消える事はありません。

死因がガンだった事がお気の毒だという気持ちより、その見事な生き様に感嘆せずにはいられません。不世出の名バイブレイヤーで名優の深浦加奈子さん。いつまでも彼女を知る人の心の中で生き続ける事でしょう。深浦加奈子さんのご冥福を心からお祈りします。

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この記事のライター
fuyuhome
漫画とゲームが好きです。 最近は古いドラマを発掘して観るのにはまっています。 昔の俳優、今の俳優、どちらも違う...

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