【光市母子殺害事件】福田孝行(大月孝行)死刑囚の家族や生い立ち!被害者の遺族の現在も調査

福田孝行死刑囚は、何の罪もない人間を殺害した人物です。本記事は、光市母子殺害事件を起こした福田孝行死刑囚の家族や生い立ちのほか、被害者遺族の現在、ドラえもん発言をまとめました。また、併せて事件と裁判の内容もご紹介します。

【光市母子殺害事件】福田孝行(大月孝行)死刑囚の家族や生い立ち!被害者の遺族の現在も調査のイメージ

目次

  1. 1福田孝行(大月孝行)とは
  2. 2【光市母子殺害事件】の概要
  3. 3【光市母子殺害事件】裁判と判決
  4. 4【光市母子殺害事件】福田孝行死刑囚の生い立ち
  5. 5【光市母子殺害事件】福田孝行死刑囚のドラえもん発言や手紙とは
  6. 6【光市母子殺害事件】福田孝行死刑囚の現在やその後
  7. 7【光市母子殺害事件】被害者遺族の現在や関連作品
  8. 8福田孝行は現在も死刑囚として拘置所で生活

福田孝行(大月孝行)とは

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福田孝行という人物は、何の罪もない2人の命を奪った凶悪犯として知られています。どんな家族の元で育ったのか、事件の内容以外に福田孝行の生い立ちや現在などもご紹介します。

1999年に山口県光市で起きた殺人事件の犯人

福田孝行が起こした事件は「光市母子殺害事件」という名称で呼ばれています。名称から分かるように、この事件は山口県光市内で発生しました。殺人事件は毎日のように起こっていますが、光市母子殺害事件は犯人の年齢や被害状況のほか、弁護団による弁護内容が注目を浴びたことでも有名です。

福田孝行(大月孝行)は事件当時未成年

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光市母子殺害事件の犯人である福田孝行は、事件発生当時18歳という年齢でした。日本では、犯人の年齢が20歳未満の場合、事件は「少年犯罪」に分類されます。少年犯罪では「少年法」が適用されるため、犯人の年齢が14歳以上20歳未満だった場合は、家庭裁判所へ送致されるのが一般的です。

光市母子殺害事件の犯人である福田孝行は当時18歳だったため、逮捕後に山口家庭裁判所へ送致されました。世間に衝撃と恐怖を感じさせた福田孝行の卑劣な犯行については、この後詳しくご紹介します。

被害者は本村弥生さんと娘の夕夏ちゃん

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事件の名称に「母子」という単語があることからも分かるように、光市母子殺害事件の被害者は母親と子供です。当時23歳で主婦だった本村弥生さんと、生後11か月だった娘の夕夏ちゃんが、犯人である福田孝行によって殺害されました。

光市母子殺害事件は、人を疑わなかった主婦とその娘が、己の欲望のためだけに行動した福田孝行の犠牲になった事件です。本事件は、発生から20年以上が経過した現在も多くの人々の記憶に残っています。

【光市母子殺害事件】の概要

光市母子殺害事件の犯人と被害者に関する最低限の内容を押さえたところで、続いては事件の概要を詳しくチェックしていきましょう。当時18歳だった福田孝行が被害者をどのように殺害したのか、その経緯を知ると、光市母子殺害事件が人々の記憶に残り続けている理由が分かるかもしれません。

被害者のアパートに排水管の点検を装い侵入

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光市母子殺害事件の犯人である福田孝行が18歳、被害者の本村弥生さんが23歳と知ると、”年齢が近いため、2人は知り合いだったのでは?”と感じる人もいるかもしれません。しかし、福田孝行と被害者は面識はありませんでした。福田孝行は、一方的に本村弥生さんに好意を寄せていたのです。

なんとかして本村弥生さんとお近づきになりたいと考えた福田孝行は、排水管の点検を行う作業員を装い、被害者一家が住むアパートを訪問しました。この時、福田孝行は周囲に怪しまれないために、本村弥生さん以外の部屋も訪ねていたそうです。

強姦目的でアパートに侵入

事件発生時、福田孝行の本村弥生さんに対する気持ちは、好意を通り越していました。排水管の点検を装ってアパートを訪ねた福田孝行の目的は、本村弥生さんの強姦だったのです。1999年4月14日の14時30分頃、福田孝行は本村弥生さんの夫が居ないことを確認した上で、被害者宅を訪問。

作業着姿の福田孝行を疑うことなく自宅に招き入れた本村弥生さんは、作業の間テレビを見ていたそうです。その姿を見た福田孝行は、本村弥生さんに襲い掛かります。本村弥生さんを押し倒し、馬乗りになって強姦をしようとした福田孝行でしたが、当然のことながら本村弥生さんは必死に抵抗をします。

年齢は本村弥生さんの方が上でも、力では男性にかないません。福田孝行が自宅を訪ねてくるまでは、アパートで家族と幸せな生活を送っていた本村弥生さんですが、この瞬間にその人生が大きく変わってしまったのです。

その後は本村弥生さんと夕夏ちゃんを殺害

強姦目的でアパートに侵入したものの、被害者・本村弥生さんに必死の抵抗をされた福田孝行は、揉み合いの末に本村弥生さんの殺害を決意。福田孝行は、馬乗りになった状態で本村弥生さんの首元を圧迫し、窒息死させました。

そして、福田孝行は本村弥生さんの遺体で屍姦をしたのです。殺害も人の道を踏み外す行動ですが、それに加えて屍姦をしたことで、逮捕後の福田孝行に対する非難の声が大きくなりました。

また、福田孝行は本村弥生さんの娘・夕夏ちゃんが泣き止まないことに腹を立て、床に叩きつけてから首にロープを巻いて窒息死させています。そして、本村弥生さんの遺体を被害者宅の押し入れの中に、夕夏ちゃんの遺体を天袋に隠しました。

母子2人を殺害後は財布を盗み逃走

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強姦をするために排水管の点検を装い被害者宅に侵入し、本村弥生さんを殺害した上で屍姦。さらに、娘・夕夏ちゃんまでも殺害し、2人の遺体を被害者宅の押し入れと天袋に隠した福田孝行。これだけでも悪魔のような所業ですが、福田孝行の犯した罪は他にもありました。

その罪とは、窃盗です。本村弥生さんと娘・夕夏ちゃんを殺害し、2人の遺体を隠した福田孝行は、被害者宅のリビングにあった財布を盗んで逃走したのです。財布を盗んだ福田孝行は、友人と遊んだりゲームセンターで豪遊したりするなど、2人の命を奪ったとは思えない行動をしていました。

本村弥生さんの夫の洋さんが帰宅後に遺体発見

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本村弥生さんと夕夏ちゃんの変わり果てた姿を発見したのは、本村弥生さんの夫である洋(ひろし)さんです。洋さんが警察に通報したことで光市母子殺害事件は発覚し、犯人探しが始まりました。

事件が発生した当日、洋さんが出社するまでは、父親・母親・娘の家族3人で仲良く暮らしていたのです。帰宅後に妻と娘の遺体を発見した洋さんの衝撃は計り知れないでしょう。

事件4日後に福田孝行を逮捕

1999年4月14日、木村洋さんが帰宅後に発覚した光市母子殺害事件。捜査開始4日後である4月18日、福田孝行が逮捕されました。逮捕時の罪状は、殺人・強姦致死・窃盗です。

光市母子殺害事件は発覚時から世間から注目を浴びていましたが、犯人の逮捕後もさまざまな観点から話題に。光市母子殺害事件の犯人である福田孝行の逮捕後の流れ、裁判と判決についてはこの後詳しくご紹介します。

【光市母子殺害事件】裁判と判決

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父親・母親・娘の家族3人で幸せな生活を送っていた本村さん一家を引き裂いた、光市母子殺害事件。この事件は既にご紹介した被害者の殺害状況だけでなく、犯人・福田孝行の逮捕後の流れや裁判の内容なども他の事件と一線を画しています。

福田孝行の逮捕後の流れや裁判の内容などが明らかになると、被害者遺族である本村洋さんに同情する人や、犯人・福田孝行に怒りを覚える人、司法に対して不信感を抱く人など、世間からはさまざまな声が上がりました。光市母子殺害事件の裁判と判決とはどのようなものだったのか、福田孝行の逮捕後の流れからご紹介します。

福田孝行逮捕当時は未成年で実名報道はされず

先述したように、光市母子殺害事件の犯人である福田孝行は、1999年4月14日に本村弥生さんと娘の夕夏ちゃんを殺害し、4日後の4月18日に逮捕されています。しかし、逮捕時の福田孝行は18歳だったため、凶悪な事件を起こしたにも関わらず、実名報道はされませんでした。

日本には”少年もしくは少女に当てはまる年齢のときに事件を起こした場合、犯人を特定できる情報を報じてはいけない”といった主旨の「少年法61条」が存在します。光市母子殺害事件も逮捕時は匿名で報じられていましたが、あるタイミングで実名報道をするメディアが出てくるようになりました。そちらの内容に関しては、この後ご紹介します。

被害者側の情報は公開で不条理な扱い

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光市母子殺害事件は犯人が未成年であったため、犯人に関する情報はほとんど明かされませんでしたが、被害者側は住まいや氏名だけでなく、顔写真まで全国に公開されることに。現在も、加害者よりも被害者側の情報が多く公開されることがほとんどです。

裁判でも被害者遺族が困難な状態に

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被害に遭った本村弥生さんと、娘の夕夏ちゃんの名前や顔写真などが公開されたことで、残された家族である本村洋さんが、さらに苦しい思いをしたことは想像に難くないでしょう。しかし、被害者遺族が辛い思いをしたのは、裁判の場でも同じでした。

被害者遺族が光市母子殺害事件の裁判を傍聴しようとしたところ、席をマスコミが占領していて座れない、裁判の際に本村弥生さんと娘・夕夏ちゃんの遺影を持ち込めない、などといった仕打ちを受けたのです。

本村洋さんが犯罪被害者の会「あすの会」を設立

被害者側の情報ばかり公開されること、裁判の場で理不尽な対応をされることを実感した本村洋さんは、他の事件の遺族と共に犯罪被害者の会である「あすの会」を設立しました。幹事に就任した本村洋さんは、被害者側の権利を守る必要があることを強く訴えます。

本村洋さんを始めとした被害者遺族の行動は、2004年に定められた「犯罪被害者等基本法」の成立に大きく貢献したと言われています。裏を返せば、2004年までは被害者側の名誉や情報は軽視されていたのです。

福田孝行に死刑判決が下る

1999年4月18日に逮捕された福田孝行の裁判は、2000年に第一審が、2002年に第二審が行われました。第一審が行われる少し前の1999年12月22日、山口地検は福田孝行に対し死刑を求刑しています。しかし、2000年3月22日、山口地裁は死刑ではなく無期懲役という判決を下しました。この結果を知った山口地検は広島高等裁判所へ控訴。

その後、2002年3月14日には、広島高裁が第一審の無期懲役という判決を支持する姿勢を見せ、死刑を訴える検察側の控訴を棄却する判決を下しています。なぜ死刑ではなく無期懲役という判決を下したのか、そこにはやはり福田孝行の年齢が深く関わっていました。

無期懲役という判決を下した山口地裁や広島高裁は、”事件当時の福田孝行は18歳という若さであったため、まだ人間として発展している途中であった”という考え方をしていたのです。また、”計画性のない殺人事件だった、犯人には反省の色が見える”という見方もあったようです。

山口地検が下した死刑という判決が無期懲役に覆ったことを知った被害者遺族・本村洋さんは、司法に絶望したことをメディアに打ち明けた上で、「犯人を社会に戻してほしい、私が殺す」と、過激な発言をしています。

その後も光市母子殺害事件の裁判は続き、2007年5月24日には差し戻し控訴審となる第1回公判が、広島高裁で行われました。この場で検察側は一貫して死刑を求めたのに対し、福田孝行の弁護側は「死刑ではなく傷害致死にすべき」と主張。

そして2008年4月22日、広島高裁は福田孝行の弁護側の主張を全面的に退ける姿勢を見せ、死刑判決を下しました。しかし、弁護側は判決を不服とし、その日のうちに上告。その後も裁判は続きましたが、2012年2月に大きな動きがありました。

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2012年2月20日、最高裁判所の第一小法廷は被告側の上告を棄却。この判決により、福田孝行の死刑が確定したのです。光市母子殺害事件が起きたのは、1999年4月14日です。福田孝行の死刑が確定するまでに、実に約13年という月日が掛かりました。

光市母子殺害事件の犯人の死刑が確定したことで、これまでは匿名報道をしていたメディアも、実名報道に切り替えるように。現在の福田孝行は、死刑囚として広島拘置所に収監されています。

【光市母子殺害事件】福田孝行死刑囚の生い立ち

何の罪もない2人の人間を殺害し、幸せな家族を壊した福田孝行。光市母子殺害事件の犯人である福田孝行の生い立ちはとても複雑なもので、家族との関係や生い立ちが彼に暗い影を落としたのではないか、という見方もあります。

では、福田孝行はどんな生い立ちを持ち、どのようなな家族と生活していたのでしょうか?福田孝行の家族構成や生い立ちを調査しました。

福田孝行死刑囚の父親や母親など家族構成

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福田孝行の生い立ちの前に家族構成を調査したところ、父親・母親・自分・弟の4人家族だったことが判明しました。2歳年下だという弟は、光市母子殺害事件が発覚した当時、高校2年生だったようです。

自分の兄が殺人事件を起こしたことを知った弟は、すぐに家を飛び出したそうで、現在どこでどのような生活を送っているのか、誰も知らないのだとか。また、福田孝行の祖母は光市母子殺害事件の犯人が孫だと知り、ショックから亡くなってしまったと囁かれています。

生い立ち①父親が母親に強姦の過去

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福田孝行の生い立ちが複雑なものとなった原因は、主に父親にあるようです。まず、「福田孝行の父親は結婚前の母親を強姦し、入院させたことがある」とネットでは噂になっています。この噂がどこまで本当なのか真相は不明ですが、2人が後に結婚したことだけは確かです。

生い立ち②複雑な家庭に長男として誕生

父親が母親を強姦し、後に結婚したとなると、福田孝行の両親は愛し合って結婚したわけではないのかもしれません。しかし、子供は生まれる家族を選べません。1981年3月16日、福田孝行は長男としてこの世に生を受けています。

生い立ち③父親による家庭内暴力

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強姦の過去を噂されている福田孝行の父親は、借金をしてまでギャンブルをするような男だったそうです。さらに、父親は母親に対し暴力をふるうことが多かったそうです。父親・母親・弟と暮らしていた幼い頃の福田孝行は、父親の暴力から母親を守ることもあったのだとか。

そんな姿勢が気に食わなかったのか、父親は息子である福田孝行にも暴力をふるうようになったそうです。ギャンブル中毒の夫から毎日のように暴力をふるわれていた福田孝行の母親は、次第に精神を病むように。そして、自殺未遂を繰り返すようになってしまったのです。

生い立ち④母親の自殺

父親の暴力から守っていた、というエピソードから、福田孝行が母親のことを大切に想っていたことが分かります。しかし、福田孝行が中学1年生だった時に、母親がついに自殺をしてしまいます。これまでも自殺未遂を繰り返していた母親でしたが、この時は自宅の車庫で首を吊ったそうです。

ネットには、「父親は息子・福田孝行に母親の遺体の掃除をさせた」などという情報もありますが、いくら自殺でも遺体の掃除を子供ができるとは考えにくいので、デマである可能性が高いでしょう。

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配偶者が自殺したとなると、普通は悲しみに暮れるものです。しかし、福田孝行の父親は違いました。父親には、母親の他にフィリピン人の愛人が居たのです。福田孝行の母親の死後、父親と愛人は再婚。その後、父親と愛人の間には子供が誕生しています。

母親が自殺し父親が愛人と再婚したことで、福田孝行は家出をするようになったそうです。父親が家庭内暴力を行う複雑な家庭で育った福田孝行は、母親を失ったことで何かの糸が切れてしまったのかもしれません。

【光市母子殺害事件】福田孝行死刑囚のドラえもん発言や手紙とは

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現在は広島拘置所に収監されている、福田孝行死刑囚。そんな彼が起こした光市母子殺害事件は、福田孝行の発言や手紙の内容が注目を浴びることも多かったようです。特に福田孝行死刑囚は、人気アニメ・ドラえもんに関する発言を繰り返していたのだとか。そこで続いては、福田孝行死刑囚のドラえもん発言や、手紙の内容をご紹介します。

福田孝行死刑囚とドラえもんの関係

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光市母子殺害事件を起こした時、福田孝行死刑囚は18歳でしたが、ドラえもんの存在を信じていたそうです。そのため、本村弥生さんと夕夏ちゃんを殺害した際、ドラえもんの存在を思い出したのだとか。福田孝行死刑囚がドラえもんに関する発言を裁判の場でしたのは、30歳を超えている時でした。

実年齢に見合わない幼稚な話をした福田孝行死刑囚いわく、「ドラえもんに関する話は捜査段階で話したが、馬鹿にされたため第一審の際には言わなかった」そうです。では、福田孝行死刑囚はドラえもんに関するどんな話をしたのでしょうか、ドラえもん発言にさらに迫っていきましょう。

注目されたドラえもん発言の内容とは

先述したように、福田孝行死刑囚は本村弥生さんと夕夏ちゃんの遺体を押し入れと天袋に隠しています。「押し入れ」と聞くと、「ドラえもん」を連想する人もいるかもしれません。押し入れはドラえもんが寝るスペースではありますが、それはあくまでもアニメや漫画の中の話です。

しかし、ドラえもんの存在を信じているという福田孝行死刑囚は、「自分が起こしたこと(殺人)を、ドラえもんに何とかしてもらおうと思った」と語っています。この”ドラえもん発言”は、30歳を超えた大人がするものではないでしょう。しかし、福田孝行死刑囚の弁護団23人は、彼のドラえもん発言を支持したのです。

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大人が「ドラえもんに何とかしてもらおうと思った」とドラえもん発言をしたことも世間に衝撃を与えましたが、そんなドラえもん発言を弁護団が支持したことに対しても、世間からは賛否両論が巻き起こりました。

この”ドラえもん発言”は現在も有名であり、「光市母子殺害事件の内容は詳しく知らなくても、ドラえもん発言だけは知っている」という人も多いようです。
 

30歳を超えた大人がドラえもん発言を繰り返すとなると、誰しもが精神的な問題を疑うかもしれません。しかし、福田孝行死刑囚のドラえもん発言は、計算されたものなのでは?という見方もあるようです。

その理由には、福田孝行死刑囚が友人に宛てた手紙が深く関係しています。ドラえもん発言が計算されたものなのか、福田孝行死刑囚が出した手紙の内容に迫っていきましょう。

反省の色が見えない異常な手紙内容

第一審で無期懲役の判決を下され、拘置所に収監されていた当時の福田孝行死刑囚は、友人に手紙を出しました。以下のツイートで、福田孝行が出した手紙の一部を確認できます。手紙の中で「夢は小説家」と語っている福田孝行死刑囚は、「アケチ君」などとふざけた内容を書いています。

また、手紙の中には被害者家族である本村洋さんを侮辱するかのような内容も書かれていたのです。福田孝行死刑囚がこんな手紙を友人に出していることを知ると、例のドラえもん発言が計算だったのでは?という見方をする人が出てくるのもおかしくないでしょう。

また、福田孝行死刑囚は第一審の時点ではドラえもん発言をしていませんでした。弁護人による被告人質問が行われるタイミングでドラえもん発言をしたのは、何か裏があったと考えるのが自然なのかもしれません。

福田孝行死刑囚が友人に宛てた手紙は、広島高等検察庁によって広島高等裁判所に証拠として提出されています。この手紙の内容は、反省の色が全く見えないどころか、司法や被害者側を馬鹿にしていると捉えられても仕方ありません。

本村弥生さんと来世で結婚との証言

精神鑑定の場で、福田孝行死刑囚は「自分は死刑になり、本村弥生さんと娘の夕夏ちゃんと再会するだろう。その時は自分が本村弥生さんと結婚するかもしれない。そうなった場合は夫の洋さんに悪いと思う」などといった主旨の発言をしています。

友人に宛てた手紙の内容、実年齢に見合わない”ドラえもん発言”、そして”来世で本村弥生さんと結婚する”という発言は、どれも福田孝行死刑囚の人間性や考え方を表しているものではあるはずですが、どこに彼の真意が隠されているのかは謎と言えるかもしれません。

【光市母子殺害事件】福田孝行死刑囚の現在やその後

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2012年に死刑が確定した福田孝行は、ドラえもん発言や反省の色が見えない手紙だけでなく、本名が話題になることもありました。その本名も含め、福田孝行の現在や世間から注目を浴びた”弁護団懲戒請求事件”のその後についてご紹介します。

現在は養子縁組により「大月孝行」に改名

福田孝行の現在の本名は「大月孝行」です。一般的に、人の姓が変わるのは結婚や離婚をした時です。拘留中の福田孝行の姓が「大月」と変わったことで、獄中結婚したのか?という憶測がされましたが、彼がしたのは結婚ではなく養子縁組でした。

大月の姓は「大月純子」さんが関係

福田孝行は、「大月純子」という女性と養子縁組をしたことで「大月孝行」という名になりました。大月純子さんは、日本キリスト教団に所属する牧師だそうです。

現在は広島拘置所に死刑囚として収監

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既にご紹介している通り、現在の福田孝行は死刑囚として広島拘置所に収監されています。死刑が確定し、家族以外の人間と面会できなくなった福田孝行を支えているのは、養子縁組をした大月純子さんのようです。一部では「福田孝行もキリスト教徒となり改心した」と噂されていますが、真相は不明です。

現在も再審請求中との噂

福田孝行は死刑が確定していますが、実際に死刑を執行されるのはまだ先になる模様です。その理由は、彼の弁護団が再審請求中だからです。2019年11月7日、広島高裁は福田孝行の弁護団からの異議申し立てを棄却する決定をしていますが、同月11日に弁護団が最高裁へ特別抗告するなど、争いはまだ続いています。

福田孝行死刑囚の父親が取材に回答

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福田孝行の複雑な生い立ちの元凶とも言える父親は、息子の逮捕後に取材を受けています。普通であれば親として謝ることが筋ですが、福田孝行の父親は「親ではなく息子が責任を取るべき」と発言。また、被害者家族に対する謝罪の言葉もありませんでした。

橋下徹の発言から弁護団懲戒請求事件も発生

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弁護団懲戒請求事件とは、光市母子殺害事件を起こした福田孝行を弁護する弁護団と橋下徹さん、そしてテレビの視聴者が関係している事件です。また、テレビに出演する人の影響力が大きいことが分かる事件でもあります。ここからは、弁護団懲戒請求事件の内容とその後をご紹介します。

橋下徹とは

まず、弁護団懲戒請求事件のきっかけを作った橋下徹さんのプロフィールを簡単にご紹介します。橋下徹さんは1969年6月29日生まれの50歳で、東京都渋谷区出身です。

弁護士として活動していた橋下徹さんは、2007年2月6日に大阪府の知事に就任し、政治家としても活動するように。2015年12月に政治の世界から離れた橋下徹さんは、弁護士としての活動の傍ら、タレントとしても活躍されています。

弁護団懲戒請求事件の内容

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橋下徹さんは、2007年5月27日に放送された『たかじんのそこまで言って委員会』に出演した際、「光市母子殺害事件の犯人である福田孝行の弁護団に対して不満を抱いている人は、懲戒請求を行うと良い」といった主旨の発言をしました。

懲戒請求とは、弁護士などの資格を保有する人物に対し、懲戒処分を請求することです。他の出演者も弁護団を非難したことも関係してか、番組を観た視聴者が実際に弁護団の懲戒請求を求める事態に発展。実際に弁護士会に届いた視聴者からの懲戒請求書は、普段の数倍の7,500通以上だったそうです。

弁護団懲戒請求事件のその後

視聴者から7,500通以上の懲戒請求書が届き、懲戒請求が行われたものの、福田孝行の弁護団に所属する弁護士は誰一人として懲戒されませんでした。その後、福田孝行の弁護団に所属する4人の弁護士は、業務を妨害されたことを理由に橋下徹さんを提訴。

2008年10月2日、広島地裁は4人の弁護士が主張していた名誉毀損と業務妨害を認め、橋下徹さんに対し賠償を命じる判決を下しました。しかし、橋下徹さんは控訴。その後も裁判は続きましたが、2011年7月15日に原告の逆転敗訴が決定したことで、弁護団懲戒請求事件は幕を閉じました。

【光市母子殺害事件】被害者遺族の現在や関連作品

大切な家族を失った本村洋さんは、現在どのような生活を送っているのでしょうか?最後に、被害者遺族の現在や、光市母子殺害事件に関係する作品の存在を調査しました。

本村洋さんの現在は「あすの会」解散へ

本村洋さんを始めとした被害者家族が設立した、犯罪被害者の会「あすの会」は、2018年6月に解散しています。先述したように、「あすの会」は犯罪被害者等基本法の成立に大きく貢献しました。結果を残せたことで、「あすの会」は解散することになったようです。

本村洋さんの現在は仕事に励む日々?

光市母子殺害事件によって大切な家族を失った本村洋さんは、自らも死を選ぼうと考えることもあったそうです。そんな彼を支えたのは仕事でした。落ち込む本村洋さんの姿を見た上司は、「仕事を続けながら裁判で戦っていくこと」を提案。本村洋さん自身も、2018年に受けた取材の中で「仕事をしていたから精神を保てていた」と語っています。

現在の本村洋さんは、仕事の傍ら執筆や講演もしているようです。また、本村洋さんは、2009年に7歳年上の女性と再婚をしています。しかし、本村弥生さんと夕夏ちゃんの存在を忘れたわけではありません。本村洋さんは、再婚後も本村弥生さんとの結婚指輪をネックレスとして身に着け、2人の命日には新しい妻と共に祈りを捧げているそうです。

増田美智子著書『福田君を殺して何になる』にも注目が

2009年10月、増田美智子さんの著書「福田君を殺して何になる」が発売されました。この本は、福田孝行の実名が記されたことで注目を浴びましたが、増田美智子さんが出版の差し止めを要求するなど、問題も起きたようです。

関連ドラマ『なぜ君は絶望と闘えたのか』

2010年には、光市母子殺害事件の取材をしていた記者・門田隆将さんの著書を基にした、ドラマ『なぜ君は絶望と闘えたのか』がWOWOWで放送されました。

本作品では、週刊誌の記者役を江口洋介さんが、妻と子を18歳の少年に殺された被害者遺族を眞島秀和さんが演じています。他にも、高橋克実さんや木村多江さん、小澤征悦さんなど、豪華俳優陣も出演しています。

Thumb【光市母子殺害事件】大月孝行死刑囚の生い立ち!事件の判決から現在まで
1999年4月14日に起きた光市母子殺害事件の犯人として逮捕された大月孝行には、その後の裁判...

福田孝行は現在も死刑囚として拘置所で生活

今回は、光市母子殺害事件を起こした犯人・福田孝行に焦点を当て、彼の生い立ちや家族構成、事件や裁判の内容などを一挙ご紹介しました。以前から一方的に好意を寄せていた本村弥生さんを殺害した上で屍姦し、娘の夕夏ちゃんまで殺害した福田孝行。

彼の複雑な生い立ちには、同情できる部分もあるかもしれません。しかし、だからといって罪のない人を殺して良いわけではないでしょう。約13年に渡る裁判の末に死刑が確定した福田孝行は、死刑囚として拘置所で生活中です。弁護団が求める再審請求がどのような結末を迎えるのか、今後も注目していきましょう。

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