ガッツ石松の伝説まとめ!内容の真相についても調査してみた

元プロボクサーで、現在は俳優やタレントとして活躍中のガッツ石松さんですが、様々な伝説的エピソードが話題となっています。ガッツ石松さんの伝説と言われている数多くのエピソードの内容や様々な出来事の真相について調べてみました。

ガッツ石松の伝説まとめ!内容の真相についても調査してみたのイメージ

目次

  1. 1ガッツ石松のプロフィール
  2. 2ガッツ石松の伝説①陣内智則にマジギレ騒動篇
  3. 3ガッツ石松の伝説②元祖どっきりカメラ篇
  4. 4ガッツ石松の伝説③1人で8人KO篇
  5. 5ガッツ石松のボクシング伝説を築いた現役時代
  6. 6ガッツ石松の伝説は現役時代から止まらない

ガッツ石松のプロフィール

・愛称:石の拳(いしのこぶし)、幻の右
・本名:鈴木 有二(すずき ゆうじ)
・生年月日:1949年6月5日
・年齢:71歳(2021年3月現在)
・出身地:栃木県上都賀郡粟野町(現:鹿沼市)
・血液型:O型
・身長:172cm
・体重:79kg
・活動内容:俳優、タレント、客員教授、会社社長
・所属グループ:なし
・事務所:株式会社 ガッツ・エンタープライズ
・家族構成:妻、長女(鈴木佑季)、長男、次男

ガッツ石松の経歴

中学生のころは体育教師になりたかったガッツ石松さんでしたが、家庭の事情で断念しました。ガッツ石松さんは元プロボクサーですが、現役時代はヨネクラボクシングジムに所属。アジア人で初めての「WBC世界ライト級チャンピオン」に輝いています。ガッツ石松さんの現役プロボクサー時代の勝敗は51戦31勝(17KO)14敗6分となっています。

ガッツ石松さんのリングネームですが、最初はおっちょこちょいで有名な「森の石松」から名前を取り「鈴木石松」としていました。

敗北も多いガッツ石松さんですが、ここぞの時は好成績を上げ王座に君臨しています。しかし1978年に、後に日本スーパーウェルター級王者となる新井容日さん(大星)に判定で負けて引退することとなりました。

ガッツ石松さんはボクシングの現役を引退した後はタレントや俳優として幅広く活躍しています。1996年には元総理の森喜朗さんに勧められ「第41回衆院選」に自民党から東京9区で出馬しましたが落選。

2008年4月からガッツ石松さんは、2年間の任期で「広島国際学院大学現代社会学部客員教授」をされています。2010年には、元世界王者による「プロボクシング・世界チャンピオン会」の初代会長に就任しました。

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ガッツ石松の伝説①陣内智則にマジギレ騒動篇

ガッツ石松さんの伝説の中にタレントの陣内智則さんにマジギレしたとの噂があります。普段は温厚なイメージのあるガッツ石松さんは、なぜ陣内智則さんにキレてしまったのでしょうか?

陣内智則とは

陣内智則さんとは1974年2月22日生まれで、兵庫県加古川市出身の47歳(2021年3月現在)です。NSC大阪校の11期生だった陣内智則さんは当時は「リミテッド」というお笑いコンビを組んでいました。NSC大阪校を卒業した後は心斎橋筋2丁目劇場などの舞台に立っていましたが、リミテッドはあまり人気が出なかったことから3年ほどで解散しています。

コンビを解散後は相方が芸能界を去ったため、ピン芸人となった陣内智則さんですが、当初は面白いネタが作れず「次にスベったら辞めろ!」と吉本興業から言われてしまいます。

崖っぷちに立った陣内智則さんですが、偶然に乗った電車のアナウンスが変だったので思わずツッコミを入れたところ同乗していた他のお客さんから笑いが起きました。陣内智則さんは「映像にツッコミを入れたら面白いんじゃないか」と閃き、これが現在の陣内智則さんのお笑いのスタイルとなっています。

番組本番で陣内智則にマジギレ

ガッツ石松さんと陣内智則さんが日本テレビの「行列のできる法律相談所」に出演していた時の話です。当時はまだまだ駆け出しのタレントだった陣内智則さんは、何とか笑いを取ろうと天然発言を繰り返すガッツ石松さんを突っ込みまくっていたそうです。

陣内智則さんはガッツ石松さんの頭を叩いたりもしていたそうで、ガッツ石松さんはそんな陣内智則さんに本気でキレてしまったのだといいます。

その後はスタジオを立ち去るガッツ石松

本気で怒ってしまったガッツ石松さんは、そのまま収録スタジオを出て行ってしまいます。周りは慌てますが、ガッツ石松さんは何とそのまま帰ってしまったのだそうです。

メディアから消えた理由は陣内智則騒動が関係?

スタジオから帰ってしまったガッツ石松さんでしたが、その後に陣内智則さんとは和解をしています。そんなガッツ石松さんはすっかりメディアから消えたとも言われています。その理由はとにかくキレやすいからなのだそうです。

企画が気に入らないとすぐに帰ってしまうそうで、ガッツ石松さんは他の番組でも度々仕事を放棄して帰ることがあると言われています。番組側としてはそのような態度では困るので出演を依頼しなくなってきているのだそうです。

ガッツ石松の伝説②元祖どっきりカメラ篇

ガッツ石松さんの伝説で時々どっきり番組のターゲットとなっていたことがあげられます。どっきり番組の草分け的な存在の「元祖どっきりカメラ」という番組でのガッツ石松さんの反応が伝説となったそうです。

『元祖どっきりカメラ』とは

「元祖どっきりカメラ」は日本テレビで1970年代から1990年代まで放送されていたバラエティー番組です。最初はバラエティー番組内のコーナーで始まった「どっきりカメラ」でしたが、人気があったため単独の番組となりました。

途中「いたずら大作戦」など様々なタイトルで芸能人にドッキリを仕掛ける番組を続けていましたが、他局も類似番組を放送し始めたため、日本テレビは「元祖どっきりカメラ」と改題しています。多くの芸能人がドッキリにかけられ「ドッキリを仕掛けられたら人気の証」などと言われた時期もありました。

『元祖どっきりカメラ』のターゲットにされたガッツ石松

「元祖どっきりカメラ」でガッツ石松さんは、若者たちに人生についての講演をしてほしいとの偽企画に呼ばれます。ガッツ石松さんは講演を始めますが、仕掛人の若者たちが遅刻してきたり話を聞かずに騒いだりと、勝手気ままな行動を取ります。最終的に若者たちはガッツ石松さんに「帰れ!コール」を始めてしまうのです。

最終的には本気でお怒り状態に

怒り心頭のガッツ石松さんはその場でブチギレ、本当であれば「ドッキリ」のプラカードを持ってネタバラシをするのですが、そんな言葉も耳に入らないほど物を投げつけて大暴れしたのだそうです。

ガッツ石松の伝説③1人で8人KO篇

ガッツ石松さんの伝説を調べていると「1人で8人もの人をKO」という言葉が出来ます。ガッツ石松さんはそんなに伝説的に強かったのでしょうか?

ボクシング現役時代に起きた事件

ガッツ石松さんが「1人で8人もの人をKO」したのは東洋ライト級の王者であった時、つまり現役のプロボクサー時代の話でした。ガッツ石松さんは試合で8人もの人をKOしたのでしょうか?

チンピラ8人をKO事件の真相

ガッツ石松さんが「1人で8人もの人をKO」した相手はチンピラでした。池袋で絡んできたチンピラ8人を相手に喧嘩をし、ガッツ石松さん1人で全員をKOしたという「池袋乱闘事件」を起こしています。実はガッツ石松さんは作戦で一旦ビルの隙間に逃げ込んだのそうです。そしてガッツ石松さんは追いかけてきた相手を1人ずつ倒していったといいます。

弟を助ける為の喧嘩だった

この8人をKOした「池袋乱闘事件」ですが、本来ならばプロのボクサーが、たとえ相手が悪かったとしても手を出してはいけません。この事件の際にガッツ石松さんは警察に2日間勾留されていますが、その後は正当防衛が認められています。それはガッツ石松さんが自分の弟を助けるためにせざるを得なかった為です。

しかし素人相手に事件を起こせばプロボクサーのライセンスは剥奪となることは必至ですが、ガッツ石松さんの正当防衛が認められたことから剥奪されてはいません。

ガッツ石松のボクシング伝説を築いた現役時代

改めてガッツ石松さんのプロボクシング時代の様々な伝説をご紹介していきましょう。王座を制したガッツ石松さんには面白いエピソードが数多くありました。

ボクシング現役時代の戦績をおさらい

ガッツ石松さんがプロボクサーになった当初は特に強い選手というわけではなかったそうです。ガッツ石松さんは敗北も多く、KO負けも経験しています。1969年にガッツ石松さんは全日本ライト級新人王に輝いていますが、その後しばらくは王座に挑戦するもタイトルを得ることは出来ませんでした。

1972年1月16日に東洋ライト級タイトルに挑戦、ガッツ石松さんは判定で王座に君臨します。その後も王座の争奪戦を繰り返しますが、1978年に後に日本スーパーウェルター級王者となる新井容日に判定負け、ガッツ石松さんはボクシングを引退することになりました。ガッツ石松さんの生涯戦績は「51戦31勝(17KO)14敗6分」となっています。

「ガッツ石松」の名前の由来はジムが関係

ガッツ石松さんは試合で少しでも形勢が不利になると、試合を放棄するような態度を取り、勝てるはずの試合を落としたりしていたそうです。その為、日本の世界王者を取った選手の中で、チャンピオンになる前に10回以上負けているのはガッツ石松さんだけだと言われています。

ランニングも嫌いで走る振りをして出かけては、サボりを誤魔化すために走った振りをして汗だくを装い、水を被って帰るということもあったとガッツ石松さんは言っています。ボクシングジム側がこれではいけないと思い「ガッツのあるボクサーになってくれ!」との願いを思いを込めて「ガッツ石松」というリングネームに改めたのだそうです。

ガッツポーズ伝説も見逃せない

ガッツポーズとは両手の握り拳を上へ突き上げ、万歳のような独自の勝利ポーズをいいます。ガッツ石松さんがよくしていたため「ガッツポーズ」と名づけたと言われています。しかし、もっと以前からガッツポーズは存在していたということは立証されています。ガッツポーズの由来がガッツ石松さんだというのはデマだったようです。

ガッツ石松の伝説は現役時代から止まらない

天然キャラで人気のガッツ石松さんですが、真面目で真摯な面を持っていますので、時にはいい加減なことが許せずにキレてしまうこともあるようですが本来は温厚な方です。これからもガッツ石松さんの天然なキャラクターでの番組出演を楽しみにしてきましょう。

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この記事のライター
望花
趣味は京都の面白くてマイナーな神社仏閣や観光地巡り、特技はアクセサリー作りとタロット占い、最近はビジュアル系にハマ...

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