【秋田児童連続殺害事件】畠山鈴香の現在!原因は生い立ちにあった?

秋田児童連続殺害事件の容疑者として逮捕され、現在も服役中である畠山鈴香。我が娘とその友達を殺害するという稀に見る悍しい事件を起こした畠山鈴香について、裁判の内容やその後、そして彼女の生い立ちや父親との関係などをまとめました。

【秋田児童連続殺害事件】畠山鈴香の現在!原因は生い立ちにあった?のイメージ

目次

  1. 1秋田児童連続殺害事件とは
  2. 2畠山鈴香が逮捕前後に見せた不自然な言動とは
  3. 3秋田児童連続殺害事件の裁判
  4. 4畠山鈴香の現在
  5. 5畠山鈴香の生い立ちが事件に関係
  6. 6畠山鈴香への卒業時の寄せ書きが衝撃的
  7. 7畠山鈴香の売春疑惑の過去や結婚
  8. 8畠山鈴香は無期懲役で現在も服役中

秋田児童連続殺害事件とは

幼い児童二人の命が奪われた秋田児童連続殺害事件。犯人が殺された児童の母親であるという事もあり、日本中の関心を集めたこの事件ですが、今回はこの秋田児童連続殺害事件の犯人として逮捕された畠山鈴香受刑囚についてまとめてみる事に致しました。

畠山鈴香がこの秋田児童連続殺害事件という残酷な事件を起こした背景には、一体どの様な闇が隠されていたのでしょうか?彼女の生い立ちから犯行時の様子、その後の逮捕・裁判、そして現在に至るまで、秋田児童連続殺害事件の犯人である畠山鈴香という人物像に迫ります。

秋田児童連続殺害事件の概要

先ずはこの秋田児童連続殺害事件の概要についてご説明しておきましょう。この秋田児童連続殺害事件とは2006年に秋田県山本郡藤里町で発生した2人の児童が殺害された事件です。

2006年4月10日、最初の被害者である女子児童が自宅から10km程離れたところにある河川で水死体となって発見され、その後の5月18日午後、最初の被害者であった女子児童宅の2軒隣に住む男子児童が、今度は約12km離れた川岸で遺体にて発見されています。

最初の児童の水死体が発見された際、秋田県警は捜査本部を設置して事件と事故の療法で捜査を進めていく方針を発表していたのですが、早い段階で事故死であると断定し早々に捜査を打ち切っています。

然し最初の児童の水死体が発見された僅か一ヶ月に同様の児童の水死体が発見された事と、司法解剖の結果、死因は首を絞められての窒息死で有ることが判明した事により、一連の事件は同一犯による殺人事件である可能性が高いと判断し再び捜査本部を設置し、殺人事件として捜査を再開することに成りました。

そして2006年6月4日、最初に水死体と成って発見された女子児童の母親である畠山鈴香を、2件目の児童に対する死体遺棄容疑で逮捕。逮捕された畠山鈴香の自宅からは血痕や、被害児童の物とみられる体液も分析の結果発見されており、これらが畠山鈴香が犯人であるという有力な物証とみて警察は取り調べを進めていきました。

その後畠山鈴香は自らが被害児童を殺害したと仄めかすような供述を始め、2006年6月25日に警察は畠山鈴香を殺人容疑にて再逮捕。畠山鈴香は更には1件目の被害児童でもあり、自らの娘でも有る畠山彩香ちゃんについても自身が殺害した事を供述。これにより2006年7月18日に1件目の事件の殺人容疑でも再逮捕と成りました。

愛する愛娘を水死体として発見した悲劇の母親の本当の顔は、罪のない児童を次々に手に掛けた狂気の犯罪者だったのです。自身の子供をその手で殺すという親として最大の罪を犯した畠山鈴香は、こうして悲劇の主人公から一転、世間を震撼させる事件の容疑者として全国の人々に知られる存在と成ったのでした。

この事件で容疑者の取った言動には理解しがたい意味不明な非常に部分が多く、それらの背景と成った畠山鈴香の生い立ち等にも大きな注目が集まりました。彼女が犯した罪に関して情状酌量の余地は一切無いありませんが、ある意味では畠山鈴香もまた被害者だったのかも知れません。

秋田児童連続殺害事件の容疑者・畠山鈴香とは

では秋田児童連続殺害事件の容疑者である畠山鈴香がどの様な経緯で犯人として逮捕されたのか、その経緯をおさらいしておきましょう。

実娘・畠山彩香ちゃんの遺体発見者である畠山鈴香

2006年4月10日、畠山鈴香の一人娘である小学校4年生の畠山彩香ちゃんの水死体が自宅から10km程度離れた場所にある河川で発見されるという事件がありました。この畠山彩香ちゃんの水死体を発見したとして通報を行ったのが、母親でありその後本事件の容疑者として逮捕されている畠山鈴香だったのです。

娘の帰りが遅いという事で近所を探していたところ、自らが娘の亡骸を河川で発見してしまったという、話が本当で有れば誰もが同情せざるを得ない痛ましい事件だったのですが、実際は畠山鈴香が自らの手でこの彩香ちゃんの生命を奪い去っていたのです。

川での遺体発見は事故死と断定された

彩香ちゃんの遺体が発見された時点で秋田県警は捜査本部を設置し、事件と事故の両面で捜査を開始しますが、その後程なくしてこの件は事故であると断定。

彩香ちゃんが川で遊んでいる時に誤って川に転落し、そのまま死亡したというのが警察の見解でした。彩香ちゃんの遺体には争った様な形跡も無かった為、警察も事件である可能性は低いと断定したものと考えられます。

警察は事故死から殺人事件に捜査を切り替える

一度は事故死として処理された畠山彩香ちゃんの事件ですが、その後に発生したある事件により本件も事故死から殺人事件に捜査が切り替えられる事に成りました。その事件とは先程軽く触れた2件目の米山豪憲殺人事件です。

畠山彩香ちゃんの事故死から僅か一ヶ月後、彩香ちゃんの2件隣に住んでいた米山豪憲君の水死体が発見されました。しかも米山豪憲君の遺体には索条痕らしき物も残されており、これを受けて警察はこの事件を殺人事件であると断定し、併せて彩香ちゃんの事件も殺人事件に切り替えて再捜査を開始したのです。

畠山鈴香を死体遺棄容疑で逮捕

その後の捜査で警察は、最初の被害者である畠山彩香ちゃんの母親・畠山鈴香を米山豪憲君の死体遺棄容疑で逮捕。当然警察は畠山鈴香が米山豪憲君を殺害したものとして取り調べを行います。この時点で畠山鈴香の自宅からは米山豪憲君のモノと見られる血痕や体液が検出されており、容疑はほぼ固まっていたモノと見られます。

その後畠山鈴香は殺害容疑で再逮捕

その後畠山鈴香は自らが米山豪憲君を殺害した事を仄めかす供述を始め、証言に対する裏付けも取れたことから警察は2006年6月25日に畠山鈴香を米山豪憲君殺害容疑で再逮捕。

それと並行して彩香ちゃん殺害についても取り調べが行われ、こちらに関しても自らが殺害した事をその後認める供述を行ったため、警察は2006年7月18日に彩香ちゃん殺害容疑で畠山鈴香を再逮捕し、これで一連の秋田児童連続殺害事件は全て畠山鈴香によって行われた犯行であったという事が確定したのです。

畠山鈴香が逮捕前後に見せた不自然な言動とは

この事件では事件前後に見せていた畠山鈴香の不自然な言動に対して大きな注目が集まりました。畠山鈴香はマスコミの前に姿を表し、常識では考えられない不可思議な行動を数多く行っています。

それらの言動には非常に不審な点が多く、結果的に彼女のイメージを悲劇のヒロインから不審人物に大きく変えて行くポイントと成ったのです。

では具体的に畠山鈴香はどの様な言動を行っていたのでしょうか?ここでは事件前後に畠山鈴香が取った不自然な言動についてまとめてみました。

果たして畠山鈴香は何を目的にこれらの言動を行っていたのでしょうか?其処に隠された真の目的とは一体何だったのでしょうか?畠山鈴香が抱える闇を垣間見るその不可思議な行動とは⁉

逮捕前に娘の彩香ちゃんのビラ配りを行っていた畠山鈴香

畠山鈴香は自らが逮捕される前に「彩香ちゃんは事故ではなく事件だった」と訴えるビラを作成し、それを自身の手によって配布しています。つまり殺人事件の犯人が自らが起こした事件についてのビラを配り歩いていたという事に成りますので、これは非常に妙な行動です。

この畠山鈴香の行動は後に大きな話題を呼びましたが、恐らくは印象操作の為に取った行動である可能性が高いと思われます。つまりは自身が被害者の母親である事をアピールし、容疑者である可能性を薄めようとしたのではないかという事です。

一部では犯罪被害者給付金をせしめる為に行ったという声もあるそうですが、その可能性は低いのではないか?と考えられます。というのも米山豪憲君を殺害したのは「彩香はいないのに、何でこんなに元気なのか」と「彩香ちゃんの死が事故ではなく(他人が起こした)事件であるとの主張に目を向けさせる絶好の機会は、今しかない」という動機によるものだからです。

彩香ちゃんを殺したのは自分であると認識している自分と、それを何処か別の視点で見ているもう一人の畠山鈴香が其処には存在している…つまりこれは「人格障害」による影響である可能性が高いのです。

この件に関しては後程別章で詳しくご説明させて頂きますが、上記の様な理由から畠山鈴香には何処か自分が犯した犯罪では無いと捉えている自分がいたのでは無いでしょうか?それが畠山鈴香のこの様な不可思議な言動に繋がっている可能性も考えられます。

逮捕後の畠山鈴香の供述が二転三転

また畠山鈴香は逮捕後の供述も二転三転させています。これにも先程述べた彼女の人格障害が影響しているものと考えられます。

畠山鈴香は当初4月に起こった彩香ちゃんの水死事件に関して「長女は『米山豪憲君に人形を見せに行ってくる』と言ったきり戻ってこない」と供述を行っていましたが、その後「一緒に魚を見に行った際、橋から転落した。気が動転して助けを呼ばなかった」と供述を覆しております。

その後更に「長女を橋からつき落とした」と供述を変えた畠山鈴香でしたが、彩香ちゃん殺害容疑で追起訴される前日には「なんで私が犯人なの?」と、これまで自らが行った供述を覆すような供述を行っています。

これを芝居だと見る向きも有るでしょう。何処か芝居掛かっているという印象が拭えないのも事実です。但し全てが演技や芝居ではなく、現実として何が起こっているのかをきちんと理解できないままでいる畠山鈴香が其処に居るという事も事実なのです。

恐らく彼女が供述を二転三転させるのは、何かしらの不都合が生じる内容を隠匿したいと考える自身が「スイッチを入れる」のでは無いかと考えられます。精神鑑定の結果彼女の責任能力は認められている為、情状酌量の余地はないのですが、こうした障害を畠山鈴香が背負っていたという事は事実であると認識しておいた方が良いでしょう。

畠山鈴香の不可解な言動は人格障害B群の影響に拠るものか

これら一連の畠山鈴香の不可解な言動は、彼女が患っていた人格障害の影響に拠るものである可能性が高いです。裁判では証拠採用されていませんが、彼女には幾つかの人格障害の疑いが認められているそうです。そのうち最も畠山鈴香の性格や行動に顕著に現れているのが人格障害B群と呼ばれるものです。

畠山鈴香の不可思議な言動は、この人格障害B群の影響に拠るものと仮定すると大部分で辻褄が合う事に成ります。これには彼女の壮絶な生い立ちや家庭環境、そして学生時代に負ったトラウマなどが関係しているのですが、これについては後程別章にて詳しくご紹介致します。

人格障害B群とは

畠山鈴香が持っていたとされる人格障害B群とは、いわゆるパーソナル障害と呼ばれるタイプの人格障害の一種に成ります。このパーソナル障害と呼ばれるタイプの人格障害は、大きく分類して3つのタイプに分ける事が出来るとされており、畠山鈴香はこのうちのB群というタイプに当てはまるとされています。

人格障害B群は「活発で目立ち,周りを巻き込む患者」と定義されており、主な特徴に・反社会性(他人の権利や安全を無視し,危害を加える)・演技性(人目を引きつけようとする,情緒的に不安定)・境界性(見捨てられることに過敏,態度が極端に変わる)・自己愛性(自己の過大評価,相手からの批判が許せない)が挙げられます。

秋田児童連続殺害事件の裁判

続いては秋田児童連続殺害事件の裁判内容についてご説明して参りたいと思います。この事件に関しては事件から10年以上が経った現在でも関心が高く、当時の裁判についての情報も数多く残されております。それらを紐解きながら秋田児童連続殺害事件の裁判内容を振り返って行きましょう。

結審までに13回を要した秋田児童連続殺害事件の裁判

この秋田児童連続殺害事件の裁判では、結審を迎えるまでに13回もの公判を要しました。それだけでこの秋田児童連続殺害事件という事件の異常性が伺えるところですが、裁判では主に責任能力の有無と計画性の有無が争点と成りました。

彩香ちゃんと米山豪憲君への殺害と死体遺棄容疑で起訴された畠山鈴香ですが、公判では米山豪憲君の殺害に関しては認めたものの、彩香ちゃんに対する殺意に関しては否認。また米山豪憲君殺害に関しても、当時の自分の精神状態が正常だったかのどうかという自信が無いと述べています。

そういった経緯から彩香ちゃんへの明確な殺意の有無と、畠山鈴香の責任能力の有無という部分を中心に裁判は進められて行ったのです。そうして判決公判を迎えたのは2007年9月12日の初公判から数えて約半年後である2008年3月19日の事でした。

畠山鈴香に下った判決は無期懲役

この裁判で畠山鈴香に下された判決、それは無期懲役でした。争点の一つである彩香ちゃんへの殺意について弁護側は、「彩香ちゃんが欄干から突然抱きついて来た為に驚いて振り払った」としていましたが、裁判官はこれを認めず、計画性は無いにせよ明確な殺意を持って行われたとしています。

また米山豪憲君殺害時の精神状態に関してもその責任が充分に取れる状態に有ったと判断。どちらも明確に殺人事件である事を認めました。

検察側が求めた求刑は死刑。これに対して裁判官は有期刑で最も重い無期懲役という判決を下したのです。この裁判結果に対し弁護側・検察側双方ともに控訴を行います。その約一年後に控訴審判決が仙台高等裁判所秋田支部で行われ、裁判長は一審での判決を支持し、弁護・検察双方の控訴審を棄却。これに対し弁護側のみが上告を行います。

その上告から2ヶ月後の2009年5月19日に弁護側が上告を取り下げた為、この日を以て秋田児童連続殺害事件は無期懲役という形で終焉を迎えたのです。

被害者である米山豪憲君の両親へ土下座した畠山鈴香

この裁判の判決公判の際、無期懲役の判決を言い渡された畠山鈴香は突然口を開き「一ついいですか?今まで豪憲くんの両親に謝罪していませんでした」と発言するやいなや、被害者である米山豪憲君の両親に対し「大事なお子さんを奪ってしまい申し訳ございませんでした!」と土下座して謝罪するといった一幕がありました。

この土下座パフォーマンスに対し米山豪憲君の父親は「自分の量刑を軽くしたかったように思います」と冷ややかな反応を示しています。本当に申し訳ないと思っていれば、謝罪する機会など幾らでもあった筈ですから、米山豪憲君の父親がこの土下座をパフォーマンスと感じたのも無理はないでしょう。

畠山鈴香の現在

裁判によって無期懲役刑が確定した畠山鈴香ですが、その後はどの様な毎日を過ごしているのでしょうか?また、息子を奪われた米山豪憲君の両親や、畠山鈴香の家族のその後も気に成るところです。そこでここからは畠山鈴香とその家族のその後についてまとめてみました。

畠山鈴香は現在も福島刑務所に服役中

畠山鈴香は2019年現在も福島刑務所にて服役中です。既に収監されてから10年が経過し、年齢も現在46歳に成っている筈です。そんな畠山鈴香ですが、彼女が仮釈放で出られる事が有ったとしても、それは恐らくは後30年近く先の話に成るでしょう。

勘違いをしている方も多いのですが、無期懲役というのは海外でいうところの終身刑ではありません。「無期」とは「期限が定められていない」のであって、死ぬまで刑務所に服役するという事が確定している終身刑とは異なるのです。なので満期は無いにせよ仮釈放により社会復帰することが出来る可能性は残されているのです。

過去日本の無期懲役はおよそ20年程度で出所できると言われておりました。然しながら凶悪犯罪の増加等が問題視され、再犯率等の状況を鑑み、現在はそれよりもかなり長い年月が必要に成っていると言われています。

更に畠山鈴香の場合、事件が事件なだけに仮釈放に関しても相当慎重に成らざるを得ない部分もあるでしょう。また被害者感情という点で考えても、被害者の遺族が仮釈放を望まない場合はいつまで経っても社会復帰することは出来ません。

それらを総合的に考えてみても、畠山鈴香が塀の外に出られるのは未だ数十年先の事であると考えられるのです。そもそもそれだけの年月を刑務所で過ごした後に、社会復帰をしてまともに生きていけるかと言えばそちらの方が至難の業でもあります。

とは言っても刑務所の運営は国民の税金で賄われている訳ですから、いつまでも血税で賄い続ける訳にも行きません。どちらにせよ畠山鈴香にはこの先相当過酷な運命が待ち受けている事は間違いないでしょう。

被害者である米山豪憲君の父親が真相を告白

事件から数年が経った頃、被害者である米山豪憲君の父親がこの事件に対する真相を告白しています。それによれば、なんと地元の人々は最初から畠山鈴香が彩香ちゃん殺しの犯人と見ていたそうなのです。

それは勿論それまでの畠山鈴香の彩香ちゃんに対する言動を近所の人々が皆知っていたからで、この時点で警察が事故死ではなくきちんと殺人事件として扱っていれば、米山豪憲君は殺害される事は無かったという事に成ります。つまりは警察の初動捜査のミスがその後の米山豪憲君殺害事件に繋がってしまった訳です。

また米山豪憲君の父親は、米山豪憲君の死後「豪憲はなぜ殺されたのか」という本を出版。その中には米山豪憲君がどの様な経緯で畠山鈴香に殺害されたかが詳しく記載されています。

それによると畠山鈴香は米山豪憲君に対し、「彩香の思い出に何か貰って欲しいのだけど」という口実で自宅に誘い出したそうです。

其処で突然「彩香がいないのに何故この子はこんなに元気な顔をしているのか?」「彩香の死を事件と認めさせるなら今しかない」とスイッチが入った畠山鈴香は、米山豪憲君の首を絞めて殺害したのだそうです。

判決後残された畠山鈴香の家族は?

当時畠山鈴香には弟と母親がいたそうですので、残された家族の現在についても調査してみました。先ずは畠山鈴香の弟についてです。事件当時運転代行会社に勤務していた畠山鈴香の弟ですが、姉の事件が発覚した後にその会社を退社。その後ハローワーク等で仕事を探すも何処も雇ってくれるところは見つからず、そのまま現在に至るそうです。

続いて畠山鈴香の母親ですが、彼女の母親は父親が亡くなる直前に離縁していたそうで、それ以来親交は無かったそうですので、現在までの足取りという点に関しては全く掴めていません。

その後の弟と母親は生活保護受給者に

弟と母親は現在生活保護を受けているという事が判明しています。さすがにこれだけの事件を身内が起こしたとなると、どんな仕事に就くのも難しいというのが現実です。現在この弟と母親が何処でどの様な生活を送っているのかまでは分かりませんが、生活保護を受けているという事だけはどうやら間違い無いようです。

畠山鈴香の生い立ちが事件に関係

この痛ましい事件が発生した根本には、畠山鈴香の生い立ちが深く関係していると言われています。彼女の人生を滅茶苦茶にしたのは彼女の父親で、その父親がこの事件全ての元凶であると断言出来ます。という訳で続いてはそんな畠山鈴香の壮絶な生い立ちについて振り返ってみたいと思います。

生い立ち①父親から日常的に虐待を受けていた

畠山静香は幼少期に父親からの虐待を受けて育ったそうです。その内容は筆舌に尽くし難いモノだったそうで、彼女は父親から殴る蹴るの暴行や、髪を掴んで引きずり回されるといった暴力をほぼに非常的に受け続けてきたと言われています。

この父親からの暴力は父親が他界するまで続けられたというのですから驚きです。共に暮らしていた弟や母親も父親からの暴力被害を受けていたのかどうかは分かりませんが、この父親からの暴力が、畠山静香の人格形成に大きな支障を齎したということは言うまでもありません。

生い立ち②小学校のクラスメイトから虐めを受けていた

また畠山静香の生い立ちが壮絶であると言われているのは、父親からの暴力だけではありません。小学校時代の畠山静香はクラスメイトからイジメを受けていた様で、そのイジメの内容も壮絶なモノだったと言われています。

彼女は父親からの暴力によりまともな人格形成が出来ず、それが原因で学校でもイジメを受けていたのです。そんな彼女の生い立ちはまさに死ぬよりも過酷なモノだったと言っても良いでしょう。

生い立ち③ばい菌や心霊写真といったあだ名を付けられていた

畠山静香はクラスメイトから「ばい菌」「心霊写真」といったあだ名を付けられていたそうです。「暴力とイジメ」彼女の生い立ちを紐解くと、そこには何一つ明るい話題は無く、心が重くなるような事柄のみがしるされているのです。

彼女が犯した罪とこれら壮絶なる生い立ちに直接的な関係性はありませんが、この様な生い立ちを過ごしてしまった事が後の事件に繋がって言ったのは間違いありません。こんな過酷は生い立ちではなく、もっと普通の生い立ちを持つ女性で有ったとしたら、きっとこの様な悲しい事件は起きなかったのでは無いでしょうか?

畠山鈴香への卒業時の寄せ書きが衝撃的

彼女の生い立ちの中で最も衝撃的なのが、彼女の高校時代に起きたある事件です。それは高校卒業時に彼女へと寄せられた寄せ書きでした。この寄せ書きは後に大きな話題を呼ぶ事に成るのです。

高校卒業時の寄せ書きが壮絶過ぎると話題に

既に申し上げた通り、畠山鈴香の高校卒業時に寄せられた寄せ書きが余りにも酷いと言うことで大きな話題を呼びました。その寄せ書きに添えられていた言葉の数々は余りにも残酷で、人間という生物が持つ悪意の塊の様な、凄まじく苛烈で唾棄すべき内容の文言ばかりだったのです。

もしこの様な寄せ書きを卒業式に受け取ったとしたら、どんな人でも自分の人生を否定したく成るのではないでしょうか?この様な現実を前にして笑っていられる様な精神力を持つ人間など居るはずがありません。人間の悪意は時にナイフよりも鋭いと言いますが、この刃は間違いなく畠山鈴香の心を深く抉った筈です。

卒業時の寄せ書きがその後テレビで公開されている

その寄せ書きですが事件後にテレビで公開されております。その時に放送された実際の寄せ書きがこちらです。正直に申し上げて筆舌に尽くし難い胸クソ悪さを感じる、そんな寄せ書きです。これが3年間共に高校生活を過ごしたクラスメイトから最後に掛けられる言葉かと思うと、心が痛くなります。

この寄せ書きがテレビで公開された後、非常に大きな反響が有ったそうです。畠山鈴香の犯した罪の重さには何ら変わりはありませんが、流石にこの様な寄せ書きを寄せるその目に余る陰湿さ加減に「許せない」と感じた方も多かったのでしょう。

同級生が畠山鈴香の人格を作り上げたという声も

当然この寄せ書きに対しては非難の声が多く挙がっており、この様な寄せ書きを寄って集って書いたクラスメイトも同罪だという声が多く寄せられているようです。彼女の犯した罪は法によって裁かれた訳ですが、クラスメイトが行ったイジメは法によって罰せられる事は無い訳です。

然しながら法に裁かれないからといって罪が無い訳ではありません。畠山鈴香がこの様な犯行に及んだのは、歪んだ人格形成による影響が大であるのは間違いありません。そう考えた場合、このクラスメイト達の行動は、間接的に畠山鈴香というモンスターを生み出した事に繋がって居るのでは無いのでしょうか?

畠山鈴香の売春疑惑の過去や結婚

学生時代から売春行為に及んでいた可能性が高い

畠山鈴香は学生時代から売春行為を行っていたと言われています。この事はどうやら裁判中にも触れられているそうで、「お金を払うのでお願いします」と頼まれれば性行為に応じていたと畠山鈴香は応えています。

ただ、本人的にこれを売春行為として認識していたのかは不明です。彼女は無意識に人肌を求めていた可能性も大きく、そのついでに対価を得ることが出来るのであれば…という感覚だったのでは無いでしょうか?

売春を裏付ける地元住人からの証言とは

地元住人も畠山鈴香が学生時代から売春行為を行っていた事は知っていたそうで、彼女のことを「売女」と呼んでいたそうです。こうした事を影でコソコソと口にするのも何となく卑怯な気がします。結局の所地域総ぐるみで異質な存在である畠山鈴香を「除外」していたと認識するのが妥当なところではないでしょうか。

高校卒業後は栃木県で住み込み勤務

畠山鈴香は高校卒業後、栃木県で住み込み勤務を行っていたそうです。職業はコンパニオンと言うことですから、栃木県の温泉旅館に住み込みしながら宴会のお手伝いなどをしていたモノと考えられます。

トラック運転手との結婚とその後の彩香ちゃん誕生

その栃木時代にトラック運転手だった夫と出会い結婚。その後長女である彩香ちゃんが誕生しています。その夫もコンパニオン時代のお客として知り合った様ですね。

結婚後僅か5ヶ月で離婚

しかし畠山鈴香は結婚後僅か5ヶ月で夫と離婚しています。当時の夫が現在語ったところによると、畠山鈴香は全く家事をせず、その事で嫌気が差したそうです。しかし畠山鈴香は家事も育児もきちんとやっていたと元夫の発言に対し反論していたとか。コレも真相は分かりません。

自己破産し生活保護受給者と成った畠山鈴香

離婚後はまともな職に就けず、借金を繰り返すうちに自己破産をした畠山鈴香。そのまま生活保護を受給する事に成ったそうです。彼女は働かずに毎日フラフラしては男を家に上げて情事にふける毎日を送っていたと言います。恐らくはそうした男性からも対価を得ていたのではないでしょうか?つまりは自宅を舞台にした売春ですね。

彩香ちゃんを外に放置したまま家の中で情事にふけることもしょっちゅうだったそうで、そうした光景をご近所さんは何度も目撃していると言います。畠山鈴香の生活は、その時点で既に破綻していたのでしょう。そして元々子供の事を可愛いと思っていなかった畠山鈴香は、次第に彩香ちゃんの事が疎ましく思えていったのでは無いでしょうか?

畠山鈴香は無期懲役で現在も服役中

今回は秋田児童連続殺害事件の容疑者であり、最初の被害者である彩香ちゃんの母親でもある畠山鈴香の現在の様子等を中心にまとめてまいりました。現在も服役中である畠山鈴香ですが、果たして彼女は現在何を思い毎日を過ごしているのでしょうか?自らの起こした罪の大きさを、これから先の生涯を掛けてじっくり考えて貰いたいと願うばかりです。

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