布袋寅泰の本名は?韓国説も?親や兄弟などの家族や生い立ちまとめ

日本を代表するギタリストであり、元BOØWYのギタリストとして有名な布袋寅泰の本名について紹介します。布袋寅泰の生まれは韓国説もある中で、その生い立ちについて解説します。布袋寅泰の親や兄弟を紹介するとともに、布袋寅泰の本名や韓国説についても検証します。

布袋寅泰の本名は?韓国説も?親や兄弟などの家族や生い立ちまとめのイメージ

目次

  1. 1布袋寅泰のプロフィール
  2. 2布袋寅泰の本名は?
  3. 3布袋寅泰の韓国説の真相
  4. 4布袋寅泰の親や兄弟など家族について
  5. 5布袋寅泰の生い立ち
  6. 6布袋寅泰は本名で活動しており父親が韓国人

布袋寅泰のプロフィール

愛称:HOTEI
本名:布袋寅泰(ほてい ともやす)
生年月日:1962年2月1日
年齢:57歳(2019年8月現在)
出身地:群馬県高崎市江木町
血液型:B型
身長:187cm
体重:???
活動内容:ギタリスト、ロックミュージシャン、歌手
所属グループ:元BOØWY
事務所:DADA MUSIC
家族:妻、娘

布袋寅泰の経歴

布袋寅泰といえば日本を代表するギタリストです。元BOØWYのギタリストとして、氷室京介などとともにバンドを組んでバンドブームを牽引した一人です。BOØWY解散後もソロのギタリストであり歌手として、さまざまな名曲を生み出しています。

その名曲の中には、「POISON」、「バンビーナ」、「RUSSIAN ROULETTE」などライブで必ず盛り上がると言われるものが生まれています。また、バラードにも定評があり、妻である今井美樹に提供した「PRIDE」のようなバラードも布袋寅泰ならではのものとなっています。

もう一度世界に挑戦したいという強い気持ちから、現在は家族そろってイギリスのロンドンで生活しています。小さなパブのようなところに自分でギターなどを持ち込んでライブを行うこともあり、1からの挑戦を続けています。

自分の代名詞であるキル・ビルのテーマを演奏すると、カバー曲だと勘違いされることが悩みというのも1から海外に挑戦したからこそのエピソードといえるでしょう。

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布袋寅泰の本名は?

では、この非常にありがたさを感じさせる「布袋」という名字を含めて、布袋寅泰と言う名前は本名なのでしょうか?この個性的な布袋寅泰という名前が本名なのかどうなのかということを解説します。

本名は布袋寅泰

まず、布袋寅泰という名前ですが、これは正真正銘の本名とのことです。名字も名前も珍しい本名といえますが、芸名や通名ということはなく本名のようです。ちなみに、同じ元BOØWYのメンバーである氷室京介は芸名で、本名は寺西修です。

また、ベースの松井常松も本名は松井恒二、ドラムの高橋まことの本名は高橋信です。つまり、BOØWYの中で布袋寅泰だけが本名というのも驚きな情報といえるでしょう。

「寅」入りの本名「布袋寅泰」がカッコイイと話題!

この布袋寅泰という本名ですが、本名の字の並び方というか「寅」という文字が入っているのがカッコいいと感じる人も多いようです。少し違いますが同じ寅が入っている映画「男はつらいよ」の「フーテンの寅さん」こと車寅次郎というのもどこかカッコよさというか渋さがあるかもしれません。

この布袋寅泰という本名と寅さんにはちょっとしたエピソードがあります。それは、布袋寅泰が当時住んでいた代官山にあるアパートには、寅さんを演じていた渥美清も暮らしていたそうです。面識はあって、時々「男はつらいよ」のポスターを持って訪ねてきてくれることがあったそうです。

布袋寅泰の本名と並んで、同じ寅の文字が入ったもの同士の意外なエピソードかもしれません。ただし、布袋寅泰はいつも緊張しまくりで、ガチガチに緊張して話していたそうです。

本名「布袋寅泰」の布袋は母親側の姓

この布袋寅泰という本名の姓ですが、これは布袋寅泰の母親側の姓です。両親は布袋寅泰が高校3年生のころに離婚しています。このあたりに関しては、後ほどの布袋寅泰の本名に関係のある両親との生い立ちで詳しく解説します。

また、両親はすでに亡くなってしまっていますが、布袋寅泰は両親に本名の名前である「寅ちゃん(トモちゃん)」と呼ばれていたそうです。そんな布袋寅泰の本名の由来は、寅年に生まれたことが由来だったそうです。

布袋寅泰は母親が亡くなるまで非常に母親思いでした。また、母親も息子の活躍をいつも応援しており、東京でライブがあると必ずといっていいほど席を用意してもらって見に来ていたそうです。

ファンにもそのことは有名で、布袋寅泰がライブのMCで母親が来ていることを紹介すると、大きな拍手でそのことを祝うというのも定番でした。そんな息子のことをとても自慢に思っていたそうで、最後の最後までライブに行くことを楽しみにしていたのでしょう。

布袋寅泰の韓国説の真相

布袋寅泰の特徴といえばその高い身長であり、187cmのギタリストは多くのギターキッズの憧れでした。ただし、その名前や顔立ちから布袋寅泰は韓国人であるという噂が立つことがありました。映画で共演した豊川悦司が在日韓国人であることもあり、何らかの関係があるという噂もあったようです。

そんな布袋寅泰の韓国説の真相について紹介します。布袋寅泰の生い立ちにおいて韓国というのはどのような関係があるのでしょう。また、布袋寅泰は韓国人や在日韓国人というのは本当なのでしょうか?

布袋寅泰と韓国の関係とは

韓国の国旗

布袋寅泰は韓国人ということはなく、正確には在日韓国人です。BOØWY時代はあまりそのことに関して口にすることはなかったようですが、ソロになってからははっきりと公表はしないまでも在日韓国人であることは認めているようです。

著書「秘密」で父親が韓国人である事を告白

このことは2006年に出版したエッセイ「秘密」においても韓国説について告白を行っています。この中で自分の父親が韓国人であること、また母親は北海道余市町生まれでサハリンで育ち、ロシアの血が流れていることを告白しています。

本名とは別に韓国名はある?

在日韓国人の中には韓国人としての本名や通名と呼ばれる日本用の名前を持っている人もいます。しかし、布袋寅泰の場合は本名以外に韓国名と呼ばれるようなものはないようです。

ただし、「寅泰」という名前は韓国では「インテ」という風に読めるそうで、韓国人の中でも使っている名前のようです。そのため、両親が布袋寅泰の名前を日本でも韓国でも使える名前にしたという見方はできるといえるでしょう。

布袋寅泰の親や兄弟など家族について

仲良し家族

布袋寅泰の本名について分かってきた部分も多いですが、その本名を理解する上では親や兄弟との関係を知る必要があります。この中で、改めて布袋寅泰の本名に関する部分がよりはっきりと見えてきます。

父親は韓国人で貿易関係

先程も紹介したように布袋寅泰の父親は韓国人です。世界を相手に営業する貿易商などを営む実業家であり、かなりお金持ちだったそうです。しかし、仕事は非常に忙しく韓国にも家庭を持っている人物でした。

母親はロシア人と日本人のハーフ

そんな父親に対して母親は北海道余市町生まれでサハリンで、日本人とロシアのハーフだったそうです。そのため、布袋寅泰の両親は離れ離れに暮らすことも多く、布袋寅泰は日本で母親と暮らしていたそうです。

時々、父親は日本に帰ってきて家族で暮らすということがあり、家には父親と母親の姓の両方の表札が掲げられていたそうです。また、二人は正式には籍を入れておらず、婚姻関係ではなかったそうです。

こういったこともあり、布袋寅泰の本名は母親の姓を名乗っていたというわけなのです。本名以外に韓国名などを持っていないのも、そもそも両親は婚姻関係になかったということが影響しているのでしょう。

布袋寅泰の兄弟は妹が1人

布袋寅泰の家族は両親と兄弟に妹がいました。この妹の名前は狩野環という名前で布袋寅泰より5歳年下です。兄弟としての共通点は、なんと音楽であり、布袋寅泰と同じ様にプロのバンド活動をしていたそうです。

兄弟(妹)狩野環とは

兄弟である妹のバンド名は「ガラパゴス」というバンド名で、1990年にメジャーデビューしています。布袋寅泰が居たBOØWYが1988年に解散しているので、少しあとの出来事です。アルバム一枚を出して解散する予定だったようですが、売れ行きがよかったこともあり最終的に3枚のアルバムをリリースして1994年に解散しています。

その後は「SUPER EGO」というバンドを結成しましたが、こちらはあまりうまくいかないまま解散しています。しかし、そのバンドのドラマーだった男性と結婚しており、1996年には女の子が誕生しています。

兄弟(妹)の娘であるシンガーソングライターのタグチハナも話題に

この兄弟から生まれた女の子も音楽活動をしており、プロのシンガーソングライターとなっています。名前はタグチハナという名前です。兄弟そろって音楽活動、そしてその兄弟の娘も音楽活動というのはすごいことといえます。

布袋寅泰とタグチハナで2ショットを公開したこともあり、かなり可愛い存在として溺愛しているそうです。音楽の方向性は少し違いますが、優しい歌声が印象的なシンガーソングライターです。これからも注目なシンガーソングライターなので、二人の共演というのもいつかあるかもしれません。

布袋寅泰の生い立ち

本名に関しては複雑な布袋寅泰の生い立ちが関係しているといえるでしょう。改めてその本名につながる布袋寅泰の生い立ちを確認しましょう。布袋寅泰の複雑な生い立ちが垣間見えてきます。

生い立ち①母子家庭状態の幼少期

布袋寅泰の両親は父親が韓国人、母親がロシアとのハーフであり、父親には韓国と日本との両方に家庭があるという複雑な幼少期でした。それでも、布袋寅泰は母親の強い愛情のもとで育てられており、自分の複雑な生い立ちの中でも元気に成長しています。

生い立ち②父親との確執関係

しかし、布袋寅泰の父親はマナーなどに厳しい部分があり、父親と食事を摂るときは全員が正装してテーブルで食事を摂るという形だったそうです。実際に生活自体は裕福だったものの、その厳しさは子供である布袋寅泰には理解できない部分もあったようです。

確執関係は両親の離婚が原因?

父親とは対象的に明るく前向きな母親を尊敬しながら育っていきます。しかし、布袋寅泰が高校生ぐらいになったときに父親の仕事はうまくいかないようになり、結果的に両親は離婚という決断をしています。

しかし、この離婚によって母親のもとにも借金が残っており、これはすべての借金を背負わされたという話もあるそうです。そのため、裕福だった生活は一変して、家を売って四畳半のアパート暮らしとなっています。

布袋寅泰は両親が離婚してからは父親と会うことはなかったそうです。しかし、それまでの裕福な生活の中で経験した音楽の経験はその後の人生に大きな影響を与えています。父親は海外を飛び回っていたこともあり、いろいろな洋楽のレコードを買って帰ってくることがあったそうです。

そのレコードを聞くのが楽しみで、布袋寅泰の幅広い音楽のジャンルにつながることになりました。現在もいわゆるロック以外にも、ロカビリーであったり、グラムロック、ブルース、レゲェ、ジャズ、ファンクなど幅広いジャンルを題材にした曲を作っています。

BOØWY解散ライブに父親が応援に

BOØWYの最後のライブとなった「LAST GIGS」はチケットがわずか10分で売り切れたことは有名ですが、この解散ライブの日に布袋寅泰の父親はライブを聞きに来ていたそうです。息子に連絡を取ることが出来ない父親は、東京ドームの外で会場から漏れてくる音を聴いていたそうです。

しかし、このことを知ったのは後になってからのことであり、最後までその溝は埋まることがなかったようです。とはいえ、布袋寅泰も娘が生まれ、子供を育てる中でいつか海外にある父親の墓を探して花を供えたいと考えているそうです。

生い立ち③新島学園高校時代の反抗期と中退

布袋寅泰はプロテスタント系キリスト教主義学校であった、新島学園高校に入学しています。しかし、父親のことなどもあり、かなり尖っていた布袋寅泰は先生とぶつかることも多かったようです。

グラムロックなどの影響を受けていた布袋寅泰は、髪を長く伸ばしており、高校卒業の直前に学校から髪型を改めるように注意されたそうです。しかし、布袋寅泰はイエス・キリストのほうが自分より髪が長いと反発してそのまま退学しています。

布袋寅泰なりの反発であり、長い髪型自体は翌日にはばっさりと切ったそうです。その後は氷室京介らとともに東京に上京してバンド活動を本格化させています。

すぐにBOØWYとして有名になったわけもなく、母親にお金の相談をすることもあったようです。そういったときは、必ず翌日にお金が振り込まれていたというだけに、本当に母親に愛されていた人物だったのでしょう。

母親の最後のときは、布袋寅泰が看取っており思い出話をしながらその時を迎えたそうです。また、布袋寅泰は天国に行った母に感謝するとともに、父親のことを許してあげて欲しいという気持ちも持ったそうです。自分の気持も含めて、天国に行った母に父と仲良く過ごして欲しいという気持ちがあったのかもしれません。

布袋寅泰は本名で活動しており父親が韓国人

布袋寅泰の本名について紹介しました。布袋寅泰は本名で活動しており芸名であったり、韓国名を持っているわけではありませんでした。また、その本名については複雑な生い立ちが関係しており、両親や兄弟との関係は重いエピソードといえるものだったでしょう。

そういった中で、父親と反発しながらも母親と兄弟、そして音楽に支えられながらギタリストとして大成功を収めています。布袋寅泰という本名に誇りを持って活動していると言えそうです。

布袋寅泰は亡くなった両親に対して強い愛情を持つだけに、天国まで届くようなギターを奏でているといえそうです。布袋寅泰の本名と韓国説について紹介しました。

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