【池袋事故】飯塚幸三の息子や孫など家族構成や自宅情報とは!事故のその後や現在も調査

2019年に起きた「池袋事故」の飯塚幸三について紹介します。飯塚幸三の息子や孫などの家族構成や自宅情報に注目です。事件が起きたときに飯塚幸三の息子は情報隠匿に協力したと噂されているのです。上級国民という名前でも呼ばれる飯塚幸三の経歴や職歴も確認しましょう。

【池袋事故】飯塚幸三の息子や孫など家族構成や自宅情報とは!事故のその後や現在も調査のイメージ

目次

  1. 1【池袋事故】の概要
  2. 2飯塚幸三の生い立ちや経歴
  3. 3飯塚幸三の息子や孫など家族構成
  4. 4飯塚幸三の息子や孫の職業について
  5. 5飯塚幸三が起こした池袋事故の詳細と経緯
  6. 6池袋事故のその後について
  7. 7飯塚幸三の現在
  8. 8飯塚幸三は池袋事故で息子や孫まで噂が飛び火

【池袋事故】の概要

連日ニュースで報道され、「上級国民」という言葉がSNSでトレンド入りした「池袋事故」について解説します。池袋事故の加害者や息子、孫などの家族構成や自宅情報も調査しました。池袋事故のその後や現在はどうなっているのでしょうか?

2019年に東池袋で起きた自動車暴走死傷事故

池袋事故は「東池袋自動車暴走死傷事故」というのが正式な名称となっています。事故が起きたのは2019年4月19日12時25分頃のことでした。

母子2人死亡と9人の負傷者を出した事故

池袋事故では母子2人が死亡、9人の負傷者が出ています。事故は東京メトロ東池袋駅付近の交差点で起きており、乗用車が暴走して多重衝突事故となったのです。乗用車は赤信号を無視して交差点に入ったことが原因と考えられており、ブレーキの形跡もありませんでした。

加害者の名は「飯塚幸三」

加害者男性は当時87際で名前は「飯塚幸三」と言います。高齢者による自動車事故は度々ニュースになっていますが、飯塚幸三が起こした事故は非常に被害の大きなものだったと言えるでしょう。また、飯塚幸三は事故が起きたときの対応が問題視されており、息子も大きく関わっていると考えられています。

後ほど詳しい飯塚幸三の生い立ちや経歴を紹介しますが、彼は通商産業省(現在の経済産業省)の元技官で、クボタの元副社長です。そういった経歴からSNSなどでは「上級国民」と称されており、捜査過程において特別扱いされた、という見方もあります。

飯塚幸三の生い立ちや経歴

飯塚幸三が上級国民と言われる理由にもなった、生い立ちや経歴を確認してみましょう。飯塚幸三の経歴では通産省や農業メーカーの「クボタ」が関係しているようです。飯塚幸三は通産省やクボタでどういった立場だったのでしょうか?

上級国民と言われる飯塚幸三の生い立ち

池袋事故の容疑者である飯塚幸三は1931年に東京府東京府豊多摩郡中野町(現在の東京都中野区)出身です。飯塚幸三は東京府立第四中学校(現在の東京都立戸山高等学校)、旧制浦和高等学校を卒業しています。

飯塚幸三の学歴は東京大学卒業

高校卒業後の飯塚幸三は東京大学工学部応用物理学科を卒業しました。これだけでも飯塚幸三という人物をエリートだと感じる人も多いかもしれません。

飯塚幸三の職業など経歴

飯塚幸三の職業などの経歴も確認しましょう。飯塚幸三の職業は非常にエリートとなっており、上級国民という名前を言われる理由になっています。

経歴①旧通産省の元工業技術院長

過去の経歴から飯塚幸三は旧通産省の元工業技術院長であることが分かっています。旧通産省に入省したのは1953年で1989年に退官しました。こういった通産省などの国のトップに関わるような仕事に携わった人は、天下り先に勤めることが多いと考えられています。

経歴②「クボタ」副社長

飯塚幸三も通産省を退官後に農業機会メーカー「クボタ」の副社長を務めました。どうやらこのクボタというメーカーは天下り先として扱われることが多く、官僚が退官後に勤めている場所なのだとか。飯塚幸三もクボタで副社長という名ばかりの肩書を持っていたのかもしれません。

ちなみに、飯塚幸三はクボタ副社長以外に、「工業技術院長」や「国際度量衡委員」、「国際度量衡委員長」、「計量研究所長」、「国際計測連合会長」、「日本計量振興協会会長」、「計測自動制御学会会長」、「機械振興協会会長」、「日本規格協会理事」と様々な名前の役職を歴任しました。

ちなみに、クボタでは年間9000万円ほどの報酬をもらっていた、という推測があります。60歳で退職してから、天下り先としてクボタに在籍していた14年間で約12億円ほどと計算出来るのです。ただし、家や車などは高級なものではなく、一般的なものだったと推測されています。

上級国民と言われる飯塚幸三ですが、金遣いは荒い人物では無かったのかもしれません。息子や孫に遺産として残そうと考えていた可能性もあるでしょう。事故の際に「フレンチに向かうところだった」ことが分かっていますが、のんびりと程々に優雅な生活を送っていたのかもしれません。

経歴③「瑞宝重光章」叙勲

2015年に飯塚幸三は通産行政事務功労として「瑞宝重光章」を叙勲しました。いわゆる「勲章持ち」という名前で呼ばれることもある状態になり、まさに上級国民にふさわしい称号かもしれません。こういった様々な名前の肩書や勲章を持つ飯塚幸三は、大きな過ちとして池袋事故を起こすことになります。

飯塚幸三の息子や孫など家族構成

池袋事故では飯塚幸三の息子も事件に関与したと考えられています。飯塚幸三の息子や孫など家族構成を確認してみましょう。

飯塚幸三の実家の家族は?

飯塚幸三の実家の家族構成ははっきりとしていません。分かっているのは飯塚幸三の両親はすでに高齢のため亡くなっている可能性が高いという点になります。

飯塚幸三の結婚後の家族構成

飯塚幸三の結婚後の家族構成は妻、息子、孫と推測されています。息子や孫の職業や名前、また自宅などに関する情報は色々な噂があるようです。

飯塚幸三の嫁の名前は?

池袋事故が起きたとき、飯塚幸三の妻は車に同乗していたことが分かっています。妻の年齢は飯塚幸三と同年代の80代と推測されています。飯塚幸三の嫁の名前は明らかにされていませんが、事故後に公開されたドライブレコーダーには彼女と思われる声も確認出来るとのことです。

飯塚幸三の自宅は板橋区弥生町との噂

ネットでは飯塚幸三や息子に関する様々な情報がアップされており、自宅場所と思わしきものも確認できます。飯塚幸三は自身の著書に住所に関する情報が含まれていたようで、ネットの特定班が自宅は「板橋区弥生町」と推測していました。

池袋事故の報道においても、飯塚幸三の住所が報じられたこともあったようで、板橋区弥生町の可能性は高いと考えられています。飯塚幸三は様々な肩書の名前を持ち合わせていますが、会報誌などにも寄稿していたことが分かっています。そちらにも飯塚幸三の住所と思われるものが確認出来るとのことです。

飯塚幸三の息子や孫の職業について

飯塚幸三や息子、孫に関する情報は様々存在します。息子や孫の名前や職業に関するデマも多く、はっきりと分かっていない部分も多いのだとか。飯塚幸三の息子や孫の名前、職業に関する情報をまとめてみました。

飯塚幸三の息子の職業はクボタ執行役員?

飯塚幸三の息子の職業はクボタ執行役員という噂がありました。クボタという名前は飯塚幸三も副社長として在籍した会社ですが、息子も同じ職業だったのでしょうか?

クボタ執行役員の名前は飯塚智浩

息子がクボタ執行役員と言われる理由は同じ「飯塚」という名前の人物が居ることが関係していました。クボタ執行役員を確認すると「飯塚智浩」という人物が居るようで、その人が飯塚幸三の息子だとデマが流れてしまっていました。

実はこの人物はクボタ執行役員であることは間違いないのですが、飯塚幸三の息子ではありませんでした。たまたま事件を起こした飯塚幸三の苗字と同じ人物がクボタに居た、というわけです。

クボタ側は飯塚幸三との血縁関係を否定

農業メーカーのクボタは正式にクボタ執行役員の飯塚智浩は、飯塚幸三の息子ではなく、血縁関係も否定しています。池袋事故の飯塚幸三と職業や名前が近かったことから、家族だと勘違いされてしまったのでしょう。

その後は息子の職業が安倍晋三首相の政策秘書とのデマ説も

飯塚幸三の息子はクボタ執行役員でないことが分かりましたが、その後に職業が安倍晋三首相の政策秘書という噂も出ました。こちらもまったくのデマで、安倍晋三首相に対する風評被害を狙った可能性もあるかもしれません。

息子だけでなく孫の職業に関する噂も浮上

池袋事故では、飯塚幸三の息子だけでなく孫の職業に関する噂も出ています。息子とは違って孫は事件に関してほとんど関係ないと言えますが、いろいろな噂を流されてしまったとのことです。

息子や孫の職業は検事や警察?

息子や孫の職業として検事や警察という噂がありました。これは飯塚幸三がなかなか逮捕されなかったことから、検事や警察などの関係者だと疑われてしまったことが関係しているのかもしれません。

ただし、息子や孫の職業が検事や警察という情報はまったくソースがありませんでした。もし、息子や孫の職業が検事や警察だとしても、身内をかばうようなことをしたら大きな問題になるでしょう。こういった情報から息子や孫がクボタに関係しているとか、検事や警察ということはデマの可能性が高いようです。

ちなみに、検事というのは法律に違反した人を取り調べて、起訴するかどうかを判断する職業です。検事は事件について立証するのが重要な役割となります。正確には検事は検察官の役職名の一つです。

もし、飯塚幸三の息子や孫が検事であれば、池袋事故の指揮監督などに関わる可能性があります。検事は場合によっては、自ら被疑者や参考人を取り調べて、証拠を集めることもあるのだとか。飯塚幸三がなかなか逮捕されないのは、身内に検事や警察が居ることを疑われても仕方なかったのかもしれません。

ネット上では現在も飯塚幸三の息子の動きに集中

職業が検事説が出ていた飯塚幸三の息子ですが、ネットでは現在も行動を監視されているのだとか。飯塚幸三はSNSのアカウントを持っており、フォロワーの中に息子と思わしき人物が居たそうです。

そのアカウント名から飯塚幸三の息子の名前は「飯塚幸理」説も出ていたようです。職業が検事説もありますが、名前に関する情報特定もあったのでしょう。あくまで事件を起こしたのは飯塚幸三ですが、息子も父親の情報を隠すために動いていたと言われており、ネットの人たちに目をつけられてしまったのは仕方ないのかもしれません。

飯塚幸三が起こした池袋事故の詳細と経緯

改めて飯塚幸三が起こした池袋事故の詳細や経緯を確認しましょう。なぜ、飯塚幸三や息子はこれほどまで誹謗中傷を浴びせられる事態になったのでしょうか?そこには死亡事故を起こしたというだけでなく、事故後の対応が原因だと考えられています。

ドラレコに記録されていた事故当時の様子

池袋事故では容疑者のドラレコが重要な証拠となりました。ドラレコの映像には事故直前の様子が記録されており、どのように事故が起きたのかが解明されたのです。

飯塚幸三のドラレコによると、事故現場に向かうカーブで同乗者だった嫁から「危ないよ、どうしたの」と注意されていたことが分かっています。その言葉に対して飯塚幸三は「あー、どうしたんだろう」と状況をはっきりと把握出来ていなかったことが確認出来たとのことです。

車はその会話の直後に車道左側の柵に接触し、そのことが関係したのか、いきなりスピードをあげて交差点に突入しています。事故後の調査や飯塚幸三の供述から、柵に接触したことに動揺し、ブレーキを踏もうとしてアクセルを踏んだと推測されているのです。

ドラレコ(ドライブレコーダー)とは

ドラレコ(ドライブレコーダー)は、車載型の映像記録装置になります。自動車事故発生時の状況を映像として残すことが可能で、音声も収録されるのです。

いくつかのタイプが存在しますが、一番多いのはフロントガラスに装着するドラレコです。近年増加しているあおり運転の被害を記録するために注目されており、「車には1台ドラレコを付けておいたほうがいい」という声も多くなっています。

事故直後に息子に電話

SNSなどで飯塚幸三に誹謗中傷が集まった理由の1つに、事故直後に息子にあることを頼むために電話していたことが分かっています。飯塚幸三は事故直後、息子に救急車や警察などへの連絡を頼んだのでしょうか?

電話内容①Facebook削除

飯塚幸三が息子に電話をかけたのは「Facebookの削除」を頼むためだったと推測されています。息子に事故を起こしたことを伝えた上で、自分の身分を特定されるFacebookを削除するように頼んでいたのです。

削除される前の飯塚幸三のFacebookには、様々な経歴や個人情報に繋がるものが記載されていたそうです。事故が起きた瞬間にそのことを思い出して、息子に電話をするという行為に驚く人も多いかもしれません。

電話内容②自宅電話の解約

Facebookの削除と同時に自宅電話の解約も息子に頼んでいたことも分かっています。事故が起きた直後にネットでは飯塚幸三の情報を調べようと、Facebookなどを探した人たちがいたそうです。しかし、事件が大々的に報道されるころには見れなくなっており、電話も繋がらなかったと言われています。

自宅に記者や誹謗中傷の電話がかかることを警戒した可能性があるでしょう。しかし、息子にFacebookや自宅電話の解約を頼むよりも、もっとすることがあったという指摘が多数存在します。結果的に自宅電話を解約しても、家の場所は特定されてしまっています。

池袋事故の原因は運転ミス?パーキンソン病?

そもそも飯塚幸三が池袋事故を起こした原因は何だったのでしょうか?現在もその原因については様々な推測があり、はっきりとした結論は出ていないようです。

現在ドライブレコーダーの映像から分かっていることは、事故現場に速度を上げながら突っ込んだ、ということが確認されています。自宅から移動中に事故が起きており、高齢者に多いと言われている「ブレーキをアクセルと踏み間違えた」という運転ミスなのかもしれません。

飯塚幸三の供述によると「アクセルが戻らなくなった」という車側の故障を示唆させる発言があります。しかし、このことは後の調査で可能性が低いとされており、飯塚幸三の運転ミスが指摘されたのです。

医師も飯塚幸三にはパーキンソン症候群の疑いがあると診断しており、本人に「車の運転は許可できない」とはっきり告知されていたことが分かっています。事故後の別の医師の診断でもパーキンソン症候群の疑いがあると判断されてるのです。飯塚幸三は医師の警告をもっと深刻に受け止めるべきだったのかもしれません。

運転ミスの発端はフレンチの予約に遅れる?

事故当日、飯塚幸三は家族とフレンチ店で食事をする予定が入っていました。一部の報道では、飯塚幸三がフレンチの予約に遅れそうになったことから急いでいた、という見方があるのです。

ドライブレコーダーの映像から、妻が運転に関する心配をしていたことから、速度を出しすぎていたことや荒くなっていた可能性が指摘されています。事故当時87歳という高齢だったことから、判断能力に問題があった可能性もあるようです。

飯塚幸三の車に同乗していた妻ですが、彼女は罪に問われる可能性は低いとみられています。妻が飯塚幸三の運転技術や持病に関することを重くみて、免許返納を促していれば事件は起こらなかったかもしれません。しかし、こういった家族が危険性を感じていながらも、運転免許証を返納してもらえないケースは多いと推測されています。

池袋事故のその後について

池袋事故に現在も注目が集まっているのは、事故後の出来事が関係しているかもしれません。被害者遺族が事件の対応に対して積極的に世間に訴えかけたことも話題となりました。

池袋事故で死亡した被害者母子の遺族が談話を公表

池袋事故では2名の死者が出ています。被害者は当時31歳だった松永真菜さんと長女で当時3歳だった莉子ちゃんです。被害者遺族の夫は事故当時からカメラの前で事故に対する考えや亡くなった家族への気持ちを告白しています。

池袋事故で飯塚幸三は逮捕されず

被害者遺族がカメラの前に出た理由として、池袋事故において飯塚幸三が逮捕されなかったことは大きなきっかけだったと言えるかもしれません。死亡事故を起こしながら、飯塚幸三が逮捕されなかったことに多くの人が疑問を抱いていたのです。

現在も飯塚幸三が逮捕されない理由とは

飯塚幸三は2020年7月現在も逮捕されていません。家族を失った遺族からすれば「どうして逮捕されないんだ」という気持ちもあるでしょう。事故当初、警察は飯塚幸三を逮捕していないことについて理由を発表しています。

池袋事故直後、飯塚幸三は息子に連絡をしていますが、怪我を負っていたことが分かっています。そのため、まずは病院に入院してもらって捜査を続ける、という形になったのです。

警察としては飯塚幸三が高齢だったことから、逃亡の恐れはないのも一つの判断材料だった可能性があります。事故直後、飯塚幸三は胸を強く打って骨折しており、身柄を拘束するのは難しい状況だったのです。

上級国民が理由で逮捕されないとの声も

SNSでは事故当初から飯塚幸三が逮捕されないことに対する疑問が出ていました。その中で飯塚幸三の職業や経歴が注目されて、「上級国民」という言葉が目立つようになったのです。

上級国民というのは国のトップに関わるような仕事のことを意味します。つまり、官僚や警察や検事などは逮捕されにくいと感じる人が多かったのでしょう。警察や検事が事故を起こしても、身内で甘い処理をするという推測があったわけです。

上級国民が逮捕されないケースは過去にも

過去に上級国民と呼ばれる人が逮捕されなかったケースがあります。それは元フジテレビアナウンサーでフリーアナウンサーの千野志麻です。2013年1月2日に38歳の男性看護師を車ではねて、死亡させています。

死亡事故にも関わらず書類送検と後に100万円の罰金刑だけで処理されたことは、大きな話題となりました。実は千野志麻の父親は沼津市議会議員をしており、夫は福田康夫元首相の孫でした。こういった家族に上級国民がいたことから、千野志麻は逮捕されなかったと噂されています。

官僚や警察、検事や議員などが逮捕されないという不平等は違和感があるかもしれません。飯塚幸三が事故直後に息子に連絡を入れいたことから、意識ははっきりしていて保身に走った可能性は高いと言えるかもしれません。家族を失った被害者が飯塚幸三逮捕を求める談話を出したのも、不平等さに疑問を持ったからなのでしょうか?

飯塚幸三の現在

飯塚幸三や息子、孫などの情報を調査しましたが、現在はどうしているのでしょうか?息子や孫に関する新しい情報はあまり出ていないようですが、飯塚幸三の事件後の情報はまだまだあるようです。飯塚幸三の現在について解説します。

退院後の現在も逮捕されず

池袋事故後、飯塚幸三は入院を経験して、現在は退院しています。しかし、退院後も逮捕されることはありませんでした。改めてSNSなどで「上級国民はやっぱり逮捕されないのか」という声が出たのです。

退院後には事情聴取

退院後に飯塚幸三は事情聴取を受けています。息子にいろいろと電話で頼んだことも調べられたのでしょうか?事情聴取からアクセルとブレーキの踏み間違えの可能性が強くなったようです。

ネットでは退院するときに出てきた飯塚幸三は別人という噂もありました。飯塚幸三は耳がたれ耳なのですが、退院するときにマスクをして出てきた人物はたれ耳ではなかったのだとか。こういった噂も上級国民という経歴が関係しているのかもしれません。

飯塚幸三自身の怪我については、退院時に松葉杖を使っている姿が確認されました。また、自宅療養後は杖を使って歩くようになったと考えられています。飯塚幸三の知り合いは事故前と後では「人柄が変わった」と感じたのだとか。「精神的におかしくなったのでは?」という証言もあるようです。

被害者への謝罪

飯塚幸三は事情聴取の中で被害者に対する謝罪の気持ちも明かしています。被害者全員に送ったのかは不明ですが、謝罪の手紙も届けられています。謝罪が遅れた理由は、飯塚幸三側に被害者の名前や自宅住所などが明かされていなかったことが原因だったようです。

飯塚幸三から送られた手紙によると、被害者の治療費は保険会社の協力を得て償っていくことも記されています。上級国民と言われる飯塚幸三ですが、被害者の人数が多いこともあり、簡単には補償出来なかったのかもしれません。

その後は飯塚幸三の息子も謝罪

池袋事故では飯塚幸三の息子の存在も注目されました。息子も事件後に被害者に対して謝罪を行っています。息子は池袋事故で骨折した80代女性にお見舞いをして、父親が起こした事件の謝罪をしたのです。

息子が父親の代わりに謝罪するのも疑問があるかもしれません。入院している父親の代わりに息子が謝罪をしに回ったということなのでしょうか?父親の事故対応のせいで、息子も様々なデマを流されてしまっています。

息子の職業に関するデマは多く、先ほど紹介したように検事や安倍晋三首相の政策秘書など、ソース不明の情報がたくさんありました。息子が責められるとすれば、高齢の父親に免許返納を促さなかった、という点かもしれません。

飯塚幸三の池袋事故のように、家族から免許返納を促されても従ってくれないというエピソードは多いそうです。飯塚幸三の息子も父親には強く言えない関係だったのでしょうか?また、妻も夫の運転の危険性を感じていながら対応出来なかったことは問題と言えるかもしれません。

現在は警官による警護つきの生活との噂

上級国民という言葉が話題になった池袋事故。実は退院後の飯塚幸三は、警察から警護されているという噂があります。上級国民として逮捕されなかった経緯から、日本中からバッシングを浴びせられており、暴力的な意見も存在しているのです。

現在は自宅マンションに注意書きって?

現在の飯塚幸三は自宅マンションでひっそりと暮らしながら、世間が事件のことを忘れるまで静かにしているのだとか。自宅マンションには多くの取材や野次馬が集まったようで、現在は管理会社と組合による注意書きも貼られています。

飯塚幸三は自業自得と言われても仕方ないかもしれませんが、元からここに住んでいた人からすれば大迷惑と言えるでしょう。過激な謝罪は本人はもちろんですが、、周りの人を苦しめることになります。飯塚幸三は法によって罰せられる必要はあるかもしれませんが、取材などで追い込むのは間違った手段と言えるかもしれません。

逮捕されない飯塚幸三に対する被害者遺族の署名運動

ニュースやSNSで拡散された情報を見た人が、飯塚幸三の上級国民としての扱いに不満の声を挙げるようになりました。被害者遺族も家族を失った悲しみから、厳罰を求めるための署名活動を開始しています。

厳しい刑事処分を求めた署名は30万以上集まり、結果的に飯塚幸三は書類送検されています。遺族は事故から1年ほど経って、様々な心境の変化があったことを明かしています。また、署名活動以外に被害者の会への参加やSNSで事故防止に向けた発信も行ったのです。

2020年のコロナ禍において、被害者遺族の松永拓也さんは高齢者で免許返納をしない人と話し合いをするテレビ通話活動を行っています。高齢者本人とその家族とテレビ電話を通して、お互いの正直な気持ちを通わすことで、高齢者が「なぜ免許返納をしないのか」を知ろうとしているのです。

この活動を通すことで被害者遺族の松永拓也は、飯塚幸三が事件を起こしてしまった理由を見つけようとしているのでしょうか?様々な葛藤を抱えながらも前に進もうとする被害者の家族たち。それだけに、事故を起こした飯塚幸三の本当の謝罪が求められているのかもしれません。

その後は書類送検と在宅起訴

池袋事故を起こした飯塚幸三は、2019年11月12日に自動車運転処罰法違反容疑で書類送検されています。当初の「アクセルが戻らなくなった」という供述から「ブレーキとアクセルを踏み間違えた可能性がある」に発言を改めています。

書類送検後の2020年2月6日に、飯塚幸三は自宅で在宅起訴となっています。在宅起訴の内容も自動車運転処罰法違反です。ただし、この在宅起訴は上級国民だから、という見方が多いのだとか。飯塚幸三はインタビューで「安全な車を開発するようにメーカーに心がけていただきたい」と責任転嫁するような発言もあります。

本来なら高齢ということを考慮して、世間も在宅起訴を受け入れてくれる可能性もあったでしょう。しかし、事件後も飯塚幸三が心から反省していると感じられない人も多いとのこと。高齢者が運転することの難しさを再認識させるとともに、警察やマスコミの報道の仕方に対する疑問を集まっています。

在宅起訴後も容疑者ではなく元院長?

在宅とはいえ起訴された飯塚幸三。テレビなどの報道では飯塚幸三容疑者や被告という名称ではなく、「飯塚幸三元院長」という肩書が多く見受けられます。なぜ、飯塚幸三元院長という肩書が使われているのでしょうか?

飯塚幸三は旧通産省の元工業技術院長という肩書があります。上級国民と言われる所以にもなっていますが、報道ではその経歴から「元院長」としているのかもしれません。このように飯塚幸三に対する特別扱いは非常に目立つものとなっており、SNSを中心に賛否両論の嵐となっています。

一部の噂では飯塚幸三は高齢ということもあり、刑罰を言い渡されても執行が停止される可能性があるのだとか。法律的には「70歳を越えていると刑の執行停止」となる規定が存在します。飯塚幸三80代後半の年齢ということもあり、十分に可能性があると言えるでしょう。

高齢な人を服役させることには様々な意見があるかもしれませんが、被害者や被害者の家族は納得出来ない部分もあるかもしれません。しかし、実刑で服役なし、という判決になったときの世間の反応は今まで以上に厳しいものとなる可能性があるでしょう。

飯塚幸三は池袋事故で息子や孫まで噂が飛び火

2019年に起きた池袋事故の飯塚幸三や息子、孫について紹介しました。一部では息子が飯塚幸三の個人情報を隠すために動いたという話しや、孫が検事だという噂も存在したのです。本当・嘘が入り混じった情報となっており、それだけ飯塚幸三の言動が注目されたと言えるかもしれません。

池袋事故は2020年2月6日に在宅起訴されてから、その後のやり取りは進んでいません。飯塚幸三の事故が社会に与えた影響は大きく、「運転免許証の自主返納者が増加した」というニュースもあるのです。事故の内容はもちろんですが、被害者遺族の痛ましい告白が世間に与えたインパクトは大きかったと言えるでしょう。

飯塚幸三や息子たちが、今後どのように事件に向き合っていくかが注目されています。飯塚幸三の息子は被害者に直接謝罪に行っているようですが、本人はまだそういった動きが無いと推測されています。今後も池袋事故のその後に注目しましょう。

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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