【横浜バラバラ強盗殺人事件】池田容之の生い立ちから現在!判決は死刑?

2009年に起こった横浜バラバラ殺人事件の実行犯である池田容之死刑囚と犯行の全容についてお伝えします。生きた人間の首をチェーンソーで切り落としバラバラにした遺体を遺棄するという所業を行なった池田容之は、どんな過程を経てその残酷な犯行に至ったのでしょうか?

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目次

  1. 1池田容之とは
  2. 2横浜バラバラ強盗殺人事件の概要
  3. 3池田容之の生い立ち
  4. 4池田容之の異常性とは
  5. 5横浜バラバラ強盗殺人事件の裁判の判決
  6. 6横浜バラバラ強盗殺人事件のその後
  7. 7横浜バラバラ強盗殺人事件は歴史に残る残虐な事件

池田容之とは

池田容之というのは2009年6月に発覚した横浜バラバラ殺人事件の実行犯です。横浜港バラバラ殺人事件と表記される事もあります。被害者となった男性2人をチェーンソーを使って殺害し、遺体をバラバラにして捨てたという冷酷無比な犯罪は日本中を驚愕させました。

日本犯罪史にその名を刻まれた横浜バラバラ殺人事件発生から丁度10年が経過した今、横浜バラバラ殺人事件の全容と横浜バラバラ殺人事件の実行犯である池田容之という人物について振り返ってみましょう。

横浜バラバラ強盗殺人事件の犯人

横浜バラバラ殺人事件の犯人グループは8人の男で構成されていました。被害者2人を殺害するよう池田容之に命じた主犯の近藤剛郎と実行犯の池田容之、そして池田容之を補佐したり被害者2人の遺体を運搬して遺棄したりした共犯者達です。

前述の通り横浜バラバラ殺人事件を計画したのは近藤剛郎ですが、近藤剛郎は逮捕される前に逃亡しています。そして実際に被害者2人に手を下したのが池田容之である事から、犯行後に逮捕された池田容之は裁判で死刑を宣告されました。

覚せい剤密輸グループのリーダー

横浜バラバラ殺人事件の犯行グループはベトナムから覚せい剤を密輸するグループでした。池田容之はそのリーダーです。横浜バラバラ殺人事件を計画した近藤剛郎は池田容之の覚せい剤密輸グループを取り仕切る元締めのような存在でした。

池田容之を覚せい剤密輸グループに引き込んでリーダーに任じたのは近藤剛郎だった事から、池田容之は近藤剛郎に心酔し、命じられた事は何でもする池田容之に対して近藤剛郎も安心して仕事を任せるという信頼関係が2人の間にはありました。

横浜バラバラ強盗殺人事件の概要

2009年の初夏に日本中を震撼させた横浜バラバラ殺人事件の概要について解説します。史上稀に見る残虐な犯罪である横浜バラバラ殺人事件は、どういう背景の元に計画され、どんな場所でどんな手順で実行されたのでしょうか?

近藤剛郎が麻雀店経営者の男性とトラブル

横浜バラバラ殺人事件の発端は主犯の近藤剛郎が被害者となった麻雀店経営者の男性とトラブルになった事でした。近藤剛郎の所有する麻雀店を、経営を任せていた麻雀店経営者に乗っ取られそうになったのです。

トラブルで口論になった際に、麻雀店経営者は近藤剛郎の覚せい剤の密輸を通報すると近藤剛郎を脅しました。麻雀店経営者の脅迫に危機感を覚えた近藤剛郎は、自分の命令なら何でも従う池田容之に麻雀店経営者と彼を補佐する会社員という2人の男性の殺害を依頼したのでした。

麻雀店経営者の男性2人をホテルに監禁

そして犯行が行なわれる時が訪れました。横浜バラバラ殺人事件が行なわれたのは2009年6月18日から19日にかけての事でした。近藤剛郎の依頼の元犯行の準備を整えた池田容之は、麻雀店経営者と会社員を千葉県船橋市のホテルに連れ込みました。

近藤剛郎とは既にトラブルになっていたため近藤剛郎が麻雀店経営者を呼び出す事は難しかったという理由で、麻雀店経営者や会社員男性と面識のない池田容之が全く関係のない商談のようなもので2人を呼び出したのです。

何の疑いもなくやってきた麻雀店経営者と会社員は、池田容之と共犯者達に捕らえられ、ホテルの一室に監禁されました。池田容之は麻雀店経営者と会社員を呼び出す前ホテル従業員に「ドラマの撮影をするから大きな物音がするかも知れない」と告げています。

そうして大きな物音が立つ事で犯行に邪魔が入らないよう周到に予防線を張って備えていたという事から、池田容之の狡猾さが分かります。

生きたままチェーンソーで殺害

そして殺害が実行されました。池田容之は2人の犠牲者のうち麻雀店経営者をホテルのバスルームに連れ込み、何と生きたままチェーンソーで首を切断するという残虐な方法で殺害したのです。

池田容之はもう1人の会社員も刺殺し、2人の遺体を遺棄しやすいようにチェーンソーや他の刃物などを使ってバラバラにした後、持参していたスーツケースに詰め込みました。この殺害の顛末はホテル従業員には全く察知される事はありませんでした。

犯行動機は地位を上げるため?

池田容之が近藤剛郎の命令に従って麻雀店経営者と会社員の2人を殺害してその遺体を遺棄したのは、近藤剛郎のいる組織での自分の地位を上げるためだったと言う事です。

池田容之が逮捕された後、最終的に死刑が宣告されるまでに何度か公判が開かれていますが、2010年11月4日に行なわれた被告人質問の席で池田容之は犯行について以下のように語りました。

「殺害動機は私利私欲のためだった」と。そしてその述懐の後に反省の姿勢を表しています。池田容之には望みがあり、そのために現在より高い地位に上がる必要があったのです。池田容之の望みについては後でご紹介します。

殺害後約1300万円を奪う

池田容之は麻雀店経営者と会社員の2人を殺害した後麻雀店経営者から現金1300万円を奪いました。麻雀店経営者がその時にそんな額の現金を持っていたという事は、やはりホテルには商談を装って呼び出したのでしょう。

遺体を横浜港や山梨県の山中に遺棄

池田容之と共犯者達は、ホテル従業員に怪しまれないようスーツケースに入れた麻雀店経営者と会社員2人の遺体を運び出し、犯行グループの中の3人が遺体を横浜港と山梨県の山間部に分けて遺棄しました。

そして一両日後に横浜市内で遺体の一部が発見されたのです。特に横浜港では、被害者の遺体のうち頭部や下半身の一部、更に縄で縛られたままの手首などが見つかって大騒動を引き起こしています。

この大騒動の結果、この事件には実際に犯行が行なわれた現場である千葉県船橋市の名はつかず、横浜バラバラ殺人事件あるいは横浜港バラバラ殺人事件と呼ばれるようになったのです。

遺体を運んだ舎弟3人も逮捕

麻雀店経営者と会社員2人の遺体を運搬して遺棄した池田容之の舎弟3人も逮捕されています。ただこの3人は遺体を運搬し遺棄しただけで殺害を実行した訳ではなかったため、2010年5月17日に懲役3年執行猶予5年という軽い刑罰を言い渡されたに留まりました。

また、強盗致死と死体遺棄と逮捕監禁の罪で逮捕された共犯者の1人は2011年1月24日に懲役15年を求刑されました。そして3日後の1月27日に懲役12年の判決を下されています。この共犯者は判決を不服として同年2月7日に控訴しています。

池田容之の生い立ち

この章ではチェーンソーで生きた人間の首を切断するという残虐な殺人を実行した池田容之の生い立ちについてご紹介します。一体どんな育ちと経験を経て池田容之はあのような修羅の道に踏み込む事になったのでしょうか?

兵庫県で裕福な家庭に生まれる

池田容之は兵庫県で生まれました。その後横浜に転居し横浜で成長しています。父親の職業は銀行員で、裕福で何不自由のない子供時代を送りました。

中学時代は生徒会長を務める

池田容之は優秀な少年でした。中学時代は生徒会長を務めた事もあります。かといってガチガチの優等生タイプではなく、明るく親しみやすい少年だったそうです。人柄と頭の良さで将来を嘱望されていたのです。

高校を卒業後職を転々とする

池田容之は高校を卒業した後大学に進学せず就職しています。工場で働き始めたのですがすぐに辞めてしまい、その後は工事会社に務めたりホストの仕事をしたりと、職を転々と変える生活を送るようになってしまいました。

22歳で結婚した後に離婚

池田容之は22歳の時に結婚し娘を授かっています。ですが数年後に離婚してしまいました。離婚後は妻に毎月10万円という高額な養育費を送金するようになりました。当初苦労したようですが、その養育費は毎月きちんと払っていたのだそうです。

池田容之は暴力団関係者?

職を次々と変える過程で池田容之は一時暴力団に所属していた事がありました。そしてその頃に近藤剛郎と知り合ったのです。近藤剛郎も暴力団関係者だったのかも知れません。

麻薬王への強い憧れを抱いていた

池田容之が組織で高い地位に付くためにチェーンソーを使った残虐な犯行に挑んだのは、麻薬王になるという夢を叶えるための手段でした。麻薬売買によってのし上がった男性を主人公にした映画「アメリカン・ギャングスター」に強い感銘を受けたのがその夢の始まりでした。

池田容之の異常性とは

池田容之の生い立ちと犯行に至るまでの軌跡に続いて、池田容之の異常性について解説します。アメリカのホラー映画を思わせるチェーンソーを用いた残虐極まりない犯行も勿論含まれています。

異常性①被害者と面識がない

池田容之の異常性の1つ目は「被害者と面識がない」です。残酷過ぎる殺し方から犯人は被害者に強い恨みがあったと想像されて当然なのですが、池田容之は犠牲者となった麻雀店経営者と会社員2人のどちらとも全く面識がありませんでした。

そして面識がない男性2人を殺害するシナリオを予めしっかりと組み立てた上で犯行に及んでいます。面識がなく恨みやその他の感情がなかったからこそ、あんな残酷な所業に及ぶ事が出来たのだとも言えますが、いずれにせよ異常としかいいようがありません。

異常性②命乞いに耳を傾けない

池田容之の異常性の2つ目は「命乞いに耳を傾けない」です。殺害のためにホテルのバスルームに連れてこられた麻雀店経営者が「風呂場はやめて下さい!密室は怖い!」と言うのに対し池田容之は「安心しろ。溺死なんて甘ったれた殺し方されるとでも思ってるのか」と返しました。

そして麻雀店経営者は、池田容之がチェーンソー抱え上げ作動させたのを見て震え上がります。「母親と妻に電話をかけさせてくれ」「殺さないで下さい」「チェーンソーを使うのは殺してからにして下さい」という麻雀店経営者の哀願も笑い飛ばします。

「泣くなよお前」と笑いながら「動いちゃ駄目だろ。斬れないじゃないか」と答えた池田容之は全く心を動かされた様子はなく、命乞いに耳を傾ける事もありませんでした。

異常性③チェーンソーによる切断

池田容之の異常性の3つ目は「チェーンソーによる切断」です。池田容之は麻雀店経営者の「せめて殺してから切ってくれ」という言葉にに全く耳を貸さずには麻雀店経営者の首を笑いながらチェーンソーで切断しました。

横浜バラバラ殺人事件は近藤剛郎に指示されて実行したものですが、殺害方法を考えたのは池田容之です。チェーンソーというマイナーな道具を使った犯行と、必死に命乞いをする麻雀店経営者の首を生きたまま切断した残虐さと異常さには言葉もありません。

異常性④殺害後も平然と会話

池田容之の異常性の4つ目は「殺害後も平然と会話」です。麻雀店経営者の首をチェーンソーで切り落とした池田容之は、取り囲む共犯者達に「この道具早えな!」「見た?30秒もかからなかったな」「人形みたいでしょ」などと語っています。

自分の犯行に全くためらいも後悔もなかったのです。そうした姿を共犯者達に見せつける事によって、自分の格を見せつけ、組織での地位の向上に役立てようという心づもりもあったのかも知れません。そうした池田容之の異常性には驚くばかりです。

横浜バラバラ強盗殺人事件の裁判の判決

横浜バラバラ殺人事件が発覚した後池田容之を始めとする犯行グループは最初覚せい剤取締法違反で逮捕されました。そしてその後に池田容之が麻雀店経営者と会社員2人を殺した事を自供したのです。

横浜バラバラ殺人事件の実行犯池田容之の裁判は、事件そのものの残虐さ同様歴史に残るものとなりました。この章ではその裁判の概要をお伝えします。

池田容之は9つの罪に問われる

麻雀店経営者と会社員2人を殺害した事を自供した事について池田容之は「このままではどうせ見つかる」と思い、諦めに近い気持ちになったからだと語りました。その後池田容之は合計9つの罪に問われています。

池田容之はまず覚せい剤取締法違反で逮捕され、2009年10月14日に横浜バラバラ殺人事件の死体遺棄容疑で再逮捕され、11月11日に麻雀店経営者男性2人を殺害して1300万円を奪った罪で強盗殺人容疑で再逮捕されました。

その後も再逮捕が積み重なり、結果的に「強盗殺人、殺人、死体損壊、死体遺棄、逮捕監禁、覚せい剤取締法違反、関税法違反、公務執行妨害、傷害」という9個の罪状が科せられたのです。

母親の言葉に涙を流す

池田容之の裁判では池田容之の母親が被害者となった麻雀店経営者と会社員2人の遺族に送った手紙が池田容之の弁護人によって読み上げられました。「池田容之の母親だから、同じDNAを持っている。自分も息子が犯した罪の中にいる」と池田容之の母親は綴っています。

そして「寝ても覚めても今度事件をどう背負って生きていくか考えている」と続く母親の手紙に、それまで平静な態度で裁判に臨んでいた池田容之が初めて表情を変え、持っていたタオルを目元に押し当てるという仕草をしました。母親の言葉に涙を流したのです。

池田容之の死刑判決が確定

そして2010年11月10日に裁判が行われた横浜地裁での論告求刑公判で、横浜地方検察庁は池田容之に死刑を求刑しました。そして6日後の11月16日に池田容之に関する判決公判が開かれます。判決は検察の求刑通り死刑でした。

裁判長は池田容之に対して「重大な結論なので控訴を勧めたい」と異例の申し出をしています。当時始まったばかりの裁判員裁判であったため、裁判員達の心を少しでも軽くしようという配慮もあったのかも知れません。

それについて池田容之は「控訴はしない」と意思表示していましたが弁護人の度重なる説得に応じて11月29日に控訴の手続きを行いました。しかし翌年の2011年6月16日に池田容之は控訴を取り下げたため、池田容之の死刑は確定となりました。

裁判員裁判による2度目の死刑判決

裁判員裁判での死刑の求刑は新橋ストーカー殺人事件に続く2度目となりました。そして裁判員裁判における死刑判決は史上初の事でした。この事でも横浜バラバラ殺人事件は犯罪史に刻まれたのです。

裁判員の1人は死刑判決の後記者会見で「とても悩み何度も涙を流した」と告白しました。この方以外の裁判員にも大きな葛藤があったのではないかと思います。しかしそれを翻させたのは、チェーンソーで殺害された麻雀店経営者と会社員2人の遺族の訴えでした。

池田容之の裁判で麻雀店経営者と会社員2人の母や妹や妻、そして婚約者が出廷しました。麻雀店経営者の妹は裁判員達に「死刑をためらった時は考えて欲しい。遺族にとって無期懲役は無罪と同然」と訴えました。

麻雀店経営者の母は池田容之を「大事な人間が遺体をバラバラにされた上海に捨てられたらどれほど悲しむと思うのか」となじり、婚約者は「極刑を求めるし事件の真相を知りたいが、実際聞いたら恐ろしくて耐えられないと思う」と告白しました。

もう1人の犠牲者である会社員の妻は「家族の幸せと主人の笑顔を返して欲しい」と語っています。そうした遺族の言葉によって裁判員達は遺族の望み通りの判決を下したのでした。池田容之の母親は「生きて罪を償って欲しい」と語りましたが、それは叶いませんでした。

近藤剛郎は国際指名手配犯に

チェーンソーを使って惨殺され遺体をバラバラにされた麻雀店経営者と会社員2人の遺族の望み通り池田容之の死刑は確定しましたが、横浜バラバラ殺人事件を計画した当人である近藤剛郎は、実行犯7人が逮捕されるのを尻目に逃げおおせています。

2009年12月9日に神奈川県警横浜水上警察署捜査本部は、日本国外に逃亡した近藤剛郎に対して強盗殺人容疑などでの逮捕状を請求しました。そして同年12月15日には国際刑事警察機構(ICPO)を通じて強盗殺人と殺人容疑で国際手配を執行しています。

横浜バラバラ強盗殺人事件のその後

横浜バラバラ殺人事件という衝撃的なニュースが日本を駆け巡ってから10年が経ちました。その後横浜バラバラ殺人事件を実行した池田容之はどうしているのでしょうか?死刑は確定した後執行されたのでしょうか?

そして犯行を池田容之に命じた主犯格である近藤剛郎は国際手配をされた後逮捕されたのでしょうか?池田容之が養育費10万円を送っていた池田容之の元妻と娘についても調べた結果をお伝えします。

池田容之は現在も収監中

近藤剛郎とトラブルを起こした麻雀店経営者と会社員2人をチェーンソーを使って惨殺しバラバラに切り刻んだ冷酷な実行犯池田容之の死刑はまだ執行されていません。池田容之は控訴を取り下げて死刑が確定した後に東京拘置所に収監されました。

そして2019年現在も「死刑確定者処遇」となって東京拘置所に収監されています。池田容之がその後犯行についてどう感じているのか、現在どんな心境で生きているのかを知るすべはありません。

ただ、死刑判決について控訴してはどうかという裁判長の異例の申し出にも首を振り、その後弁護人の再三の説得に一旦は応じて控訴を行なったものの翌年にはそれを取り下げています。その事から、残虐な犯行を悔い、罪を償おうという意志が感じられます。

近藤剛郎はタイに潜伏している?

そして横浜バラバラ殺人事件を計画した主犯である近藤剛郎ですが、事件から10年経った現在も逮捕されないまま世界のどこかに潜伏しています。どこに潜伏しているのかも全く手がかりがない状態です。

近藤剛郎が現在タイにいるという説がネットで浮上しましたが、その話に明確な根拠はなく、どうやらただの噂という事のようです。

実行犯池田容之が死刑判決を受けても主犯の近藤剛郎が逃亡したままなのでは麻雀店経営者と会社員2人の遺族の気持ちは収まりがつかないでしょうし、殺された麻雀店経営者と会社員2人も浮かばれないでしょう。

捜査が進んで近藤剛郎が発見されて逮捕され、裁判にかけられて罪を償う日が訪れる事を願わずにはいられません。

池田容之の家族の現在は?

池田容之の裁判の際に池田容之の元妻の供述調書も弁護人によって読み上げられています。池田容之の元妻は「2人を殺害し遺族に申し訳ないとしか言えない。罪を償って帰れるのならずっと待ち続けたい」と綴っていました。

池田容之の罪はあまりにも重いため、元妻も池田容之の社会復帰に対しては諦めの気持ちが大半でありながらも、養育費10万を毎月必死に工面していた池田容之への愛情がそう語らせたのではないでしょうか?

その後の池田容之の元妻そして池田容之の娘について調べましたが、現在2人がどうしているかという情報は全く得られませんでした。申し訳ありません。死刑判決から10年近くが経過した現在は元妻も池田容之については諦め、幸せな再婚をしている可能性もあります。

犯罪史に残る残虐な殺人の実行犯の元家族という十字架は池田容之の元妻と娘にとってはあまりにも大きすぎる枷ではありますが、池田容之の元妻と娘には何の罪もありません。池田容之の事は忘れて幸せな生活を送っている事を祈ります。

横浜バラバラ強盗殺人事件は歴史に残る残虐な事件

日本の犯罪史にはいくつも耳を疑い、目を覆うような悲惨な事件が記録されていますが、近藤剛郎が計画し池田容之が実行した横浜バラバラ殺人事件は、その中でも群を抜いて残酷な犯罪です。

助けてくれと哀願する麻雀店経営者の首を生きたままチェーンソーで切り落とし、更に会社員を刺殺して、2人の遺体を切り刻んだ池田容之の死刑が今後執行された後も、池田容之の起こしたこの事件は長く語り継がれていく事でしょう。

今後このような残虐な犯罪が行なわれない事を祈ると共に、犠牲となった麻雀店経営者と会社員のご冥福を心からお祈りします。

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この記事のライター
fuyuhome
漫画とゲームが好きです。 最近は古いドラマを発掘して観るのにはまっています。 昔の俳優、今の俳優、どちらも違う...

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