井上喜久子の年齢や本名は?出身や生い立ちなどプロフィールまとめ

「永遠の17歳」というキャッチフレーズでも知られる声優・井上喜久子さんの年齢や本名をご覧下さい。井上喜久子さんの出身地や生い立ちなどのプロフィールもご紹介します。多彩な役をその美声で演じ分けてきた名声優の軌跡を振り返りましょう。

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目次

  1. 1井上喜久子(声優)のプロフィール
  2. 2井上喜久子の年齢や本名は?
  3. 3井上喜久子の出身や生い立ちについて
  4. 4井上喜久子の学歴
  5. 5井上喜久子の年齢が若かった頃のエピソード
  6. 6井上喜久子と娘の年齢差もチェック
  7. 7井上喜久子は年齢を重ねても永遠の17歳

井上喜久子(声優)のプロフィール

・愛称:お姉ちゃん、17才、きっこさん
・本名:後述します
・生年月日:後述します
・年齢:後述します
・出身地:後述します
・血液型:O型
・身長:164cm
・体重:非公表
・活動内容:声優、ナレーター、歌手
・所属グループ:ワイルドストロベリー
・事務所:オフィスアネモネ、ベルベットオフィス(ナレーションのみ)
・家族構成:夫、長女(井上ほの花)

井上喜久子の声優や歌手など活動経歴

井上喜久子さんは1988年にTVアニメ『ハーイあっこです』の女学生2役を演じて声優デビューしました。1994年には『声優グランプリ』創刊号の表紙に國府田マリ子さんと共に登場しています。1995年には岩男潤子さんと声優ユニット・おさかなペンギンを結成しました。歌手としてもデビューし、数々の曲をリリースしています。

1999年10月にデビュー以来所属していた事務所を退所し、姉と共に個人事務所オフィスアネモネを設立しました。2010年3月に声優アワードで助演女優賞を受賞し、2016年2月には声優アワードで高橋和枝賞を受賞しています。

私生活では1996年5月に高校時代の同級生だった男性と結婚し、1988年2月に第一子である長女の井上ほの花さんが誕生しました。井上喜久子さんの生い立ちや学歴については後の章でご紹介します。

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井上喜久子の年齢や本名は?

名声優・井上喜久子さんの年齢や本名をご紹介します。井上喜久子さんと言えば「永遠の17歳」なのですが、実際の年齢は何歳なのでしょうか?井上喜久子さんと同じ年に生まれた女優3人も併せてチェックしてみました。井上喜久子さんの本名も見てみましょう。

井上喜久子の年齢は永遠の17歳?

井上喜久子さんの年齢は永遠の17歳というのが声優界やファンの間で定説となっています。井上喜久子さんが自己紹介で「永遠の17歳です」と言うのに対して「おいおい」というツッコミが入るのがワンセットになっていて、井上喜久子さんの2000年代前半からの持ちネタになっているのです。

井上喜久子さんが17歳を名乗り始めたのは、1998年にラジオ『かきくけ喜久子のさしすせSonata』に共演していた山本麻里安さんの自己紹介を真似たのがきっかけでした。山本麻里安さんは当初「山本麻里安、16歳です」と自己紹介をしていたのですが、井上喜久子さんがそれを真似て「井上喜久子、16歳です」と名乗りました。

その翌年に山本麻里安さんは17歳になったのですが、それに対応して井上喜久子さんも「井上喜久子、17歳です」と自己紹介をするようになり、それが永遠の17歳に繋がっていったのです。

17歳教と言えば井上喜久子

17歳教と言えば井上喜久子さんです。17歳教は声優の間でじわじわと広がっています。井上喜久子さんの持ちネタに呼応して「永遠の17歳」を自称する声優が増えてきたのです。最初に17歳教になったのは田村ゆかりさんでした。田村ゆかりさんに続いて堀江由衣さんが加入し、後に続く女性が更に増えていきました。

当初は17歳教の入信の年齢制限は「30歳以上」と指定されていたのですが、その後井上喜久子さん自身が30歳以下の人にも勧誘をするようになった事で条件が広がり、現在は「30歳位」「ドモホルンリンクルが気になりだしたら」という目安に変更されています。

加入条件には「甘酸っぱい感じの女性限定」という項目もあるため、男性は加入できません。若本規夫さんが加入を希望したのですが、井上喜久子さんに断られて加入を断念しています。話題を集めた17歳教は、2008年に発行された新語辞典「現代用語の基礎知識2008」に収録されました。

永遠の17歳にこだわる理由とは

井上喜久子さんが永遠の17歳にこだわる理由をみてみましょう。井上喜久子さんが17歳教で掲げているのは「若く見せる事ではなく若く生きる事」です。2019年の誕生日のツイートでも「17才は年齢じゃないの 生きざまなの」とツイートしています。

「永遠の17歳」というのは、17歳の少女のような瑞々しい感性を持ち続けるという心構えから来るものなのでしょう。因みに、井上喜久子さんは「17歳教は宗教ではなくギルド=組合」と語っています。

実年齢は2020年の誕生日で56歳?

井上喜久子さんの実年齢は2020年の誕生日で56歳です。しかし、井上喜久子さんの誕生日のツイートには毎回のように「17歳のお誕生日を迎えました」と書き込まれ、ファンからも「17歳のお誕生日おめでとうございます」「いつまでも17歳でいて下さい」といったコメントが寄せられています。

年齢に見えないメイド服姿も話題に

その年齢には見えないというメイド服姿も話題になっています。コスプレの好きな井上喜久子さんは度々メイド服姿を披露しているのですが、身長164cmでスタイル抜群な井上喜久子さんはメイド服を見事に着こなし、「その年齢にはとても見えない」「可愛すぎる」「天使」「奇跡の17歳」とファンに口々に称賛されています。

井上喜久子さんは顔立ちや体つきを見ても、四捨五入して還暦という年齢には見えません。最近は井上喜久子さんと近い年齢の女性芸能人に「美魔女」と呼ばれる人が増えているのですが、井上喜久子さんもその美魔女の1人なのです。しかし、井上喜久子さん本人は「美魔女ではなく永遠の17歳」とおっしゃるかも知れません。

井上喜久子と同じ年齢と思われる芸能人

井上喜久子さんと同じ年齢と思われる芸能人を見てみましょう。井上喜久子さんと同じ年齢で、井上喜久子さんと同じように「その年齢には見えない」と讃えられている美しい女優3人を選びました。どの方も永遠の17歳には見えませんが、成熟した大人の女性の美貌を発揮し、多くの人を魅了し続けている存在です。

1964年生まれの芸能人①山口智子

井上喜久子さんと同じ1964年生まれの芸能人・1人目の山口智子さんの生い立ちと経歴をご紹介します。山口智子さんは10月20日に栃木県栃木市で生まれました。家業の旅館の跡継ぎとして育てられていましたが、それに疑問を抱いて東京の短期大学に進学し、1986年東レキャンペーンガールで芸能界にデビューしています。

翌年にはアサヒビールのキャンペーンガールに選ばれ、モデルとして順調に活躍していましたが、1988年に放映されたNHK朝ドラ『純ちゃんの応援歌』のヒロインオーディションに応募して合格し、女優として活動するようになりました。その後数々のトレンディードラマに出演して大人気を博し、高視聴率の女王と呼ばれるようになっています。

1964年生まれの芸能人②高島礼子

井上喜久子さんと同じ1964年生まれの芸能人・2人目の高島礼子さんの生い立ちと経歴をご紹介します。高島礼子さんは7月25日に神奈川県横浜市で生まれました。自動車好きだった高島礼子さんは、高校卒業後に横浜市内の自動車関連会社で働きながらアマチュアレーサーとしても活動しています。

レース活動費を稼ぐために1987年にレースクイーンとして活動を始めた事がきっかけで芸能事務所に所属するようになり、1988年にはとらばーゆのCMで芸能界デビューしました。そのCMが気に入った松平健さんのお声掛りでドラマ『暴れん坊将軍III』に出演して女優ビューをした後は女優を本業として活動するようになっています。

1964年生まれの芸能人③南果歩

井上喜久子さんと同じ1964年生まれの芸能人・3人目の南果歩さんの生い立ちと経歴をご紹介します。南果歩さんは1月20日に兵庫県尼崎市で生まれました。桐朋学園大学短期大学部に在学中に映画『伽倻子のために』のヒロイン役オーディションに応募し、2,000人の中からヒロインの役を勝ち取って芸能界デビューを飾っています。

翌年の1985年にTBS系列の昼ドラ『五度半さん』のヒロイン役でドラマデビューし、その翌年9月に坂東玉三郎さん演出の舞台『ロミオとジュリエット』のジュリエット役で初めて舞台に立ちました。2015年にはアメリカ映画『MASTERLESS』で海外デビューをしています。2020年2月に個人事務所Shantiesを設立しました。

井上喜久子の本名は?

井上喜久子さんの本名を見てみましょう。井上喜久子さんには結婚前の本名と結婚後の本名があり、どちらも「井上喜久子」ではありません。1996年に結婚して新しい苗字になっても「井上喜久子」の名前のままで活動しています。

井上喜久子さんは、結婚前の本名を名乗っていた期間よりも井上喜久子として活動している期間の方が長くなっているので、現在では井上喜久子が本名のような認識になっているのではないでしょうか?

本名(旧姓)は井之上喜久子

井上喜久子さんの結婚前の本名は井之上喜久子でした。読みは芸名と同じです。「之」という文字が入ると堅苦しくなると考え、本名と同じ響きの「井上」としたのかも知れません。あるいは姓名判断などをした結果、より運勢が良くなる方を芸名とした可能性もあります。

本名(結婚後)は熊谷喜久子

井上喜久子さんの結婚後の本名は熊谷喜久子です。井上喜久子さんは経歴でご紹介した通り高校時代の同級生と結婚をして、その男性と新しい戸籍を作りました。井上喜久子さんの旦那の熊谷さんについて判っているのは苗字だけで、名前や顔画像などは公開されていません。

しかし、一人娘を授かり、その後もずっと結婚生活を続けているという事で、夫婦が円満なのが察せられます。高校時代からのお付き合いという事は、40年近い年月を共に過ごしてきたという事です。井上喜久子さんが本当の17歳だった頃から知っている旦那の熊谷さんは、永遠の17歳についてどう思っているのでしょうか?

井上喜久子の出身や生い立ちについて

井上喜久子さんの年齢と本名に続いて、井上喜久子さんの出身や生い立ちについて調査した結果をご覧下さい。井上喜久子さんはどのような土地で生まれ育ち、どのような経緯を経て声優という職業に就いたのでしょうか?井上喜久子さんの生い立ちを振り返りましょう。

井上喜久子の出身地は神奈川県横須賀市

井上喜久子さんの出身地は神奈川県横須賀市です。井上喜久子さんが声優としてデビューするまでの間ずっと横須賀市にいたのかどうかは確認出来ません。横須賀市は2020年の住みたい街ランキングの50位内に入りませんでしたが、昭和後期には横須賀市に因んだ歌が大ヒットするなどして人気が高い街でした。

山口百恵さんの『横須賀ストーリー』やダウンタウン・ブギウギバンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』を子供時代の井上喜久子さんも歌っていたかも知れません。

出身地の横須賀市はどんな所?

井上喜久子さんの出身地の横須賀市はどんな所なのかを見てみましょう。横須賀市は神奈川県の南東部にある三浦半島にあります。地形が山に面しているため、トンネルが多い事でも知られている街です。東京湾の入口にあるため、昔は軍港都市として栄えていました。

基幹産業が景気に左右されやすい関係で市民の所得水準が県内で2番目に低いと言われていますが、全国の都道府県と比較すれば所得水準は高い方に属しています。海と山が近いという自然環境が住民と観光客に愛されている街なのです。そんな街が井上喜久子さんを育んだのでした。

生い立ち①読書好き少女時代

井上喜久子さんの生い立ち・その1の「読書好き少女時代」エピソードをご覧下さい。少女時代の井上喜久子さんは文学少女でした。本を読むのが好きで、特に三島由紀夫さんや太宰治さんの著作を愛読していたそうです。

しかし、現在井上喜久子さんが所属事務所やオフィシャルサイトで公開しているプロフィールの趣味の欄には「はなうた・マトリョーシカ集め・どんぐり集め」とあり、「読書」という記載がありませんでした。文学少女だった時代に読みたい本は読み尽くしてしまったのかも知れません。

生い立ち②教師を挫折

井上喜久子さんの生い立ち・その2の「教師を挫折」エピソードをご覧下さい。井上喜久子さんは、短期大学で中学国語教員免許と学校図書館司書教諭免許を取得しました。そして教員を目指していたのですが、教育実習で赴任した中学校で生徒に軽んじられる事にショックを受け、教員になる事を諦めてしまいました。

中学と言えば反抗期真っ盛りという年代です。難しい年頃の少年少女に対峙した井上喜久子さんが「自分は教師に向いていない」と絶望してしまったのも無理からぬ事だったのではないでしょうか?教育実習に向かったのが小学校であれば、井上喜久子さんは教員になれていたのかも知れません。

生い立ち③アニメ『アタックNo.1』との出会い

井上喜久子さんの生い立ち・その3の「アニメ『アタックNo.1』との出会い」エピソードをご覧下さい。教員になる事を諦めた井上喜久子さんは、周囲の友人たちが次々と就職先を決める中で挫折感に打ちひしがれていました。

そんな折、アニメ『アタックNo.1』の再放送を観たのですが、たまたま観た回のエピソードに感動し、大人の自分をこれだけ感動させたアニメという分野に大きく関心を抱いた事で声優を志すようになったのでした。教員挫折とアニメ『アタックNo.1』が声優・井上喜久子誕生のきっかけを作ったのです。

井上喜久子の学歴

井上喜久子さんの出身や生い立ちをご覧いただいた後は、井上喜久子さんの学歴をご紹介します。井上喜久子さんの出身高校と出身大学について調査した結果をご覧下さい。

井上喜久子は高学歴声優?

短期大学を卒業して中学国語教員免許と学校図書館司書教諭免許を取得した井上喜久子さんは高学歴声優と言われています。声優をするのに学歴は必要ないのではありますが、教員になるために努力してきた事が、井上喜久子さんの声優としての演技に力を添えているのではないでしょうか?

学歴:出身大学は「鶴見大学短期大学部国文科」が有力

井上喜久子さんの学歴:出身大学を見てみましょう。井上喜久子さんの出身大学は公表されていないのですが、鶴見大学短期大学部国文科を出ているという説が有力視されています。鶴見大学短期大学は神奈川県横浜市鶴見区に本部がある私立大学です。

井上喜久子さんが在籍したと思われる頃は女子短期大学だったのですが、現在は共学になっており、学部は保育科と歯科衛生学科だけになっています。

学歴:出身高校は横須賀市内?

井上喜久子さんの学歴:出身高校も見てみましょう。井上喜久子さんの出身高校は横須賀市内にある公立高校なのではないかと言われています。

近年の芸能人は同級生がネット上に卒業アルバムの画像などを流出する事によって本名や出身校が暴かれているのですが、井上喜久子さんの高校の卒業アルバムを流出させた人は存在しません。今後井上喜久子さんが自分から出身高校を明かす事を期待しましょう。

井上喜久子の年齢が若かった頃のエピソード

この章では、井上喜久子さんの年齢が若かった頃のエピソードをご紹介します。若かった頃の井上喜久子さんは声優の仕事でどのような苦労を乗り越えて現在に至ったのでしょうか?若かった頃の井上喜久子さんの姿を思い浮かべながらご覧下さい。

声優デビュー当時は苦難の日々

井上喜久子さんは、声優デビュー当時は苦難の日々を送っていたと後年述懐しています。井上喜久子さんは1988年に声優としての初仕事をして、翌年の1989年にアニメ『らんま1/2』のヒロインの姉・天道かすみ役に抜擢されてブレイクしました。しかしそのブレイクの裏では、井上喜久子さんの涙ぐましい努力や苦悩があったのです。

デビュー当時は全て録り直しになる事も

井上喜久子さんのデビュー当時は、収録が全て録り直しになる事もあったそうです。初レギュラーを配されたアニメ『らんま1/2』では、井上喜久子さん以外の声優はベテラン揃いという状態でした。

アフレコスタジオの雰囲気はとても良かったのですが、井上喜久子さんの喋った台詞はほとんどが収録し直さなければならないという状況になり、毎日落ち込んでいたそうです。当時はリハーサル用ビデオというものがなく、ぶっつけ本番で映像に合わせて台詞を言わなければならなかったため、新人の井上喜久子さんには非常に高いハードルだったのでした。

声優の仕事に慣れるまで時間がかかった?

教員になるのを諦めて声優に転向した井上喜久子さんですが、声優の仕事に慣れるまでにかなりの時間を要したようです。新人声優には先輩声優が「1クール13話演じていれば慣れる」と声をかける事があるのですが、井上喜久子さんは慣れるまでに1年位かかったと明かしました。

マイクの前に立つと、緊張のあまり目の前に白いカーテンが降りてきたかのようにアニメの画面も台本も見なくなってしまう、という感覚を今でも覚えているそうです。苦しかった時期の記憶というのは中々薄れないものなのでしょう。

井上喜久子と娘の年齢差もチェック

井上喜久子さんの長女は声優の井上ほの花さんですが、井上喜久子さんと娘の井上ほの花さんの年齢はどの位離れているのでしょうか?井上喜久子さんと井上ほの花さんのエピソードもご覧下さい。

娘は声優でもある井上ほの花

井上喜久子さんの娘は声優でもある井上ほの花さんです。井之上ほの花さんは2015年12月に井上喜久子さんの個人事務所であるオフィスアネモネのジュニアに所属しました。そして同年HONOKA名義でゲーム『太鼓の達人』の楽曲「恋幻想(Love Fantasy)」で歌手デビューをしています。

歌手デビューをしたのは、母のキャッチフレーズに因んだかのように17歳の時でした。翌年の2016年3月に公開されたアニメ映画『劇場版 しまじろうのわお! しまじろうとえほんのくに』のしろりん2役で声優デビューしました。2017年には『異世界はスマートフォンとともに。』で井上喜久子さんと姉妹役で共演しています。

井上喜久子と娘(井上ほの花)の年齢差は?

井上喜久子さんと娘の井上ほの花さんの年齢差を見てみましょう。井上ほの花さんは1998年2月9日に生まれました。井上喜久子さんが33歳の時の子供です。井上喜久子さんと井上ほの花さんは共にツイッターをしており、ツーショット画像を時々公開しています。

ツーショット画像にはファンから「姉妹みたい」という声が飛ぶ事もありました。井上喜久子さんと井上ほの花さんは親子仲が良い事でも知られています。井上喜久子さんの誕生日には井上ほの花さんが「今年も17歳」というタグを添えたお祝いツイートをしていました。

井上喜久子と娘(井上ほの花)のエピソード

井上喜久子さんと娘の井上ほの花さんのエピソードをご覧下さい。微笑ましい親子エピソードは数多いのですが、ここでは「永遠の17歳」にまつわるエピソードをご紹介します。井之上ほの花さんは物心ついた頃から井上喜久子さんの「17歳です」に対してお約束の「おいおい」というツッコミを担当してくれていたそうです。

保育園時代から井上喜久子さんの「永遠の17歳」というフレーズを理解していた井上ほの花さんは、聡明かつ優しい娘だという事がよく判るエピソードです。井之上ほの花さんは「母が17歳って言ってくれてたから17歳でデビューできたというのもある」と井上喜久子さんへの感謝の気持を語っていました。

井上喜久子は年齢を重ねても永遠の17歳

井上喜久子さんの実年齢は1964年生まれの56歳なのですが、井上喜久子さんはどれだけ年齢を重ねても永遠の17歳だと言われています。井上喜久子さんが作った17歳教に加入したがる女性は非常に多く、井上喜久子さんの元で「永遠の17歳」を名乗る女性が現在も増え続けています。

娘の井上ほの花さんも後年に加入するのかも知れません。17歳の少女のような美しい心を持ったままこれまで生きてきた井上喜久子さんは、今後もその心を持つ永遠の17歳で在り続ける事でしょう。

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この記事のライター
fuyuhome
漫画とゲームが好きです。 最近は古いドラマを発掘して観るのにはまっています。 昔の俳優、今の俳優、どちらも違う...

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