伊藤リオンの現在!沖縄で喧嘩?生い立ちや海老蔵暴行事件のその後も!

「海老蔵暴行事件」への関与で逮捕され、一躍名を馳せたとも言われている伊藤リオン。当時は関東連合や暴力団との関係も報道されていましたが、現在は沖縄にいるとの情報もあります。伊藤リオンの生い立ちから、海老蔵暴行事件とその後の姿をまとめてみました。

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目次

  1. 1伊藤リオンとは
  2. 2伊藤リオンの現在
  3. 3伊藤リオンが沖縄で喧嘩?
  4. 4伊藤リオンの生い立ち
  5. 5伊藤リオンが関与した海老蔵暴行事件とは
  6. 6海老蔵暴行事件の裁判・判決とその後
  7. 7伊藤リオンの黒い過去とは
  8. 8伊藤リオンは現在沖縄で暮らしている可能性が高い

伊藤リオンとは

伊藤リオンとは、歌舞伎役者・市川海老蔵を六本木のクラブで暴行した「海老蔵暴行事件」に関与し逮捕された人物です。暴力団・山口組の元構成員で、関東連合のメンバーであったとも言われています。さらに、複数の傷害事件でも関係しているとも言われています。

関東連合のメンバーの中でも、もっとも喧嘩が強いと言われている伊藤リオンはいったいどういう人物なのでしょうか?その生い立ちとはいったいどういうものなのでしょうか?また、現在は何をしているのでしょうか。

伊藤リオンのプロフィール

伊藤リオンの生い立ちですが、杉並区の公立中学校の出身で、パナマ人の父親と日本人の母親の元に生まれたハーフといわれています。小学生時代には私立学校に通っていたようですが、両親の離婚後、杉並区に移り住み、母子家庭で育てられたと言われています。

杉並区の自宅は2階建の手入れが行き届いた家だったようで、とても綺麗な家だったようです。少なくとも経済面や生活面で不自由するような様子は見られなかったようです。

当時の伊藤リオンを知る近所の人たちの印象では「非常に礼儀正しく、優しい性格」だったそうです。現在の姿からすると想像がつきませんが、幼少期は大人しくて素直な性格だったのかもしれません。

しかし、その後幼少期から思春期に向かうにつれ、次第に素行不良が目立つようになり、関東連合リーダー・石元太一と知り合ってからはさらに裏の世界へとのめり込んでいくことになります。

傷害や死亡事件での逮捕歴

海老蔵暴行事件で主犯として逮捕され一躍有名になった伊藤リオンですが、それ以外にも9度傷害罪で逮捕されています。さらには傷害事件だけでなく死亡事件でも関与があったとされています。

伊藤リオンの生い立ちを調べると、どうやら中学生くらいの段階から、杉並区や世田谷区を中心に活動していた関東連合や宮前愚連隊と言われる不良グループと深い関係があることがわかります。

特に宮前愚連隊所属時には周囲に逮捕されるメンバーなども多く、不良グループの中でもとりわけ喧嘩に明け暮れるような凶暴性の高い一派に属していたようです。その中で伊藤リオンはやがてトップの位置まで登り詰めます。

またこの頃から、その容姿と暴れ出したら手がつけられない様子から”黒い狂犬”との異名をとるようになったと言われています。また、ファッション誌のモデルと歌舞伎町界隈のクラブで派手に遊んでいたとも言われており、母親とも次第に疎遠になったとされています。

東洋ボール殺人事件や海老蔵暴行事件にも関与

海老蔵暴行事件では市川海老蔵が泥酔した関東連合リーダー・石元太一に対して灰皿でテキーラを飲ませる、髪を引っ張るなど屈辱的な行為を行ったのが引き金になったと言われています。市川海老蔵のあまりの傍若無人ぶりに周囲はあきれていたと言われています。

その様子を一部始終見ていた伊藤リオンは、兄貴分の石元太一が海老蔵から屈辱的な行為を受けるのに対して我慢できなかったようです。ついには海老蔵に殴りかかり、重症を負わせました。

東洋ボール殺人事件とは、大田区池上のボウリング場「トーヨーボール」にて当時関東連合と対立していた全狂連のメンバーと間違えて無関係の少年を暴行致死に至らしめた事件ですが、この事件にも関与したといわれています。

この事件の被害者の姿は全身に打撲痕、頭部は膨れ上がり、舌は半分ちぎれていたといいます。こうした残虐な行為はこの時期の関東連合のリンチにはよく見られた手法で、遺体確認に立ち会った両親ですら本人と確認することは困難だったと言われています。

この事件の被害者の父親はのちに伊藤リオンについて「『申し訳ないことをした』『毎晩夢に出てくる』っていって、とても反省してるといっているって聞いたよ。」と語っており、伊藤リオンに対してはそれほど強い恨みがない様子だったと言います。

また、「芯から悪い人間じゃない。ワルはワルなんだけども、筋は通っている」とも語っており、その後の賠償金に関しても伊藤リオンとグループのリーダーだけは一括で500万で払ったそうです。

伊藤リオンは結婚して子供もいる

伊藤リオンは海老蔵暴行事件による容疑で逮捕されたとき26歳でしたが、すでに結婚して子供もいました。海老蔵暴行事件の裁判では妻が証人として出廷しており、当時の裁判記録では「理由がないことでは怒らない」と伊藤リオンについて証言しています。

また、1年3カ月の双子の子供がいることや、伊藤リオンの性格についても「一緒にいる人しか分からないかもしれませんが、家族思いで優しい」などと語られています。伊藤リオン自身も「早く子供に会いたい」と話していたようで子供に対する愛情はあるようです。

伊藤リオンの現在

伊藤リオンの複雑な生い立ちを調べていくうちに、過去有名な暴走族グループに加入していたことや、海老蔵暴行事件以外にも東洋ボール事件など複数の傷害事件を起こしていることがわかりました。

はたして伊藤リオンは現在いったいどこで何をしているのでしょうか?暴力団や関東連合、石元太一らとの関係は現在も継続しているのでしょうか?

現在は山口組を破門

2012年3月に海老蔵暴行事件の刑罰を終え、伊藤リオンが拘置所から出所していますが、その後暴力団山口組系の2次組織に加入したといわれています。しかし2014年11月には山口組を破門されていたようです。2015年からその破門状がネット上に出回っております。

なお、ヤクザの破門状は会社などの解雇届けとは違い、仮に破門になった人間が他のヤクザ団体に移籍しようものなら、移籍した団体ごと敵視する、といった警告の意味もあり、かなり重たい処分になります。

「破門状」は組織に対して抵抗や造反があった際に行われる制裁ですが、「絶縁」や「除名」の場合と異なり、立場のある人間からの推薦と本人のやる気次第で、復縁は可能とも言われています。

しかし喧嘩が強く、不良グループと関係の深い生い立ちだった伊藤リオンでも、暴力団のような上意下達で厳しく統率されて動く組織にはなじめない部分があったとされ、現在は破門となり復帰の見込みもないようです。

現在の関東連合との関係は?

関東連合とは1970年代から1980年代にかけて、暴走族の世界でもっとも有名だった「ブラックエンペラー」を筆頭に、「マッドスペシャル」「鬼面党」など複数の暴走族から構成された関東最大の不良グループです。

伊藤リオンは関東連合最後の世代と言われる「昭和58年組」で、その頃関東連合は世田谷区と杉並区を中心に活動していたと言われます。

伊藤リオンは山口組系組織を破門になったあとしばらくは鳴りをひそめていました。しかしその後も元関東連合のメンバーとは深く関わりが合ったようで、後に記述しますが六本木のクラブ・フラワーでの殺人事件への関与もあったのではないかとされています。

また、現在でも海老蔵暴行事件などに関与した元関東連合のメンバー達と行動を共にしているようで、たびたび喧嘩の場に居合わせることも多いようです。

こちらの動画は2013年頃ネットにアップされた関東連合の石元太一と伊藤リオンがパーティ会場にて暴れている動画です。いきり立つ関東連合のメンバーを「Stop it」といって黒人セキュリティが制止しようとしていますが、騒ぎは収まりません。

伊藤リオンが出所したのは2012年3月ですので、この動画の騒ぎは出所後に起きたものと思われます。動画では白いシャツにジーンズ姿の伊藤リオンが、シャンパンのボトルを持ってセキュリティーの人間を威嚇する様子が映っています。

伊藤リオンは出所して沖縄に移住の噂

伊藤リオンは逮捕後、山口組に復帰、その後破門となっています。さらにその後、沖縄に活動の拠点を移したとも言われています。沖縄の暴力団は歴史的に本土の暴力団とは対立関係にあるため、山口組を破門となった伊藤リオンにとっては都合がいいのかもしれません。

また、関東連合のメンバーの中には、飲食店やクラブなどの経営に携わっているものもいるため、沖縄の国際通りなどの歓楽街で活動拠点としているとも言われています。

伊藤リオンは沖縄に住んでいない説も

伊藤リオンは沖縄以外にも北海道のすすきのなどの歓楽街でも目撃情報があるため、沖縄に定住しているというよりは、全国の歓楽街を転々としているのではないか?とも推測されています。

いずれにせよ、山口組を破門にされている伊藤リオンにとっては関東連合OB達とのつながりを最も大事にしていると思われ、沖縄の喧嘩騒動で逮捕された際も、たまたま沖縄にいた、という可能性があります。

沖縄で伊藤リオン目撃情報が多数浮上

しかし、山口組を破門後、沖縄で伊藤リオンの目撃情報が多数浮上しています。関東連合は芸能界や飲食店業界とのつながりが強いとされていますので、沖縄の那覇市松山などの歓楽街で知り合いもいるのではないでしょうか?

また、沖縄には米軍の基地があることもあり、伊藤リオンのような生い立ちの人間でも、沖縄であれば目立たないということがあるのかもしれません。

伊藤リオンが沖縄で喧嘩?

海老蔵暴行事件後、しばらくは伊藤リオンの名を巷で聞くことはありませんでした。その間、世間では市川海老蔵の奥様・小林麻央のがん治療などが話題になっており、海老蔵のイメージも「献身的に妻を支えるいい夫」という風に変化していきました。

伊藤リオンの名前が再び聞くようになったのは、沖縄で喧嘩などの騒動を起こして逮捕されてからです。かねてより沖縄へ移住したと言われていた伊藤リオンでしたが、現在はどうしているのでしょうか?

2017年に元関東連合メンバー関連の喧嘩の動画投稿

伊藤リオンは元関東連合のメンバーと沖縄へ旅行に来ていたようです。ところがタイミング悪く、元関東連合の仲間が沖縄のヤクザに絡まれて街中で大騒ぎになるほどの喧嘩になったようです。

その頃、ホテルで休んでいた伊藤リオンですが、その喧嘩の一報を聞き現場に駆けつけています。そして激しいもみ合いを制するかのように立ち回り、騒動に終止符が打たれました。

ここでも伊藤リオンは自分がヤクザに絡まれたりからとか、自身から喧嘩を起こしたわけでなく、海老蔵暴行事件同様、元関東連合の仲間が騒動に巻き込まれているのを見過ごせず暴力を振るう、という図式になっています。

無差別に乱暴を働くならず者というよりは、自分にとって大事な人間の為なら激しい暴力も厭わない、というスタンスがはっきりしており、伊藤リオンという人間の意外な一面と、異常なまでの仲間愛が窺えます。

そしてこの騒動の際に、元関東連合のメンバーが喧嘩の様子を撮影しており、その後YoutubeやTwitterなどへ動画をアップしたようです。動画内では複数人ともみ合いになる伊藤リオンの姿が映っています。

伊藤リオンの大きな体と鋭い眼光は周囲の他の人間と比べても際立っており、「黒い狂犬」と呼ばれていた時代そのままに現在も生きているようです。

2018年にも沖縄で大人数を相手に喧嘩?

その後の2018年にも沖縄の歓楽街で暴力団関係者と見られる集団相手に暴れまわる姿を録画されております。伊藤リオンが所属していた組織と地元沖縄の「旭琉會」系組員らと乱闘と見られるグループが衝突したようです。

この喧嘩の際には金属バットやスタンガンのほか、牛刀と呼ばれる包丁なども持ち出され、一歩間違えば死傷者が出てもおかしくないほどの騒ぎになっています。最後は伊藤リオンがパトカーに乗せられ逮捕となったところで一件落着となりました。

結局、それ以降は大きな騒動に発展をすることなく現在にいたっています。しかし、沖縄は基地建設反対運動の盛り上がりがピークに達しており、警察の注意もそちらに集中するなか、ヤクザに対するマークは甘くなっていると言われています。

したがって今後も繁華街でヤクザがらみの喧嘩やトラブルなどが発生するとも言われており、予断を許さない状況にあります。特に元関東連合のメンバーが沖縄へ拠点を移し始めているとすれば、今後様々なトラブルが予想されます。
 

沖縄での喧嘩動画で伊藤リオンの子供への心配の声も

沖縄での喧嘩動画はすでにネットのあちこちに拡散されています。海老蔵暴行事件当時よりもSNSが発達しており、マスコミが感知せずとも伊藤リオンがなにかしらの騒ぎを起こせばすぐにネット上が反応する時代です。

伊藤リオンの子供は現在は、小学生から中学生くらいになっていると思われます。普段は優しい性格だとされる伊藤リオンですが、やはり喧嘩などの騒動で逮捕されている動画などがアップされているのはあまり良いとはいえないでしょう。

伊藤リオンの行動動機として一番多いのは「仲間の為」「先輩の為」というものです。自分を大事にしてくれる他人の為に動く、これ自体は悪いことでもなんでもないのですが、伊藤リオンの周囲の人間にやはり犯罪に関わる人間が多すぎるというのが根本的な問題です。

伊藤リオンは海老蔵暴行事件の裁判での最終意見陳述で「地道に働いて、子どもに恥ずかしくない人生を送りたい。」と述べています。この言葉を嘘にしない為にも周囲の人間関係を一から整理したほうがよいのかもしれません。

伊藤リオンの生い立ち

伊藤リオンが中南米パナマ人と日本人のハーフであることや東京の杉並区の出身であることはご紹介しましたが、ここではより深く伊藤リオンという人間の生い立ちを掘り下げて行こうと思います。

伊藤リオンの生い立ちで注目すべきは、母子家庭であったこと、サッカー選手であったこと、思春期の時期の不良グループとの出会い、の3点です。この3点が伊藤リオンという人間の人格形成に影響を与えたことは間違い無いと思われます。

母子家庭で育ち家族構成は謎

伊藤リオンの生い立ちで影響が大きかったのは両親の離婚だと思われます。伊藤リオンはいわゆる母子家庭の生い立ちです。一般的に母子家庭の子供は、父親不在な上に母親が働きに出ているケースが多いため、孤独な時間が多いと言われています。

そして、寂しい時間を埋めるため、自分の居場所を求めることに執着する傾向がある、と言われており伊藤リオンもそうした少年時代を過ごしていたことは容易に想像がつきます。

また、母子家庭では父親のような怖くて強い存在から叱られるという経験も不足しがちなため、善悪の区別がつかず、喧嘩や窃盗などの犯罪行為や迷惑行為に対して罪悪感を持つことができなくなる傾向にあると言われています。

なお、伊藤リオンに兄弟や親戚などが身近にいたかは不明で、詳しい家族構成などは明らかになっていません。幼少期に兄弟や親戚、祖父など身近に厳しく接する男の大人がいなかったとすれば、その後の人生になんらかの影響を与えていてもおかしくはありません。

幼少期には優しい性格

幼少期のころ、近所に住んでいた人の評判では「礼儀正しい」「恥ずかしがり屋だった」とも言われている伊藤リオン。また優しい性格だけでなく、足が速いなど運動神経も抜群の子供だったようです。

ただし、見た目が黒人風のハーフということで、周囲からなんらかの差別やイジメがあったことも想像できます。また、母子家庭だったという生い立ちもあまり良い影響にあったとはいえないのかもしれません。

少年時代にはサッカーヴェルディジュニアに所属

伊藤リオンの生い立ちの中でも一際目を引くのはサッカー選手を目指してサッカーのユースチーム「ヴェルディジュニア」に所属していたことです。足が速く、運動神経抜群だった伊藤リオンを見て将来はサッカー選手になるもの、と思っていた人も多いようです。

しかし、あるときを境にクラブチームを辞めてしまい姿を現さなくなりました。一説には伊藤リオンが運動神経があまりにも良すぎて、練習をせずともサッカーで活躍できてしまい、飽きてしまったのが原因とも言われています。

石元太一との出会いで不良の道へ

伊藤リオンにとって決定的だったのは関東連合のリーダー・石元太一との出会いです。石元太一の自著「不良録 関東連合元リーダーの告白」では、当時ブラックエンペラーという暴走族の資金稼ぎのために、伊藤リオンにステッカーを売り捌かせていたと書かれています。

また伊藤リオンも、たびたび環状八号線などをノーヘルでバイクで走るなど、暴走族の活動に興味が湧いていた時期であり、ある意味、石元太一との出会いは必然だったのかもしれません。

伊藤リオンは石元太一の出現により、いよいよ不良の道へ突き進むことになりました。伊藤リオンは石元太一の「舎弟」のような立場になりますが、伊藤リオンは反発するようなことはせず、むしろ兄貴分として慕うようになったと言われています。

伊藤リオンのような暴力的な人間がなぜそのように素直に人の下につくようになったか?というのはひとつの大きな疑問ですが、母子家庭の生い立ちなどで「父性」の欠如を抱えていた伊藤リオンが、石元太一になんらかの父性を感じて意気投合した可能性はあります。

石元太一とは

この石元太一とは関東連合系の暴走族・千歳台ブラックエンペラーの元総長であり、海老蔵暴行事件への関与の他、東洋ボール事件、六本木フラワー人違い殺人事件など複数の傷害・暴行・殺人事件へ関与したとされています。

のちには海老蔵暴行事件の真相やタレント・上原美優との交際、関東連合の内幕などを語った「不良録 関東連合元リーダーの告白」を出版し、俳優デビューを画策していたこともあるようです。

また、そうした表の活動とは別に、裏では振り込め詐欺など百数十回にも渡り行なっていたとされています。そのほか詐欺容疑でも数回に渡り逮捕されており、暴力だけでなく、知能犯的な犯罪にも手を染めていたことが伺えます。

なお、石元太一は現在長期服役中で、早くても2023年以降の出獄になると言われています。また、出版社の協力を得て、獄中からブログ更新と手記の執筆・刊行を行っているようです。

伊藤リオンが関与した海老蔵暴行事件とは

伊藤リオンが関与したといわれる事件の中で、もっとも有名な事件はやはり歌舞伎役者・市川海老蔵暴行事件でしょう。2010年の11月、会員制のクラブなどが複数入った西麻布のビルで起こった事件は世間に大きな反響を与えました。

犯行現場となったビル「バルビゾン27」は当時、有名人がお忍びで来ることで有名だったビルで、元ジャニーズの赤西仁、中村獅童、小池徹平、ウエンツ瑛士、窪塚洋介などがよく通っていたとも言われています。

酒に酔い市川海老蔵が石元太一への暴言や絡み酒

当時、芸能関係者の間では市川海老蔵の酒グセの悪さは有名で、酔うたびに高圧的で高慢な発言をしていたと言われています。事件当日も市川海老蔵と石元太一、伊藤リオンらが同席してお酒を飲み、石元太一に海老蔵が突っかかるような様子だったといわれています。

海老蔵のほうは覚えてなかったようですが、石元太一・伊藤リオンのニ人は以前も海老蔵の酒席に同席したことがあったようで、そのときも「俺は人間国宝だぞ」などと叫び、あまり印象がよくなかったようです。

事件は海老蔵の酔いがまわり、悪ふざけが頂点に達したところから唐突にはじまりました。同席していた石元太一はそのときすでに泥酔状態で、海老蔵がお酒を勧めるのを断ったりもしていたようです。

そして、石元太一が酔ってぐったりしているところを市川海老蔵が頭をつかみ、テキーラの入った灰皿に顔を押し付けて暴言を吐いたとされています。見かねた伊藤リオンが制止に入ったところ揉みあいになり、そのまま海老蔵の顔面をひたすら殴打したとのことです。

藤井リナも石元太一と同伴

当時、石元太一と付き合っていたとされるモデル・藤井リナもこのときの酒席に同伴していたとされています。一説には結婚したばかりの海老蔵が藤井リナにちょっかいを出し、そうした態度にも伊藤リオンが腹を立てていた、とも伝えられています。

市川海老蔵は酒グセだけでなく女癖もひどく、過去には隠し子騒動もあったほどです。このときも藤井リナにたいして相当しつこく迫っていたとの話もあり、中には伊藤リオンが逆上して殴りつけたのも致し方ない、と思った人もいたようです。

兄貴分の石元太一をかばい伊藤リオンが暴行

ブラックエンペラー時代からの兄貴分・石元太一に対する暴言はその後も続き、ついにはテキーラを灰皿で飲むよう強要するなどの行為に海老蔵が及んだため、伊藤リオンが腹に据えかねて海老蔵に暴行を働いたと言われています。

その後海老蔵がパンツを脱いだ状態で土下座しているところを携帯のカメラで撮影していた、との話もあります。その際に石元太一ら他の関東連合のメンバーもいたと思われますが、伊藤リオン一人がすべて背負い込む形で暴行を加えたとされています。

市川海老蔵は全治2ヶ月の重傷を負う

市川海老蔵は六本木のクラブで伊藤リオンに殴打され、左頬陥没骨折、鼻の腫れ、左目内出欠など複数箇所を怪我しました。後に運びこまれた病院では全治2ヶ月の重傷と診断されました。

とくに顔面から頭部にかけての内出血などがひどく、一時は生命に関わる危険な状態だったようです。顔面もひどく腫れ上がり、少なくとも歌舞伎役者として復帰するのは難しいとの見解も出されていました。

市川海老蔵が帰宅し妻・小林麻央が警察に通報

市川海老蔵は暴行を受けた後、ステテコ姿でタクシーに乗り帰宅したと言われています。出迎えた妻・小林麻央がその様子に驚いて即座に110番通報し、その後救急車で虎ノ門病院へ搬送されました。

その後、顔面整復手術により歌舞伎役者の生命線とも言える顔を直し、事件からわずか12日後に開かれた記者会見では、眼球の内出血以外は外傷を受けているように見えないくらいに回復しました。

海老蔵暴行事件の裁判・判決とその後

海老蔵暴行事件の報道が進む中、暴行傷害の容疑で逮捕された伊藤リオンでしたが、様々な検証や推測から海老蔵側にも落ち度があったのではないか?との報道があり、その裁判と判決には注目が集まりました。

裁判では伊藤リオンの妻も証言台に上がり、伊藤リオンの複雑な生い立ちや義理堅い性格で理由なく暴力を振るうことはしないことなどが語られ、一部では伊藤リオンを擁護するような動きもありました。

市川海老蔵は複数人からの暴行を受けたと証言

その後、マスコミなどで大々的に事件の様子が報じられる中、東京地方裁判所にて被告人伊藤リオンに対する公判が行われ、2011年3月には懲役1年4ヶ月の実刑判決が言い渡されました。

市川海老蔵は事件後、警察からの取調べに対し「複数人から暴行を受けた」と答えたものの、事件当時は泥酔していたため「よく覚えていない」とも言っており、証言の信憑性は低くなってしまいました。

その後に市川海老蔵の酒癖についても注目

なお、マスコミでは事件に関しての報道とともに、俳優・伊藤英明やバレーボール選手・河合俊一などから市川海老蔵の日ごろの酒グセの悪さなどが暴露され、市川海老蔵自身にも落ち度はかなりあったんじゃないか、という見方も一部には出てきました。

逮捕されたのは伊藤リオンのみ

結局、市川海老蔵本人の証言の曖昧さと、伊藤リオンが犯行内容を認め、他の関係者の名前を出さなかったことにより、伊藤リオンのみが逮捕されることとなりました。

伊藤リオンに1年4ヶ月の判決が下る

伊藤リオンは海老蔵暴行事件での暴行により懲役1年4ヶ月の実刑判決が下りました。伊藤リオンには過去の傷害事件で前科があり、執行猶予がつくことはありませんでした。

現在は刑期を終え出所

伊藤リオンは現在刑期を終え、2012年3月に拘置所から出所をしています。石元太一氏のブログには群馬県内と見られる場所で親指を立てたポーズを取る伊藤リオンの姿の写真が掲載されており、反省した様子が見られたようです。

伊藤リオンの黒い過去とは

伊藤リオンは本来優しい性格の持ち主とも言われていますが、その裏には常に不良グループや暴力団などの影が付きまとっています。伊藤リオンは過去どんな事件や関係性があったのでしょうか?

宮前愚連隊や関東連合への加入

中学2年生まではヴェルディユースのチームでサッカーをし、将来を有望視されていた伊藤リオンでしたが、ある時期から柴田大輔が総長を務めていた宮前愚連隊に加入し、さらに友好関係にあった関東連合などにも所属することになります。

関東広域アウトロー連合にも所属

伊藤リオンはその後、六本木・麻布を中心とて活動していた関東広域アウトロー連合に加入しています。関東広域アウトロー連合は喧嘩が主体の活動の暴走族と違い、飲食店・クラブ経営や芸能界プロダクションなどへのコネクション活動が主体とされています。

関東広域アウトロー連合はバーニングの周防社長やエイベックスの松浦社長などの超大物社長から、押尾学、酒井法子など薬物事件を起こしたタレントまで多彩な人脈のつながりがあり、芸能界の闇の部分には必ずその存在がいるとまで言われております。

六本木クラブ殺人事件関与も

六本木のクラブ「フラワー」で来店客の31歳の男性を金属バットで殴るなどして殺害した事件で、石元太一ら元関東連合のメンバーなどが逮捕されました。当時関東広域アウトロー連合に所属していた伊藤リオンも事件に関与していたのではないか?とされています。


この事件の主犯格である見立真一は元関東連合のメンバーであり、現在は海外に逃亡中とされています。一部ネットなどでは死亡説も流れており、行方が知られていません。

伊藤リオンは現在沖縄で暮らしている可能性が高い

伊藤リオンの生い立ちから事件の詳細まで見てきましたが、現在のところ伊藤リオンは関東連合と未だ深い関わりがありそうなものの、関東からは離れていると思われます。また目撃証言の多さから、沖縄に滞在している可能性が一番高いと思われます。

今後は傷害事件で逮捕されることなどないように、子供たちと穏やかに生活できるようになればよいのですが、関東連合OBや暴力団などとの関係が続いている以上はなかなかそれも難しいのかもしれません。

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この記事のライター
ゆすやん
漫画・アニメ・映画大好きの元CGクリエイター・デザイナーです。声優・アイドルなどサブカル全般詳しいです。

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