逸見政孝のガンは誤診?病院の真相や症状とその後なども調査

アナウンサーとして大人気を博していた逸見政孝さんですが、1993年12月に胃ガンで他界されています。その逸見政孝さんは誤診されていたのではないかとの疑惑が出ています。逸見政孝さんの誤診の真相と当時の症状などについて調べてみました。

逸見政孝のガンは誤診?病院の真相や症状とその後なども調査のイメージ

目次

  1. 1逸見政孝のプロフィール
  2. 2逸見政孝のガンは誤診?
  3. 3逸見政孝の誤診説で病院の真相や症状とは
  4. 4逸見政孝のその後を振り返り
  5. 5逸見政孝から学ぶ誤診や手術の危険迫る真相
  6. 6逸見政孝のガン誤診疑惑はやるせない気持ち

逸見政孝のプロフィール

・愛称:いっつみい
・本名:逸見 政孝 (いつみ まさたか)
・生年月日:1945年2月16日
・年齢:享年48歳(1993年12月25日没)
・出身地:大阪府大阪市阿倍野区
・血液型:B型
・身長:176cm
・体重:???
・活動内容:フリーアナウンサー、タレント
・所属グループ:元フジテレビアナウンサー
・事務所:オフィスいっつみい(没後に「オフィスいつみ」に名称変更)
・家族構成:妻(逸見晴恵)、長男(逸見太郎)、長女(逸見愛)

逸見政孝の経歴

1968年にフジテレビに入社した逸見政孝さんは、当初は地味な存在で「売れない」と言われていたそうです。逸見政孝さんは入社当時はスポーツアナウンサーとして番組を多く担当していました。

1976年に「FNNテレビ土曜・日曜夕刊」を担当したあたりから、逸見政孝さんの報道番組への出演が増えていきます。報道番組への起用は40歳代以上と言われていた時代で、30歳代で番組を担当した逸見政孝さんは珍しかったそうです。

1979年に実弟が32歳という若さでスキルス胃ガンの為に亡くなったことを受けて、逸見政孝さんはその後から毎年胃ガン検診を受けるなど、大変に健康には気を付けていました。

1988年3月末にフジテレビを退職してフリーアナウンサーになった逸見政孝さんですが、退職した理由は「生涯現役アナウンサーでいたいから」だったそうです。フジテレビに所属して20年経ち昇進しますが、段々と現場からは離れて後輩の指導育成を担当することになるため、逸見政孝さんは独立して人前で話すことを選んだと言います。

フリーアナウンサーになった逸見政孝さんは、報道だけなく様々な方面でアナウンサーとしてのスキルを活かして活躍の場を広げていきました。看板番組も増え順調に仕事をこなしていた逸見政孝さんでしたが、1993年1月に実弟と同じ「胃ガン」という病魔に侵されていることが発覚します。

病気が発覚した当初は初期ガンだと聞かされていたため、十二指腸潰瘍だとウソをつき手術を終えて仕事に復帰しますが、本当はスキルス性のガンであったため、逸見政孝さんの意に反して病状は急速に悪化していきました。

逸見政孝さんは1993年9月3日に緊急記者会見を行い、自分がガンであることを発表、治療して復帰する意欲を見せます。しかし逸見政孝さんは僅か3か月後の12月25日に、48歳という若さで他界してしまい、多くの関係者が悲しむこととなってしまいました。

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逸見政孝のガンは誤診?

逸見政孝さんはガンを患って他界されてしまいましたが、その真相は誤診だったとの噂があるのです。逸見政孝さんのガンに対して、どのような誤診があったと言われているのでしょうか?

1993年12月25日に他界した逸見政孝

逸見政孝さんは、1993年12月25日に48歳という若さで他界されました。一世を風靡した名アナウンサーである逸見政孝さんの死に世間は大変な喪失感を味わいました。

逸見政孝の死因はガン?

逸見政孝さんは生前に記者会見をして、自身が「スキルス性の胃ガン」を患っていることを公表しています。逸見政孝さんはガンに立ち向かう決意を示していて、大変に難しい症状ではあるものの希望を失ってはおられない様子でした。しかしその後、たった3ヶ月ほどで逸見政孝さんは他界されてしまいます。

ガンは誤診との噂も浮上

逸見政孝さんはガンの告知を受け治療に専念していましたが、その後にこの診断が誤診であったのではないかとの噂が出ています。本当は逸見政孝さんの症状はもっと重かったにもかかわらず、ステージを低く診断されてしまっていたというのです。

逸見政孝のガンの誤診説に対する世間の反応

逸見政孝さんはガンで誤診とみられる診断を受けて、あまりにも早く他界されてしまいました。それを受けて世間では逸見政孝さんを誤診をした病院について真相を追求すべきだと声を上げました。

逸見政孝の誤診説で病院の真相や症状とは

逸見政孝さんに誤診をしたと言われている病院や、本当に誤診であったのかについて、真相と症状などを調べてみました。

逸見政孝が診断を受けたのは前田外科病院

逸見政孝さんは1993年1月に「前田外科病院」を受診しました。逸見政孝さんは前田外科病院でどのような症状だと診断を受けたのでしょうか?

前田外科病院の誤診説の真相とは

前田外科病院での診断が誤診であったと言われている真相はどのような内容だったのでしょうか?前田外科病院でどのような診断がされたのかなどを調べてみました。

ガン闘病当時の症状やステージの真相

ガンだと告知された逸見政孝さんの症状やステージの進行状態などを調べてみました。具体的に前田外科病院ではどのような診断がされているのでしょうか?

最初の胃ガン発見時の症状やステージ

最初に胃ガンを発見した1993年1月で、前田外科病院で逸見政孝さんは「初期の胃ガン」で症状は軽い方だと診断を受けています。患部を除去すればガンの症状は克服できると言われた逸見政孝さんは、前田外科病院で手術を受けています。手術を受けたのは1993年2月で胃を3分の2ほど切除しましたが、その後の5月に切り口にケロイド状の腫瘍が出来ました。

2度目の手術後に病院を変更

前田外科病院で逸見政孝さんは、その後8月にケロイドを除去するために2度目の手術を受けています。しかしこの手術の際に逸見政孝さんのガンの症状は手が付けられないほど重症化しており、ほとんど無意味な手術となっていたそうです。

そして手術を諦めた前田外科病院は放射線治療へと切り替えますが、逸見政孝さんは納得できずセカンドオピニオンを決意します。その後「東京女子医大病院」で診察を受けた逸見政孝さんは、かなり深刻な症状であることを聞かされたようで、ここで3度目の手術を受けることになりました。

3度目の手術時にはガンの症状悪化やステージ進行

9月16日に東京女子医大病院で手術を受けた逸見政孝さんは、腹部にあまりにも広がってしまったガンを除去するために内臓を3kgも切除しなくてはなりませんでした。13時間にもわたる大手術でしたが、それでも逸見政孝さんの治る確率は数パーセントと言われていたそうです。

ちなみにその手術の際に行ったのは「胃を全摘出」「脾臓と大腸の全摘出、小腸の一部の切除」「欠損した腹壁を大腿部から皮膚移植」と、内臓のほとんどを失うような大手術であったそうです。更にその後には猛烈な痛みと抗ガン剤の副作用が逸見政孝さんを襲っています。

その後は断末魔?

手術が終わったその後の10月23日に逸見政孝さんは一旦退院することが決まりますが、当日に腸閉塞を起こします。このことで話すことも出来ないほど体力を奪われた逸見政孝さんは、そのまま入院を継続しています。

その後も治療が続けられていましたが、12月21日に40℃以上の高熱がでて逸見政孝さんの容体は急変、苦しんで苦しみ抜いたまま12月25日に息を引き取るという、壮絶な最期だったそうです。

逸見政孝のその後を振り返り

逸見政孝さんの状況を知り、その後に世間では病気に対して考えることが多かったようです。逸見政孝さんの訃報を聞いたその後の様々な方面の反応も調べてみました。

その後は前田外科病院の誤診疑惑が深まる

逸見政孝さんのガンは普通のものよりも進行が速い「スキルス性のガン」でした。1回目の手術の際には既に腹膜に広がっており末期ガンだったと思われます。逸見政孝さんはタバコを吸われていたそうで、それも発見しにくい原因だったと言われています。

それでも最初に手術で胃などをすべて切除していれば良かったのではないか、手術の刺激で悪化することも多いので手術しない方が長生きできたのではないかなど、様々な憶測が広がっています。何よりも最初の診察の際にガンが末期であることに気付くべきであったとの非難の声は大きいものでした。

その後はビートたけしとの関係にも注目が

逸見政孝さんとビートたけしさんは「平成教育委員会」への共演がきっかけで親友になりました。逸見政孝さんがガンの再発で闘病すると分かってからビートたけしさんは、願掛けのようにお酒とゴルフを辞め、仕事も休んでいたと言います。逸見政孝さんが亡くなって葬儀をした際には「いい人ばっかり死んじゃう」とビートたけしさんは号泣していたそうです。

あまりにも泣きすぎて弔辞が読めなったビートたけしさんの代わりに、山城新伍さんが読んだのだそうです。本当に逸見政孝さんとは仲が良かったようで、ビートたけしさんが酷いスクーター事故を起こした際には「逸見さんが守ってくれた」と感謝していたと言います。

その後は安藤優子アナも悲痛

逸見政孝さんがフリーアナウンサーになる前から担当していた番組「スーパータイム」ですが、一緒に出演していた安藤優子さんの希望で、引き続き番組を担当しています。この番組もそうですが、逸見政孝さんが担当しておられた番組はどれも復帰を信じていました。

その為「休養」という形で、場合によっては代理人を立てるなどして多くの番組が続いていました。そんな中で飛び込んできた訃報に、安藤優子は番組中であるにも関わらず号泣しています。

その後の逸見晴恵(妻)の他界の真相も調査

奥さんである逸見晴恵さんが、逸見政孝さんが他界された後にコメントを発しています。その中には逸見政孝さんの妻という立場からの後悔も垣間見えました。逸見晴恵さんのコメントの内容は「手術をしなければ、もっと生きられたかもしれない」「早くセカンドオピニオンを受ければよかった」「抗ガン剤で余計に苦しんだのではないか」など様々です。

夫の死を悲しんでおられた逸見晴恵さんですが、実は逸見政孝さんが亡くなった半年後に子宮ガンが見つかっています。自身も同じガンに侵された逸見晴恵さんは、その後に血液のガンである骨髄異形成症候群も発症しました。長い闘病生活を送られていましたが、逸見晴恵さんは2010年10月に他界されています。

逸見政孝から学ぶ誤診や手術の危険迫る真相

逸見政孝さんはガンで他界されてしまいましたが、誤診疑惑や手術が適切であったのかについても様々な意見があります。

ガン早期発見で手術は賛否両論

逸見政孝さんのように「スキルス性のガン」は発見が難しく、進行も早いのが特徴です。更に手術などの刺激でガンが悪化するとの意見もあり、切除することで病状の進行を更に早めるという説もあります。早期に切除することで回復を早めるという意見もあるため、それぞれの症状で判断することになり見極めが難しい病気です。

逸見政孝以外のガンで他界した著名人

逸見政孝さんと同じくガンでこの世を去ってしまった方々について調べてみました。多くの署名人が逸見政孝さんのようにガンを患い他界されていることが分かりました。

千代の富士のケース

千代の富士(九重親方)さんはすい臓ガンのため61歳で他界されました。すい臓ガンは発見が難しく、見つかった際の生存率は数パーセントと極めて低い病気です。幸いにも早期発見で切除したため、九重親方は治ったと言われていました。しかし実はガンは複数個所に転移していて、手術後の検査で手の施しようがないと診断されます。

九重親方は身の周りの人たちに、ガンであることを世間に知らせないように言い、毛髪が抜ける抗ガン剤を使わず放射線治療を続けていたそうです。それは全て関係者やファンに心配を掛けないため、更に自身が仕事を続けていくために九重親方が決めた事でした。

中村勘三郎のケース

中村勘三郎さんは2012年6月に初期の食道ガンだと告知されます。食道の摘出手術を受けた中村勘三郎さんは、順調に回復しているものと思われていましたが、治療のために免疫が落ちていたため肺炎を起こしてしまいました。

中村勘三郎さんの肺炎はなかなか回復せず、最後には酸素が取り入れられなかったと言います。ガン治療のため入院していましたが、57歳という若さで他界した中村勘三郎さんの死因はガンではなく肺炎でした。実は病気の治療中に肺炎になることは珍しくないそうで、ある意味で病気治療よりも怖いと言われています。

大橋巨泉のケース

大橋巨泉さんは何度もガンに侵され治療しては復帰するという生活を送られてきました。最初に大橋巨泉さんに病気が発覚したのは2005年で、胃ガンを患っており2分の1を切除しています。その後は健康に過ごしておられた大橋巨泉さんですが、2013年11月に中咽頭ガンが発覚、手術を受けました。

2014年11月には肺と食道の間にある縦隔のリンパ節に腫瘍が見つかり、大橋巨泉さんは放射線治療を受けました。2015年5月には大橋巨泉さんは肺ガンを患い、右肺の3分の1を切除しています。

その年の10月には以前に腫瘍が出来た縦隔のリンパ節に新たに2か所見つかり、改めて大橋巨泉さんは切除手術を受けていますが、11月にも腸閉塞を発症したため開腹手術を受けています。

2016年2月に大橋巨泉さんの左鼻腔にガンを発見、この時は抗ガン剤と放射線治療を行いました。この治療の際に大きく体力を落とした大橋巨泉さんは2016年7月12日に他界しました。大橋巨泉さんの死因は急性呼吸不全だと言われています。

逸見政孝の執刀医の真相も調査

逸見政孝さん3度目の手術を受けた際の執刀医についても話題になっています。その医師は東京女子医大病院消化器外科の羽生富士夫教授で、世間では「ゴッドハンド」と呼ばれています。

逸見政孝さんが受けた3度目の手術ですが、普通の医師ならば行わないだろうと言われているほどの末期的な症状だったそうです。それでも羽生富士夫教授が執刀されたということは、治る可能性があったからだろうと医師仲間は語っています。

逸見政孝のガン誤診疑惑はやるせない気持ち

進行の早いスキルス性の胃ガンに侵されていた逸見政孝さんは、復帰に意欲を見せつつも記者会見から3か月とあまりに早くに他界されてしましました。誤診疑惑についての真相は分かりませんでしたが、一世を風靡した偉大なアナウンサーである逸見政孝さんの死は大きな損失です。

しかし多大なる功績を残された逸見政孝さんを慕う後輩アナウンサーは大勢います。そしてセカンドオピニオンを浸透させたのも逸見政孝さんです。ガンに対する向き合い方を教えてくれた逸見政孝さんのご冥福をお祈り申し上げます。

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この記事のライター
望花
趣味は京都の面白くてマイナーな神社仏閣や観光地巡り、特技はアクセサリー作りとタロット占い、最近はビジュアル系にハマ...

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