和泉雅子の現在!結婚した夫は?若い頃からの経歴も!

ベテラン女優の和泉雅子さんは若い頃かなり美人だったと言われていますが、そんな和泉雅子さんと結婚した夫は誰なのでしょうか?和泉雅子さんの芸能界における経歴や冒険家としての経歴、現在の活動状況、若い頃の可愛い画像や結婚した夫について調べてみました。

和泉雅子の現在!結婚した夫は?若い頃からの経歴も!のイメージ

目次

  1. 1和泉雅子のプロフィール
  2. 2和泉雅子は結婚してる?
  3. 3和泉雅子の若い頃が美人過ぎる!
  4. 4和泉雅子の北極点踏破とは
  5. 5和泉雅子の現在はなにをしてる?
  6. 6和泉雅子は若い頃日活三人娘として活躍していた

和泉雅子のプロフィール

・愛称:マコ
・本名:和泉雅子
・生年月日:1947年7月31日
・年齢:72歳(2019年10月現在)
・出身地:東京都
・血液型:A型
・身長:不明
・体重:不明
・活動内容:女優、冒険家
・所属グループ:なし
・事務所:不明
・家族:父、母

和泉雅子の若い頃からの経歴

女優の和泉雅子さんは若い頃から美人として知られ、その美貌だけでなく演技力も兼ね備えた実力派女優として絶賛されていました。そんな和泉雅子さんの若い頃からの経歴について、次から時系列に沿ってご紹介します。

10歳の時劇団「若草」に子役として入団

和泉雅子さんは東京都の銀座で寿司割烹店を営む家庭に生まれました。和泉家は江戸時代から代々続く幕府御用達の家具屋を営んでいたとのことで、かなり裕福な家庭だったようです。

このように素晴らしい家庭に生まれた和泉雅子さんは幼少期から両親によって厳しく躾けられ、さらに社会性を身につけるために、両親の勧めで10歳の時に劇団「若草」に所属して子役としてデビューすることとなりました。

水の江滝子にスカウトされ日活に入団

その後和泉雅子さんは「金語楼劇団」という落語を扱う劇団に入り、女優ではなく喜劇を志し始めたそうです。しかし和泉雅子さんは落語家の柳家金語楼さんの付き人をしていた際に水の江滝子さんからスカウトを受け、「日活」に入団した経歴を持ちます。

ちなみに「日活」とは当時「日本活動冩眞株式會社(にほんかつどうしゃしんかぶしきがいしゃ)」という名前で、映画を扱う会社でした。「日活」プロデューサーを務めていた水の江滝子さんは、一目会っただけで和泉雅子さんの女優としての才能を感じたそうです。

「日活」のプロデューサーである水の江滝子さんからのスカウトがなければ、和泉雅子さんは女優にならずに落語の道へと進んでいたと後に語っているため、女優としての才能を見出してくれた水の江滝子さんにはとても感謝しているそうです。

「日活三人娘」として人気者に

その後和泉雅子さんは1961年公開の映画『暗黒街の静かな男』を始めとして多くの日活映画に出演した経歴を持ち、当時「日活」に所属していた女優の吉永小百合さん、松原智恵子さんと合わせて「日活3人娘」として人気を博しました。

こちらのTwitter画像が「日活3人娘」である和泉雅子さんと吉永小百合さん、松原智恵子さんですが、みんなとても綺麗であることが改めてわかりますね。

映画「非行少女」で演技派女優と話題に

「日活3人娘」として絶大な人気を誇っていた和泉雅子さんは、1963年の映画『非行少女』初の主演に抜擢され、初主演ながら素晴らしい演技を披露したことで大ブレイクを果たしました。

そして和泉雅子さんはこの作品の演技が高く評価され、「エランドール新人賞」や「モスクワ映画賞金賞」など数々の賞を総なめにした経歴を持ちます。映画賞の審査員を務めたフランスの名優ジャン・ギャバンさんも、和泉雅子さんの演技を絶賛していたそうです。

こうして世界的にも有名な女優となった和泉雅子さんは、雑誌『近代映画』で毎年行われた有名女優ランキングで1964年から1968年まで5年連続ベスト10入りする素晴らしい経歴も持っており、かなり好感度が高い女優として知られていました。

山内賢とデュエットで歌手デビュー

こうして女優として圧倒的な知名度を誇っていた和泉雅子さんは、1965年にファーストシングル『めぐり逢う日は』で歌手デビューを果たした経歴を持ち、さらには1967年に同じ「日活」所属の俳優である山内賢さんとデュエットを組んでいます。

ザ・ベンチャーズのカバー曲でヒット

山内賢さんとデュエットを組んだ和泉雅子さんは、アメリカの超人気バンドグループ「ザ・ベンチャーズ」のカバーソング『二人の銀座』と『東京ナイト』をリリースしています。その2曲が大ヒットを記録し、歌手としても一躍有名になりました。

「ザ・ベンチャーズ」のカバーソング2曲が立て続けに大ヒットしたことを受けて、山内賢さんと和泉雅子さんの所属していた「日活」は新たに映画『二人の銀座』を製作することを発表しています。

1967年に公開された映画『二人の銀座』の主演はもちろん山内賢さんと和泉雅子さんであり、2人はダブル主演を務めながら映画のエンディング曲を歌ったことで大きく話題を呼びました。

和泉雅子は結婚してる?

若い頃かなり美人と言われていた和泉雅子さん。そんな和泉雅子さんと結婚した夫は、一体どんな方なのでしょうか?和泉雅子さんと結婚した夫について調べてみました。

現在は独身

和泉雅子さんと結婚した夫について調べてみましたが、和泉雅子さんは意外なことに現在独身であることが明らかになりました。現在独身の和泉雅子さんは、若い頃には結婚歴があるのでしょうか?和泉雅子さんの結婚歴や、夫の有無についてさらに詳しく調べてみました。

夫も子供いない

和泉雅子さんは現在独身であり、一度も結婚歴がないことがわかりました。若い頃からかなり美人として人気を誇った和泉雅子さんが未だに独身を貫いていて、結婚した夫や子供もいないことに対し驚きの声が寄せられています。

若い頃から恋愛に関する報道はない

ちなみに和泉雅子さんは若い頃から全く恋愛に関する報道がなく、今まで誰とも熱愛の噂が浮上したことがなかったという意外な過去があることがわかりました。これだけ美人な和泉雅子さんなのに、結婚した夫がいないとは、どうしてなのでしょうか?

和泉雅子さんが未だに結婚していない理由については諸説ある模様ですが、その中でも最も濃厚とされている説について、次から詳しく見ていきましょう。

結婚できない理由は母にあるとの噂

若い頃から美人として多くのファンがいた和泉雅子さんですが、結婚していない理由には母親が関係していると噂されています。和泉雅子さんは母親が付き人を務めており、私生活では「恋愛禁止」という暗黙のルールがあったそうです。

しかし若い頃の和泉雅子さんは女優としての仕事をすることに生きがいを感じており、当時は恋愛をする気持ちもなかったとのことで、特に母親から恋愛や結婚を反対されていたというわけではないようです。

和泉雅子さんが結婚していないことに対し、ネット上では「和泉雅子の母親が結婚に反対した」、「母親の目に叶う夫がいなかったから結婚できなかった」という声もあったようですが、後に和泉雅子さんは雑誌の対談の際にそれらの噂を完全に否定しています。

日活時代の山内賢との交流

ちなみに和泉雅子さんは1967年にデュエットを組んだ日活俳優の山内賢さんとは度々熱愛の噂があり、和泉雅子さんの夫候補として山内賢さんが挙げられていたこともあったようです。

しかし和泉雅子さんと山内賢さんは「同士」のような関係であり全く恋愛感情がなかったとのことで、結局山内賢さんが和泉雅子さんの夫になることはありませんでした。

山内賢の葬儀に参列

山内賢さんは2011年にガンのため亡くなっていますが、和泉雅子さんは葬儀に出席して「私がそっちに行ったら一緒に日活会をしましょうね」というユーモアに溢れたコメントを発表したことで話題を呼びました。

和泉雅子の若い頃が美人過ぎる!

和泉雅子さんは若い頃かなり美人と言われ、多くのファンから愛されていました。そんな和泉雅子さんの若い頃の画像について、いくつかご紹介します。

当時の最先端の水着を披露

和泉雅子さんは若い頃には眩しい水着姿を披露したこともあり、和泉雅子さんは雑誌の「青春の水着祭り」という企画で水着メーカーとコラボし、当時の最新モデルの水着を着用したことで大きく話題を呼びました。

ちなみに和泉雅子さんが着ていた水着は飛ぶように売れたようで、それだけ和泉雅子さんの影響力が大きかったことが改めてわかります。

若い頃からスタイル抜群

和泉雅子さんは若い頃かなり美人でしたが、さらにスタイルも抜群であり、和泉雅子さんの水着姿は「お宝画像」として現在もネット上で見ることができるようです。美貌と抜群のスタイルを兼ね備えた和泉雅子さんは、世の女性たちの憧れの的でした。

歌手当時のジャケット画像もかわいい

先ほどご紹介した通り、和泉雅子さんは山内賢さんとデュエットを組んで歌手デビューを果たしましたが、当時のジャケット写真がかわいいと話題を呼んでいます。

こちらが山内賢さんとデュエットを組んでいた際のジャケット画像の1つですが、和泉雅子さんはまるでお人形のようで、とても可愛らしい雰囲気を放っています。

若い頃のかわいい動画も

こちらは和泉雅子さんの若い頃の画像を集めたYouTube動画ですが、どの画像を見ても和泉雅子さんが綺麗なことが改めてわかります。和泉雅子さんは若い頃から目鼻立ちがはっきりした正統派美人と言われ、幅広い世代のファンたちから愛されていました。

和泉雅子の北極点踏破とは

和泉雅子さんは若い頃から女優として活動する傍らで、冒険家として色んな活動をしてきた経歴を持ちます。和泉雅子さんの冒険家としての経歴についてご紹介します。

南極にレポーターとして行ったのがきっかけ

和泉雅子さんは若い頃には「日活女優」として多くの映画に出演していましたが、「日活」が成人向けの作品に転換した1971年を境に、映画だけでなくテレビへの出演機会が増えていきました。そして徐々にタレント活動に力を入れています。

和泉雅子さんは1983年にテレビの取材で南極に行ったことをきっかけに、南極の魅力の虜になってしまいました。そして和泉雅子さんは女優として活動しながら、冒険家としても活動することに決めたそうです。

景色に感動し北極にも興味を持つ

当時和泉雅子さんは芸能界という狭い世界にいたため、南極の壮大な自然と綺麗な景色に感動し、「世界にはこんな場所もあるんだ」と思ったと言います。そして南極の反対側にある北極にも興味を持つようになりました。

冒険家として北極点踏破を目指す

南極に行ったことをきっかけに和泉雅子さんは冒険家として活動することを決め、1985年に冒険家として北極点突破を目指して北極へと出かけました。しかし、残念ながら1回目の挑戦は失敗に終わっています。

最初の失敗で借金を負う

冒険家として北極へと向かった和泉雅子さんでしたが、北極点まであと148㎞に迫った時に目の前の氷が割れてそこから動けなくなり、先に進むことができなくなってしまいました。このため和泉雅子さんは惜しくも北極点突破を断念しています。

しかし和泉雅子さんはこの挑戦に1億円以上の費用が掛かっており、そのうちの7000万円の負債を背負うこととなりました。このため和泉雅子さんは「借金返済が終わるまでは死ぬ気で働く」と心に決めたと言います。

「ホテルメイツ」をトランクルームにして借金返済

多額の借金を抱えてしまった和泉雅子さんは、当時東京都港区白金台に所有していた「ホテルメイツ」をトランクルームに変更し、多くの利益を得ることに成功します。

いつの間にかホテルの経営を手掛けていた和泉雅子さんですが、芸能界の仕事は浮き沈みが激しいため、仕事が軌道に乗っている1970年代のうちに不動産への投資をしていたそうです。

借金を完済し再び北極を目指す

経営しているホテルをトランクルームにする作戦が成功し、見事に利益を得ることに成功した和泉雅子さんは、わずか4年で借金を完済しています。そして和泉雅子さんは再び北極点を目指して挑戦を始めました。

日本人女性として初の北極点踏破

そして和泉雅子さんは日本人女性として初の北極点突破に成功し、世界中で大きく話題を呼びました。和泉雅子さんは1989年1月28日に東京を出発し、5月10日に北緯90度の北極点に到達しています。

和泉雅子さんは「北極点は一歩ずつコツコツと、一生懸命近づくからこそ値打ちがある」といったコメントを発表し、念願だった北極点を突破した喜びの気持ちを表現していました。

「笑ってよ、北極点」を出版

和泉雅子さんは北極点を突破した経験談を、著書『笑ってよ、北極点』にまとめています。和泉雅子さんは著書の中で北極点突破に失敗した際のエピソードや、再挑戦を目指すまでの経緯、再び北極点を突破した時の気持ちなどを綴っていました。

和泉雅子の現在はなにをしてる?

若い頃から女優兼冒険家として幅広い分野で活躍してきた和泉雅子さんは、現在何をしているのでしょうか?和泉雅子さんの現在の様子について調べてみました。

北海道で別荘暮らしを満喫

1960年代後半から1970年にかけて「昭和の大女優」として大活躍していた和泉雅子さんは、現在では北海道で別荘暮らしを満喫しています。

敷地75坪もあるログハウスで生活

和泉雅子さんは東京都の銀座に自宅がありますが、北海道に別荘を構え、東京と北海道を行き来する生活をしています。和泉雅子さんが現在住んでいるのは敷地面積4000坪、建物75坪もあるログハウスで、北海道の広大な自然を満喫しているそうです。

物々交換で自給自足の暮らし

和泉雅子さんは北海道の別荘で馬を飼い、周りの農家から野菜を分けてもらっているとのことで、今時珍しい「自給自足」の生活をしているようです。

「北海道は食べ物も美味しいし空気も綺麗。それが田舎の醍醐味」と語っている和泉雅子さん。定期的に北海道に渡り、都会から離れて快適な生活を送っているそうです。

現在は真言宗の僧侶との噂も

和泉雅子さんは若い頃からかなり美人だったにもかかわらず、結婚せず夫もいないことから、「真言宗の僧侶説」が浮上しているようですが、これは全くのデマであることがわかっています。

ちなみに若い頃はかなり美人だった和泉雅子さんは、冒険家として北極での厳しい生活に耐えるために敢えて体脂肪を増やして太った影響で、現在は若い頃の面影が全くなくなってしまったと話題を呼んでいます。

和泉雅子さんは現在も時折バラエティー番組にも出演していますが、「昔の面影が全くない」といった世間の声に対し「私は私。今を楽しく生きるのが一番」と笑顔で語り、和泉雅子さんの生き方が素敵だと絶賛されています。

和泉雅子は若い頃日活三人娘として活躍していた

「日活3人娘」として人気を博し、主に「日活」の作品に多数出演経歴を持つ和泉雅子さんは1983年にリポーターとして南極に渡ったことがきっかけで、その後は女優兼冒険家として活動をしています。

1985年には日本人女性として初の北極点突破を果たした和泉雅子さんは、現在は北海道に別荘を買って田舎暮らしを満喫しているようです。充実した生活を送っている和泉雅子さんの、今後さらなる活躍を期待しましょう。

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この記事のライター
ちひろ
総合病院の元助産師。現在は子育て中のため一旦臨床を離れ、空いた時間にライターの仕事をしています。皆さんに楽しんでい...

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