【土浦連続殺傷事件】金川真大の生い立ちから死刑まで!家族は?

土浦連続殺傷事件の犯人として逮捕された金川真大。その生い立ちから、前代未聞の通り魔事件を起こすに至った経緯や動機、そして裁判で死刑判決が下るまでを追っていきます。また、金川真大の家族や家庭環境についても詳しく調べていきます。

【土浦連続殺傷事件】金川真大の生い立ちから死刑まで!家族は?のイメージ

目次

  1. 1金川真大とは
  2. 2土浦連続殺傷事件の概要と経緯
  3. 3土浦連続殺傷事件の裁判と判決・その後
  4. 4金川真大の生い立ち
  5. 5金川真大の家族は?
  6. 6金川真大は死にたかった?
  7. 7金川真大は死に執着した凶悪犯

金川真大とは

金川真大とは2008年3月19日・23日の2日間にわたり、茨城県土浦市で起きた通り魔殺人事件、通称「土浦連続殺傷事件」の犯人として逮捕された人物です。

この事件の裁判ではのちに金川真大に対して死刑判決が下りました。金川真大は通り魔事件での逮捕当時、まだ24歳の青年でしたが、その特異な犯行動機などがニュースなどで取り上げられ、大変注目されました。

土浦連続殺傷事件の犯人

土浦連続殺傷事件とは土浦市の住宅街での殺人事件と、JR荒川沖駅構内で計8名の死傷者を出した通り魔事件の2つを併せた事件の総称です。その犯人・金川真大は、犯行に及んだ後、なんと自ら警察に通報し、逮捕となりました。

同級生に茨城女子大生殺人事件の犯人

土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の中学時代の同級生には、なんと殺人事件の犯人がいます。2019年に茨城で発見された死体遺棄事件の犯人で、逮捕されたのは土浦連続殺傷事件から約10年後のことになります。

金川真大が起こした土浦連続殺傷事件と茨城女子大生殺人事件は直接の関連性はないようですが、犯人が同じ中学校の同級生同士だったというのは、偶然にしてはかなり出来すぎているようなめぐり合わせです。

茨城女子大生殺人事件の概要

2018年11月に東京・葛飾区に住んでいた女子大生が行方不明になり、その後茨城県神栖市で遺体で発見されました。警察は女子大生が行方不明になる直前まで一緒にいたという男を死体遺棄容疑で逮捕しました。これが茨城女子大生殺人事件と呼ばれている事件です。

このとき逮捕された男はこの女子大生とオンラインゲームなどを通じて知り合い、女子大生と会うために呼び出したところ口論となり、騒がれるのを恐れて女子大生を殺害し畑の中に埋めたと供述しました。

広瀬晃一とは

広瀬晃一は茨城女子大生殺人事件の犯人として逮捕された人物です。犯行当時の年齢は35歳、職業についておらず、児童売春の前科がありました。

なお、広瀬晃一の学歴は中卒となっていますが、どうやら中学時代に金川真大と同級生だったようです。しかし、活発な生徒だった金川真大に対して、広瀬晃一はいわゆるオタク的な性格だったようで、ゲーム好きという共通項はあったものの接点はなかったようです。

土浦連続殺傷事件の概要と経緯

ここで金川真大が起こした土浦連続殺傷事件について、あらためて事件の概要についてまとめていきます。また、通り魔事件の犯行内容と、金川真大が逮捕されるまでの経緯を追っていきます。

茨城県土浦市内で男性を殺害し逃亡

金川真大は2008年3月19日に自身の出身である小学校を襲うことを決意し、家を出ます。しかし、その日小学校では卒業式が行われており、大人の目も多数あったことから、金川真大は小学校での通り魔殺人の犯行を断念します。

その後、金川真大は土浦市内の住宅街に移り、乗っていたマウンテンバイクのタイヤに空気を入れるため、とある家の玄関のブザーを鳴らします。そして金川真大は、出て来た72歳男性に自転車用空気入れを借ります。
 

その直後、金川真大はこの72歳男性の首筋に、突然刃物を突き立て殺害します。金川真大はこの72歳男性とはまったく面識はなく、全くの無差別殺人でした。この事件が土浦連続殺傷事件のはじまりでした。

この犯行について金川真大は「悪いことをしたとは思っていない。反省はしていない」と後に供述しております。また、殺害方法については「首を狙っていた」と話し、明確な殺意があったことを明らかにしています。
 

警察は金川真大が犯人だとすぐに断定

警察は事件発生後、殺害された72歳男性の自宅で、被害者家族から犯人の特徴や事件当時の様子などを事情聴取し、近くで乗り捨てられたマウンテンバイクの持ち主が犯人だという証言を取り付けます。

その後、マウンテンバイクの情報から金川真大の自宅を突き止め、部屋に踏み込んだ警官は壁に書かれた「死」の文字や意味不明なマーク、そして血痕が飛び散った服などを発見し、金川真大が犯人であることを断定します。

翌日には秋葉原でゲームを購入?

金川真大は犯行の翌日、大胆にも秋葉原へ姿を現し、ゲームを購入しています。この日「ニンジャガイデン・ドラゴンソード」というゲームが発売されており、金川真大はこのゲームを購入後、一日中ゲームをして過ごしていたようです。

実に大胆な行動と言えますが、その一方で携帯電話の電波追跡によって逮捕されることがないよう携帯の電源を切ったり、頭を丸坊主にカットし、一見して警官に判別されないようにするなど、この後に起こす通り魔事件を成功させるため細心の注意を払っていたようです。

荒川沖駅構内で8人を殺傷

3月23日に金川真大は第二の事件、通り魔事件の犯行現場となったJR荒川沖駅へと姿を現します。土浦市に住んでいた金川真大にとって、JR荒川沖駅はよく知っている場所であり、ここでさらに通り魔殺人を起こすことを決意します。

そして午前11時過ぎごろ、金川真大は所持していたナイフと包丁により、JR荒川沖駅構内を通行する人たちを次々と切りつけていきます。このとき金川真大を探すために配置されていた捜査員もいました。

​​​しかし、事件当日の金川真大の姿は土浦市の住宅街での事件の時とは異なり、スーツ姿に丸坊主という格好でした。したがって事前に捜査員に渡されていた写真とはだいぶ印象が違っており、そのため捜査員の対応は遅れ、駅構内はパニック状態に陥ってしまいました。

金川真大は駅構内で7人を切りつけたあと、通路脇の階段から逃走を図り、そのときたまたますれ違った会社員を刺殺、その後行方をくらましています。
 

実はこのとき刺された8人のうち1人は、駅での警戒に当たっていた茨城県警の捜査員だったものの、たくみな金川真大の変装にだまされ、逮捕することができませんでした。

警察関係者の中には、このとき警戒に当たっていたのが私服の捜査員でなく制服姿の警官であれば、金川真大が犯行をためらった可能性もあったと述べており、警察の警備体制の不備も一部では問題となりました。

交番に自ら出頭し逮捕

金川真大は荒川駅構内で通り魔的に8人を切りつけた後、荒川沖地区の交番へ移動し、交番の電話を使って警察へ自ら通報しました。その後駆けつけた警官により金川真大は逮捕されました。

金川真大はのちの供述で、7人目で首を刺したところで(死刑になるために必要な)2人目を殺したと確信し、交番から自首することにしたようです。ここまでが土浦連続殺傷事件の一部始終です。

土浦連続殺傷事件の裁判と判決・その後

2008年に起きた土浦市住宅街での殺人事件とJR荒川沖駅の通り魔殺傷事件(通称・土浦連続殺傷事件)で犯人として逮捕された金川真大は、その後刑事裁判で事件に至った動機などを供述し、判決を迎えました。

無関係な人間を次々と無差別に襲い殺傷し、世間を震撼とさせた土浦連続殺傷事件の裁判の内容と判決、そして金川真大のその後を詳しく追っていきます。

金川真大の精神鑑定

土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大に対して、刑事裁判中に専門家による精神鑑定が行われています。そして金川真大は精神鑑定の結果、「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されました。

自己愛性パーソナリティ障害とされる人間は、非常にプライドが高く、周囲の人間に対して傲慢な態度を示し、自己中心的な行動や言動をし、他者に対する共感性が低いのが特徴と言われています。

たしかに金川真大の行動や考え方には自己愛性パーソナリティ障害とおもわしき傾向が多数見受けられます。そして、この精神鑑定結果がはたして犯罪に対する責任の有無を立証できるかどうかが、裁判での焦点となっていきました。

結局、この裁判では犯行に至った要因のひとつとして自己愛性パーソナリティ障害が関係するものの、善悪の分別や、行動の制御能力には影響しておらず、事件に対して完全な責任能力がある、と認められ、死刑判決が下ることとなりました。

遺族や被害者への謝罪も無し

金川真大は荒川沖での通り魔事件の被害者や、土浦市の住宅街で殺害された被害者の遺族に対して、逮捕後も裁判後も一切謝罪することはなく、反省の色さえ見せることはなかったようです。

金川真大は事件前から自分が死刑になることを望んでおり、自分が確実に死刑になるためにたくさんの人間を殺害しようと考えていました。そして、金川真大は自分が傷つけ死に至らしめた人間に対しては驚くほど冷酷で、何の感情も抱いていなかったようです。


金川真大の「(素晴らしい)自分の目的の為に他人が犠牲になるのは当たり前」とでもいうような自己中心的な態度や、他人のことを全く考慮しない行動や言動には、自己愛性パーソナリティ障害の特徴が強く現れており、通常の人の感覚では全く理解できないものです。

金川真大にとって「他人」とは、「思い通りにならない世の中から消えたい」「死刑になりたい」「ラクに死にたい」という自分の願望を達成するための単なる「道具」としてしか捉えていなかったことがはっきりとわかります。

判決は死刑

金川真大は裁判での精神鑑定で自己愛性パーソナリティ障害と鑑定されたため、心神耗弱状態により責任能力に疑いありとして、一時は死刑判決ではなく減刑されることが予想されました。

しかし、金川真大は最初の犯行後に変装したり、凶器を準備するなど犯行に一定の計画性があったため、裁判では責任能力ありと判断、結局は2010年1月5日に金川真大に対して死刑判決が下りました。

2013年に死刑執行

金川真大は死刑判決から約3年後の2013年に死刑執行となりました。この間、死刑執行を回避すべく金川真大の弁護人たちは、幾度となく金川真大の精神鑑定の再鑑定を要求し、死刑判決を覆そうとしました。

しかし、金川真大は死刑を早く執行して欲しかったようで、これらの鑑定や再審などをすべて拒否しました。さらには死刑を回避しようとした弁護士を解雇したりもしていたようです。

金川真大の生い立ち

ここで土浦連続殺傷事件の犯人・金川真大の生い立ちを調べていきます。金川真大の生い立ちを調べていくうちに、金川真大と家族とのつながりの希薄さ、家庭環境の異質さが浮かび上がってきます。

生い立ち①幼少期

金川真大は1983年にノンキャリアの外務官僚であった父親と、パートで働いていた母親との間に、長男として生まれました。その後、金川真大の下には2人の妹と1人の弟が生まれ、6人家族となりました。

そして、金川真大は外務官僚である父親の仕事の影響により、幼少期は中国・上海やアメリカ・ニューオーリンズ州など、海外を転々としていたようです。

生い立ち②小学校

金川真大の生い立ちの中でひとつの転機となったのが、小学生時代と思われます。金川真大の家族は金川真大が小学校5年生のときに、土浦市にマイホームを購入し、家族全員で引っ越しています。

しかし、この頃から徐々に金川真大と家族との間に溝ができつつありました。また金川真大は小学校時代からすでに不登校になったりもしていたようで、近所ではすでに噂になっていたようです。

生い立ち③中学時代

金川真大の生い立ちのなかで、今度は中学生時代を見ていきます。金川真大は小学校卒業後、そのまま同じ地域の土浦第三中学校に入学します。しかし、この頃は金川真大は不登校状態が続いていたようです。

金川真大の性格はおとなしいと言われていましたが、近隣住民の証言によれば、たびたび怒声やガラスが割れる音などを金川真大の家から聞いており、実際のところは家族仲が悪く、家庭崩壊していたのではないか?と言われています。

生い立ち④高校時代

金川真大の生い立ちの中で、もっとも意外とも思えるのが高校時代でしょうか。金川真大は中学時代不登校だったものの、学業の成績はまずまずだったようで、私立の霞ヶ浦高等学校へ進学します。

また、金川真大は高校時代は弓道部に所属し、高校2年生の時には全国大会にも出場するほどの腕前になったようです。しかし、周囲からのアドバイスなどには耳を貸さないなど、この頃から金川真大の自己中心的な性格の傾向は見られたようです。

大学への進学は辞めた

金川真大の生い立ちの中で、事件につながっていく決定的な出来事は高校卒業時にあったようです。もともと金川真大は学校の成績もそれほど悪くなく、他の生徒と同じように私立大学への進学を希望していました。

しかし、金川真大は突然大学進学を辞め、和菓子の会社に就職するための採用試験を受けたようです。しかし、面接で不採用となり、就職先が見つからないまま、金川真大は高校を卒業となりました。このことは金川真大に大きな挫折感を与えたようです。

金川真大の家族は?

凶悪な通り魔殺人事件を起こした金川真大の生い立ちをここまで見てきましたが、その家族や家庭環境はどうだったのでしょうか?金川真大の生い立ちに影響を与えたと思われる家族について調査していきます。

家族①父親(外務省ノンキャリア)

金川真大の父親は外務省のノンキャリア官僚であり、海外での勤務も多く、非常に多忙だったようです。事件後の取調べで父親は「息子である金川真大とはほとんど会話がなかった」と述べております。

また、高校卒業後の金川真大に対しては引きこもり生活やアルバイトではなく、就職してほしいとことあるごとに強く言っていたようで、そのたびに金川真大が物に八つ当たりしたり、大声で怒鳴ったりしていたようです。

父親からのプレゼントが事件のきっかけ?

金川真大は高校時代に父親からある本をプレゼントされています。それは「子供のための哲学対話」という本で、著者は哲学者の永井均ですが、この本を読んで金川真大は影響を受けたといわれています。

本の中にでてくる一節に「死刑以上の重罰はないだろ?死ぬつもりならなにをしてもいいって暗に認めているってことなんだよ」という言葉があり、金川真大が他人を殺害して死刑になることを思いつくきっかけになったのでは?とも言われています。

家族②母親

金川真大の母親はもともと教育熱心なタイプの母親だったようですが、金川真大が不登校になったり、大学に進学しなかったりということが続き、かなり子供の教育に関しては悩んでいたようです。

また金川真大だけではなく、金川真大の妹や弟たちといった他の家族の間でも会話はほとんど行われずに、必要なコミュニケーションだけ筆談で行われるという、かなり特異な家庭環境になってしまっていたようです。

家族③妹

金川真大には2人の妹がいますが、上の妹は高校時代に金川真大と同じように不登校になっていたようです。また、妹は小学生のとき金川真大に声をかけた際に激しく怒られ、それ以来兄と距離を置くようになったと述べています。

また、妹は母親に対して侮蔑的な感情を持っており、自身の声を母親に聞かせたくないため筆談やジェスチャーでコミュニケーションをとるなどしていたようです。

金川真大も妹も同じ屋根の下にいながら家族揃って食事をすることはなく、家族バラバラで食事をとったりしていたようです。そして金川真大は母親と同じく、妹ともまったくコミュニケーションを取らずに過ごしていたようです。

妹もまた、妹、母、兄、弟とは縁を切りたいと取材に対して述べており、金川真大を取り巻く家庭環境がかなり希薄だったことがうかがえます。

金川真大は死にたかった?

金川真大は事件の取調べなどの際、再三に渡り自身に「死にたい願望」があったことを語っています。こうした願望は多くの殺人犯のものとはかなり異なり、金川真大が起こした事件の特異性が感じられます。

金川真大は他人を恨んだり、殺害したいという欲求があったわけではなく、今までの生い立ちから来る劣等感から、自分自身を社会から抹消したいというような気持ちに取りつかれていたようです。

金川真大に死にたい願望が

金川真大は死刑判決が下った際「今回の件は完全勝利」と自慢げに語ったといわれています。もともと金川真大には「死にたい願望」があったとされ、死刑になることは敗北ではなく、むしろ喜ばしいことだったようです。

金川真大は不登校や就職活動の失敗、父親からの度重なる叱責、さらには家族との不和・コミュニケーション不足などが重なり、「俺の人生はこんなはずはない」というような挫折感を強めていった結果、そのようような想いに至ったようです。

複数人殺せば死刑になると思った

金川真大は連続殺傷事件の犯人として逮捕された際に「死にたいが自殺はできない。複数人殺せば死刑になると思った」とコメントしており、このコメントはニュースなどでとりあげられ、大変注目されました。

金川真大の一連の供述からは、今回の通り魔殺傷事件は「死刑覚悟の犯行」という切羽詰ったものではなく、むしろ殺人を犯して死刑になることを明確に望んでの犯行だったことが明らかになりました。

最初の土浦市住宅街での殺傷事件のあと、金川真大はニュースで自分が刺した相手が死亡したことを知り、大変喜んだそうです。それと同時に「まだ一人しか殺せていない」ということを意識し、荒川沖駅でさらなる凶行に及んだようです。

金川真大のこうした気持ちの動きは、まるでTVゲームで目標を達成するためにポイント稼ぎするような感覚に近く、殺傷行為そのものをゲーム感覚で楽しんでいた様子がうかがえてきます。

法廷でのやり取りとは

金川真大は事件の動機について裁判で詳しく話しております。金川真大は裁判で「つまらない毎日と決別するため、確実かつ苦しまずに死ぬには死刑が一番」と話し、死刑になることを自ら望んでいたことが明らかになっています。

こうした金川真大の供述に対し、検察側は「他人の生命を奪って死刑になることで(自身の欲求を)満たそうとした」とし、犯行は極めて卑劣で更正の余地なしとして裁判で死刑を求刑しました。


これに対し、金川真大の弁護側は「死刑判決は(金川真大の死刑願望を満たす)ごほうびを与えるようで無意味」とし、裁判では病院などでの治療も視野に入れた無期懲役を主張しました。

しかし、金川真大本人の「おれを殺さなければ、死刑になるまで殺し続けます」という早期の死刑執行を望む言葉や、精神鑑定で人格障害が判明したものの、完全責任能力はあったと判断されたことから、最終的には裁判で死刑判決が下りました。

金川真大は死に執着した凶悪犯

茨城での通り魔殺傷事件により死刑判決が下された金川真大は、これまでの連続殺人犯や通り魔殺人犯の中でもかなり稀なタイプでした。連続殺人犯の犯行の多くは、社会へ復讐する為の犯行だったり、倒錯した性癖などからくる快楽殺人的な犯行が主でした。

しかし、金川真大の場合は自身のプライドの高さから生じた劣等感から生まれた「自分の存在をこの世から消したい」「自分の思い通りにならない世界から消えたい」というある種「自殺願望」に近いようなものが動機となっています。

もちろん金川真大の逮捕後のコメントや裁判での判決理由、遺族や被害者に対する反省が見えない態度でわかるように、自己中心的で他人のことを全く考えていない、極めて悪質で凶悪な犯行であったことは間違いありません。

しかし社会から隔絶され、コミュニケーションが全く断絶されてしまった人間の末路を示したという意味では、金川真大が起こした事件は、現代社会に対して警鐘を鳴らした事件だったのかもしれません。

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この記事のライター
ゆすやん
漫画・アニメ・映画大好きの元CGクリエイター・デザイナーです。声優・アイドルなどサブカル全般詳しいです。

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