監禁王子(小林泰剛)事件と現在!【北海道・東京連続少女監禁事件】

北海道と東京で起きた連続少女監禁事件の犯人である小林泰剛について紹介します。この小林泰剛は「監禁王子」という名前で呼ばれていたようですが、なぜ小林泰剛は監禁王子と呼ばれていたのでしょうか?事件や裁判の内容、そして現在の小林泰剛について紹介します。

監禁王子(小林泰剛)事件と現在!【北海道・東京連続少女監禁事件】のイメージ

目次

  1. 1監禁王子(小林泰剛)とは
  2. 2小林泰剛はイケメン監禁王子?
  3. 3北海道・東京連続少女監禁事件の概要
  4. 4監禁王子の家族は名家
  5. 5監禁王子の生い立ちから犯行までの経緯
  6. 6監禁王子と被害者の現在
  7. 7監禁王子(小林泰剛)事件は許されざる異常行為

監禁王子(小林泰剛)とは

白馬に乗った王子様

日本ではメディアで何かと「○○王子」というニックネームで呼ばれる存在がいます。ハンカチ王子だったりハニカミ王子、洗濯王子まで存在しています。しかし、監禁事件を起こした「監禁王子」こと小林泰剛の事件を知っているでしょうか?

小林泰剛は【北海道・東京連続少女監禁事件】犯人

この小林泰剛という人物は2001年から2005年にかけて複数の少女を監禁した、「北海道・東京連続少女監禁事件」の犯人です。なぜ、小林泰剛は監禁王子と呼ばれていたのか、そしてこの北海道と東京で起きた監禁事件はどのようなものだったのかを紹介します。

また、監禁事件こと小林泰剛は現在どうしているのでしょうか?裁判や現在、そして小林泰剛の結婚についての噂も紹介していきましょう。

小林泰剛はイケメン監禁王子?

小林泰剛が北海道と東京で起こした事件の内容も騒ぎになる内容でしたが、何よりも事件を起こした小林泰剛がイケメンだったことから「監禁王子」と呼ばれる理由になったようです。

自称「皇子」が話題の小林泰剛

小林泰剛がこのように監禁王子と呼ばれる理由になったのはイケメンだったことだけでなく、元々の生まれた家も関係していました。それは、小林泰剛の実家が青森の名家であり、学校へは車で送り迎えしていたそうです。

そういった生活を見た周りの人は、小林泰剛のことを「王子」と読んでおり、逮捕されたときも「皇子」と自称するほどだったこともわかっています。

また、北海道と東京で監禁事件を起こし、裁判で勾留中に知人にあてた手紙にも自らを皇子として自称していたようです。

監禁王子ではなく、このように監禁されている皇子なら居ると感じており、取調べする捜査官にまで自分を皇子と呼ぶように求めたそうです。

性格はナルシスト

この裁判前後の行動からも分かるように、小林泰剛は非常にナルシストな性格だったようです。現在も監禁王子のその顔に関しては、たしかにイケメンと言える部分もあるでしょう。また、小林泰剛自身も自分が落とせない女性はいないと思っていたそうです。

メールやチャットなどで寂しがり屋な自分を演じて、女性にうまく甘えるテクニックも持っていたようです。
 

逮捕されたときの様々な行動は、監禁王子が自分に対してかなりナルシストだったことを伺わせるものが多いです。口コミの画像のように、まるでドラマやアニメのワンシーンのようなポーズを取っており、そのイケメンな顔つきもあって話題となっていました。

逮捕時もコスプレ衣装姿でアニメ好き

小林泰剛の趣味の一つにアニメがあり、女性と仲良くなると自分をアニメキャラクターに例えることもあったそうです。一昔前と比較するとアニメ好きな女性も増えており、会話のトークの一つとしてアニメが話題になることも多くなっています。

そして、小林泰剛は逮捕されたときも「テニスの王子様」という作品のジャージ姿だったそうです。アニメファンなら見てすぐ気づくコスプレ衣装だったわけです。

監禁王子はアニメなどが好きで、プライベートでもアニメのコスプレをして楽しむことがあったそうです。また、事件の被害者ともそういったコスプレ活動を通して知り合ったと言われています。共通の趣味を通して仲良くなることで、相手の警戒心を和らげたという部分もありそうです。

コスプレイヤーとカメコ

現代では、何かと事件が起きるとアニメであったりゲームが原因と結びつける人も多いです。必ずしもそこに原因が無いというわけではないですが、時にはそこばかりがクローズアップされてしまうこともあります。

それだけに、監禁王子がなぜ事件を起こしたのかということはしっかりと確認していくことが必要といえそうです。

北海道・東京連続少女監禁事件の概要

では、監禁王子と言われた小林泰剛が起こした「北海道・東京連続少女監禁事件」とはどのような事件だったのでしょうか?この事件の概要について紹介します。

北海道で女性監禁【第一事件】

第一の事件と言われる監禁事件は、2001年に北海道で起きました。当時、監禁王子は北海道江別市に住んでおり、2001年9月に当時20歳だった無職の女性と知り合っています。

監禁王子に対し「ご主人様」強要

そして、その女性を自宅に連れ込んで2週間に渡って監禁しています。このとき監禁王子は、女性をペット用の首輪をつけて「ご主人様」と呼ばせていたようです。

暴力をふるう男性

ここには女性を支配したいという欲求が強く表れていたのかもしれません。知り合ったときはちょっとしたプレイの流れだったかもしれませんが、次第にどんどん洗脳されていって逆らえないという恐怖心から命令を聞くようになってしまったことも考えられます。

一度自分の支配下においてしまえば何でも言うことを聞くようになると考えていたのか、監禁された女性たちは最終的には逃げることが出来ています。

監禁解放後に女性が警察へ通報

しかし、監禁王子はこのあと女性を解放しており、解放された女性は警察に被害届を出しています。北海道警察は2002年4月16日に監禁王子を監禁致傷容疑で逮捕しています。また、他にも当時19歳だった女性を監禁して、暴行を繰り返していたことも発覚しています。

逮捕後は示談成立で執行猶予5年の判決

2003年8月に札幌地方裁判所は、監禁王子に対して懲役3年、執行猶予5年の判決が言い渡されています。同時に、すでに被害者と示談が成立しており、監禁王子は控訴しなかったこともあり、この時点で刑が確定しました。

判決を言い渡す裁判官

このように事件に対して女性が示談を選ぶということは多いそうです。今回は監禁事件ですが女性が性被害に合った場合は、裁判所で争うことで自分の辛い部分を多くの人に知られてしまうことやフラッシュバックを恐れる場合があります。

こういったこともあり、早く事件を忘れたいと示談を選ぶことがあります。被害者がどういった理由で示談を選んだのかは不明ですが、一刻も早く元の生活に戻りたかったのかもしれません。

東京で女性監禁【第二事件】

ロープで腕を固定される人

監禁王子は北海道の事件のあと、執行猶予期間中に東京都に引っ越しています。東京に引っ越した監禁王子は、ネットのチャットに出入りするようになり、そこで当時18歳だった兵庫県出身の女性と交際を初めています。

北海道での女性監禁事件と似た行為

そして、監禁王子は女性を脅迫して上京させており、都内のマンションやホテルで3ヶ月以上に渡って監禁を行っています。このときも北海道のときと同じく、首にペットの首輪をつけさせていたようです。

監禁王子は北海道で起こした事件も東京で起こした事件も、基本的な部分は同じだったといえます。北海道の被害者と比較して東京の女性は長期間の監禁となっており、かなり心理的なショックが大きかったことが想像できます。

少女が逃げ監禁事件発覚へ

女性は6月ごろに自力でマンションから脱出して保護されています。女性は心的外傷後ストレス障害と思われる状態になっており、監禁王子による影響が強く伺える状態でした。

どちらの事件も被害者は期間こそ違えど逃げることが出来ています。監禁王子が被害者をどこまで監禁し続ける気だったのかというところも気になる部分といえるえしょう。

小林泰剛は監禁致傷容疑で逮捕

監禁王子は女性が逃げた後、自分を統合失調症であるとして北海道札幌市内の病院に通院するようになっています。また、2004年12月と2005年4月には東京都内の病院でも統合失調症の診断を受けています。

そういった中で、警視庁綾瀬署は2005年5月12日に監禁王子こと小林泰剛を監禁致傷で逮捕しています。

点滴を受ける人

監禁王子がこのように病院で診察を受けようとしていたのは、自分が逮捕されたときに責任能力が無いと判断されることを狙ってのことだったのでしょうか?それとも、自分が抱えている抑えきれない衝動をどうにかして改善したいという気持ちだったのかもしれません。

他にも複数女性監禁が発覚

監禁王子は再度逮捕されたことで、北海道と東京での事件だけでなく監禁を行っていたことが発覚しています。これは2003年12月から2004年12月にかけて、青森県で当時17歳だった女性をホテルで3日間監禁、東京都内のマンションで当時22歳だった女性を約4ヶ月監禁していたのです。

また、同じく東京都内のマンションで当時23歳だった女性を10日間監禁していたことも発覚し、監禁王子は再逮捕されています。

警視庁のパトカー

このことから、監禁王子がターゲットとしていたのは10代から20代前半の女性だったことも伺えます。監禁王子の好みがそういった年齢だったことも考えられますが、ネットなどを介して警戒心が弱い世代を狙ったことも考えられます。

イケメンである自分の容姿を使えば、若い女性はすぐに自分に会いに来ると考えていたのでしょうか?

グーパンチ

また、裁判の中では監禁した女性に首輪をつけさせていただけでなく、熱湯をかけたりタバコを身体に押し付けるような行為をしていたことも明らかになっています。

監禁事件が報道されると「どうして逃げなかったのだろう?」と感じる人も多いでしょうが、こういった行為でどんどん洗脳していったことが考えられます。

監禁王子こと小林泰剛の裁判と判決

北海道や東京で監禁事件を繰り返した監禁王子は、裁判ではどのような判決を受けたのでしょう。未成年の少女を監禁したこと、また少女が現在もPTSDなどに苦しんでいることもあり、裁判の行方が注目されていました。

裁判のハンマー

人を監禁した場合は監禁罪というものに問われ、3ヶ月以上7年以下の懲役の罪になります。また、その場合に相手にたいして傷害や負わしたり死亡している場合は、監禁致傷罪や監禁致死罪などの罪に該当することがあります。

裁判では監禁王子の精神疾患を弁護士が主張

裁判において監禁王子の弁護士は、監禁王子は精神疾患を抱えていると主張しています。裁判においてこういった精神疾患を主張して、罪を軽減しようとすることは常套手段といえます。

弁護士と弁護士のバッヂ

後ほど詳しく説明しますが、拘留中に知人や被害者と思われる女性と結婚や離婚を繰り返すなど、少しでも自分の罪を軽くしようと考えていた可能性もあります。ここには監禁ではなく、あくまでお互いに同意の上での関係だったという方向に持っていこうとしていた可能性があります。

裁判には純白スーツで現れる監禁王子

北海道と東京で少女を監禁し、自分を王子扱いさせていたことも驚きですが裁判においても驚きの行動を取っています。監禁王子はなんと裁判に純白のスーツで現れることがあったのです。

まさに、裁判中も自らのナルシストな気持ちを満たそうとしており、より注目を浴びるような状態で裁判は進んでいきました。

当時ネットでは、この監禁王子の裁判において白いスーツで現れたことはかなり話題になったようです。監禁王子と同じ様に、自分の裁判をまるでショーのように扱った人物としてテッド・バンディというシリアルキラーがいます。

弁護士を解雇して、自分で自分を弁護するという行為を行ったり、犯罪者でありながらイケメンだったこともありテッド・バンディのファンが生まれるほどだったそうです。

裁判の判決は懲役14年と確定

こういった中で監禁王子こと小林泰剛は、北海道や東京を始めとした事件の判決として懲役14年を言い渡されています。求刑は懲役15年だったことから、ほぼすべての罪を裁判で認められた形となっています。

結果的には監禁王子こと小林泰剛は、いろいろな策を行って自分の罪を軽くしようとしたものの認められることは無かったと言えます。精神鑑定を要求しても却下されており、白いスーツで現れるなどアピールや異常性を狙ったことも失敗だったといえるでしょう。

懲役14年で執行猶予は取消の結果

また、小林泰剛は控訴しているものの東京高等裁判所では棄却され、最高裁判所に上告しています。また、PTSDは刑法の障害にあたらないという主張をしていましたが、最高裁判所はPTSDも刑法の障害にあたるとして上告を棄却しています。これにより、小林泰剛は執行猶予を取り消しとなり、懲役14年が確定しています。

執行猶予というのは犯罪を犯しても、その刑を執行するまで猶予を与えて反省しましょうという法令です。犯人の犯情に対して考慮して与えられるものであり、この期間中に犯罪を犯すことがなければ刑務所に入ることもありません。

ただし、執行猶予中であれば飲酒運転や暴行を行った時点で執行猶予が取り消されるわけです。監禁王子のように明らかに犯罪を行った場合も執行猶予は取り消されます。

監禁王子の家族は名家

この裁判の中では少女に対しての監禁の内容だけでなく、小林泰剛の実家についても様々なことが発覚しています。

青森で有名な学校などを経営する名家出身

まず、監禁王子の実家は青森県五所川原市というところにあります。実家は地元でも有名な名家であり、青森で多くの学校や幼稚園・保育園を経営していました。非常に裕福な家庭だったようで、小林泰剛は何不自由なく育ったと言われています。

小林泰剛の実家には政治家が多数

会見する政治家

また、小林泰剛の実家には多くの政治家を輩出しており、祖父は元警察署長だったそうです。他にも県知事や政治家などを経験している人が居るなど、とてもエリートな一家だったといえるでしょう。

元青森県知事の叔父はセクハラ問題で失職

謝罪する社長

しかし、元青森県知事だった叔父はセクハラ問題を起こしており、その事が原因で失職し2015年に政界を去っています。このセクハラ問題はすでに監禁王子が事件を起こしてからのことでしたが、改めて北海道・東京連続少女監禁事件が取り沙汰されることになりました。

監禁王子の祖父の事件後の発言も話題に

元警察署長だった祖父は、自らの孫が起こした事件に対して最近の女性が露出が多いことが原因であるとして、孫は女性に誘われただけという態度だったようです。こういった態度や発言が大きく問題となり、小林泰剛の家族自体に問題があるのでは?と論調にもなっています。

監禁王子の生い立ちから犯行までの経緯

笑う赤ちゃん

では、監禁王子こと小林泰剛はどのような生い立ちから少女たちを監禁する犯行に至ったのでしょう。さらに小林泰剛の生い立ちを掘り下げることで、監禁事件までの経緯を確認しましょう。

高校受験に失敗し精神的不安定に

試験勉強とだるま

裕福な家庭に育った監禁王子ですが、中学校に進学してから不登校になっています。この不登校の理由は明らかになっていませんが、高校受験に失敗したことで父親との関係が悪化したことが明らかになっています。

このことから、幼い頃からエリート一家の子供として強いプレッシャーを感じていた可能性がありそうです。

父親への憎しみと母親自殺の噂

悩みを抱える人

厳しい父親に対して監禁王子が頼れるのは母親だけでした。いろいろな相談を母親にして唯一心を開ける存在だったのかもしれません。

しかし、この母親は突然亡くなっており、自殺だったと噂されています。心の拠り所だった母親の死が監禁王子を狂わせていくことになります。

母親の死のショックで「ハーレムを作る」宣言し家出

停車するバス

母親の死後、監禁王子はアダルトゲームなどに夢中になり、さらに父親との関係が悪化していきます。そして、監禁王子は周りの人に「ハーレムを作る」として、突然家出しています。

知人の印鑑を無許可使用で養子縁組に

実は小林泰剛は元々は「木村」という名字だったそうです。しかし、家出した小林泰剛は養子縁組をして名字を「小林」に変更しています。しかも、この養子縁組のとき養子に入る側に許可をもらって書類の手続きをするのですが、勝手に印鑑をしようして無許可で養子縁組をしています。

その後は歪んだ人生となり監禁事件へ

この養子縁組した相手は、実家を家出して入門した空手道場だったようです。道場主に無許可で養子縁組を行うという自分勝手な行動を行ったわけです。

その後、小林泰剛は監禁王子と呼ばれるような事件を起こすことにつながっています。エリート一家で生まれ、信頼できる母親の死が監禁事件という凶行に繋がったのでしょうか?

監禁王子と被害者の現在

監禁王子は懲役14年という刑が言い渡されましたが、その後現在はどうなっているのでしょう。また、被害にあった人の現在についても確認してみましょう。

小林泰剛の現在は服役生活

刑務所のイラスト

2012年に14年の刑が確定していますが、ここには執行猶予中に事件を起こして取り消されたことから懲役3年が追加されています。このため、事件が起きてから現在まで服役生活を続けています。刑務所の中での態度次第で早く出てこれる可能性はありますが、現在も出所したという情報はありません。

拘留中に知人の女性と結婚・離婚

そういった監禁王子の反省が見られない行動として、拘留中における結婚や離婚の噂があります。どうやら監禁王子は最初の事件で拘留されていたときに、知人女性と結婚したそうです。しかし、その結婚はわずか2ヶ月ほどで離婚してしまったそうです。

監禁されていた少女も結婚相手の1人?

また、他にも結婚や離婚をしており、その中にはこの事件の被害者と思われる少女とも結婚していたと言われています。どうやら監禁王子は被害者の少女に手紙を何度も出しており、結婚するように脅しを行っていたようです。

こういった結婚や離婚を行動を繰り返した監禁王子は、現在まで4人の女性と結婚を経験していると言われており、そのことに驚かされる人も多いでしょう。

小林泰剛はこういった結婚を繰り返したことから、最初の木村、そして小林から石島という姓に変わっていたそうです。結果的に結婚後に離婚していることから姓は小林に戻っていると考えられています。

そして、裁判中にはこういった結婚に関係して姓が何度も変わったことや、ネットで複数のハンドルネームを使い分けていたことから、裁判では小林泰剛はいろいろな名前で説明されるという事態になっていたようです。

監禁王子事件の被害者の現在はPTSD発症

事件は監禁王子が刑務所に入ったというだけでは終わりません。監禁王子の事件の被害者には現在もPTSDに悩む人が多いそうです。PTSDというのは心的外傷後ストレス障害と言われ、様々なストレスが原因で日常生活に支障をきたすようになることです。

このPTSDが注目されるようになったのは、ベトナム戦争を始めとした戦争が原因だったと言われています。

戦争に行った兵士たちが戦争が終わって国に帰ってきてからも、おどおどとしていたり悪夢を見たりと、まるで戦場にいるときと同じような状態になっていることが報告されるようになりました。多くの兵士が激戦地で戦っていたこと、また悲惨な現状を目の当たりしていたそうです。

兵士から退役して他の仕事に就いても、精神的に不安定な面が多く、カウンセリングを受けたり薬を服用して生活しなければならなくなっています。

監禁王子の事件の被害者は、現在もPTSDに苦しんでいると言われており、根本的にPTSDが完治するというのは難しいと考えられています。拘留中に無理やり結婚させられた被害者がいた事からも、犯人が使っても被害者の不安は消えることはないといえます。

監禁王子(小林泰剛)事件は許されざる異常行為

日本においてはこの北海道・東京連続少女監禁事件のようにいくつかの大きな監禁事件が起きています。尼崎や北九州で起きた監禁事件のように、複数の人間を洗脳するような形で殺し合わせるなど監禁事件の恐ろしさというのは改めて話題になることがあります。

今回のように死亡者こそ出ていないものの、現在もPTSDに苦しむ被害者が居る場合も多いです。

監禁王子こと小林泰剛が幼少期の生い立ちから、複雑な心理状況を抱えていたというのも事実ですが、そのことでまったく関係ない少女たちを監禁したということは許されることではありません。被害者からすれば犯人が出所してきたらという不安は今後も付きまとう問題です。

改めて知らない人と安易に会わないこと、また出かけるときは家族などにしっかりと伝えておくことが大切です。二人っきりで会わないようにして、自分の身は自分で守ることを心がけましょう。

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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