叶和貴子の現在!結婚して夫がいる?リウマチという病気も?

「和服の似合う美人女優」として人気を博した女優・叶和貴子。忽然と表舞台から姿を消したと言われる彼女の現在は⁉今回は「叶和貴子の現在」と題し、叶和貴子の結婚や夫についてや、彼女を悩ませていたとされるリウマチについての情報等をまとめてみました。

叶和貴子の現在!結婚して夫がいる?リウマチという病気も?のイメージ

目次

  1. 1叶和貴子とは
  2. 2叶和貴子は郷ひろみに見初められて女優に
  3. 3叶和貴子の出演作品をチェック
  4. 4叶和貴子はヌード写真集も出版している
  5. 5叶和貴子は結婚してる?夫は?
  6. 6離婚後の叶和貴子を襲った重度のリウマチ
  7. 7叶和貴子はリウマチを乗り越え元気に活動中

叶和貴子とは

それでは早速叶和貴子さんの現在の状況や結婚した夫との馴れ初め、そして叶和貴子さんが苦しめられたリウマチとの闘いの日々についてご紹介して参りたいと思いますが、その前に叶和貴子さんの人物像について簡単におさらいしておきましょう。先ずは叶和貴子さんのプロフィール及び経歴をご紹介致します。

叶和貴子のプロフィール

・愛称:不明
・本名:高松 和貴子(たかまつ わきこ)
・生年月日:1956年4月23日
・年齢:63歳(2019年5月現在)
・出身地:北海道函館市
・血液型:B型
・身長:158cm
・体重:48kg
・活動内容:歌手、女優
・所属グループ:なし
・事務所:フリー
・家族構成:夫

叶和貴子の経歴

叶和貴子(かのう わきこ)は北海道函館市の出身で、1956年4月23日生まれの現在63歳。主にテレビドラマ等を中心に女優として活躍する傍ら、歌手としても数枚のシングル&アルバムをリリースしていらっしゃいます。

「和服の似合う美人女優」と言えば、真っ先にこの叶和貴子さんの名が挙げられる程に着物姿の似合う美しい女性で、「大和撫子」を地で行くその姿には多くの男性達が魅了されました。同年代の男性にとってはマドンナ的な存在として今も記憶に残る女優さんでは無いでしょうか?

中学・高校時代は陸上選手として活躍し、何と女子80mハードルでは北海道記録をマークした程の実力者だったそうです。高校卒業後に桐朋学園短期大学音楽科へ入学した叶和貴子さんは、卒業後「歌手」として活動を開始。やがてピンクレディーや郷ひろみといった当時一斉を風靡した歌手達のバックコーラスを務めるように。

その後女優に転校した叶和貴子さんは数多くの作品に出演し、その妖艶な魅力で忽ちお茶の間の人気者に。持病の悪化を受けて1997年にいったん芸能活動を休止しましたが、2000年から活動を再会。現在は講演活動等を中心に活動を行っています。

叶和貴子は郷ひろみに見初められて女優に

それではいよいよ本題に入って行きたいと思います。先ずは叶和貴子さんが女優と成った経緯についてです。叶和貴子さんは元々バックコーラスとして芸能活動を開始された方だったのですが、それがどの様な経緯で女優に転身する事に成ったのでしょうか?其処にはあの郷ひろみさんが深く関わっているそうです。

下積み時代にはバックコーラスを

先程申し上げた通り短大卒業後に歌手活動を開始した叶和貴子さん。下積み時代には様々なアーティストのバックコーラスを務めてられていたそうです。今の時代こうした下積みとしての活動自体が余り聞かれなくなりましたが、昔はこうして下積み活動を通じて多くの先輩や実力者と繋がる事が最も重要とされていました。

叶和貴子さんもこの下積み時代に数多くのアーティストと繋がり、それがきっかけで彼女はその後女優に転身する事に成る訳ですが、そちらについてはこの後の章でご紹介して参ります。果たして彼女はどの様な経緯でこの後女優に転身していくのでしょうか?

郷ひろみの紹介で女優となった叶和貴子

実は叶和貴子さんが女優に転身するきっかけと成ったのは、あの大スター「郷ひろみ」さんでした。叶和貴子さんが郷ひろみさんのバックコーラスを担当されていたという事は先程ご紹介した通りですが、叶和貴子はその郷ひろみさんによって女優と成る事に成ったのです。

『寺内貫太郎一家』、『時間ですよ』などテレビ史に残る数多くのテレビドラマを製作し、日本を代表する演出家として知られた故・久世光彦さんが、ある作品に登場する「和服の似合う美人」を探していたのですが、その際に声を掛けられた郷ひろみさんがピッタリの女性として叶和貴子さんを久世光彦さんに紹介したのです。

久世光彦さんが描いていた「和服の似合う美人女優」というイメージに叶和貴子さんは見事に合致。その後1980年にTBSのテレビドラマ『源氏物語』の紫の上役でデビューすると、以降は女優として数々の作品に出演していくことに成るのです。

郷ひろみさんのバックコーラスを担当していなければ、恐らく叶和貴子さんが女優に成ることは無かった事でしょう。そう考えると如何に人との繋がりが大切な事かが分かりますね。彼女にとって郷ひろみさんは自らの可能性を見出してくれた天使のような存在かも知れませんね。

郷ひろみとは

・愛称:不明
・本名:原武裕美(はらたけ ひろみ)
・生年月日:1955年10月18日
・年齢:63歳(2019年5月現在)
・出身地:福岡県糟屋郡須恵町
・血液型:A型
・身長:178cm
・体重:65kg
・活動内容:歌手、俳優
・所属グループ:なし
・事務所:バーニングプロダクション
・家族構成:妻

叶和貴子の出演作品をチェック

叶和貴子の代表作をチェック

続いては叶和貴子さんがこれまでに出演した作品の中から、チェックしておきたい10本の代表作品をPICKUPしてご紹介させて頂きます。時代劇からヒーロー物まで幅広い作品に出演してきた叶和貴子さん。その女優としての歴史を作品を通して振り返って行きましょう。

叶和貴子の代表作①「雪姫隠密道中記」

・タイトル:雪姫隠密道中記
・放送局:毎日放送
・放送年月日:1980年4月5日 - 9月27日
・放送時間帯:土曜日22:00 - 22:54
・放送回数:全26回
・脚本:葉村彰子、津田幸於、大久保昌一良など
・主演:片平なぎさ
・ドラマでの叶和貴子の役名:おえい
・その他のキャスト:和田浩治、森マリア、小松政夫、中村敦夫ほか
・主題歌:あおい輝彦『いつも君のそばに』
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作②「旅がらす事件帖」

・タイトル:旅がらす事件帖
・放送局:フジテレビ
・放送年月日:1980年10月7日 - 1981年3月31日
・放送時間帯:火曜22:00 - 22:54
・放送回数:全26回
・脚本:宮川一郎ほか
・主演:小林旭
・ドラマでの叶和貴子の役名:小はん
・その他のキャスト:長門裕之、三浦洋一、夏純子、尾藤イサオほか
・主題歌:小林旭「みだれ雲」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作③「江戸を斬るVI 」

・タイトル:江戸を斬るVI 
・放送局:TBS
・放送年月日:1981年2月16日-1981年8月24日
・放送時間帯:月曜日20:00 - 20:54
・放送回数:全28回
・脚本:葉村彰子
・主演:西郷輝彦
・ドラマでの叶和貴子の役名:おひろ
・その他のキャスト:由美かおる、松山英太郎、谷幹一、松坂慶子ほか
・主題歌:「ねがい」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作④「水戸黄門」

・タイトル:水戸黄門※第12部
・放送局:TBS
・放送年月日:1981年8月31日-1982年3月1日
・放送時間帯:月曜日20:00 - 20:55
・放送回数:全27回
・脚本:葉村彰子
・主演:東野英治郎
・ドラマでの叶和貴子の役名:お絹
・その他のキャスト:里見浩太朗、大和田伸也、高橋元太郎、山口いづみほか
・主題歌:「ああ人生に涙あり」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作⑤「江戸川乱歩の美女」

・タイトル: 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」※他あり
・放送局:テレビ朝日
・放送年月日:1977年8月20日 - 1985年8月3日
・放送時間帯:土曜 21:02 - 22:51
・放送回数:全25回
・脚本:宮川一郎、井上梅次、長谷川公之、ジェームス三木ほか
・主演:天知茂
・ドラマでの叶和貴子の役名:菰田千代子
・その他のキャスト:五十嵐めぐみ、大和田獏、稲垣昭三ほか
・主題歌:不明
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作⑥「新・必殺仕事人」

・タイトル:新・必殺仕事人
・放送局:朝日放送
・放送年月日:1981年5月8日 - 1982年6月25日
・放送時間帯:金曜日22:00 - 22:54
・放送回数:全55回
・脚本:野上龍雄、保利吉紀、石森史郎
・主演:藤田まこと
・ドラマでの叶和貴子の役名:楠美津
・その他のキャスト:三田村邦彦、中条きよし、鮎川いずみ、山内敏男ほか
・主題歌:三田村邦彦「想い出の糸車」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作⑦「宇宙刑事ギャバン」

・タイトル:宇宙刑事ギャバン
・放送局:テレビ朝日
・放送年月日:1982年3月5日 - 1983年2月25日
・放送時間帯:金曜 19:30 - 20:00
・放送回数:全44回
・脚本:上原正三 他
・主演:大葉健二
・ドラマでの叶和貴子の役名:ミミー
・その他のキャスト:西沢利明、名代杏子、鈴木正幸、千葉真一ほか
・主題歌:串田アキラ「宇宙刑事ギャバン」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作⑧「宇宙刑事シャリバン」

・タイトル:宇宙刑事シャリバン
・放送局:テレビ朝日
・放送年月日:1983年3月4日 - 1984年2月24日
・放送時間帯:金曜 19:30 - 20:00
・放送回数:全51回
・脚本:上原正三 他
・主演:渡洋史
・ドラマでの叶和貴子の役名:ミミー
・その他のキャスト:降矢由美子、西沢利明、名代杏子、鈴木正幸 ほか
・主題歌:串田アキラ「宇宙刑事シャリバン」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作⑨「女7人あつまれば」

・タイトル:女7人あつまれば
・放送局:TBS
・放送年月日:1982年10月12日 - 1983年2月8日
・放送時間帯:火曜20:00-20:54
・放送回数:全17回
・脚本:松木ひろし、田口耕三、鶴島光重
・主演:加山雄三
・ドラマでの叶和貴子の役名:綾吉
・その他のキャスト:松原智恵子、西尾麻里、美保純、和田アキ子ほか
・主題歌:シブがき隊「Gジャンブルース」
・平均視聴率:不明

叶和貴子の代表作⑩次男次女ひとりっ子物語

・タイトル:次男次女ひとりっ子物語
・放送局:TBS
・放送年月日:1991年10月17日 - 12月26日
・放送時間帯:木曜日21:00 - 21:54
・放送回数:全11回
・脚本:鎌田敏夫
・主演:田原俊彦
・ドラマでの叶和貴子の役名:神谷律子
・その他のキャスト:菊池桃子、柳葉敏郎、香坂みゆき、蓮舫ほか
・主題歌:今井優子「LOVIN' YOU」
・平均視聴率:10.6%

黄桜酒造などのCMにも多数出演

数多くのドラマに出演してきた叶和貴子さんですが、CM出演の活躍も印象深いですよね。「叶和貴子と言えば黄桜酒造のCMでしょ!」とそう仰る方も多い筈です。こちらはその叶和貴子さんが出演されていた黄桜酒造のCMですが、若かりし日の叶和貴子さんが着物姿で出演されていらっしゃいます。

現在でも黄桜酒造のCMと言えば真っ先に叶和貴子さんを思い出すという方がいらっしゃるほど、このCMと叶和貴子さんのイメージが見事に合致しています。このCMで叶和貴子さんの虜に成ってしまったという方も多いのでは?「和服が似合う美人女優」という言葉がこれほど似合う女優さんもそうはいらっしゃらないでしょう。

叶和貴子はヌード写真集も出版している

続いては叶和貴子さんのヌード写真集についてです。過去にヌード写真集を発売している叶和貴子さんですが、この写真集はその美しさで大きな話題を呼びました。

ドラマで初ヌードを披露した叶和貴子

1982年1月2日にテレビ朝日で放送された土曜ワイド劇場『天国と地獄の美女 江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」』で、初めてヌードを披露した叶和貴子さん。その大胆なヌードシーンは大きな話題を呼びました。この叶和貴子さんが魅せたヌードシーンはその美しさから男女問わず大きな反響を呼んだそうです。

1983年にヌード写真集「叶和貴子」が大人気に

ドラマで魅せたヌードシーンが大きな反響を呼んだ事がきっかけに成ったのか、その前からこれが前程にあったのかは分かりませんが、1983年に叶和貴子さん初のヌード写真集「叶和貴子」が発売されています。その2年後の1985年には二冊目のヌード写真集「艶・叶和貴子」が発売され、いずれも大きな話題と成っています。

この2冊のヌード写真集は今でもAmazon等で購入可能だそうです。勿論当時の貴重な初版本ですのでお値段は張ると思いますが、興味が有る方はこの機会にチェックしてみては如何でしょうか?叶和貴子さんの妖艶なヌードは一見の価値ありです!

叶和貴子は結婚してる?夫は?

続いては叶和貴子さんの結婚・夫についてです。「恋多き女優」と言われた叶和貴子さん。彼女はその後実業家の男性と結婚したと言われているのですが、その夫と成った男性とはどの様な経緯で結婚するに至ったのでしょうか?現在もその夫との結婚生活は続いていらっしゃるのでしょうか?

恋多き女優として知られた叶和貴子

多くの俳優や歌手との熱愛が噂された叶和貴子さん。「恋多き女優」として当時マスコミを大いに賑わました彼女ですが、何れの恋も短期間で終わりを迎えており、「結婚」という形でのゴールを迎える事はありませんでした。

デビュー前からの兄貴分と30歳で急接近

そんな中、デビュー前から彼女が兄貴分として慕っていた男性と30歳の時に急接近。元々は彼女がデビュー前に何度か遊びに行っていたライブハウスのオーナーと客といった関係で、その男性も叶和貴子さんの事は「あいつは俺の妹みたいなもんだ」と常々口にしていたそうです。

そんな2人が知り合って7年目の1986年。男性が「お互い40歳と30歳、今年、縁談がなければ結婚しようか?」と何気なく口にした事がきっかけと成って、叶和貴子さんは結婚相手としてその男性を意識するように成ったそうです。
 

1987年に夫と結婚

その1年後の1987年に叶和貴子さんはこの男性と結婚。恋多き女優も遂に一人の男性と結ばれる事に成ったのです。

叶和貴子が結婚した夫は六本木の実業家

叶和貴子さんが結婚した夫の名は白浜雅昭さんで、当時六本木でライブハウスを経営されていらっしゃる実業家でした。業界でも顔が広く人物として知られ、あの故・星野仙一監督とは明治大学時代の同級生だそうです。

夫との結婚披露宴には700人もの人が集まった

この夫との結婚披露宴には何と700人もの人々が集まったそうです。結婚披露宴で700人とは相当な人数ですね!

結婚から僅か3年足らずで夫と離婚

然しながらこの2人の結婚生活は長くは続きませんでした。結婚から僅か3年足らず1990年、叶和貴子さんと夫が離婚した事が報じられました。

夫との離婚理由は生活のすれ違いが原因か⁉

夫との離婚理由ですが、生活のすれ違いが原因でした。夫はライブハウスを経営しているので基本帰宅は朝帰り。それに対し叶和貴子さんはドラマの仕事が多く、基本的には朝早く仕事に出掛ける生活スタイルでした。その上、地方ロケで家を空けることも多くすれ違いの生活が続いていたそうです。

離婚後の叶和貴子を襲った重度のリウマチ

続いては叶和貴子さんが長年に渡り苦しめられたリウマチに関してです。叶和貴子さんは重度のリウマチに侵され、長年に渡り苦しめられてきたという経験があります。果たして彼女を襲ったリウマチはどの様にして彼女の身体を蝕んで行ったのでしょうか?

重度のリウマチと診断された叶和貴子

最初は風邪の症状と酷似していた

医師から重度のリウマチである事を告知された叶和貴子さん。当初は風邪の症状と酷似していた為、診察も受けずに痛そうなのですが、一向にその症状が良くならず、それどころか体中の骨が痛み背中が冷えるように成り、さすがにこれはおかしいと感じた彼女は医師による診断を受けたそうです。

全身が激痛に襲われながらも舞台に

診断結果は重度のリウマチという事で、医師からは女優を辞めてでも治療に専念した方が良いと告げられますが、仕事を第一にしていた叶和貴子さんはそんな医師の忠告を受け入れず、前進が激痛に襲われながらも舞台に立ち続けたのだそうです。

やがて身体を動かす事すら困難な状態に

鎮痛剤を飲みながらも舞台に立ち続けた叶和貴子さんでしたが、リウマチはその間も彼女の身体を蝕み続けていきました。そして症状を発症してから2年後、遂に叶和貴子さんは身体を動かす事すら困難な状態に成ってしまったのです。

リウマチを単なる「加齢からくる関節痛」と勘違いしている方も多いのですが、これは大間違い。リウマチは正真正銘の病気であり、放置すると最悪叶和貴子さんの様に寝たきりの状態に成ってしまう恐ろしい病気なのです。

さすがの叶和貴子さんも現在の状態ではこれ以上芸能活動を続けられない事を悟り、仕事量を減らす事を決断。リウマチの治療に重きを置く事と成りました。彼女がここまで重度のリウマチに成ってしまったのは、ストレスで免疫が落ちていた事と、何よりも早期に治療を行わなかった事が原因でした。

発症して直ぐに治療に専念していれば、これほどの状態に成ることは充分避けられたと言いますが、それを彼女は無理を押して舞台に立ち続けた訳です。その結果病状は進行を続け、最終的には手がつけられない程の症状に成ったのです。

現在もこのリウマチの治療は「早期発見・早期治療」が第一であるとされています。皆さんももし「リウマチか?」と思われた際は無理をせず、直ぐに医師の診断を受ける事をオススメします。寝たきりの生活を過ごすように成ってしまってからは遅いですからね、

リウマチとの闘病中に父親が脳梗塞と心筋梗塞を発症

重度のリウマチによって動くことすらままならない状態と成ってしまった叶和貴子さんにですが、更に悪いことが続きます。何と叶和貴子さんの父親が脳梗塞と心筋梗塞を発症してしまったのです。コレにより叶和貴子さんは更に追い詰められる事に成ってしまったのです。

自身のリウマチと父の看病でさらに症状が悪化

脳梗塞と心筋梗塞を同時に併発してしまった叶和貴子さんのお父さんは、そのまま入院と成ってしまったのですが、叶和貴子さんはこのお父さんの看病をしなければ成らない状態に成りました。自身も動くことすら厳しい状態にも関わらず、父親の看病をしなければ成らないとはまさに文字通りの生き地獄だった事でしょう。

然しながら父親を看病もせず放置する訳には行かず、重度のリウマチを捺して叶和貴子さんは父親の看病を行っていたそうです。然しながら叶和貴子さんの父親はそれから3年後に他界。それが彼女の症状を更に悪化させる事に成りました。

悩み抜いた末に叶和貴子は休業を選択する

騙し騙しで仕事を続けていた叶和貴子さんでしたが、遂にコレ以上の芸能生活は不可能である事を悟り、1997年に芸能活動を休止することを決断します。以後彼女は表舞台から姿を消し、リウマチの治療に専念する生活を送る事に成ります。

叶和貴子さんがいつの間にか芸能界から姿を消したと言われているのは、彼女がこの事を当時マスコミなどに対し公表していなかった為で、それが為にいつの間にか叶和貴子さんがテレビから消えたとされていたのです。

2000年に芸能活動を再開した叶和貴子

その後治療生活を送り続けた叶和貴子さんですが、その甲斐あってリウマチの症状は徐々に緩和されて行き、2000年には芸能活動の再開に漕ぎ着ける事が出来ました。先ずはナレーションなどの仕事から再開した叶和貴子さんは、現在もマイペースでお仕事を続けられています。

ただ、リウマチは依然完治した訳ではないようで、これからも死ぬまでこの病気と向き合っていかなければ成らないようです。それでも寝たきり生活だった事を思えばそれだけでも充分だと言えるでしょう。今後は自身の体調と相談しながらゆっくりと仕事を続けて行くとの事だそうです。

現在は自身の闘病経験を基に講演活動を行っている

現在叶和貴子さんは自身の闘病経験を基にリウマチに関する講演活動を行っています。リウマチの恐ろしさを一人でも多くの人に知ってもらいたいという事を目的として叶和貴子さんの講演活動は、リウマチに悩む多くの人々に勇気を与えていると言われています。

現在もこの講演活動は行われており、講演依頼も受け付けているとの事です興味の有る方は「[講演依頼.COM] 電話:03-5422-9188」で詳細を伺ってみては如何でしょうか?

叶和貴子はリウマチを乗り越え元気に活動中

今回は女優・叶和貴子さんの現在までの情報をまとめてご紹介致しました。現在はリュウマチの症状も緩和され、マイペースに仕事を続けられている叶和貴子さん。今後も無理せずゆっくりとした活動を行って頂きたいものですね。

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