【秋葉原通り魔事件】加藤智大の母親が犯行の原因?歪んだ教育やその後と現在

秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大の犯行動機には母親が深く関係していたと言われているようです。母親の歪んだ愛情から生まれた加藤智大に対する厳しすぎる教育や、事件後に起きた弟の自殺、父親の謝罪、そして現在の様子についても深く掘り下げていきます。

【秋葉原通り魔事件】加藤智大の母親が犯行の原因?歪んだ教育やその後と現在のイメージ

目次

  1. 1加藤智大とは
  2. 2秋葉原通り魔事件の詳細
  3. 3加藤智大の犯行動機
  4. 4加藤智大の母親の歪んだ愛
  5. 5加藤智大の弟が自殺
  6. 6加藤智大の母親の現在
  7. 7加藤智大の父親の現在
  8. 8加藤智大の母親は愛が歪んだ異常者だった

加藤智大とは

加藤智大とは、2008年6月8日に秋葉原で発生した通り魔事件を起こした犯人です。秋葉原通り魔事件は通り魔事件としては過去30年で最悪と呼ばれており、事件から10年以上経過した現在でも多くの人に記憶されています。

ここでは、加藤智大が起こした前代未聞の連続殺傷事件「秋葉原通り魔事件」についておおまかに説明していきます。

秋葉原通り魔事件の概要

秋葉原通り魔事件は2008年6月8日、秋葉原の歩行者天国で起こりました。犯人の加藤智大はレンタカーで借りた2tトラックに乗り歩行者天国に突入し、その後サバイバルナイフを振り回すなどして7人を殺害・10人に重軽傷を負わせるなどして逮捕されました。

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秋葉原通り魔事件の詳細

ここでは、2008年に起きた東京・秋葉原での通り魔事件の詳細についてご紹介していきます。また、秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大の当時の行動についても詳しく追っていきます。
 

歩行者天国で起きた殺人事件

2008年6月8日日曜日、秋葉原のメインストリートは日曜日恒例の「歩行者天国」にしていました。正午過ぎ、買い物客や観光客でごった返していた秋葉原の歩行者天国で秋葉原通り魔事件は起こりました。

加藤智大はこの日の早朝に、普段から利用していた携帯サイトの掲示板に、秋葉原で通り魔事件を行うことを書き込んでいます。そして6時半になると出発するメッセージを残し、静岡から東名高速を使って東京へ入ったと見られています。
 

途中激しい雨や交通渋滞に巻き込まれながらも、加藤智大は11時45分に秋葉原に到着しました。そして午後12時10分に「時間です」というメッセージを残し、歩行者天国が行われている中央通りに突っ込んでいきました。

そして、加藤智大が乗っていたトラックは歩行者を何人かはねたあと、タクシーと衝突し停止します。その後トラックから降りた加藤智大は所持していたダガーナイフで、奇声を上げながら次々と周囲の人間を切りつけていきました。
 

7名が死亡・10名が負傷

トラックで歩行者天国に突入して数人をはね、ダガーナイフでさらに歩行者を切りつけた後、加藤智大は駆けつけた警察官とその日非番で秋葉原に居合わせた警察官の二人で取り押さえられました。

最初は所持していたダガーナイフで抵抗する素振りを見せていた加藤智大ですが、警官が銃の使用を宣言すると「死にたくない」と思ったのか途端に大人しくなり、取りおさえることができたようです。

加藤智大が起こした秋葉原通り魔事件では7名が死亡し、10名が負傷する大惨事となりました。事件現場では負傷者が血まみれで横たわり、通常の救急隊だけでなく災害派遣医療チームまで出動して治療に当たる異常な状況でした。

トラックで人をはねる手口は仙台のトラック暴走事件、ナイフで次々と通行人を刺していった手口は、同じ年の3月に発生した「土浦連続殺傷事件」の犯人を模倣したとも言われており、トラックが突入してからわずか5分から10分の犯行で多数の死傷者を出しています。

犯人・加藤智大に死刑判決

秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大は逮捕されたのち、3ヶ月に及ぶ期間をかけて精神鑑定にかけられました。そして精神鑑定の結果「完全責任能力あり」として東京検察庁は殺人、殺人未遂、公務執行妨害、および銃刀法違反の疑いで加藤智大を起訴に踏み切りました。

その後、第一審の東京地裁、控訴審の東京高裁での死刑判決を受けて2015年2月に行われた最高裁判所での判決は「動機に酌量の余地は見いだせず、死刑を認めざるをえない」として死刑判決が確定となりました。

現在、秋葉原通り魔事件の裁判で死刑判決が下ってから3年以上が経過しております。しかし、現在もなお犯人加藤智大の死刑執行は行われておらず、執行の日を待っている状態が続いています。

加藤智大の犯行動機

秋葉原通り魔事件で犯人として捕まったのは当時25歳の青年・加藤智大でした。その後、加藤智大が非正規労働者として職を転々としていたことがわかり、当時マスコミでは「報われない労働者のルサンチマン(怨恨)が事件を引き起こした」と報じられました。

しかし、現在では犯人・加藤智大が事件を起こした動機とマスコミで報じられた動機との間には、微妙な食い違いがあったことがわかっています。ここで加藤智大が犯行に至った動機を詳しく見ていきたいと思います。

原因①ツナギ紛失事件

加藤智大が秋葉原通り魔事件を起こした動機のひとつとして挙げられるのは「ツナギ紛失事件」というものです。この事件により職を失ってしまったことが加藤智大にかなりの絶望感を与え、事件につながった可能性があるとされていました。

事件が起きた2008年当時は、日本で永らく続いていた終身雇用制が崩壊し、「派遣労働者」という名の非正規雇用が増大していた時期でした。そのため、マスコミはこの事件を「派遣先で理不尽な目にあって絶望した若者の犯行」という文脈で一斉に報じました。

しかし、加藤智大自身は「ツナギ紛失事件」が事件に影響したという説については「マスコミがでっちあげた作り話」として否定しています。そして本当の理由はそこになかったことを裁判での供述などで語っています。
 

ツナギ紛失事件とは

加藤智大は事件直前まで自動車工場で働いていましたが、6月5日の朝に職場に行くと加藤智大のツナギと呼ばれる作業服がなくなっていました。その瞬間、加藤智大は「またか」と思ったそうです。

加藤智大は以前の職場でも人間関係への不満から会社を無断欠勤し、職場放棄をしていたようです。そして今回も自分のツナギはなかったことで「会社を辞めろ」と言ってきているのだと感じ、その日職場を無断欠勤してしまいます。

その後、加藤智大の元に同僚からツナギが見つかったというメールが来ましたが、加藤智大はツナギを誰かが隠していたに違いないと思い込み、そのまま会社に戻ることはなく無断で退職してしまいました。

原因②人生へのコンプレックス

加藤智大は短大を卒業後、警備員や住宅部品メーカー、自動車工場、運送会社等で働いていましたが、いずれも非正規雇用の派遣社員でした。事件を分析した識者の間からは「将来性の見出せない労働環境に悲観し犯行に及んだのではないか?」という意見が出ました。

しかし加藤智大はそうした意見に対し「社会の環境ではありません。勝手に置き換えないでください」と述べており、人生への恨みやコンプレックスが犯行の動機という説を否定しています。

本当の原因は?

ここまでに挙げた事件の動機は加藤智大が語ったことではなく、すべてマスコミや専門家などが勝手に推測したものでした。犯人の加藤智大自身も「何故そうやって社会のせいにするのか、全く理解できません」と述べており、すべて否定しています。

加藤智大が犯行に及んだ本当の原因は、マスコミで報じられたような社会に対する不満などではなく、まったう別のところにあったようです。では、加藤智大が秋葉原通り魔事件を起こした本当の原因とはなんだったのでしょうか?

自伝「解+」で語った動機

秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大は獄中で事件に関することを執筆しており、自伝「解+」として現在出版されています。その自伝では犯行の動機について次のように書かれていました。

事件の原因は三つ。まず、わたしのものの考え方。次が掲示板の嫌がらせ。最後が掲示板だけに依存していたわたしの生活の在り方。

つまり社会に対する不満ではなく、自分の心の拠り所となっていたネット掲示板を荒らした犯人に対して復讐する意図があったようです。また、自伝には「わたしは何か伝えたいときに言葉で伝えるのではなく、行動で示して周りに分かってもらおうとする。母親からの育てられ方が影響していたと思う」とも述べております。

そして自伝の内容のうち、母親の教育に関する批判はかなりの分量を占めて書かれておりました。母親から受けた教育が人格形成に影響し、後々になって事件へとつながっていったことなどが述べられています。

加藤智大の極端な性格

また加藤智大が秋葉原通り魔事件を起こすに至ったのは、自身の極端な性格にあるとも言っています。先の自動車工場を辞めた時の「ツナギ紛失事件」のように、何か人間関係に不満を持つと感情が爆発してコントロールできなくなるようです。

そして雇用主や周囲の人間は相談することなしに、不満への抗議としていきなり無断欠勤・職場放棄してしまうことになります。こうした極端な考え方や行動が自分の中にあるということを加藤智大は自著の中で述べています。

加藤智大の母親の歪んだ愛

秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大の極端ともいえる激しい性格は、どこから出来上がったものなのでしょうか?実は、子供のときから母親からある種の歪んだ愛情を受け、異常とも言えるような教育方針により育てられたと言われています。

ここでは加藤智大の母親と息子・加藤智大に対する教育についてご紹介します。加藤智大の子供時代のエピソードからは、加藤智大が受けた母親の歪んだ愛情が垣間見えてくるようです。

母親エピソード①スパルタ教育

凶悪犯罪者などは子供の頃父親や母親から愛情を受けずに育児放棄されているケースも多いのですが、加藤智大の母親の場合それとは真逆で、熱心に子供の教育に取り組んでいたようです。加藤智大の母親の教育方針はかなりの「スパルタ教育」だったようです。

加藤智大の母親は進学校・青森県立青森高等学校を卒業し、地域の教育アドバイザーもやっていたというほどの熱心な「教育家」でした。また優秀な子供が通う高校を卒業したものの、大学受験には失敗していたようです。

そのためか母親は学歴に対するコンプレックスがあったようで、自分の子供には同じような思いをさせたくないと考えていたようです。そして子供に対しては厳しく接することこそ愛情だと考えていたようです。

ここでは、その愛情ゆえに行っていたであろう、加藤智大の母親のスパルタ指導のエピソードを見ていきたいと思います。

極寒の外に立たせる

加藤智大が母親の怒りを買うようなことをすると、薄着のままで外に放り出し立たせていたと言われています。母親が子供に行う躾としてはよくあることのようですが、この場合外と言っても青森の極寒の冬ですので、低体温症や凍死してもおかしくないような状況です。

また、あるとき雪で靴を濡らして帰って来た加藤智大に対して母親が怒り出し、裸足のまま雪の上に立たせ続けたこともあったようです。母親の愛情ゆえの厳しい躾と考えたいところですが、やや行き過ぎている感は否めません。

九九ができずに頭を沈める

加藤智大は小学校時代、九九を覚えるのが苦手だったようです。そんな息子に対して母親は九九を間違えると頭ごと風呂の中に沈めるという、かなり厳しい罰を与えて無理やり覚えさせていたようです。

言うことを聞かなくて母親から叱られる子供というのはどこにでもいるものですが、勉強を覚えさせるためにこのような罰を与える母親というのはさすがにやり過ぎなような気がします。ここでも母親の行き過ぎた愛情が見えてくるようです。

泣くことも許さない

加藤智大の母親は「愛情ゆえの厳しい教育」のつもりで、実際は息子に対して虐待に近いことを行っていたようです。そして母親のそうした仕打ちに耐え切れずに、加藤智大が泣き出すこともしばしばあったようです。

そんな時、母親は加藤智大の口にタオルを詰め込み声が出ないようにして、そのうえガムテープでグルグル巻きにして屋根裏の部屋へ泣き止むまで閉じ込めたそうです。加藤智大は厳しい母親によって、泣く事も許されないという状況に置かれていたようです。

自由を徹底的に奪う

さらに加藤智大の母親は加藤智大の自由を徹底的に奪い、厳しい躾をしていました。加藤智大が学校から帰ると毎日母親が定めた習い事が待っていました。さらには母親から友達と遊んだりすることも禁止されていたようです。

そして教育上良くないということで、母親から漫画を見ることはすべて禁止されていました。また、母親から唯一見ることが許されていたテレビ番は「ドラえもん」と「まんが日本昔ばなし」だけだったようです。

​​​​母親としては子供の将来のことを考え、役に立たない無駄なものを排除していたつもりなのでしょう。しかしここでもやはり母親の教育方針は過度に厳しく、そこには母親の歪んだ愛情というものが見えてきます。

また、母親の教育方針は子供が間違えたり良くないことをしたら罰を与えるというものでしたが、その結果子供は表面上だけ良い子であることを取り繕うようになり、その裏では内側にある自分自身の気持ちを制御できなくなっていったようです。

母親エピソード②10秒ルール

加藤智大と母親の間には「10秒ルール」というものが設定されていたそうです。例えば作文の課題をやっているときに急に母親が「この熟語を使った意図は?」というような質問をし、10秒以内に答えられえないと母親が平手打ちするというルールです。

これもまた母親は加藤智大を優秀な子に育てようという愛情からそうした厳しいルールを強いていたのでしょうが、平手打ちするなどの行為はすでに暴力であり、愛情ではなく単なる虐待だったともいえるでしょう。

母親エピソード③異性は排除

加藤智大は母親から異性の友達と付き合ったりすることを禁じられていました。加藤智大は中学時代スポーツが得意だったため、女子から人気があり2人の彼女が出来たそうですが、母親によって強制的に別れさせられたといいます。

母親としては異性のことが気になって、勉強やスポーツなどが手につかなくなることを恐れたのでしょうが、思春期に異性との交流を極端に抑圧したことにより、加藤智大が愛情が欠落した人格になった可能性も十分に考えられます。

母親エピソード④ばら撒かれた食事

加藤智大が中学一年生の頃、食べるのが遅いということで食事中に母親の機嫌を損ねてしまったことがあったようです。そして母親は新聞紙を敷き詰めた廊下の上にご飯や味噌汁など食事を全部ばら撒き、加藤智大にそこで食べるように命じたと言います。

加藤智大は泣きながら食べていたと加藤智大の弟が話していますが、母親から「厳しいしつけ」以上の虐待を受けていたことが明らかになりました。また父親は母親のこうした態度を諌めることもなく、ただ傍観していただけだったようです。

事件の2年前に謝罪

母親は加藤智大を中学生の間は厳しい躾で縛り付けていましたが、高校に入って加藤智大の成績が落ち始めるとだんだん見放すようになったと言われています。そしてそんな空気を感じてか加藤智大も次第に荒れ始めます。

フラストレーションが溜まると家の部屋の壁を殴ったり、学校で窓ガラスを割るなどしたり、あるときは自分をそれまで押さえつけていた母親を殴ったりもしたようです。この時期からカッとなると気持ちが抑えられない加藤智大の性格が徐々に現れ始めていたようです。
 

その後、加藤智大は大学ではなく短大への進学を決め、家を出て母親からの呪縛から解放されることになります。そして加藤智大は3年ぶりに帰宅した際に母親から謝罪されたようです。秋葉原通り魔事件が起きる2年前のことでした。

母親は加藤智大に対して「こうなってしまったのは自分のせい」と、子供の頃からの教育に謝罪しました。母親の謝罪からわかるのは、けっして加藤智大が憎くて厳しくしていたわけではないということです。しかし、この時すでに加藤智大の心の闇は深くなっていたようです。

加藤智大の弟が自殺

秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大には弟がいました。しかし、前代未聞の殺人事件の犯人の弟ということで世間からバッシングを浴びたり、マスコミに追いかけられるなどして精神的に疲弊し、最後にはとうとう自殺してしまいました。

ここでは加藤智大の弟の自殺について見ていきましょう。弟が自殺前に残した手記により加藤智大の家庭での様子や、加害者家族が受けた苦しみなどが明らかになっています。

加藤智大の弟・加藤優次

加藤智大の弟・加藤優次もまた、加藤智大と同じく母親からスパルタ教育を受けており、母親への反発からか高校入学直後から5年間近く「引きこもり」の生活をしていたと言われています。ある意味、母親のスパルタ教育のもう一人の被害者といえるのかもしれません。

そして加藤智大に比べて引っ込み思案的な性格だったことも影響したのか、事件後取り乱していた母親のことを気遣いながらも兄の事件について思い悩み、最終的に自殺という選択をしました。

加藤智大の弟・加藤優次は事件当時、母親の元を離れ東京で働いていたようです。しかし、秋葉原通り魔事件が起き、加害者の弟であることが周囲にわかると退職を余儀なくされたようです。

事件から3ヵ月後、事件のことを吹っ切るため加藤優次はそれまで住んでいたところを引越し、アルバイトを始めます。しかしネット上には「加害者の弟」として加藤優次の名前が書き込まれており、事実ではないようなことまでまことしやかに語られていたそうです。

弟が自殺1週間前に告白

加藤智大の弟・加藤優次は自殺する1週間前に、お世話になっていた記者に250枚もの分量の手記を送っていました。その手記は家族視点から見た秋葉原通り魔事件として本にして出版する予定だったようですが、記事を送った1週間後に加藤優次は自殺してしまいました。

自殺前に加藤優次が書いた手記には兄と面会したくて50回以上手紙を送ったが面会できなかったことや、「兄は母親のコピー1号だと言う、その法則に従えば自分はコピー2号だ」という言葉が書かれておりました。

「あれから6年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」

さらに、手記の中では加藤優次自身の中に「加藤智大や母親と同じ心性が宿っているのではないか?」という疑念をぬぐえなかった様子や、自殺をほのめかすような言葉が綴られていました。

また、すでに一度餓死による自殺を試みて失敗したことなどが書かれておりました。加藤優次は加害者の家族として自殺するにしても苦しみながら死ぬことを選ぼうとしており、手記には弟の悲痛な思いが書かれていました。

弟が語る「加害者家族の苦しみ」

加藤智大の弟・加藤優次が残した自殺前に手記には、加害者の家族が受ける苦しみがありありと書かれていました。また、引っ越しても1ヶ月としないうちにマスコミが訪ねてきたことなども書かれていました。

そうしたことが続くうちに、加藤優次には「逃げられないんだな」とあきらめにも似た感情が芽生え始めていました。しかし弟・優次にはその後彼女ができ、一時は屈託のない笑顔を見せるほど精神的に立ち直っていたようです。
 

加藤優次は彼女にお酒の力を借りながらも、自身が加藤智大の弟であることを告白しすべてを打ち明けたといいます。そのときは彼女もまた「あなたはあなただから関係ない」と言い、加藤優次に対して理解を示したといいます。

しかし、その後彼女と交際が進み結婚の話が持ち上がると、途端に彼女の両親が反対しだしたそうです。そしてストレスが溜まっていた彼女からも「一家揃って異常なんだよ、あなたの家族は」と突き放されるようなことを言われ、加藤優次はどん底に突き落とされます。

被害者家族は言うまでもないが、加害者家族もまた苦しんでいます。でも被害者家族の味わう苦しみに比べれば、加害者家族のそれは、遥かに軽く、取るに足りないものでしょう。
『加害者の家族のくせに悲劇ぶるな』
『加害者の家族には苦しむ資格すらない』
これは一般市民の総意であり、僕も同意します。
ただそのうえで、当事者として言っておきたいことが一つだけあります。
そもそも、『苦しみ』とは比較できるものなのでしょうか。被害者家族と加害者家族の苦しさはまったく違う種類のものであり、どっちの方が苦しい、と比べることはできないと、僕は思うのです。

加藤優次は手記で上記のように述べており、被害者家族の苦しみとは比べ物にならないと断りながらも、加害者の家族にも被害者の家族とは違った苦しみが存在していることを書いています。

加藤優次はマスコミや世間の風評から追われ続けたことや、信頼できると思った彼女に突き放されたことによりますます行き場を失って、最終的には自殺という選択肢を選ばざるを得なかったことがわかります。

加藤智大の母親の現在

虐待にも近いスパルタ教育を加藤智大に施していた母親ですが、現在はどこでどうしているのでしょうか?事件後の加藤智大の母親の状況と、それから10年たった母親の現在の様子を追っていきます。

母親は事件後に離婚

加藤智大の母親は秋葉原の事件後に離婚をしています。母親は加藤智大が起こした事件に対して相当のショックを受けたようであり、事件発生後の母親はかなり取り乱していたと言われています。

実際、事件後にマスコミが自宅に押し寄せた時には、母親は父親と一緒に自宅前に出てきて謝罪の態度を見せたものの、母親が耐え切れずに崩れ落ちる姿がテレビの映像で映し出されました。

その後、母親は父親に抱えられ部屋に戻っていきましたが、この時点で加藤智大が起こした事件によってかなりの精神的ダメージがあり、疲弊していたことがうかがえます。

精神科の病院に入院

加藤智大の母親は息子が大変な事件を起こしたというショックと、その後のマスコミの取材や追及などから受けたストレスにより精神を病み、精神科の病院に入院してしまいます。

母親は入院後も一時は錯乱状態が続き、面会謝絶状態となっていたようです。また弟が母親と電話で話すこともあったようですが、その時はろれつの回らないしゃべり方だったと述べており、強い薬か何かを使ってようやく症状を抑え込んでいたようです。

実家の祖母が急死

精神病院で一時は錯乱状態にあった加藤智大の母親ですが、その後落ち着きを取り戻しました。そして精神病院を退院すると青森の実家に戻っていたようです。しかしそこでさらに母親に悲劇が訪れます。

実家の祖母が孫が殺人事件を起こしたことを知り、そのショックから病に伏せ急死してしまったのです。その後、加藤智大の母親は実家を出て、現在は青森市内のアパートでひっそりと暮らしているようです。

加藤智大の父親の現在

秋葉原通り魔事件発生後、犯人・加藤智大の父親と母親は離婚しました。事件の影響によりもう一人の息子は自殺、母親は錯乱状態となってしまったようですが、父親のほうはどうだったのでしょうか?加藤智大の父親の現在の様子を追っていきます。

批判される謝罪

加藤智大の父親は事件発生後、母親とともに自宅前でマスコミの取材に応じ謝罪のコメントを述べました。しかし謝罪の様子を報じたワイドショーでは「機械的な謝罪」「用意された謝罪の文章を読んでいるだけ」というような謝罪に批判的な意見が出ました。

加藤智大の父親は真面目に取材に答え謝罪していただけなのでしょうが、謝罪の言葉があまりにも通り一辺のもので説明不足だったために「反省しているように見えない」「まるで他人事のよう」という風に世間からは捉えられてしまったようです。

会社を退職後引きこもりに

加藤智大の父親は地元の信用金庫に勤めていましたが、事件の数ヵ月後に退職しています。そして謝罪会見後、父親は自宅に引きこもり頻繁にかかってくる嫌がらせや謝罪を要求する電話を遮断するため電話を解約し、部屋中の明かりを消してしまったようです。

現在でも加藤智大の父親は部屋の明かりを消し、ロウソクの光のみで生活しているようです。また母親との離婚後、現在では近所との付き合いも完全に遮断し、父親も引きこもり状態になっているようです。

子供の罪に向き合う父親

加藤智大の父親は事件から10年経ったあと、週刊誌のインタビューに「10年経ったなどという数字はなんの意味もないんです。私だけでなく、被害者のかたがたも含めて」とあらためて事件について謝罪をしています。

母親に比べてやや存在感が薄い加藤智大の父親ですが、加藤智大が高校を卒業し岐阜県の短大に進学したときや、弟が高校入学後3ヶ月で学校を辞め不登校になってしまったときなどは影ながらに金銭的に援助したりもしていたようです。

また、一部では父親が酒に酔ってしばしば家庭内暴力をしていた、という報道があったようですが、弟の手記によれば実際はお酒はほとんど飲まず、理不尽に怒ったりはしない、かなり真面目な人間だったようです。

父親は現在マスコミの報道は一切見ておらず、息子だけでなく弁護士とも会っていないようです。しかし子供が犯した罪の重さに向き合い謝罪することで、加害者の家族としてただひたすらに責任を取り続けようとしているのかもしれません。

加藤智大の母親は愛が歪んだ異常者だった

秋葉原通り魔事件の犯人・加藤智大が事件を起こした理由には様々なことが重なっているようです。しかし、やはり一番大きかったのは歪んだ愛情を持った母親から受けた、虐待的な教育指導により加藤智大の人格が歪められてしまったことだったかもしれません。

加藤智大自身も「母は自分の価値観が絶対であり、それに反論することは許されなかった」と母親について語っており、自分自身も母親の影響を受けたと述べています。そして母親の影響は弟・加藤優次の自殺にもつながっていったようです。


加藤智大の母親は自身の経験から「学歴がなければ世の中で生きていけない」と考え、子供に対して愛情をかけ教育に力を入れようとしたのでしょう。しかし母親の愛情はいつしか歪んでしまい、加藤智大という殺人鬼と加藤優次という自殺者を生み出してしまいました。

もちろん加藤智大が起こした事件の責任はすべて加藤智大にあり、どれだけ母親から虐待を受けていたとしても、事件に巻き込まれた被害者には無関係のことです。しかし、母親の歪んだ愛情が大きく影響していたことには一考の余地があるかもしれません。

加藤智大は裁判により死刑が確定し、現在は死刑執行を待つだけとなっています。しかし一部にはこうした母親から受けた虐待的な教育に同情する声もあり、また加藤智大本人も被害者に対して申し訳ないと涙を流して反省しているとも言われています。

今後、加藤智大と母親との関係性や、事件に至った背景などが世の中に周知され、現在親である人やこれから親になる人の参考になるような形で、事件が人々の記憶に残っていくことをせめて期待したいところです。

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この記事のライター
ゆすやん
漫画・アニメ・映画大好きの元CGクリエイター・デザイナーです。声優・アイドルなどサブカル全般詳しいです。

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