河相我聞の現在!転落理由はラーメン屋?子供?河相我聞の経歴まとめ

1991年に「天までとどけ」でブレイクし、アイドル的人気を誇っていた河相我聞さん。隠し子スキャンダルを機にメディア露出が激減したものの、現在は2人の息子とともに再ブレイク中!?波乱万丈の河相我聞さんの人生を深堀りします!

河相我聞の現在!転落理由はラーメン屋?子供?河相我聞の経歴まとめのイメージ

目次

  1. 1河相我聞のプロフィール
  2. 2河相我聞の現在
  3. 3河相我聞の転落理由はラーメン屋?
  4. 4河相我聞の子供や家族について
  5. 5河相我聞の出演経歴
  6. 6河相我聞の現在は俳優活動をし子供も芸能界入り

河相我聞のプロフィール

・愛称:なし
・本名:河相我聞(かあいがもん)
・生年月日:1975年5月24日
・年齢:44歳(2019年6月現在)
・出身地:埼玉県
・血液型:A型
・身長:177センチ
・体重:不明
・活動内容:俳優、タレント、ナレーター、歌手、ミュージシャン(ドラムス)
・所属グループ:なし
・事務所:ウィーズカンパニー
・家族構成:母、実兄、異母姉

河相我聞の経歴

10歳の時に児童劇団に入団し、1991年のTBS系ドラマ『天までとどけ』で広く知られた俳優・河相我聞さん。1994年のフジテレビ系ドラマ『時をかける少女』で準主役に抜擢されると、TBS系ドラマ『未成年』をはじめ数々の作品に出演。さらに歌手デビューまで果たすなど、当時はアイドル並みの人気を誇っていました。

しかし、人気絶頂の1998年、まだ19歳だった1994年に長男を設けていたことが発覚してしまいます。これにより爽やかなイメージは崩れ落ち、オファーも激減。さらに、経営していたラーメン店がトラブルにより閉店するなど、不遇の時代がやってきます。

近年はサスペンスドラマや舞台などに出演する傍ら、シングルファーザーとしての日々を綴った個人ブログが人気となり、本も出版!テレビ局からもオファーが殺到し、1998年の隠し子スキャンダルから20年、ようやく表舞台に返り咲きました。

河相我聞の現在

隠し子スキャンダルによるイメージダウンでメディアの露出が激減した河相さん。しかし最近は、ネットニュースなどでも「河相我聞」の名前を見かける機会が増えてきています。再び注目を集めているワケを調べてみました。

2019年の誕生日で年齢44歳の河相我聞

15歳で俳優デビューした河相我聞さんも、もう44歳。先日迎えた誕生日には、人生のターニングポイントになる年齢と言われる「ゾロ目の法則」にあてはまることについて、自身のSNSで触れています。

誕生日を迎えTwitterでブレイクの予測?

「ゾロ目の法則」は別名『エンジェルナンバー』とも言いますが、その観点から44を分析すると「仕事と生活のバランスが整っている状態で、お金や仕事が安定し成功を収めることが出来る」といった意味もあるそう。確かに、大ブレイクする可能性がありそうです。

現在はドラマ出演で俳優活動も

不遇の時代とはいえ、この20年の間も、連続ドラマや単発のサスペンスドラマのほか、映画や舞台、ラジオ番組に出演するなど、休むことなく地道に活動は続けてきました。ドラム演奏など音楽にも携わっているようです。

現在はバツ2で元嫁は1人

河相我聞さんの結婚暦は2度あり、2人の子供の親権を持つシングルファーザー。劇団時代に知り合った女性との間に1994年に長男が生まれるも離婚した後、1999年に同じ女性と復縁し、再婚しています。そして、2002年に次男が誕生するも2011年に再び離婚。

つまりバツ2だけど、2人の子供の両親は同じなんですね。2人の仲は険悪かと思いきや、息子たちに何か起きたときや母の日の出来事など、日常的に「ママ」の話がブログに登場していますし、家族LINEのやりとりもほっこりするので、今でも良好な関係のようです。

著書「お父さんの日記」も出版され高評価

河相さんはシングルファーザーとしての日々をブログに綴っています。その中で、「子供たちの将来について焼肉屋さんで家族会議をした。」という記事に書かれていた『家族全員フリーター』というワードが話題となります。

これは、自身はほぼフリーで活動、長男はアルバイト生活、高校に進学しないと決めた次男もアルバイトを始めようかという状況を率直に表現した言葉。それまで200程度のPVが47万に急増し、著書「お父さんの日記」も出版!この本は高く評価され、見事返り咲きです。

現在は劣化?

「河相我聞の現在の姿がやばい!」とネガティブなウワサも一部で囁かれていた河相さんですが、爽やかでかっこいい河相我聞から、大人で落ち着いた河相我聞になっただけで、劣化してるとはいえませんね。ご本人によると「"劣化"ではなく"老化"です」とのこと。

河相我聞の転落理由はラーメン屋?

河相さんは2004年、明星食品の“店主シリーズ”のカップ麺をプロデュースした経験があります。その報酬を所属事務所からなぜかもらえなかったことをきっかけに、ラーメン店「ラーメン我聞」の経営に乗り出しました。

2005年に副業として「ラーメン我聞」を開店

2005年4月にラーメン店「ラーメン我聞」立川店をオープンさせた河相さんは、若いガテン系のお兄さん達にウケの悪い”カラダに優しい”をコンセプトにした味ではなく、”パンチ重視”の”エビ味噌トンコツラーメン”を提供しましたが、その選択が大当たり!わずか2年で総売り上げは4億円に迫るほどで、全国7店舗を展開する人気店となります。

転落理由はラーメン屋の横領事件?

しかし2007年3月、成功を収めていたはずの「ラーメン我聞」が突然の全店閉店。その理由は"共同経営者が起こした横領事件”だと言われていましたが、それと同時に、多くの出来事が降りかかったための閉店だったことを、後に明かしています。

「ラーメン我聞」経理担当者の横領発覚で閉店に

まず前提として、経営を勧めたのは所属事務所であり、隠し子スキャンダルで仕事が激減したため、事務所が"給料を払えなくなりそうだ"と河相さんに伝え、同時に知人から話を持ちかけられ開業に至ったという経緯があります。それなのに経営から2年が経ったある日、事務所から内容証明が届いたそうで・・・。

何店舗も拡大して最初はうまくいってたんだけど、芸名を使って商売することに対して当時の事務所から訴えられたり、共同経営者に横領されたりもしました。その人は(横領額は)2000万円くらいって言ってましたけど、たぶん『億』はいかれてますね。

事務所による訴訟は1年ほど話し合っても平行線で、二人ともボロボロになり最後は棄却という形で終了しましたが、そのタイミングで共同経営者の横領。しかも額が大きい!他にも、フードコートにある店舗で小さなボヤを起こし周りの飲食店に被害を出したことなど、様々な出来事が一気に起こったようです。これは辛い...。

転落理由は隠し子スキャンダルも関係か

河相さんの転落人生。横領事件や所属事務所とのトラブルが決定打となったラーメン店の閉店ですが、前出でも触れてきたとおり、ラーメン店を開業するに至ったそもそもの原因は「隠し子スキャンダル」にあるといえます。

河相我聞の隠し子スキャンダルとは

アイドル的人気を誇っていた絶頂の1994年、河相さんが19歳、相手の女性が17歳の時に長男を授かっています。しかしその後離婚。当時は事務所の意向からその事実を公表せずに活動していましたが、数年後の1998年、マスコミに報じられてしまいます。爽やか若手俳優の隠し子スキャンダルにイメージはガタ落ちし、仕事が激減するきっかけとなりました。

河相我聞の転落で所属事務所経営危機

仕事のオファーが激減してしまうと、一人しか所属していなかった事務所は経営危機に陥り、「給料が払えなくなる」と言われてしまいます。それでカップラーメンのプロデュースをしても、そのお金ももらえない。それでラーメン店の開業に至ったわけです。それなのにまさか2年後に著作権料まで請求されるとは...。人生何が起こるか分かりませんね。

河相我聞の子供や家族について

さて。俳優としての実力も去ることながら、料理の腕前もプロ級な河相我聞さんは、シングルファーザーとして二人の子供を育てています。俳優として活動する二人の息子たちの名前や画像を含め、河相さんのご両親や異母姉など、ご家族について深堀りします。

河相我聞と元嫁の間には子供が2人誕生

2人の息子について、「次男は甘え上手、長男は世話好き」、「石橋を叩いて渡らない長男と、石橋を渡っても渡らなくても良いと思っている次男」などと2人の性格の違いを表現している河相さん。では早速、二人のご子息をご紹介します。

子供達との会話も面白いと話題に

河相さんが日常を綴ったブログには、シングルファーザーとして子育てに奮闘する姿が書かれていますが、SNSでも意見に同調する声や、文章を絶賛する声などがあがっています。その中で、面白いと話題の息子たちとの会話をいくつか抜粋します!

冷蔵庫を開けたら「食べるな危険」と次男の字で貼り紙をしてあるお菓子があった。食べたら危険って、危険なら自分が食べたら危険じゃないのかい、と、わたくしが笑いながら次男に聞くと「違うよ、食べるのは大丈夫だけど、食べたら僕が怒って攻撃するから危険、という意味だよぅ、ムフフ」と、次男はパンチを繰り出すマネをしながら言った。確かに、そりゃ危険だわ、とりあえず食べてみるか。

15歳の次男に買い物をお願いされた。クレジットカード決済の28ドルの商品を。「5000円渡すけどお釣りはとっておいて、いつものお返し」とキメ顔で言われた

「パパ、駄目だよ。表に出る仕事なんだから顔に吹き出物とか作ったら」次男が二段ベッドの上から顔だけを出して、鏡の前で吹き出物を気にしているわたくしをジッと見ながら言った。「大丈夫だよ、最近はメイクさんが上手だから綺麗に隠してくれるから」と、返すと「駄目でしょ。メイクに頼ったら、キチンと元から綺麗にしないと。体の自然治癒力があるんだし」と。返す言葉がございませんでした。最近どちらが親がよく分からなくなる事が多い。

いや、かわいい...。面白いのもありますが、河相さんが息子たちに向けている愛情が伝わってきて何だかほっこり。どうやら次男がとっても個性的で自由度髙めで、長男はわりと冷静に見守るタイプ?次はそんな二人の息子たちについてご紹介します。

1994年に長男・河相沙羅が誕生

河相我聞さんの長男は「河相沙羅(かあいさら)」さん。1994年6月27日生まれの24歳で、俳優として活動後、現在は映画監督を目指し脚本を執筆しています。活動や身長などのプロフィールをご紹介します。

長男・河相沙羅とは

河相さんの長男・河相沙羅(かあいさら)さんは高校2年の時にオフィス北野に所属し、俳優として活動していました。芸能界入りからわずか1カ月で2011年放送のドラマ『IS~男でも女でもない性』に出演しデビューを果たすと、『イタズラなkiss~Love in Tokyo』などドラマ10本、映画2本に出演。

そのまま俳優として活動していくのかと予想されましたが、オーディションを100回受けても全て不合格となってしまう厳しい現実に打ちひしがれ、役者の道を断念。2016年にオフィス北野を退所します。その後、一時は父の経理や動画編集などを担当していたようです。

沙羅さんの画像を確認すると、やはり河相我聞さんに似ていますね。料理の腕前も引き継いでいるようです。彼は、父の誕生日にマッサージしてあげたり、母の日にお花を贈っていたり、弟が乗り物酔いしないように急いでアメを買いに行くような優しい息子だそう。

長男・河相沙羅は現在映画監督を目指し脚本執筆

沙羅さんは現在、映画監督を目指し自主制作映画の脚本を執筆しています。そのきっかけについては「あまり父に褒められたことがなかったけど、台本を初めて父親に見せたら『センスあるね』と褒められた。きっとまた褒められたい気持ちがあるんだと思う」と告白。いつか共演が叶う日がくるのでしょうか。楽しみです。

2002年に次男・竜跳が誕生

次に河相我聞さんの次男について、お名前は河相竜跳(かあいりゅうと)さん。 2002年1月5日生まれの17歳で、10歳のときに子役デビュー。現在も俳優として活動しています。”親の七光り”ではなくスカウトされ、芸能界入りしました。

次男・竜跳とは

今年17歳になる我聞さんの次男、河相竜跳(かあいりゅうと)さんは、中学卒業後は高校に進学せず俳優として生きる道を選択しました。スターダストプロモーションに所属し「竜跳」名義で俳優として活動しています。やはり我聞さんにそっくりですね。

次男・竜跳は映画やドラマでも活躍

これまでの7年間で、2012年から放送を開始した日本テレビ系連続ドラマ『コドモ警察』全シリーズや、2013年の映画『カノジョは嘘を愛しすぎてる』など、ドラマ8本、映画4本に出演。

2015年放送のTBS系連続ドラマ『アルジャーノンに花束を』では山下智久さんの少年期を演じ、父親役にはいしだ壱成さん。さらに共演シーンはないものの、父の我聞さんも出演!『未成年』と同じく野島伸司脚本、吉田健監督でしたので感慨深い方も多かったのでは?

そして竜跳さんは、12歳にして2014年公開の映画『ショートホープ』の主役に大抜擢!残酷な家庭環境を生きる少年の揺れ動く心理を描いたこの難役を、圧倒的な目力と存在感で繊細に演じ、堀口監督も演技に対する勘の良さに感心しきりでした。次回作も楽しみです!

次男の為に高校卒業認定試験を受けるも不合格?

次男が高校進学をかたくなに拒否した際、自身が中卒のため何も言えないと、高卒認定試験の受験を決意した河相さん。2017年8月に受験するも8科目中1科目の点が足りず、不合格となります。しかし、2018年1月に再度1科目を受験。見事合格することができました。

子供は身長177cmの河相我聞より高身長?

すらっとしていて身長が高いイメージのある河相さん。177cmということですが、長男・沙羅さんの身長は現在178㎝!少しだけ追い抜かれてしまったようですね。たかが身長、されど身長...?

次男の身長は非公表

次男・竜跳さんの身長は公開されていませんが、河相さんのSNSによると「次男が私の身長をそろそろ抜かそうとしてる」とのこと。河相さんは身長177cmですので175cmくらいなのでしょうか。まだ17歳なので身長は伸びる可能性大!

河相我聞の父や姉につぃて

河相さんは埼玉県蕨市に生まれ、父親は福井県、母親は広島県の出身。父親は玩具店などを経営していた実業家ですが、その家庭は少々複雑な環境だったようです。河相我聞さんのご両親や異母姉などのご家族について、ピックアップします。

父が年齢70歳の時に河相我聞が誕生

河相我聞さんの父親は玩具店を経営していた裕福な実業家で、河相さんは父親が70歳、母親が32歳のときの子供です。「我聞」という名前は浄土真宗を信仰していた父親が、仏典の一節にある”如是我聞”から取り命名。この変わった名前のためにいじめに遭い、小学3年から不登校になっています。

母は父の妾で異母姉や異母兄の存在?

河相さんの父親は、河相さんの母親とは籍を入れず、”妾”として囲っていました。そのため河相さんは愛人の子供として育てられ、異母姉も存在。8歳上の実兄は、高校には進学せず大検を受けて埼玉医科大学へ進学した後、外科医になった秀才。収入がなくどん底の時にも助けてくれたそうです。そして異母姉とは歳の差があるようで...。

異母姉との年齢差は40歳ほど

河相さんの異母姉は、父親が本妻との間に作った子供で、河相さんとの年齢差は40歳!現在の異母姉は84歳なので、76歳を迎えた河相さんの母親よりも異母姉の方が年上なんですね。こうなると複雑な環境に思えますが、芸能界入りに猛反対していた父親は、活躍する姿を楽しそうに見ていたと言うので愛情は異母姉に対するものと同じく本物だったはず。

河相我聞の出演経歴

児童劇団時代を入れると俳優デビュー33年を迎えた河相さん。これまで出演したドラマは100本以上で、主演を務めた『大失恋。』を初めとする映画のほか、舞台やラジオ、バラエティ番組やCMまで、多岐に渡り活動しています。

河相我聞の厳選出演ドラマ一覧

1990年、まだ児童劇団時代に名もなき役で出演した日本テレビ系『勝手にしやがれヘイ!ブラザー』から、つい先日出演したTBS系列『水戸黄門 第2シリーズ』まで、主役脇役全て込みで100本以上のドラマに出演している河相さん。代表作をピックアップします。

出演ドラマ①「天までとどけ」

1991年から2004年まで放送されたTBS系テレビドラマ『天までとどけ』。母親を岡江久美子さん、父親を綿引勝彦さんが演じ、8男5女の15人家族を描いたホームドラマで、第8弾まで放送されました。パート1~5の平均視聴率は13.1%、最高視聴率は19.0%と、昼ドラ枠にも関わらず高視聴率を記録。

河相我聞さんといえばこの作品!という方も多いのではないでしょうか。河相さんは次男・信平役で出演していました。シリーズ中に売れっ子になり撮影スケジュールが合わなくなり、第6弾からはボストンへ留学。今もグループLINEで繋がり、毎年出演者たちで集まっているそうですよ。

出演ドラマ②「時をかける少女」

筒井康隆氏の同名SF小説を原作とした1994年放送のフジテレビ系テレビドラマ『時をかける少女』は、自由にタイム・リープできる能力を持つことになった少女が、未来から来た青年との出逢いなど、さまざまな経験を重ね成長していく物語。

主演を内田有紀さんが務め、妹役に安室奈美恵さんのほか、袴田吉彦さん、菅野美穂さんなど若手俳優が出演。河相さんは、内田有紀さん演じる芳山和子の幼なじみ役を務めました。

出演ドラマ③「未成年」

1995年放送のTBS系列テレビドラマ『未成年』は、野島伸司が脚本を手がけ、『高校教師』、『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』に続く『TBS野島三部作』の三作目として放送されました。同年代の若者5人を中心に、青春の苦悩と葛藤を生々しく描いたこの作品は、衝撃的なシーンの連続で一大ブームを巻き起こし、最高視聴率23.2%を記録。

主演のいしだ壱成さんをはじめ、香取慎吾さん、反町隆史さん、桜井幸子さん、浜崎あゆみさんらが出演。河相さんは、有名進学校に通い母親からの過剰な期待と溺愛に葛藤する神谷勤を演じ、のちに浜崎あゆみさん演じる田畑瞳と、恋人関係になる役柄でした。

出演ドラマ④「みにくいアヒルの子」

1996年放送のフジテレビ系テレビドラマ『みにくいアヒルの子』は、岸谷五朗さんを主演に、常盤貴子さん、生徒役に伊藤淳史さんらが出演。1997年と1998年、2003年の3回に渡りスペシャル版も放送されました。河相さんは、生徒から憧れの存在の教師・沢木茂役で、教師職にあまり興味がなかったが、玩助との出会いで誇りに目覚め成長していく役。

出演ドラマ⑤「名探偵キャサリン」シリーズ

山村美紗の推理小説「キャサリンシリーズ」を原作としたテレビドラマシリーズ『名探偵キャサリン』。河相さんは、かたせ梨乃さん演じる倫子の後輩カメラマン・飛田三郎役で、赤坂晃さん、関口知宏さんからバトンを引き継ぎ、1999年の第7弾から2004年放送の14弾まで出演。キャサリンの助手といえば「飛田」という方も多いでしょう。

河相我聞の厳選出演映画一覧

1995年の『大失恋。』で映画デビューを果たし、3作品で主演を務めています。これまでの出演作のなかから、いくつかピックアップします。いつかこの中に、長男・沙羅さんが監督を務めた作品が並ぶのも遠くないかもしれませんね。

出演映画①「大失恋」

映画初出演となった1995年公開の『大失恋。』は、清水ちなみ原作の小説が原作品で、遊園地を舞台に8組のカップルの恋愛模様を描いた作品。同時進行のオムニバス仕立てで、クリスマスイブから始まり、バレンタインデーへ向かってストーリーが展開します。河相さんは「ダブルデートの話」に、恋人役を務めた菅野美穂さんと登場。

出演映画②「デボラがライバル」

1997年の映画『デボラがライバル』は、多田かおるさんによる漫画を原作とした作品。憧れの先輩を追って大学に進学すると同時にひとり暮らしを始めた女の子。その隣室にオカマが住んでいたことから始まる恋の騒動を描いた青春コメディ。吉川ひなのさんを主演に、谷原章介さん、松岡俊介さん、篠原ともえさんらが出演。河相さんは医者役です。

出演映画③「緑の街」

1998年公開の『緑の街』は、ミュージシャンの小田和正さん自ら脚本と音楽を手がけた、第2回監督作品。「歌手である主人公が映画製作を果たす」というストーリーは、小田さんの実体験を元に描かれています。公開から20年経った今でもファンが多い作品。

出演映画③「ショコキ!」

2001年公開の映画『ショコキ!』は、高層ビルのエレベーターで一夜を過ごすことになった人々の喜怒哀楽をコミカルに綴った作品。ショコキとは「昇降機」の略。個性豊かなメンバーの中、河相さんは妙に明るい宅配ピザ屋の店主・鈴木タカシ役。

出演映画⑤「喰いしん坊!」シリーズ

土山しげる氏の描く原作『喰いしん坊!』を元に『喰いしん坊! -大食い開眼編-』及び『喰いしん坊! -大食い苦闘編-』の題で実写映画化された作品で、2007年に公開されました。河相さんは主人公・大原満太郎を熱演。

河相我聞の出演CM動画もチェック

日本テレコム(現ソフトバンク)や日産自動車キューブなど多くのCMに出演してきた河相さん。1995年の「日本デルモンテ」のCMでの、女の子二人に料理を作ってあげる姿は、今でも印象に残っている方も多いのではないでしょうか。代表的なCMを振り返ります。

CM動画①「fms(フラッグメディアサービス)」編

2012年の『株式会社フラッグ フラッグメディアサービス(fms)』のCMに出演。高校の先生役で登場し、卒業式後の教室で、思い出が詰まったDVDを生徒に配り思い出を語りはじめます。

CM動画②サントリー「ビアカクテル」編

1997年には『サントリー「ビアカクテル」』のCMに出演。華やかな女性たちとプールサイドで夏全開にビアカクテルを飲む姿は、楽しそうで爽やか全開で、とても美味しそうなCMでした。

CM動画③イオン編

イオンでは2005年冬から2006年春の新入学シーズンのCMで、『24色カラーランドセル』や『のびデカ・デスク ロータイプ学習机』、『24色カラーランドセル』など数本のCMに出演。若いパパがとっても爽やか!そろそろ新たなCMにも出演して欲しいですね。

河相我聞の現在は俳優活動をし子供も芸能界入り

15歳でブレイクし、人気絶頂からの転落を経て、シングルファーザーとして返り咲いていた河相我聞さんの人生。不遇な時代は大変だったと思いますが、河相さんは「自分は苦労していない」「苦労したのは子供たちや家族」というお気持ちで今まで活動を続けてこられたのでしょう。

二人の息子と共に芸能界で生きる河相我聞さん一家の、今後のご活躍に期待しましょう!

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cicocico

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