可愛かずみの死因は?川崎憲次郎(プロ野球選手)の自宅で自殺?真相まとめ

女優の可愛かずみがプロ野球選手である川崎憲次郎の自宅で自殺するという衝撃的な事件から22年が過ぎようとしています。今回はその可愛かずみの自殺の真相と題し、死因や遺書、そして何故彼女は自殺に至ったのかなどを調査してみました。さんまや志村けんといった大物との噂も⁉

可愛かずみの死因は?川崎憲次郎(プロ野球選手)の自宅で自殺?真相まとめのイメージ

目次

  1. 1可愛かずみとは
  2. 2可愛かずみの自殺とその死因について
  3. 3可愛かずみが自殺した場所は川崎憲次郎の自宅だった
  4. 4可愛かずみ自殺の真相
  5. 5可愛かずみが残した遺書とは
  6. 6可愛かずみには婚約者がいた
  7. 7可愛かずみの過去の噂について
  8. 8可愛かずみは自殺によってこの世を去っていた

可愛かずみとは

可愛かずみのプロフィール

・愛称:なし
・本名:久我 知子(くが ともこ)
・生年月日:1964年7月9日
・没年齢:32歳
・出身地:東京都杉並区
・血液型:A型
・身長:161㎝
・体重:非公開
・活動内容:女優、歌手、グラビアアイドル
・所属グループ:なし
・事務所:マーカス
・家族構成:父、姉

可愛かずみの主な出演作品

・【ドラマ】トライアングル・ブルー(1984年 - 1986年、テレビ朝日)
・【ドラマ】痛快!OL通り(1986年、TBS)
・【ドラマ】アナウンサーぷっつん物語(1987年、フジテレビ)
・【ドラマ】季節はずれの海岸物語(1988年 - 1994年、フジテレビ)
・【ドラマ】「女は二度生まれる」(1991年、テレビ東京)
・【映画】女猫〜美しき復讐者〜(1992年、日活)
・【映画】ヘッドフォン・ララバイ(1983年、東映)

可愛かずみの経歴

可愛かずみ(本名:久我 知子※くが ともこ)は1964年7月9日生まれで東京都杉並区の出身。御存命であれば今年54歳と成られていた筈でした。

1997年5月9日、可愛かずみは飛び降り自殺を図り、駆けつけた救急隊員によって病院へ搬送されるもそのまま搬送先の病院で死亡が確認されました。享年32歳。その早すぎる死に多くの人々が悼み、涙を流しました。

可愛かずみの両親は幼い頃に離婚。可愛かずみと3歳年上の姉は母親に引き取られ、それから約1年程生活を共にしましたが、その後父親に引き取られています。

そういった家庭環境や父親の転勤の影響もあり、幼い頃の可愛かずみは繰り返し転校を余儀なくされたそうです。ただ、自らも「感化されやすい性格」と言うだけあって、彼女は転校先でも直ぐにその環境に馴染んで行けるタイプだった様ですね。

とは言ってもせっかく仲良くなった友達と、また直ぐにお別れをしなければ成らないのはやはり辛かったのでしょう。転校が決まる度に可愛かずみは人知れず涙を流していたそうです。

そんな可愛かずみは転校せず過ごすことが出来た東京の港区立三田中学校時代を「落ち着いた気持ちで過ごせた」「すごく暖かい生活だった」と語っています。父親に「もう転校したくない」と訴えた事も有ったと言いますから、本当にこの転校のない生活が彼女にとって最良の時間だったのかも知れませんね。

可愛かずみはその後都内の女子校に進学。中学時代はバレーボール部に所属していた可愛かずみですが、校時代は部活ではなくレストランでアルバイトをしながら生活を送ったそうです。

そして彼女は高校在学中にスカウトを受けてモデルクラブに登録。そこで日活の宣伝用ポスターの仕事が舞い込み、引き受ける事に成るのですが…。

日活といえば「ロマンポルノ」をメインに放映を行っている映画会社ですので、この宣伝用ポスターも当然「脱ぐ」必要が有った訳です。それを知らずに引き受けてしまった可愛かずみは後からその事を知り、「ジ話が違う」と一旦は断るつもりでいたのだとか。

しかし日活の担当者がこの件で怒られている姿を見て可哀想に思ったらしく、同情からこの仕事を引き受ける事に。そしてこの仕事が渡辺護監督の目に止まり、1982年に日活ロマンポルノ映画『セーラー服色情飼育』(監督:渡辺護・脚本:ガイラ)で芸能界デビューを果たす事に成って行くのです。

可愛かずみが日活ロマンポルノに出演したのはこの作品一本限りで、この後は映画『夜をぶっとばせ』や、シブがき隊主演の『ヘッドフォン・ララバイ』に出演し、やがてグラビアアイドルとして人気を博して行きます。

当初は「ポルノ女優」というレッテルを貼られる事も有った可愛かずみでしたが、やがてドラマやバラエティなど幅広いジャンルで活躍を魅せ、次第に女優として確固たる人気と地位を確立していくことと成りました。

やがて実力派女優としてその名を知られる様に成った可愛かずみは、当時ヤクルトスワローズのエース級ピッチャーとして名を馳せた川崎憲次郎投手との熱愛など、公私共に順風満帆な日々を過ごしていたのですが、少しずつ歯車が狂いだし、その結果痛ましい事故によって彼女は自らこの世を去っていってしまったのです。

告別式では2年半ほど前に撮られた写真が遺影として使われたと言われています。父親が「人生で一番むなしい日」、所属事務所社長が「彼女が思っているよりもずっと彼女は愛されていた」と語るなど、生前の可愛かずみが多くの人々から愛されていたことが分かります。

告別式の様子を放送したワイドショーでは芸能リポーターまでもが「私の立場で言っていいのかは分かりませんが、もうそっとしてあげたいですね」と語るなど、本当に可愛かずみという人間が持つ人柄は素晴らしいものだったそうです。

可愛かずみの自殺とその死因について

可愛かずみの死因は?

可愛かずみの死因は飛び降り自殺による脳挫傷、又は全身打撲と見られています。彼女の死因は公に発表されていないのですが、飛び降り自殺の場合はこれらが死因と成るケースが多いそうで、可愛かずみもそれらのケースと同様の死因ではないかと言われているそうです。

可愛かずみは飛び降り自殺によって何らかの致命的なダメージを負い、それが死因と成ってお亡くなりになりました。ですが不思議な事に、彼女の死に顔はとても飛び降り自殺をした人間の顔とは思えないもので、とても健やかな顔をしていたと言われています。
 

死因は「自殺」は間違い

可愛かずみの死因を「自殺」と記載するサイトも有るようですが、自殺は死因ではありません。死因とは「死亡することに成った原因」であり、「自殺」は行為を指す言葉です。なので彼女の死因は「自殺」ではなく、「自殺によって生じた何らかの外傷的要因」によって死亡したとするのが正しい表現です。

飛び降り自殺は「最も苦痛がない自殺方法」と言われているらしい

自殺と言っても多種多様な方法がある訳ですが、その中でも飛び降り自殺が最も苦しまずに死ぬことが出来ると言われているそうです。普通なら真っ先に恐怖を感じる筈ですが、飛び降りる人の心境は「楽になりたい」という感覚に支配されており、それが恐怖を麻痺させているのかも知れません。

可愛かずみを自殺に追いやったストレスとは

可愛かずみを自殺に追いやった原因は「ストレス」だと言われています。実は彼女は仕事で相当なストレスを抱えていたという事が明らかに成っており、どうやらこのストレスが彼女を自殺へと追いやった原因ではないかと見られているのです。

自殺を図る人の大半は何らかのストレスが原因で自殺衝動に駆られると言われています。人それぞれストレスの原因は異なりますが、最終的にストレスが平穏な日常を奪うという点に関しては共通です。

可愛かずみの場合それが仕事によって生じるストレスだったらしく、彼女は日々の仕事や生活の中において如何ともし難いストレスを抱えながら暮らしていたのでは無いでしょうか?

彼女が何故それほどまでのストレスを抱える事に成ったのか?その原因と成ったとされる或るドラマの撮影とは?そちらはこの後じっくりとご紹介させて頂く事と致します。

可愛かずみは某ドラマの撮影以降精神安定剤を服用していた

可愛かずみはストレスによって自殺したモノと見られると先程ご説明いたしましたが、そのストレス源の一つに彼女が出演していた或るドラマが挙げられます。可愛かずみはこのドラマの撮影以降常に精神安定剤を服用する様に成ったと言われており、このドラマが彼女の命を奪った一つの原因と見られているのです。

可愛かずみが精神的に不安定な状態になる切っ掛けとなったそのドラマ撮影ですが、どうやら可愛かずみはそのドラマで何度もNGを出してしまい、共演していたベテラン女優から激しく罵倒された事が有ったそうなのです。

そのドラマ撮影で可愛かずみを罵倒したベテラン女優は加賀まりこでは無いかと言われているそうです。確かに毒舌で知られる加賀まりこだけに、ドラマ共演者のNGに対し辛辣な言葉を投げかけていてもおかしくない気もします。

一説によると加賀まりこはドラマ撮影でNGを連発する可愛かずみに対し、「ポルノあがりのくせに・・・」と、彼女自身を蔑むような発言を行ったとされています。

ただコレは女優業に対する加賀まりこの真摯な気持ちの現われかも知れません。「もっと真剣に取り組んでいればNGなんて出すはずがない」と、その思いがこうした言葉となって表に出てしまった可能性もあるでしょう。

ただ口が悪いのでどうしてもこういった口汚い言葉での表現と成ってしまうのでしょう。この言葉に可愛かずみは精神的なダメージを受け、以後精神安定剤を常用するように成ったと言われています。

可愛かずみの死後、ドラマ撮影の際に可愛かずみを虐めたのではないか?と報道陣から質問された加賀まりこは、イジメは無かったと自らの行為を否定しています。

確かに可愛かずみはこの加賀まりこの言葉だけで死を決したとは考えにくい部分がありますし、他に彼女が自殺を決意するに足る大きな理由があるので、この発言だけで彼女は自らの人生に幕を下ろす決断をしたと言う訳では無いでしょう。

過去3度に渡りリストカットによる自殺未遂も起こしていた

可愛かずみは過去に3度もリストカットに拠る自殺未遂を起こしており、既にその頃から強い自殺願望に苛まれていた可能性があります。

リストカットが直接死に至る原因と成る事はそれほど多くないようですが、リストカット行為は「自殺願望のサイン」であり、本格的な自殺への前兆であるとも言われているそうです。

 

彼女がリストカットに拠る自殺未遂を図ったのは、当時プロ野球選手だった川崎憲次郎との破局と、その後に撮られた志村けんとのツーショット報道が行われた辺りからです。

この両名との経緯は後程詳しくご説明致しますが、可愛かずみはこの辺りから過度の精神的ストレスを抱えた状態となり、1996年12月・1997年1月とリストカットの自殺未遂を繰り返し、自殺当日の1997年5月9日午前中にもまた手首を切って3度目の自殺を図っているのです。

可愛かずみが自殺した場所は川崎憲次郎の自宅だった

プロ野球選手・川崎憲次郎とは

・愛称:不明
・本名:川崎憲次郎(かわさき けんじろう)
・生年月日:1971年1月8日
・年齢:48歳
・出身地:大分県佐伯市
・血液型:O型
・身長:180cm
・体重:78kg
・活動内容:元プロ野球選手、解説者、タレント
・所属チーム:ヤクルトスワローズ→中日ドラゴンズ
・事務所:なし
・家族構成:妻(堀恵子)娘

1995年に川崎憲次郎との熱愛が発覚した可愛かずみ

1995年、当時ヤクルトスワローズのエース級ピッチャーとしてその名を球界に轟かせていたプロ野球選手・川崎憲次郎と可愛かずみの熱愛が発覚します。可愛かずみと川崎憲次郎は結婚も間近なのでは?と噂されるほどの仲で、順調に行けば二人の結婚は既定路線であると見られていたそうです。

実は川崎憲次郎は学生時代から可愛かずみの熱狂的なファンだったそうで、この熱愛報道がマスコミによって報じられた際も自ら交際宣言を行うほどだったと言いますから、余程可愛かずみの事が好きだったのでしょう。

1995年当時のヤクルトスワローズといえばセリーグで旋風を巻き起こしていた頃で、そのヤクルトスワローズのエースピッチャーの1人として大活躍していた川崎憲次郎は、いわば球界のスター選手でした。

そんな川崎憲次郎に心の底から愛されていた可愛かずみは、きっとこの時が人生で最も幸せな時であると感じていたのでは無いでしょうか?これほどまでに幸せな時間を過ごせることは人生の中でもそうそう有るものではありませんからね。

川崎憲次郎の故障がきっかけとなり破局

ところが、そんな順風満帆な2人の恋路は突如思いもよらない形で終わりを迎えました。川崎憲次郎は故障が原因で成績不振に陥っていったのですが、彼は故障の治療に専念したいと言うことで可愛かずみに対し別れを切り出したのです。

可愛かずみとしては川崎憲次郎が言っている意味が理解出来なかった事でしょう。というよりも多くの人にとってもこの理由は何故?と思う物では無いでしょうか?

野球選手として故障の治療に専念しなければ成らないのは理解できますが、だからといって別れる必要があるのでしょうか?野球選手が治療に専念するためには彼女と別れる必要があるなんて聞いたことがありません。

そう考えると彼が野球選手云々という事や、治療に専念云々というのは口実だったのでは無いでしょうか?野球選手としてではなく、川崎憲次郎という1人の男性として思うところが有ったのでは?と考えてしまう内容です。

当人同士しか知る由も無い話ですので真相については分かる筈もありませんが、何となく疑問点が残る別れの理由ですよね。

「このまま野球選手生命が終わってしまったら後悔させてしまう」と考え、好きだからこそ別れたのでしょうか?それとも野球選手として今は治療に専念したいと告げたところ、可愛かずみが無理強いを言ったのでしょうか?

いずれにせよ川崎憲次郎はプロ野球選手として治療に専念する事と、可愛かずみとの別れを選んだ訳です。この2年後にシュートを覚えて復活を果たした川崎憲次郎は現在の奥さんと結婚しています。

可愛かずみはその川崎憲次郎をどんな思いで観ていたのでしょうか?プロ野球選手として復活を遂げた事を喜んでいたのでしょうか?それとも自分を捨てた野球選手として彼のことを観ていたのでしょうか?

可愛かずみは川崎憲次郎の自宅マンションで飛び降り自殺を行った

1997年5月9日、午前中に自身3度目となる自殺未遂を図った可愛かずみは、その日の夕方「咳が出るから病院へ行く」と言い残し、午後7時10分頃、当時川崎憲次郎が住んでいた目黒区駒場の自宅マンションの7階から飛び降り、そのまま帰らぬ人となりました。

午後7時14分頃マンションの前に人が倒れていると通報によって救急車が駆けつけましたが、その時は既に心肺停止状態であったそうです。
 

可愛かずみは搬送された新宿の東京医科大学病院で、午後7時59分に死亡が確認されました。自宅を出た時間から推測すると、真っ直ぐ自殺現場に向かったものと考えられます。

当初は事故としても調べられたそうですが、その後すぐに自殺と断定されたそうです。可愛かずみが飛び降りたマンションの共同廊下には、揃えられた靴と免許証やカード、そして現金約10万円が入ったシャネルの財布が置かれていたと言います。

彼女は2階のエントランス部分に1度落下したらしく、その2階部分には落下痕と飛び降りた際にかけていたと思われるサングラスがあったそうです。

目撃者であるマンション1階のコンビニ店員の証言によると、可愛かずみはその日青と白のストライプのシャツを着ていたそうで、とても自殺したとは思えないほど安らかな顔をしていたという。

このニュースは一躍日本中を駆け巡りました。可愛かずみと川崎憲次郎が交際していた事は広く知られていましたので、その2人の成れの果てがこういった結末を迎えるとは誰も思っていなかった事でしょう。

また当時は遺書が見つかっていなかったこともあり、本当は自殺では無かったのではないか?など様々な憶測を呼びました。※こちらは後述致しますが、2014年に遺書の存在が可愛かずみの父親に明らかと成っています。

可愛かずみ自殺の真相

友人である女優・川上麻衣子が語る「可愛かずみ自殺の真相」

可愛かずみが飛び降り自殺を図ったとの一報を受け、彼女が搬送された東京医科大学病院には川上麻衣子、岡本かおりなど、多くの友人達が詰めかけました。

生前の可愛かずみは非常に友達の多い人物で、とても多くの人間から愛されていたそうです。そうした可愛かずみの人柄が皮肉にもこんな形で再認識させられる事に成るとは、その場にいる誰もが考えてもみなかったでしょう。

通夜にも渡辺美奈代や渡辺めぐみといった古くからの友人達が訪れ、口々に「もっと話を聞いてあげられればよかった…」と、そう呟きながら涙を流したそうです。

そうして多くの友人達が涙を流す中で告別式が執り行われ、可愛かずみはこの世を去っていきました。そして彼女の死後、一番の友人であった川上麻衣子が可愛かずみの自殺の真相について話しています。

川上麻衣子は可愛かずみの精神状態に大きな影響を与える事に成ったのは、先述したドラマ撮影での一件であると話し、この一件がキッカケで可愛かずみは強い精神安定剤を常用しなければならなくなったと語っています。

プロ野球選手である川崎憲次郎との交際期間中はその症状も落ち着いていたそうですが、その彼とも破局してしまい、それが更なるストレスと成って可愛かずみを苦しめたのだそうです。そしてその苦痛から逃れるために可愛かずみは以前にも増して強い精神安定剤を飲むように成っていったそうです。

薬が強すぎるせいか、時折記憶が飛ぶといった症状もあったそうで、周りはそんな可愛かずみを危惧していたそうです。

その後心許せる知人であり先輩である志村けんとの熱愛報道などもあり、更に精神的に参ってしまった可愛かずみは、結局それらのストレスに耐えかね、自らの命を落としたのではないか?と、可愛かずみを友人として見守ってきた川上麻衣子は、そう語っています。

可愛かずみが残した遺書とは

当初は遺書らしきものは見つかっていなかった

可愛かずみの自殺には様々な憶測が流れていましたが、それは彼女が遺書を残していなかったからだと言われています。

遺書があれば彼女がどの様な心境と理由で死を選んだのかを知ることが出来ますが、その遺書が見つからなかった以上、彼女の死の理由は不明なままです。何故彼女は遺書を残さなかったのでしょうか?本当に遺書は存在しなかったのでしょうか?

可愛かずみが父親宛に書いたメモ書きの存在が明らかに

実は可愛かずみは遺書を残していたことが明らかと成っています。2014年に彼女の父親が、生前の可愛かずみが遺書として残したメモ書きが存在するという事実を明らかにしているのです。

可愛かずみの父親が遺書の内容を公開

可愛かずみの死後17年目にあたる2014年。可愛かずみの父である竹三郎さんがTBSの「爆報THEフライデー」に出演し、娘の親友であった川上麻衣子を前に遺書の存在を明らかにしたのです。

その遺書の大半は親友である川上麻衣子への感謝や思いで埋め尽くされていたそうで、最後に「パパ 麻衣ちゃんをよろしくね」と書かれていたといいます。

この話を聞かされた川上麻衣子は号泣。そして彼女の死の前日に可愛かずみから「麻衣ちゃん元気?忙しいの?」とメッセージが残っていたことを明かしました。

可愛かずみには婚約者がいた

遺書には書かれていない可愛かずみの婚約者とは

父が2014年に存在を明らかにした遺書。そこには書かれていませんでしたが、実は可愛かずみには婚約者がいたそうです。

結婚式に向けてウェディングドレスも準備していた可愛かずみ

しかもその婚約者とは結婚式の日取りも決まっており、結婚式に向けてウェディングドレスも準備されていたと言います。

可愛かずみが自殺した原因は「婚約者からのクレーム」だった⁉

可愛かずみの婚約者と言われる男性ですが、これがまたどうもなかなか頑固な人物だった様で、可愛かずみが決めた事の一つ一つにクレームを出してくる様な人物だったとか。

それに嫌気が差したのかは分かりませんが、彼女の遺書にはこの人物のことは一切記されていなかったそうです。ただ、この人物が彼女の死の原因となったというのは大袈裟でしょう。

可愛かずみの過去の噂について

可愛かずみは生前、志村けんや明石家さんまといった面々との恋の噂があった事で知られています。志村けんや明石家さんまと言えば大御所中の大御所ですが、そんな2人とは一体どの様な形で噂に成ったのでしょうか?

川崎憲次郎との破局後に志村けんとの熱愛報道が流れる

川崎憲次郎との破局後、ある週刊誌が可愛かずみと志村けんの熱愛報道を発表しています。可愛かずみと志村けんは共に長きに渡る共演者の間柄。その志村けんと可愛かずみが恋に堕ちるとは俄に考えにくい話ですが、真相はどうだったのでしょうか?

志村けんと可愛かずみはフランクな関係だった

可愛かずみと志村けん、そして川上麻衣子は共演関係を超えた間柄として知られており、三人で酒を酌み交わしてそのまま雑魚寝する程のフランクな間柄だったそうです。

それだけ心を許せる人物である志村けんのことを「川崎憲次郎から志村けんへと乗り換えた」と、週刊誌に書かれた訳です。そのストレスは相当なモノだった事でしょう。

とても真面目な可愛かずみの事ですから、これで志村けんに迷惑を掛けてしまうのではないか?と考えた筈です。志村けんとはとても良い付き合いをしていただけに、この報道は彼女をトコトンまで追い詰める事に成りました。

可愛かずみと明石家さんまとの関係とは

また可愛かずみは明石家さんまとも噂された事があるそうです。さんまと言えば「女性好き」というイメージがありますが、そんなさんまと可愛かずみが噂に上った経緯は何だったのでしょうか?

実はさんまは可愛かずみの大ファンだったそうで、それがいつしかさんまと可愛かずみの熱愛疑惑へとすり変わってしまったのだそうです。さんまは可愛かずみのファンではあれど、交際に発展したという事実は無いようですね。

本来のさんまならこんな事もネタにして面白おかしく話してくれるのでしょうが、可愛かずみが亡くなってしまっている事もあり、さすがのさんまもこの事はそういったテンションでネタにする事は出来ないのでしょう。

さんまにとっては憧れの存在である可愛かずみ。その憧れの人が恋煩いやら何やらで自殺したのですから、さんまとしてもショックは大きかったのでは無いでしょうか?さんまと可愛かずみがもし付き合っていたら?と考えると、それもまた良かったのかも知れませんね。

可愛かずみは自殺によってこの世を去っていた

今回は故可愛かずみの自殺の真相や死因、噂された志村けんや明石家さんまとの関係、そして残された遺書の内容等についてをご紹介して参りました。飛び降り自殺に拠る外傷的要因が死因と成ってこの世を去った可愛かずみ。おそらく彼女自身にも何処か精神的に脆い部分が有ったのだと思います。

彼女の幼少期に両親が離婚し、姉が母親代わりを務めてきた可愛かずみの家庭環境では、「母親からの愛」を知ることが出来なかった事でしょう。それが彼女の中の脆さの原因だったという可能性は少なからずあると思います。

それでも可愛かずみには一切の責任も咎もありません。彼女は一生懸命に生き、悩み、そして残念ですが天国へと旅立って行きました。今頃彼女は安らかな眠りについている事でしょう。そう有って貰いたいものです。

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