川崎憲次郎(元プロ野球)の現在!結婚した妻や娘は?可愛かずみとの関係も!

ヤクルト→中日で活躍した元プロ野球選手の川崎憲次郎。今回はそんな「川崎憲次郎の現在」と題し、プロ野球選手時代の足跡や成績、結婚した妻や娘の情報等をまとめてみました。そして川崎憲次郎と言えば避けて通る事が出来ない「可愛かずみ」との関係についてもご紹介致します。

川崎憲次郎(元プロ野球)の現在!結婚した妻や娘は?可愛かずみとの関係も!のイメージ

目次

  1. 1川崎憲次郎とは
  2. 2川崎憲次郎のプロ野球選手時代の成績と足跡
  3. 3川崎憲次郎の現在
  4. 4川崎憲次郎の結婚と妻・娘について
  5. 5川崎憲次郎と可愛かずみの関係について
  6. 6川崎憲次郎は現在「釣り師」として活躍中

川崎憲次郎とは

それでは早速川崎憲次郎のプロ野球選手時代の成績や現在の状況、結婚した嫁や娘について、そして避けて通れない可愛かずみとの騒動等をご紹介して参りたいと思います。先ずは川崎憲次郎のプロフィール及び経歴からご紹介致しましょう。

川崎憲次郎のプロフィール

・愛称:不明
・本名:川崎憲次郎(かわさき けんじろう)
・生年月日:1971年1月8日
・年齢:48歳(2019年5月現在)
・出身地:大分県佐伯市
・血液型:O型
・身長:180cm
・体重:78kg
・活動内容:元プロ野球選手、タレント、野球解説者、野球指導者
・所属球団:ヤクルトスワローズ→中日ドラゴンズ
・事務所:フリー
・家族構成:妻、娘

川崎憲次郎の経歴

川崎憲次郎(かわさき けんじろう)は1971年1月8日生まれの現在48歳。大分県佐伯市の出身です。1988年のドラフト会議でヤクルトスワローズに入団。先発ローテーションの一角を担うなど、当時のヤクルトスワローズの大黒柱の一人として活躍しました。

しかし現役時代は度々怪我に泣かされ、晩年は満足な成績を残すことが出来ず、移籍先の中日ドラゴンズでも全く結果を残せないままユニフォームを脱ぐことに成りました。引退後は野球解説者を経て、2013年から千葉ロッテマリーンズの一軍ブルペンコーチに就任。2014シーズンの終了迄コーチを務めました。

その後はJSPORTSの解説者となり野球解説を行う傍ら、地元・佐伯市のケーブルテレビで放送中の釣り番組に出演するなど、地域を盛り上げる活動を行っている川崎憲次郎。昨年2018年は四国アイランドリーグplus・香川オリーブガイナーズの投手コーチに就任しましたが、こちらも昨年一杯で契約を終了しています。

野村スワローズの全盛期を担った選手である川崎憲次郎。知名度に負けない成績を残した名投手ではありますが、いかんせん怪我に苦しめられた選手でもありました。その怪我が無ければもしかするとあの事件も起こらなかったのかも知れませんね。

川崎憲次郎のプロ野球選手時代の成績と足跡

プロ野球選手時代は「巨人キラー」として名を馳せた川崎憲次郎

現役時代の川崎憲次郎は「巨人キラー」として名を馳せた選手でもあります。とにかく巨人戦に強い川崎憲次郎は、デビュー1年目で挑んだ初の巨人戦で初完投初完封を成し遂げています。以降も対巨人戦に滅法強いピッチャーとして巨人軍を大いに苦しめました。

中日移籍後は故障に泣かされる日々が続いた

そんな川崎憲次郎が中日ドラゴンズに移籍したのは2000年シーズン終了後の事でした。この年川崎憲次郎はFA権を行使。MLBのボストン・レッドソックスが獲得の意向を示したものの、最終的に星野仙一監督の呼びかけに応える形でドラゴンズに移籍。4年契約(3年間は年俸2億円、4年目は出来高制)で、背番号もエースナンバーである20を背負うことに成ったのです。

ドラゴンズファンの期待を一身に背負った川崎憲次郎でしたが、何と移籍後3年間を右肩痛により一試合も登板する事無く終えています。これにはさすがのドラゴンズファンも怒りを顕にした程です。何故かと言えば川崎憲次郎は例え1試合の登板も無くシーズンを終えたとしても、必ず3年間は毎年2億円が懐に入る事に成っていたからです。

コレにより川崎憲次郎は「究極の給料泥棒」というレッテルを貼られる事と成り、やがてあの有名な2003年オールスターゲームの「川崎祭」に繋がって行くのです。前代未聞の珍事件として現在も語り継がれる「川崎祭」。気になる方は是非「川崎祭」でググってみて下さい。

プロ野球選手時代の成績や受賞歴をチェック

それでは川崎憲次郎がプロ生活で記録した成績と受賞歴についてチェックして行きましょう。下記の表は川崎憲次郎が稼働した年度の成績を一覧にしたものです。先ずはこちらから御覧頂きましょう!

年度別成績 所属球団 登板 勝利 敗北 セーブ 完投 完封 無四球 勝率 被安打 被本塁打 四球 死球 三振 防御率
1989年成績 ヤクルト 23 4 4 1 4 1 0 .500 81 12 40 0 86
3.94
1990年成績 ヤクルト 29 12 13 0 15 4 2 .480 194 26 73 1 154 4.05
1991年成績 ヤクルト 28 14 9 1 15 3 1 .609 159 22 65 6 148 2.91
1993年成績 ヤクルト 27 10 9 0 5 1 0
.526
120 13 61 0 108 3.48
1994年成績 ヤクルト 20 6 9 0 4 0 0
.400
117 10 52 5 67 4.79
1995年成績 ヤクルト 7 3 0 0 0 0 0
1.000
28 3 8 2 19 1.82
1996年成績 ヤクルト 5 0 0 0 0 0 0
.000
12 2 2 1 2 3.86
1997年成績 ヤクルト 22 7 5 0 4 1 1
.583
118 20 46 3 48 4.19
1998年成績 ヤクルト 29 10 10 0 9 3 2
.630
195 22 55 3 94 3.04
1999年成績 ヤクルト 24 7 11 0 6 2 0
.389
188 17 41 7 79 3.85
2000年成績 ヤクルト 20 8 10 0 2 0 0
.444
136 11 39 5 66 3.55
2004年成績 中日 3 0 1 0 0 0 0 .000 8 0 3 1 3 34.71

続いて川崎憲次郎の受賞歴ですが、最多勝利投手:1回(1998年)沢村賞:1回(1998年)優秀JCB・MEP賞:1回 (1998年)カムバック賞(1993年)日本シリーズMVP:1回 (1993年)と成っています。沢村賞を受賞した事からも、彼が1998年にどれだけの活躍を見せたかお分かり頂けるかと思います。

川崎憲次郎の現在

川崎憲次郎は現在「釣り師」として活躍中

現在川崎憲次郎は「釣り師」として活躍中です。というのも、彼は先程申し上げた様に現在地元佐伯市でケーブルテレビの番組に出演しており、その番組が釣り番組なのです。地域発展を願い町おこしの為日々駆け回る生活を送っている川崎憲次郎。大分県ではかなりの人気を集めているそうです。

釣り師として出演する番組「釣りガール養成講座」も話題に

そんな川崎憲次郎が現在釣り師として出演中の番組が「釣りガール養成講座」。内容はタイトルそのままといった内容で、今話題の釣りガールに成りたいという女子に、川崎憲次郎が釣りのイロハを叩き込むといった番組内容に成っています。現在は「川崎漁業組合」という番組名に変更され、何と全国放送されるまでに成って居るのだとか。

川崎憲次郎の現在の年収は?

で、そんな川崎憲次郎の現在の年収は?という事ですが、流石に彼の現在の収入は不明です。地方のローカルケーブルTVですからギャラがそれ程多くない筈ですし、そもそも彼は町おこしをしたいが為に活動を行っているのであって、収入云々というのは二の次の話なのでは無いでしょうか?そもそも他人の年収を気にする自体が無粋な話です。

川崎憲次郎の結婚と妻・娘について

1997年11月に女優の堀恵子と結婚した川崎憲次郎

1997年11月、川崎憲次郎は当時女優だった堀恵子と結婚した事を明らかに致しました。その前の2年間は故障によって満足な成績を残せずにいた川崎憲次郎でしたが、この年彼は変化球であるシュートを覚え、見事復活を果たします。その節目の年に妻を貰う事と成りました。

川崎憲次郎が結婚した妻「堀恵子」とは

新妻と成った彼女は東レキャンペーンガールに選ばれた事のある方で、あの堀ちえみさんとは従姉妹に当たるそうです。その後女優として活動を行っていたそうですが、活動期間は3年程で結婚とともに芸能界を引退されていらっしゃるようですね。

川崎憲次郎と妻との馴れ初めは?

川崎憲次郎と妻の馴れ初めですが、残念ながらこちら情報が見つかりませんでした。恐らくは知人の紹介か何かだったのでは無いでしょうか。

川崎憲次郎と妻との間には娘が一人

こうして妻と結婚した川崎憲次郎ですが、その妻との結婚生活の間に娘を一人設けています。川崎憲次郎はこの愛娘が可愛くて仕方無いのだとか。父親は何処の過程でも同じですね。

川崎憲次郎の愛娘「琴乃」について

娘さんの名前は「琴乃」で、残念ながら名前の他の情報は一切明らかに成っていません。ただ、両親に似て高身長でスタイルの良い娘さんだという噂が有るようです。

川崎憲次郎と可愛かずみの関係について

可愛かずみとは

可愛かずみのプロフィール

・愛称:なし
・本名:久我 知子(くが ともこ)
・生年月日:1964年7月9日
・没年齢:32歳
・出身地:東京都杉並区
・血液型:A型
・身長:161㎝
・体重:非公開
・活動内容:女優、歌手、グラビアアイドル
・所属グループ:なし
・事務所:マーカス
・家族構成:父、姉

可愛かずみの主な出演作品

・【ドラマ】トライアングル・ブルー(1984年 - 1986年、テレビ朝日)
・【ドラマ】痛快!OL通り(1986年、TBS)
・【ドラマ】アナウンサーぷっつん物語(1987年、フジテレビ)
・【ドラマ】季節はずれの海岸物語(1988年 - 1994年、フジテレビ)
・【ドラマ】「女は二度生まれる」(1991年、テレビ東京)
・【映画】女猫〜美しき復讐者〜(1992年、日活)
・【映画】ヘッドフォン・ララバイ(1983年、東映)

可愛かずみと川崎憲次郎は交際関係にあった

1995年に川崎憲次郎と可愛かずみとの熱愛が発覚

1995年に川崎憲次郎と可愛かずみとの熱愛が発覚。川崎憲次郎は可愛かずみの大ファンで、交際発覚後は自ら交際していることを公言するほどでした。

結婚間近と言われるも結局は破局

結婚間近と言われた川崎憲次郎と可愛かずみでしたが、結局は破局。破局の理由は「治療に専念したい」という川崎憲次郎が可愛かずみを振る形と成りました。

破局後の可愛かずみは精神安定剤に頼る様に…

可愛かずみは川崎憲次郎との破局後、ストレスから逃れる為に精神安定剤を服用する様に成って行ったと言われています。然しながらこれは川崎憲次郎との破局だけが原因では有りませんでした。実は可愛かずみは在るドラマに出演した際に撮影で何度もNGを出してしまい、共演していたベテラン女優から激しく罵倒された事が有ったそうなのです。

可愛かずみはドラマ撮影でその女優から「ポルノあがりのくせに」と蔑むような発言をされたのだとか。因みにその女優は「加賀まりこ」だと言われていますが、可愛かずみの死後、ドラマ撮影の際に可愛かずみを虐めたのではないか?と報道陣から質問された加賀まりこは「イジメは無かった」と自らの行為を否定しています。

1997年に川崎憲次郎のマンションから飛び降り自殺

1997年5月9日午後7時10分頃、可愛かずみは当時川崎憲次郎が住んでいた目黒区駒場の自宅マンションの7階部分から飛び降り、帰らぬ人と成りました。

可愛かずみの死因は脳挫傷

可愛かずみの死因は飛び降り自殺による脳挫傷、又は全身打撲と見られています。彼女の死因は公に発表されていないのですが、飛び降り自殺の場合はこれらが死因と成るケースが多いそうで、可愛かずみもそれらのケースと同様の死因ではないかと言われているそうです。

可愛かずみは飛び降り自殺によって何らかの致命的なダメージを負い、それが死因と成ってお亡くなりになりました。ですが不思議な事に、彼女の死に顔はとても飛び降り自殺をした人間の顔とは思えないもので、とても健やかな顔をしていたと言われています。

可愛かずみが残した遺書とは

可愛かずみの自殺には様々な憶測が流れましたが、それは彼女が遺書を残していなかったからだと言われていました。しかし可愛かずみの死後17年目にあたる2014年。可愛かずみの父である竹三郎さんがTBSの「爆報THEフライデー」に出演し、娘の親友であった川上麻衣子を前に遺書の存在を明らかにしたのです。

その遺書の大半は親友である川上麻衣子への感謝や思いで埋め尽くされていたそうで、最後に「パパ 麻衣ちゃんをよろしくね」と書かれていたといいます。この遺書の内容を知った川上麻衣子は号泣し、死の前日に可愛かずみから「麻衣ちゃん元気?忙しいの?」とメッセージが残っていたことを明かしました。

川崎憲次郎としても過去の恋人が自宅マンションから飛び降り自殺を計った事に対し、言葉では表せられない程のショックを受けた事でしょう。治療に専念する為だったとは言え、別れた事が自殺の原因と成ったのではないか?と、自分自身を責めた事もあったのでは無いでしょうか?

可愛かずみの死が彼の責任だという様なヤジが飛ばされた事もあったそうです。さすがにこうしたヤジには彼も堪えたのでは無いでしょうか?結局この一件が川崎憲次郎にどういった影響を与えたのかは分かりませんが、彼はその後遂に復調すること無く、移籍した中日ドラゴンズで選手生活に幕を下ろす事に成りました。

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川崎憲次郎は現在「釣り師」として活躍中

今回は元プロ野球選手である川崎憲次郎についてまとめてみました。現在は釣り師として地元佐伯市で活動を行う川崎憲次郎。辛いこともありましたが、これからも地元の町おこしの為に一生懸命頑張って頂きたいものですね。

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