川藤幸三(元阪神)まとめ!現役時代の成績や年俸・伝説は?現在は野球解説!

阪神タイガースの「代打の切り札」と言えば、現在野球解説者として活躍中の川藤幸三さんを思い浮かべる方も多い筈。数々の伝説を残している事でも知られている川藤幸三さんですが、今回はそんな川藤幸三さんの背番号から成績、そして年俸まで、ありとあらゆる情報をまとめました。

川藤幸三(元阪神)まとめ!現役時代の成績や年俸・伝説は?現在は野球解説!のイメージ

目次

  1. 1川藤幸三とは
  2. 2双子の娘である川藤幸三
  3. 3川藤幸三の現役時代の成績は?
  4. 4川藤幸三の背番号や年棒を紹介
  5. 5川藤幸三にまつわる伝説的エピソードを紹介
  6. 6現在は野球解説者として活躍中の川藤幸三
  7. 7川藤幸三は記憶に残る伝説の野球選手だった

川藤幸三とは

川藤幸三のプロフィール

・愛称:「浪速の春団治」「野次将軍」「川さん」「川」
・本名:川藤幸三
・生年月日:1949年7月5日
・年齢:69歳
・出身地:福井県三方郡美浜町
・血液型:不明
・身長:174cm
・体重:74kg
・活動内容:元プロ野球選手、元プロ野球コーチ、野球解説者
・所属プロ野球団:阪神タイガース
・事務所:有限会社ダッシュ・フォー
・家族構成:妻、娘

川藤幸三の経歴

川藤幸三(かわとう こうぞう)は福井県三方郡美浜町で、1949年7月5日生まれの現在69歳。プロ野球阪神タイガースに所属した外野手で、引退後に阪神タイガースのコーチを務め、現在はプロ野球解説者として活動を行っております。

古くからの阪神ファンが「川藤幸三さんほど愛すべき選手はいない」と揃えて口にするように、歴代の阪神タイガースの選手の中でも間違いなく5本の指に入るほどの伝説を残した選手であります。勿論阪神タイガースには球界史に残る名選手をこれまでに多数輩出して居りますが、川藤幸三さんの場合は「球界」ではなく「阪神タイガース」を代表する伝説の選手なのです。

そんな川藤幸三さんが野球を始めたきっかけは、川藤幸三さんと同郷である山口良治さん(元京都市立伏見工業高等学校ラグビー部総監督)にあるそうです。

この山口良治さんを御存知の方も多いと思いますが、あの伝説的ドラマ「スクールウォーズ」のモデルと成られている方ですね。

その山口良治さんは当時日体大の学生にして既にラグビー日本代表の選手だったのですが、彼が帰省中に出身中学へ立ち寄った際、母校野球部の人手が足りていないという事実を知ります。

実は山口良治さんは、もともとこの中学に通っている時は野球部に所属していたそうなのです。つまりは野球部OBという事に成りますね。

野球部OBとしてこのままではいけないと考えた山口良治さんは、予てからご近所付き合いをしている川藤家の川藤幸三さんを半ば強引に野球部に引き入れたのです。

とは言え当時の川藤幸三さんは未だ小学6年生であり、中学生ですらありませんでした。しかし球拾い等の手伝いは出来るということで、川藤幸三さんは6年生にして中学の野球部に参加していたのです。

その後中学で正式に野球部へと入部した川藤幸三さんはメキメキと頭角を表し、その後高校は若狭高校に入学。エースとして1966年秋季北信越大会決勝に進出し、吉岡悟のいた富山商に敗退するも準優勝を果たしています。

その翌年には春夏の甲子園に連続出場するなど、川藤幸三さんは地元では怪物としてその名を知られる存在と成っていったのです。

そうして高校野球でその名を挙げた川藤幸三さんは、その後阪神タイガースからドラフト9位で指名を受け入団。プロ入り当初は内野手登録だった川藤幸三さんですが、阪神入団後直ぐにに外野手へ転向しております。

川藤幸三さんは入団直後から早速自慢の俊足と強肩で活躍。1969年にウエスタン・リーグで最多盗塁を記録し、同年5月22日のウエスタン・対広島戦1回では1イニング3盗塁という快挙を達成するなど、その才能を遺憾なく発揮し、一軍入りも間近と目されるほど注目を集めていました。

そうして実力を認められて無事阪神の一軍へと昇格した川藤幸三さんでしたが、その後アキレス腱を断裂する大怪我を負ってしまった為、以後足に負担が掛からない代打に自分の役割を絞る事に。これが後に「代打!川藤!!」という阪神の切り札と成っていくのです。

1985年のセ・リーグ優勝・日本シリーズ制覇時にも大きくチームに貢献した川藤幸三さんは、翌1986年10月14日に甲子園球場で行われた対大洋戦を以て現役を引退。

その男臭い風貌と常に全力を信条としたプレースタイルで多くの阪神ファンに愛された川藤幸三さんは、19年に渡るプロ野球選手としての生活に幕を下ろし、彼は阪神の伝説と成ったのです。

双子の娘である川藤幸三

川藤幸三には双子の娘がいるらしい

実は川藤幸三さんには娘さんがいるのですが、どうやらその娘さんは双子の娘さんなのだそうです。双子の娘が生まれてくる確率は恐ろしいほど低いそうですが、川藤幸三さんのキャラを考えるとある意味「川藤らしいなあ」と納得してしまうのが恐ろしいところです。

阪神タイガースの藤浪晋太郎と川藤幸三の娘は同級生

そんな川藤幸三さんの娘さん達ですが、2人は現在の阪神タイガースで背番号19番を背負うエースピッチャー「藤浪晋太郎」投手の同級生というから驚きです。

藤浪晋太郎投手は御存知高校時代に大阪桐蔭高校で大活躍した選手ですが、彼と川藤幸三さんの娘さん達はこの大阪桐蔭高校時代の同級生なのだそうです。そんな娘さんの卒業式では周囲が驚くほどに川藤幸三さんは号泣されたとか。

川藤幸三の双子の娘は可愛い⁉

そんな川藤幸三さんの娘さん達ですが、やはり娘さんという事も有って顔立ちが気に成るところですよね?川藤幸三さんの顔立ちが豪快な感じなので、父親に似ているとどうなのだろうか…と、思うところですが、情報によるとどうやら娘さん達は川藤幸三さんの奥さんに似たのか割と可愛い感じだったそうです。

川藤幸三の現役時代の成績は?

では続いていよいよ川藤幸三さんの現役時代の成績について振り返って行きたいと思います。先ずは川藤幸三さんの現役時代の成績をご紹介させて頂きますが、全ての成績を紹介すると成るとスペースが足りませんので、代打の切り札として活躍したという事を考慮して、打者としての幾つかの項目をPICKUPさせて頂きました。

川藤幸三の現役時代の主な成績を一覧でチェック

1968年の主な成績:出場3試合・打率.091・打点1・本塁打1・犠打0
1969年の主な成績:出場14試合・打率.250・打点0・本塁打0・犠打0
1970年の主な成績:出場7試合・打率.250・打点0・本塁打0・犠打0
1971年の主な成績:出場22試合・打率.200・打点0・本塁打0・犠打0
1972年の主な成績:出場試合なし

1973年の主な成績:出場77試合・打率.212・打点7・本塁打0・犠打5
1974年の主な成績:出場106試合・打率.198・打点8・本塁打1・犠打20
1975年の主な成績:出場8試合・打率.143・打点0・本塁打0・犠打0
1976年の主な成績:出場20試合・打率.133・打点0・本塁打0・犠打0
1977年の主な成績:出場82試合・打率.213・打点7・本塁打2・犠打1

1978年の主な成績:出場42試合・打率.327・打点8・本塁打2・犠打2
1979年の主な成績:出場61試合・打率.304・打点6・本塁打0・犠打0
1980年の主な成績:出場53試合・打率.362・打点3・本塁打0・犠打1
1981年の主な成績:出場52試合・打率.305・打点13・本塁打1・犠打1

1982年の主な成績:出場48試合・打率.239・打点10・本塁打1・犠打0
1983年の主な成績:出場34試合・打率.241・打点5・本塁打1・犠打0
1984年の主な成績:出場62試合・打率.241・打点20・本塁打2・犠打0
1985年の主な成績:出場31試合・打率.179・打点6・本塁打0・犠打0
1986年の主な成績:出場49試合・打率.265・打点14・本塁打5・犠打0
 

川藤幸三はそれほどの成績を残していない

川藤幸三さんの現役時代の主な成績一覧をご覧に成れば分かる通り、川藤幸三さんはプロ野球選手として正直殆ど大した成績を残していません。恐らくこの程度の成績の選手であればプロ野球界にはゴマンといるレベルの成績でしか無いというのが正直な所です。

しかし目に見える成績はこの程度でも、川藤幸三さんは目に見えない精神的な部分で阪神タイガースを長年支え続けてきたわけで、それは選手もフロントもファンの方々も、阪神を知る誰もが知るところです。現役当時の川藤幸三さんは目立った成績を残す事が出来ませんでしたが、それを補って余りある価値が有ったという事の様ですね。

川藤幸三の成績を皮肉る様なCMも放送されている

成績の悪い選手はファンからも叩かれるのが当たり前ですが、川藤幸三さんの場合それすらも「川藤だし」で許容されている側面がありました。

実は川藤幸三さんが未だ現役だった当時に、川藤幸三さんの成績の悪さを皮肉る様なCMも放送されたいたそうです。普通なら成績を残せない選手は皮肉るどころか野次られて叩かれて、しまいには放り出されてもおかしくは無いのですが、川藤幸三さんは成績の悪さもまた「川藤らしさ」の一つだったのですね。

記録よりも記憶に残る選手だった川藤幸三

つまりは川藤幸三というプロ野球選手は「記録」ではなく「記憶」に残る選手だったという事ですね。この比較はよく現役時代の王と長島を対象に「記録の王」と「記憶の長島」として用いられた表現ですが、同じ記憶に残るタイプの選手である長島さんの成績とは、どう頑張っても比べ物に成らないのがまた川藤幸三さんらしさです。

川藤幸三の背番号や年棒を紹介

川藤幸三が阪神タイガース時代に着けていた背番号は?

それでは続いて川藤幸三さんの現役時代の背番号や年俸についてです。先ずは川藤幸三の背番号についてご紹介して参りましょう。

川藤幸三さんが現役時代に着けていた背番号は4番。この背番号4は「川藤幸三の背番号」として、阪神ファンにとって非常に意味のある背番号という存在です。

阪神の背番号では初代ミスタータイガースと呼ばれる伝説の強打者藤村富美男さんの10番や、二代目ミスタータイガースである大投手村山実さんの11番。

そして 現役時代「牛若丸」と称され、引退後は阪神を日本一に導いた偉大なる名監督吉田義男さんの23番が永久欠番と成っておりますが、川藤幸三さんの4番もファンにとっては同じ位思い入れの深い背番号なのかも知れませんね。

川藤幸三の選手時代の年棒を紹介

続いては川藤幸三さんの年俸です。川藤幸三さんが現役時代に得ていた年俸額は驚く程の金額でした。一体川藤幸三さんの年俸額の何に驚くかと言うとその年俸額の「低さ」です。

現在は阪神OB界の会長を務められている様な有名選手である川藤幸三さんの年俸ですが、その知名度と全く以て比例しない年俸の低さなのです。

川藤幸三さんの年俸を調べると入団から1979年迄の年俸額がありませんが、この期間の年俸はプロ野球規定で定められている最低額だったモノと思われます。

その後最高で1200万円という年俸がありましたが、それ以外は数百万程度の年俸で、とても超有名選手の年俸とは思えない年俸だったのです。

実は川藤幸三の年俸はコーチ時代の方が高かった

そんな川藤幸三さんが現役引退後に阪神のコーチを務めた際の年俸が、選手時代よりも高い2000万円だったのは有名な話です。思わず笑ってしまうこんなエピソードも川藤幸三さんならではですよね。

川藤幸三にまつわる伝説的エピソードを紹介

続いては川藤幸三さんにまつわる伝説的なエピソードをご紹介して参りましょう。数多くの伝説的エピソードを残してきた川藤幸三さん。その中でも有名なエピソードを幾つかご紹介したいと思います。

川藤幸三伝説①爆笑のオールスター幻の二塁打

1986年、全セの監督であった阪神の吉田義男監督の推薦により現役19年目にして初めてオールスターゲームに出場した川藤幸三さん。

近鉄の小野和義投手との対決で見事な長打性のヒットを放つ事に成功。一塁コーチャーに入っていた王監督は川藤幸三さんに対して腕を回して「回れ」の指示を出します。

…が、しかし王監督が想像したよりも遥かに川藤幸三さんの走塁が遅く、そのまま2塁でタッチアウトに成るという結果に。この日の大阪球場のこのプレーには選手もファンも一同大爆笑と成ったそうです。

川藤幸三伝説②阪神に残留する為の「覚悟」が凄かった

川藤幸三さんは1982年から成績が下降。その結果1983年のオフに球団から戦力外通告を受けています。しかし川藤幸三は首脳陣に対し「給与ゼロでも構わないから阪神で野球を続けさせて欲しい」と懇願したのです。

球団は川藤幸三さんの願いを受け入れ、年俸60%ダウンという条件で阪神への残留が決まりました。通常50%以下の年俸ダウンは規定により行う事が出来ないのですが、本人が同意との事でこれが行われています。そうまでしても阪神に残り野球を続けていきたいという川藤幸三さんの男らしさを感じるエピソードです。

川藤幸三伝説③阪神ファンの著名人が川藤幸三へのカンパを募った

川藤さんの年俸が大幅に削減された事を受け、阪神ファンである著名人達が「川藤の給料は俺らで出そう!」とカンパを募るという事がありました。

このカンパを提案したのは上岡龍太郎さんや林家ざこばさんと言った関西の名だたる重鎮ばかりで、結果的にかなりの金額が集まりそれを川藤幸三さんの元に届けたのですが、川藤幸三さんはこれを受け取らず、甲子園球場の指定席を購入してファンの招待席としたそうです。

現在は野球解説者として活躍中の川藤幸三

野球解説で阪神の話しかしないと言われている川藤幸三

現在は野球解説者として活躍中の川藤幸三さんですが、川藤幸三さんの野球解説は阪神の話ばかりをする事で非常に有名です。阪神の話になるとコレでもかという位に饒舌に話し続けるのですが、相手球団の話になるとうって変わって言葉が無くなるのだとか。

川藤幸三の野球解説には精神論が多い

また川藤幸三さんの野球解説には技術的なモノではなく精神論が多いというのも有名です。この解説にスタイルもまた川藤幸三さんならではと言えるでしょう。

阪神ファンは川藤幸三の解説が好き⁉

そんな川藤幸三さんの解説ですが、阪神ファンは概ねこの解説に好感を抱いていると言います。阪神ファンは熱狂的なファンが多い事で有名ですが、そうした阪神ファンにとってはやはり阪神を上げてくれる解説は嬉しいですよね。

しかもそれが川藤幸三さんなのですから、誰が文句を付けるという話です。他球団のファンにとっては「なんだこの解説は⁉」と思うはずですが、それもまた川藤スタイルであり、阪神をこよなく愛する川藤幸三さんだからこそなのではないでしょうか?

川藤幸三は記憶に残る伝説の野球選手だった

今回は阪神タイガースの名選手として知られる川藤幸三さんについてまとめて参りました。「記憶に残る選手」として今も語り継がれる川藤幸三さん。川藤幸三さんをご存じなかった方も、この記事をご覧に成った事で川藤幸三さんの事が好きに成ってしまったのではないでしょうか?今後も元気に活躍を続けて行って頂きたいモノですね!

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Windy編集部

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