風間トオルの貧乏時代のエピソードが伝説級!生い立ちや当時の話などまとめ

風間トオルの貧乏時代のエピソードをまとめました。芸能界でもトップクラスに貧乏だったと言われている風間トオルを解説。その貧乏エピソードは伝説級であり、驚かされるものばかりになっています。風間トオルの貧乏エピソードや生い立ちについて注目しましょう。

風間トオルの貧乏時代のエピソードが伝説級!生い立ちや当時の話などまとめのイメージ

目次

  1. 1風間トオルのプロフィール
  2. 2風間トオルの貧乏時代のエピソードが伝説級
  3. 3風間トオルの生い立ちや貧乏の理由について
  4. 4風間トオルの貧乏話とは
  5. 5風間トオル以外の貧乏時代を乗り越えた芸能人
  6. 6風間トオルは伝説級の貧乏時代を生き抜いた

風間トオルのプロフィール

・愛称:???
・本名:須藤光春(すどうみつはる)
・生年月日:1962年8月19日
・年齢:58歳(2021年3月現在)
・出身地:神奈川県川崎市
・血液型:O型
・身長:175cm
・体重:???
・活動内容:俳優
・所属グループ:なし
・事務所:ホリ・エージェンシー
・家族構成:独身※離婚歴あり

風間トオルの経歴

風間トオルは神奈川県川崎市出身の俳優です。雑誌「メンズノンノ」において、ノンノ・ボーイフレンドに選ばれています。このとき、一緒に選ばれたのが後に俳優として活躍する阿部寛でした。

そして、雑誌「チェックメイト」などで雑誌モデルを経験。1989年にドラマ「ハートに火をつけて!」で俳優デビューを果たしました。

趣味がサーフィンという風間トオル。そういったこともあり、日頃から海岸でゴミ拾いをしたり、収録ではマイボトルを持参するなど、環境面を考えた生活をしているのだとか。また、料理が趣味な風間トオルですが、野菜などの皮や芯も調理して、ゴミを減らしています。

俳優としては、いわゆるトレンディドラマで活躍。爽やかなキャラクターから、二枚目な役を多く演じています。ドラマ「ママのベッドへいらっしゃい」、「はみだし刑事情熱系」シリーズ、「毛利元就」、「科捜研の女」シリーズなどが代表作です。

著書『ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力』も話題に

イケメンでおしゃれな風間トオルですが、実は幼少期は非常に貧乏だったのです。そんな自身の自伝ともいえる「ビンボー魂 おばあちゃんが遺してくれた生き抜く力」を発売。驚くような貧乏エピソードとサクセスストーリーが綴られています。

Thumb風間トオルの若い頃の貧乏エピソードがえぐい!結婚や子供は?
俳優風間トオルさんの子供の頃から若い頃にかけての貧乏エピソードをご存じですか?爽やかな笑顔か...

風間トオルの貧乏時代のエピソードが伝説級

芸能界で売れて一旗揚げたい、という想いを抱く人も多いかもしれません。家庭が貧しく、家計を支えるために芸事の世界に進む人もいます。風間トオルもそんな貧しい家で育った人物なのですが、その貧乏時代のエピソードが伝説級なのでチェックしてください。

伝説級の貧乏エピソード①カマキリが食事メニュー

貧乏だった風間トオルは、家に食べ物がほとんど無かったとのこと。そのため、カマキリの脚も食べたことがあるのだとか。カマキリなら勝手に家に来てくれることもあるため、虫は大事な食事メニューだったそうです。

ちなみに食べるときは、焼くのではなく「生」のまま。風間トオルいわく「味はちょっと苦い」、「歯ごたえがあってお腹に貯まる」とのことでした。

伝説級の貧乏エピソード②洗濯機での入浴

貧乏な家では、お風呂に入ることも贅沢だったようです。風間トオルは洗濯機に洗濯物と一緒に入って、体を洗っていたのだとか。この入浴方法は夏だけでなく、真冬でも行っていたことを明かしています。

日光浴エピソードも話題に

しかし、こうやって洗濯機で体を洗うことが出来ないときは、外で日光浴をしていたのです。その理由はリラックスや気分転換が目的ではなく、「殺菌効果」のためでした。汚れた身体を殺菌するために、日光浴をしていたことから、いかに貧乏だったかを感じられるかもしれません。

伝説級の貧乏エピソード③米代わりの雑草

江戸時代などに大飢饉が起きると、お米などは当然食べられませんでした。そもそも、白米自体が高級品だった時代ですが、飢饉のときは雑草などを食べて、何とか空腹を紛らわせたそうです。

ところが、こういったことは決して昔の話ではなく、風間トオルも経験しています。貧しさから食べるものは無く、主食は「草」だったのです。風間トオルはその経験から、食べられる草とそうではない草を瞬時に見分けられるそうです。

伝説級の貧乏エピソード④オリジナル体操着

風間トオルは学校には通えていたそうですが、様々な道具はお金がかかるもの。そのため、体操着も購入できなかったのです。

そこで考えたのが、普段着ているTシャツを裏返しに着て、体操着代わりにするというものでした。体育の時間が終わると、また裏返してTシャツに。こういったものも、風間トオルの貧乏が伝説級だといわれる理由となっています。

伝説級の貧乏エピソード⑤ペンチで歯の治療

お医者さんはとてもお金がかかります。風間トオルによれば、歯医者は高額なため、自分でペンチを使って歯を抜いていたのだとか。虫歯になると、ペンチで無理やり抜いていたそうですが、その際に口の中の皮も剥がれてしまうそうです。それを治すために、舐めて再生させたことも語っていました。

伝説級の貧乏エピソード⑥365日バレンタインチョコ

主食が草だったという風間トオルですが、実は365日チョコを食べていたのだとか。そう聞くと貧乏ではない、と感じるかもしれませんが、このエピソードにも理由があります。

実は幼少期からイケメンだった風間トオルは、バレンタインにチョコがもらえたそうです。そして、そのバレンタインのチョコを「365日に分けて毎日食べていた」というのが先程の真相。ちなみにホワイトデーのお返しは「松ぼっくり」を渡した、とコメントしていました。

伝説級の貧乏エピソード⑦Tシャツで川の水こし

学校の夏休みの宿題で自由研究が出された時、風間トオルは多摩川の水質検査をテーマにしたのだとか。その中で分かったことが、「川の水はTシャツでこすと飲める」というものでした。ちなみに、このときも草を食べながら多摩川を下流から上流に向かって歩いていたそうです。

伝説級の貧乏エピソード⑧全治1ヶ月の交通事故も帰宅

ある日、車に轢かれて10メートルほど吹き飛ばされた風間トオル。全治1ヶ月近い怪我だったそうですが、「お金がかかるかも」と感じて、そのまま歩いて帰ったとのこと。しかし、その現場を目撃した人が警察に電話していました。

通報を受けた警察が風間トオルの家に来て、入院することに。そのとき、風間トオルは「親にバレてしまったと思って気絶した」とのことです。テレビでこのエピソードを披露した際、共演者から気絶の理由は「怪我が原因では?」とツッコまれていました。

伝説級の貧乏エピソード⑨給食の牛乳で栄養調整

貧しい生い立ちの中では、給食が非常に重要だったことを語っています。風間トオルは栄養のほとんどを給食に頼っていたとのこと。カルシウム摂取のために牛乳を飲み、飲まない人の分や余りももらっていたのです。

しかも、自分のクラスだけでなく、他のクラスにも顔を出して牛乳をもらっていました。他のクラスの欠席者も確認していて、少しでも多く牛乳をもらったことを明かしています。

伝説級の貧乏エピソード⑩究極のチキンレース

遊びをするのにも貧乏なため、おもちゃなどを買ってもらえませんでした。そこで風間トオルが考えたのが、家の屋根を使った究極のチキンレース。家の屋根の傾斜を使って、誰がぎりぎりで止まれるか、というチキンレースをしていました。

実家の屋根はトタン屋根だったそうで、転がりながら輪の数を数えて、うまく止まったとのこと。もちろん、何度も落ちたことがあるそうですが、無傷だったそうです。

伝説級の貧乏エピソード⑪夏も冬も自然体温調節

冷房や暖房器具を使えなかったため、寒い日は日向にある大豪邸の壁に身体をくっつけて、暖を取ったことを明かしています。風間トオルいわく、「大豪邸の御影石は身体に良いと感じた」とのことでした。

伝説級の貧乏エピソード⑫大量出血と7時間の睡眠

風間トオルは後ろに転倒し、後頭部から大量出血した際、そのまま布団で7時間寝て誤魔化しています。壁や床に血が飛び散るほどの出血でしたが、朝起きると傷口はふさがっていたとのこと。風間トオルは「布団がガーゼ代わりになった」と振り返っています。

伝説級の貧乏エピソード⑬線香の灰で火傷治療

ジンジンと痛む火傷ですが、風間トオル独自の治療法が存在します。風間トオルは火傷したとき、線香の灰を塗って直していたのだとか。また、線香の台を誤って踏んづけてしまい、足を貫通したときも、灰を塗って治したエピソードを語っています。

風間トオルの生い立ちや貧乏の理由について

伝説級の貧乏エピソードが多数存在した風間トオル。そんな風間トオルの生い立ちや貧乏だった理由について調査しました。風間トオルの生い立ちから、貧乏な理由に注目しましょう。

風間トオルの生い立ち

風間トオルの生い立ちからはユニークなものや、複雑な家庭環境が見えてきます。生い立ちのエピソードからは、貧乏でも様々な工夫をしていたことがうかがえるのです。

生い立ち①神奈川県川崎市中原区に誕生

神奈川県川崎市中原区に誕生した風間トオル。最初から貧しかったわけではないようですが、非常に複雑な家庭環境で育っていくことになります。

生い立ち②両親の離婚

風間トオルの両親は、彼が5歳のときに離婚。離婚理由は母親の浮気性だったようです。幼少期の記憶の中で、母親と見知らぬ男性の3人でよく食事に連れて行かれたことを覚えているというものを語っていました。

生い立ち③驚異の視力3.0

自身の自慢として、非常に目が良いことを挙げています。子供時代は視力が3.0で、友達と電車を待っているときに、反対側のホームの時刻表を読めたとのこと。ただし、これも貧乏で空や遠くばかりを眺めるぐらいしかやることが無かったため、身に着けた能力と語っているのです。

生い立ち④パンツ着用日とノーパン日

衣類も満足に買えなかった幼少期。学校に行くのも、ほとんどがノーパンだったそうです。体育のある日は着替えをするため、そのときだけパンツを着用。また、寒い日は2枚履きして、すぐに洗濯していました。

生い立ち⑤サーフィン好き

貧しかった風間トオルですが、中学時代から趣味がありました。それは、サーフィン。中学生の頃からショートボードを行っており、現在もよくサーフィンを楽しんでいることを語っています。

生い立ち⑥高校時代から1人暮らし開始

高校生になった風間トオルは、一人暮らしを開始。しかし、学費と生活費を稼ぐためにバイトばかりの日々でした。睡眠時間も2時間ほどでしたが、バイト先でスカウトされたことで、モデルとして活動していくことになります。

そもそも貧乏だった理由は?

風間トオルはなぜ、これほどまで貧乏だったのでしょうか?風間トオルの幼少期が貧乏だった理由を調査しました。

理由①父親がいなくなり祖父母との生活

1つは先程紹介したように、幼少期に両親が離婚したことです。また、離婚しただけでなく、引き取った父親がいなくなり、祖父母と生活することになったことも関係しています。父親は蒸発して行方知れずとなっており、経済的に非常に厳しい状況に追い込まれたのです。

理由②祖父が認知症で介護生活

風間トオルが小学生の頃になると、祖父が認知症になり介護生活に。深夜徘徊などをする状態になり、さらに症状が悪化したのです。介護にもお金はかかりますし、アルバイトなどをするのも時間的な余裕が無かったことが想像できます。

風間トオルの学歴も調査

学歴に関しては、川崎市立西丸子小学校、川崎市立中原中学校、神奈川県立川崎北高等学校に進学しています。高校になってからは一人暮らしで、卒業後は東京デザイン専門学校に進みました。

風間トオルの貧乏話とは

伝説級の貧乏エピソードを紹介しましたが、まだまだ貧乏に関する話がありました。風間トオルのその他の貧乏話もチェックしていきましょう。

破裂した膵臓が貧乏魂で完治?

大量出血しても寝て治した風間トオル。そんな風間トオルですが、大人になってから病院で診察を受けると、過去の様子から「一度破裂した膵臓が完治しています」と告げられたのです。

風間トオルによれば、忘年会シーズンの連夜の飲み会の辛さを「身体の中心に力をいれる」という方法で乗り越えていたのだとか。しかし、ある時に同じ方法を使ったところ、内蔵が「ピチッ」と裂けた音がしたこと語っています。

どうやら、このときに膵臓に炎症などが起きていたようで、病院で診察を受けた際に自身の治癒力で完治していたことが確認されたのです。

高校時代に炭酸デビューも拒絶反応?

風間トオルが炭酸ジュースを飲んだのは、高校に入ってからでした。初めての飲み物に身体が驚いたのか、目から炭酸が吹き出したとのこと。どうやら、炭酸の泡を勿体なく感じて、一気に飲み干そうとしたのが原因だったそうです。

お菓子初体験でポテトチップスに驚き

実は小学校5年生まで、お菓子の存在を知らなかった風間トオル。友達の家に行ったときに、ポテトチップスを食べたところ、味が濃すぎて衝撃を受けた、とコメントしていました。

遠足時のお菓子は無し

残念ながら学校の遠足は行けたものの、お菓子は買えずに無かったそうです。しかし、風間トオルは「お菓子は買えなかったけど、遠足はだいたい河原とかに行くので、草は生えてるし、川の水は飲めるしで、何の不自由もなかったです」と語っていました。

星プリントTシャツから「火星人」に

セールで買ってもらった星がプリントされたTシャツ。色違いで7枚あったそうですが、毎日それを日替わりで来ていたところ、クラスの友達から「火星人」というあだ名を付けられたのだとか。学生時代はいろいろな苦労があったことがうかがえます。

デートの裏側は究極の徒歩4時間?

小学生時代、デートをする際にお金が無かったため、待ち合わせ場所は現地集合にしていたとのこと。その理由は、電車代を浮かして歩いて向かうためでした。川崎にある武蔵小杉から歩いて4時間ほどかけて、渋谷でデートしたこともあったそうです。

お金を使わないデートにするため、公園で遊ぶことも多かったのだとか。女の子が作ってくれたお弁当を食べて過ごしたあと、解散するときは現地解散。そこから歩いて、また4時間かけて帰っていたことを明かしています。

風間トオル以外の貧乏時代を乗り越えた芸能人

風間トオルの貧乏エピソードを紹介しましたが、芸能界には他にも貧しい生活から這い上がった人が多数います。そういった貧乏時代を乗り越えた芸能人を解説します。

貧乏時代を乗り越えた芸能人【中居正広】

元SMAPで日本を代表するアイドルの1人である中居正広。14歳のときにジャニーズ事務所に入所していますが、実家は貧しく、4畳と3畳半しかない部屋で、お風呂も週2回のシャワーだけだったことを告白しています。

貧乏時代を乗り越えた芸能人【東山紀之】

中居正広の先輩にあたる、ジャニーズ事務所の東山紀之。彼の家庭も非常に貧しかったのです。3歳のときに両親が離婚。母親は再婚したものの、父親の借金から逃れるために、夜逃げ同然で住まいを転々とする幼少期だったとのことです。

貧乏時代を乗り越えた芸能人【武田修宏】

元サッカー選手でヴェルディ川崎などで活躍した武田修宏。トラック運転手だった父親は、大のギャンブル好き。稼いだお金はすべてギャンブルに使うような人でした。

そのため、武田修宏は満足に食べることが出来ず、お腹が空くと氷を食べてしのいだことも。また自宅に借金取りが何度も来たり、父親に暴力を振るわれたこともあったのです。

中学の頃に両親は離婚。後にサッカーの才能を開花させた武田修宏が、全国高等学校サッカー選手権大会で活躍すると、父親はその姿をテレビで見ていたのだとか。その姿を見て、父親は更生することを決意し、母親と復縁に至っています。

しかし、父親は後に体調を崩して寝たきりに。母親は看護師の仕事をしながら、父親の介護をする生活になりました。また、武田修宏はサッカー選手として活躍したお金を叔父に預けていたものの、1億円近いお金を株式投資で消費されてしまうという出来事にもあっています。

風間トオルは伝説級の貧乏時代を生き抜いた

風間トオルの貧乏について紹介しました。そのエピソードは伝説級なものばかりで、草を食べて空腹を紛らわせていたことに驚く人も多いでしょう。そういった貧乏に負けること無く、モデルや俳優として才能を開花させた風間トオル。これからも、彼の活動を応援していきましょう!

関連するまとめ

関連するキーワード

Original
この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ