【大津いじめ事件】木村束麿呂の現在!加害者のその後や学校の隠蔽とは?

2011年に滋賀県大津市の中学で、いじめを苦に自殺する事件がありました。その主犯となる生徒が木村束麿呂で、木村束麿呂の親や学校側の対応も問題となりました。事件後、木村束麿呂は賠償し改名したと言われています。大津いじめ事件について詳しくご紹介します。

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目次

  1. 1木村束麿呂とは
  2. 2大津いじめ事件の概要
  3. 3大津いじめ事件の判決
  4. 4木村束麿呂の生い立ちや家族
  5. 5木村束麿呂や家族の現在
  6. 6木村束麿呂の通っていた学校の問題
  7. 7木村束麿呂等が起こしたこの事件から何を学ぶか

木村束麿呂とは

木村束麿呂は、大津いじめ事件の加害者として実名で報道された人物の一人です。陰湿ないじめを行ったことから、世間から批判されています。多くの著名人が注目していたこともあり、木村束麿呂が事件を起こした当時、大津いじめ事件は話題になりました。

大津いじめ事件では学校の対応の酷さにも注目され、いじめが問題視されるきっかけとなりました。では、当時世間を騒がせた木村束麿呂はどんな事件を起こしたのか、賠償金や改名した噂についても併せて紹介していきます。

大津いじめ事件の主犯の1人

2011年に、卑劣な事件である大津いじめ事件が起こりました。木村束麿呂はいじめの主犯格であり、リーダー格と考えられていました。しかし、木村束麿呂は3人いる加害者のうちの一人で、他の主犯格である山田晃也がリーダーでした。

名前が特徴的であることから、木村束麿呂がリーダー格と勘違いされています。世間でも批判されていたのが木村束麿呂のため、今でもリーダーが木村束麿呂だと考えている人もいるでしょう。現在では、改名して暮らしている噂も流れています。

大津いじめ事件の概要

木村束麿呂が関わっていた大津いじめ事件とはどのような事件なのでしょうか。大津いじめ事件は、木村束麿呂を始めとした3人が起こした事件です。執拗にいじめられた生徒は、いじめを苦に飛び降り自殺しました。

自殺の数日前に自殺するというメッセージを送信していたにもかかわらず、男子生徒の自殺は止められませんでした。それでも木村束麿呂をはじめ、3人はいじめをやめる素振りを見せず、学校側もいじめを隠蔽したということが大津いじめの概要となっています。

中学2年生の男子生徒が自殺

被害者の男子生徒は、木村束麿呂を始め、いじめを行っていた3人に自殺するというメッセージを残しました。しかしメールの証拠もなく、自殺するというメッセージが送られた真偽は不明となっています。

被害者の男子生徒は仰向けに倒れていました。木村束麿呂ら3人はメッセージを受け取ったあと、死体を探すために事件現場周辺にいたとされています。いじめによる自殺なのに遺書もないといった不審な点もありましたが、警察では自殺と処理されました。

いじめの内容とは?

大津いじめ事件で行われたいじめはひどく、中学生が行うようなものではありませんでした。お腹や顔を思い切り殴ってサンドバックにする暴力的ないじめを始め、自殺の練習など精神的ないじめを行っていました。また、被害者に対し金銭的ないじめも行っていました。

金銭的ないじめは親の貯金には手を出させないなど、いじめを明るみにさせない陰湿なやり方をしていました。よく聞く精神的ないじめだけではなく、暴力的や金銭的など、あらゆるいじめ方をしたと言われています。

当時の担任はいじめを黙認

酷いいじめが日常的に行われていたにもかかわらず、担任はいじめを黙認していました。自殺した生徒が担任に相談に行っても、「君が我慢すれば丸く収まる」などと無責任な発言をしたとされています。担任はいじめの現場を見て見ぬふりをしたとも言われています。

生徒がいじめがあると認識し、アンケートにもいじめがあったと回答したにもかかわらず、学校はいじめを黙認し続けました。このような担任や学校の対応の酷さも、大津いじめ事件が語り継がれる理由となっています。

事件後の木村束麿呂含む加害者の反応

被害者が自殺したにもかかわらず、木村束麿呂を始めいじめを行っていた3人は反省を一切しませんでした。男子生徒が自殺した翌日に男子生徒の机を囲み、甲高い笑い声を発しながらトランプをやっていたと言われています。

自殺に追い込んだにもかかわらず、悪びれる様子もなく暮らしていました。事件後に行われた裁判でも「いじめではなく遊び。ゲームのつもりだった」などと供述していました。反省の態度は一切見せず、被害者を笑い者にしていたとの証言もあります。

「死んでくれてよかった」と発言

木村束麿呂ら3人は笑いながら「死んでくれて嬉しい」や、「まだやることあったのに」など、被害者が自殺したことをなんとも思っていないような発言ばかりしていたとされています。

また、自殺した現場に「指とか落ちてるかも」などと不謹慎な気持ちで見に行ったともされています。他の生徒に「やっと死んでくれたわ」と話してるのを聞いた生徒もいました。自殺させたことをなんとも感じておらず、その考えも大津いじめ事件が大きく報道される理由となりました。

被害者の顔写真に画鋲や落書き

死んでくれてよかったなどと発言しただけではなく、木村束麿呂ら3人は被害者が死んだあとも執拗に酷いことをしていました。事件後に生徒らに行われたアンケートには、木村束麿呂らが行ったいじめについての回答が多く書かれていました。

その中には、教室に貼ってあった被害者の顔写真に画鋲を刺したり、落書きしたりしていたと言われています。木村束麿呂らは一切悪びれることなく、男子生徒へのいじめを死んだあとも続けていたということになります。

事件の真相は他殺説?

いじめを苦にしての自殺であると言われていますが、他殺では無いかという声もあります。飛び降り自殺したにもかかわらず仰向けだったり、遺書がなかったりと不審な点がたくさんありました。

そういった理由から、自殺ではなく他殺だったのではという考えもあります。また、日頃から被害者生徒は木村束麿呂らに自殺の練習をさせられていました。

自殺の練習と仰向けの遺体の関連性について疑問を投げかける人もいました。また、男子生徒の体中には痣があったとされています。

大津いじめ事件の判決

2012年に木村束麿呂と小網健智が書類送検され、当時13歳であった山田晃也は児童相談所に送られました。

その7年後である2019年、自殺したのはいじめが原因であったと、加害者2名に賠償命令が下されました。被害者遺族は3人に対して賠償を請求しましたが、うち一人は関与したとは言い難いとされ、2人への損害賠償となりました。

では、大津いじめ事件の判決や流れ、賠償額を詳しく見ていきましょう。どのような流れで大津いじめ事件は判決が決まったのでしょうか。

警察は当初被害届を受理しなかった

自殺に追い込まれた男子生徒の遺族は、警察に対して3回も被害届を出しましたが、受理されませんでした。遺族が刑事告訴しても、警察は受理しなかったといいます。

ですが、大津いじめ事件が報道され始めたあと、警察は急に被害届を受理し、いじめに対しての捜査を始めました。自殺した男子生徒の父親は、木村束麿呂ら3人を暴行や脅迫、器物破損などの罪で刑事告訴しています。何度も被害届を出していたにも関わらず、受理しなかった警察の対応も問題視されました。

木村束麿呂と小網健智を書類送検

2012年12月27日、木村束麿呂と小網健智が書類送検されました。山田晃也は当時13歳であったため、刑事罰の対象となりませんでした。滋賀県警は木村束麿呂らに対し暴行、器物破損、窃盗の3容疑について立件しました。

認否などの詳細も述べられず、犯罪行為を否定したり、認めたものの犯意を否定しているなどだけの説明しかされませんでした。いじめに関しても、憶測で説明すると誤解を招くと結論が出されることはありませんでした。

遺族は民事裁判で損害賠償請求

2012年2月24日、遺族は木村束麿呂ら及び保護者ら、大津市に対して損害賠償を提訴しました。賠償額は約7720万となりました。

事件を隠蔽した学校や大津市と遺族は、賠償金を支払うことにより和解しましたが、加害者との裁判は継続されました。2017年に被害者遺族による賠償金についての裁判が行われました。

裁判では、「死ねは挨拶程度のものだった」などと加害者の一人が証言し、虫の死骸を食べさせようとした理由はエンターテインメントだと言いました。

2019年加害者2人に3700万の賠償命令

大津地裁は2019年2月19日に、自殺はいじめが原因であったとして木村束麿呂ら2人に対して3700万円の賠償命令を下しました。いじめと自殺の関係性が争われた大津いじめ事件は、8年もの歳月がかかった事件となりました。

また、遺族は3人に対しての損害賠償を請求しましたが、うち一人については関与が低いとされ、賠償責任には問われませんでした。いじめが自殺の原因と認められただけではなく、いじめの危険性が注目され賠償金が発生する事件となりました。

木村束麿呂の生い立ちや家族

ここからは、木村束麿呂や家族がどんな人物であるのか見ていきます。木村束麿呂はガタイがよかったとされています。

父親が会社経営をしてたということもあり、木村束麿呂は裕福な家庭で過ごしたと言われています。優しくて成績も良く、女子からも人気だったと言われています。普通の生徒であった木村束麿呂ですが、他の二人と関わったことによっていじめの加害者と変貌してしまいました。

木村束麿呂はいじめのリーダー格?

大津いじめ事件のリーダー格と言われている木村束麿呂ですが、実際は山田晃也がリーダー格でした。木村束麿呂は名前も特徴的であり、報道でも批判されていたため、木村束麿呂がリーダー格であると世間に勘違いされていたようです。

木村束麿呂は実際リーダー格ではありませんが、体も大きく目立っていたということも、リーダー格と勘違いされる理由の一つとされています。現在でも、木村束麿呂がリーダー格であると勘違いしている人もいます。

水泳部で成績優秀だった

木村束麿呂は水泳部に所属していました。種目は200m自由形など、色々な種目に出ていました。水泳部であるということもあり、木村束麿呂は周囲の生徒に比べて体が人一倍大きかったのです。

そのためか、被害者の男子生徒からすると、体が大きく抵抗すらできないということも恐怖の原因であったとされています。成績も優秀であり、生徒から人気となっていたこともありました。ですが、山田晃也ら2人と関わり始めてからは、怖いというイメージが定着したようです。

母親はPTA会長のモンスターペアレント

木村束麿呂だけではなく、母親も異常だと言われています。かつて木村束麿呂の父親がPTA会長をやっていたということもあり、母親もPTAの会長をやっていました。緊急保護者会が行われた際も、司会役の先生が保護者に呼びかけた瞬間母親がマイクを握り、理不尽なことを一方的に喋っていたと言われています。

また、中学校の前で木村束麿呂は無実であるというビラを配るなど、異常な行動をしていました。当時PTA会長以外にも自生団体連合会の会長でもあったそうです。

卑劣な発言の事実も

木村束麿呂の母親は異常な行動を数多くしていたそうです。緊急保護者会で、自殺した男子生徒の保護者が「お騒がせしてすみませんでした」といったにもかかわらず、「うちの子はプロレスごっこをしていただけなのに」や「うちの子が自殺したら保護者や先生の責任だ」などと意味不明な発言をしました。

先生によると、加害生徒に事件のことを聞こうとすると、「うちの子を犯人扱いするのか」などとPTAであることを利用して圧をかけていたようです。

父親はAV男優だった?

木村束麿呂の父親はAV男優であったという噂も流れています。出演した作品が猟奇的なものであることから、木村束麿呂のいじめ体質は遺伝したものではないのかということも示唆されています。

木村束麿呂を始め、家族の顔写真が流出したことがきっかけで、こういった木村束麿呂の父親がAV男優であるという噂が流れ始めました。あくまでも噂ですが、あまりにも似ているので本人ではないのかと言われていますが、真偽ははっきりとしていません。

映画「狂わせたいの」に出演

映画「狂わせたいの」のキャスト欄に、木村束麿呂の父親の名前があるとされています。映画の内容も猟奇的であり、常人には理解しがたい内容と言われています。そんな猟奇的な映画に木村束麿呂の父親が出ていると言われています。

木村束麿呂の父親の名前も珍しく、映画に出ている人物と顔も似ているため、本人ではないかと言われています。こういった猟奇的な映画に出ているといったことも影響したのか、木村束麿呂の性格は父親譲りなのではないかとされています。

木村束麿呂や家族の現在

では、木村束麿呂や家族は今、どのような生活をしているのでしょうか?木村束麿呂には改名した噂を始め、様々な噂が飛び交っています。そこで、続いては木村束麿呂についての改名して暮らしているという噂や、加害者らのその後を紹介していきます。

大津いじめ事件では書類送検されただけでしたが、実名と顔写真が拡散されたため、木村束麿呂らの人生に大きな影響を与えたとされています。大津いじめ事件で世間を騒がせた木村束麿呂らは、現在どのように暮らしているのか、見ていきましょう。

京都の学校へ転校後改名

大津いじめ事件後、木村束麿呂は京都の学校に転校し、改名したとの噂があります。木村束麿呂という名前が珍しいという理由から改名したと言われています。ですが、顔写真も出回っており、改名したとしても木村束麿呂であるということがバレる可能性もあったようです。

実名での報道がされたため、木村束麿呂は改名して過ごすようになりました。今でも木村束麿呂は改名して普通に過ごしているという噂ですが、改名したあとも顔でバレていたのではないかと言われています。

加害者の山田晃也も京都へ転校

木村束麿呂だけではなく、リーダー格であった山田晃也も転校しています。山田晃也は京都府宇治市立広野中学校に転校しましたが、転校先の学校でも非行を繰り返していたとされています。山田晃也も改名し、母親の姓を名乗っていました。

転校した当時はいじめの主犯格であるとバレなかったのですが、集団リンチ事件に加担したことから大津いじめ事件の犯人の一人であることが発覚しました。集団リンチ事件で、執拗にリンチしていたのが山田晃也と言われています。

小網健智は後に北九州予備校山口校に転校

木村束麿呂と山田晃也は転校しましたが、小網健智は転校をしなかったそうです。ですが、小網健智の住所が特定されるなど、小網健智は転校せざるを得ない状況に追い込まれました。

転校先は木村束麿呂らとは違う、北九州予備校山口校と言われています。小網健智は転校先でも問題行動を続けており、更生の見込みは無いと言われています。転校先でも手がつけられないほど暴れることもあり、周囲からは腫れ物扱いをされているようです。

転校先で事件の加害者であることがバレる

木村束麿呂は事件後、京都の学校に転校し改名して過ごしていました。転校先ではいい人として木村束麿呂は人気があったとされています。しかし、一度大津いじめ事件の当事者であるということが広まると、木村束麿呂はクラスで孤立していきました。

同級生の男子生徒によると、クラスのみんなには普通に接するのに、転校前の生徒との電話では怖い口調で話していたといいます。改名しても口調で木村束麿呂であるという事がバレ、クラスメイトから無視されるようになりました。

現在は海外逃亡した噂も

現在では木村束麿呂は、改名した名前で過ごし、海外に逃亡したという噂があります。また、ニュージーランドに逃亡しようとしたが入国拒否されたなど、様々な噂が飛び交っています。

木村束麿呂の就いての様々な憶測が語られていますが、実際のところ木村束麿呂の消息は不明となっています。事件当時の顔写真が流出しているとはいえ、改名や整形して暮らしている可能性もあります。あくまで海外逃亡などは噂であり、木村束麿呂の現在はわからないとされています。

両親に反省の色は全くなし

改名したなどの噂が語られる木村束麿呂ですが、木村束麿呂の両親に反省の色は全くなかったそうです。木村束麿呂の父親は、裁判中に「被害男子生徒を思っての暴力である」などという酷い発言をしました。

また、木村束麿呂に対し、怒るどころか「よくやった」などと発言するなど、反省の色が全く見られないませんでした。そのため木村束麿呂だけではなく、両親にも世間の憤慨の目が向けられました。噂ですが、被害者に対しての賠償金を払うことを拒絶したとも言われています。

関係のない女性をデヴィ夫人がブログに

木村束麿呂や両親のことがネットで拡散される事となりましたが、誰が拡散させているのかなどはわからないようになっています。その他、事件とは関係のない人の顔写真まで流出してしまうこともありますが、大津いじめ事件では、事件と関係のない女性の顔写真まで流出してしまいました。

こういった関係のない人の顔写真まで流出してしまったことから、デヴィ夫人は憶測だけでブログで関係のない人を拡散してしまい、世間から非難を浴びています。その結果、デヴィ夫人は慰謝料を払うことになってしまったようです。

木村束麿呂の通っていた学校の問題

大津いじめ事件は木村束麿呂らの行動の他に、学校側の対応の酷さが注目されました。木村束麿呂らも批判されましたが、いじめを黙認した学校や担任も強く批判されました。

学校側では一切関係ないといったことを始め、学校側はいじめを隠蔽し続けました。そのため、学校側も批判されることとなりました。では、大津いじめ事件での学校の対応は一体どのような酷いものだったのか、学校側の対応の内容を見ていきましょう。

いじめを隠蔽していた

男子生徒がいじめで自殺したあと、学校に対してのアンケートが行われましたが、いじめが隠蔽されていたという事実が発覚しました。生徒がしっかりといじめを認識していたにもかかわらず、アンケートに対して学校側は何もなかったといじめがあったことを隠蔽しました。

隠蔽がバレた際にも、見落としていただけであり隠蔽などしていないと隠蔽したことを認めようとしませんでした。生徒を守るはずの学校が隠蔽したという事実が、学校側が批判される一つの理由となっています。

教育委員会が聞き取りを実施せず

大津いじめ事件に対し、学校側は「いじめている方にも人権がある」と言って聞き取り調査を実施しませんでした。自殺してしまった生徒の調査も、一ヶ月ほどで終わらせてしまうなど、この件を早く終わらせてしまいたいようでした。

いじめの内容等の記載についても「教育委員会が全員見逃していた」などといい、隠蔽しました。聞き取り調査で発覚したいじめの事実も隠蔽し、発覚したあともいじめと自殺の関連性はないと発言したため、学校側と教育委員会は批判されました。

組織ぐるみの隠蔽工作?

大津いじめ事件の隠蔽は組織ぐるみではないかと噂されています。加害者の一人である小網健智の母親は「日本未来の党」の代表である嘉田由紀子と仲が良かったそうです。また、大津市長の越直美は滋賀県知事である嘉田由紀子の系列でもありました。

そのため、仲がよい小網美恵の息子をかばうために、学校や教育委員会に隠蔽させたのではないかと言われています。賠償金が発生するまでの事件にもかかわらず、有耶無耶な結果になったのは組織ぐるみの隠蔽のせいだとされています。

担任の先生の異常な発言

学校がいじめの事実を隠蔽したことだけではなく、担任教師がいじめを隠蔽したことや言動も批判されました。いじめられていた男子生徒に対し「そんなのどうでもいい」や「君が我慢すれば全てが丸く収まる」など、生徒の味方をしようとはしませんでした。

また、木村束麿呂らに対しては「あまりやりすぎるなよ」などと笑いながら言っていたとされています。また、他の生徒が担任である教師を呼びに行った際には出向こうとせず、いじめを隠蔽しようとしたようです。

木村束麿呂等が起こしたこの事件から何を学ぶか

木村束麿呂らは賠償金が発生するほどのいじめ事件を発生させました。いじめは二度と行われてはいけない行為であり、隠蔽されてはいけない行為です。賠償金を決める裁判では、いじめは危険な行為であると認められました。

この事件では、木村束麿呂らは改名しても追われ続けるということもわかりました。そのため本人が遊びのつもりでも、いじめとして事件に発展してしまった場合は賠償金を支払うことになる上、一度罪を犯せば改名しても身元がバレる可能性が高くなっています。加害者だけでなく、学校側の対応にも問題があった大津いじめ事件を忘れてはいけません。

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この記事のライター
村上 貴洋

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