綺咲愛里の本名や実家は?宝塚退団理由や実家など家族も調査!

綺咲愛里の実家の家族や、綺咲愛里の本名について興味があるという方は多くいらっしゃるでしょう。こちらの記事では、綺咲愛里の実家や本名についてご紹介します。また、綺咲愛里が宝塚歌劇団の退団表明や、その理由についてもご紹介します。

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目次

  1. 1綺咲愛里のプロフィール
  2. 2綺咲愛里の本名や実家は?
  3. 3綺咲愛里の宝塚退団理由
  4. 4綺咲愛里の妹など家族も調査
  5. 5綺咲愛里の歌唱力や宝塚出演経歴
  6. 6綺咲愛里の本名は「三徳麻衣子」で紅ゆずると共に宝塚退団

綺咲愛里のプロフィール

  ・愛称:あーちゃん
  ・本名:三徳麻衣子
  ・生年月日:1991/10/30
  ・年齢:27歳(2019年6月現在)
  ・出身地:兵庫県川西市
  ・血液型:A型
  ・身長:163cm
  ・体重:不明
  ・活動内容:舞台俳優
  ・所属グループ:宝塚歌劇星組
  ・事務所:宝塚歌劇
  ・家族構成:美里玲菜(妹)

綺咲愛里の経歴

綺咲愛里の経歴についてご紹介します。綺咲愛里は、2008年4月に宝塚音楽学校に入学しました。2年間の舞台稽古後、宝塚歌劇団96期生として宝塚歌劇団に入団しました。入団したその年、初舞台として月組公演の『THE SCARLET PIMPERNEL』に出演します。

さらに2012年公開の、紅ゆずる主演である『ジャン・ルイ・ファージョン』で妻役を演じることになります。後ほどご紹介しますが、紅ゆずるというトップスターとの共演はこれが最初と言われています。

綺咲愛里の学歴

2010年に宝塚音楽学校を卒業してからの学歴はありません。しかし、宝塚歌劇団に入団するための道のりは厳しいと言われています。宝塚音楽学校に入学するためには、舞踏のスキルや身体の柔軟さ、歌唱力の高さなど、舞台出演に必要なスキルが必要です。

さらに宝塚音楽学校の入学倍率は、2017年度の入学試験で26倍を超えています。宝塚音楽学校に入学するためには、幼いころからバレエやダンスといった舞踏スキルを磨く必要があるようです。

綺咲愛里の年齢について

綺咲愛里の年齢についてご紹介します。綺咲愛里の年齢は、2019年6月現在で27歳となっています。2008年の入学から11年の歳月が経過していますが、綺咲愛里は現在でも宝塚歌劇団を途中で退団することなく、宝塚歌劇団の星組トップスターを務めています。

宝塚歌劇団には毎年多くの方が入団されますが、その中でもトップスターを経験することができるのはほんの数人だと言います。27歳という年齢で娘役のトップスターとなるのは、トップスターの中では一般的なようです。また、娘役のトップスターの退団時期は、平均で30歳前後のようです。

生まれた年は非公表?

綺咲愛里の生まれた年については、ホームページでは非公表となっています。そのため、年齢についても明確ではありません。こちらの理由については様々な憶測があります。

その中でも、役作りにおいて経歴や年齢という先入観が、作品の雰囲気を壊す恐れがあると考えられているという意見もあります。インターネット上では、生まれ年を含めた生年月日なども投稿されていることもあるようです。気になる方は経歴などと一緒に検索されることをおすすめします。

1991年生まれ説ありで現在の年齢は?

綺咲愛里は1991年生まれと言われています。もしこちらの情報が正しければ、綺咲愛里の年齢は2019年6月現在27歳ということになります。27歳という年齢が宝塚歌劇団の中で比較的若いかどうかはわかりません。

しかし、綺咲愛里は年齢に関わらず、人気が集まるような演技ができるということには変わりません。どうしても年齢が気になるという方は、一度インターネット上で経歴を検索されることをおすすめします。

綺咲愛里の本名や実家は?

綺咲愛里の実家についてご紹介します。実家の場所や、綺咲愛里がどのような環境で育ったのかといった事も含めてご紹介します。また、綺咲愛里の本名もご紹介するので、実家の場所などを含めるとより綺咲愛里についてよくご理解いただけるでしょう。

綺咲愛里の本名は「三徳麻衣子」

綺咲愛里の本名は、三徳麻衣子と言われています。綺咲愛里の本名の苗字である「三徳」の読み方については、「みとく」や「さんとく」といった読み方があります。これらの読み方を含めても、三徳という苗字を持った日本人は国内に300人もいないそうです。

このような特殊な苗字の家に育った綺咲愛里ですが、舞台上でも一際目立つような演技ができるので、人気の宝塚歌劇団員です。三徳という本名は、では宝塚歌劇団では使用されていません。

本名と芸名の関係や由来は?

綺咲愛里の本名と「綺咲愛里」という芸名の関係についてご紹介します。宝塚歌劇団に入団する際、必ず芸名が付けられるそうです。一般的なのは、本名を元にした芸名が多いと言います。しかし、綺咲愛里という芸名は本名が由来の物ではありません。


綺咲愛里のご両親が付けたという綺咲愛里という芸名の意味は、「綺麗に咲く」という意味と、「故郷を愛する」という意味が含まれています。芸名の由来が本名からではないということを知れば、綺咲愛里の演技の見方も変わってくるかもしれません。

実家は兵庫県川西市

綺咲愛里の実家がある場所は、兵庫県の川西市です。川西市は、兵庫県にある伊丹空港の近くにある市です。また、隣に宝塚市がある事も、綺咲愛里に影響を及ぼしたのかもしれません。

大阪の中心地から車で30分程度で行くことができるので、交通の便もいいとされています。都会と言うよりは、ベッドタウンと呼ぶことができるような自然にあふれたエリアでもあります。綺咲愛里は、こちらでご紹介したような伸びやかな環境で育ったようです。

実家が金持ちとの噂

綺咲愛里の実家が金持ちであるという情報は、残念ながら見つかりませんでした。しかし、宝塚音楽学校の学費は安くはないと言います。そのため、実家の資金力は重要と言われています。

また、綺咲愛里の妹も宝塚音楽学校に入学したので、さらに実家の資金力大きいものでなければなりません。こちらの理由から、綺咲愛里の実家は、貧乏な家庭ではないようです。

綺咲愛里の宝塚退団理由

綺咲愛里は、2019年10月13日公演の「GOD OF STARS-食聖-/Éclair Brillant」をもって宝塚歌劇団を退団すると表明しました。こちらの項目では、宝塚歌劇団を退団する時期についてや、宝塚歌劇団を退団する理由についてご紹介します。

2019年10月13日をもって宝塚退団

2019年2月6日、綺咲愛里は記者会見にて、宝塚歌劇団を退団することを表明しました。その記者会見では、2019年10月13日の最後の公演まで、宝塚歌劇団の星組として頑張っていくという意向も一緒に表明しています。

綺咲愛里は退団する理由については、記者会見では触れていません。これまでの綺咲愛里の経歴を見てきた方の中には、突然の退団表明に涙しているという方も多いようです。それでは、退団する理由について、さらに詳細にご紹介していきます。

宝塚退団理由①病気?

綺咲愛里が宝塚歌劇団を退団する理由は持病のためなのでしょうか?これまでの綺咲愛里の経歴を遡って見ると、病気やけがで舞台を休んだといった事はありません。また、宝塚音楽学校への入学時や、宝塚歌劇団に入団する際には、厳しい健康チェックがあるといいます。

そのため、宝塚歌劇団に入団する方は、健康な方が多いと言われています。綺咲愛里の健康についても良好で、持病なども公表されていません。退団する理由が病気のためというのはあくまで噂だけの話なのかもしれません。

宝塚退団理由②相手役・紅ゆずるの退団

綺咲愛里は記者会見で、紅ゆずると一緒に退団するという内容を表明しています。綺咲愛里は、星組にトップスターのカップルとして、数年間綺咲愛里と一緒に舞台に上がっていた紅ゆずると一緒に退団するという形になります。

また、トップスターとして2年間の経歴を積んだ後に、退団されるというトップスターは少なくありません。綺咲愛里や紅ゆずるも同様に、星組のトップスターとして2年間出演してきたので、退団する時期としては丁度いい時期とも言えます。

紅ゆずるとは

綺咲愛里のパートナーとして、星組を盛り上げてきた紅ゆずるについてご紹介します。紅ゆずるは大阪府大阪市出身です。綺咲愛里が宝塚音楽学校に入学する8年前に、宝塚音楽学校に入学しています。

2002年に宝塚歌劇団に入団してから15年間の劇団員活動を続け、2017年にようやく星組のトップスターとなりました。綺咲愛里と同様、2019年10月13日に宝塚歌劇団の退団を予定しています。

綺咲愛里の宝塚退団に対するファンの反応

綺咲愛里が宝塚歌劇団を退団する事に対する、ファンの反応をご紹介します。宝塚歌劇団のトップスターは、約2年ごとに退団します。その理由は様々ですが、宝塚歌劇団のファンの方にとって、トップスターが退団することは一般的なことのようです。

しかし、綺咲愛里の演技や歌唱力をもう見ることができないとなると、寂しいと感じるようなファンの方は多いようです。綺咲愛里は、多くの方に惜しまれるような歌唱力と演技力を持ち合わせていた人気のある宝塚歌劇団員でした。

綺咲愛里の妹など家族も調査

先ほど、綺咲愛里の妹も宝塚音楽学校に入学したという内容をお伝えしました。綺咲愛里の妹はその後どうなったのでしょうか?綺咲愛里の妹を含めた、家族についてご紹介します。

星組のトップスターとして活躍していた綺咲愛里の妹なので、歌唱力や演技力の評価も気になる方もいらっしゃるでしょう。

綺咲愛里の妹が話題に

綺咲愛里の妹の年齢は、綺咲愛里と同様公表されいていません。年齢は不明ですが、誕生日は12月30日であると公表されています。宝塚音楽学校では、毎年宝塚音楽学校文化祭が開催されます。

こちらの文化祭はチケット制で、将来有望なタカラジェンヌの卵がいるかもしれないということで、チケットは入手困難です。綺咲愛里の妹が卒業公演をする際の宝塚音楽学校文化祭では、例年にも増してチケットの入手が困難だったそうです。

2018年に妹も「美里玲菜」として宝塚入団

2018年には、綺咲愛里の妹も宝塚歌劇団に入団しています。入団に際しての芸名は、美里玲菜という名前になりました。2018年4月には、宝塚歌劇団星組公演の『ANOTHER WORLD/Killer Rouge』にて、姉の綺咲愛里と共演を果たしています。

現在は綺咲愛里とは違う組である花組で活躍しています。宝塚歌劇団では男性役の方にスポットライトが当たりやすいですが、綺咲愛里の実の妹である美里玲菜は、男性役にも負けない演技力と歌唱力があるとも言われているので注目されています。

妹の本名は「三徳美沙子」

綺咲愛里の妹である美里玲菜についてご紹介してきました。綺咲愛里の妹である美里玲菜の本名は、「三徳美沙子」というお名前です。こちらは本名なので、もちろん綺咲愛里と同じ「三徳」という苗字となります。

本名は宝塚歌劇団の公式サイトでは公表してはいませんが、ファンの間では当たり前のように話されることもあるようです。

綺咲愛里の家族構成は5人家族

綺咲愛里の実家の家族構成についてご紹介します。綺咲愛里の実家の家族は5人家族で、実家のご両親と先ほどご紹介した美里玲菜の他に、美里玲菜とは3歳離れている弟がいます。綺咲愛里とは3歳離れているので、現在では24歳となるようです。

また、綺咲愛里の母親の職業は保育士であり、綺咲愛里の父親の職業は医者であると噂されています。美里玲菜の弟に関する情報はなく、職業や、現在は実家に住んでいるのかどうかといった内容についても不明となっています。

綺咲愛里の歌唱力や宝塚出演経歴

2019年の10月に宝塚歌劇団を退団すると表明した綺咲愛里ですが、宝塚歌劇団の公演ではどのように活躍されていたのでしょうか?こちらでは、綺咲愛里の歌唱力や演技力、宝塚歌劇団の公園の出演経歴なども含めてご紹介します。

綺咲愛里の歌唱力の評判は賛否両論?

綺咲愛里は高校卒業当時、宝塚音楽学校に入学するつもりはなかったそうです。その理由は、歌唱力の低さを身に染みて感じていたからと言われています。

しかし、綺咲愛里は宝塚音楽学校に入学し、演技力や歌唱力のトレーニングを重ね、さらに宝塚歌劇団での出演経験を重ねることで、素晴らしい歌唱力を得られたとも言います。綺咲愛里の女優としてのこれまでの経歴が、綺咲愛里の歌唱力の評判を賛否両論にしています。現在では優れたトップスターとして活躍しています。

歌うと会場が静まる歌唱力の真相とは

綺咲愛里が公演で歌うと、その場の観客が鎮まるといいます。歌うことで場が鎮まると言われている現象の理由は、美里玲菜の歌唱力にあると言います。綺咲愛里の歌唱力が素晴らしいから鎮まるのではなく、綺咲愛里の歌唱力が比較的低く、広い空間で歌うことで歌詞が聞き取りにくくなるということが原因です。

歌唱力が低いとはいえ、演技力は星組のトップスターとして活躍できるほどのものです。綺咲愛里の歌唱力が賛否両論あると言われる本当の理由は、綺咲愛里の滑舌にあるのかもしれません。

綺咲愛里の宝塚出演経歴【厳選】

綺咲愛里の宝塚出演経歴を厳選してご紹介します。まず最初にご紹介するのは、綺咲愛里が初ヒロインを演じた『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』です。原作はアメリカの小説で、映画化された際はレオナルド・ディカプリオが主演を演じています。

綺咲愛里は、こちらの舞台で初ヒロインを務めました。こちらの項目では、綺咲愛里が出演した宝塚歌劇の出演経歴をさらにご紹介します。もし気になる作品がある方は、作品詳細をお調べいただくことをおすすめします。

宝塚出演経歴:「ロミオとジュリエット」

『ロミオとジュリエット』は、綺咲愛里が将来トップスターとなる星組に入ってからの初の出演作品です。シェイクスピアの戯曲である『ロミオとジュリエット』を、宝塚歌劇風にアレンジしたこちらの作品で、綺咲愛里は星組として華々しくデビューを飾りました。

しかし、もちろんまだ主演ということはなく、あくまでわき役やダンサーという立ち位置でした。

宝塚出演経歴:「黒豹の如く」

『黒豹の如く』第一次世界大戦中のスペインを歴史的背景に、恋人同士であった男女が再会し、ある事件に巻き込まれているというストーリーの宝塚歌劇オリジナル作品です。

こちらの作品では、綺咲愛里は新人公演ヒロインとして舞台の中央に立つことになります。こちらの作品はDVD化されているので、比較的ご覧いただきやすい作品になります。

宝塚出演経歴:「オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-」

2010年から入った星組のトップスターとしての初めての公演である『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』も素晴らしいと言われています。

新しく星組のトップスターとなった、綺咲愛里と紅ゆずるの若々しいコンビネーションが送る星組公演となります。原作の映画版を撮影した監督が舞台あいさつに来ており、宝塚版の舞台を絶賛したというエピソードが残っています。
 

宝塚出演経歴:「うたかたの恋」

綺咲愛里が星組のトップスターとして出演した経歴のある作品の中には、『うたかたの恋』という作品があります。こちらの作品はフランスの作家であるクロード・アネが執筆した小説『うたかたの恋』をミュージカル風にアレンジしたものです。

1980年代から、宝塚では何度も公演されているような、伝統的なミュージカルとなっています。
 

宝塚出演経歴:退団公演「GOD OF STARS-食聖-/Éclair Brillant」

『GOD OF STARS-食聖-/Éclair Brillant』は、綺咲愛里の宝塚人生を締めくくる退団公演です。上海やマカオといった、現代のアジアを舞台にしたロマンティック・コメディ作品です。

こちらの作品を最後に、綺咲愛里は宝塚歌劇団を退団するということになるので、多くの方に注目されている作品になります。宝塚歌劇団での綺咲愛里の最後の作品となるので、気になる方はぜひ劇場でご覧いただくことをおすすめします。

綺咲愛里の本名は「三徳麻衣子」で紅ゆずると共に宝塚退団

綺咲愛里の本名や年齢、退団の理由についてご紹介してきました。綺咲愛里は、星組のトップスターである紅ゆずると共に、宝塚歌劇団を退団する予定です。

多くのファンの方は最後の綺咲愛里の姿を一目見ようと、劇場に赴く方がおおいようです。綺咲愛里のファンでなくても、こちらの記事で綺咲愛里のことが気になった方は、ぜひ劇場に足を運ばれることをおすすめします。

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この記事のライター
村上 貴洋

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