小森まなみの現在!病気で死亡説?結婚は?経歴まとめ

ラジオパーソナリティとして80年代後半から90年代にかけて一世を風靡した小森まなみさん。病気や死亡説も囁かれていますが、今回はそんな小森まなみさんが現在何をされているのかについて迫っていきます。また併せて小森まなみさんの結婚と言った経歴もご紹介します。

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目次

  1. 1小森まなみのプロフィール
  2. 2小森まなみの現在
  3. 3小森まなみの病気で死亡説の真相
  4. 4小森まなみの結婚は?
  5. 5小森まなみの詳しい経歴
  6. 6小森まなみの年齢不詳の若さエピソード
  7. 7小森まなみの現在は活動休止中

小森まなみのプロフィール

・愛称:マミ姉
・本名:小森 眞奈美(こもり まなみ)
・生年月日:1959年10月16日
・年齢:59歳
・出身地:東京都渋谷区
・血液型:B型
・身長:151cm
・体重:非公表
・活動内容:声優、ラジオパーソナリティ、歌手、作家、童話作家
・所属グループ:なし
・事務所:プロ・フィット
・家族構成:夫・山崎理(アニメ監督)、息子
・出演作品:ラジオ「mamiのRADIかるコミュニケーション」「小森まなみのPop'n!パジャマ」、声優「フォトジェニック」「SUNRISE WORLD WAR Fromサンライズ英雄譚」など

小森まなみの経歴

声優やラジオパーソナリティとして一世を風靡した、小森まなみさんの経歴を簡単に紹介します。小森まなみさんは、医学博士として医療に従事している父の元に生まれ、幼少期は父の仕事の都合上のためタイのバンコクに住んでいました。

小森まなみさんは大学在学中に、ニッポン放送のラジオ番組のいちコーナー「燃えよせんみつ足かけ二日大進撃」でラジオパーソナリティデビューをします。その後、独特のトークと涙もろい一面から人気が集まり、次第に有名になっていく小森まなみさん。

小森まなみさんのリスナーからの人気はとても高く、1980年代から2000年代にかけてラジオ情報雑誌が企画した「好きなDJ投票」では11か月連続で1位を獲得しました。

そしてラジオパーソナリティだけではなく、声優や歌手としても活動をされ、どれも絶大な人気を誇っています。近年では作家としての活動の幅を広げられ、エッセイや童話、絵本など多岐にわたって活躍をされています。

小森まなみの家族

小森まなみさんの家族についてですが、経歴でも紹介したように父親は医学博士でした。また結婚した夫はアニメ監督の山崎理さんで、アニメや劇場作品といった様々な作品に携わっています。

父親は小黒八七郎

小森まなみさんの父親は小黒八七郎さんという方で、医師として活躍されていました。小黒八七郎さんは日本国内において内視鏡治療を誰よりも早く広め、胃がん治療のエキスパートでした。現在の内視鏡技術や胃がん治療は小倉八七郎さんの努力の賜物と言えるでしょう。

儒学者や医師など家系も凄い

小森まなみさんの父親は医学界においてとても凄い方だったわけですが、凄いのは父親だけではありません。小森まなみさんの曽祖父は儒学者として活躍され、祖父も医師でした。様々な分野に才能を秀でているエリートな家系といっても過言ではありませんね。

小森まなみの性格は?

さて、小森まなみさんはどのような性格なのでしょうか?小森まなみさんは非常に涙もろい一面があり、ラジオのパーソナリティとして視聴者のハガキを読んでいる際に、思わず涙ぐんでしまうこともありました。

また努力家であり、小森まなみさんの考えの一つに「夢+努力=現実」というフレーズがあります。これは努力しないと夢は叶わないということであり、小森まなみさんの番組や作品でこのフレーズは度々登場しています。

岡崎律子との交友関係も話題に

小森まなみさんの交友関係の1人に、岡崎律子さんがいます。小森まなみさんと岡崎律子さんは、1991年にテレビアニメ「魔法のプリンセス ミンキーモモ」の主題歌のレコーディングをする際に初対面をし、意気投合されました。

2人は同い年ということもありとても仲が良く、2004年に岡崎律子さんが胃がんで亡くなるまでは交友関係は続きます。

岡崎律子とは

岡崎律子さんは主にシンガーソングライターとして活躍されていて、また楽曲提供や作詞家としても活動されていました。楽曲は主にアニメ関係ですが、それ以外にもヤマハ音楽教室の音楽教材としても使用されています。

岡崎律子さんは精力的に活動していましたが、2003年にスキルス性胃がんを発病し闘病生活を送っていたものの、2004年に亡くなられます。

小森まなみの現在

小森まなみさんは現在あまり活動をされていないという噂がありますが、それは本当でしょうか?ここからは小森まなみさんが現在何をされているのか、そして現在のファンの声に迫っていきたいと思います。

現在も活動休止?

小森まなみさんは2011年6月末から現在に至るまで活動を休止されています。現在まで活動をされていない理由に、自身の体調不良をあげられていました。2011年以降の小森まなみさんは現在までメディアには登場はされていません。今後、復帰されることを祈るばかりです。

公式サイトは2019年5月現在も存在

現在、芸能活動をされていない小森まなみさんですが、公式サイトは現在も存在しています。小森まなみさんの公式サイトにはプロフィールの他、メディア情報などがあります。

もし復帰される場合はこの公式サイトに何らかの情報が記されてはずです。復帰が気になる方は公式サイトをチェックしてみてくださいね。

ファンも復帰を願うばかり

現在活動中止中の小森まなみさんですが、ファンの多くは復帰を望んでいます。今でもSNSで小森まなみさんの名前を検索すると、再活動してほしいという声や懐かしむ声が相次いでいます。

小森まなみのTwitterやブログは?

小森まなみさんはTwitterやFacebookといったSNSをされているのでしょうか?調べたところ、Twitterと言ったSNSを特にされてはいませんでした。

ただ公式サイトには小森まなみさんのブログがあり、活動休止後も継続してブログを続けられていました。しかし、2013年12月以降をもって現在まで更新されていません。近況についてはそのブログ以外は存在していないようです。

現在は熊本在住との噂も

小森まなみさんの現在は、熊本に住んでいるといった噂もあります。熊本は小森まなみさんが結婚した夫の実家があり、そこに住まわれているようです。ただ、この情報は5chの書き込みで判明したものであり、真偽については定かではありません。

小森まなみの病気で死亡説の真相

体調不良により活動をされていない小森まなみさんですが、一部では死亡説もあがっているようです。ここからは死亡説の真相について迫っていくとともに、体調不良の原因となる病気について紹介していきます。

小森まなみは現在病気?

死亡説が囁かれるほどメディアに一切姿を現さなくなった小森まなみさん。公式に発表したように活動休止の原因は体調不良によるものでした。

芸能活動を辞めざるを得ないほどの体調不良は、病気以外は考えられません。ただし、小森まなみさんサイドからは現在どんな病気なのかについては発表されていません。沈黙状態が続いているため、死亡説が広がってしまったと考えられます。

甲状腺腫瘍で闘病生活との声も

小森まなみさんが、どんな病気なのか気になる方も多いと思います。病気の噂のひとつとして甲状腺腫瘍ではないか、という声があります。なぜ甲状腺腫瘍なのかというと、甲状腺はのどぼとけにあるので「声」を仕事にしている小森まなみさんがもし患ってしまったら致命的だと考えられるからです。

もし甲状腺腫瘍だった場合、悪性でも手術で完治できる病気です。しかし手術によって声色がかわったり、喉がかすれてしまうこともあるそうです。

甲状腺がん説も浮上

小森まなみさんは甲状腺腫瘍という噂だけではなく、甲状腺がんという説も浮上しています。

甲状腺がんは甲状腺腫瘍の中でも発生率が高く、特に女性がなりやすい病気でもあります。甲状腺腫瘍も甲状腺がんもどちらにしても、小森まなみさんにとって喉に対するダメージは計り知れません。

病気の噂は現役引退の理由「体調不良」も関係か

病気の噂が広がった原因として、小森まなみさんが「体調不良」による突然活動休止宣言をしたからです。

スキャンダルや病気などを理由として引退や活動停止する芸能人は多く、小森まなみさんもまた病気のため芸能活動をストップしていると噂されています。ましてやメディアに一切表さないため、死亡説も出てきてしまっている状態です。

2001年のエイプリルフールには死亡説も

そして2001年のエイプリルフールに、インターネット上の掲示板において「小森まなみ死亡説」の噂が広まってしまいます。もちろん小森まなみさんの死亡説はガセであり、すぐに死亡説は間違いだと訂正されましたが、エイプリルフールだと気付かずに死亡説を信じた人もいることでしょう。

ボランティア団体「アンジェリック」も設立

小森まなみさんは声や作家としての仕事の他にボランティア団体も設立されていました。ボランティア団体「アンジェリック」は2006年に設立され、今もなお公式サイトがあるため活動をされているものと思われます。

「アンジェリック」と病気の関係性

小森まなみさんが設立された「アンジェリック」とはどのような団体なのでしょうか?「アンジェリック」は医療用かつらに特化している団体で、がんによる抗がん剤の副作用やケガなどによる脱毛によって苦しんでいる方たちのために、医療用かつらを販売されています。

なるべく製品を低価格で提供するために大きく宣伝されていないため、知らない方も多いかと思います。アンジェリックの公式サイトには、医療用かつらの良さを伝えるために、小森まなみさん自らが実際に装着した写真が掲載されています。

小森まなみの結婚は?

小森まなみさんの病気や死亡説といったことを紹介してきましたが、ここからは小森まなみさんの結婚と言ったプライベートな部分に注目していきたいと思います。

小森まなみさんは現在結婚されていて、子供もいるようです。小森まなみさんを結婚された旦那や、子供はどのような方なのか気になってきますよね。

1989年にアニメ監督・山崎理と結婚

小森まなみさんは今から30年前に、アニメ監督の山崎理さんと結婚をされています。結婚されたとき、小森まなみさんの年齢は30歳で、旦那の山崎理さんは27歳でした。二人の馴れ初めについては不明ですが、結婚当時はファンや仕事仲間、そして家族から祝福された幸せな結婚だったようです。

山崎理とは

小森まなみさんが結婚された山崎理さんについて簡単に紹介します。山崎理さんはアニメ監督の他に演出家としての活動やプロデューサーとしての一面を持っています。また、現在は日本アニメーター・演出協会の副理事を務め、今もなおアニメ作品に携わっていられます。

山崎理さんは数多くのアニメ作品を手掛けられていますが、代表的な作品は2007年放送の「地球へ… 」、2010年放送スタートした「薄桜鬼シリーズ」、2013年の「八犬伝―東方八犬異聞―」などです。

1990年に旦那との子供を出産

1989年に結婚された小森まなみさんは翌年の1990年に男児を出産されています。小森まなみさんは出産ギリギリまで仕事をされていましたが、産後は1年間休業生活に入られていました。

2019年の誕生日で年齢29歳の子供

小森まなみさんの子供についてですが、一般人のため画像や名前を公表されてはいません。そのため、現在何をされているのかは一切不明となっています。

ただ、出産されたのが1990年なので2019年の誕生日で29歳になることが分かっています。どんな方なのか想像してみるのも楽しいかもしれませんね。

小森まなみの詳しい経歴

小森まなみさんは、どのようなきっかけで声の仕事をするようになったのでしょうか?小森まなみさんのデビューからブレイクに至るまでの詳しい経歴を、声優やラジオパーソナルティ、歌手といった項目ごとに分けてみてみましょう。

声優としての経歴

小森まなみさんは歌手や作家といった多岐にわたって活動をされてきました。まずは声優としての小森まなみさんに注目して経歴を紹介します。

ラジオ局「ニッポン放送」でアルバイト時にスカウト

小森まなみさんが声の仕事を選ぶきっかけとなったのは、大学生の時のアルバイトです。当時小森まなみさんはニッポン放送で賑やかにはしゃぐ「ガヤ」のアルバイトをしていました。そこで小森まなみさんの声を聴いたスタッフがスカウトしたのです。

可愛い役から悪役まで幅広い声質が話題に

小森まなみさんは声域が広く、低い声で悪役をしたり高い声で少女の声といった使い分けができたため、とても話題となります。特に高音の音域はとても高く、ファンからは「超音波声」と呼ばれることがありました。その声の高さから機械が誤作動してしまうこともあったようです。

歌手としての経歴

次に歌手としての小森まなみさんはどのような経歴だったのか紹介していきます。小森まなみさんは声優としてはもちろんですが、歌手としての経歴がとても長く、多数の曲を出されています。

年齢15歳当時に日本テレビ音楽学院にて歌とダンスを学ぶ

小森まなみさんが歌手を目指されたのは、15歳の頃からでした。歌手やタレント、アナウンサーなどを目指している若者が集う日本テレビ音楽学院で、小森まなみさんもまた高校生の頃に通っていました。

バーズのメンバーとして歌手デビュー

そして小森まなみさんが高校一年生の時に日本テレビ音楽学院の選抜メンバーによる「バーズ」が結成され、メンバーの一員として抜擢されます。バーズはシングル曲「ふり向くな君は美しい」を発表し、全国高等学校サッカー選手権大会のイメージソングとして歌われました。

バーズ時代以外の歌手活動は?

小森まなみさんは声優として活動される傍ら、歌手活動もされています。小森まなみさんが24歳くらいの時に友人たちと「Nausicäa」というバンドを結成し、秋元康さんプロデュースで歌手としてデビューをされます。

歌手としての小森まなみさんも人気が高く、1996年に発売されたアルバム「Courage〜クゥ・ラージュ〜」ではオリコン初登場ランキングで25位という記録を成し遂げました。

このアルバム「Courage〜クゥ・ラージュ〜」は、小森まなみさんが全て作詞されている貴重な作品でもあります。その後ライブビデオである「BELIEVE」を発表し、キングレコード主催のヒット賞も受賞されました。

ラジオパーソナリティとしての経歴

そしてラジオパーソナリティでも多くのファンがいる小森まなみさん。どのような経歴でラジオ番組に携わるようになったのでしょうか?

ラジオ短波「ヤロメロジュニア出発進行」でDJデビュー

小森まなみさんのラジオパーソナリティとしてのデビューは、1980年放送のラジオ番組「ヤロメロジュニア出発進行」です。

「ヤロメロジュニア出発進行」はラジオたんぱ(現在・日経ラジオ社)が1980年から1990年まで生放送で月曜から金曜まで放送されていました。小森まなみさんは金曜日担当として大学生ながらも「サドガ島クラブ」や「マミの小狸探偵団」と言ったコーナーを持ち、多くのリスナーがいました。

ラジオDJ時代は「たんぱ三人娘」としても話題に

次第に人気となっていった小森まなみさんは、ラジオDJの先輩である大橋照子さんや斉藤洋美さんと共に「たんぱ三人娘」と呼ばれるようになります。その後、「たんぱ三人娘」はリスナーから多数の支持をされブームとなりました。

小森まなみはトークジョッキーを確立

小森まなみさんはトークがとてもうまく、そのため小森まなみのラジオ番組ではトークを中心としているのが特徴です。

ラジオ番組で1人で音楽を掛けながらトークを繰り広げることを「ディスクジョッキー」と言いますが、小森まなみさんの場合はトークが主です。そのため「ディスクジョッキー」ならぬ「トークジョッキー」という名前をつけ、その地位を確立させていきました。

ラジオ「mamiのRADIかるコミュニケーション」は25年放送

ラジオパーソナリティとしての小森まなみさんは、数あまたのラジオ番組でトークをされていました。

特に『mamiのRADIかるコミュニケーション』は小森まなみさんの代表作でもあり、1984年から2009年まで25年間もの間パーソナリティを続けられています。現在番組は終了してしまいましたが、小森まなみさんは最終回で「続けられるのなら、続けていきたい」と語っていました。

2012年にラジオNIKKEIで電話出演も話題に

2011年から体調不良により活動を休止されている小森まなみさんですが、約1年後の2012年4月にラジオ番組「ヤロメロ」の35周年記念で生放送の電話で出演されています。

小森まなみさんが大橋照子さんと斉藤洋美さんたちと一緒に、電話越しにトークを繰り広げられました。

エッセイストとしての経歴

小森まなみさんはエッセイストとしての経歴もあります。今までどのような作品に携わり、出版されたのでしょうか?

1983年に「ハートいっぱい抱きしめて」初版

小森まなみさんがエッセイストとしてデビューされたのは、1983年に出版された「ハートいっぱい抱きしめて」です。

この作品は小森まなみさんの半生や、ラジオとの出会いと言ったことが書かれていて自叙伝となっています。また現在では絶版となっていて、とても入手が困難な作品となっています。

その後はセラピー的なエッセイが話題に

小森まなみさんはエッセイストとしてデビューした後も、「こころのおくすり」や「こころが元気になる31のヒントプラス」といった作品を続々と出版されています。

書籍の出版に伴い、小森まなみさんはサイン会を行っていますがどれも即日完売され、人気の高さを物語っています。

作詞家としての経歴

最後は作詞家としての経歴についてです。小森まなみさんは歌手として活動されている傍ら、作詞家として作品を提供してきていました。どんな作品があるのか紹介していきます。

作詞担当作品①「ミンキーモモ」主題歌・挿入歌

小森まなみさんが作詞担当した作品1つ目は、アニメ「ミンキーモモ」の主題歌及び挿入歌です。小森まなみさんは「ミンキーモモ」の1991年から放送されていた第2作で、「おやすみBaby」「魔法のシグナル」といった4曲の作詞を担当されていました。

作詞担当作品②映画「劇場版・おジャ魔女どれみ」主題歌

小森まなみさんが作詞担当した作品2つ目は、アニメ映画「劇場版・おジャ魔女どれみ」の主題歌です。「劇場版・おジャ魔女どれみ」は2000年の夏に劇場公開され、小森まなみさんは声優としては出演されていませんが作詞と歌のみ提供されています。

作詞担当作品③アーティストへの提供

小森まなみさんは作詞した曲を歌うというイメージが強いですが、自身で歌うだけではなく様々なアーティストに対し作詞の提供もされています。

過去に小森まなみさんが作詞を提供したのは、シンガーソングライターであり声優の高橋直純さんへ「夏色の翼」「君のイナイ季節」、他には歌手の桑江知子さんに「三月白書」といった方々です。

講演活動も積極的に開催

小森まなみさんの活動は上記に挙げた以外にも講演をされています。講演活動は北は北海道、南は福岡まで全国で開催されていました。

小森まなみさんの公演は特に名古屋地域で多くされていて、今までに7回行っています。また小森まなみさんの公演はアニメ関連の他、大学や高校などの文化祭や「愛・地球博」といった多岐にわたって催されていました。

小森まなみの年齢不詳の若さエピソード

小森まなみさんは外見よりとても若く見えると評判です。そんな若く見えるエピソードをいくつか紹介していきましょう。

旅館で子供と間違えられる

小森まなみさんのエピソードの1つとして、童顔過ぎて温泉旅行に行った旅館で子供と間違えられました。その時小森まなみさんは親しい友達と一緒に旅行されていて、中居さんから出されたものは1人だけ子供用の浴衣だったそうです。

他にも、仕事のイベントが終わったあとに名古屋駅を1人で歩いていたら、家出少女と勘違いされてしまい補導されかけたこともあったそうです。小森まなみさんの画像や動画を見るといつでも若く、間違えられてしまうのも頷けます。

ビスコとマミーが大好物で若さの秘訣とネタ化

小森まなみさんの若さエピソードはそれだけではありません。以前、ラジオ番組でお菓子の「ビスコ」とジュースの「マミー」を好物として挙げたところ、リスナーが「それが小森まなみの若さの秘訣で、食事法だ!」とネタにされたこともあります。

もちろんこれはネタですが、小森まなみさんのいつまでも変わらない若さの秘訣が何なのか気になりますね。

ネット上でも永遠の未成年など話題に

小森まなみさんは年を重ねてもずっと若さを保っていることから、ネット上では「永遠の未成年」としてネタになることもしばしばあります。近年では、年を取るたびに逆に若返っていると話題になったりして、小森まなみさんの若返りネタは鉄板となっているようです。

小森まなみの現在は活動休止中

小森まなみさんの現在について迫っていきました。小森まなみさんには死亡説が一部で広がったときもありましたが、死亡説はガセであり現在も健在です。

小森まなみさんは芸能活動を休止された後から現在までメディアに出ていないため、現在の状況は不明なことが多いです。ただ噂の一つとして、現在は結婚した夫の実家がある熊本に住まわれているそうです。

芸能活動を止めてしまう原因となった体調不良ですが、どんな病気なのかも明かされていません。小森まなみさんの体調が落ち着き、元気な姿でメディアに復帰されることを祈りたいと思います。

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この記事のライター
まなしま
旅行とかわいいもの、雑貨が大好きです。最近はサンリオ沼で、クロミ推し!

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