松方弘樹の父は近衛十四郎!経歴や職業は?親子共演などのエピソードは?

映画や時代劇で活躍していた松方弘樹の父親は剣戟の看板スターとして人気だった近衛十四郎です。松方弘樹の父、近衛十四郎の経歴や職業について調査してみました。親子共演などのエピソードや父親への思いなどについてもご紹介しましょう。

松方弘樹の父は近衛十四郎!経歴や職業は?親子共演などのエピソードは?のイメージ

目次

  1. 1松方弘樹のプロフィール
  2. 2松方弘樹の父は近衛十四郎
  3. 3松方弘樹の父(近衛十四郎)の経歴や職業は?
  4. 4松方弘樹と父(近衛十四郎)の共演エピソード
  5. 5松方弘樹の父(近衛十四郎)への想いとは
  6. 6松方弘樹の父(近衛十四郎)は日本が誇る時代劇俳優

松方弘樹のプロフィール

・愛称:???
・本名:目黒 浩樹(めぐろ こうじゅ)
・生年月日:1942年7月23日
・年齢:78歳(2021年3月現在)
・出身地:東京都
・血液型:A型
・身長:173㎝
・体重:???
・活動内容:俳優・タレント・司会者・映画監督・映画プロデューサー
・所属グループ:なし
・事務所:株式会社MARE
・家族構成:父(近衛十四郎)、母(水川八重子)、弟(目黒祐樹)

松方弘樹の経歴

松方弘樹は1942年7月23日に東京都で生まれました。松方弘樹の父親は時代劇俳優の近衛十四郎、母親は女優の水川八重子です。さらに、弟は俳優の目黒祐樹という芸能一家です。松方弘樹はもともと、歌手を目指していて、作曲家である上原げんとの下で修業していました。

五木ひろしもその時に同じ生徒であり、五木ひろしの歌のうまさに、松方弘樹は半年で歌手を目指すことを断念してしまいます。その後、1960年の17歳の時に東映に入社し、映画『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』で主演デビューを果たしました。

1961年には時代劇に転身し、北大路欣也と共に「水戸黄門・助さん格さん大暴れ」などに出演しました。1962年には父親と「柳生武芸帳・独眼一刀流」で共演しています。1965年にはテレビドラマ「人形佐七捕物帳」で主演を務めました。

松方弘樹はヤクザ役でも活躍していましたが、北大路欣也に差をつけられて不遇な時代を過ごしました。1969年に大映にレンタル移籍し、市川雷蔵の穴埋めを見事に演じました。1971年に東映に復帰し、1973年には「仁義なき戦い」シリーズで活躍しています。

松方弘樹は数多くの時代劇や任侠映画で活躍していましたが、1985年からはバラエティ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」でバラエティ番組にも進出しました。レギュラーとして出演し、お茶目な一面を披露し人気が出ます。

「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」ではハンカチで汗をふきながら声を裏返して笑ったりと、若い女性から「かわいい」と言われ人気を博しています。その後も様々なバラエティ番組に出演し、活躍していました。

私生活では祇園の舞妓でモデルもしていた目黒夏子と結婚し、3人の子供をもうけました。しかし、1979年に妻との離婚が成立し、女優の仁科明子と結婚し、2人の子供が生まれました。その後、松方弘樹は30歳年下のホステスと不倫し、1995年にはその女性を山本万里子という芸名で女優としてデビューさせています。

妻の仁科明子が女性週刊誌に夫の不倫を暴露し、1999年1月に離婚が成立しました。松方弘樹はドラマで共演した女優である山本万里子と一緒になりましたが、事実婚で籍は入れておりません。2017年1月21日に脳リンパ腫のため、事実婚関係にあった山本万里子と事務所関係者に看取られながら、74歳で死去しました。

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松方弘樹の父は近衛十四郎

松方弘樹の父は時代劇俳優の近衛十四郎です。松方弘樹は父・近衛十四郎と母・水川八重子のもとに誕生しました。松方弘樹の父、近衛十四郎はどのような人物だったのか、近衛十四郎についてご紹介しましょう。

父(近衛十四郎)とは

松方弘樹の父、近衛十四郎は戦前から戦後にかけて活躍した時代劇俳優です。近衛十四郎は新潟県長岡市で生まれ、工業高校を卒業後、映画俳優を目指し、1932年市川右太衛門プロダクションに研究生として入団しました。

1934年に近衛十四郎と改名し、1935年に剣戟の看板スターとしての名声を獲得しました。1936年に兵役法の命により、新発田歩兵第16連隊に入隊しましたが、1939年に映画界に復活しました。1941年に女優の水川八重子と結婚し、1942年に長男である松方弘樹が誕生しています。1947年8月には次男の目黒祐樹が誕生しました。

近衛十四郎の本名は「目黒寅彦」

松方弘樹の父、近衛十四郎の本名は「目黒寅彦」です。出生したときには「寅一」という名前でしたが後に「寅彦」と改名しています。近衛十四郎は父・目黒多七、母・ミカの長男として生まれました。13歳で父親が他界し、その後、母親によって育てられています。

父(近衛十四郎)の結婚相手は水川八重子

松方弘樹の父、近衛十四郎は1941年に女優の水川八重子と結婚しました。近衛十四郎と水川八重子の間に誕生したのが松方弘樹です。松方弘樹は昭和17年に誕生し、昭和22年に次男の目黒祐樹が誕生しています。水川八重子は1976年に胃がんのために58歳という若さで死去しました。

松方弘樹と父(近衛十四郎)の顔は似てる?

松方弘樹と父、近衛十四郎の顔は似てるのかを調査してみました。松方弘樹と父親の近衛十四郎はとてもよく似た顔をしています。近衛十四郎は若かりし頃、その美貌と殺陣が上手だったことからすぐに頭角を現しました。

松方弘樹の父親も松方弘樹と同じく趣味は釣りで、中でも特にヘラブナ釣りが好きだったようです。松方弘樹は父親の影響を受けて釣りが好きになったのかもしれません。

松方弘樹の父(近衛十四郎)の経歴や職業は?

松方弘樹の父、近衛十四郎の経歴や職業についてご紹介しましょう。近衛十四郎の経歴や職業、父親の最期について調査してみました。

父(近衛十四郎)の経歴

松方弘樹の父、近衛十四郎の経歴についてご紹介しましょう。父親の誕生から学歴、時代劇俳優となった経歴について調査してみました。

父の経歴:新潟県長岡市で長男として誕生

松方弘樹の父・近衛十四郎は新潟県長岡市で長男として誕生しました。父・目黒多七、母・ミカのもとに生まれています。13歳の時に父親を亡くし、母親によって育てられました。母親は男勝りで、床屋まがいのことをして副収入を得ていたそうです。

父の経歴:長岡工業学校を卒業

近衛十四郎は新潟県にある長岡工業学校を卒業しています。高校を卒業後は、鉄道建設事務所に勤めましたが、その後、映画俳優を目指すことになり、退職しました。

父の経歴:市川右太衛門プロダクションに入団

近衛十四郎は1932年に俳優を目指し、市川右太衛門プロダクションに研究生として入団しました。当時は長岡秀樹という芸名で活動しています。

父の経歴:近衛十四郎に改名

1934年、20歳の時に長岡秀樹という芸名から近衛十四郎に改名しました。映画監督白井戦太郎に見出され、白井戦太郎の勧めにより改名しています。

父の経歴:兵役法のもと入隊

1936年には兵役法のもとで新潟の新発田歩兵第16連隊に入隊しました。太平洋戦争のために出征し、5か月で終戦を迎えて収容所へ送られています。その時に、発疹チフスが流行し、近衛十四郎もチフスにかかり、重傷だったことからシベリア拘留を免れて帰国しました。

その後、1939年に映画界に復帰しています。もしも、近衛十四郎が日本へ帰ることができなかったら、近衛十四郎の戦後の活躍もなければ、松方弘樹や目黒祐樹の存在もなかったことでしょう。

父(近衛十四郎)の職業は時代劇俳優

松方弘樹の父、近衛十四郎の職業は時代劇俳優でした。剣戟の看板スターとして活躍し、時代劇ファンの方たちからは、「日本一のチャンバラ役者」として親しまれていました。

近衛十四郎は豪快な殺陣が人気の時代劇俳優で、戦後は東映映画で活躍しました。昭和30年代には数多くのテレビ時代劇に出演し、人気を博しています。

父にとって時代劇俳優の職業は天職

松方弘樹の父にとっては、時代劇俳優という職業は天職でした。父親は立ち回りを一回で覚え、普通の人よりも長い刀を使用していたとのこと。どんな立ち回りも一回で覚えてしまい、まさにチャンバラをやるために生まれてきたような人だったそうです。

事実上引退後の職業は会社経営者

松方弘樹の父はテレビや映画で活躍していましたが、1976年に体力が低下し、事実上の引退となりました。その後の職業は各種の会社経営者としての余生を送っています。

父(近衛十四郎)の最期について

松方弘樹の父、近衛十四郎の最期についてご紹介しましょう。テレビや映画で活躍していた近衛十四郎の最期はどのようだったのかを調べてみました。

1977年に松方弘樹と釣り中に倒れ搬送

松方弘樹の父、近衛十四郎は1977年5月20日に松方弘樹と一緒にヘラブナ釣りに出かけ、釣りを楽しんでいる最中に脳内出血のために倒れてしまいます。近所にあった南丹病院に搬送されました。

1977年5月24日に父(近衛十四郎)他界

近衛十四郎は病院に搬送後、1977年5月24日午前1時55分に他界しました。意識が戻らないまま、63歳という若さで息を引き取っています。

松方弘樹と父(近衛十四郎)の共演エピソード

松方弘樹と父、近衛十四郎の共演エピソードについてご紹介しましょう。松方弘樹と父親の近衛十四郎はこれまでにどのような作品で共演しているのでしょうか?これまでに2人が共演した作品について調査してみました。

映画『柳生武芸帳・独眼一刀流』で共演

松方弘樹と父・近衛十四郎は、1962年に映画『柳生武芸帳・独眼一刀流』で共演しています。松方弘樹は立ち回りを自分自身でかなり研究し、見事な刀さばきを見せています。

スコッチウイスキー「Black & White」CM共演も話題に

松方弘樹は父親とスコッチウイスキー「Black & White」のCMで共演し話題になりました。スコッチウイスキーを片手に持って親子で共演する姿はファンの間で注目されました。

時代劇作品での共演も多い?

松方弘樹と父親は数多くの時代劇作品で共演しています。父親が主演を務めている東映時代劇に松方弘樹は若手時代に様々な作品で共演しました。松方弘樹は昼休みや夕方の休みの時に立ち回りを研究し、見事な刀さばきを披露しています。

しかし、そんな松方弘樹でも父親の立ち回りを覚える早さには脱帽でした。父親の立ち回りを松方弘樹は受け継いでいます。

松方弘樹の父(近衛十四郎)への想いとは

松方弘樹は父親への想いを自身のブログで語っています。松方弘樹は父・近衛十四郎に対してどのような想いがあったのかをご紹介しましょう。松方弘樹と父親とのエピソードについて調べてみました。

父(近衛十四郎)の一言をブログで

松方弘樹は自身のブログで父親である近衛十四郎についての思い出を綴り話題になりました。タイトルは「忘れられない父親の一言」で、その一言が松方弘樹はずっと忘れられないそうです。

近衛十四郎は勝新太郎が主演を務める「座頭市血煙り街道」に出演することになりました。勝新太郎演じる市と、心が通じているのに最後に斬り合いになるという侍役を演じることになり、撮影に出かけていきます。

撮影当日の朝に、近衛十四郎は「ちょっと勝っちゃんいじめてくるわ」と一言残して家を出ていきます。近衛十四郎と勝新太郎は壮絶なチャンバラを撮影のクライマックスで披露したそうです。

勝新太郎は立ち回りが上手な俳優としても知られていて、立ち回りは誰にも負けませんでしたが、この時のチャンバラでは近衛十四郎の方が押していたようです。松方弘樹はこの時の父親の一言がずっと忘れられませんでした。

父(近衛十四郎)の立ち回りエピソード

松方弘樹の父・近衛十四郎の立ち回りエピソードについてご紹介しましょう。時代劇ファンから近衛十四郎は「日本一のチャンバラ役者」と呼ばれています。近衛十四郎は立ち回りを一回で覚えてしまったそうです。

松方弘樹が何回も立ち回りを練習しているのに、父親は「ワシは疲れるからやらんぞ」と椅子に座っていました。しかし、本番最後のテストの際には二十手ぐらいの立ち回りを一回で覚えてしまいます。

松方弘樹は「なぜ、そんなに早く立ち回りを覚えられるのかが不思議だった」と語っています。近衛十四郎は刀を斬り上げる際に、右手を返す型が特徴的でした。斬った後で手首を返すことで、刀の先が動きます。

手首が硬いまま刀を振り回しても、刀は走りません。松方弘樹は父親から立ち回りの基礎を知らないうちに自然と学んでいたのでしょう。近衛十四郎は普通の人が使用する刀よりも少し長めのものを使用していました。長い刀を抜いて立ち回りをした後には、きちんと鞘に見事に収めたそうです。

弟(目黒祐樹)が語った父のエピソードとは

松方弘樹の弟、目黒祐樹が語った父親のエピソードについてご紹介しましょう。松方弘樹の弟の目黒祐樹は2017年2月2日に放送されたNHK番組「ファミリーヒストリー」に出演し、父親とのエピソードについて語りました。

当初は松方弘樹と目黒祐樹の兄弟2人が父親である近衛十四郎を懐古するという内容の番組だったのですが、2017年1月21日に松方弘樹が突然脳リンパ腫のために亡くなったので、目黒祐樹が1人で出演することになりました。

近衛十四郎は33歳の時に召集令状が届き、太平洋戦争に召集されました。朝鮮北部で終戦を迎え、本来はシベリアに送られるはずだったのですが、発疹チフスにかかって、翌年日本に帰ることができたそうです。

近衛十四郎の前史は目黒祐樹にはほとんど知らされておりませんでした。父親は目黒祐樹に「なんとしても生きて日本に帰る」と念じていたことを語り続けました。近衛十四郎はかつて、10歳年下の戦友と戦地でこのことを誓ったそうです。近衛十四郎の戦友はシベリアに送られましたが、無事に日本に帰還を果たしました。

松方弘樹の父(近衛十四郎)は日本が誇る時代劇俳優

松方弘樹の父、近衛十四郎についてご紹介しました。近衛十四郎の職業は時代劇俳優で、日本が誇る俳優として知られています。父親は立ち回りを一回で覚えてしまい、時代劇ファンからは「日本一のチャンバラ役者」と呼ばれています。時代劇俳優として活躍していた父親から松方弘樹は様々なことを学んだことでしょう。

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maki

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