【北九州監禁殺人事件】松永太や緒方純子のその後!松永太の生い立ちも

史上類を見ない凶悪事件として知られる北九州監禁殺人事件。今回は首謀者である松永太と緒方純子についてまとめました。松永太の生い立ちや息子に手紙を送り続ける現在の緒方純子の様子などの情報も。洗脳した家族に殺人を実行させるというこの事件は何故起こってしまったのか?

【北九州監禁殺人事件】松永太や緒方純子のその後!松永太の生い立ちものイメージ

目次

  1. 1松永太とは
  2. 2北九州監禁殺人事件とは
  3. 3松永太の結婚や緒方純子との関係
  4. 4松永太が起こした北九州監禁殺人事件の経緯
  5. 5松永太の逮捕やその後について
  6. 6松永太の生い立ち
  7. 7松永太には死すら生温い

松永太とは

では早速松永太の生い立ちや、彼が起こした北九州監禁殺人事件の概要等について現在分かる事をご紹介して行きたいと思いますが、先ずは簡単に松永太という人物の概要について触れておきたいと思います。松永太とは一体どの様な人物なのでしょうか?

北九州監禁殺人事件の首謀者である松永太

日本の犯罪史上類を見ない凶悪事件と言われる北九州監禁殺人事件。余りにも狂気に満ちたこの事件のニュースが放送された際、多くの人々が「まるで映画か犯罪ドラマの様だ」と、その事件に全く現実味が感じられないと呟いたそうです。それほどまでに残酷で酷く、猟奇的な事件であったのがこの北九州監禁殺人事件なのです。

この北九州監禁殺人事件を引き起こした首謀者が、今回ご紹介する松永太死刑囚(58歳)です。この男が引き起こした一連の殺人事件は、今後永遠と日本の犯罪史において語り継がれる事は間違いありません。「人間の皮を被った悪魔」という言葉がこれほどに似合う者など、松永太をおいて他にはいないでしょう。

この事件の認知度が低いのは、余りにも酷すぎる事件の為に報道規制が掛けられたからで、北九州監禁殺人事件の様な事件が起きた事自体をご存知無いという方がいるのもそれが理由です。大人気漫画「闇金ウシジマくん」でもこの事件をモチーフにした案件が取り扱われており、そこからこの事件を知ったと言う方も多いでしょう。

とにかくこの事件は文字通り筆舌に尽くし難い凄惨な事件でした。洗脳によって人間性を完全に破壊し、人にとっての根本である信頼や愛情といったモノを尽く踏み躙るという、絶対に犯しては成らない罪をこの松永太は犯しています。これは例えこの男が100回死刑と成ったところで償いきれるものでは無いでしょう。

共犯の緒方純子は被害者家族の一人であった

この北九州監禁殺人事件において、松永太の共犯者として逮捕されたのが緒方純子受刑囚(57歳)です。緒方純子はこの北九州監禁殺人事件によって殺害された被害者家族の一人でした。その緒方純子が何故松永太と共に自らの家族を惨殺するという蛮行に及んだのかは、この後詳しくご説明して行きたいと思います。

天才詐欺師と言われる松永太

松永太をイメージする際、北九州監禁殺人事件から連想すると「狂気に満ちた殺人鬼」といったイメージを抱かれるかも知れませんがそうではありません。彼はいわゆる詐欺師なのです。実際にその世間では「天才詐欺師」と呼ばれる程の人物でした。

北九州監禁殺人事件でも実際にこの男は、ほぼ自分の手を汚すこと無く殺害を行っています。つまりこの男の場合は、「腕力」ではなく「言葉」を武器に犯罪を行うタイプの人間であるということです。その口八丁手八丁な遣り口はまさに詐欺師そのものです。

松永太はサイコパスであるとの声が

そんな松永太をサイコパスであるとする声があるそうですが、そんな事はいわば当然の事でしょう。まともな神経をした人間には到底この様な事件を起こすことは出来ません。自らが家族一人一人を殺して回る方が余程人間らしいと言えます。なので松永太がサイコパスであるという見立ては200%間違いないでしょう。

サイコパスとはパーソナリティ障害の一つです。特徴としては「嘘つき」「自信家」「反社会的」といった点等が挙げられます。また倫理感が欠如している上に自身の観念に従う気質を持っているので、一般的に踏み越えては行けないとされる一線を平気で踏み越えて行きます。

これらの特徴を持ち合わせている事から、サイコパスは犯罪予備軍とも呼ばれているのです。何故なら彼らはいとも容易く犯罪者と成る可能性の「塊」だからです。

何故サイコパスが生まれてくるかという点は医学的にも明らかにはされてはいませんが、先天性の精神疾患である可能性が高いと見る医師も多いそうです。

附属池田小事件を起こした宅間守元死刑囚などもサイコパスで、彼らのような反社会性人格障害を持つ者をどの様にして扱うかという点も、犯罪を未然に防ぐという観点において今後は必要と成るかも知れません。

人権問題を多分に含むところではありますが、松永太の様な犯罪者を生み出さない為にも、こうした議論は引き続き行われる必要があるでしょう。

現在もこうした犯罪の被害によって遺族は大きな悲しみを受けながらの生活を余儀なくされています。犯罪による被害者は多岐に渡るものですので、是非ともこの辺はしっかりと取り組んで頂きたいところです。

北九州監禁殺人事件とは

それではここからは松永太が引き起こした北九州監禁殺人事件の事件概要についてご説明したいと思います。報道規制が掛けられるような事件であり、その内容は余りにも惨たらしいものですので、ご覧になるだけで気分を害される方もいらっしゃるかと思いますが、そちらについてはあくまでも自己責任という事でお願い致します。

北九州で起きた7人の監禁・虐待殺害事件

先程も申し上げたとおりですが、北九州監禁殺人事件とは2002年(平成14年)に福岡県北九州市小倉北区で発覚した監禁・連続殺人事件の通称です。この事件による死亡者は7名で、唯一の生存者と成った一人目の被害者の娘も、松永太と緒方純子から暴行と虐待を受けています。

この事件は単純な監禁殺人事件ではなく、被害者たちを言葉巧みに洗脳した挙げ句、家族内で殺人を行わせるという非常に残酷なモノでした。よって被害者たちは被害者でもあるという一面も持っています。

とにかく事件の内容が複雑で簡単にはまとめきれないのですが、なるべく簡潔に要約すると、1980年の夏に松永太が高校の卒業アルバムを手に入れて、同学年だった緒方純子に電話をした事から話は始まります。

松永太と緒方純子はクラスが違ったものの、話の流れから会うことに。やがて3回目のデートで松永太は緒方純子を強引にホテルへ誘い肉体関係を持ちます。松永太は自身が既婚者である事を告げてはいたものの、離婚を仄めかすような発言もしており、その中で緒方純子は次第に自制心を失って行ったのです。

やがて松永太はある詐欺事件のターゲットとして不動産会社勤務の社員に近づきます。その後この男性とその娘に対する監禁と虐待が始まり、その結果として最初の監禁殺人を起こします。この男性を虐待して衰弱死させたのは松永太と緒方純子ですが、死の直前の弱りきっている父親に対し歯型が突くほどに強く噛み付くようにと松永太は娘に命令します。

そして父親の死を「お前が殺した」として、「父親を殺したことを認める」とする事実関係確認書を作成させます。こうして罪悪感を持たせる事で自らの支配下に娘をおいたのです。この知人の死体は緒方純子と娘がバラバラにし、鍋で煮込むという処理を行っております。

その後松永太はターゲットを緒方純子の実家に絞り、彼は家族全員を言葉巧みに洗脳し、虐待を繰り返しながら支配し、最終的に家族に家族を殺させるという悍ましい仕掛けを行う様に仕向けていったのです。

少女の脱出によって発覚した北九州監禁殺人事件

そんな北九州監禁殺人事件が発覚したのは、最初の被害者である知人の娘が松永太と緒方純子の元から脱出した事によってでした。彼女は2002年3月6日に隙を見て逃走を図り、祖父母が住む北九州の家に助けを求めて来たことによって事件が発覚。翌3月7日に松永太と緒方純子は知人の娘に対する監禁致傷罪で逮捕されています。

警察は当初この事件は松永太と緒方純子による被害女性への監禁と傷害行為であると考えていたそうですが、その後被害女性の証言によって数々の事実が判明し、捜査は殺人事件へと切り替えられました。

松永太は徹底的に証拠隠滅を図ったいた為に物的証拠が見つからず、捜査は困難を極めましたが、長い黙秘を続けていた緒方純子が自供を始めた事により、一気に事件の概要が明らかと成ったのです。

その後の裁判で松永太は事件を全面的に否認し、一連の殺人事件は全て緒方純子とその家族が行ったもので、関与を避けていた自分には何の責任も無いと主張。しかし検察側が集めた間接証拠や関係者の証言、そして緒方純子の供述によって松永太の罪は確実なものであり、判決は検察の求めた求刑通り「死刑」が言い渡されました。

北九州監禁殺人事件のきっかけは借金問題?

この事件が起きたきっかけは一体何なのでしょうか?一説では借金問題だと言われていますが、これは間違いです。松永太は生粋の詐欺師でありサイコパスですから、借金を抱えていたとしても屁とも思わない性格です。彼がこの事件を起こしたのは単純に「金を得るだけの為」ただそれだけです。

布団を扱う詐欺会社を経営していた松永太は、派手な金遣いから次第に財布も底を突いて行きました。そこで彼は詐欺によって金を稼ぐことに決め、その流れの中でターゲットを緒方純子の家族に絞ったのです。

経営する会社の従業員への暴力や通電虐待も

松永太は詐欺会社を経営している頃から、従業員に対して暴力行為や通電虐待を行っています。たまらず従業員達は松永太の元から逃げ出し、やがて残った従業員と3人で石川県に逃亡。会社の負債9000万円を踏み倒す形で会社は倒産し、三人には詐欺罪と脅迫罪で警察から逮捕状が請求されています。

一人残った従業員に逃亡先の石川県で金の工面をして貰うも、その従業員にまで虐待や暴力行為を働く始末。仕舞にはその従業員にまで逃亡されています。

松永太の結婚や緒方純子との関係

では続いて松永太と緒方純子との関係についてご説明して行きたいと思います。この二人の出会いがこの事件の最初の始まりと成っており、もし松永太と緒方純子が出会っていなければ7人もの尊い命が失われる事も無かった筈なのです。ではそんな二人の関係についてご覧頂きましょう。

妻がいる身にも関わらず松永太は緒方純子と交際していた

先程申し上げた通り、松永太は緒方純子を卒業アルバムから探し出し、その後3度目のデートで身体の関係を結んでいます。この時松永太は妻子を持つ身で、にも関わらず緒方純子に近づき交際に発展しているのです。

この事を緒方純子は叔母に打ち明け、それが両親の耳に入る事となります。両親は当初緒方純子に対し妻帯者である松永太との別れを迫っていたのですが、その後両親に引き合わせた松永太の態度が非常に清々しいものだった事と、離婚を考えているという話を鵜呑みにしてしまった為、両親も松永太に対する警戒を問いてしまったと言われています。

しかしその後も松永太が離婚しない事に業を煮やした緒方純子の母親が、松永太に娘との別れを持ちかけます。それに対し松永太は「人気の無いところで話したい」とし、郊外のラブホテルへと連れ込み、今度は何と母親とも肉体関係を結んだのです。

その後も松永太と緒方純子の母親は会う度に肉体関係を結んでいたと言います。これが合意の上だったのか強姦だったのかは、母親が殺されている現在ではもう知ることは出来ません。しかしこれが合意の上でのことだったとは流石に考えられないでしょう。

緒方純子は松永太から洗脳を受けていた

実は共犯者の緒方純子も松永太から洗脳を受けてきた一人です。松永太は全ての事件に関わった人物を洗脳し、自分の都合の良いコマとして使ってきました。

緒方純子もその洗脳したコマの一人に過ぎなかったのです。これを悪いと思う良心はサイコパスには備わっておりませんので、彼は何のためらいも無くどんな人物に対しても洗脳を行うのです。

緒方純子に対しても暴力と虐待、そして言葉を使って匠に洗脳しています。先程の母親との関係も緒方純子の怒りの矛先を母親に向かうように仕向ける材料に利用するなど、状況や材料を上手に使って緒方純子に洗脳を施しているのです。

そんな彼女の洗脳が解けたのは彼女が逮捕されてからでした。松永太と離れる事でようやく洗脳が解かれ、まともな考え方が出来る様に成った彼女は、自ら自供を始め、事件の概要を明らかにしました。もし緒方純子が松永太と共に居るままだったら、その洗脳は永遠に解かれる事は無かったでしょう。

緒方純子の出産時にも松永太は結婚詐欺を繰り返していた

松永太は緒方純子の出産の際も結婚詐欺を繰り返し行っていたそうです。そもそもサイコパスの人間にそんな「良心の呵責」的なモノを求める事自体もナンセンスなのですが、彼は自らの子供が生まれる事などには大した興味がなく、獲物を食う為の狩りを続けていたのです。

結婚詐欺の被害者女性と子供は不審死を遂げている

この時の被害者は松永太の同級生だったらしく、既婚者だったにも関わらず松永太から結婚を申し込まれた事で夫と離婚。その後松永太は結婚を餌に金を要求。結果的に1800万円余りが松永太に渡っています。この女性はその後別府湾にて飛び込み自殺によりお亡くなりに。

またこの女性の次女は、その5ヶ月前に頭部強打という形で急性硬膜下血腫で死亡しています。緒方純子は女性が自殺するまでの間、同様に虐待を受けていた事を明かしていますが、警察は「限りなく他殺に近い」としながらも結局刑事事件となる事はありませんでした。

松永太が起こした北九州監禁殺人事件の経緯

では一連の北九州監禁殺人事件の経緯についてご説明して参りたいと思います。全ての経緯を説明するにはとてもスペースが足りませんので、流れとポイントを抑えながらのご説明とさせて頂きます。

虎谷久美雄の監禁

先程ご説明した一人目の被害者である不動産会社勤務の男性である虎谷久美雄さん。松永太はこの虎谷久美雄さんに近づき、先ず複数のアジトを確保します。その後虎谷久美雄の弱みを握るとそこに漬け込む形で虎谷久美雄さんを断罪。でっち上げの事実確認書を書かせます。

そうして松永太は虎谷久美雄さんの自由を奪いつつ洗脳し、監禁して行ったのです。勿論この時は虎谷久美雄さんの娘も同様に松永太から監禁され、父親同様に虐待を受けています。

虎谷久美雄の死亡を松永太は娘のせいにする

松永太は虐待によって衰弱した虎谷久美雄さんに噛み付くようにと娘に指示。歯型が突くほど強く噛ませると、その後虎谷久美雄さんが衰弱死した際にはそれが原因であるとして娘を責め立て、でっち上げの事実確認書を書かせています。これによって家族殺人を行ったという罪悪感を与える洗脳を施し、自らの支配下においたのです。

松永太は緒方純子の父親をも通電虐待で殺害している

松永太は緒方純子の家族の監禁を開始した後、緒方純子に父親への通電虐待を命じ、これが原因で父親は死亡しています。亡くなった際に姪が過去に「おじいちゃんなんて死んじゃえ」と言った事を引き合いに出し「お前がそう言ったから死んだんだ」と姪に罪悪感を植え付けています。

その後家族に命じて父親の解体を行わせたのですが、その最中に松永太はクリスマスや長男の誕生記念の写真を撮っていたと言います。

緒方純子の母親も松永太から虐待を受けた後に絞殺されている

緒方純子の母親は、度重なる通電虐待によって度々奇声を上げる様に成っており、松永太はその対応を緒方純子ら家族に迫ります。家族が出した提案に対し松永太はどれも首を振り、最終的に殺害を申し出ると「家族の総意であればやむを得ない」と了承。

その後緒方純子とその妹が母親の身体を押さえつけている間に、妹の夫が首を絞めて殺害。結果的に松永太は自らは何もしていないという事になります。

緒方純子の妹と義弟も死亡

緒方純子の妹はその後緒方純子の義理の弟である夫によって絞殺され、義理の弟もまた結果的に衰弱死によって亡くなっています。特に緒方純子の妹の死はとても残酷なモノで、とてもここでその内容は記述することが出来ません。

夫である義理の弟は自身の妻を絞殺した後に啜り泣き「遂に自分の嫁さんまで殺してしまった」と呟いたそうです。虐待と洗脳に拠って極限状態に追い込まれながらも、愛する人を手に掛けた罪悪感を感じるという、これほどまでの地獄を生きたまま味わなければ成らない理由が、果たして彼には在ったのでしょうか?

緒方純子の姪や甥も絞殺

残った緒方純子の姪と甥に関しても松永太は言葉巧みに誘導して両者を殺害させています。勿論この時も殺害の実行は自分以外の者に行わせ、自らは言葉で以てその方向に導く役割を果たしているのです。

これで事件に関係した緒方純子の家族は全て殺害され、残されたのは最初の事件の被害者である虎谷久美雄さんの娘のみと成りました。

先程申し上げた通り、この後虎谷久美雄さんの娘は隙を見て逃走を図り、助けを求めたことで事なきを得ているのですが、もし彼女が松永太と緒方純子の元を逃げ出さなかったとしたら、恐らくは彼女も緒方純子か、また別の洗脳者によってそう遠くないうちに殺害されていた事でしょう。

松永太の逮捕やその後について

ここからは松永太と緒方純子の逮捕後に行われた裁判と、その後の様子についてをご紹介して参ります。日本犯罪史上に残る稀に見る凶悪犯罪を行った犯人として逮捕された松永太と緒方純子。裁判で下された判決と、その後の二人の状況は如何に。

逮捕容疑を否定するも死刑判決が下された松永太

松永太は逮捕容疑を全面否認するも、結果として死刑判決が下されます。自らは一切の殺害行為に加わって居ないため、殺害についての関与は無いと言うのが松永太の言い分でしたが、そんなモノが罷り通るわけもなく、松永太は求刑通りの死刑を言い渡される事に成りました。

松永太に反省の姿は見られない

公判中も松永太には一切の反省は見られず、その様子に裁判官も松永太の矯正は困難であると断定しています。これだけの人数の殺害を行った以上、死刑は免れないという事は本人も自覚していたでしょうから、「後は好きにしてくれ」という気持ちも在ったのかも知れません。その辺りもやはりサイコパスならではの発想ですね。

松永太の人生論とは

松永太は訪ねてきた女性警官に対し自らの人生論を語った事が有ったそうです。それに拠ると「全ては人のせい。」「責任を取りたくない。」「責任をとらなくて済むように人を使う」というような内容だったと言います。松永太がこの事件を起こした理由は、全てこの人生観に集約されていると、そんな気がして成りません。

緒方純子には無期懲役の判決が

一方で緒方純子には一審で死刑判決が出たものの、その後控訴審で無期懲役の判決が下り、最終的に最高裁判決にて無期懲役の判決が確定しました。判決では緒方純子も積極的に事件に関わっていたとされていますが、暴力支配を受けていた事と反省の色が見えること、そして自供している点を考慮した判決と成っています。

松永太と緒方純子の現在

判決を不服として控訴した松永太ですが、控訴審判決でこの控訴を棄却され、続く上告でも同じく棄却となり、これによって松永太の死刑判決が確定。現在は死刑囚として福岡拘置所にて拘禁中です。

緒方純子は一審の死刑判決を受け入れるつもりだったそうですが、弁護団の説得に応じて控訴。そこで無期懲役の判決が下るもこれを不服として検察側の上告で最高裁に舞台が移されます。そこで検察側の上告が退けられる形となり無期懲役が確定。現在は福岡拘置所の女子房にて刑の執行中であると言われています。

気に成るのは松永太の死刑執行日です。2019年3月現在では未だ松永太の死刑執行は行われておりません。松永太の死刑が確定したから現在でおよそ8年が経過しているので、そろそろかも知れませんね。

松永太と緒方純子の息子の現在

忘れては成らないのが松永太と緒方純子には二人の息子が居たということです。この息子たちは果たして現在どの様な生活を送っているのでしょうか?

幼少期に息子達は子供だけで生活していた

二人の息子は幼い頃から松永太と緒方純子とは別のアパートで暮らしていました。まだ幼いにも関わらず息子達は二人だけの生活を余儀なくされていたのです。息子たちが暮らすアパートには監視カメラが付けられていた事からも分かるように、二人の息子もまた監視されていたのです。

息子は二人とも無戸籍児で、幼稚園や保育園にも通う事無く育ちました。週に一度緒方純子が食材を持って来ていましたが、松永太は息子達にパン一枚で一日過ごさせろと命じていたそうです。

緒方純子から2人の息子への手紙が

緒方純子から二人の息子宛に手紙が送られてきたことがあるそうです。息子はその手紙を読み、複雑な心境に成ったと言われています。また松永太からも息子に対して手紙があり「俺は何もしていないから署名を集めろ」と綴られていたそうです。これは実の息子として最悪の気分ですね。

松永太の両親の現在

また松永太の両親については現在消息が掴めていません。これだけの事件を起こしても松永太の両親は何一つ謝罪すること無く過ごしていたと言われています。現在は一体どこで何をしているのでしょうか?

松永太の生い立ち

それでは最後に松永太の現在までに至る生い立ちをご紹介して起きたいと思います。松永太がどの様な人生を過ごし、いつからモンスターに成ったのか?この生い立ちで何かが掴めるかも知れません。

松永太の生い立ち①松永太の実家は布団屋を経営していた

松永太の生い立ちを見ると、彼の実家は布団屋を営んで居たことが分かります。松永太はこの実家の家業である布団屋を継いだわけですが、真っ当に商売をする気は最初から無かったのかも知れませんね。

松永太の生い立ち②成績優秀で学級委員にも選ばれた松永太

また小学生時代の生い立ちを紐解くと、彼が成績優秀で学級委員にも選ばれる生徒だった事が分かります。幼少の頃から頭が回るタイプ彼は自然と人の上に立つタイプだったのかも知れません。

松永太の生い立ち③中学時代には弁論大会で優勝

更に生い立ちを見ていくと、中学時代には弁論大会で優勝したという記録を見つけることが出来ました。この頃から既に相当な口達者だった事が垣間見えます。

松永太の生い立ち④高校時代に女性問題を起こし転校処分に

そんな松永太ですが高校時代に何らかの女性問題を起こし、結果として転校処分を受けているそうです。この頃から女癖の悪さが既に発揮されていたようですね。

松永太の生い立ち⑤学生時代から松永太は人を騙していた

また生い立ちでは彼が中学時代から既に虚言癖の塊で、周りからも浮いた存在だった事が明らかに成っています。これは典型的なサイコパスの特徴で、口が上手く上っ面が良いのに嘘ばかり突くという特性を見事に表していますね。

松永太には死すら生温い

北九州監禁殺人事件での罪が許される事は無い

今回は北九州監禁殺人事件の首謀者である松永太死刑囚についてを中心に、事件の概要や現在の様子、そして生い立ちなどをご紹介して参りました。

これまでにも数多くの痛ましい事件がありましたが、これほどまでに悍ましい事件が他に在ったでしょうか?何故この様な男がこの世に生を受けてしまったのかと、何の為だったのかと、神に問いたく成るような胸糞の悪い事件です。

その中で考えるのは「松永太の死刑が執行されるのは果たしていつの事なのか?」という事ぐらいでしょう。然し、例え松永太の死刑が執行されても、この男には死すら生温い気がします。

松永太が犯した罪の大きさはたった一度自身が死んだ程度では許されるモノではありません。地獄というものが伝承などではなく本当に用意されている事を願うばかりです。

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