名倉教文(名倉潤の兄)の現在!殺人事件で逮捕歴あり?経歴や出所後の動きは?

今回はお笑いトリオ「ネプチューン」のメンバーである名倉潤の兄「名倉教文」についてです。当時山口組組員であった彼はある事件により有罪判決が下り、長期に渡る服役の末今年7月に満期出所を果たしております。今回はそんな名倉教文の現在を画像を交えながらご紹介致します。

名倉教文(名倉潤の兄)の現在!殺人事件で逮捕歴あり?経歴や出所後の動きは?のイメージ

目次

  1. 1名倉教文とは
  2. 2名倉教文には兄と弟がいる
  3. 3名倉教文の現在は?
  4. 4名倉教文が起こした殺人事件とは
  5. 5芸能界とヤクザの関係は深い?
  6. 6名倉教文は現在既に出所していた

名倉教文とは

名倉教文の画像&プロフィール

・愛称:不明
・本名:名倉教文
・生年月日:不明
・年齢:51歳
・出身地:兵庫県姫路市
・血液型:不明
・身長:不明
・体重:不明
・役職:二代目兼一会若頭代行・名倉組組長
・所属一次組織:山口組
・事務所所在地:東京都江東区
・家族構成:弟2人(1人はネプチューンの名倉潤)

名倉教文には兄と弟がいる

弟はネプチューンの名倉潤

名倉教文には1人の兄と1人の弟がいるのですが、そもそもその弟が有名人で無ければこうして名倉教文という人物の事が公の場で語られる事自体がありません。名倉という名前で皆さんが思いつく人物と言えば一体誰でしょうか?多くの方は人気お笑いトリオ「ネプチューン」のリーダーである名倉潤の事を思い浮かべるのでは無いでしょうか?

名倉潤は今回ご紹介する名倉教文の弟であり、名倉潤がネプチューンという人気お笑いトリオの一員として芸能界で大活躍しているからこそ、今回彼の兄である名倉教文がこうして記事として紹介されているという事に成るのです。この後のネタバレに成りかねないので、少々遠回しな言い方に成ってしまいますが、名倉潤の兄が名倉教文であるという事はかなり以前から噂されており、ご存知の方も多いかも知れませんね。

兄である名倉良知はステーキなぐらの経営者

そして名倉教文には兄がおり、つまり名倉潤にとってももう一人の兄が居るのですが、その方は名を名倉良和と言い「ステーキなぐら」の経営者として知られています。「ステーキなぐら」は安価で良質なステーキを提供する事で知られており、知る人ぞ知るステーキの名店として有名なお店です。このステーキなぐらの経営者が名倉潤のもう一人の兄である名倉良和なのです。

名倉良和は元々イタリア料理店を10年程経営されて居たらしく、飲食店の経営能力に長けた人物なのだそうです。その彼が弟の名倉潤の前で昔から「ステーキ屋がやりたい」と語っていたそうで、その夢を応援したいと考えた名倉潤が兄に援助を申し出たのだそうです。こうして名倉潤の後押しによって兄は夢のステーキ店経営に乗り出したのだとか。

ステーキなぐらは今や人気ステーキ店として知られる存在に

「ステーキなぐら」は、若者に人気の街「中目黒」の、目黒川沿いのビルの地階に居を構えOPEN。店内には42席が設けられており、いつでも上質なステーキを楽しむことが出来る人気店として、今や食べログにも掲載される人気ステーキ店として知られるように成っています。

このステーキなぐらには弟の名倉潤やその妻である渡辺満里奈も度々来店しているそうで、店内での目撃談も多数挙がっているそうです。画像のような美味しそうなステーキを手軽な価格で楽しむことが出来るステーキなぐら。気になる方はこの機会に訪れてみるのも良いかも知れませんね。

名倉教文の現在は?

名倉教文は現在も服役中?それとも既に出所済み?

名倉教文は2004年にある事件を起こし、これによって有罪判決が下り服役したという事は冒頭の説明文に記載させて頂いておりますが、では現在も彼は未だ服役中なのでしょうか?それとも既に出所しているのでしょうか?その前に名倉教文が起こした事件について明かしておく必要が有るでしょう。名倉教文が起こした事件というのは殺人事件です。

この事件によって名倉教文は殺人容疑で逮捕。その後有罪判決が下り、再犯者が服役する長期刑務所である熊本刑務所へと収監されています。殺人事件もその他の事件に漏れず過去の判例をベースに裁判が行われ、その結果短い刑期と成ることは先ず有り得ません。中には無期懲役や死刑と言った可能性も当然有るわけです。

名倉教文の場合無期懲役や死刑とは成りませんでしたが、長い懲役と成りました。そして事件から14年が経った今年7月、名倉教文は満期出所を果たしたそうです。という事は現在既に刑務所にはおらず、東京に戻っている可能性が高いという事に成りますね。14年振りの出所で世の中の変貌ぶりにさぞ驚かれた事でしょう。

この「満期出所」というのは、文字通り「判決が下った年数通りに刑務所から出所した」という事を意味します。刑務所から出所するには満期出所で期日通りに出所するケースと、仮釈放によって出所するケースの2パターンが有ります。(中には病気や事故により死亡の末に出所するケースも0ではありません)

ある一定の条件をクリアした者にはそれぞれの状況に応じて仮釈放の許可が与えられます。仮釈放中は保護者への面談等の一定の制限等が付きますが、刑務所から出て日常生活を送ることが出来ます。そして満期日を迎えると刑の執行が終わるという形に成るのです。これに対して満期出所はその名の通り満期日迄刑務所で過ごすという事に成ります。

誰もが一日も早く刑務所から出たい訳で、懲役は皆この仮釈放を得るために服役中は問題を起こさず真面目に日々を過ごす訳ですが、この仮釈放の対象に成るための条件の一つに「暴力団等の反社会的勢力に籍を置くものは、これらの組織からの離脱を行う事」という前提があります。つまりヤクザが服役した場合はヤクザを辞めない限りは絶対に仮釈放は与えられないのです。

名倉教文は山口組の組員⁉

という事で現在既に出所していると見られる名倉教文ですが、彼は山口組の組員であると言われています。これはある意味正解ですが、正しくは名倉教文は山口組の組員ではなく、「山口組組員が組長を務める組の組員」という事に成ります。

この辺は分かりにくい所なのですが、実は山口組の直接の組員というのは100名程度しか居ないのです。その山口組の組員達がそれぞれに組を持っており、その中でもそれぞれに組があるというのが所謂暴力団組織の構成図というモノであり、名倉教文は直接的な山口組組員ではなく、この下部組織の一員なのです。

彼が所属する組織は「山口組極心連合会二代目兼一会」という組織で、山口組の二次団体の一つである極心連合会の傘下組織の一つの組員なのです。つまりは山口組三次団体の組員という事に成ります。その三次団体で名倉教文は若頭代行という役職に就いており、自身も四次団体と成る名倉組の組長として自身の組を持っています。

こうしたピラミッド的な構図は一般の方には正直ちんぷんかんぷんな所ですが、ヤクザは所謂フランチャイズ的な構造によく似た形態をとっており、無数の子会社とそれを取り纏める上部組織、そしてそれらが親会社を構成していると考えれば幾分分かりが良いかと思われます。

で、本題の「名倉教文は山口組の組員なのか否か」という点に戻る訳ですが、山口組に参加している組織の一員という事なので、マクロ的な視点で見た場合彼は山口組の組員で間違いありません。

よくニュースで耳にする「山口組系組員」と呼ばれる方は、皆この傘下組織の一員であるという事に成ります。覚えておく必要はありませんが、ここを踏まえてこの先を読み進めて頂くと更に分かりが良いかと思います。

名倉教文はヤクザ⁉

ここまで説明した上でこの見出しは愚問以外の何物でも無いのですが、名倉教文はヤクザか否かと言えば彼はヤクザです。ただ、ヤクザと言う表現は現在一般的には使用しません。報道などで耳にするのはヤクザではなく「暴力団」という表現だと思います。つまり現在「ヤクザ」と呼ばれる者は存在しない事に成っているのです。

ヤクザとは元々「風来坊、根無し草、渡世人、無頼漢、ごろつき、不良」といった生き方を指す言葉であり、職業ではありません。そうした「やくざ者」と呼ばれる生き方を選んだ者たちが、義理の親子関係を結んだ家族組織を昔「ヤクザ」と呼びました。いわゆる「任侠団体」というものです。

義侠心を第一とし、恥ずべき行為を決して行わないというのがオールドスクールな「やくざ」です。そんな時代のやくざにはファンも多く、街の実力者として多くの一般市民に慕われた者も居たのです。しかし時代が流れ、いつしかそうした「昔ながらのやくざ」と呼ばれる様な気質を持つ者が少なくなり、それに伴い彼等を「暴力団」と呼ぶ様に社会が移り変わって行ったのです。

「暴力団対策法」通称暴対法と呼ばれるこの法律が施行されてから、彼等は「やくざ」ではなく「暴力団」であり、社会の敵と成りました。なので名倉教文はいわゆる「やくざ」と認識されている組織に所属する者で有ることは間違いありませんが、正確に言えば「やくざ」ではなく「暴力団員」という事に成ります。

名倉教文が起こした殺人事件とは

2004年に刺殺事件を起こした名倉教文!画像は?

名倉教文が殺人事件を起こし、それにより逮捕された事は既にご紹介した通りですが、その事件の画像はあるのか?という事であればそれは勿論存在しません。というよりそんな画像が存在している方がおかしいですよね。今から14年前の殺人事件の画像が検索して出てきたとしたら、その方が恐ろしいです。

この事件は当時トラブルによって敵対していた暴力団組織「飯島会」と山口組の傘下組織の一つである山健組との抗争事件であり、名倉教文が現在所属する二代目兼一会は当時この山健組の傘下組織で有ったため、その実行犯として名倉教文が犯行に及んだものと見られています。

2004年2月、東京江東区の路上で名倉教文は敵対する暴力団組織「飯島会」の組員を刺殺。その2ヶ月後の2004年4月にこの事件の容疑者として警視庁組織犯罪対策4課に逮捕されています。先程申し上げた通りこの事件に関する画像はありませんが、当時の新聞は何らかの形で閲覧が可能であると思われますので、こちらの画像を探して頂ければ記事の画像くらいは見つける事が出来るかも知れません。

名倉教文が起こした事件の判決は

この事件の判決がどうなったのかを調べてみたのですが、不思議な事にこの判決を報じる報道は殆どと言って良い程見つかりませんでした。暴力団の抗争で死亡者が出たとあれば普通マスコミは挙って事件を掻き立てそうなものですが、不思議な程にこの事件の概要や判決を報じるマスコミは殆ど居なかったのです。

ただ、この事件の判決を傍聴したと見られる人物がブログで書き込んだ内容によれば、名倉教文に下された判決は懲役14年だったそうです。殺人事件の判決で14年とは思ったよりも短い印象ですが、これも先程申し上げた通り過去の判決例を参照した上での判決であり、その判決例から考えるとこの年数は妥当なところだったのかも知れません。

名倉教文の事件があまり報道されない理由

では何故名倉教文の事件はあまり報道されなかったのでしょう?こうした事件の場合逮捕後の画像などがあってもおかしくないのですが、そういった画像すら見当たらず、これには確かに違和感を感じる所です。そこで調査した所、これにはある大手芸能事務所の圧力が有ったと言われているそうなのです。

その大手芸能事務所というのが名倉潤が所属するネプチューンの所属事務所「ワタナベエンターテインメント」です。このワタナベエンターテインメントという事務所は芸能界でも大手で知られる渡辺プロの系列事務所であり、名倉潤が所属するネプチューンもこのワタナベエンターテインメントの所属タレントなのです。

そのナベプロがこの事件が名倉潤に悪影響を及ぼす事を懸念し、マスコミに圧力を掛けて報道をさせなかったというのが真相だと言われています。確かに名倉潤の兄が暴力団幹部で、しかも殺人事件を犯した犯人だとしたら、何の関係もない名倉潤も恐らくはマスコミの槍玉に挙げられていたことでしょう。

それを阻止したのがナベプロだったという事です。当然ながらこうして名倉潤の兄の存在は大手マスコミが報じなくとも世間にその情報が垂れ流されていくものですが、それでも大手マスコミが挙って叩かない限りは、少なからず騒ぎには成りません。そもそも暴力団幹部の兄がいる時点で芸能人にとっては致命傷にも成りかねない話なのです。

芸能界とヤクザの関係は深い?

では最後に芸能界とやくざとの関係についてご紹介しておきます。と、その前に大前提として現在やくざと芸能界の関係はごく一部にしか存在しないという事を申し上げておきます。

美空ひばり

昭和の大スター「美空ひばり」と山口組三代目の田岡一雄組長の関係は有名です。美空ひばり個人事務所は田岡組長が立ち上げた神戸芸能社の傘下にあり、田岡組長自身も役員に名を連ねていました。当時は興行を取り仕切っていたのはやくざであり、こうした関係は然程珍しいものでは無かったのです。

北島三郎

演歌界の帝王「北島三郎」は稲川会の広告塔と言われる存在。稲川聖城総裁をモデルに製作された映画『修羅の群れ』の主題歌に「神奈川水滸伝」を提供し、新年会にも出席しております。

島田紳助

島田紳助がやくざとの交際を理由に芸能界を引退したのは記憶に新しい所。彼は右翼から以前攻撃を受けた事が有ったのですが、その仲介役として現在の山口組統括委員長である極心連合会の会長に救いの手を求めたのが、島田紳助とやくざとの繋がりが生まれたきっかけでした。

名倉教文は現在既に出所していた

今回は名倉潤の兄である名倉教文についてご紹介してまいりました。現在は既に出所し稼業に戻ったものと見られている名倉教文。弟の事を考慮するという訳にはいかないでしょうが、なるべくであれば以前のような事件はもう起こさない様にして頂きたいものですね。

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