内藤洋子の現在!娘や孫など家系図は?若い頃からの経歴も

映画「赤ひげ」やドラマ「氷点」など数々のヒット作に出演し、女優として活躍していた内藤洋子さんは現在何をされているのでしょうか?今回は内藤洋子さんの現在について迫っていくとともに、夫や娘、親族といった家系図についてを経歴と共にご紹介していきます。

内藤洋子の現在!娘や孫など家系図は?若い頃からの経歴ものイメージ

目次

  1. 1内藤洋子のプロフィール
  2. 2内藤洋子の現在
  3. 3内藤洋子の娘や孫など家系図
  4. 4内藤洋子の若い頃からの経歴や水着画像も調査
  5. 5内藤洋子の現在はLAを拠点に創作活動

内藤洋子のプロフィール

・愛称:不明
・本名:喜多嶋洋子(きたじま ようこ)
・生年月日:1950年5月28日
・年齢:69歳(2019年10月現在)
・出身地:茨城県神栖市
・血液型:不明
・身長:不明
・体重:不明
・活動内容:女優
・所属グループ:なし
・事務所:愛企画
・家族:夫(喜多嶋修)、長女(喜多嶋舞)、長男、次女、和田妙子(伯母)

内藤洋子の経歴

内藤洋子さんは茨城県鹿島郡神栖村白十字保養農園に生まれ、父の仕事の関係で東京都東久留米市に引っ越し、その後神奈川県鎌倉市で育ちます。

小学5年生の時にモデルデビューした内藤洋子さんは、高校生で女優デビュー。そして16歳で出演したドラマ「氷点」がヒットし、一躍人気女優の仲間入りを果たしました。以降は女優として活躍していきます。

20歳の時に音楽家である喜多嶋修と結婚したことがきっかけで、芸能界引退を決意。そうして芸能界を引退した内藤洋子さんは、夫とともにアメリカのカルフォルニア州へ移住しました。

内藤洋子の身長は?

女優として活躍していた内藤洋子さんの身長が気になる方も多いかと思います。そこで内藤洋子さんの身長について詳しく調べてみました。

内藤洋子の身長は現在非公表

内藤洋子さんの身長について調べたところ、どのくらいの高さか公表していませんでした。ネット上でも推測されていないようなので、身長がどれくらいなのかは全く分かっていません。

ただ女優やモデルとして活動していた経歴から、低くもなく高くもない身長と推測する事が出来ます。60代女性の日本人平均身長を調べたところ153.9cmだったので、内藤洋子さんの身長もそれくらいだと考えられます。

Thumb喜多嶋舞の母(内藤洋子)とは!喜多嶋舞の若い頃や生い立ちも!
スキャンダル女優として有名な喜多嶋舞。現在喜多嶋舞の元夫との子供は母が育てているようですが、...

内藤洋子の現在

20歳の時に芸能界を電撃引退した内藤洋子さんですが、現在は何をされているのでしょうか?内藤洋子さんの現在について焦点を当ててみていきましょう。

2019年の誕生日で年齢69歳の内藤洋子

内藤洋子さんは2019年5月28日に69歳を迎えました。内藤洋子さんと同じ1950年生まれで、今も活躍している芸能人は多くいます。例えば志村けんさんや神田正輝さん、梅沢富美男さんや舘ひろしさんなどです。

現在は芸能界引退

20歳の時に結婚がきっかけで芸能界を引退した内藤洋子さんは、現在もなお引退したままです。かつてのように女優としてテレビに出演することはないため、ファンからは惜しむ声が今も寄せられています。

現在は海外在住でLAを拠点に創作活動

芸能界引退後の内藤洋子さんですが、4年後に家族一緒にロサンゼルスへ移住しました。そして現在はロサンゼルスを拠点として創作活動を行っています。マスコミの取材はほとんど応じることがないため、現在の様子についてはあまり分かっていません。

ただ2013年に週刊誌が電話取材を行っており、内藤洋子さんが現在の様子について語っていました。インタビューで内藤洋子さんは「お母さん業を重点においていて、孫たちのためにぬいぐるみや絵本など創作活動を行っている」を話しています。

内藤洋子の絵本も話題に

内藤洋子さんは幼少期の頃から絵を描く事や話を作るのが好きだったため、今は孫のために絵本を作っているようです。そして創作活動がきっかけで、2004年に「天使の羽音-山鳩からの贈り物-」と2005年に「おひさまにだっこ」の2つの絵本を出版しています。

内藤洋子の娘や孫など家系図

内藤洋子さんは家系図を見てみると著名人や有名人が多いことが分かります。ここからは内藤洋子さんの家系図についてみていきましょう。

家系図①旦那は喜多嶋修

内藤洋子さんの旦那は音楽家の喜多嶋修さんです。喜多嶋修さんは若い頃に「ザ・ランチャーズ」として活動していました。「ザ・ランチャーズ」卒業後はソロに転身し、その後は作曲や音楽プロデューサーへ転身しています。

内藤洋子さんと結婚後はロンドンへ渡英し、娘の喜多嶋舞さんが生まれた後にカルフォルニアへ移住しました。

家系図②娘は喜多嶋舞

娘の喜多嶋舞さんは2015年まで女優として活動していました。長女として1972年に生まれた喜多嶋舞さんは、先述しているように2歳の時、カルフォルニアへ移住しています。以降、14歳で芸能界デビューするまでカルフォルニアで育ちます。喜多嶋舞さんは帰国子女ということから英会話学校や国際電話などのCMに出演しました。

喜多嶋舞以外に長男と次女もいる

なお内藤洋子さんは、喜多嶋舞さんの他に2人の子供がいます。1人は1981年に生まれた息子の勢さん、もう1人は1983年に生まれた維さんです。

家系図③伯母は和田妙子

伯母である和田妙子さんは昭和に活躍したダンサーです。父に反対されつつも福岡から上京した和田妙子さんは、松竹楽劇部に入りダンサーとして活動を開始した後、上海に渡りマヌエラという名前で活躍しました。マヌエラは国籍不明のダンサーとして非常に人気が高く、一時期ブームとなります。

家系図④孫(喜多嶋舞の息子)

内藤洋子さんには何人か孫がいます。その中でも喜多嶋舞さんの息子が有名です。喜多嶋舞さんは大沢樹生さんと結婚し息子が誕生しましたが、DNA鑑定をしたところ大沢樹生さんと血縁関係がないことが判明し、大問題となりました。

大沢樹生と喜多嶋舞の離婚で孫の親権騒動も

DNA鑑定が行われる数年前に喜多嶋舞さんと大沢樹生さんは離婚しています。その時に親権は大沢樹生さんとなりました。

しかし、その後DNA鑑定問題が発生。喜多嶋舞さんが息子を引き取らないといけなかったのですが、既に家庭を築いていたために拒否してしまいました。結果として、祖母である内藤洋子さんが親権を持ちました。

家系図⑤義兄は喜多嶋瑛(ザ・ランチャーズ)

喜多嶋修さんは兄と一緒にバンド(ザ・ランチャーズ)を結成し、1964年から活動をしていました。兄の喜多嶋瑛さんはドラムを務め、デビュー曲は「真冬の帰り道」です。

家系図⑥加山雄三(旦那の母方の従弟)

そして喜多嶋修さんと従姉妹だったのが加山雄三さんです。加山雄三さんは若大将という愛称の元、俳優や歌手として活動しています。1961年に歌手としてデビューしてすぐに人気となった加山雄三さんは、一躍大スターの仲間入りを果たしました。

内藤洋子の若い頃からの経歴や水着画像も調査

芸能界を引退している内藤洋子さんですが、若い頃からの芸能活動はどのような経歴だったのでしょうか?そしてモデルとして活動していた当時の水着画像はあるのでしょうか?ここからは内藤洋子さんの経歴と水着画像について調査していきます。

若い頃からの経歴①小学5年生でスカウトされ芸能界入り

小学生の頃にたまたま学校でCM撮影していた撮影クルーは、内藤洋子さんの姿を見てスカウトします。内藤洋子さんは当時から人目を惹く容姿で、スカウトされたことがきっかけで芸能界入りをしました。

若い頃からの経歴②雑誌「りぼん」モデルとして活躍

そうして小学5年生の時に雑誌「りぼん」の表紙モデルとしてデビュー。以降は表紙モデルとして活動を始めます。

当時「りぼん」は少女が読む雑誌として高い人気を誇っていました。黒澤明監督の娘も定期購読をしていて、家に「りぼん」が置いてあったのを黒澤明監督が見て目を付けます。

若い頃からの経歴③「赤ひげ」で映画デビュー

黒澤明監督は「自身の映画作品に出演しないか?」と内藤洋子さんにオーディションを勧め、1965年公開の映画「赤ひげ」で女優デビューを果たしました。以降、内藤洋子さんは女優としての活動を重点に置き始めます。

若い頃からの経歴④ドラマ「氷点」でブレイク

世間一般的に内藤洋子さんの名前が知られるようになったのは、1966年放送のドラマ「氷点」です。ドラマではヒロイン・辻口陽子役を演じ、魅力的な容姿と演技力から一世を風靡しました。

若い頃からの経歴⑤映画挿入歌「白馬のルンナ」ヒット

女優として活躍し始めた内藤洋子さんは、歌手としても注目されます。1967年に公開された映画「その人は昔」に出演した内藤洋子さんは、劇中歌「白馬のルンナ」を歌いました。「白馬のルンナ」はヒットし、売上枚数が50万枚となります。

若い頃の水着画像は?

類まれなる美貌の持ち主だった内藤洋子さんは、水着画像についても注目されています。若い頃に水着姿となった写真などはあるのでしょうか?

調べましたが、内藤洋子さんの水着画像を見つけることはできませんでした。しかしながら、若い頃の画像が何枚か見つけられましたので、ご紹介していきます。

水着姿も見たくなる若い頃の画像①和服姿

まずは和服姿の内藤洋子さんです。「東宝映画」の表紙を飾った内藤洋子さんは和服姿を披露していました。17歳の頃に撮影された画像です。

水着姿も見たくなる若い頃の画像②白衣姿

次に白衣姿の内藤洋子さんです。雑誌「りぼん」の表紙モデルをしていた頃の内藤洋子さんは、様々な衣装で撮影をしていました。14歳の内藤洋子さんですが、顔立ちが整っていて当時からとてもキレイなことが分かります。

水着姿も見たくなる若い頃の画像③胸元輝く緑のシャツ

最後に緑のシャツを着た遊園地で楽しそうな様子を見せる内藤洋子さんです。1965年に発行された牧村和美さん原作の「少女と風船」の表紙を内藤洋子さんが飾りました。女優デビューする前の15歳当時の画像です。

内藤洋子の現在はLAを拠点に創作活動

内藤洋子さんの現在についてご紹介してきました。内藤洋子さんは芸能界で活躍しましたが、20歳の時に結婚がきっかけで引退しています。現在は創作活動に専念しており、絵本が発行されました。プライベートでは2人の娘と1人の息子に恵まれ、現在は孫の面倒をみるお祖母ちゃんです。

関連するまとめ

Original
この記事のライター
まなしま
旅行とかわいいもの、雑貨が大好きです。最近はサンリオ沼で、クロミ推し!

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ