中川翔子の学歴まとめ!出身高校や大学は?学生時代のエピソードも!

小学生時代に父親を亡くし、中学生時代には壮絶ないじめを受けるなど、波乱のある学歴を送ってきた中川翔子さん。キュートさの中には負けない強さや好きなことを貫く強さがあります。中川翔子さんの持つ魅力のルーツがわかる学歴や偏差値、エピソードを一挙ご紹介します。

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目次

  1. 1中川翔子のプロフィール
  2. 2中川翔子の学歴【小中学校】
  3. 3中川翔子の学歴【高校と大学】
  4. 4中川翔子の学生時代のエピソード
  5. 5中川翔子の出身地や家族構成も調査
  6. 6中川翔子の最終学歴は大原学園高等学校卒業

中川翔子のプロフィール

・愛称:しょこたん
・本名:中川しようこ
・生年月日:1985年5月5日
・年齢:35歳(2020年5月現在)
・出身地:東京都中野区
・血液型:A型
・身長:155cm
・体重:不明
・活動内容:タレント、女優、声優、歌手、漫画家
・所属グループ:なし
・事務所:ワタナベエンターテインメント
・家族構成:母(中川桂子)、父(中川勝彦)

中川翔子の経歴

中川翔子さんは子役から「中川薔子」の芸名で芸能活動をしていました。2001年の『ポポロガールオーディション』でグランプリを受賞。2002年には『ミス週刊少年マガジン』にも選ばれます。2004年に中川翔子さんの公式ブログ『しょこたん☆ぶろぐ』を開設。

ブログでは、オタクが一般的に認知されていなかった社会の中でオタク文化を全面に打ち出し、爆発的な人気を博しました。「しょこたん語」と言われる話し方が誕生したりと圧倒的なアクセス数を誇り、中川翔子さんが人気になったきっかけにもなっています。

2006年に中川翔子さんのファンクラブ『ギザぴんく!』を立ち上げ、ファーストシングル『Brilliant Dream』で歌手活動を開始。サードシングルではオリコンランキングで初登場3位を記録し、ソロライブのチケットは25秒で完売。NHK紅白歌合戦に出場するなど歌手としても確かな存在感を発揮しました。

中川翔子さんは歌唱力だけでなく漫画やイラストも得意で、アニメ『ポケットモンスターサン&ムーン』では原画スタッフとして参加したこともあります。声優やコスプレイヤーとしても活動するなど、マルチな活躍が幅広い世代から注目を集める要因になっています。

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中川翔子の学歴【小中学校】

ここでは東京都中野区出身である中川翔子さんが過ごした小学校、中学校の学歴をご紹介します。中川翔子さんが、どのような学生時代を送ってきたのかエピソードとともに中川翔子さんの学歴について見ていきましょう。学歴とともに気になる偏差値も注目です。

学歴①出身小学校は中野区立桃園第三小学校

中川翔子さんは中野区立桃園第三小学校に通っていた学歴があります。中川翔子さんが生まれる出産時には、母子ともに危険な状態になり、入院が必要な状況だったそうです。見事回復して退院しましたが、このことが影響してか小学校に上がってからも身体が弱く、運動が苦手だったそう。

ただ、漫画やアニメが好きだった中川翔子さんは『セーラームーン』にハマり、漫画やイラストに没頭する小学生時代を送ったそうです。小学校のクラブでは漫画クラブに所属し、卒業文集や運動会のプログラムに載せるイラストを描いていたエピソードを学歴と共に明かしています。

楽しく小学校時代を送っていた中川翔子さんですが、小学校在学中の9歳のときに最愛の父親が白血病で死去します。父親は子どもである中川翔子さんのためにも生きたいと望み、賢明に闘病生活を送っていましたが、32歳という若さでこの世を去ります。小学生にして父親と永遠の別れを経験しました。

父親の死去以降は、中川翔子さんは母親と生活を送っています。料理が母親も中川翔子さんも苦手だったため、出前やお惣菜が食卓に並んでいたというエピソードも明かされています。

中野区立桃園第三小学校の場所はどこ?

中川翔子さんの小学校の学歴として明かされている中野区立桃園第三小学校は、中央本線や東京メトロ東西線が通る中野駅が最寄りの駅で、中野駅南口から徒歩7分の場所に位置しています。中川翔子さんが通っていた中野区立桃園第三小学校は2008年に閉校しており、現在は桃花小学校として新しい小学校が開校されています。

学歴②出身中学校は東京文化中学校

中川翔子さんは「東京文化中学校」という中学に通っていた学歴を持っています。東京都中野区にある中高一貫校で、現在は新渡戸文化中学校という学校名になっています。中川翔子さんにとって中学生時代は自身の学歴の中でも辛く記憶に残るものとなったようです。

というのも、中川翔子さんは中学生時代はいじめに遭っていたのです。人間不信になるほどの壮絶ないじめは卒業式すらも行けなくなるほどで、一切友達はできず、休み時間も常に一人で過ごしていたという中川翔子さん。毎日死にたいと考えていたと語っています。

辛い学歴となった中学生時代を過ごしていた中川翔子さんは、部活に所属せず、ジュニアモデルや子役として活動する一方、祖母から贈られたパソコンに夢中になっていたそうです。パソコンに夢中になったことが、学歴の中でもさらに中川翔子さんのオタクを極めていくきっかけになり、現在の人気につながった経験になっていると言えます。

東京文化中学校の偏差値や場所

中川翔子さんの学歴である東京文化中学校(現在:新渡戸文化中学・高等学校)は、東京メトロ丸の内線の東高円寺駅から徒歩5分の場所に立地しています。通学していたころの偏差値は不明ですが、現在の偏差値は38~39で、比較的入学しやすい偏差値の中学校です。中川翔子さんのほかにも芸能界で活躍するモデルやタレントが通っています。

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中川翔子の学歴【高校と大学】

ここからは中川翔子さんの高校と大学の学歴についてご紹介します。中学生のころに壮絶ないじめを経験をし、不登校の時期もあった中川翔子さん。そんな中川翔子さんは、高校や大学などの学歴はどのようになっているのでしょうか?進学した高校や大学の学歴や偏差値に注目してみましょう。

学歴③出身高校は大原学園高等学校

中高一貫校の中学校に通った学歴のある中川翔子さんですが、高校には東京文化高等学校には上がらずに通信制の大原学園高校に進学します。中学校でのいじめや芸能界での活動が要因になり、通信制のある高校に進学したと見られます。

高校1年生のころ『ポポロガールオーディション』でグランプリを受賞し、翌年の高校2年生には『ミス週刊少年マガジン』に選ばれ、グラビアでも人気を博しました。中川翔子さんの高校時代は、芸能界から注目され始めた高校生時代を送ったと言えます。

大原学園高等学校の場所や偏差値は?

中川翔子さんの学歴である大原学園高校は東京都千代田区に位置する高校です。入学には一般的な入学試験ではなく、作文や書類審査、面接での入学審査が行われます。そのため、偏差値がありません。偏差値を設けない学校は、何らかの事情がある人には心強い学校と言えます。

中川翔子の大学も調査

芸能界活動をしながら通信制の高校を卒業した中川翔子さんは、大学へも進学した学歴もあるのでしょうか。気になる中川翔子さんの大学の学歴について調査しました。

高校卒業後は大学進学はせず活動に専念

中川翔子さんは高校を卒業後、大学には進学せず芸能活動に専念したそうです。そのため、高校卒業が中川翔子さんの最終学歴です。最終学歴である高校を卒業した2004年に中川翔子さんが人気を集めるきっかけになった公式ブログ『しょこたん☆ぶろぐ』を開始し、バラエティ番組にも出演するようになります。

以降、​​​​​​『しょこたん☆ぶろぐ』の本を出したり、歌手活動を開始したりと、タレントや歌手としての人気を不動のものにしていきます。中川翔子さんは大学に進学して勉学を学ぶよりも、今まで吸収したものを発信する芸能活動の方が向いていたと言えます。

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中川翔子の学生時代のエピソード

ここからは中川翔子さんの学歴にまつわるエピソードをより詳しく紹介していきます。学生時代にさまざまな経験を積んだ中川翔子さんのエピソードを見ていきましょう。

学生時代のエピソード①小学生時代に父との別れ

中川翔子さんの父親は、日本のロックミュージシャンや俳優などをこなすマルチタレントとして1980年代に活躍した中川勝彦さんです。中川勝彦さんの学歴は慶應義塾高等学校に入学後、慶応義塾大学に進学。大学は卒業せずに中退した学歴を持っています。

当時の日本音楽界では珍しかったヴィジュアル系アーティストとして活動し、人気を博していました。イケメンなルックスにもかかわらず気さくで腰の低い人柄は芸能関係者にも気に入られ、俳優やラジオのパーソナリティと仕事の幅を広げていったそうです。

中川翔子さんのようにマルチに活躍してファンを獲得していた父親・中川勝彦さんは、1992年に急性骨髄性白血病を発症。約9か月の闘病生活を送り、芸能界に復帰するものの、1994円に白血病が再発。32歳の若さでこの世を去りました。

父親のことが大好きだった中川翔子さんは当時9歳。父親の死は、中川翔子さんにとって幼いながらも大きな衝撃であったと話しています。中川勝彦さんはアイドル的存在だったため、結婚や子供のことを極秘にしていたそうですが、父親の愛をたくさん受けた中川翔子さん。オタク気質な面も父親譲りなんだそうです。

学生時代のエピソード②中学時代のいじめ

中川翔子さんの学歴の中でも、中学生時代にはいじめを受けた経験を公表しています。イラストや漫画を描くことが幼い時から好きだった中川翔子さんですが、中学時代には絵を描いているだけで「気持ち悪い」と言われるようになったそうです。そんないじめを受けることに悩みを持ち、ストレスから吐き気に襲われることもあったと話しています。

中学の卒業文集では、一部のグループが中心になって文集を作成。その卒業文集には中川翔子さんの写真がまったく載っていないという内容に仕上がっていたそうで、中川翔子さんは大きなショックを受けました。

ここまで中川翔子さんがいじめの標的になってしまった原因は、中川翔子さんのかわいい容姿にあると言われています。アイドル的存在になるほどイケメンな父親と綺麗な母親の間に生まれた中川翔子さんは、生まれつきとてもかわいい顔をしていました。

子役として芸能界で活動していた中川翔子さんは、男子からも高い人気があったそうです。いじめのきっかけは絵を描いていたことではなく、単なる嫉妬が原因かもしれません。

不登校はいじめが関係?

中学生のときのいじめの内容には、下駄箱に置いていた靴を隠されたこともあったそうです。先生から代わりの靴を借りて帰宅した際には、先生からローファー代を請求され、先生のことも信用できなくなってしまいます。助けてくれる存在と信じていた先生に裏切られるようなことをされて学校自体に不信感を抱くようになった中川翔子さん。

先生からローファー代を請求されたことをきっかけにして不登校になったことを話しています。中川翔子さんの不登校は卒業式まで続き、最後まで楽しい思い出は作れなかったそうです。

パソコンに夢中な中学時代

学歴の中でも過酷ないじめに悩んでいた中学時代。ストレスが原因で吐き気に襲われるほど壮絶ないじめを経験した学歴になったそうで、中学時代には部活動には所属せずに授業が終わり次第、すぐに家に帰宅していたそうです。家で夢中になっていたことが、中川翔子さんの祖母が買ってくれたというiMacのパソコン。

学校では友達がいなく、孤独を強く感じる機会が多かった中川翔子さんですが、インターネットの世界では「自分が好きなことを共有したり、話し合える人がいる」という実感を得ることができたそうです。

中川翔子さんのパソコンとの出会いは、学校だけの世界だけでなく、インターネットを利用した広い世界まで視野を広げるきっかけになりました。中川翔子さんの好きなイラストや漫画、ゲーム、特撮映画などの趣味は、おかしいことではないと気付くことができたそうです。

学生時代のエピソード③ポポロガールオーディショングランプリ獲得

ポポロは麻布台出版社が発行の月刊芸能雑誌です。女性向けにジャニーズ中心の男性アイドルを紹介し、テレビドラマや映画などを紹介しています。中川翔子さんが高校1年生のときにポポロガールオーディションでグランプリを受賞しました。

中川翔子さんのかわいさの中にも壮絶ないじめを乗り越えた強さがグランプリを受賞できた一因になっているかもしれません。

学生時代のエピソード④高校ではスポーツ評価1

バラエティ番組でも運動が苦手な姿を披露することもある中川翔子さん。中川翔子さんの運動神経の悪さは学生のころからだそうで、高校生の成績では、体育の評価が最低評価である1だったそうです。

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中川翔子の出身地や家族構成も調査

中川翔子さんの学歴だけではなく、出身地から家系、名づけエピソードについてご紹介します。中川翔子さんについてさらに深堀りしていきましょう。

中川翔子の出身地は東京都中野区

中川翔子さんは、東京都中野区出身です。中野区は東京23区の西に位置し、多くの鉄道が行き交うアクセスのしやすさがあります。

中野ブロードウェイを代表にサブカルチャーの聖地として世界中からも注目を集めている場所で中川翔子さんは生まれました。サブカルチャーが豊かに街にあふれている場所が出身地であることも、中川翔子さんのオタク気質の要因になっているのかもしれません。

中川翔子の実家の家族構成

中川翔子さんの高祖父はアメリカのクラーク博士から直接教育を受けた一人であり、サケマスのふ化事業を取り入れ、推進した人物です。中川翔子さんの祖父は会社を営業している実業家であり、中川翔子さんの父親代わりでもあります。中川翔子さんの才能を支援し、中川翔子さんに大きな影響を与える存在と話しています。

中川翔子さんの父はミュージシャンの中川勝彦さん。アイドル的存在になって活躍していたため、結婚や生まれた中川翔子さんのことは極秘にされていたそうです。中川翔子さんの母親は夫を亡くしてから水商売で生計を立てながら中川翔子さんを育てました。

本名「中川しようこ」の家族エピソードって?

中川翔子さんの本名は「中川しようこ」さんと言います。両親は「薔子(しょうこ)」を名付けたいと望んでいましたが、出生届を出すと「薔」という漢字は人名用の漢字ではなかったため受理されませんでした。両親の代わりに役所へ行った叔母が受理されないことに腹を立て、殴り書きの字で「しょうこ」と書きました。

しかし、役所では「よ」の部分が小文字なのか、大文字なのか判別ができず「しようこ」として戸籍に登録。親が意図しない形で「しようこ」が名前になりました。しかし、戸籍に登録されている名前が大文字になっていることに気づいたのは成人になってからだったというエピソードがあります。

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中川翔子の最終学歴は大原学園高等学校卒業

中川翔子さんの出身地や学歴、偏差値を、当時のエピソードとともに紹介しました。嫌な思いから逃げるようにオタクの世界にのめりこんでいった中川翔子さんですが、好きなことを貫き通したことで現在はお仕事につながっていることもあり、辛かった学歴にもすべてに意味があると思えるようになったと語っています。

学歴での辛い経験を生かして、同じく辛い学生時代を送っている学生にエールを送る活動もしており、多くの人を救っている中川翔子さん。偏差値や学歴にとらわれずに、自身の好きなことをとことん追求する姿は学ぶものが多くあります。中川翔子さんの今後の活躍にますます期待です。

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