日本一スパルタで有名な日生学園の現在!日生学園事件とは?偏差値や卒業生は

今回は日本一のスパルタ校として知られる日生学園第二高等学校(日生学園)についてまとめました。現在の日生学園の状況や偏差値、また過去の卒業生まで、日生学園第二高等学校に纏わるありとあらゆる情報をチェック!あの有名な日生学園事件の真相にも迫ります!

日本一スパルタで有名な日生学園の現在!日生学園事件とは?偏差値や卒業生はのイメージ

目次

  1. 1日生学園とは
  2. 2日生学園の現在
  3. 3日生学園事件とは
  4. 4日生学園のスパルタ指導とは
  5. 5日生学園の偏差値
  6. 6日生学園の卒業生
  7. 7現在の日生学園は教育方針を改めていた

日生学園とは

それでは早速日生学園についてご説明していきたいと思います。日本屈指のスパルタ校としてその名を知られる日生学園ですが、果たしてその実態や如何なるものなのでしょうか?先ずは日生学園の学校概要からご紹介したいと思います。

日生学園の概要

・過去の名称:日生学園第二高等学校
・国公私立の別:私立学校
・設置者:学校法人日生学園
・設立年月日:1980年
・共学or別学:男女共学
・課程:全日制課程
・単位制or学年制:学年制
・設置学科普通科:学科内専門コース特進S、特進、進学
・学期:3学期制
・高校コード:24514D
・所在地:三重県津市白山町八対野2739

日生学園は三重県津市にある学校

日生学園(日生学園第二高等学校)は三重県津市にある学校法人「日生学園」が運営する私立高等学校です。現在は日生学園第二高等学校という名称から別の学校名に名称の変更が行われております(後述)。三重県津市西部に広がる青山高原にある学校で、創設は1980年。男女共学の普通科高校です。

21世紀型グローバル全寮制教育モデルをコンセプトに、創造と自立をモットーに掲げた教育活動を行っている日生学園第二高等学校ですが、学校活動として部活動にも力を入れており、放送部、ダンス部、和太鼓部などが全国大会に出場しているそうです。

「日生学園第二高等学校」という名称から分かるように、同じく学校法人日生学園が運営する日生学園第一高等学校が三重県伊賀市にあります。こちらは日生学園第二高等学校の進学コースと、同敷地内に設置されていた日生学園附属中学校を移転させ、「中高一貫校」として再スタートを切った学校です。

こちらも現在は「日生学園附属中学校」「日生学園第一高等学校」という名称を改め、「桜丘中学校」「桜丘高等学校」と成っております(「日生学園」の名が全国に知れ渡り過ぎたからなのかは分かりませんが)

日本一スパルタで有名な全寮制共学

コチラは後程たっぷりと詳しいご説明をさせて頂きますが、日生学園と言えば徹底的なスパルタ教育が行われる事で有名な全寮制の共学高校です。

そのスパルタっぷりは日本一と言われ、日生学園に入学させられる事に絶望し、家出を企てる中学3年生も数多く居たとか居ないとか。

とにかくその徹底的なスパルタ指導の凄さは全国レベルで知られるほど。それでいて男女共学で女子生徒にもその壮絶な指導は男子生徒同様に行われるというのですから大変です。

逞しい精神力を養うには最適な学校かも知れませんが、それまでヌルい中学生活を過ごしてきた生徒にとっては「かなりキツイ」学校生活になるのは間違いありません。

日生学園の学長・青田進について

この日生学園の学長を務めるのが学校法人日生学園の理事長であり、日生学園中学校・日生学園第一高等学校・日生学園第二高等学校の校長を務めた青田進さんです。

この方は「日本全寮制教育の柱」と呼ばれる人物で、全寮制教育No1校と呼ばれる英国のイートン校を視察した際、「今後の日本のエリート教育の再興に力を注ごう!」と決意をしたのが日生学園を創設したきっかけと成ったのだそうです。

以来イートン校に倣う形で全寮制教育を行っている青田進さんですが、不登校生徒を全国から積極的に受け入れる方針も打ち出し、これまでに数多くの不登校生徒を卒業させ世に送り出すことに成功しています。

青田進さんは不登校研究チームの代表も務められており、学校教育と共にこうした不登校問題にも積極的に取り組まれていらっしゃった様です。

また、中学校に1日も出席していない生徒を大学へ進学させるという「不登校大学進学プログラム」を立ち上げ、不登校生を現役で京都大学・名古屋大学・大阪大学・早稲田大学・慶応大学・GMARCH・関関同立などへ多数合格させているのだとか。

学校に毎日通っている生徒でも合格が困難な大学に、不登校生徒を多数合格させてしまうとは驚きです。青田進さんには何か魔法使いの様な不思議なチカラが有ったのかも知れませんね。

そんな青田進さんも現在は既にお亡くなりに成られております。絶大なるカリスマ性により日生学園を導いてきた青田進さんは、現在も日生学園のグラウンドの片隅で銅像と成って生徒たちを日々見守っているとの事。

日生学園についてはこれまでに様々な問題も取り沙汰されましたが、青田進さんが生前に残した功績は偉大なモノだったと考えて間違いないでしょう。

日生学園第二高等学校から学校名の変更について

日生学園第二高等学校の名称が青山高等学校に変更されたのが2015年4月1日の事でした。これは学校改革の一角として行われたもので、名称の変更と共にこれまで設置されていた就職を目指す為の総合コースを廃止し、新たに「特別進学Sコース」「特別進学コース」「進学コース」の3つのコースを設けました。

これによって日生学園第二高等学校改め青山高等学校は進学校として生まれ変わった訳です。その成果がどの様に現れたのかはまた後程詳しくご紹介させて頂きます。

日生学園の現在

続いては現在の日生学園第二高等学校についてご紹介して参りたいと思います。先程もご説明しましたが、現在日生学園第二高等学校は青山高等学校と名称を変更しております。然し今回は記事の便宜上、過去の名称である「日生学園第二高等学校」「日生学園」として説明を行って参りますので予め御了承下さい。

現在は進学校である日生学園

こちらも先程軽くご説明した通りで、現在の日生学園第二高等学校は進学校として生まれ変わっております。これには昨今の少子化問題も関係しているものと考えられ、高校卒業と共に就職するという選択肢を廃し、より優秀な人材と成るために大学進学を促すという方針が有るのかも知れません。

日生学園第二高等学校の学習指導が変化

進学校化に伴い、日生学園第二高等学校の学習指導自体にも変化が生まれたそうです。こちらも後程詳しくご説明させて頂きますが、それまでは「何事にも全力で」という言ってみれば精神教育をモットーとしていた日生学園が、学名変更にともなく教育方針の変更で、現在はより現実的な学習カリキュラムを主体としたものへと変化しているそうです。

簡単に言うと「一般的な高校に成った」という感覚が最も近いかも知れませんね。それまではかなり特殊な校風と学習指導で知られていた日生学園が、より一般的な高校へと変貌を遂げたという事になります。
 

スパルタで有名な日生学園が現在では緩い学校に?

日本一のスパルタ校として有名だった日生学園ですが、学校名の変更とそれに伴う方針の展開によって、現在は緩い学校に成っているとの噂が一部で挙がっているそうです。

俄には信じ難い話なので、早速この噂のウラトリを行ってみたのですが、確かにその噂を裏付ける事が出来る情報が幾つか挙げられているようです。

日生学園時代ではとても考えられない事ですが、現在の日生学園では授業中に隠れてゲームをしている者や音楽を聴いている生徒がいるとの事。

またその他にも日生学園時代にはとても考えられない行為を行っている生徒も居ると言います。これらの口コミから考察する限り日生学園確は以前と比べるとかなり緩い学校に成っているようですね。

現在の日生学園にも依然厳しいルールが存在との声も

ただ、こうした口コミが上がる一方で依然日生学園には厳しいルールが存在しているという噂もあります。そもそもが全寮制の学校であるため、通学生の学校よりもルールを厳しくする必要は絶対的に有ると考えられます。その辺りを一般的な通学校と比べて「厳しい」とするなら、それは仕方がないことです。

何せ学校としても大切な子供を親御さんから預かって育てている立場です。しかも全寮制の共学校である以上、何かしらの問題が起きてからは取り返しが付きません。

なので、全体的にある程度の縛りは必要なのでは無いでしょうか?これは日生学園が特殊という事ではなく、全寮制の学校としてはごく当たり前であるとも言えるでしょう。

日生学園事件とは

続いては日生学園で発生した事件についてご紹介して参ります。「日生学園事件」として今も何かにつけ語られる事が多いですが、実際にどの様な事件が日生学園で発生していたのでしょうか?

「日生学園事件」という具体的な事件が発生していた訳はない

先ず始めにご説明しておく必要があるのですが、この日詳学園事件というモノは「日生学園事件」と呼ばれる具体的な事件が起きたという事ではなく、日生学園で発生した様々な事件を総称した名称であるという事です。

なので日生学園で発生した様々な事件と、それらの影響で行われた顛末までを一つの括りとして「日生学園事件」と呼んでいるという事を前提として認識しておく必要があります。

どうやらキチンと情報をまとめきれていないサイトなどが「日生学園事件」と、さもさも一件の事件かの様に誤った解釈をした事がそのまま広まってしまっているようです。折角なのでこの機会に物事を正しく認識し、事件の概要をしっかりと把握しておきましょう。

当時の日生学園では暴力や脱走事件が日常問題と成っていた

1970〜80年代に掛けての日生学園では、暴力や脱走といった問題が日常的に繰り返されている状態にありました。些細な事でも容赦なく暴力が振るわれる様な学校ですから、隙きを見て脱走を企てる生徒が続出するのも致し方ないところです。

これは日生学園の方針であるスパルタ教育が根底にある訳ですが、教育という名のもとに行われる体罰も度が過ぎると只の暴力でしかありません。

体罰を受ける側である生徒がどう受け取るかが最も大切で、叱られた生徒がその理由を理解出来てようやく教育に成る訳です。

当時の日生学園ではこのスパルタ教育が正しく機能していなかったのかも知れません。その結果暴力ばかりがクローズアップされてしまい、脱走事件も頻発するという状況に成ってしまっていたのでしょう。

ただ、それが教育現場である高校で行われているという事が何よりの問題で、次第に日生学園は学園の姿勢を疑問視される様に成っていったそうです。

確かに秩序に基づいた潤滑な学校教育が行われていたら、この様な問題ばかりがクローズアップされる事も無かったでしょうから、学校側にも間違いなく問題は在ったのでしょう。
 

日生学園では自殺や死亡事故も発生していた

その中でも特に問題視されたのは、自殺者や死亡事故が発生したケースが数件在ったという点です。近年でもイジメ問題等で生徒が自殺した場合などは、連日連夜その問題がマスコミで取り上げられますよね?それが学校側の過失によるモノで在ったとしたら尚更です。

日生学園で発生していた自殺や死亡事故はこの比ではありません。自殺者も数名に登り、死亡事故の原因も不明なままだったのです。そして更に問題なのが、これらの事件を学校側の人間である教師が内部告発した事なのです。

教師が内部告発するという事は、それだけおかしな状況に日生学園があるという事と、それに従わなければ成らない状態にあるという事を明確に物語っています。学校組織そのものが恐怖政治的に支配されており、おかしな方向に進んでいるのを学校内で改善することが出来ない状態だという事なのです。

スパルタも結構ですが、それが暴力に変わり、その暴力に拠って死者が出たとなればそれはもはや教育ではありません。教育の範疇を逸脱した段階でこれは只の暴力支配でしか無いのです。故にこの死者が発生しているという点が、この日生学園事件においての大きなポイントと成ったのです。

日生学園への行政指導が行われた

やがてこの日生学園での暴力問題はマスコミにも取り上げられ、大きな波紋を呼ぶことに成りました。その後国会議員によって国政調査が行われ、三重県からは行政指導が入る事に成りました。

行き過ぎたスパルタ指導は、こうして国が関与するという形で終わりを迎えたのです。結果的にこの事件で非は日生学園に在ったことは明白であり、この一件が後に学校の名称変更(「日生学園」という文字を学校名から消す)事に繋がっていったと考えられます。

日生学園のスパルタ指導とは

続いては日生学園のスパルタ教育の実態についてご紹介して参りたいと思います。日本一のスパルタ校として知られた日生学園。果たしてその日詳学園で行われていたスパルタ教育とは一体どれほどのモノだったのでしょうか?「えっ⁉」と思わず声が出てしまう様なとんでもない方針も。

日生学園事件で明らかになった常軌を逸したスパルタ指導

先程ご説明した日生学園事件によって実態が明らかに為った、日生学園の常軌を逸したスパルタ指導。その内容はとても教育とは思えないような過酷なモノで、脱走を考える生徒が居ても全く不思議じゃない内容です。

スパルタ教育と言っても流石に教育の範囲内で行われているものだと考えるものですが、実際には意味のない体罰や限度を超えた暴力など、明らかに教育の範疇を超えたモノばかりで、これを教育として行っていたのかと考えると幾つもの疑問符が浮かばざるを得ない内容のモノばかりでした。

行き過ぎたスパルタ指導で「刑務所」と呼ばれるまでに

その行き過ぎたスパルタ指導は、生徒にして「刑務所」と呼ばれる程のモノだったそうです。矯正施設と同列に扱われるとは、とても教育を主とする高校とは言えませんね。では実際にどの様なスパルタ指導が行われていたかをご紹介致しましょう。

朝4時に目を覚ませ!

日生学園は全寮制であるとご説明しましたが、こちらの寮では起床時間も定められており、何と全生徒は朝4時に起床しなければ成りません。

勿論寮ですから学校とは目と鼻の先にあり、通学に時間が掛る訳でもありません。余裕を持った起床時間とするには余りにも早すぎる起床時間ですよね。

それ以上に教師はもっと大変です。生徒よりも1時間早い3時に起きて、生徒が起きる確認を行う準備をしておかねば成らないのです。

ただ、生徒も教師もこれが毎日という訳では無かったそうで、基本的には水曜と日曜を除く週5日がこの定められた起床時間だったと言います。にしても流石に異常ですよね。

高熱が出ても基本は放置

体調管理は基本中の基本という考えからなのでしょうか、もし40度近い高熱が出たとしても基本的に病院などには一切連れて行って貰えないそうです。体調不良に成ったのも全ては自己責任として、自らの身体を以て責任を取れと言うことでしょうか?

にも関わらず、雨が降ろうが雪が降ろうが傘の使用は一切認められていないのだとか。濡れれば風邪を引く事位幼稚園児でも分かっている事ですが、濡れないために傘を差す事自体を禁止するとは驚きです。これが一体何のために将来役立つのでしょうか?これってつまりは矛と盾の関係そのものですよね。

トイレは素手で磨き上げるもの

更に驚かされるのがトイレ掃除です。日生学園でのトイレ掃除は絶対に素手で行わなければ成りません。便器を素手で直接磨き上げるのです。衛生上絶対に好ましくないこの行為を、学校側が規則として定めているのだから驚きです。まるで古いタイプのヤクザの様な考え方ですよね。

排泄物を流しているのですからトイレが汚いのは当たり前です。どんなに綺麗にしたとしても一度でも使用すればトイレは汚れます。その汚れたトイレを手で磨かせる事に果たして何の意味があるのでしょうか?これを「スパルタ教育」とするのは流石に間違いでは無いかと思うのですが、如何なものでしょうか?

一般的な高校では考えられないHARDな規則

また一般的な高校では考えられない厳しい校則は規則も日生学園には存在しております。全寮制の学校であるため、基本的な部分ではしっかりと締める必要があるのは分かりますが、度を超えた規則は支配以外の何物でもありません。それらのおかしな規則の幾つかをご紹介致しましょう。

娯楽関連の物は持ち込み禁止

日生学園では娯楽関連の物は一切持ち込みが禁止と成っております。一見するとコレは当たり前の様な気がしますが、コレは校内だけではなく寮に関しても同じなのです。つまりは学校生活外で有るはずの自室の中にさえ一切の娯楽物を持ち込んでは成らないという決まりなのです。

高校生ですから当然雑誌を呼んだりお菓子を食べたりしたいはずなのですが、それらを寮の中に持ち込む事すらNG対象なのです。勿論コレが見つかった場合は厳しい体罰が待ち受けている訳ですから、生徒も従わざるを得ないという事に成ります。生徒の自由を無慈悲に取り上げる辺りはまさに刑務所ですね。

恋愛行為は一切禁止

日生学園においては一切の恋愛行為を禁止としております。全寮制の共学高校ですから、万が一を考えると慎重に成らざるを得ないところは有ると思いますが、流石に男女交際の一切を禁止するのはやりすぎです。多感な高校生が同級生と恋に堕ちることが何故いけない事なのでしょうか?

節度を守った清い交際であれば何ら問題ありませんし、これは成長期の子供たちにとって非常に重要な過程でも有るはずです。言ってみればコレもまた立派な教育の一つなのです。それを頭から禁止として、違反者には体罰を与えるなど、独裁以外の何物でもありません!正しい男女交際を教える事こそが教師の、学校のやるべき事なのではないでしょうか?

修学旅行等の学校行事が存在しない

また極めつけとして、日生学園には修学旅行や学校祭など、他校では当たり前に執り行われる学校行事の類いに当たるモノが一切ありません。こんな日生学園を「学校」と呼んでも良いものなのでしょうか?

厳しい上下関係も

また、こうした校風からか上下関係も非常に厳しいようですね。教師と生徒は元より、先輩と後輩の関係も絶対的なモノがあると言われています。後輩は先輩に絶対服従で、さながら奴隷と主従といった関係であるとのことです。

日生学園の偏差値

ではそんな日生学園の偏差値は一体幾つ位なのでしょうか?偏差値がその学校の全ての価値を示している訳ではありませんが、偏差値を見ることで分かってくることも少なくはありません。そこでここからは日生学園の偏差値に注目してみたいと思います。

日生学園事件発生当時の偏差値は「39」

いわゆる日生学園事件が発生した当時の日生学園の偏差値は39。この39という偏差値は5段階評価の2の中間辺りの成績の生徒という事に成ります。ハッキリ言ってかなり低い偏差値という事になります。

現在の日生学園の偏差値は「40」前後

そして進学校へと方針転換を果たした現在の日生学園の偏差値と言うと…40前後です。ハッキリ言って昔の日生学園の偏差値と全く変化がありません。

日生学園の偏差値が低い理由

では何故今も日生学園の偏差値が低いのでしょうか?それは親御さんの立場に立てば自ずと分かります。過去に教師による暴力行為や不当なスパルタ教育で話題に成った高校に、果たして親御さんは我が子を預けようという気に成るでしょうか?

例え素晴らしいプログラムを組んでいたとしても、過去の悪名が有る限り、日生学園を選択肢として選ぶ生徒はほぼ居ないと思われます。結果的に生徒から選ばれない学校で有る限り、幾ら方針を変えたとしても優秀な生徒は入学して来ないのですから、偏差値が上がらないのも当然なのです。

日生学園の卒業生

では最後に日生学園の卒業生についてご紹介していきたいと思います。日生学園の卒業生の中で名の知れた人物は6名。然しその内5名の卒業生は知る人ぞ知るといった程度で、それ程有名ではありません。

ただ一人だけ、全国で知らぬモノは居ないと言える知名度を誇る人物が、日生学園の卒業生として現在も芸能界で活躍中なのです。

ダウンタウンの浜田雅功は日生学園の卒業生

日生学園の卒業生の中で最も有名な人物は、お笑いコンビ「ダウンタウン」のツッコミ担当である浜田雅功でしょう。彼が日生学園の卒業生であることは有名ですね。トーク番組でも時々日生学園時代の事を話し会場の笑いを誘っています。彼が卒業した学校という事で日生学園の事を知ったという方も多いでしょう。

今田耕司は日生学園を中退している

また卒業生ではありませんが、今田耕司も日生学園に通った一人として知られています。今田耕司が日生学園の卒業生で無いのは彼が日生学園を中退しているからです。もし今田耕司も日生学園の卒業生だったら、浜田雅功と今田耕司は日生学園の卒業生同士だったという事に成りますね。

今田耕司は退学前に2度の脱走を企てている

そんな今田耕司は在学中に2度に渡り脱走を企てているそうです。これも今ではネタに成っている話ですが、それほどまでにこの学校が嫌で仕方なかったのでしょうね。そんな学校の卒業生として現在も活躍中である浜田雅功は、やはり根性が座っているのかも知れません。

現在の日生学園は教育方針を改めていた

今回は日本一のスパルタ校として有名な日生学園についての実態や卒業生等をご紹介して参りました。現在は方針を変え進学校と成った日生学園ですが、果たしてその計画は成功するのでしょうか?今後の日生学園も要チェックですね!

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