野口聡一が宇宙飛行士になるまでの経緯や経歴は?結婚した妻などプロフィールまとめ

宇宙飛行士の野口聡一さんは元エンジニアという異色の経歴を持ち、その職歴が凄いと話題になっています。今回は宇宙飛行士の野口聡一さんの経歴や職歴、宇宙飛行士になるまでの経緯、結婚した妻との関係性や宇宙に関する様々なエピソードについて調べてみました。

野口聡一が宇宙飛行士になるまでの経緯や経歴は?結婚した妻などプロフィールまとめのイメージ

目次

  1. 1野口聡一のプロフィール
  2. 2野口聡一が宇宙飛行士になるまでの経緯【職歴】
  3. 3野口聡一の宇宙飛行士としての経歴
  4. 4野口聡一の結婚した妻も調査
  5. 5野口聡一の宇宙エピソード
  6. 6野口聡一はIHI勤務の職歴を持つ宇宙飛行士

野口聡一のプロフィール

・愛称:不明
・本名:野口聡一
・生年月日:1965年4月15日
・年齢:54歳(2019年9月現在)
・出身地:神奈川県
・血液型:不明
・身長:180cm
・体重:不明
・活動内容:宇宙飛行士
・所属グループ:なし
・事務所:宇宙航空研究開発機構(JAXA)
・家族構成:妻、子供

野口聡一の経歴

宇宙飛行士の野口聡一さんは、1996年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙飛行士候補者に認定されました。そんな野口聡一さんは実はJAXAに入る前は石川島播磨重工業(IHI)でエンジニアをしていた異色の経歴を持ちます。

野口聡一さんは地元神奈川県内の高校を卒業後、東京大学工学部の航空学科に進学し、大学院にてさらに航空学を勉強した高学歴のエリートです。その後野口聡一さんはIHIに就職し、航空宇宙技術者としてエンジンの開発に従事していました。

野口聡一さんはIHIでエンジニアとして航空宇宙に関する仕事に携わっているうちに、徐々に宇宙飛行士になりたいという夢が芽生えていき、JAXAに応募することを決意しています。そして野口聡一さんは1996年にJAXAの宇宙飛行士候補者に認定を受けています。

野口聡一さんはその後はアメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙センターで訓練を受け、2005年に宇宙飛行士として宇宙に初飛行を果たしました。その後も宇宙長期滞在クルーに任命を受けるなど、世界を代表する宇宙飛行士として現在も活躍を続けています。

映画「ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー」で日本語吹き替え担当

野口聡一さんは宇宙飛行士でありながらも、声優をした経歴も持ちます。野口聡一さんは2018年に公開されたアメリカの映画『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』の日本語吹き替え版にて声優役を務め、大きく話題となりました。

現在では世界的にも有名な宇宙飛行士である野口聡一さんが映画で声優役を務めたというニュースは世界中で放送されたと言い、改めて野口聡一さんが有名人であることが明らかになりました。

野口聡一が宇宙飛行士になるまでの経緯【職歴】

野口聡一さんは宇宙飛行士になる前はエンジニアをしていたという異色の経歴を持ち、その職歴が注目を浴びています。野口聡一さんが宇宙飛行士になるまでの経緯についてや、その職歴について調べてみました。

宇宙飛行士になるきっかけはスペースシャトル初飛行NEWS

野口聡一さんが宇宙飛行士になろうと思ったきかっけは、スペースシャトルが初飛行したというニュースでした。1981年にアメリカが新たに開発したスペースシャトルは、これまでのロケットとは異なり再使用可能で、2011年に引退するまで使用されていた機体です。

野口聡一さんは1981年当時はまだ16歳でしたが、スペースシャトル初飛行というニュースを受けて自分も宇宙に関する仕事に携わりたいと強く感じたと後に明かしています。

職歴①IHIに入社

その後野口聡一さんは東京大学工学部の航空宇宙学科に進学し、大学院を経てIHIに入社しています。野口聡一さんは初めから宇宙飛行士として就職したわけではなく、IHIで社会人生活をスタートさせたという珍しい職歴を持ちます。

野口聡一さんの職歴を勘違いしていた人が圧倒的に多かったようですが、後に野口聡一さんは日本人宇宙飛行士として初となるトークイベントを開催し、自身の職歴や経歴を詳しく語り、「IHIからJAXAに転職した異色の経歴の持ち主」として知られるようになりました。

IHIとは

IHIとは旧社名が「株式会社石川島重工業」という名前で、幕末以来160年以上の長い歴史を持つ大企業です。IHIは東京駅の改修工事や日本初の海水淡水化装置の建設に携わるなど、日本の最先端の建設工事を手掛けてきた会社でもあります。

そして2000年に日産自動車から宇宙航空事業・防衛事業を買収し、以降IHIは建設事業、造船・海洋事業、宇宙航空事業まで幅広い仕事を手掛ける会社にまで成長を遂げています。

職歴②JAXA応募で宇宙飛行士候補者に選定

野口聡一さんのIHI入社後の職歴ですが、野口聡一さんはIHIで6年程度職務経験を積んだ後、1996年にJAXAに応募しています。そして野口聡一さんは500倍を超える倍率を勝ち抜き、見事宇宙飛行士候補者に選出されています。

野口聡一さんはIHIを経てJAXAに入社したという異色の職歴を持ちますが、IHIで航空機のエンジン開発に携わっていた経験から、航空機のエンジン部分の細かい仕組みや操作方法に関する幅広い知識を持っていたそうです。

ちなみに野口聡一さんの幅広い知識や知見は他のメンバーたちからも絶賛されていると言い、JAXAのメンバーの中でもトップレベルの知識量を誇る宇宙飛行士として、入社当初から将来を期待される存在だったようです。

野口聡一の宇宙飛行士としての経歴

現在では世界的にも有名な宇宙飛行士である野口聡一さんは、宇宙飛行士としてどのような経歴を持つのでしょうか?野口聡一さんの宇宙飛行士としての経歴について、詳しく調べてみました。

宇宙飛行士としての経歴①スペースシャトル「ディスカバリー号」で初宇宙飛行

野口聡一さんの宇宙飛行士としての経歴1つ目は、スペースシャトル「ディスカバリー号」で初宇宙飛行を果たしたことです。野口聡一さんは1996年にアメリカのNASAで宇宙飛行の訓練を受け、1998年からはロシアのガガーリンでも訓練を受けています。

こうして入念な準備を重ねた野口聡一さんは、2005年7月26日にスペースシャトルディスカバリー号にて初の宇宙飛行を果たしました。野口聡一さんは小学生時代にボーイスカウトに所属しており、当時のボーイスカウトグループが打ち上げを見守ってくれたと言います。

15日間宇宙に滞在した野口聡一さんは、スペースシャトル初の機体補修に携わり、国際宇宙ステーション(ISS)で船外活動をした初の日本人として知られるようになりました。

そして野口聡一さんはこの功績が称えられ、2005年には地元茅ケ崎市から市民栄誉賞が贈られ、地元の茅ヶ崎駅北口には、野口聡一さんの手形モニュメントが飾られているそうです。

宇宙飛行士としての経歴②ISS長期滞在クルーで2度目の宇宙へ

野口聡一さんの宇宙飛行士としての経歴2つ目は、ISSの長期滞在クルーに任命されたことです。野口聡一さんは初の宇宙飛行から5年後となる2010年に、ISSの長期滞在クルーの宇宙飛行士に任命を受けています。

そして野口聡一さんはISSの点検・整備をするとともに、ISSにある日本実験棟「きぼう」のメンテナンスを実施しています。野口聡一さんは他のメンバーと一緒に宇宙衛星間通信システムを整備し、宇宙と地球間の交信を可能としたことで、大きく話題となりました。

そしてさらに野口聡一さんは宇宙からTwitterで情報を更新したり、宇宙に滞在中に日本のバラエティー番組に中継で出演するなど、今までは不可能と言われていた新たな試みを成功させています。

野口聡一さんは合計159日以上も宇宙に滞在し、当時の日本人宇宙最長滞在記録を更新したことで大きく注目を浴びました。

宇宙飛行士としての経歴③2014年に宇宙探検家協会会長に就任

野口聡一さんの宇宙飛行士としての経歴3つ目は、2014年に宇宙探検家協会(ASE)の会長に就任したことです。野口聡一さんはアジア人として初としてASEの会長に抜擢され、「アジア人初となる快挙達成」として大々的に報じられました。

3度目の宇宙飛行は2019年末頃から半年ほど

そして野口聡一さんは2019年の終わり頃から役半年間、宇宙へ飛行することが決まっています。ちなみに野口聡一さんが宇宙飛行をする宇宙船は、「新型有人宇宙船」というタイプのもので、アメリカの民間企業が開発した「民間の宇宙船」です。

野口聡一さんは日本人初となる民間有人宇宙船の搭乗員として抜擢され、世界中から注目を浴びました。これまでは宇宙船と言えばアメリカのNASAが開発したスペースシャトルでしたが、民間の宇宙船が宇宙飛行をすること自体、今現在かなり注目を集めているようです。

また、過去に宇宙飛行する際はだいたいスペースシャトルを用いていたことから、2年前ぐらいから実際の機体でテスト飛行ができていたそうですが、今回は民会企業が開発しているため、実際に乗る機体が定まらずまだテスト飛行を行えていないことを明かしています。

このため、使用する機体を予測しながら訓練を重ねていると言います。宇宙飛行にはリスクが伴うため、何度も何度も訓練を重ね、万全の状態にならないと出発できないそうです。このことからも、野口聡一さんは責任重大の仕事をしていることが改めてわかりますね。

そして野口聡一さんは2019年には54歳になり、日本人最年長となる年齢で宇宙飛行に挑戦することが決まったことで大きく話題を呼びました。後のインタビューで野口聡一さんは「危険性は理解しているが恐怖はない」と力強く語り、注目を浴びました。

野口聡一の結婚した妻も調査

野口聡一さんは結婚していて、妻との間に3人の子供がいます。次からは野口聡一さんの結婚した妻や、3人の子供たちについて調べてみました。

結婚した妻は一般人女性

野口聡一さんが結婚した妻は、一般人女性だそうです。このため、野口聡一さんの妻の名前や過去の歴歴など、妻の詳しいプロフィールは残念ながら公表されていないようです。

野口聡一さんが妻と結婚した時期は明らかになっていませんが、野口聡一さんと妻は高校時代の同期だそうです。一説には野口聡一さんの妻は高校時代はバスケットボール部に所属していて、スポーツ万能かつ美人、勉強ができる才色兼備な女性と言われています。

野口聡一さんの妻は高校時代から学校のマドンナ的存在だったそうで、結婚を発表した際には「まさか結婚するとは思っていなかった」と、同級生からは驚きのコメントが寄せられたと言います。

野口聡一さんと妻は高校時代から交際していたそうで、かなり長い交際期間を経て結婚したことがわかっています。野口聡一さんと妻が結婚した時期は不明ですが、おそらく10年程度交際をしていたと噂されているため、まさに純愛であることが改めてわかりますね。

妻との間に子供は娘が3人誕生

野口聡一さんは、妻との間に現在では3人の子供に恵まれています。妻との間に生まれた子供たちの生年月日や性別などは一切明らかになっていませんが、野口聡一さんは子供には幼少期から様々な経験をさせるようにしていると言います。

野口聡一さんはかなり多忙な生活を送っていますが、オフの日は妻や子供たちと過ごす時間を大切にしていて、日帰りの旅行に行くこともあるそうです。このことからも、野口聡一さんは良き夫であり、良き父親であることが伺えます。

妻と子供との生活はアメリカのヒューストンがメイン

野口聡一さんは妻や子供と一緒にアメリカのヒューストンで生活をしていますが、時々日本の実家にも帰り、アメリカでは見られない景色や、アメリカでは体験できない日本固有のイベントにも参加できるように工夫しているそうです。

宇宙飛行士の野口聡一はヒューストン。アストロズの大ファン

ちなみに野口聡一さんはアメリカのヒューストンにホーム球場がある「ヒューストン。アストロズ」の大ファンだそうです。オフの日に都合が合えば現地で野球観戦に行くこともあるとのことで、大の野球好きという一面もあることを明かしています。

そんな野口聡一さんは実は中学時代には野球部に所属していたと言い、初の宇宙飛行を成功させた2005年には、アメリカのニューヨークメッツの球場を訪れ、メッツ対フィリーズ戦で始球式を行ったこともありました。

その際に綺麗な投球フォームを披露した野口聡一さんは、「野球もできる宇宙飛行士」と現地のメディアで報じられていました。そして野口聡一さんは当時メッツに所属していた松井稼頭央選手と挨拶を交わすなど、意外にも野球界にも知り合いが多いそうです。

野口聡一の宇宙エピソード

野口聡一さんは宇宙飛行士として働く中で、いくつもの宇宙に関する面白いエピソードを持っているそうです。次からは野口聡一さんの宇宙に関するエピソードについて調べてみました。

宇宙エピソード①民間宇宙船クルーに抜擢

野口聡一さんの宇宙エピソード1つ目は、民間の宇宙船クルーに抜擢されたことです。先ほどご紹介した通り、野口聡一さんは2019年の年末頃から民間の企業が開発した宇宙船で宇宙飛行をすることが決まっています。

民間宇宙船のクルーに抜擢されるのは日本人初であり、野口聡一さんは2017年11月に行われた記者会見の際に「私は初物の試験に抜擢されることが多いようだ」と冗談交じりに語り、報道陣を沸かせました。

宇宙エピソード②10億円の宇宙服

野口聡一さんの宇宙エピソード2つ目は、10億円の宇宙服を着ていたことです。宇宙服とは正式に言うと「船外活動ユニット」と呼ばれ、宇宙服だけでなく緊急時に使用する生命維持装置も含まれるそうです。

このため宇宙服はかなり高額になるとのことで、アメリカのスペースシャトル用に開発された宇宙服は日本円にすると10億円にものぼることが明らかになっています。

宇宙では隕石などが飛んでくることもあるため、宇宙服自体が衝撃防止機能を果たすとのことで、さらには気温の変化にも耐えられるように何層もの構造になっているそうです。近年ではさらに宇宙服の機能性がアップしているため、おのずと値段も高騰している模様です。

宇宙エピソード③サバ缶

野口聡一さんの宇宙エピソード3つ目は、サバ缶に関するエピソードです。宇宙食も年々進化を遂げていて、現在では「日本宇宙食」という新たなブランドが誕生し、日本の企業が開発した宇宙食がJAXAから沢山認定を受けているそうです。

ちなみに日本の高校生が開発したサバ缶も認定がおりていて、野口聡一さんは高校生の将来のためにも「世界にサバ缶を広めたい」と意気込んでいると言います。

野口聡一はIHI勤務の職歴を持つ宇宙飛行士

宇宙飛行士の野口聡一さんは、IHIからJAXAに入社した異色の経歴を持ち、その職歴の凄さが話題になっています。そんな野口聡一さんは既に2度の宇宙飛行に成功しており、さらに2019年末頃から民間の宇宙船で宇宙飛行をすることが決まっています。

ちなみに野口聡一さんは日本人の中では最年長の年齢で宇宙飛行に内定しており、現在も現役宇宙飛行士として世界で活躍を続けています。今後もそんな野口聡一さんの、さらなる活躍を期待しましょう。

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この記事のライター
中村千尋
元々は総合病院で助産師として働いていましたが、現在は子育て中のため一旦臨床を離れ、空いた時間にライターの仕事をさせ...

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