小田和正の現在の年齢は?生い立ちや若い頃など小田和正年表まとめ

小田和正はオフコース時代、そしてソロになってからもヒット曲を連発している歌手です。そんな小田和正の現在の年齢や活動について調査しました。現在の小田和正の年齢に驚くと同時に、若い頃からの活躍や生い立ちは興味深いエピソードがたくさんです。

小田和正の現在の年齢は?生い立ちや若い頃など小田和正年表まとめのイメージ

目次

  1. 1小田和正のプロフィール
  2. 2小田和正の現在の年齢は?
  3. 3小田和正の生い立ち
  4. 4小田和正の若い頃などの経歴【年表】
  5. 5小田和正は現在年齢70代で音楽経歴も更新し続ける音楽家

小田和正のプロフィール

愛称:小田さん、K.ODA
本名:同じ
生年月日:1947年9月20日
年齢:71歳(2019年9月現在)
出身地:神奈川県横浜市金沢区
血液型:A型
身長:172cm
体重:???
活動内容:ニューミュージックシンガー、シンガーソングライター
所属グループ:元オフコース
事務所:株式会社ファー・イースト・クラブ
家族:妻

小田和正の経歴

小田和正は薬局を経営している実家の次男として誕生しました。小田和正は聖光学院時代に同級生とオフコースを組んで学園祭で演奏しています。当時も今も学園祭でバンドを組むというのは定番だったのでしょう。

小田和正が参加していたオフコースは、メンバーを変えながらも様々なヒット曲を生み出しています。特に「さよなら」や「Yes-No」、「君が、嘘を、ついた」などは大ヒットしました。そして、小田和正は1986年にソロシングルをリリースし、1989にオフコースが解散となっています。

ソロとなった小田和正は1991年に、フジテレビ月9ドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌「ラブ・ストーリーは突然に」が大ヒットしました。その後も、小田和正は様々なヒット曲を生み出して幅広い年齢層から支持される歌手として活動しています。

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小田和正の現在の年齢は?

まず、小田和正の生い立ちや若い頃、そして出身などを確認するまえに現在の年齢をチェックしてみましょう。小田和正は現在もたくさんのコンサートを行っていますが、その活動と合わせて年齢に驚くかもしれません。

2019年の誕生日で年齢72歳の小田和正

小田和正は2019年9月の誕生日で年齢が72歳になります。最近は70代の年齢でもバリバリに働いている人が多くなっていますが、小田和正の年齢に驚く人も多いのではないでしょうか?

現在の年齢に驚くファンも多い

小田和正のファンも現在の年齢に驚く人が多いそうです。小田和正は昔からあまり見た目が変わっていないということもあり、年齢の変化を感じないというのが理由なのでしょう。

実年齢に「嘘だろ?」の声も

テレビなどに小田和正が出演すると、その実年齢が紹介されることがあります。そのときに改めて小田和正の年齢が70代ということに驚く人が多いようです。小田和正のように70代で活動している歌手には、沢田研二や財津和夫など様々な人がいますが、どの歌手もパワフルな印象を受けるのではないでしょうか?

現在もファンを大切にする小田和正

小田和正の歌手としての経歴は充実しています。しかし、オフコース時代の小田和正は孤高のアーティストとして、少しファンとは距離を置いていたそうです。しかし、1998年に自動車事故で重症を負ったときに、たくさんのファンに励まされたことで考え方を変えました。

そこから小田和正は、もっとファンに喜んでもらいたいという風に考えるようになっています。そのため、小田和正はとてもファンを大切にしており、少しでも自分とファンが近くに感じられるような活動を心がけるようになりました。

年齢を感じさせない歌声で現在も音楽活動

小田和正は年齢が70代になっていますが、その歌声は今も変わりません。まだ、歌手としての活動も70代とは思えないほど活発で、コンサートも度々行われています。

年齢70代でも原キーで歌い続ける理由とは

歌手として活動を続ける中で、小田和正がこだわっているポリシーがあるそうです。それは絶対に原曲キーで歌うようにしていることです。多くのミュージシャンが若い頃に作った曲の原曲キーで歌うのがしんどいと感じることがあります。

そのため、コンサートなどで原曲キーで声が出ないこを避けるためにキーを下げて歌うことがあります。しかし、小田和正はファンはオリジナルに近い形で曲を聞きたいはずと考えており、原曲キーで歌い続けているそうです。

また、小田和正は原曲キーで歌えなくなったら引退することを考えているらしいです。歌手として活動していく中で、ファンを大切にすることと、自分のプロとしてのポリシーを守りたいという考えがあるのでしょう。

年齢最年長のアリーナツアーも話題に

小田和正は毎年のように全国アリーナツアーを行っています。そして、小田和正のアリーナツアーは毎年最年長記録を更新していることも驚きです。2017年には古希を迎えてのアリーナツアーを行っており、自分で自分の最年長記録を更新し続けているわけです。

現在も破天荒エピソード炸裂?

アーティストは個性的な人が多いですが、小田和正にも破天荒なエピソードがたくさんあります。小田和正は現在も破天荒なエピソードが多く、ファンもどこか期待している部分があるのではないでしょうか?

小田和正の過去の破天荒なエピソードとして、番組中につまらないからと本を読みだしたというものがあります。また、女子アナウンサーの仕事ぶりが気になったのか、キツいダメ出しをして泣かせたり、レコード会社の偉い人が来ても新曲を歌わなかったこともありました。

また、松山千春がコーラスを手伝おうとしたのに邪魔者扱いしたり、タモリさんを無視することもありました。小田和正は口調が少し厳しいこともあり、かなり攻撃的に見えることが多いのでしょう。ある意味では、正直者でおべんちゃらが出来ない人と言えるかもしれません。

小田和正の生い立ち

破天荒な部分もある小田和正ですが、その生い立ちや経歴を改めて確認していきましょう。小田和正の出身地や出身校も紹介します。また小田和正が参加していたオフコースに関する情報も調査しました。

小田和正は神奈川県横浜市金沢区出身

小田和正の出身地は神奈川県横浜市金沢区です。幼少期は横須賀中央にあるバイオリン教室に通うなど、音楽に触れながら育ったのでしょう。そして、そういった環境が小田和正の音楽の才能を育んだのかもしれません。

生い立ち①出身校はどこ?

横浜で育った小田和正ですが、出身校はどこなのでしょうか?小田和正の生い立ちの中で出身校は意外と感じる部分があるかもしれません。小田和正の出身校について確認してみましょう。

出身中学高校は聖光学院中学校・高等学校

小田和正は神奈川県横浜市にある関東学院六浦小学校、横浜市立八景小学校を経て、聖光学院中学校・高等学校に進学しています。この学校は中高一貫校なので内部進学をしたということでしょう。

出身大学は東北大学

そして、小田和正は東北大学に合格しています。小田和正は大学では建築学を専攻していたそうです。これは、聖光学院時代に授業で建築模型を製作したことがきっかけで、建築に興味を持ったことが理由だったと言われています。

出身大学院は早稲田大学大学院

小田和正は1971年に早稲田大学大学院に進学しました。小田和正は建築の研究をしたいという気持ちとともに、音楽活動も続けたいという考えだったようです。そして、1976年に早稲田大学大学院を修了したことで、音楽一本で生活していくことを決意しています。

生い立ち②横浜市の商店街にある小田薬局の実家に誕生

小田和正の実家は横浜市の金沢文庫すずらん通りという商店街にある、小田薬局というお店でした。小田和正の実家は薬局だったようですが、そのことに興味があったのかは不明です。

現在は兄が小田薬局の店長

小田和正が音楽の道に進んだということもあり、小田薬局は兄が薬剤師となってそのまま引き継ぎました。そのため、現在も兄が小田薬局の店長としてお店に立っているそうです。また、兄は日本チェーンドラッグストア協会や横浜市金沢区薬剤師会などの要職も歴任しています。

生い立ち③幼少期にはバイオリンを習得

音楽は幼少期に触れておくことが大事と言われます。小田和正の場合は、幼少期にバイオリン教室に通っていたそうです。そのため、小田和正はバイオリンを弾くことができるのでしょう。

生い立ち④小学生時代に鈴木康博と運命の出会い

小田和正は小学校のときに、オフコースのメンバーとして活動することになる鈴木康博に出会っていました。小田和正と鈴木康博は同じ第一志望である栄光学園中学を目指していたそうですが、二人共も受験に失敗して聖光学院で同級生になっています。

鈴木康博とは

鈴木康博は1948年2月18日生まれの71歳です。オフコースの元メンバーであり、ボーカルやギターを担当していました。オフコースを離れたあとはソロ歌手として活動しており、20枚以上のアルバムをリリースしています。

小田和正の若い頃などの経歴【年表】

小田和正の実家や出身校を紹介しましたが、歌手としての経歴を確認しましょう。小田和正のオフコース時代やソロになってからの輝かしい経歴は注目です。

若い頃からの経歴①1969年「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」出場

小田和正は1969年にアマチュア音楽から区切りをつけるかどうかを決めるために「ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト」に出場しました。

この大会での結果は、全国大会にまで進出したものの惜しくも2位となりました。小田和正はこのことで音楽を諦めるという気持ちがあったものの、同時に2位になったままでは終われないと考えたそうです。

若い頃からの経歴②70&80年代のオフコースの活躍

オフコースは1970年に「群衆の中で」でレコードデビューしています。当初のオフコースはアコースティックギターを中心としたフォークソング系でした。残念ながら、初期のオフコースはなかなかヒット曲に恵まれていません。

そういった中で、オフコースは1976年にギターの松尾一彦、ベースの清水仁、ドラムの大間ジローが加わりました。このことで、オフコースはキーボードやシンセサイザーを取り入れた音楽に変化しています。そして、結成10年目に「さよなら」が大ヒットしました。

この曲が大ヒットしたことで、オフコースは人気バンドの仲間入りを果たしています。また、オフコースは音楽番組にほとんど出演しないというスタンスを貫きました。

若い頃からの経歴③1986年ソロ活動開始

オフコースは1982年に鈴木康博が脱退したものの、4人で活動を続けました。オフコースの4人体制を5年ほど続けて、結成19年目の1989年にバンドは解散しています。小田和正は1986年ごろからソロ活動をしていましたが、これをきっかけに本格的なソロ活動を開始しました。

若い頃からの経歴④1998年に自損事故で重傷

小田和正は「ラブ・ストーリーは突然に」などがヒットしていた中で、1998年に自損事故で重傷を負いました。このとき雨が降って路面が滑りやすい状況で、車は100キロほどの速度で走行していたのが原因だったのでしょう。

一命を取りとめた小田和正は、歌手としての活動を再開しています。このときに多くのファンに励まされたことが、自分の歌手活動のスタイルを変えるきっかけにもなったそうです。

若い頃からの経歴⑤2005年にアルバムとシングル共にオリコンチャート1位獲得

小田和正は2005年にアルバム「そうかな」、2007年にシングル「こころ」でオリコンチャート週間1位を獲得しています。小田和正はオフコースやソロになった当初はもちろんですが、ベテランになってからも新曲をヒットさせたわけです。

小田和正は現在年齢70代で音楽経歴も更新し続ける音楽家

小田和正の生い立ちから現在までの経歴について紹介しました。特に小田和正は現在70代になっていますが、アリーナツアーの最年長記録を自身で更新し続けています。小田和正の変わらない歌声に耳を傾けながら、これからの活動を応援しましょう。

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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