大杉漣の死因は心不全?病気の予兆は?本人は死を予言していた!
バイプレーヤーとして人気だった大杉漣は急性心不全により亡くなりました。病院に運ばれてわずか数時間の出来事、さらに年齢の若さもあり大きな話題となりました。大杉漣の死因は本当に心不全だったのでしょうか?大杉漣の死因、さらにネットの予言についてご紹介します。

大杉漣のプロフィール
— まいまい@起業 (@maymayentre) September 9, 2018
・愛称:漣さん
・本名:大杉孝
・生年月日:1951年9月27日
・年齢:66歳(2018年2月21日 逝去)
・出身地:徳島県小松原市
・血液型:B型
・身長:178センチ
・体重:非公表
・活動内容:俳優
・所属グループ:なし
・事務所:ザッコ
・家族構成:長男・大杉隼平(写真家)、妻、長女
大杉漣の経歴
大杉漣は1973年に太田省吾の劇団の研修生に採用され、その劇団の舞台ににて初めてデビューを果たしました。1980年代にはピンク映画にて俳優デビューをしたものの、なかなか目が出ずその後も日活ロマンポルノなどにも多く出演していました。
1993年に北野武が監督を務めた映画「ソナチネ」のオーディションに合格し、出演を決めたことから一気に注目度を上げました。
嵐と大杉漣さんって言ったらやっぱりこの末ズだよね( ; ; ) pic.twitter.com/uPtu3eRAbM
— マクタ (@ariake61723) February 21, 2018
その後は映画、テレビドラマ、舞台などで数々の脇役ををこなし、300の顔を持つ男とも呼ばれバイプレーヤーとして人気を集めました。2018年2月に死因、急性心不全によりこの世を去っています。
大杉漣の死因は心不全?
享年66歳、大杉漣の突然の訃報に当時は世間で大きな話題となりました。ニュースなどで死因は急性心不全と報道されましたが、亡くなるまでの病状の悪化が余りにも突然であり、本当に大杉漣は急性心不全により亡くなったのか疑問視する声もあります。
そこでまずは、大杉蓮が急性心不全により突然命を落とすことになった経緯について、より詳しくご紹介します。
2018年2月21日に病院で突然の他界
だいすきな大杉漣さんがもうこの世にいないのだ、というのが信じられない。沢山たくさんの作品の中で、漣さんは生きていて、眼鏡の奥から照れたように笑って下さるのだ。だからアタシは漣さんの残した作品を見続ける。たぶん終わらないと思う。 #バイプレイヤーズ
— じん (@carenmack) February 24, 2018
大杉蓮の突然の訃報が飛び込んできたのは2018年2月21日のことでした。当時大杉漣は「バイプレーヤー」というテレビドラマの撮影の最中であり、亡くなった当日もホテルで休んでいた時でした。
大杉漣は突然腹痛を訴え、病院に運び込まれそのまま命を落としました。当時のドラマの共演者たちからも大杉蓮の死を悲しむコメントが発表されました。
大杉漣の死因は「急性心不全」
大杉漣の死因は大杉蓮が所属していた事務所を通じて発表されました。発表された内容は「弊社所属の大杉蓮が、2018年2月21日午前3時53分に急性心不全で逝去いたしました」というものであり、これにより大杉漣の死因は急性心不全であったことが分かりました。
死因の急性心不全とは
大杉漣さん本当なんだ。
— げんき(めっちゃ強い) (@R0CK_gen_) February 21, 2018
急性心不全とか怖。
僕でも知ってて大好きな役者さんが消えるとか本当に辛い。
御冥福をお祈りします。
大杉漣の死因ともなった急性心不全とは一体どのようなものでしょうか?名前の通り急性の心不全ということですが、心不全とは病名ではなく全身に必要な血液を心臓が送り出せないという状態のことを指します。つまり心臓のポンプ機能が低下した状態です。
この状態が突如として起きることを急性心不全と言います。大杉漣の体にも何らかの異変が起き、急に心臓のポンプ機能が低下したものと考えられます。
死因の急性心不全に疑問の声も
しかし大杉漣の死因が急性心不全ということに疑問を覚える人が少なからず存在しています。理由は大杉漣は最初から心臓に不調を訴えたのではなく、腹痛を訴えて病院に運ばれていたからです。病院に運んだ共演者たちからはかなり程度の重い腹痛に見えたようです。
腹痛と急性心不全、一見何の関係も無いように思える2つですが、実はこの時腹痛により大動脈の破裂、腹部付近の内臓破裂などが起きていた可能性が考えられます。
大杉漣さんこの写真見る限りまだまだ生きてそうな錯覚をしちゃうけど心不全って本当怖いね😨😢ご冥福をお祈りします。 pic.twitter.com/1pZ4wDK4Ze
— しゅーた (@syuta_25809) February 21, 2018
大動脈が破裂すると大量の血液が流れ出てしまい、全身に血液を送ることができなくなります。そしてそこから急性心不全を引き起こすこととなるのです。
極度の腹痛を訴えていた大杉漣はもしかするとこの時に大動脈瘤破裂などの他の症状が出ていたのかもしれません。そして大動脈瘤の破裂により結果的に大杉漣は急性心不全で亡くなったとも考えることはできます。
しかし、もし大動脈瘤破裂が死因に繋がる原因であったとすれば、事務所の公式発表の際に大杉漣の死因は大動脈瘤破裂によって引き起こされた急性心不全であると発表するのが一般的ではないかという見解を示す医者も存在しています。
こうした大動脈瘤破裂などの状態が公表されなかったということを考えると、大杉漣が慢性心不全など別の病気を抱えていたのではないかと推測する声もあります。
大杉漣さんのニュース見てて
— やっさん (@yasueda1107) February 21, 2018
腹痛が起きて心不全??って思ったけども、うちのじいちゃんが心不全
起こした時に肩が凝ったり冷や汗が止まらなかったりずっと息苦しかったりそういうのが続いてたらしい
なんか変だなと思ったらすぐ病院へ
このツイートをみた誰かの大切な人が救えますように
結局のところ大杉漣の死因である急性心不全ということに関しては、大杉漣が最初に強い腹痛を訴えたという事実から大動脈瘤破裂、腹部の臓器の破裂などが考えられるため謎が残るところが多く、今でもはっきりとした死因が分かっていないというのが事実です。
急性心不全までの経緯
急性心不全という死因で突然亡くなってしまった大杉漣ですが、亡くなる当日、そして少し前まではどのように過ごしていたのでしょうか?
実は突然死する当日まで大杉漣はテレビドラマの撮影をしており、共演者たちを笑わせるなど撮影現場でも中心的な役割を果たしていたと言います。大杉漣が急性心不全で突然死するまでの経緯について詳しく見ていきます。
腹痛を訴え救急病院から総合病院へ搬送
大杉蓮が腹痛を訴えたのはその日のドラマ撮影が終わり、出演者たちそれぞれがホテルで休んでいた時でした。共演者たちはSNSのLINEを使ってグループを作っていましたが、そのグループLINEに大杉漣が腹痛を訴えたのが始まりでした。
いち早くそのLINEに気づいた同じく俳優の松重豊が「病院に行きますか」と提案し、大杉漣は一緒にタクシーで病院まで移動をしました。
大杉漣さん、ロケ先で食後に急に腹痛を訴えて救急搬送されたけど急性心不全で死去…てことなんだけど、結局死因は何なんだろ? 持病も無かったそうだし、死に至るほどの腹痛って…そういうお年、で片付けるにはあまりにも急だよね。よっぽど悪いもの食べたとか? でもそれなら気づくよね…むー
— おかん (@msf_mika) February 22, 2018
公表されていないため分かりませんが、もしかするとこの腹痛を訴えた時点で大杉漣の体の中で大動脈瘤破裂などの異常が起きていたのかもしれません。
病院で集中治療継続するも病状悪化で他界
大杉漣さん亡くなったって未だに信じられないなぁ pic.twitter.com/D7wv2OkNgM
— くれちん (@moonride_tera) December 16, 2018
大杉漣は腹痛を訴えたものの、まだしっかりと意識があり自分でタクシーに乗って病院に向かうことができるほど余力があったと言われています。
しかし病院に着いてから容態が急変します。集中治療室に移り、治療を続けたものの大杉漣の病状はみるみるうちに悪化していき、最後には帰らぬ人となってしまいました。
大杉漣の病気の予兆を調査
大杉漣さんのドラマ撮影に遭遇したときが一番嬉しかったかな…。本当にすらっとしてて、かっこよくて…。忙しいのにもかかわらず、カメラが止まったらこちらに来て笑顔で手を振ってくれて、かっこいいですって言ったらニヤニヤしてて、すごい素敵だったなぁ…。ぁぁ…もうお姿を拝見することができない
— ころも (@coromomm) February 22, 2018
66歳という若さで突然この世を去ってしまった大杉漣ですが、急性心不全という死因で亡くなる前から病気の予兆はあったのでしょうか?これまでに病気で亡くなった人々を見てみると、例えば少し前から激やせしていたなどの予兆が見られることもあります。
突然死する当日まで、テレビドラマの撮影現場でいつもと変わらない姿を見せていたという大杉漣ですが、本当に病気の予兆は無かったのでしょうか?
大杉漣の病気の予兆は?
大杉漣さんが亡くなられてから今日で1年に。
— TAKA (@R34skyline4drgt) February 21, 2019
突然の事だっただけに、当時訃報が出た際には驚きだった…。 pic.twitter.com/S8ZCuDIKVN
死因急性心不全で亡くなってしまった大杉漣ですが、果たして病気の予兆は無かったのでしょうか?一部大杉漣がカツラであるという噂から、何か病気の治療で髪の毛が抜けたのではないかと言われていましたが、果たして本当でしょうか?
激痩せなどは見られず予兆はなしとの声も
毎年数多くの作品に出演し、バイプレーヤーとしても人気の高かった大杉漣ですが、亡くなる前まで特に激やせしたなどの病気の予兆は見られませんでした。
またカツラであるという噂に関しても役柄で白髪になったため、髪の量が少なく見えたというだけであり嘘であると言われています。亡くなるまで特に病気にかかったという予兆もなく、大杉漣は元気に毎日を過ごしていたと思われます。
死因「急性心不全」の原因は他の病気も関係?
大杉漣のこれまでの経歴を見ても、特に病気によって舞台やドラマなどを降板するなど特に目立った病歴を見つけることはできません。また大杉漣は持病も特に無かったと言われており、突然死の謎はますます深まるばかりです。
しかし一方で大杉漣の長男が取材に答えた際には、何らかの病気があったということは間違いないと思うと語っています。
一部ネットでの噂でありますが、バイプレーヤーとして多忙な日々を過ごしていた大杉漣は健康診断に行く時間が無かったのではないかとも言われています。
もしかすると死因は急性心不全となっていますが、それ以外にも別の病気が大杉蓮の体を蝕んでおりそれが直接的な死因とはならなかったものの、今回の急性心不全を引き起こしたのではないかとも言われています。
大杉漣の死を予言?
— まいまい@起業 (@maymayentre) September 9, 2018
死因も謎が多い大杉漣の突然死ですが、もう1つ当時大きな話題となったものがあります。それは大杉漣の死に関する1件のネット投稿です。
謎の多い大杉漣の突然死をまるで予想するかのようなネットの投稿であり、大きな波紋を呼びました。大杉漣の死を予想したと話題となったネット投稿はどのようなものだったのでしょうか?
生前にはネット上で死の予言の噂も
大杉漣の死に関した投稿が出されたのは2018年2月14日、ヤフージャパンが運営する知恵袋という掲示板でした。一言だけ「大杉漣の死亡日は」と書かれており、1週間という期間を区切って投稿が挙げられていました。一見悪質ないたずらにも思えます。
しかしよく考えれば、この投稿が締め切られる日付は2月21日であり、大杉漣が無くなった日と一致します。こうしたことから波紋を呼ぶこととなりました。
死の予言投稿の知恵袋アカウントの謎
— まいまい@起業 (@maymayentre) September 9, 2018
hama0600というIDで投稿されたこの書き込みですが、そのほかにも投稿が疑問形ではない、そしてこのIDがこれ以外に一切投稿をしていない、投稿されたカテゴリーが事件、事故になっているなどのことから、大杉漣の死を予言したものではないかと言われ始めました。
投稿はその後大杉漣が無くなった日に削除されており、現在では見ることができません。しかし見た多くの人からはまるで予言のようで怖かったという声が挙がっています。
死の予言はただの偶然?
しかしこれ以降、このIDでは特に知恵袋に投稿はなされておらず、ネットでは予言ではなくただ単に偶然で大杉漣のことを書き込んだだけではないかとも言われています。
しかし大杉漣の突然死に関しては死因もいまだ謎が残る部分が多く、こうした投稿も単なる偶然とは考えにくいという声も少なからず存在しています。
大杉漣の嫁や子供も調査
急性心不全という死因で、66歳という若さで惜しまれながらもこの世を去ってしまった大杉漣ですが、嫁や子どもは存在しているのでしょうか?結婚相手や子どもは同じく大杉漣と同じ芸能人でしょうか?
これまでに報道されているものを元に、大杉漣の結婚相手、さらには2人の間に生まれた子どもについてもまとめてご紹介します。
1982年に元劇団研究生の嫁「弘美」と結婚
大杉漣は1982年に自身が下積み時代に所属していた劇団で同じく研修生であった「弘美」という女性と結婚しています。大杉漣はザッコという芸能事務所に所属していましたが、現在ではその事務所の社長を奥さんが務めているようです。
大杉漣が亡くなった後、奥さんも「”そちらでも元気にやっていて。またね!”と送りたい思っています」と悲しさを堪えたようなコメントを出しています。
嫁との結婚の馴れ初め
大杉漣、奥さん双方共に役者として下積み時代の頃に出会い、その後8年に渡って同棲を続けていました。同棲生活の中で8年目に奥さんの妊娠が分かったため、結婚したと言われています。
仲睦まじく支えあってきたのかと思いきや、大杉漣は稼いだお金をパチンコによくつぎ込んでおり、奥さんい迷惑をかけたこともあったそうです。
大杉漣さんが、奥さんの事、家人というのが好き。
— 赤青黄色 (@evamigjFs9dtubb) March 2, 2018
奥ではなく。家の人。#アナザースカイ
スーツの新調にでも使ってと言われて奥さんからもらった5万円もパチンコへ、そして時には奥さんの貯金にも手を出してパチンコにと大杉漣はかなりのギャンブラーであったようです。
このような自分をどうして今まで支えてくれたのか今でも奥さんには理由を聞けないとも大杉漣はインタビューで語っています。
子供は長男と長女の2人
大杉漣と奥さんの間には子どもが2人存在しています。長男は1982年生まれということが分かっていますが、長女の方は一般人ということもあり、詳しいプロフィールは公表されていません。
子供達の職業は?
父。大杉漣が他界しました。あまりに突然の事でまだ信じられません。最後に立ち会うこともできず、ありがとうございます。を伝えることもできませんでした。病院に連れていって下さった松重さん。遠藤さん、田口さん、光石さん、本当に親父は皆さんの事が大好きでした。ありがとうございます。
— 大杉隼平photographer (@shumpeiohsugi) February 22, 2018
長男である大杉隼平は現在プロの写真家です。2004年にはロンドンで写真やアートを学んでおり、帰国後の2008年からは父親の大杉漣と同じ事務所に所属しプロカメラマンとして活動を続けています。結婚をしているようですが、相手などの情報は非公表です。
長女はそらという名前であり、2016年には都内のイタリアンレストランでパティシエとして修業中であると情報が出されています。現在の詳しい情報は不明です。
大杉漣の遺影は長男が撮影
急性心不全という死因で亡くなった大杉漣のお別れ会は、4月14日に青山斎場で営まれました。お別れ会で遺影として使われた大杉漣がうっすらと笑顔を浮かべている写真は、約2年ほど前に長男の大杉隼平が撮影したものと言われています。
お別れ会には、亡くなった当時撮影していたドラマで共演していた田口トモロヲなど合わせて5人、北野武、草彅剛なども弔辞を読み、大杉漣との別れを惜しみました。
大杉漣の死因は急性心不全で予兆は無いも予言に謎の声
大杉漣の詳しい死因、そしてネットでの予言についてご紹介しました。予兆が無かったにも関わらず突然死してしまったこと、ネットで予言とも取れるような投稿があったことなど、いまだ大杉漣の死因に関しては謎が残るところが多くあります。
しかし動脈瘤破裂などを考えると腹痛も納得できる部分があります。300の顔を持つ男として親しまれた大杉漣の姿ももう見ることができません。ご冥福をお祈りしましょう。
