【大口病院事件】久保木愛弓の生い立ちから逮捕まで!殺人看護婦の動機とは

戦後最大の殺人犯が誕生したとも言われる大口病院事件ですが、犯人の久保木愛弓の生い立ちなどは判明しているのでしょうか?殺人看護師・久保木愛弓が大量殺人に至った動機は何だったのでしょう?大口病院事件の現在の捜査状況や久保木愛弓のその後についてもまとめました。

【大口病院事件】久保木愛弓の生い立ちから逮捕まで!殺人看護婦の動機とはのイメージ

目次

  1. 1大口病院事件とは
  2. 2久保木愛弓の経歴や生い立ち
  3. 3大口病院事件発生から久保木愛弓逮捕まで
  4. 4殺人看護師・久保木愛弓の事件の動機とは
  5. 5大口病院事件のその後や現在について
  6. 6久保木愛弓が起こした大口病院事件の動機は復讐などが関係

大口病院事件とは

2018年7月に、元看護師の久保木愛弓が逮捕されました。容疑は殺人事件でした。久保木愛弓が関わったとされる殺人は、最大で48名にものぼると言われています。

戦後最大の殺人犯の逮捕とも言われた大口病院事件ですが、今もなおその捜査は続いています。久保木愛弓はいったいなぜこのような大量殺人を行ったのでしょうか?大口病院事件について改めて詳しく検証して見ましょう。

久保木愛弓が起こした大口病院点滴殺人

久保木愛弓が事件を起こした大口病院は、神奈川県横浜市神奈川区にある病院です。この大口病院には多くの介護が必要な高齢者が入院していたとされ、自宅ではケアできない高齢者を預ける家族も多かったと言われています。

また、終末期医療や死期の迫った患者を受け入れており、入院先の見つからない家族にとっては、ある意味でありがたいともいえる病院ではあったようです。

久保木愛弓はこうした死期が間近の入院患者達の点滴に消毒液を混入させ、次々と殺害していったという容疑がかけられています。

患者は寝たきりの人や意識もはっきりとしない人が多く、自分の意思で点滴を外したりすることも難しい状態で、なすすべもなく死んでいった可能性が高そうです。久保木愛弓はこうした無力な患者たちを、なぜ殺してしまったのでしょうか?

戦後最大の殺人犯と言われる久保木愛弓

この事件が発覚したのは、久保木愛弓が逮捕される2年前の2016年9月のことでした。48名もの人が短期間のうちに亡くなられているということが報道され、ニュースを聴いた人たちは戦慄を覚えたことでしょう。

当初からこの大口病院事件は、病院内部の者による犯行とみられてきました。しかし、実際に久保木愛弓が逮捕されるまでには、その後2年の歳月がかかってしまったのです。

久保木愛弓の経歴や生い立ち

大口病院で点滴による大量殺人を行った久保木愛弓ですが、その生い立ちはどのようなものだったのでしょうか?このような殺人を行うぐらいですから、生い立ちも複雑だった可能性はありそうです。

生い立ちが複雑だからといって罪が許されるものではありませんが、その動機に迫ることは可能かもしれません。久保木愛弓の生い立ちについて調査しました。

久保木愛弓の経歴

まず、久保木愛弓の経歴から見ていきましょう。久保木愛弓は年齢は31歳で、横浜市鶴見区に住んでいたようです。久保木愛弓が住んでいたのは、戸建てではなくアパートの2階だったようですので、一人暮らしをしていたのかもしれません。

久保木愛弓は高校は福祉に関わる教育がある学校だったようで、高齢者とのふれあいなども高校時代にはあったようです。

久保木愛弓は4人家族の長女

久保木愛弓の生い立ちをさらに調べてみると、家族は4人家族だったことが判明しました。幼少期の久保木愛弓は引っ込み思案な性格だったようで、近所の子供たちが遊んでいるのを少し離れたところから見ているような姿が目撃されているようです。

久保木愛弓の家族構成ですが、両親と弟一人だったようで、小学生時代に父親の仕事の都合で引っ越しも経験しているようです。

学生時代は大人しい性格

久保木愛弓の生い立ちについては不明なことも多いようですが、高校時代はおとなしい性格だったという情報があるようです。

久保木愛弓は幼少期も引っ込み思案だという情報がありましたが、高校になっても、それはあまり変わらなかったようです。久保木愛弓の性格がおとなしいのは、もって生まれたものなのか、それとも生い立ちが関わっているのかについてはよく分かりませんでした。

高校卒業後に看護学校進学

高校を卒業した久保木愛弓は、看護学校へ進学したようです。この癌後学校がどこの学校なのかというのは今のところ判明していないようです。

神奈川県内で看護師になるための学科を設けている大学は多くありますが、久保木愛弓の場合は看護学校だったようです。神奈川県内には看護学校も複数ありますので、久保木愛弓の通っていた看護学校を特定することは難しそうです。

大口病院に転職は事件発生1年前

久保木愛弓は看護学校を卒業してすぐに大口病院に勤めたわけではないようです。2016年に事件が発生しますが、その1年前の2015年に転職してきたようです。

大口病院は看護師の入れ替わりも激しかったという噂もありますので、久保木愛弓もさほど苦労することなく転職したのではないかと考えられます。久保木愛弓が大口病院の前にどの病院の看護師だったのかということについては判明しませんでした。

大口病院事件発生から久保木愛弓逮捕まで

大口病院事件発生から久保木愛弓の逮捕までに少し時間がかかっています。事件発生当時は、病院勤務の他の看護師や医師、その他の職員にまで疑惑の目が向けられました。大口病院事件発生から久保木愛弓逮捕までの経緯について改めて詳しく見ていきましょう。

2016年9月18日が大口病院事件の始まり

そもそもの大口病院事件の始まりですが、2016年9月18日だと言われています。この日に最初に判明した被害者が死亡しています。

この時にその死が不審だと疑われたのは、看護師がたまたま点滴袋を落とした際に泡が立っていたのを発見したからなのだそうです。この点滴袋からは本来混入されているはずのないヂアミトール(消毒液)が検出されました。

大口病院で点滴を受けた男性が中毒死

志望した男性の遺体からは、点滴に混入されていたものと同じ消毒液の成分が発見されました。さらに病院側が死亡患者についても調べてみると、2日前に死亡した患者の体内からも、消毒液の成分が発見されたそうです。

この時に警察は当時担当していた看護師全員の看護服を調べ、久保木愛弓の看護服のポケット付近に消毒液の成分が付着していることを確認しました。しかし、犯人と断定するところまではいかず、捜査は難航します。

大口病院事件発生後に久保木愛弓が退職

久保木愛弓は大口病院事件発生後に病院を退職します。このことにより、いっそう久保木愛弓の関与が疑わしくなりますが、大口病院事件の犯人と断定して逮捕するには至りませんでした。

久保木愛弓は大口病院を退職後、別の病院に看護師として転職したとされていますが、その病院もほどなく辞めてしまい、逮捕されるまでの間、無職の期間が長かったようです。

退職まで大口病院で不審な事件が発生

大口病院事件は2016年9月に発覚した2件の死亡事件だけでは済みませんでした。久保木愛弓が退職する3ヶ月ほど前から、看護師たちも異常を感じるほどに、病院で死亡する人が増えていたといいます。

最初のうちは1日に1人亡くなるということが続いていたのが、そのうちに3人、5人と増えていき、もっとも多い日には8人亡くなったこともあったそうです。この大口病院の病床数は40ですので、かなり異常な数だといえるでしょう。

病院に勤める看護師たちも、不審は感じていたそうです。ただ、この大口病院にはかねてより問題が多く、看護師たちは日々の業務をこなすことで精一杯という現実もあったそうです。

看護師同士のいじめのようなものもあったとされ、患者を前にして看護師が揉めたり、患者を怒鳴りつける看護師がいたという情報もあるようです。

警察の捜査開始で久保木愛弓の関与が浮上

警察は捜査開始当初から久保木愛弓の関与を疑っていたと言われています。看護服から消毒液の成分が発見されたことや、患者が死亡したときのシフトに入っていたこと、防犯カメラの映像での不審な動きなども確認されていたようです。

ただ、やはり決定的な証拠に欠けるということ、さらにこの大口病院事件は48名という大量殺人の可能性もあることから、久保木愛弓への捜査は慎重に行われていたようでした。

報道陣の質問に無実を主張する姿も

大口病院事件発覚後に病院を退職した久保木愛弓ですが、その後もテレビなどの取材には普通に受け答えをしていたようです。その際には、自分は無実であることを冷静に訴えていたとも言われています。

テレビの取材に対して久保木愛弓は、家族のことを考えると「絶対に許せない」などとも語っていたそうです。

殺害の手口が明らかになり久保木愛弓逮捕

捜査が難航し、大口病院事件発覚から2年という歳月を要しましたが、警察は状況証拠を積み上げ、犯人が久保木愛弓であることを断定しました。そして、2018年の6月末に久保木愛弓は大口病院事件の容疑者として逮捕されました。

逮捕された久保木愛弓は、「20人ぐらいはやった」とその罪を認めているそうです。ただ、実際の不審死は48名とも言われていますので、大口病院事件の本当の真相解明まではまだ時間がかかりそうです。

殺人看護師・久保木愛弓の事件の動機とは

久保木愛弓が大口病院事件を起こした動機は何だったのでしょうか?大口病院事件のすべての死が殺人と立証されれば、久保木愛弓は48人もの人の命を奪ったことになります。そこには何か強い動機があると考えられるでしょう。

大口病院事件の容疑者として逮捕された久保木愛弓が事件を起こした動機について調べてみました。

大口病院事件の動機は看護師仲間への復讐

大口病院事件の久保木愛弓の動機ですが、看護師仲間への復習だったのではないかと言われています。大口病院事件が起こる前から、病院では看護師同士のいじめやもめ事が絶えなかったという証言が多数あり、さまざまな事件も起こっていたようです。

たとえば、看護師のエプロンが切り裂かれたり、飲み物に異物が混入されるなど、一歩間違えば命に関わりそうなこともあったようです。その犯人については、現在も不明のままだそうです。

久保木愛弓もこうした看護師の陰湿ないじめに対して思うことがあったようで、取材に対しても、同僚看護師たちへの非難とも取れるコメントをしていたそうです。

久保木愛弓自身は、自分の勤務時間に患者に死なれると面倒だからと、大口病院事件の動機を語っていますが、それだけではないと見られています。

代理ミュンヒハウゼン症候群の疑惑も浮上

久保木愛弓の異常とも思える大量殺人が発覚した大口病院事件ですが、久保木愛弓には代理ミュンヒハウゼン症候群の疑惑も浮上しているようです。

この代理ミュンヒハウゼン症候群の疑惑というのは、傷害の対象が自分自身ではなく何か代理のものに置き換えられてしまうという精神疾患で、本来であれば看護師に向くはずの殺意が、代理として無抵抗な患者に向いてしまった可能性を指摘する専門家もいるようです。

家族との不仲説も関係か

久保木愛弓が大口病院事件を起こした動機について調べてみると、やはりその生い立ちにも問題があったのではないかという見方もあるようです。

久保木愛弓の生い立ちについての詳細は不明ですが、家族とはあまり仲が良くなかったという情報もあります。48人もの命を奪った大口病院事件の動機については、さまざまな理由が絡み合っていると考えられます。

サイコパスと言われる職務怠慢の動機とは

大口病院事件発覚後、久保木愛弓はサイコパスではないかという噂がネット上で広がりました。それは逮捕された久保木愛弓が警察に語った大口病院事件の動機です。

本人が自覚しているだけで「20人以上」の人の命を奪ったにも関わらず、動機について久保木愛弓は「自分の勤務中に患者が死ぬと面倒だと思ったから」と語っています。その動機はまさにサイコパスでしかあり得ないとネットなどではコメントが相次ぎました。

大口病院事件のその後や現在について

大口病院事件のその後や現在はどうなっているのでしょうか?事件が起きた病院は現在も運営されているのでしょうか?大口病院事件のその後や現在について調べてみました。

大口病院事件後に病院改名へ

大口病院事件のその後の病院ですが、現在は名前が改名されているそうです。現在の名前は「横浜はじめ病院」という名前になっています。

病院は大口病院事件のその後も運営されているようで、診療科目などに特に変更はないようです。ただ、大口病院事件のその後に看護師が一斉解雇されているそうですので、再就職していない限り、現在は当時を知る看護師はいないものと考えられます。

逮捕後の現在も捜査は続く

また、久保木愛弓が逮捕されたその後の事件の捜査ですが、現在もまだ続いているそうです。一人を殺害した事件でも立件には時間がかかりますが、久保木愛弓の起こした事件は亡くなられた人の数も桁が違います。

そのうえに、病院の当時を知る看護師もおらず、点滴などの管理がずさんだったというようなこともあり、久保木愛弓が逮捕されたとはいえ、全ての事件を解決するにはまだ時間がかかりそうです。

久保木愛弓は患者8人への罪で一括起訴

逮捕された久保木愛弓ですが、その後、患者8人の殺害容疑で一斉起訴されたようです。残る40人への殺害についても、現在捜査や久保木愛弓に対する取り調べが行われているものと考えられます。

久保木愛弓ですが、現在は刑事能力の有無を調べるために鑑定留置をされているのだとか。もしも久保木愛弓に刑事責任がないというような判断が下されれば、遺族は怒りのやり場がなくなってしまうかもしれません。

久保木愛弓が起こした大口病院事件の動機は復讐などが関係

久保木愛弓が起こした大口事件について紹介してきました。久保木愛弓はこの事件で48人の患者の死に関わっているとされ、戦後最大の殺人犯とも言われています。その動機は今のところ同僚看護師への復習が関係しているとも言われています。

久保木愛弓が逮捕されたその後も、現在に至るまで捜査は続けられていますが、事件の全容解明までには時間がかかりそうです。今後の捜査の進展や久保木愛弓の供述などにも注目していきましょう。

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