持田香織の歌い方が変わった?声が出ない?理由は?

持田香織の歌い方が変わった説について紹介します。ELTのメンバーとして活動している持田香織の最近の歌い方の変化を解説。持田香織の歌い方が変わった理由について調査しています。その理由といわれている「声が出ない説」に注目しましょう。

持田香織の歌い方が変わった?声が出ない?理由は?のイメージ

目次

  1. 1持田香織のプロフィール
  2. 2持田香織の歌い方が変わった?
  3. 3持田香織は声が出ない?
  4. 4持田香織の歌い方の変化や声が出ない説の理由とは
  5. 5持田香織以外の歌い方や声が話題の歌手
  6. 6持田香織の歌い方は変わったが情熱は変わらない

持田香織のプロフィール

・愛称:もっちー、もっち、かおりん、だもきち
・本名:持田香織
・生年月日:1978年3月24日
・年齢:43歳(2021年4月現在)
・出身地:東京都江東区亀戸
・血液型:A型
・身長:160cm
・体重:???
・活動内容:シンガーソングライター
・所属グループ:Every Little Thing、元黒BUTAオールスターズ
・事務所:エイベックス・エンタテインメント
・家族構成:夫

持田香織の経歴

持田香織はシンガーソングライターとして活動しており、音楽ユニットEvery Little Thing(ELT)のボーカルを担当しています。ELTにおいては、作詞を担当することが多く、近年は作曲にも挑戦しています。

もともとは子役としてCMや雑誌で活動していました。その後、アイドルグループの黒BUTAオールスターズの2期生としても活動を行っていました。そして、1993年に同グループの「あなたにお願い申し上げます。」でCDデビューしたのです。

その後、1992年に第6回全日本国民的美少女コンテストに出場していますが、予選で敗退したのだとか。こういった活動を続けながら、1995年にエイベックスのディレクター五十嵐充と出会うことになります。

当時、音楽プロデューサーを目指していた五十嵐充は、持田香織とともに楽曲作りを開始しています。ソロデビューや五十嵐充の2人とデビューする計画があった中で、ギターサウンドの必要性から伊藤一朗が参加することになったのです。

そして、3人は1996年にELTとして「Feel My Heart」でCDデビュー。その後も「For the moment」、「出逢った頃のように」、「Shapes Of Love/Never Stop!」など、さまざまなヒット曲をリリースしました。

2000年3月に、五十嵐充はプロデュース活動に専念するためにELTを脱退しました。結果的に五十嵐充はELTへの楽曲から離れ、一部の楽曲を除いて持田香織と伊藤一朗の2人体制で活動が行われています。

持田香織のソロ活動への思いとは

2019年にソロ活動10周年を迎えた持田香織。ソロ10周年であることは忘れていたそうで、たまたまライブを行ったときに、ファンから指摘されて気づいたとのこと。ELTの活動が落ち着いている時期に現在もソロ活動を行っており、「普段とは違う自分を見せたい」という思いがあるそうです。

ソロ活動に関して、持田香織は「日々の生活の中の一部」、「歌唱するにしても、無理をせず心地良いものを追求できる」とコメントしています。2016年にELTが20周年を迎え、毎年全国ツアーを行ったり、アルバムを制作するという流れから、「少しペースを落とすことを考えた」とコメントしています。

そういったこともあり、持田香織は無理をしない活動を考え、ELTとソロの両方のバランスよくやりながら音楽活動を続けるという考えを明かしていました。

持田香織の歌い方が変わった?

1996年にELTとしてデビューした持田香織。以前も黒BUTAオールスターズとして、CDをリリースしていましたが、本格的な音楽活動はELTになってからでした。様々なヒット曲をリリースした持田香織ですが、最近歌い方が変わった、という噂があります。

持田香織の歌い方が変わったと話題に

透明感のある、透き通った歌声が印象的な持田香織ですが、本当に歌い方が変わったのでしょうか?特に昔からのファンは、持田香織の歌い方が変わったと感じていました。

持田香織の歌い方はどう変わった?

歌い方が変わったといわれている理由を調査しました。どうやら2000年代に入ってから、持田香織はライブで曲のキーを下げているようです。

ミュージシャンはCDを収録するときのキーを、ライブなどで下げて歌うことがあります。年齢を重ねる上で、原曲のキーで歌うことが厳しくなることが1番の原因のようです。

歌い方が変わった時期は2005年頃?

このように持田香織もライブでキーを下げて歌っていたようですが、それだけでなく歌い方にも変化が。無理やり高い音を出すためにしゃがれた声が出たり、かすれた声が出たりするようになったのだとか。特に2004年から2005年にかけて行われたライブで、大きく変化したと感じているファンがいました。

持田香織の歌い方に対する世間の反応

SNSにおいて、持田香織の歌い方が変わった、と感じている人は多くいました。また、その中には「昔の歌い方のほうが好きだった」という意見も。別の意見では、「持田香織は喉の調子が悪いのかもしれない。声が出にくくなった中で、生まれた曲もあると思う」という見方もありました。

持田香織は声が出ない?

では、改めて持田香織の声に注目していきましょう。彼女の声が出ていないという噂は本当なのでしょうか?

デビュー当時に比べて声が出ない説も浮上

デビュー当時の持田香織は、透き通った歌声が印象的と感じていた人が多くいました。その頃と比べると、現在は歌い方が変わって、声が出ていないと思われているようです。

持田香織の歌声を現在と過去で比較

ELTは公式チャンネルを開設しており、そこでデビュー当時から現在の曲までを楽しむことが出来ます。その動画で過去と現在の歌声を、確認してみましょう。

「Feel My Heart」は、ELTのデビュー曲として1996年にリリースされました。歌のキーが高く、ノリノリなサウンドが印象的といえそうです。現在の持田香織しか知らない人は、歌い方が大きく異ると感じるかもしれません。

持田香織の現在の歌声

ELTは2016年に「まいにち。」という曲をリリースしています。その後、シングルは2021年4月現在リリースされておらず、2018年に配信限定の「浴びて!光」が最後となっています。

デビュー曲と比較すると楽曲のジャンルも異なりますが、キーは抑え目になっています。サビの部分でキーを少しあげるところもありますが、あまり高い音は出ていないと感じるかもしれません。

持田香織の全盛期の歌声

ELTの全盛期は2000年頃、といわれています。その中で2001年にリリースされた「fragile/JIRENMA」は、オリコン1曲で2人体制になってからの最大セールスとなったのです。

代表曲ともいえるfragileはライブでも歌唱されることが多く、様々な賞も獲得しました。全盛期の歌声ということもあり、声が出ていると感じる人も多くいます。

同じfragileの2007年のライブ版の映像です。コメント欄では「声が出なくてつらそう」というものが、多数確認できます。キーは原曲のままとなっており、それに合わせて歌おうとしているので、無理しているように見えてしまっているのでしょう。

声が出ないのは病気?

こういった一連の出来事ですが、どうやら持田香織は病気を患っているというのが大きな理由だったようです。声に関する病気で、昔のような歌い方ができなくなっていたのです。

持田香織の歌い方の変化や声が出ない説の理由とは

持田香織の歌い方の変化や、声が出ない説の理由について調査しました。声が出ない理由は手術が関係している説など、その原因を確認していきましょう。

理由①急性気管支炎やポリープ摘出説

どうやら、2004年から2005年にかけて行った44公演に渡るツアーが、彼女の喉を酷使しすぎたことが関係しているようです。このツアーで喉を痛めた持田香織は、急性気管支炎を発症。2005年に行われたライブではfragileが歌えなくなり、ステージ上で泣き出したという噂もあります。

このことが理由でライブが延期になるなど、相当喉の調子が悪かったことが推測されています。また、喉にポリープが出来て、それを摘出する手術を行ったという噂もありました。

理由②声帯結節説

同じように喉の病気である声帯結節を患ったという見方もありました。こちらも、無理に高音を出し続けると、声帯を痛めて結節が出来てしまう病気です。表皮細胞が厚くなり声が出にくくなる状態であり、こちらも喉を休めるか、手術が必要になってきます。

理由③歌唱力の低下説

一部では年齢などによる歌唱力の低下説もありました。どんなに日頃から歌のトレーニングをしていても、年齢を重ねる上で喉や肺などの機能は低下するもの。若い頃と同じような歌い方を続けるのは、年齢や歌唱力の低下が関係しているのかもしれません。

持田香織は声が出なくても生歌派?

持田香織は、こういった世間の声を知らないわけではないでしょう。それでも、基本的に生歌を貫いているようです。テレビの音楽番組などではアイドルが生歌と被せて、カラオケ音源を流すこともあります。

これは様々な理由があり、生歌では歌が下手と思われることをカバーしたり、ダンスをしながら歌うことが難しいことなどが関係しています。

また、ハイトーンが魅力だったクリスタルキングの「大都会」ですが、こちらも喉を壊したときにカラオケ音源を流して誤魔化していたことがあったと明かされています。しかし、持田香織の場合は、喉の調子が悪い時期も生歌を貫いたそうです。

声の治療に宗教も関係との噂も浮上

一部の噂に、持田香織の声の治療に宗教が絡んでいるというものがありました。2012年頃から宗教にハマった持田香織が、次々とその人の影響でスタッフをどんどんクビにしたという噂があるのです。

もともとそういったものに興味があったといわれており、気功師と知り合ってからは、さらにハマったとのこと。その気功師と同居を初めて、財産まで渡したなどという話まであるとのこと。こういった噂は、お笑いコンビオセロの中島知子にも同様のものがあります。

そして、そんな持田香織の喉を治したのが、気功師の存在なのだとか。どうやら、気功師と知り合いなのは本当のようですが、同居やスタッフなどをクビにしたのはデマのようです。スピリチュアルなものに傾倒する人もいますが、持田香織の噂も事実なのでしょうか?

持田香織以外の歌い方や声が話題の歌手

では、持田香織以外に昔と歌い方や声が変わった歌手について解説します。それぞれ様々な理由があるようですが、どのように変わったのかチェックしていきましょう。

歌い方や声が話題の歌手【中島美嘉】

中島美嘉は「GLAMOROUS SKY」や「雪の華」などのヒット曲で知られる歌手です。カリスマ的な人気を誇った彼女ですが、近年はその歌い方の変化に疑問を抱くファンも。声の伸びや音をはずす場面が増えているようです。

その原因といわれているのが、2010年に両側耳管開放症という病気が悪化したためと推測されています。このことが原因で、音楽活動を休止していた時期もあり、復帰後も音程が取りにくいようです。中島美嘉も「聞こえない分、喉を荒く使うようになってしまって、声が出なくなった」と告白していました。

歌い方や声が話題の歌手【浜崎あゆみ】

浜崎あゆみは「歌姫」と称されるほど歌手として成功した人物です。しかし、そんな彼女も近年は歌い方の変化があり、声が出ていないという指摘が増えています。

彼女の場合は、突発性難聴などが原因で音程が取りにくくなっているのだとか。浜崎あゆみ自身も「歌い手として、自分的に最低でした。とにかく、悔しいです」と辛い心情を語っていました。

この症状は2000年頃から出たそうで、多忙なスケジュールが原因、とコメントしています。左耳の内耳性突発性難聴を患っており、一部の公演を延期するほどに悪化した時期も。現在も聴覚の後遺症が残っており、2007年に医師から「治療の術はない」と言われ、左耳の聴覚が完全に失われ、完全に治らなくなったことを明かしています。

歌い方や声が話題の歌手【松田聖子】

80年代を代表するアイドル歌手で、「聖子ちゃん」の愛称で親しまれている松田聖子。1979年にデビューしてから、「青い珊瑚礁」や「赤いスイートピー」など、様々な名曲をリリースしました。

しかし、現在59歳の松田聖子の歌い方に違和感を持つファンも。最近は、妙にタメたような歌い方をするようになり、「ビブラートもかけすぎ」という声が出ていたのです。

様々な名曲を生み出した松田聖子ですが、デビュー当時の歌を歌うときに「高音が出にくそう」という意見もありました。年齢を重ねる中で、歌い方を変えて負担を軽減したのかもしれません。ただし、ファンの中から「最近の歌い方苦手」という声も出ていました。

持田香織の歌い方は変わったが情熱は変わらない

ELTの持田香織の歌い方が変わったという噂について紹介しました。ファンなどの意見から、持田香織の歌い方が変わったのは事実のようです。喉の病気などから、デビュー当時と現在では高音の出方や伸びが異なるという意見が多くありました。

そういった事情がある中で、バックコーラスの人と協力をして良い歌を届けようと努力しているとのこと。喉を完全につぶしてしまうのではなく、これ以上状態を悪くしないことを考えて、ベストな形で活動を続けているようです。

持田香織の歌い方は変わっていますが、その情熱は変わっていませんでした。今後もELTとして、ソロの歌手として持田香織の活動を応援しましょう。

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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