上村愛子は若い頃病気だった?症状は?現在は回復?病気関連まとめ

上村愛子が若い頃に病気だったことについて紹介します。上村愛子の病気が心臓に関係するものだったことを解説。その病気の症状や現在の状態についてもまとめています。また、病気だけでなく、上村愛子が若い頃にいじめを受けていた理由もチェックしてください。

上村愛子は若い頃病気だった?症状は?現在は回復?病気関連まとめのイメージ

目次

  1. 1上村愛子のプロフィール
  2. 2上村愛子は若い頃病気だった?
  3. 3上村愛子の心臓の病気の症状とは
  4. 4上村愛子の病気は現在回復?
  5. 5上村愛子の現在語る若い頃のいじめの真相
  6. 6上村愛子は若い頃から心臓の病気を患っていた

上村愛子のプロフィール

・愛称:アイコ
・本名:皆川愛子(みながわあいこ)※旧姓は上村
・生年月日:1979年12月9日
・年齢:41歳(2021年5月現在)
・出身地:兵庫県伊丹市
・血液型:AB型
・身長:156cm
・体重:51kg
・活動内容:スポーツコメンテーター、元フリースタイルスキー・モーグル選手
・所属グループ:なし
・事務所:team-aiko※現役時代は北野建設
・家族構成:夫(皆川賢太郎)

上村愛子の経歴

上村愛子は兵庫県伊丹市出身、長野県北安曇郡白馬村育ちの元フリースタイルスキー・モーグル選手です。現在はスポーツコメンテーターとして、スキー系の放送でコメンテーターとして出演しています。

3歳のときにスキーを始め、その後に長野県北安曇郡白馬に引っ越しし、アルペンスキーを開始しました。1992年に白馬村立白馬中学校に進学し、スキー部に所属していますが、退部。上村愛子は個人でアルペンスキーの練習を行うことを決意したのです。

上村愛子は1994年に、カナダのウィスラーに旅行に行った際、現地の大会を観戦し、モーグルに目覚めています。そしてアルペンスキーからモーグルに転向。1995年に長野県白馬高等学校に進学し、スキー部に所属。全日本選手権で3位に入賞し、全日本スキー連盟ナショナルチームメンバーに選出されました。

1996年に、上村愛子は高校1年生でマイリンゲン大会で3位に入賞。同大会の男子優勝者は日本代表の坂本豪大で、日本選手男女アベック表彰台を果たしています。その後、1998年に行われた長野オリンピックで7位入賞し、次の時代を担う選手として注目を集めたのです。

上村愛子は1998年に高校を卒業後に、北野建設に入社。整った可愛らしいルックスもあり、多くのメディアに取り上げられる存在となったのです。

その後、ソルトレイクシティオリンピックで6位入賞。トリノオリンピックで5位入賞を経験しました。2009年にはアルペンスキー選手の皆川賢太郎と結婚。結婚後も選手を継続し、バンクーバーオリンピックで4位入賞、ソチオリンピックで4位入賞となりました。

このように上村愛子は、冬季オリンピック5大会連続入賞の記録を残し、2014年に現役引退。併せて所属先だった北野建設を退社しています。

引退後は、母校である長野県白馬高等学校のスーパーバイザーに就任したり、スキー関係のPR大会のスーパーバイザーを経験しました。現在もスキー関係の解説やコメンテーターを務めており、変わらない愛らしいルックスで人気です。

上村愛子は若い頃病気だった?

若い頃からスキープレイヤーだった上村愛子。しかし、若い頃は大きな病気を抱えていたのです。上村愛子が若い頃に病気になっていたことについて解説していきます。

若い頃から心臓の病気を患っていた

兵庫県で生まれた上村愛子ですが、生後まもなく心臓の病気を患っていることが判明したのです。生まれたばかりのタイミングで、生命に関わる病気が発覚していました。

上村愛子の病気は「心室中隔欠損症」

上村愛子が生後まもなく患った心臓の病気は、「先天性心室中隔欠損症」というものでした。先天性で発生しやすい病気で、時には生命に関わるものとなっています。

病気「心室中隔欠損症」とは

心室中隔欠損症という病気は、先天性で発生することが多い病気です。新生児の1000人に3人の割合で起きるものとのこと。ただし、約半数は生後1年以内に自然閉鎖する病気です。

最終的には70~75%ほどが、欠損している部分が自然に閉鎖すると考えられています。しかし、2歳をすぎると閉鎖する確率が低下するという問題も。また、欠損している部分が大きいと心不全などの原因にもなります。

欠損する部位によって、4つの種類に分けられ、人種による割合も異なるとのこと。治療は経過観察や内科的治療、場合によっては外科的治療も行います。運動制限などを必要としない場合も多いですが、外科的治療が必要な場合もあるので注意しましょう。

上村愛子の心臓の病気の症状とは

では、上村愛子の場合は病気尾症状はどうだったのでしょうか?若い頃からの病気との付き合い方について調査しました。

病気「心室中隔欠損症」は無症状?

上村愛子は若い頃の病気について、その頃のことをインタビューで答えています。上村愛子は心室中隔欠損症の穴が3歳頃になっても塞がらなかったとのこと。しかし、穴のサイズは小さかったため、手術などは行わないと診断されていました。

心臓の病気の手術や治療は?

診察の結果、手術などは必要ないと診断された上村愛子。3歳になるとスキーを始めています。上村愛子の両親はペンションを経営しており、そこにアルバイトに来る学生と、上村愛子はスキーを毎日楽しんだそうです。

母親はそんな上村愛子のことを心配していたようですが、スキーを制限することはなく、「つらいときや、苦しいときは言ってね」と見守っていてくれていました。

自覚症状が無い状態のままスキーを続行

上村愛子によると、病気の症状に自覚はなかったとのこと。そのため、若い頃は毎日走り回ったり、スキーを1日中したりと、他の子供たちと変わらない元気な体だったそうです。

しかし、一度だけ病気を言い訳にしてしまったことを、明かしていました。モーグルを始めた頃に、あまりにも練習が厳しく、激しいトレーニングで「心臓に負担がかかってしまうかも」と感じたそうです。そのことでトレーニングを休んだことがあり、「今でも自分の弱さだったと感じている」とコメントしていました。

上村愛子は病気の症状が出たわけではなく、精神的な弱さで厳しいトレーニングから逃げたい気持ちを抱えていたのです。病気を言い訳にしてトレーニングを休んでしまったものの、そういった気持では大会では勝てないと考え直し、以降はそういったことは言わなくなっています。

若い頃から病気を抱えていた上村愛子ですが、母親の支えもあり、スキーを続行してオリンピック選手にまで成長しました。

上村愛子の病気は現在回復?

上村愛子が若い頃に抱えていた病気は現在どうなっているのでしょうか?上村愛子の病気の現在について調査しました。

心臓の病気は現在回復?

現在もコメンテーターとして、テレビやイベントに出演している上村愛子。スキー関係の番組やイベントに多く出演しており、2018年のピョンチャンオリンピックの際は、NHKの放送ナビゲーターも務めています。

そういった活動を見ても、心臓の病気は現在回復しており、日常生活では問題が無いように見えます。また、現在の活動などの中で体調不良などは報じられていないので、安定していることがうかがえるでしょう。

子供がいないのは心臓の病気も関係との声も

上村愛子は2009年6月11日に、アルペンスキー選手の皆川賢太郎と結婚しました。2人は試合を通して知り合っており、2年間の交際を経て結婚に至っています。

もともと上村愛子にとって、旦那の皆川賢太郎は憧れの先輩でした。そのため、結婚会見では皆川賢太郎のことを「雲の上の存在」と評価しています。そういった尊敬の念を抱いている中で知り合い、実際に話してみると「すごく優しい人でいろいろなことを教えてくれた」とコメントしています。

さらに旦那のスキーに対する気持ちや責任感の強さなどを知り、意識するようになったのだとか。また、バンクーバーオリンピックが控えている中での交際ということもあり、うまく付き合っていけるか心配もあったそうです。

同時に、一緒にバンクーバーオリンピックを乗り越えられるような人なら、結婚しても良いと考えていたのだとか。そして、実際にバンクーバーオリンピックを一緒に乗り越えています。皆川賢太郎はバンクーバーオリンピックでは良い結果を残せていませんが、その後も現役続行を表明しました。

そして、2012年~2013年シーズンの「Far East Cup」で、皆川賢太郎は総合優勝を果たしたのです。2014年1月にアルペンスキーヤーを引退し、同年12月に、苗場プリンスホテル内に「鮨 みながわ」をオープンしています。

このように2人は順調に交際して結婚に至っていますが、2021年5月現在、子供はいないそうです。そのことに関して、上村愛子の病気が関係していると感じている人もいました。

このことについて、上村愛子と皆川賢太郎から、詳しいコメントは発表されていません。結婚したから、必ず子供を産まなければならないというわけではありませんし、体のことはプライバシーにも関わります。少なくとも心臓の病気は現在問題はないようなので、子供は自然の流れに任せているのかもしれません。

病気「心室中隔欠損症」は治らない?

そもそも、上村愛子の病気である心室中隔欠損症は治る病気なのでしょうか?病気の説明のところでも触れましたが、心室中隔欠損症は先天性のものが多く、2~3歳ぐらいのときには自然と治癒するものです。

また、治癒しない場合も経過観察で問題ない場合も多く、日常生活の制限もあまりない病気です。もし、治療が必要な場合は、内科的治療か外科的治療を行います。上村愛子のように、ほぼ無症状でプロスポーツを問題なくできているように、完全に治らなくても、運動は制限されないことがあるのです。

上村愛子の現在語る若い頃のいじめの真相

実は、上村愛子は若い頃に心臓の病気だけでなく、いじめを受けていたのです。上村愛子が受けたいじめについて調査しました。

病気を抱えながらアルペンスキーに打ち込んだ若い頃

上村愛子は兵庫県で生まれましたが、心室中隔欠損症であることを知った両親は彼女の健康のことを考え、長野県小県郡長和町に引っ越しています。そして、この町でペンション経営を開始しました。

その後、別物件のペンション経営を行うために、長野県北安曇郡白馬村しています。そして、上村愛子は白馬村立白馬北小学校に進学し、アルペンスキーを始めています。

学期途中の転校ということもあり、すぐには友達ができず、1人で学校を歩き回っていたとのこと。そのときに、掲示板に貼られていたアルペンスキーのジュニアチームのポスターを見て入部を決意したのです。

小中学生時代にはいじめられていた

しかし、そのチームで上村愛子はいじめを受けることになります。チーム内で話しかけてもらえず、道具を隠されることもあったとのこと。それでも、上村愛子はいじめを受けているという気持ちよりも、「嫌だな、寂しいな」という気持ちのほうが強かったことを明かしています。

「スキーが好き」という気持ちが強く、そのままいじめを受けながらもチームを続けています。また、チームでいじめを受けていても、家に帰ると家族は優しく、嫌な思いを忘れさせてくれる存在だったのです。後に母親が「いじめられていることに、気づいてあげられなかった」と謝罪してくれたとコメントしていました。

上村愛子は「家に帰ったら、私の味方がいる」と感じており、当時のことを恨んでいるようなことはないそうです。しかし、ジュニアチームを卒業後に白馬村立白馬中学校に進学し、スキー部に入りましたが、そこでもいじめを受けています。

そのことは家族に打ち明けず、部活を少し続けていました。ただ、アルペンスキーは体格の良さが必要で、当時の上村愛子は体が軽く、小学校時代の大会から良い結果が出せていませんでした。いじめと大会の結果などを考え、中学のスキー部に入って短期間で退部を決断しています。

カナダでのモーグルとの出会い

部活を辞めても、スキーを好きという気持ちは変わらなかった上村愛子。そんな彼女を見ていた母親は、カナダにいる知り合いのもとに行き、本場のスキーを見てくることを薦めています。

上村愛子にとって、人生初の一人旅はカナダになりました。このとき、上村愛子は中学2年生。母親は心配な気持ちがあったものの、スキーをしているときの姿を見て、学校よりもそちらの時間を増やしたほうがいいと考えていたようです。

そして、カナダでモーグルスキーのブラッコム大会を観戦。ロシアのセルゲイ・シュプレツォフの滑走に感銘を受けて、モーグルの世界に興味を持つようになりました。

アルペンスキーとモーグルの違いなどを感じながら、その魅力にどんどんハマっていったとのこと。当時、日本ではまだモーグルの知名度は低く、カナダの大会は大きな刺激になったのです。

上村愛子はこの体験をしてからは、毎日モーグル三昧となりました。帰国後は、長野オリンピックに向けて、強化選手を探していた千安英彦にスカウトされ、日本を代表するモーグル選手へと成長していきました。

このように上村愛子は、小中学校時代はいじめを受けていました。しかし、その中で大好きなスキーを通して自分の活躍の場を見つけ、いじめを振り払って、オリンピック選手にまで成長したのです。

上村愛子は若い頃から心臓の病気を患っていた

上村愛子の病気について解説しました。その症状は先天性心室中隔欠損症というものだったのです。幸い、上村愛子は日常生活に支障が出るほどの症状ではなく、昔からスキーをプレイしていました。現在も症状の悪化などはなく、イベントなどでスキーに携わっています。

また、過去にいじめを受けていたことを告白していますが、家族の支えやモーグルとの出会いで乗り越えています。現在は結婚しており、幸せな結婚生活を送っているそうです。そんな上村愛子の今後の活躍を応援していきましょう!

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この記事のライター
浅倉恭介
ギターと野球と料理が好き。犬が飼いたい! もともとは接客業界で働いてました その後は保育業界に。 ロ...

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