西城秀樹の姉(木本絵里子)の現在!宅見勝の愛人?過去の経歴や噂などまとめ

西城秀樹の姉、木本絵里子は山口組の若頭だった宅見勝の愛人だったという噂は本当なのでしょうか?西城秀樹の姉の木本絵里子は現在、ステーキハウスを経営しているという噂もあります。木本絵里子の過去の経歴や噂などをまとめてみました。

西城秀樹の姉(木本絵里子)の現在!宅見勝の愛人?過去の経歴や噂などまとめのイメージ

目次

  1. 1西城秀樹のプロフィール
  2. 2西城秀樹の姉(木本絵里子)の現在
  3. 3西城秀樹の姉(木本絵里子)が宅見勝の愛人?
  4. 4西城秀樹の姉(木本絵里子)の過去の経歴
  5. 5西城秀樹の姉(木本絵里子)と鈴木杏樹の噂とは
  6. 6西城秀樹の姉(木本絵里子)の現在は飲食店経営との噂

西城秀樹のプロフィール

愛称:ヒデキ
本名:木本龍雄
生年月日:1955年4月13日
年齢:享年63歳
出身地:広島県
血液型:AB型
身長:181cm
体重:不明
活動内容:歌手
所属グループ:アースコーポレーション
事務所:アースコーポレーション
家族:両親、姉、兄

西城秀樹の経歴

西城秀樹は広島県広島市で生まれ、父親の影響で幼少期から洋楽に興味があり、ジャズスクールに通ってドラムの勉強をしていました。小学校5年生の時に兄とエレキバンドを結成し、高校のときにジャズ喫茶でバンド演奏している際にスカウトされ、芸能界に入ったのが始まりです。

父親の反対を押し切り、広島から上京し、芸能事務所の芸英に所属しました。1972年3月25日にシングル「恋する季節」で歌手デビューを果たします。1973年には「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入りし、トップアイドルとして注目されるようになりました。

野口五郎、郷ひろみと共に「新御三家」と呼ばれ、1970年代にトップアイドル歌手として活躍しました。西城秀樹は絶唱型と言われる歌唱法で第15回日本レコード大賞で歌唱賞を受賞しています。数多くのヒット曲を出していて、「YOUNG MAN」や「ギャランドゥ」、「傷だらけのローラ」などは誰もが知っている人気の曲として知られています。

西城秀樹は一般女性と結婚し、全てが順風満帆でしたが、2003年と2011年に2度の脳梗塞で闘病生活を送ることになります。あきらめずリハビリを続け、脳梗塞の後遺症が残る中、再度ステージ復帰を果たしました。壮絶な人生を歩んできましたが、2018年5月16日に急性心不全のためお亡くなりになりました。

Thumb西城秀樹の若い頃がイケメンすぎる!当時の彼女やエピソードは?
2018年に亡くなられた西城秀樹さんの若い頃がイケメン過ぎると話題になっているようです。そこ...

西城秀樹の姉(木本絵里子)の現在

西城秀樹が亡くなってから、西城秀樹の姉について噂されるようになりました。西城秀樹の姉は一般の方なので、詳細は明らかにされておりません。そのため、西城秀樹の姉について様々な噂が飛び交っています。

西城秀樹の姉、木本絵里子はどういう人で、現在は何をしているのでしょうか?西城秀樹の姉、木本絵里子について調査してみました。現在、おいくつで、何の仕事をしているのでしょうか?

西城秀樹の姉の名前は木本絵里子

西城秀樹の姉の名前は木本絵里子です。姉は芸能人ではなく、一般人なので、画像は公開されておりません。西城秀樹の家族構成は両親、姉、兄ですが、姉の情報だけがたくさん出てきて他の家族に関してはあまり公開されておりません。西城秀樹は奥様と姉の紹介で出会ったと言われています。

あまり公表されておりませんが、西城秀樹も姉の木本絵里子も在日韓国人です。西城秀樹と姉の木本絵里子は異母兄弟で父親が韓国人なので、お二人共、在日韓国人ということになります。西城秀樹は韓国名が李龍雄で帰化後に西城秀樹となりました。姉も帰化後に木本絵里子になったのでしょう。

姉(木本絵里子)の現在年齢は?

西城秀樹の姉、木本絵里子の現在の年齢はいくつくらいなのでしょうか?西城秀樹の姉、木本絵里子は一般人なので、画像も公開されておりません。現在の年齢も情報がないので分かっていません。

現在は大阪府内でステーキハウス経営との噂も浮上

西城秀樹の姉、木本絵里子は現在、大阪市内でステーキハウスを経営しているという噂が浮上しています。残念ながら、正式な情報は公開されておりませんが、西城秀樹と仲が良かった前川清が「西城秀樹のお姉さんのお店で食べている」とコメントし、話題になりました。

さらに、ネット上でも姉のステーキハウスの場所について情報提供している人がいて、姉の現在の状況が噂されています。木本絵里子は西城秀樹のコンサートチケットを販売していたという情報もあり、ステーキハウス「瀬里奈」でチケットが販売されていた事も分かっています。その時に、姉は「あの子は宝物」と語っていたようです。

西城秀樹の姉(木本絵里子)が宅見勝の愛人?

西城秀樹の姉は山口組の若頭だった宅見勝の愛人だったという噂がありますが、それは本当なのでしょうか?山口組の若頭、宅見勝という人物はどのような人なのか、また、西城秀樹の姉とはどのような関係だったのかなど調査してみました。

西城秀樹の姉と山口組の宅見勝との間には衝撃的な事実があることが判明しました。どのような事実があったのでしょうか?

山口組の宅見勝とは

山口組の宅見勝というのはどのような人物だったのでしょうか?宅見勝は兵庫県出身で、山口組の若頭で、宅見組の組長でもありました。山口組というのは兵庫県神戸に本部があり、広島・沖縄以外の45都道府県に系列の組織がある大きな組です。

宅見勝は、不動産や金融などバブル期にフロント企業を利用して2000億円という豊富な資金を著財し、五代目山口組の発足立役者として関与しています。

組合員の数は3万6千人とかなり多く、その中で宅見勝はトップ2の立場でした。山口組の仕切り役として活躍し、山口組の金庫番と呼ばれていました。山口組の幹部ということで、暴力団抗争に巻き込まれ、1997年8月28日午後3時20分頃に宅見若頭射殺事件で射殺されてしまいました。

宅見勝は新神戸オリエンタルホテルのティーラウンジで、五代目山口組中野会財津組に指揮された4人組に射殺され、61歳でこの世を去りました。宅見若頭射殺事件後に、西城秀樹の姉が宅見勝の愛人だったと話題になり、西城秀樹の姉の自宅まで報道されてしまいます。表札には「宅見」と書かれていたことにも注目されました。

山口組の宅見勝との愛人関係の噂の真相

西城秀樹の姉は山口組の宅見勝と愛人関係だったという噂がありますが、それは本当なのでしょうか?愛人関係の噂の真相に迫ってみました。宅見勝は山口組の直参になる以前には福井組の最高幹部を務めていました。

西城秀樹の姉はその当時、大坂市南区玉置町にあったクラブ「朱雀」でホステスとして働いていました。そこが二人の出会いの場となりました。一般の方はあまり暴力団とは馴染みがありませんが、西城秀樹の姉とはクラブで出会ったとなれば納得できます。

姉(木本絵里子)と宅見勝の間に子供もいる?

西城秀樹の姉と宅見勝の間には2人の子供がいるとされています。木本絵里子には当時4歳の女の子もいましたが、1979年に男の子が誕生していたようです。1982年には宅見勝の父方の伯母と西城秀樹の姉を養子縁組させて、木本絵里子に宅見姓を名乗らせたのではないかと噂されているようです。

しかし、西城秀樹の姉は宅見勝の愛人ではなく奥様だったという説もあります。子供が誕生していた事は事実のようですが、愛人と噂されたり、奥様と噂されたりと、様々な情報が混乱してしまっている事から愛人説については信憑性がある噂とは言い切れません。

姉と宅見勝の子供が押尾学の保釈金を負担との噂も

押尾学逮捕の事件では、保釈金を払って押尾学が保釈されましたが、その時に保釈金を支払ったのは押尾学のバンドのドラマーでした。このドラマーは西城秀樹の姉と宅見勝との間に生まれた息子だと言われています。押尾学と西城秀樹の姉の息子との意外な繋がりが話題になりました。

姉の息子の正体は宅見将典?

西城秀樹の姉と宅見勝の間にできた子供は現在ミュージシャンでもあり、作曲家・編曲家としても活躍している宅見将典です。宅見将典は宅見勝ととてもよく似た顔立ちで、宅見勝の面影を感じることができます。

宅見将典は3ピース・ロックバンドのsirenでデビューしましたが、2003年からは作曲家としても活躍していて、プロデューサー活動を中心に活躍されています。宅見将典はアイドリング!!!やEXILE、AKB48にDAIGO、私立恵比寿中学、AAAなど数多くのアーティストの作曲・編曲を手掛けています。

宅見将典は西城秀樹の活動にも関わっていて、西城秀樹のライブではギターを担当するなど活躍していました。アニメ声優やアイドル、ビジュアル系バンドのプロデュースに西城秀樹が関わるなど、叔父と甥の関係が分かります。

西城秀樹の姉(木本絵里子)の過去の経歴

西城秀樹の姉、木本絵里子にはどのような過去の経歴があるのでしょうか?西城秀樹の姉の職業には様々な説が飛び交っています。木本絵里子の経歴についてご紹介しましょう。

姉(木本絵里子)の過去の経歴①ホステス説

西城秀樹の姉、木本絵里子は過去に大阪市南区玉置町にあるクラブ「朱雀」でホステスとして働いていました。こちらのクラブで山口組の若頭、宅見勝と知り合ったと言われています。当時、宅見勝は41歳で、木本絵里子とはお客とホステスという関係でした。ホステスのときに宅見勝と知り合い、見初められて、愛人関係になったと噂されています。

姉(木本絵里子)の過去の経歴②花屋説

西城秀樹の姉、木本絵里子はホステスという噂でしたが、職業については他の説もあります。木本絵里子はホステスではなく、暴力団事務所の下で花屋をやっているという説があるようです。西城秀樹の姉の職業には色々な説が出ているようです。

姉(木本絵里子)の過去の経歴③昼と夜の掛け持ち仕事説

木本絵里子は昼と夜に掛け持ちの仕事をしていたという説もあります。昼はステーキハウス「瀬里奈」を経営していて、夜はホステスをしていたという噂もあり、真実は分かっておりません。

西城秀樹の姉の職業には様々な噂が飛び交っていますが、姉は一般の方なので、情報が公開されておらず、真実は不明のままです。

西城秀樹の姉(木本絵里子)と鈴木杏樹の噂とは

西城秀樹について調べていると、鈴木杏樹の名前が浮上してきます。西城秀樹と鈴木杏樹とはどのような関係だったのでしょうか?鈴木杏樹と西城秀樹は「姪と叔父の関係では?」と噂されています。なぜ、このような噂になったのでしょうか?

鈴木杏樹とは

鈴木杏樹は女優や司会者として活躍していて、大阪府箕面市で生まれ、神戸市で育ちました。17歳でスカウトされ、イギリスのロンドンにある音楽学校に歌手を目指して留学します。1991年に日本に帰国し、女優デビューを果たしました。

一時期、CMに14本も出演していた時期があり、CM女王として活躍していました。1998年6月に医師と結婚しましたが、2013年2月1日に死別しています。1995年から2016年3月までミュージックフェアの司会を務め、司会者としても活躍しました。

「あすなろ白書」や「長男の嫁」、「若者のすべて」など数多くのドラマで活躍し、映画「高校教師」や「相棒」、「若おかみは小学生!」など様々な映画にも出演しています。舞台をはじめ、音楽番組、バラエティ番組、スポーツ番組などでも活躍しました。

鈴木杏樹は姉(木本絵里子)の娘?

鈴木杏樹は西城秀樹の姉、木本絵里子の娘だという噂があります。鈴木杏樹の母親が西城秀樹の姉ということは、鈴木杏樹と西城秀樹は姪と叔父という関係になります。鈴木杏樹の経歴を見ると、イギリス留学し、歌手デビューしてから日本に帰国後に女優デビューしています。不自然な経歴から山口組の娘なのでコネで歌手になったという疑惑が浮上しました。

木本絵里子には息子以外に娘もいると言われていて、その娘が鈴木杏樹なのでは?という噂が流れています。木本絵里子と鈴木杏樹は親子関係という説は果たして本当なのでしょうか?

西城秀樹が亡くなってから、2018年5月25日、26日と告別式が行われました。参列者一覧には鈴木杏樹の名前があり、注目されました。鈴木杏樹はミュージックフェアの司会を務めていたので、その繋がりから参列したのかもしれませんが、ただそれだけで告別式に参列するのだろうかと波紋を呼んでいます。

姉の娘が鈴木杏樹と言われる理由とは

西城秀樹の姉の娘が鈴木杏樹と言われているのはなぜなのでしょうか?なぜそのような噂が浮上したのかは分かりませんが、鈴木杏樹が西城秀樹の姉の娘という噂はガセネタで、鈴木杏樹と西城秀樹は特に関係はありません。万が一、親子関係だとしたら、年齢が合いませんので、デマ情報であると明言出来ます。

鈴木杏樹には逮捕歴があるという噂もありますが、調べてみたところそのような事実はありません。鈴木杏樹は西城秀樹の姉と山口組の若頭の宅見勝との娘と噂されていたので、逮捕歴があると疑われてしまったのでしょう。

鈴木杏樹と宅見勝は親子関係ではありませんので、鈴木杏樹やその身内には逮捕されたという事実はありませんでした。鈴木杏樹は西城秀樹の姉ではなく、宅見勝の正妻の娘という説もあります。鈴木杏樹は大阪府出身で、生い立ちがはっきりと公表されていないのも噂になる理由です。

また、鈴木杏樹も宅見勝の愛人だったという説もあります。宅見勝が射殺されてから半年後に鈴木杏樹は医師と結婚しています。かなりのスピード婚で結婚のタイミングが不自然だったことから、宅見勝との関係が切れ、愛人の噂を消すために結婚したのでは?という説も浮上しました。

西城秀樹の姉(木本絵里子)の現在は飲食店経営との噂

西城秀樹の姉、木本絵里子の過去の経歴や噂などをご紹介しました。木本絵里子は山口組の若頭、宅見勝の愛人だったという噂がありますが、詳細は不明のままです。木本絵里子は現在、ステーキハウスの飲食店を経営しているという噂もありますが、明確な情報はありません。今後新たな情報が公表される事に期待しましょう。

関連するまとめ

Missing
この記事のライター
maki

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ