【朝霧少女誘拐監禁事件】斎藤杏花とは!寺内樺風との関係や被害者の現在も!

2014年3月に起きた朝霞少女誘拐監禁事件。犯人の寺内樺風は、アサガオの麻薬成分や巧みな洗脳で2年間も被害者となった斎藤杏花さんを監禁していました。ここでは犯人の寺内樺風の裁判と斎藤杏花さんとの関係、さらには現在の様子など噂の真相について迫っていきます!

【朝霧少女誘拐監禁事件】斎藤杏花とは!寺内樺風との関係や被害者の現在も!のイメージ

目次

  1. 1斎藤杏花とは
  2. 2朝霧少女誘拐監禁事件の詳細
  3. 3寺内樺風への裁判の判決
  4. 4犯人の寺内樺風とは
  5. 5斎藤杏花と寺内樺風の関係
  6. 6斎藤杏花は洗脳されていた?
  7. 7斎藤杏花の現在
  8. 8朝霧少女誘拐監禁事件は謎が多く残る事件だった

斎藤杏花とは

2014年の3月10日に埼玉県朝霞市で突如行方不明となった斎藤杏花さんという少女をご存知でしょうか?行方不明になった当時は13歳でした。その後、2年の時を経て無事に保護されるのですが、同時に誘拐監禁事件であったことも発覚します。

ごく普通の中学1年生の少女が、2年間の監禁生活により人生を180度変えられてしまいました。現在はご両親の元に戻られましたが、監禁生活の強いストレスからPTSD(心的外傷後ストレス障害)となってしまい現在も苦しんでいるそうです。

朝霧少女誘拐監禁事件の被害者

2014年の3月10日、埼玉県朝霞市で当時13歳の斎藤杏花さんが帰宅途中に行方不明になるという事件が起こりました。その日、帰宅時間を過ぎても帰ってこなかった斎藤杏花さんを心配した母親が警察に通報します。

その後、斎藤杏花さんのご両親や警察、テレビ番組などでも取り上げられ必死に捜索が続けられた結果、2016年3月27日に無事に保護されました。事件の犯人である「寺内樺風」は逮捕され、懲役12年の判決を受けて現在も服役をしています。

出生から中学まで

朝霞少女誘拐監禁事件の被害者となってしまった斎藤杏花さんは、埼玉県の朝霞市で生まれました。小さい頃からクラシックバレエや塾、さらにエレクトーンも習っていたそうです。

朝霞市立朝霞第三中学校に入学後も、クラシックバレエの発表会などに出場していたそうですから、まさに才色兼備の少女だったことがわかります。

斎藤杏花の家族構成

小さい頃からクラシックバレエやエレクトーンなどの習い事だけではなく、塾にも通っていたという斎藤杏花さん。父親は会社員で母親は専業主婦をされていました。ご兄弟がいるのかどうかまではわかりませんでしたが家族仲良く暮らしていたそうです。

朝霧少女誘拐監禁事件の詳細

2014年3月10日に埼玉県朝霞市で起こった朝霞少女誘拐監禁事件。当時13歳の少女が行方不明になってしまったことと、後に誘拐監禁事件に発展したことを覚えているという人も多いのではないでしょうか?

当時はテレビ番組でも大々的に取り上げられ、世間を恐怖のどん底に陥れた朝霞少女誘拐監禁事件の詳細についてみていきます。

斎藤杏花が誘拐される

2014年3月10日、埼玉県朝霞市の中学1年生、斎藤杏花さんが帰宅予定時刻の午後5時を過ぎても帰ってこなかったことが事件の始まりでした。普段と変わらない様子だったという斎藤杏花さんが帰宅しないことを不安に思った母親は警察に通報します。

通報を受けた警察はすぐに斎藤杏花さんの捜索に乗り出しますが、なかなか有力な情報をつかむことができませんでした。そこで警察は通報からわずか3日という速さで斎藤杏花さんの顔写真や特徴などを公開します。

2年後に無事に保護

なかなか有力な情報を得ることができず、暗礁に乗り上げている感があった朝霞少女誘拐監禁事件。このまま有力な情報がないまま時だけが過ぎていくのかと思われていた2016年3月27日、斎藤杏花さんの自宅へ一本の電話がかかってきました。

その電話はなんと斎藤杏花さん本人からの助けを求める電話でした。母親はすぐに斎藤杏花さんに警察へ連絡するように言い、連絡を受けた警察が無事に斎藤杏花さんを保護しました。

犯人の寺内樺風が逮捕される

2年間も監禁されながら無事に家族の元へ帰ることができた斎藤杏花さん。無事に保護された翌日に斎藤杏花さんを長い間苦しめてきた犯人も逮捕されることとなります。

2016年3月28日、斎藤杏花さんが保護された東京から遠く離れた静岡県伊東市で血だらけになった男がフラフラと歩いているという通報が入りました。警察が駆け付けるとその男は自ら首をカッターナイフで切り自殺を遂げようとしていたそうです。

自らカッターナイフで首を切り自殺しようとしていたその男の名前は「寺内樺風」と言い、斎藤杏花さんを長期間にわたって誘拐監禁していた犯人でした。

寺内樺風への裁判の判決

2年にわたって13歳の少女を誘拐監禁したという卑劣な犯行を行っていた寺内樺風。自ら命を絶とうとまでした男の裁判に世間の注目が集まったことは言うまでもありません。寺内樺風に厳罰をと思っていた人も多かったのではないでしょうか?

ここでは朝霞少女誘拐監禁事件の犯人として逮捕され、裁判での言動も何かと話題になっていた寺内樺風の裁判の判決についてみていきます。

第1審では懲役9年

未成年者誘拐と監禁の罪に問われた寺内樺風の裁判は、やはり量刑の重さに注目が集まっていました。殺人などは行っていないにしても、13歳の少女の貴重な2年間を奪った寺内樺風に対しての裁判所の判決に誰もが期待をしていたはずです。

被害に遭われた斎藤杏花さんも寺内樺風に対して、最低でも10年以上の懲役もしくは無期懲役にして欲しい旨の発言をしていました。しかし、寺内樺風に対する裁判所の判決は懲役9年というものでした。

これを受けて検察側は量刑が足りないとし、一方の弁護側は寺内樺風が心神耗弱状態だったため量刑が重いとして控訴をします。

無罪を勝ち取るために演技?

朝霞少女誘拐監禁事件の犯人として逮捕され、その裁判での判決に注目が集まっていた寺内樺風でしたが、わずか懲役9年という判決を聞いて量刑の軽さに落胆したという人も多かったでしょう。

しかし、裁判で出された懲役9年という判決以上に注目を集めたのが寺内樺風の裁判での言動でした。寺内樺風は裁判所での裁判官の質問に対し「森の妖精」や「からあげクン増量中」など意味不明な発言をします。

おそらくは裁判官に対し「心神耗弱」であるという印象を与えることで、無罪もしくは量刑を軽くしてもらうための演技だったのではないかと噂になっていました。

第2審で懲役12年に

第一審の懲役9年という判決を不服として控訴し、さらには心神耗弱状態であると見せるために裁判で意味不明な発言を繰り返していた寺内樺風ですが、実際に量刑に影響が出たのでしょうか?

現実はそんなに甘くありませんでした。これまで数々の裁判をこなしてきた裁判官は寺内樺風に判断能力があると判断します。さらに第一審の懲役9年は心理的拘束の悪質性を適正に評価していないとして、第一審の判決を棄却して懲役12年の判決を下しました。

犯人の寺内樺風とは

わずか13歳の少女を2年にもわたって監禁するという、およそ普通の人には思いつかない犯罪を犯した寺内樺風は一体どんな人間だったのか気になるのではないでしょうか?

ここでは、朝霞少女誘拐監禁事件という卑劣な犯行に及んだ寺内樺風の生い立ちや周囲の評判などについてみていきます。

実家は大阪の池田市

朝霞少女誘拐監禁事件を起こし世間を騒然とさせた寺内樺風の実家は、大阪府の北部に位置する池田市にあるそうです。

なんと家賃18万円の一戸建てに住んでいたそうで、周囲から見れば誰もがうらやむほどの豪邸でした。このことからみても寺内樺風は小さい頃から裕福な家庭で育ってきたのだということがわかるでしょう。

寺内樺風の家族構成

大阪の池田市で家賃18万円という一戸建てで育った寺内樺風ですが、家族構成についてもみておきます。父親と母親と妹の4人家族で、父親は会社経営をしていて母親は専業主婦だそうです。妹の年齢は驚くことに斎藤杏花さんと同い年でした。

学生時代は大人しくて優秀

裕福な家庭で幼少期を過ごしてきた寺内樺風。学生時代はとても成績優秀でした。ただ口下手であまり周囲に溶け込めるような性格ではなく、好きな話題の時だけ饒舌になるという子供だったそうです。

学校でも暇があればパソコンをいじり趣味がアニメだったことから、周囲からはオタクだと思われていてクラスでは浮いた存在だったという話もありました。

高校の偏差値は「72」

クラスでは浮いた存在だったと言われている寺内樺風ですが、学業の方では優秀なところを存分に発揮していたようで「大阪教育大学附属池田高校」に入学を果たします。大阪の人は超進学校としてピンとくるでしょう。その偏差値は72という驚異的な高校です。

千葉大学へ進学

偏差値が驚異の72という大阪教育大学附属池田高校に入学をした寺内樺風。大学は国立大学の「千葉大学」を選びます。千葉大学の工学部情報画像学科に進学した寺内樺風は大学でも真面目な一面を見せていました。

コンピューターに関することを専攻していたようで、ソフトウェアやデータ解析の勉強に取り組んでいたそうです。

パイロット志望だった?

千葉大学へ進学しソフトウェアやデータ解析など学業に対し熱心だった寺内樺風ですが、航空業界には並々ならぬ興味を示していました。一説にはパイロット志望だったのではないかともいわれています。

大学2年生の時に航空免許を取得するためにカナダへと留学をしていたそうです。パイロットの養成学校に入学し、わずか4か月で自家用機の免許を取得しました。

防災関係の会社に内定

大学2年生の時に留学までして航空免許の取得に情熱を傾けていた寺内樺風。その後の大学生活もしっかりとこなし、就職活動も防災関係の会社から内定をもらっていました。

この防災関係の会社を選んだことに関しては理由があったようで、父親の経営する会社が「防犯グッズ」を販売する会社であったことから選んだのではないかと言われています。

斎藤杏花と寺内樺風の関係

裕福な家庭で育ち成績も優秀だった寺内樺風が、わずか13歳の少女だった斎藤杏花さんを狙った朝霞少女誘拐監禁事件。2年後に斎藤杏花さんが無事に保護されて事件は解決しました。

しかし2年間にわたって一緒に生活していた寺内樺風と斎藤杏花さんの関係について様々な憶測が飛び交っているのも事実です。ここでは、寺内樺風と斎藤杏花さんの関係についてみていきます。

性的関係は一切なかった

ネットなどでは誘拐監禁されていた寺内樺風と被害者の斎藤杏花さんの関係について様々な噂が飛び交っているようです。世の中には幼い少女を見て性的興奮を覚えるという男性もいるわけですから、そのような噂が飛び交ってしまうのも仕方のないことかもしれません。

しかし逮捕された寺内樺風は斎藤杏花さんを誘拐監禁した理由について、社会から女子中高生を隔離したらどうなるのかなどの観察に主眼を置いていたことから性的関係はなかったとされています。

妊娠を疑われる理由

斎藤杏花さんと寺内樺風との関係について様々な憶測が飛び交っていますが、実際に性的関係はなかったようです。しかしながら、現在でも性的関係を疑う噂は根強くあり、妊娠していたのではないかという噂までネットで流れています。

幼い少女を性的対象とする男性であれば、何事もなかったという方が不自然であると考えた人たちから流れた噂ではないでしょうか?

クリーブランド事件への憧れ

ネットでは斎藤杏花さんと寺内樺風との関係について妊娠していたのではないかという噂まで出てしまっていますが、やはりこの説の根拠になっているのはアメリカの「クリーブランド事件」ではないでしょうか?

女性3人を10年にわたって監禁し、性的関係を持って出産までさせたという世にも恐ろしい事件が2013年の5月にアメリカで起きました。寺内樺風はこの事件に対して強い興味を持っており、むしろ憧れさえ感じていたというから驚きです。

暴力はなかったのか?

クリーブランド事件という女性を監禁して性的関係を持ったという事件に強い憧れを抱いていたという寺内樺風。性的関係はなかったとしても斎藤杏花さんに暴力をふるっていたということはなかったのでしょうか?

得てして誘拐監禁というものは暴力による恐怖で支配することが多いものですが、斎藤杏花さんに対しては寺内樺風は暴力をふるってはいなかったようです。

斎藤杏花は洗脳されていた?

性的関係や暴力による支配が行われていなかったにもかかわらず、2年もの長期にわたり斎藤杏花さんを誘拐監禁していた寺内樺風。いったいどうやって斎藤杏花さんを監禁し続けたのか気になるのではないでしょうか?

実は、監禁するために斎藤杏花さんを洗脳していたのではないかと噂が流れています。それでは、斎藤杏花さんが一人になっても逃げられなかったと言われている洗脳についてみていきましょう。

アサガオ麻薬による洗脳

アパートの部屋で一人きりになっても逃げられないように洗脳されていたと言われている斎藤杏花さん。一般人が何の訓練もなしに洗脳などできるのでしょうか?もしかすると違法な麻薬でも使っていたのではと勘繰ってしまいます。

しかし、実際に利用されていたのは「アサガオ麻薬」でした。アサガオと麻薬という一見全く関係がないものに思えますが、実はアサガオには麻薬の成分があるそうです。その麻薬成分が入っている代表的なものが「チョウセンアサガオ」という種類です。

チョウセンアサガオは別名「キチガイナスビ」とも呼ばれているそうで、強い麻薬成分を有しています。LSDなどの麻薬とは比べ物にならないほどの幻覚や幻聴が起こると言われており、錯乱状態になってしまうそうです。

過去にはチョウセンアサガオの麻薬成分を使って洗脳するという犯罪も行われていました。寺内樺風はその麻薬成分を使った犯罪を知っていたのかどうか定かではありませんが、アサガオから麻薬成分を抽出したそうです。

そしてその麻薬成分を誘拐監禁した斎藤杏花さんに飲ませてしまいました。元々強い効果のある麻薬とされているものを13歳の斎藤杏花さんに飲ませること自体、異常な行動なのですが監禁してほどなくして飲ませてしまいます。

麻薬として恐れられているものを飲まされてしまった斎藤杏花さんは、まともな精神状態ではなくなり体調を崩してしまいました。さすがに寺内樺風も恐れをなしたのか、斎藤杏花さんに麻薬成分を飲ませたのは1度きりだったそうです。

言葉巧みに誘拐・洗脳する

強力な麻薬成分を有するアサガオの種から抽出したものを斎藤杏花さんに飲ませてしまった寺内樺風ですが、洗脳の手段として「言葉」も巧みに利用していたことが明らかになっています。

元々成績優秀だった寺内樺風は前もって下見をするなど綿密な計画を立てて、さらに斎藤杏花さんが反論できないよう言葉巧みに誘拐して洗脳したそうです。

嘘①両親が離婚する

一昔前ならいざ知らず、現在のような情報のあふれる社会で一人の女の子を言葉巧みに連れ出すというのは容易なことではないでしょう。そこで寺内樺風が用いたのは「嘘」でした。

寺内樺風が斎藤杏花さんについた嘘は「両親が離婚する」というものです。この嘘は斎藤杏花さんの心に激しい動揺を与えたに違いありません。この嘘を言葉巧みに斎藤杏花さんに伝えることによって一種の洗脳のような効果を与えたのだと思われます。

嘘②両親に見放されている

両親が離婚するという言葉で巧みに自分の車へと乗せた寺内樺風は、さらに斎藤杏花さんに追い打ちをかけるような言葉を投げかけました。両親の離婚に際し「子供はいらない」と両親が言っていると伝えたのです。

さらに「捨てられた」、「売られた」などの言葉を斎藤杏花さんに伝えて、まるで自分は両親から見放されているんだと思うように仕向けました。これらの言葉を言い続けることによって徐々に洗脳されていったのでしょう。

ストックホルム症候群だった?

寺内樺風の巧みな嘘により徐々に洗脳されていった斎藤杏花さんですが、ここで気になるのは言葉の洗脳だけで2年もの長期にわたって監禁などできるものなのかという点についてではないでしょうか?

いくら言葉巧みに嘘をつかれたとはいえ、斎藤杏花さんが逃げ出さなかったことに疑問を感じた人もいたことでしょう。ここで登場してくるのが「ストックホルム症候群」というものです。巷では斎藤杏花さんはストックホルム症候群になっていたと噂になっています。

ストックホルム症候群とは

朝霞少女誘拐監禁事件の被害者となった斎藤杏花さん。巷ではストックホルム症候群になっていたという噂が出ていますが、一体ストックホルム症候群とはどのようなものなのか気になってしまうものでしょう。

ストックホルム症候群とは犯人と人質が長期間にわたって一緒にいることで、人質が犯人に対し同情や好意を抱いてしまうというものです。斎藤杏花さんはこのストックホルム症候群になっていたと言われています。

症状①自由な監禁生活

長期間にわたって監禁されていた斎藤杏花さんがストックホルム症候群だったのではないかと言われる理由は、割と自由な監禁生活を送れていたことにあるそうです。

ロープなどで縛られていたような痕跡もなく、スーパーなどにも一人で買い物に行ける状態だったと報じられていました。

症状②SOSを出していない

さらに斎藤杏花さんが洗脳されストックホルム症候群になっていたとされる理由は、「SOSを出していない」ことにあります。いくら洗脳されていたとはいえ、監禁されていたアパートで大声を出せば必ず誰かに聞こえていたことでしょう。

しかしアパートの隣人は寺内樺風の部屋からは声も聞こえなかったと言っていることから、斎藤杏花さんはストックホルム症候群になっていた可能性が高いと言えるのではないでしょうか?

2年後に逃げ出した理由とは

言葉巧みに洗脳されてストックホルム症候群になっていたと言われている斎藤杏花さん。ここまでの話だけを聞けばかなりの強い洗脳状態にあったことがわかります。

では一体その洗脳状態から斎藤杏花さんはどのような方法で抜け出すことができたのでしょうか?その理由についてみていきます。

ネット閲覧が決め手か

寺内樺風に洗脳されてしまい、逃げることさえもできなくなっていた斎藤杏花さんですが、あることがきっかけで逃げ出すことに成功します。それは、「ネットの閲覧」にありました。

寺内樺風も時が経つにつれて逃げるそぶりを見せなくなっていた斎藤杏花さんに対して警戒が薄れていたのでしょう。ネットで動画などを見ることを許可するようになっていました。そこで両親が斎藤杏花さんを探す動画を見つけて逃げ出すことを決意したようです。

事件の監禁部屋が公開

2年もの長期にわたり斎藤杏花さんを監禁し続けた寺内樺風。監禁は大学時代から始まっていましたが、斎藤杏花さんを監禁し続けていたアパートの部屋が公開されました。

築30年を超える決して新しいアパートではなく、間取りは1Kで家賃は35000円という破格のアパートに斎藤杏花さんを監禁し続けたようです。

斎藤杏花の現在

ある日突然、全く知らない男に誘拐をされて2年もの長期にわたって監禁され続けていた斎藤杏花さんは、ようやく家族の元へ帰ることができました。普通の日常を取り戻してほしいと誰もが願っているのではないでしょうか?

そんな斎藤杏花さんの現在の様子はどうなっているのか心を痛めた人ならば気になってしまうものでしょう。ここでは、現在の斎藤杏花さんの様子についてみていきます。

中学を無事卒業

2014年の3月に誘拐をされて、その後2年間も監禁されていた斎藤杏花さんが保護されたのは2016年の3月でした。中学の貴重な2年間を学校に通えなかったということになります。きっと斎藤杏花さんにとってこれほど苦しかったことはないでしょう。

卒業証書を受け取りたいと思ったとしても受け取る権利があるのかどうかかなり悩まれたそうです。しかし、帰ってくると信じていた校長先生の配慮で無事に卒業証書を受け取ることができました。

卒業後の詳細は不明

無事に中学校を卒業することができた斎藤杏花さん。現在はどこで何をされてるのでしょうか?事件当時、斎藤杏花さんのことを心配していた人にとっては気になることでしょう。

しかし、卒業後の斎藤杏花さんの詳細については全く分かっていません。本人にとってもご家族にとっても触れられたくない、忘れてしまいたい記憶であるはずです。現在は家族仲良く静かに生活されているのではないでしょうか?

PTSDに苦しめられている

現在は無事に家族の元に帰り仲良く暮らしているであろう斎藤杏花さんですが、やはり以前と全く変わらない生活を送ることは難しいようです。それはやはり寺内樺風の身勝手な犯罪のせいであることは間違いありません。

犯人の逮捕から3年がたった現在でも、事件を思い起こさせるような言葉を聞くと拒否反応を示すようです。これは強いストレスをかけられたことによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)であり、斎藤杏花さんは現在も苦しめられているのでしょう。

Thumb【埼玉少女監禁事件】寺内樺風の生い立ちから現在!判決やその後は
2016年に発覚した埼玉少女監禁事件。誘拐・監禁容疑で逮捕された寺内樺風は現在どうなっている...

朝霧少女誘拐監禁事件は謎が多く残る事件だった

2014年の3月10日に起きた朝霞少女誘拐監禁事件。被害者となった斎藤杏花さんは2年余りの監禁生活を経て現在は無事に家族の元に帰ることができましたが、なぜ犯人の寺内樺風はこのような事件を起こしたのでしょうか?

事件解決から3年以上たった現在でも多くの謎が残る事件と言われています。この朝霞少女誘拐事件のようなことが二度と起こらないで欲しいものです。被害者となった斎藤杏花さんが早く普通の生活を送れるようになることを誰もが心から願っているはずです。

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この記事のライター
大橋類太郎
北海道の田舎に住んでいる大橋類太郎です。 ドライブが好きで暇さえあれば広い北海道を走り回っています。 コツ...

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