坂口憲二の父は坂口征二!経歴や親子エピソードなども

2018年5月に病気治療のため無期限で芸能活動を休止した坂口憲二さんと、お父さんの坂口征二さんの経歴や関係ついて注目が集まっています。坂口憲二さんと坂口征二さんはどの様な父子関係なのでしょうか?父子の関係が分かるエピソードなども調べてみました。

坂口憲二の父は坂口征二!経歴や親子エピソードなどものイメージ

目次

  1. 1坂口憲二のプロフィール
  2. 2坂口憲二の父は坂口征二
  3. 3坂口憲二の父(坂口征二)の経歴
  4. 4坂口憲二と父(坂口征二)の親子エピソード
  5. 5坂口憲二の父以外の家族についても調査
  6. 6坂口憲二以外の有名格闘家ファミリー
  7. 7坂口憲二の父(坂口征二)は伝説的プロレスラーだった

坂口憲二のプロフィール

・愛称:???
・本名:坂口 憲二(さかぐち けんじ)
・生年月日:1975年11月8日
・年齢:45歳(2021年9月現在)
・出身地:東京都世田谷区
・血液型:A型
・身長:185cm
・体重:???
・活動内容:俳優(現在は無期限活動休止)
・所属グループ:なし
・事務所:ケイダッシュ(~2008年5月末)
・家族構成:父親(坂口征二)、母親(坂口利子)、兄(坂口征夫)、妻、子供3人

坂口憲二の経歴

坂口憲二さんはプロレスラーで柔道家の坂口征二さんと、元女優の木村利子(現:坂口利子)さんとの間に次男として生まれました。

1999年にファッション雑誌「MEN'S CLUB」でモデルデビューを果たした坂口憲二さんは、一躍人気モデルとなりました。それに並行して俳優も始めた坂口憲二さんは、様々な映画やドラマに出演、人気を不動のものとしていきます。

順調に芸能活動を続けていた坂口憲二さんですが、2018年3月31日に厚生労働省指定の特定疾患「特発性大腿骨頭壊死症」を発症していることを公表します。この病気は治すことが難しいため、坂口憲二さんは今後の芸能活動は無理だと判断し、ちょうど事務所との契約が切れる5月末で芸能活動を休止、治療に専念することにしました。

芸能活動休止後の坂口憲二さんはコーヒー焙煎士となり、2019年10月に自身のブランド「The Rising Sun Coffee」を立ち上げました。遡ること2月には、HARIO製のモバイルコーヒーミル「モバイルミルスティック」のアンバサダーに坂口憲二さんは就任しています。

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坂口憲二の父は坂口征二

坂口憲二さんのお父さんはプロレスラーの坂口征二さんですが、そのお父さんに注目が集まっています。坂口憲二さんとはイメージの違うお父さんの坂口征二さんとはどのような方なのでしょうか?

坂口征二は昭和のプロレスラー!

坂口征二さんはプロレスファンなら誰でも知っている昭和の名プロレスラーです。そんな坂口憲二さんのお父さんである坂口征二さんの経歴を調べてみました。

坂口征二とは

坂口征二さんとは1942年2月17日生まれで、福岡県久留米市出身の79歳(2021年9月現在)です。坂口征二さんは元々は柔道の選手で、高校の時に柔道三段を取得しています。1965年には「全日本柔道選手権」で優勝を果たした坂口征二さんは、その年にリオデジャネイロで行われた「世界柔道選手権大会日本代表」で出場、銅メダルに輝いています。

坂口征二さんはオリンピックを狙っていましたが、1968年のメキシコシティーオリンピックで競技種目から柔道が除外されました。失意の坂口征二さんは知り合ったプロレス関係者の誘いに応じ、プロレスラーに転向します。1967年に「日本プロレス」に入団した坂口征二さんは、武者修行のためアメリカへ渡りました。

坂口征二さんは日本人には珍しい身長196cmの大柄な体格を生かしアメリカで様々な選手と戦い実力をつけていきました。帰国後の坂口征二さんは、当時大人気だったジャイアント馬場さんやアントニオ猪木さんと並ぶスターとなっていきます。

1973年4月には「新日本プロレス」に移籍、人気が下火になりつつあったプロレス界を、坂口征二さんはアントニオ猪木さんと「黄金コンビ」として盛り立てていきました。

そんな風に時代を彩った坂口征二さんは1989年に新日本プロレスの社長に就任、一旦セミリタイアしますが、本格的に社長業に専念するために1990年3月15日の引退試合を最後にプロレスラーから退きます。

その後、社長業を藤波辰爾さんに譲った坂口征二さんは、2005年10月に自らが主宰する「坂口道場」を設立し後任の指導に当たりました。現在、坂口道場は長男の坂口征夫さんに譲っています。

キャッチフレーズ「世界の荒鷲」プロレスラーで有名

大変に強くて人気のあった坂口征二さんはファンの間から「世界の荒鷲」と呼ばれていました。他にもリングネームが「ビッグ・サカ」「ジャイアント・サカ」「マイティ・サカ」「セイジ・サカ」と様々あり、大柄な体格が表現されているようです。

強いだけでない父(坂口征二)の人柄も好評

坂口征二さんは1989年に新日本プロレスの社長に就任していますが、その理由は組織の経営が厳しく負債もあったからなのだそうです。そこで自らが社長になり坂口征二さんは自分の自宅を抵当に入れてまでして経営を立て直しました。そのような人柄から坂口征二さんはプロレスラーとしてだけでなく大変に人望があります。

坂口憲二と父(坂口征二)は似てる?

坂口憲二さんはお母さん似の様で、お父さんとはあまり似ていないと言われています。確かに坂口憲二さんと坂口征二さんでは雰囲気が違います。

父(坂口征二)に似てるか顔のパーツなどで比較

坂口憲二さんはパッと見はお父さんである坂口征二さんに似ていないように見えます。しかし細かく顔のパーツを見ていくと坂口憲二さんは鼻筋が通っていて、お父さんの坂口征二さんによく似ていました。

父(坂口征二)に対する世間の反応

坂口憲二さんのお父さんがプロレスラーの坂口征二さんと知り、世間では父子のギャップに驚いたようです。しかし当時は人気プロレスラーだった坂口征二さん世代の方々は、逆に息子さんがモデルや俳優をしていることに違うギャップで驚いています。

坂口憲二の父(坂口征二)の経歴

改めて坂口憲二さんのお父さんである坂口征二さんの経歴について調べてみました。坂口征二さんは柔道からプロレスまで格闘の世界で様々な経歴や業績を残しておられます。

父(坂口征二)の柔道経歴

坂口征二さんの柔道の経歴ですが、柔道三段の実力を活かしてオリンピックに出場したいと考えていました。様々な試合で好成績を収めていた坂口征二さんでしたが、オリンピックで柔道が競技種目から外されてしまうというピンチに見舞われます。

それでも何とかオリンピックに出たいと坂口征二さんは翻弄しますが、更にその次のオリンピックへの競技種目には選ばれたものの、坂口征二さんが出場したかったメキシコシティーオリンピックでは種目から外されたままとなってしまい、オリンピックに出場する夢は絶たれてしまいました。

父(坂口征二)のプロレス経歴

オリンピックへの出場の夢が絶たれてしまった坂口征二さんは、「日本プロレス」に誘われプロレスラーに転向しました。直後にアメリカへ武者修行に出かけた坂口征二さんは、アメリカでメキメキと腕を上げて数年後に日本に帰国します。

当時ジャイアント馬場さんやアントニオ猪木さんが人気プロレスラーとして活躍していましたが、その仲間に坂口征二さんは入りました。その後は日本を代表するプロレスラーとして坂口征二さんの名前は世間に広まっていきました。

父(坂口征二)のプロレスでの獲得タイトルは?

坂口征二さんのプロレスで取得した数多くのタイトルを抜粋してご紹介します。坂口征二さんは日本プロレス時代には「UNヘビー級王座」を2回獲得、「アジアタッグ王座」4回も獲得しています。新日本プロレス時代には坂口征二さんは「NWA北米タッグ王座」では4回、「ワールドリーグ戦」でも2回の優勝を果たしました。

坂口憲二と父(坂口征二)の親子エピソード

坂口憲二さんとお父さんである坂口征二さんのエピソードを改めて調べてみました。父子の絆も感じられるエピソードとはどのようなものなのでしょうか?

親子エピソード【坂口憲二の柔道とスポーツ推薦入学】

坂口憲二さんは高校に入る前までは柔道経験がありませんでした。しかしお父さんである坂口征二さんのコネで「明治大学中野高等学校」に柔道未経験にもかかわらずスポーツ推薦で入学します。在籍中に柔道を習った坂口憲二さんは素質があったのか二段の腕前を持つまでになりました。

親子エピソード【HONDA「エアウェイブ」CMで共演】

坂口憲二さんとお父さんの坂口征二さんは意外なところで共演していました。それはHONDA「エアウェイブ」のCMで、ドライブを楽しむ坂口憲二さんが道中で見かけた綱渡りの女性に見惚れていると、そのロープを支えているのが何とお父さんの坂口征二さんだったというものです。

親子エピソード【坂口道場の経営事情】

坂口征二さんは後任の育成のために「坂口道場」を設立しました。東京都狛江市にある坂口道場は他にはない大規模な施設を構え、充実した練習が出来るようにしていたそうです。

設立当時から、坂口憲二さんが宣伝役を担い坂口道場を盛り立ててきましたが、だんだんと経営が立ちいかなくなっていったといいます。その為、複数あった道場は閉鎖、残りは長男の坂口征夫さんが引き継ぎました。

坂口憲二の父以外の家族についても調査

坂口憲二さんのお父さんである坂口征二さんは大変に有名なプロレスラーですが、お父さん以外の家族はどのような方々なのでしょうか?

父以外に母や兄にも注目が

坂口憲二さんのお父さん以外の家族も有名な方々です。坂口憲二さんのお母さんとお兄さんについて詳しく調べてみました。

母は元女優の坂口利子(旧姓は木村)

坂口憲二さんのお母さんの坂口利子さんは元女優で、当時は木村利子さんと名乗っていたそうです。坂口憲二さんはお父さんの坂口征二さんにはあまり似ていませんがお母さん似だからでしょう。

兄はプロレスラー/総合格闘家の坂口征夫

坂口憲二さんのお兄さんはプロレスラーであり総合格闘家でもある坂口征夫さんです。現在はお父さんが設立した「坂口道場」のコーチにも携わっています。それ以外にも会社を経営しており、坂口征夫さんは様々な顔を持っています。

母(坂口利子)の女優時代の経歴は?

坂口憲二さんのお母さんである坂口利子(旧姓:木村利子)さんは結婚前は女優をされていました。当時は東宝に所属されていて、とても美人で評判でした。

兄(坂口征夫)のプロレス経歴

お兄さんの経歴ですが、柔道三段の腕前はあるものの若い時からモデルとして活躍している弟の坂口憲二さんや、プロレスラーとして一世風靡したお父さんの坂口征二さんと比べられて、坂口征夫さんは常にコンプレックスを持っていたと言います。

身長も坂口征二さん(196cm)や坂口憲二さん(185cm)と比べて坂口征夫さんは177cmと低かったため、当初は取得した一級土木施工管理技士免許を活かして建築会社に就職しました。しかし坂口征夫さんが27歳の時に習った空手で東都空手道選手権に出場して準優勝したことがきっかけで、30歳の時に総合格闘家へ転身します。

坂口征夫さんのデビューは33歳でしたが、年齢的に少し遅かったためか故障に苦しみ思ったような成績は上げられませんでした。2012年にプロレスにも参戦した坂口征夫さんは本領を発揮、2015年8月にはKO-D無差別級王座初戴冠で第54代王者となっています。

兄(坂口征夫)とは仲良し関係の様子

坂口憲二さんと坂口征夫さんとは仲が良いようです。時々SNSにお2人の写真がアップされることがあると言います。

坂口憲二以外の有名格闘家ファミリー

坂口憲二さん以外にも格闘家ファミリーで注目を集めている有名人がいます。どのような方の家族が格闘家で活躍しているのでしょうか?

有名格闘家ファミリー【赤井英和篇】

赤井英和さんは1959年8月17日生まれで、大阪府大阪市西成区出身の62歳(2021年9月現在)です。中学高校と喧嘩に明け暮れていたと言われている赤井英和さんですが、実際には数回ほどしか喧嘩をしたことがなかったといいます。

しかしボクシングで有名な亀田3兄弟のお父さんである亀田史郎さんの兄弟とは、赤井英和さんは喧嘩をしたことがあるそうです。

赤井英和さんは高校でボクシングを始め、学生ながらプロの道へ進むほどの才能を見せています。「難波のロッキー」と呼ばれ全国的にも有名になった赤井英和さんでしたが、試合で急性硬膜下血腫と脳挫傷になりドクターストップを受けボクサーを引退しました。引退後に転向した俳優業で、またもや頭角を現した赤井英和さんは数々の賞を受賞しています。
 
そんな赤井英和さんは2度の結婚をしており、子供が5人います。その中の息子である英五郎さんは現在26歳(2021年9月現在)で、2021年9月11日にプロボクサーになりました。娘の赤井沙希さん34歳(2021年9月現在)は、女優やタレント活動をしながらプロレスラーもしています。

有名格闘家ファミリー【野沢直子篇】

野沢直子さんは1963年3月29日生まれで、東京都出身の58歳(2021年9月現在)です。1983年に芸能界デビューした野沢直子さんは、コント番組「夢で逢えたら」に出演したことをきっかけに瞬く間に人気タレントとなっていきました。

順調に芸能活動を続けていた野沢直子さんでしたが、1991年3月に突然に日本での芸能活動休止を宣言しアメリカへ渡りました。アメリカに渡った野沢直子さんはバンド活動を開始、バンドメンバーの男性と結婚します。年に数回は日本に来てテレビ番組に出演している野沢直子さんは「出稼ぎタレント」と言われるようになりました。

そんな野沢直子さんの長女である真珠(真珠・野沢オークライヤー)さんは27歳(2021年9月現在)で、総合格闘家として活躍しています。

有名格闘家ファミリー【朝倉未来篇】

朝倉未来さんは1992年7月15日生まれで、愛知県豊橋市出身の29歳(2021年9月現在)です。総合格闘家として活躍をしている朝倉未来さんは、YouTuberや実業家に歌手というマルチな顔を持っています。少年時代に極真空手を習っていた朝倉未来さんは大人になるまでは暴走族の副総長として名を挙げていたそうです。

無免許運転で少年院に入っていた朝倉未来さんは退院後に格闘家の道を目指しました。「RIZIN」で知名度を上げていった朝倉未来さんは、2021年6月13日の試合で失神して負けたことをきっかけに引退を考えましたが、ファンからの熱い要望を受けて現役続行を決めています。

朝倉未来さんには朝倉海さんという弟がいますが、彼も総合格闘家として活躍しています。朝倉未来さんのお父さんは一般の方のようですが怒らすと怖いそうで、やんちゃの限りを尽くしてきた朝倉未来さんでさえも怖がっているのだそうです。

坂口憲二の父(坂口征二)は伝説的プロレスラーだった

坂口憲二さんのお父さんである坂口征二さんについて調べてきました。坂口征二さんはプロレスが強いだけでなく温情に厚く人気のある方だと分かりました。今でも当時の伝説を懐かしむ多くのプロレスファンがおり、坂口征二さんはこれからも英雄で語り継がれることでしょう。

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この記事のライター
望花
趣味は京都の面白くてマイナーな神社仏閣や観光地巡り、特技はアクセサリー作りとタロット占い、最近はビジュアル系にハマ...

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