佐田正樹(バッドボーイズ)の現在!嫁や車は?福岡時代など昔のエピソードも!

元暴走族総長で有ったバッドボーイズ・佐田正樹。今回はそんな「佐田正樹の現在!」と題し、高校時代や嫁との出会い等昔のエピソードを中心にまとめてみました。また車好きとして知られる佐田正樹の愛車ローレルへの愛着が分かる動画も併せてご紹介致します!

佐田正樹(バッドボーイズ)の現在!嫁や車は?福岡時代など昔のエピソードも!のイメージ

目次

  1. 1佐田正樹(バッドボーイズ)とは
  2. 2佐田正樹の現在
  3. 3佐田正樹の嫁は?
  4. 4車好きで知られる佐田正樹
  5. 5昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード
  6. 6佐田正樹は現在会社を設立し棟梁としても活躍中

佐田正樹(バッドボーイズ)とは

それでは早速佐田正樹の現在の様子や過去の逸話等をご紹介して参りたいと思いますが、その前に佐田正樹とは如何なる人物かを簡単におさらいしておきましょう。先ずは佐田正樹のプロフィールと経歴からご紹介させて頂きます。

佐田正樹(バッドボーイズ)のプロフィール

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・愛称:不明
・本名:佐田正樹(さた まさき)
・生年月日:1978年9月13日
・年齢:40歳(2019年5月現在)
・出身地:福岡県糟屋郡篠栗町
・血液型:A型
・身長:173cm
・体重:67kg
・活動内容:お笑い芸人、工務店経営
・所属グループ:バッドボーイズ
・事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
・家族構成:妻

佐田正樹(バッドボーイズ)の経歴

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佐田正樹(バッドボーイズ)は福岡県糟屋郡篠栗町の出身で、1978年9月13日生まれの現在40歳。よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属するお笑いコンビ「バッドボーイズ」のツッコミ担当として活躍中の芸人です。

バッドボーイズとは

ツッコミ担当の佐田正樹とボケ担当の大溝清人によって1997年に結成された「バッドボーイズ」。彼等は福岡第一高等学校の同級生であり、暴走族グループ「福岡連合」のメンバーとしても活動を共にしていた間柄でした。

実はこのバッドボーイズは結成当初3人組だったそうです。しかし「ひかるS」というメンバーが「ボクサーになりたい」と言ってバッドボーイズを脱退。以降は現在に至るまでコンビとして活動を行っています。

2004年に東京吉本へと移籍したバッドボーイズは、その年のM-1グランプリで準決勝進出。2006年にも同じく準決勝進出を果たしますが、未だ優勝には至っておりません。『THE MANZAI 2011』では本選サーキット出場権を得たものの、こちらも決勝戦への進出は成りませんでした。

バッドボーイズは基本漫才がメインで、型にはまらない自由で独特な世界観を作り出すのが特徴の1つ。彼等の暴走族時代のエピソードがネタに取り入れているのもポイントです。そんなバッドボーイズの今後の更なる活躍にも注目です!

佐田正樹の現在

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それでは早速本題に入りましょう。先ずは佐田正樹の現在についてです。現在もお笑い芸人として活躍中の佐田正樹ですが、彼は芸人以外としても様々な顔を持つことで知られています。そんな佐田正樹の現在の活動状況を詳しくご覧頂きましょう。

現在佐田正樹は「佐田工務店」の棟梁として活躍中

現在佐田正樹は芸人としての活動の他に、自らが立ち上げた「佐田工務店」の棟梁としての活動も行っています。佐田正樹の実家は塗装業を営んでおり、ペンキの塗り方や養生の仕方を手伝いの中でマスター。また隣家の大工さんからは大工仕事に関してのイロハを教えて貰っていたそうです。

そんな佐田正樹が東京に来て一人暮らしを始めて暫くしてから、ひょんな事をきっかけに自宅のインテリアのDIYに取り掛かる事に成ったのだとか。そうしてその後どっぷりとDIYに浸っていった佐田正樹は、やがて本格的に「佐田工務店」を立ち上げる事に成ったのだそうです。

DIYされた自宅もお洒落と話題に

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そんな佐田正樹のDIYされた自宅が非常におしゃれであると話題を呼びました。彼が最初に手掛けたのは千原ジュニアに貰ったテレビ台だったそうで、コレをどうにかして木にすることが出来ないか?という事から佐田正樹のDIYはスタートしたのだそうです。

このテレビ台を始めとして次々と自宅インテリアのDIYに取り掛かっていった佐田正樹は、その後は何と壁のDIYにも着手。そうして完成した佐田正樹の自宅DIYは、優しくて暖かく、且つおしゃれな雰囲気へと仕上げられました。

現在もバッドボーイズとして活動を行っている

そんな佐田正樹ですが、本業のお笑い芸人も当然継続中であり現在もバッドボーイズとして活動中です。東京新宿の「ルミネtheよしもと」でのステージ公演等に参加して居るようなので、興味が有る方は吉本興行のHPで確認してみては如何でしょうか?

著書「デメキン」を出版した佐田正樹

また佐田正樹にはもう1つ「作家」としての顔があります。彼は自身の半生を書き下ろした小説「デメキン」を2009年にワニブックスより刊行。この著書の中ではいじめられっ子だった少年時代から、不良デビューする中学時代、そして暴走族の総長として過ごした青春時代が描かれています。

映画「デメキン」の公開で更に注目度UP

同年には漫画化も行われるなど(秋田書店「ヤングチャンピオン」で現在も連載中)多方面から注目を集め、2017年には映画として実写化。実写版での主役は健太郎が担当しこちらも大きな話題を呼びました。

パンクブーブー黒瀬との現在の関係とは

バッドボーイズの佐田正樹と2009年のM-1グランプリ覇者であるパンクブーブーの黒瀬純は、同じ福岡吉本の8期生なのですが、元々2人は地元の知り合いで、黒瀬の3つ下の弟が佐田正樹と同級生なのだそうです。

そんな佐田正樹に対し黒瀬は昔土下座させた事が有るのだと言います。どうやら小学6年生の時に黒瀬の弟が佐田正樹に喧嘩して負けたらしく、その仇を当時中3の黒瀬が取ったのだという事だそうです。今ではネタに成っていますので、この件に関してのわだかまりは無いようですね。

パンクブーブー黒瀬とは

・愛称:不明
・本名:黒瀬純(くろせ じゅん)
・生年月日:1975年5月8日
・年齢:44歳(2019年5月現在)
・出身地:福岡県糟屋郡篠栗町
・血液型:O型
・身長:163cm
・体重:非公開
・活動内容:お笑い芸人
・所属グループ:パンクブーブー
・事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
・家族構成:妻、子供

佐田正樹の嫁は?

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続いては佐田正樹の嫁についてご紹介して参りたいと思います。ある番組での公開プロポーズが話題になった佐田正樹と嫁の恭子。ここではそんな佐田正樹と嫁についてまとめてみました。

11年間の交際を経て2007年に嫁の恭子と結婚した佐田正樹

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佐田正樹が嫁の恭子と結婚したのは2007年の事ですが、何と2人は11年間の交際を経てゴールインしたのだとか。18歳の頃からこの嫁と交際を続けた佐田正樹は、長い道のりの末にめでたく結婚へと辿り着いたのでした。

嫁も佐田正樹同様に元ヤンキーであるとの噂が

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そんな佐田正樹の嫁ですが、昔は佐田正樹同様にヤンキーだったのではないか?という噂が有るようです。こちら調査してみましたが、確かに佐田正樹の嫁が昔ヤンキーだった様ですね。ただ、奥さんは一般人ですので当時の様子が分かる様な画像などは特に出回っていないようです。

嫁への公開プロポーズ企画が話題に

佐田正樹は2007年1月のテレビ番組「スイッチ」で嫁の恭子に対し公開プロポーズを行っています。これを嫁の恭子が承諾した事で2人は晴れて夫婦に成ることが決定した訳ですから、そんな幸せな瞬間をテレビで観ることが出来た視聴者もまたラッキーですよね!

現在は未だ嫁との間に子供はいない

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2019年5月時点では未だこの2人の間に子供はいないようです。既に2人は40歳ですので、子供を作るのであれば成るべく早い方が良いのでしょうが、果たして?

車好きで知られる佐田正樹

芸能界きっての旧車好きとして知られる佐田正樹。ここではそんな佐田正樹と愛車についてご紹介して参りたいと思います。果たして彼にとって愛車ローレルとは如何なる存在なのでしょうか?

「旧車芸人」として知られる佐田正樹

芸能界きっての旧車好きとして知られる佐田正樹。アメトーーク!の「旧車芸人」回に出演し、ご自慢の愛車を披露していましたが、そのセンスもやはりコテコテのヤンキーセンスだったと話題に成りました。

佐田正樹の愛車の車種は日産「ローレル」

そんな佐田正樹の愛車は1972年~1977年に発売された「KHC130」という型式のローレルです。この型式は通称「ブタケツローレル」と呼ばれ、旧車好きには人気の高い一台として知られています。旧車好き以外には只の古臭い車ですが、マニアにとってはたまらない一台なのでしょう。

徹底的なカスタマイズが施されている佐田正樹の愛車

そんな愛車のローレルに対し、佐田正樹は徹底的な迄のカスタムを施しているそうです。自動車まとめサイトではありませんので詳細なカスタム内容はここでは省略させて頂きますが、エンジン、外装、足回りに至るまで拘りに拘り抜いたカスタムを施し、今や手を掛ける部分は1つも残されていないそうです。

購入時は白だった愛車は現在「紫」に

このローレルですが佐田正樹が購入した際のボディーカラーは白だったそうですが、今やボディーカラーは紫色に。これは先に黄色のホイールを頂いていたからだそうで、そのホイールに併せてボディーカラーも紫に全塗し直したのだとか。まあこの辺は自動車のカスタムを行う上では常套手段といったところです。

この紫は只なる紫色ではなく、昼間はパープルに見えて、夜はブラックに見えるという「ミッドナイトパープル」という紫色で塗られていると言いますから、塗装1つに関しても相当なこだわりで選んだ事が伺えます。

佐田正樹の愛車「ローレル」の値段は?

気になる愛車のお値段ですが、最初このローレルは430万円で販売されていたのだと言います。それをカクカクシカジカの経緯で手に入れた佐田正樹ですが、結局は相当な金額をこのローレルに注ぎ込んだと言われています。

現在のこの車の相場ですが中古車市場でも400万円はザラで、状態が良ければ700万円程で取引される事もあるのだとか。あくまでもマニア向けの自動車ですので市場価格だけでは判断の仕様がありませんが、かなりのプレミアムアイテムである事は間違いありません。
 

佐田正樹が愛車を購入する迄の経緯とは

上京後数年間はBMWを所有していた

上京した当時の佐田正樹はBMWに乗っていたそうです。勿論その当時は未だ今ほどバッドボーイズも売れておらず、当然お金も持っていなかったとか。それでも車好きな佐田正樹は車が欲しかったらしく、知り合いの作家さんにお願いして手放すタイミングで安く譲って貰ったそうです。

自動車イベント「D1」で旧車への思いが募る

そんな中、佐田正樹に自動車イベントである「D1」の仕事が舞い込む事に成りました。元々自動車好きな佐田正樹にとってはこの仕事はたまらない仕事だったそうです。そうして会場内の旧車達を眺めているうちに「旧車を所有したい!」という欲望が沸々と湧き上がってきたのだとか。
 

佐田正樹の値段交渉が凄かった

改めて自分が乗りたい旧車をアレコレと思い浮かべ、最終的に「やはりローレルしか無い!」という選択肢に辿り着いた佐田正樹。

そんな彼に同じく旧車好きであるレイザーラモンRGが、「ロッキーオートっていう名古屋にある車屋さんに、エンジン乗せ換えで、RBエンジンというのがあるよ」との連絡が。D1の関係者にこの事を話したところ「コレを企画にしよう」という話に成り、『バッドボーイズ佐田の旧車道』っていう企画でこの販売店を訪れる事に。

お目当てのローレルの販売価格は430万。佐田正樹が値引き交渉を行い300万でOKという返事を貰うもそれに妥協せず、更なる譲歩を引き出して最終的には現状売り切りで200万円でこのローレルを購入。何と売値の半額以下での購入と成りました。

勿論コレは番組であるという事を加味した部分が大ですが、何にせよコレで佐田正樹は夢のローレルをゲットすることに成功した訳です。

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード

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では最後に佐田正樹の伝説的なエピソードをご紹介して締めくくりたいと思います。数々の伝説的エピソードを持つ佐田正樹。果たして彼はどの様な学生時代を過ごして来たのでしょうか?

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード①暴走族の総長だった

高校時代の佐田正樹が暴走族の総長であったのは有名な話ですね。それも数人程度の暴走族ではなく、当時の福岡では最大勢力を誇った「幻影」というグループの総長で、しかもそれら幾つかの暴走族が集結する福岡連合の二代目総長をも務めていたのです。

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード②逮捕され福岡少年鑑別所へ

佐田正樹は高校時代に逮捕され、その後の1年3ヶ月を福岡少年鑑別所で過ごします。高校生で逮捕→鑑別所と成れば高校も退学やむなしですが、教師の計らいで「入院していた」という事に成り、その結果佐田正樹は高校を卒業する事が出来たそうです。

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード③高校入学直後に停学処分

佐田正樹が入学した高校は「福岡第一高等学校」という高校ですが、この高校は馬鹿とヤンキーしかいない学校だったのだとか。そんな高校に入学した佐田正樹もまた彼等と同じヤンキーですから、早速トイレで先輩にガンを飛ばします。

彼は数名の先輩によって袋叩きにされたのですが、そのままで黙っていない佐田正樹はトイレ掃除用のモップを手に背後から近付き、彼等に対し一撃を食らわせたそうです。結局そこを教師に取り押さえられた佐田正樹は、高校入学直後にも関わらず停学処分を喰らうことに。

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード④全面戦争に勝利

例の一件の後、佐田正樹は一年生の間で英雄的な存在と成りました。対する2年生は佐田正樹に対して反撃を試みます。その結果1年と2年の間で全面戦争が行われる事となり、結果佐田正樹率いる1年生がこの戦いに勝利したのだとか。

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード⑤タイマン勝負

既に高校2年生で暴走族の総長と成っていた佐田正樹。彼はタイマン勝負で無類の強さを誇ったと言います。通称「山タイマン」といって、双方の総長がそれぞれの組織のOBの車に乗って山へ行き、そこでタイマンを張り、勝ったものだけが再び車で戻ってくるというタイマンが有ったそうですが、彼はそのタイマンの絶対勝者だったそうです。

昔はかなり凄かった⁉「佐田正樹」福岡時代のエピソード⑥入れ墨

若気の至りか佐田正樹は中学の時に入れ墨を入れたそうです。両肩に龍の入れ墨が入っているのですが、芸人としてはNGな為現在これを公にすることはありません。

佐田正樹は現在会社を設立し棟梁としても活躍中

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今回はバッドボーイズ佐田正樹についてご紹介して参りました。現在は会社を設立し棟梁としても活躍中の佐田正樹。今後の更なる活躍に期待です!

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