佐田正樹の昔がエグい?当時の武勇伝などのエピソードも
お笑い芸人・俳優・YouTuberとして人気を博しているバッドボーイズ・佐田正樹さんの昔がエグいと話題になっています。佐田正樹さんの昔はどうエグいのかを振り返ってみましょう。佐田正樹さんがエグかった頃の武勇伝やエピソードもご覧下さい。

目次
佐田正樹(バッドボーイズ)のプロフィール
・愛称:作田晴男、まぁちょん、作田ブルースカイ晴男など
・本名:佐田正樹(さたまさき)
・生年月日:1978年9月13日
・年齢:43歳(2021年10月現在)
・出身地:福岡県糟屋郡篠栗町
・血液型:A型
・身長:173㎝
・体重:70㎏
・活動内容:お笑い芸人、俳優、YouTuber
・所属グループ:バッドボーイズ
・事務所:吉本興業
・家族構成:後述します
佐田正樹の経歴
1978年9月13日に生まれた佐田正樹さんは、高校の時の担任教師に将来の目標を聞かれ、「俳優か歌手」と答えたところ、「お笑いやれ」と言われました。それがきっかけで1997年にバッドボーイズを結成したのでした。担任教師がお笑いをやれと言った理由は「俳優は台詞を覚えるのが大変だから」だそうです。
2002年に福岡吉本から東京本社に移籍したバッドボーイズはM-1グランプリに2度出場しましたが、いずれも準決勝進出がバッドボーイズの最高結果でした。しかし、バッドボーイズは多くのファンに支持されています。佐田正樹さんのバッドボーイズとしての活動以外も見てみましょう。
高校の頃の「俳優になりたい」という夢は2004年に叶え、2021年10月には4度目の一人芝居の舞台で話題を集めています。2014年には黒瀬純さんと共に篠栗町ふるさと観光大使に就任しました。しかし、事情で2人共2年に1度の更新制になっています。その事情は次の章の最後に解説します。
佐田正樹の愛車に注目が
佐田正樹さんの愛車に注目が集まっています。佐田正樹さんは自身のYouTubeチャンネルで度々愛車を紹介していて、それが「かっこいい!」と視聴者の間で話題になっているのです。
現在乗っている愛車は「ブタケツローレル」という愛称で呼ばれるKHC130型ローレルSGX(1976年式)です。1976年式と呼ばれる位ですからクラシックカーと言って良い古い車なのですが、佐田正樹さんはその愛車をとても大切にしています。その姿も「かっこいい」のです。
佐田正樹の佐田工務店とは
佐田正樹さんの佐田工務店について解説します。佐田正樹さんは2020年2月に車・バイク・オリジナル家具などのDIYを中心にしたYouTubeチャンネル「SATAbuilder's」を開設しました。
このYouTubeチャンネルには度々登場する佐田工務店というのが、以前からの知人だった職人達と結成したグループなのです。「第18回ホビー産業大賞 経済産業省 製造産業局長賞」を受賞したという実績もあります。
佐田正樹の少年院での講演会にも注目が
佐田正樹さんの少年院での講演会にも注目が集まっています。佐田正樹さんはツイッターやインスタグラムに「慰問いくもん」というタグを付けて少年院へ慰問に訪れている事を告知してきました。慰問ではバッドボーイズの漫才を披露するのではなく、自分の経験談などを語っているそうです。毎年行なわれる少年会での講演会は大好評を得ていました。
少年院での講演会を開く理由は昔が関係?
浪速少年院で1時間の講演会。
— バッドボーイズ佐田 (@kisamakono) June 14, 2021
みんな素直な可愛らしい笑顔でした。
頑張れ日本の宝達‼︎ pic.twitter.com/vfYFNv3iTD
少年院での講演会を開く理由は昔が関係しているようです。佐田正樹さんは少年院で過ごしていた事があります。その頃に自分が経験した事を少年院にいる少年達に語りかけているのです。その後少年院を出た少年達が佐田正樹さんにSNSを通してメッセージを送ってくる事もあり、佐田正樹さんはそれにも対応して少年達の活動を支えているのでした。
佐田正樹の昔がエグい?
バッドボーイズ・佐田正樹さんの昔がエグいと話題になっています。佐田正樹さんの昔はどうエグいと言われているのでしょうか?佐田正樹さんがエグかった頃の経歴をチェックしてみましょう。
佐田正樹の昔は暴走族
佐田正樹さんは元総長ですが元いじめられっ子でもありました。そんな佐田正樹さんを心配した父親が暴走族ネタの人気作品のビデオを見せて英才教育を施した結果、小学2年の時にはいじめられていた佐田正樹さんが、小学3年の時にはいじめた相手に報復するまでになっていました。そこから喧嘩が強くなっていき、暴走族への道を突き進んでいったのです。
バッドボーイズの由来と暴走族時代の関係性は?
バッドボーイズの由来と暴走族時代の関係性を見てみましょう。経歴の項で担任教師に勧められてお笑い芸人になったと書きましたが、担任教師は佐田正樹さんにお笑いを勧めた時に同級生の黒沢清人さんとコンビを組む事を提案したのです。
黒沢清人さんも佐田正樹さんが所属していた暴走族「福岡連合」出身でした。バッドボーイズの2人は暴走族時代からの友人なのです。
佐田正樹の暴走族歴
佐田正樹さんの暴走族歴をご紹介します。佐田正樹さんはどんな経緯を経て暴走族に入団し、後に少年院に収監されるほどの悪になっていったのでしょうか?佐田正樹さんの暴走族歴を時系列順に振り返っていきましょう。
暴走族歴:高校1年生で暴走族「幻影」に入団
バッドボーイズ佐田正樹
— 竜 (@NoBuToKi0624) September 2, 2020
元
福岡連合二代目総長及び
暴走族「幻影」の元総長で、
当時の福岡では最大勢力を誇った
すごかったみたいです!! pic.twitter.com/Xj3IPVK3dD
佐田正樹さんは高校1年生で暴走族「幻影」に入団しました。幻影が初めて所属した暴走族でした。幻影では黒瀬純さんとの邂逅していますが、こちらは出会いではなく再会です。佐田正樹さんと黒瀬純さんの出会いは次の章の半ばでご覧下さい。
暴走族歴:「福岡連合」二代目総長
佐田正樹さんは高校2年生の時に幻影だけではなく福岡連合にも所属しました。福岡連合は福岡県最大の暴走族でした。佐田正樹さんはその大規模な暴走族の二代目総長になったのです。
佐田正樹さんが自身のYouTubeチャンネルで「総長系YouTuber」と自称するのはこちらが由来になっています。400人のメンバーを束ねる立場になった佐田正樹さんは、その勇名を福岡中に轟かせる存在になっていきました。
暴走族歴:暴走族「幻影」総長
お清、お花ありがとう。初日2回公演無事に終わりました。はぁーくたびれた。残りあと5公演。 pic.twitter.com/K7bFcVFeHg
— バッドボーイズ佐田 (@kisamakono) October 20, 2021
佐田正樹さんが束ねていたのは福岡連合だけではありませんでした。最初に所属した暴走族である幻影でも総長に任命されたのです。それだけの実力と胆力を兼ね備えていると認められての事でしょう。そんな佐田正樹さんの昔の武勇伝とエピソードは次の章でご覧下さい。
暴走族時代の昔は逮捕歴もあり?
暴走族時代の昔は逮捕歴もありました。佐田正樹さんが逮捕された時には警察署内がお祭り騒ぎになるほどの悪だったのです。逮捕された後には少年院に送られました。佐田正樹さんは少年院での規則正しい生活に発狂しそうになっていたそうです。
そんな佐田正樹さんが黒瀬純さんと共に篠栗町ふるさと観光大使を務める事に篠栗町町長が渋い顔をしました。更に「任期中に悪事をしでかすかも知れない」という声が上がったため、観光大使が2年に1度の更新制になったのでした。
佐田正樹の昔の武勇伝やエピソード!
佐田正樹さんの昔の武勇伝やエピソードをご紹介します。佐田正樹さんの中学時代の武勇伝・エピソードから高校時代までの武勇伝・エピソードを振り返ってみましょう。
昔の武勇伝やエピソード【中学時代の刺青と強盗】
佐田 正樹の中学時代www
— 森 雄飛 (@Jungah802) September 10, 2013
彼が変形学生服に目覚めた時かな? pic.twitter.com/kKqgB1dHiq
佐田正樹さんは中学2年の時に不良仲間と時計を盗んだ事があります。ショーウィンドウを割って強奪するという極めて豪快な手段で、盗んだ時計はそのまま質屋に持って行ったために犯行が露見したのですが、友達の助けによって逮捕は免れたそうです。中学2年の時には刺青も入れました。かなり濃い密度の1学年を過ごしたのです。
昔の武勇伝やエピソード【福岡第一高等学校で停学処分】
佐田正樹の高校時代だってよ pic.twitter.com/PjHYBK1KST
— 大澤直輝[ちくビーナス] (@naokioosawa50) June 20, 2013
高校に入って間もない頃、強面の佐田正樹さんは先輩達に睨まれるようになりました。それに対して佐田正樹さんが臆する様子もなく睨み返した事で先輩達の怒りを買い、トイレに連れ込まれて5~6人に殴られました。しかし、佐田正樹さんはその場でも負けずにモップで先輩達の頭を殴っています。
この件で佐田正樹さんは停学処分となりましたが、停学が明けた後に発生した1年生対2年生の抗争に見事勝利した事で、佐田正樹さんは学校のヒーローになったのでした。
昔の武勇伝やエピソード【黒瀬純に土下座】
喧嘩では負け知らずを誇っていた佐田正樹さんにも頭が上がらない相手がいます。それは黒瀬純さんです。小学6年の時に黒瀬純さんの弟と喧嘩して勝ったまでは良かったのですが、その後中学3年だった黒瀬純さんに呼び出されて殴り倒され、更に土下座までさせられました。この時の苦い経験が現在も影響しているのです。
昔の武勇伝やエピソード【逮捕で修学旅行を断念】
佐田正樹さんは高校に進学しないつもりだったのですが、修学旅行先がハワイという母親の言葉に乗せられて高校に入学しました。しかし、修学旅行に出発する当日、予定より2時間早く起こされた佐田正樹さんは呆然とする事になります。
ベッドの周りには警察官が立っていてその場で逮捕され、警察署に連行されたのです。修学旅行は断念せざるを得ませんでした。
昔の武勇伝やエピソード【山タイマンで勝つ】
暴走族用語に「山タイマン」というものがあります。暴走族の頭だけがY32という車種の車に乗せられて山の頂上に連れて行かれ、タイマン勝負で勝った者だけがその車で仲間達の元へ帰る事ができるという形のタイマンです。
佐田正樹さんは相手暴走族の総長と死闘を繰り広げた末に勝利し、200人の仲間が待つ場所へ戻りました。その佐田正樹さんを仲間達は大歓声で迎えたのでした。
佐田正樹の嫁も昔は暴走族?
佐田正樹さんの嫁も昔は暴走族だったという噂が浮上しています。佐田正樹さんの高校時代の同級生だったという嫁が元暴走族という噂の真相やプロポーズのエピソードをご覧下さい。
嫁は高校時代の同級生「佐田恭子」
佐田正樹さんの嫁は高校時代の同級生の佐田恭子さんです。旧姓は公表されていません。佐田恭子さんは芸能人ではありませんが、佐田正樹さんと絡んでテレビに出演しています。快活そうな雰囲気の美人で、佐田正樹さんの一目惚れから始まったという恋の馴れ初めにも頷けるような素敵な女性です。
テレビでの公開プロポーズも話題に
佐田正樹さんが佐田恭子さんにテレビで公開プロポーズをした事も話題になりました。佐田正樹さんが佐田恭子さんに一目惚れして始まった交際は11年続いていましたが、2007年1月に放映されたバラエティ番組『スイッチ』で佐田恭子さんに公開プロポーズをして、佐田正樹さんと佐田恭子さんは夫婦になったのでした。現在も仲睦まじく暮らしています。
嫁(佐田恭子)も元暴走族との噂
嫁の佐田正樹さんも元暴走族だという噂は本当なのかを調査した結果、佐田恭子さんも元暴走族というのは事実である事が確認できました。佐田恭子さんはレディースの総長とまではいかなかったようですが、佐田正樹さんがお笑い芸人として売れる前からずっと佐田正樹さんを支え続けていた芯の強い女性でした。
嫁(佐田恭子)の昔の画像はある?
嫁の佐田恭子さんの昔の画像も探しました。レディース時代の佐田恭子さんもかなりの美人だったのは間違いないので残念ですが、ネット上では発見できませんでした。佐田正樹さんが佐田恭子さんの許可を得て昔の画像を公開してくれる事に期待しましょう。
嫁(佐田恭子)との間に子供は何人?
佐田正樹さんと嫁の佐田恭子さんとの間に子供は何人いるのかを見てみましょう。調査の結果、佐田正樹さんと佐田恭子さんには子供がいない事がわかりました。子供がいない夫婦の方が恋人気分が長持ちするという説もあります。しかし、それとは関係なく、暴走族時代から付き合ってきた夫婦の絆は強いのでしょう。
佐田正樹以外の昔の武勇伝が話題の芸能人
佐田正樹さん以外にも昔の武勇伝が話題になっている芸能人がいて、その中には意外すぎると言われる人も混じっています。この章では、佐田正樹さんのようにエグい昔話を持つ3人の芸能人の武勇伝をご覧下さい。
昔の武勇伝が話題の芸能人【宇梶剛士】編
宇梶剛士さんの昔の武勇伝を見てみましょう。宇梶剛士さんも昔は暴走族でした。当時関東だけではなく全国的に名を知られていた暴走族・ブラックエンペラーの総長だったのです。ブラックエンペラー総長を17歳から務めていたというのも立派な武勇伝なのですが、小学生時代には1人で中学生数人を相手どって喧嘩をしたという武勇伝も知られています。
昔の武勇伝が話題の芸能人【小泉今日子】編
小泉今日子さんの昔の武勇伝を見てみましょう。若い頃は数々のヒット曲を出してトップアイドルと呼ばれた小泉今日子さんも、地元の厚木市で最大勢力を誇っていたレディースの総長を務めていた事がありました。名ばかりの総長ではなく、腕力や持ち前の迫力で相手を圧倒して勢力を強めていたそうです。それが女優活動に活きていると言われています。
昔の武勇伝が話題の芸能人【ウド鈴木】編
ウド鈴木さんの昔の武勇伝を見てみましょう。温厚な人柄で知られるウド鈴木さんも昔は暴走族に所属していました。しかもただのメンバーではなく特攻隊長だったのです。
現在は荒れていた昔を思わせる言動があまり見られませんが、街なかでチーマーに囲まれた時に昔の特攻隊長の威圧感を発して相手を退けたという武勇伝や、相方の天野ひろゆきさんを呼び捨てにしたチーマーに説教をしたというエピソードが有名になっています。
佐田正樹は昔の暴走族時代の武勇伝が凄かった
佐田正樹さんは「昔の暴走族時代の武勇伝が凄い」と多くの人に感嘆されています。暴走族というのは憧れられる存在ではないのですが、暴走族だったからではなく、暴走族時代に見せた佐田正樹さんの生き様が、それを知った人達の心をとらえるのではないでしょうか?
