沢田康彦まとめ!経歴や本上まなみとの馴れ初めも!子供は?

編集者やエッセイストとして活動している沢田康彦さんは女優の本上まなみさんと結婚しています。今回は、そんな沢田康彦さんのプロフィールなど、沢田康彦さんにまつわる情報を紹介します。本上まなみさんとの馴れ初めや、子供についても見ていきましょう。

沢田康彦まとめ!経歴や本上まなみとの馴れ初めも!子供は?のイメージ

目次

  1. 1「暮しの手帖」編集長・沢田康彦とは
  2. 2沢田康彦の経歴
  3. 3沢田康彦と本上まなみの馴れ初め
  4. 4沢田康彦の子供について
  5. 5沢田康彦と本上まなみが別居?
  6. 6沢田康彦は妻との夫婦仲も良く編集長の仕事も順調

「暮しの手帖」編集長・沢田康彦とは

沢田康彦さんは家庭向け総合生活雑誌「暮しの手帖」の編集者を務めています。まずはそんな沢田康彦さんのプロフィールから紹介します。

沢田康彦のプロフィール

・愛称:不明
・本名:沢田康彦
・生年月日:1957年10月生まれ
・年齢:61歳
・出身地:滋賀県
・血液型:不明
・身長:不明
・体重:不明
・活動内容:編集者、エッセイスト、映画評論家、映画プロデューサー
・所属グループ:なし
・事務所:暮しの手帖社
・家族構成:妻(本上まなみ)、娘、息子
・出演作品:なし

Thumb本上まなみってどんな人?略奪婚や電撃結婚の真相は?学歴や出身も!
タレント・ナレーターなど幅広く活躍している本上まなみはどんな人なんだろう?出身地や学歴、あの...

沢田康彦の経歴

プロフィールの次に沢田康彦さんの経歴を紹介します。沢田康彦さんは編集者ですが、それ以外にもエッセイストや映画プロデューサーという一面も持ち合わせています。

大学在学時に「本の雑誌」書店配本部隊に参加

沢田康彦さんは上智大学外国語学部フランス語学科を卒業しています。大学在学中には月刊誌「本の雑誌」の書店配本部隊に参加していたようです。

初期の「本の雑誌」は関係者による契約書店への持ち込みが主だったため、大学生の有志による配本部隊は強力な助っ人だったのだそうです。沢田康彦さんの他には、お笑い演芸専門誌「カジノフォーリー」の編集者だった竹本幹男さんも書店配本部隊に参加していたといいます。

椎名誠主宰「東ケト会」にも参加

沢田康彦さんは作家の椎名誠さんが主宰する「東ケト会」にも参加していたといいます。「東ケト会」は1963年に椎名誠さんを中心に結成された野外キャンプ会で、正式名称は「東日本何でもケトばす会」です。

「東ケト会」の主な活動は、離島やキャンプ地で宿泊し、焚き火宴会を行うことです。参加者は男性のみに限られており、荷物を運んだり片づけをするといった少し面倒な役割は「ドレイ」と呼ばれる若手参加者が担当することが決められていました。

沢田康彦さんはこの「ドレイ」として「東ケト会」に参加していたようです。「東ケト会」はその後「怪しい雑魚釣り隊」や「怪しい探検隊」などに名前を変えて存続しています。椎名誠さんの著書「怪しい探検隊」シリーズには沢田康彦さんも実名で登場しているようです。

大学卒業後にマガジンハウス入社

沢田康彦さんは大学卒業後の1982年、出版社・マガジンハウスに入社しています。入社後は宣伝部を経て、「BRUTUS」や「Tarzan」、「olive」などの雑誌を編集していたようです。

そして、沢田康彦さんは書籍部編集長になりますが、2010年に約30年務めたマガジンハウスを退社しています。

映画製作会社「ホネ・フィルム」参加やプロデュースを担当

沢田康彦さんは編集者として活動するほか、映画評論家や映画プロデューサーとしても活動中です。1990年に椎名誠さんが映画制作会社・ホネ・フィルムを設立しているのですが、沢田康彦さんはこの会社に参加しています。

ホネ・フィルムの主要スタッフは「東ケト会」で「ドレイ」として働いていたメンバーがほとんど。この事実を知ったスタッフは「ドレイ映画ではないか!」と冗談交じりに驚いていたようです。

沢田康彦さんを含め、かつて「東ケト会」で「ドレイ」として働いていた男たちは映画作りに最適だった模様。それぞれの才能を生かしてこれまでに数本の映画を制作しています。

ホネ・フィルムの作品の中で沢田康彦さんは、「あひるのうたがきこえてくるよ。」の企画を、「シニカル・ヒステリー・アワー」や「うみ・そら・さんごのいいつたえ」などのプロデューサーを担当しています。

2015年に「暮しの手帖」編集長に就任

沢田康彦さんはマガジンハウスを退社後はフリー編集者兼主夫業を行っていましたが、2015年に「暮しの手帖」の編集長就任のオファーがあり、同年8月20日付の80号から「暮しの手帖」の編集長に就任しています。

沢田康彦さんは当時忙しい妻に代わって育児・家事を担当しており、暮しの大切さを身を持って実感していました。そのため自分に声がかかったのではないかと、編集長就任オファーについて振り返っています。

沢田康彦さんは2016年早春号より制作を担当していますが、それ以降の「暮しの手帖」では、改めて「茶の間」への憧れや提案を冊子の中で表現しているようです。

そんな「暮しの手帖」は2016年のNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の題材になったこともあり、2016年7月発売の83号は売れに売れ、雑誌としては異例の増刷がされたのだそうです。

沢田康彦さんは売り上げが好調なことを「ありがたい」と語り、「今までもこれからも実証主義でいたい」と、今後の「暮しの手帖」制作への意欲を示しています。

沢田康彦と本上まなみの馴れ初め

沢田康彦さんは本上まなみさんと結婚しています。結婚までの経緯や、本上まなみさんのプロフィールを紹介します。

本上まなみのプロフィール

まずは本上まなみさんのプロフィールから紹介します。本上まなみさんは1975年5月1日生まれの43歳。学生時代から大阪ガスの広告など、モデルとして活動していました。

その後は1993年のドラマ「じゃじゃ馬ならし」で本格的に芸能界デビューした本上まなみさん。1995年にはユニチカ水着キャンペーンモデルに選ばれ、グラビアアイドルとしても活動を始めます。

爽やかで癒し系なルックスが評判となった本上まなみさんは、それ以降CMやバラエティ番組にも数多く出演するようになりました。

沢田康彦さんとの結婚後は2児の母となり、以前よりも女優業はセーブしているようですが、番組のナレーターやコメンテーターなど、現在も幅広い分野で活躍中です。

馴れ初めはメール短歌グループ猫又

沢田康彦さんと本上まなみさんは18歳の年の差があります。どこで出会ったのかが気になりますが、馴れ初めはメール短歌グループ「猫又」だったようです。「猫又」は沢田康彦さんが主宰するグループですが、下は9歳から上は82歳と幅広い年齢層の方々が参加しているといいます。

この「猫又」には本上まなみさんも参加しており、「鷲まなみ」というペンネームで「猫又」の雑誌に短歌を投稿していたこともあるのだそうです。

本上まなみと2年半の交際を経て結婚

「猫又」での交流がきっかけで交際に発展した本上まなみさんと沢田康彦さん。約2年半の交際を経て2002年に結婚しています。2人の結婚記念日は12月11日なのですが、実はこの日には何の思い入れもないのだそう。

ではなぜこの日に結婚したのかですが、理由については本上まなみさんが「週刊誌の記事がしゃくに障ったから」だと明かしています。

2人がそろそろ結婚しようと考えてた時期に、「クリスマスに本上まなみが入籍」という記事が出されることが突然告げられたのだそうです。

しかし、本上まなみさん自身はクリスマスに入籍する意志は全くなく、勝手な記事を書かれたことが許せなかった模様。そのため記事より先に結婚しようと考え、何の思い入れもない12月11日に婚姻届を出したのだといいます。

蒔岡雪子との離婚後の結婚に不倫疑惑も浮上

本上まなみさんと沢田康彦さんの結婚にはある疑惑が浮上していました。それが不倫略奪婚ではないかという疑惑です。沢田康彦さんはバツイチで、元妻は小説家の蒔岡雪子さんでした。本上まなみさんと再婚したのは元妻・蒔岡雪子さんとの離婚直後のことだったのです。

それにも関わらず本上まなみさんとの交際期間が約2年半あったので、蒔岡雪子さんと離婚する前から交際しており、その後本上まなみさんに乗り換えたのではと言われています。

元妻・蒔岡雪子のプロフィール

沢田康彦さんの元妻・蒔岡雪子さんのプロフィールを紹介します。蒔岡雪子さんは1957年生まれ。東京都出身で、1990年代は文芸雑誌「すばる」で週刊少年漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」の編集長インタビューなどを担当していました。

そして、現在の蒔岡雪子さんは小説家として活動中です。2002年には文芸雑誌「文學界」6月号に掲載された「飴玉が三つ」という作品で第94回文學界新人賞を受賞しています。

これ以外の蒔岡雪子さんの作品は、2003年に文芸雑誌「群像」に掲載された「ミラクルフルーツ」、2003年に月刊誌「ユリイカ」に掲載された「皓一の背中」などがあります。

不倫疑惑に本上まなみの反応は?

本上まなみさんは元妻・蒔岡雪子さんから沢田康彦さんを略奪したと言われていますが、この噂に関して本人は否定も釈明もしておらず、実際に不倫関係にあったのかどうかは不明となっています。

沢田康彦さんと蒔岡雪子さんが離婚前から結婚生活が破綻していた可能性もありますが、沢田康彦さんと蒔岡雪子さんの結婚生活に関しても詳細は不明です。

沢田康彦の子供について

沢田康彦さんと本上まなみさんの間には2人の子供が誕生しています。子供たちのプロフィールや出産後の自宅について紹介します。

2006年12月に1人目の子供誕生

まずは1人目の子供のプロフィールを紹介します。沢田康彦さんと本上まなみさんの第1子は2006年12月29日に生まれました。性別は女の子で、名前は風花ちゃんです。

2019年の春に中学生になる予定の長女ですが、小学校は京都市にある立命館小学校に通っているのではないかと言われています。

2013年に2人目の子供誕生

続いて2人目の子供のプロフィールを紹介します。2人目は2013年3月8日生まれ。性別は男の子です。長男の名前は公表されていないようですが、とてもわんぱくで元気な子供だといいます。

子供誕生で2013年4月に京都移住

沢田康彦さんと本上まなみさんは2013年に長男が生まれた後、家族で京都に移住しています。京都に移住した理由は、子供たちに自然豊かな環境で育ってほしいという思いがあったからだそうです。

また、沢田康彦さんも本上まなみさんも関西出身なので、京都なら両親にすぐに孫を見せることができるという利点もありました。そして、仕事で忙しい2人に代わって家事や育児を助けてもらえることも多いと考えたようです。

移住は長女が小学校に入学するタイミングで行ったのですが、最初のうちは友達と離れることを寂しがっていたといいます。しかし、京都の小学校では新しい友達がたくさんでき、今では京都弁を話すほど京都に違和感なく馴染むことができているようです。

生まれてすぐに京都に来た長男も、豊かな自然の中で走り回って楽しんでいるのだそう。そんな子供たちの姿を見て、本上まなみさんは「京都に来て良かった」と改めて感じているようです。

自宅は築100年以上の古民家で生活との噂

沢田康彦さん一家が京都で暮らしている自宅は、築100年近く経つ古い一軒家なのだそうです。自宅周辺の環境も良く、近所に住む方々にも温かく迎えてもらえたといいます。

沢田康彦さんが「暮しの手帖」の編集長になるまでは、本上まなみさんが働き、沢田康彦さんが育児・家事を担当していたようです。地域のイベントやPTAにも積極的に参加しており、京都の文化も近所の方々からいろいろと教わりながら暮らしているといいます。

沢田康彦と本上まなみが別居?

沢田康彦さんは京都で家族と仲良く暮らしているのかと思いきや、現在は別居中なのだそうです。なぜ沢田康彦さんは妻や子供たちと一緒に暮らしていないのでしょうか。その真相を調査しました。

本上まなみと子供と別居の噂浮上

2013年に京都に移住して以来、沢田康彦さんは主夫として家庭を支える役目を担当していました。しかし、そんな沢田康彦さん一家が現在は別居中で、京都で本上まなみさんと子供たちは母子家庭状態になっているそうです。

沢田康彦は東京で生活?

京都に妻と子供を残し、沢田康彦さんは東京で生活しているのだといいます。沢田康彦さん一家が別居しているのはやはり事実のようです。

別居は仕事の為で本上まなみも応援

家族が別居しているとなると不仲なのかと考えてしまいますが、沢田康彦さん一家の場合は不仲が原因での別居ではなく、沢田康彦さんの仕事が原因でした。沢田康彦さんは2015年に「暮しの手帖」の編集長に就任していますが、この編集部が東京にあるため、単身赴任の生活を余儀なくされているのです。

沢田康彦さんは編集長就任のオファーが来た時、別居生活になるため本上まなみさんに反対されると思っていたのだそう。しかし、本上まなみさんは意外にも「行くべきだ」と背中を押してくれたのだといいます。

また、沢田康彦さんが編集部に挨拶に行った時には「夫をよろしくお願いします」と頭を下げてくれたのだそうです。こうして別居生活が始まったのですが、現在も家庭は円満な様子。沢田康彦さんのエッセイ集「ばら色の京都 あま色の東京」では、幸せな家族のエピソードもつづられているようです。

本上まなみは別居の噂より左翼的発言で炎上?

本上まなみさんと沢田康彦さんの別居生活は事実でしたが、それよりも本上まなみさんは左翼的発言で注目を集めてしまっています。左翼とは急進的・革命的な思想傾向のことを言いますが、本上まなみさんは安倍昭恵夫人に対して左翼的発言をしてしまったようです。

本上まなみさんが左翼的発言をしたのは2017年3月のこと。当時本上まなみさんは朝の情報番組「スッキリ」に出演しており、番組では森友問題について取り上げていました。

そこで本上まなみさんは安倍昭恵夫人に対し「昭恵夫人はフェイスブックに反論書いてないで、籠池氏同様に証人喚問するべき」という左翼的発言をしたのです。

この本上まなみさんの左翼的発言に関して、ネット上で様々な意見が飛び交っています。「左翼的発言は正論だ」と賞賛の声が上がる一方、「左翼的発言で嫌いになった」という批判的な意見も多く寄せられているようです。

本上まなみさんはこの時の左翼的発言のほかにも、左翼的思想になっていると思われる発言をしていました。2017年8月の「スッキリ」では学校でのゴキブリ駆除に関する話題が取り上げられたのですが、本上まなみさんは駆除ではなく逃がすべきだと発言。

「そういうの(ゴキブリ)もいて、一緒に暮らしているんだよっていう環境だから良い」という左翼的な考えを示していました。

沢田康彦は妻との夫婦仲も良く編集長の仕事も順調

今回は、「暮しの手帖」の編集長を務める沢田康彦さんについて紹介しました。沢田康彦さんの妻は女優の本上まなみさんで、現在は別居生活をしているものの、家族の仲は良好な様子です。今後も編集長として「暮しの手帖」を盛り上げてくれることを期待しておきましょう。
 

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ