沢村忠の現在!八百長の真相は?キックボクサーの今

キックボクシング界で圧倒的な強さを誇った沢村忠さんは、現在何をしているのでしょうか?沢村忠さんの経歴や現在の活動状況、キックボクシングの戦績や通っていたキックボクシングジム、八百長疑惑の真相や結婚、娘などの私生活についても調べてみました。

沢村忠の現在!八百長の真相は?キックボクサーの今のイメージ

目次

  1. 1沢村忠のプロフィール
  2. 2沢村忠の八百長疑惑の真相
  3. 3沢村忠は結婚してる?
  4. 4沢村忠の現在は何してる?
  5. 5沢村忠を題材にした作品一覧
  6. 6沢村忠は伝説のキックボクサーで八百長はデマ

沢村忠のプロフィール

・愛称:キックの鬼
・本名:白羽秀樹(沢村忠はキックボクサーとしてのリング名)
・生年月日:1943年1月5日
・年齢:76歳(2019年11月現在)
・出身地:満州国新京特別区
・血液型:不明
・身長:174cm
・体重:61kg
・活動内容:キックボクサー
・所属グループ:なし
・事務所:なし
・家族構成:娘(タレントの白羽玲子)

沢村忠の経歴

沢村忠さんは「キックボクシング界のレジェンド」として知られ、かなり輝かしい経歴を持つ方です。沢村忠さんの経歴やキックボクシングの戦績について、次から詳しくご説明していきます。

幼少期の習い事は剛柔流空手道

沢村忠さんは幼少期から体を動かすことが好きで、元々空手をしていた祖父から「剛柔流空手道」を教えてもらっていたそうです。剛柔流空手道とは空手の四大流派の1つで、1929年に誕生した歴史の長い空手道です。

沢村忠さんは持ち前の運動神経を生かして徐々に力をつけていき、中学生時代には全国大会で優勝する成績をおさめています。その後沢村忠さんは法政大学第一高校に進学し、さらに空手の腕を上げていきました。

全日本学生選手権で60戦無敗の記録を持つ

高校卒業後に日本大学に進学した沢村忠さんは、大学在学中に出場した全日本学生選手権で60戦無敗という超人的な経歴を持ち、空手界では向かうところ敵なし状態となりました。

沢村忠さんは優れた瞬発力と動体視力を持ち、相手の動きを予想しながら技を仕掛けていく戦術が武器で、さらには体幹や脚力も優れていたことから、相手の技をうまくかわすことも得意であり、「もはや同じ人間とは思えない」という声も寄せられていたそうです。

キックボクシングに転向し参戦

こうした超人的な経歴を持つ沢村忠さんに目を付けたのが、プロボクサーの野口修さんです。野口修さんは沢村忠さんの身体能力を高く評価し、空手からキックボクシングに転向しないかと勧誘を続けました。

ちなみに当時プロボクサーとして活躍していた経歴を持つ野口修さんは、新たにキックボクシングを立ち上げようという動きを進めており、キックボクシングをできる選手を探していました。そこで空手で素晴らしい経歴を持つ沢村忠さんに、白羽の矢が立ったのです。

沢村忠さんは1966年に「日本キックボクシング協会」が立ち上げられた年に、キックボクシングに転向した経歴を持ちます。ちなみに当時沢村忠さんは空手では向かうところ敵なし状態で、目標を見失いモチベーションが下がっていたところだったそうです。

このため沢村忠さんは野口修さんの勧誘をすんなり受け入れ、キックボクシング選手としてジムに入り練習に励みました。そして沢村忠さんは本名から「沢村忠」というリングネームに改め、1966年のデビュー戦で見事勝利を収めています。

真空飛び膝蹴りで話題に

沢村忠さんは自身で編み出した「真空飛び膝蹴り」という技を武器に、着実に勝ちを重ねていきます。さらに沢村忠さんは「飛び前蹴り」という技も身につけ、強い脚力を持っていたことから「キックの鬼」という異名を持って知られるようになりました。

キックボクサーとして日本プロスポーツ大賞を受賞

このようにキックボクシング界でも超人的な強さを誇った沢村忠さんは、1973年に最多勝・最優秀防御率・最多奪三振を獲得して「三冠王」となった読売ジャイアンツの王貞治さんを抑えて、「日本プロスポーツ大賞」を受賞した素晴らしい経歴を持ちます。

1976年にキックボクサーを引退

このようにキックボクシング界で圧倒的な知名度を誇り、多くの勝ちを重ねてきた経歴を持つ沢村忠さんは、多くの作品の題材としても使用されていました。さらに沢村忠さんは映画やドラマにも出演するなど、かなり幅広い分野で活躍しています。

そんな沢村忠さんは1975年頃から徐々に故障に悩まされるようになり、惜しまれながらも1976年にキックボクサーを引退して1977年10月10日には引退式が執り行われました。沢村忠さんの引退時のエピソードについては、後ほど改めてご説明します。

最終スコアは驚きの241戦232勝5敗4分

沢村忠さんの引退時の最終スコアは、241戦232勝5敗4分でした。学生時代に空手で60戦無敗という超人的なスコアをたたき出した沢村忠さんは、キックボクシング界でもわずか5敗しかしておらず、かなり凄い経歴を持つことが改めてわかります。

ちなみに沢村忠さんは232勝中228勝がKO勝ちであり、241戦232勝ということは勝率が96%ということになります。これだけの勝率を記録していれば、沢村忠さんが「伝説のキックボクサー」と呼ばれるのも頷けますね。

沢村忠の八百長疑惑の真相

キックボクシング界で圧倒的な強さを誇った沢村忠さんは、あまりの強さに八百長疑惑が度々浮上していたようです。沢村忠さんの八百長疑惑の真相や、引退時のエピソードについて調べてみました。

タイ人との対戦で八百長疑惑

沢村忠さんに八百長疑惑が浮上したのは、タイ人との対戦がきっかけでした。沢村忠さんはキックボクサーとしてのデビュー戦の相手がタイ人であり、その後も週に1回程度ジムでタイ人との対戦をするなど、何かとタイ人との対戦が多かったようです。

しかも沢村忠さんはタイ人との対戦では必ず勝利をおさめており、タイ人に対して八百長をしているのではないかという噂が一気に広まりました。

強すぎることで疑問を持たれる

タイ人選手との対戦をきっかけに八百長疑惑が浮上していた沢村忠さんですが、実際に沢村忠さんは強すぎて試合がすぐに決着がついてしまうことも多く、やはり八百長疑惑は根強く残っていた模様です。

しかし当時はまだキックボクシング協会が立ち上げられたばかりであり、周囲にはキックボクシングの初心者の選手も多く、沢村忠さんのように他の競技で国の代表レベルで活躍していた選手はほとんどいなかったため、選手間の力の差がかなり大きかったようです。

マッチメイクが酷かった当時の状況

当時沢村忠さんが勝ちを重ねる度に八百長の噂が付きまとうような状態でしたが、先ほどご紹介したように、キックボクシング界における選手間の力の差が大きかったことから、必然的にかなり格下の選手と闘うことも多くあったようです。

このような理由で、沢村忠さんは一瞬で勝ててしまうような選手と当たることも多く、八百長疑惑がなかなか払拭されない状況が続いていました。

現役のムエタイチャンピオンと対決

タイ人選手との対戦をきっかけに八百長疑惑が浮上し、その後も八百長疑惑が根強く残っていたことを受けて、沢村忠さんはタイに渡って現地のエムタイチャンピオンとの対戦に挑んでいます。

見事勝利し八百長疑惑を払拭

そして沢村忠さんはタイの格闘技であるエムタイのチャンピオンとの戦いで引き分けという結果を収め、タイナンバーワンの選手を倒せるほどの実力を持っていることを知らしめたことで、これまで根強く残っていた八百長疑惑を完全に払拭することに成功しています。

沢村忠が引退を口に出来なかった理由

1973年に王貞治さんを差し置いて「日本プロスポーツ大賞」を受賞したわずか3年後に現役を引退した沢村忠さんですが、自ら引退を口にすることはありませんでした。沢村忠さんが引退を口にできなかった理由やジムとの関係性について、詳しく見ていきましょう。

ジムの経営が苦しかったから

沢村忠さんが現役を引退したことを口にできなかった理由は、当時トレーニングを積んでいてジムの経営が関係しているようです。沢村忠さんのジムは当時経営難に悩まされており、沢村忠さんはジムを気遣って引退したことを公にしなかったとのことです。

圧倒的な人気を誇っていた沢村忠さんが引退すれば、おのずとジムの人気も落ちることが予想されるため、さらにジムの経営難が進んでしまうことを危惧して、沢村忠さんは現役を引退したことをしばらく伏せていたと言われています。

自分をこれまで育ててくれたジムへの恩義もあり、経営難に陥っていたジムの行く末を心配して引退を公にできなかったという沢村忠さん。このエピソードからも、沢村忠さんはかなり優しい性格の方であることがわかりますね。

沢村忠は結婚してる?

現在も「キックボクシング界のレジェンド」と言われている沢村忠さんは、結婚しているのでしょうか?沢村忠さんの結婚歴や娘の経歴、娘との関係性について調べてみました。

結婚歴はないが婚約者がいた

沢村忠さんには結婚歴はありませんが、婚約までしていた女性がいたようです。沢村忠さんと当時婚約をしていた女性について、詳しく見ていきましょう。

婚約者は大門節子

沢村忠さんと婚約をしていた女性は、銀座の有名ホステスだった大門節子さんでした。沢村忠さんと大門節子さんは試合の打ち上げで訪れたお店で出会い、すぐに意気投合して交際に発展したそうです。

大門節子は梅宮辰夫の元妻

ちなみに沢村忠さんと婚約をしていた大門節子さんは、タレントの梅宮辰夫さんの元妻でもあり、芸能界で交友関係が広いことでも有名でした。

こうした大門節子さんの派手な交友関係が原因で、沢村忠さんと大門節子さんは婚約を破棄することとなりましたが、その時既に大門節子さんは妊娠しており、未婚の状態で娘を出産しています。

娘は元タレントの白羽玲子

このように沢村忠さんには結婚歴がないものの、元婚約者である大門節子さんとの間に娘がいます。沢村忠さんの娘は元タレントの白羽玲子さんであり、娘の白羽玲子さんは一時期テレビ番組にもよく出演していた売れっ子タレントでした。

白羽玲子とは

沢村忠さんの娘である白羽玲子さんは1978年7月生まれの現在41歳で、バラエティー番組『桜っ子クラブ』で芸能界入りをしています。娘の白羽玲子さんは後に歌手としてデビューし、ドラマのエンディングテーマでもある『ラブレター』でブレイクしました。

白羽玲子さんはキックボクシング界のレジェンドとも言われた沢村忠さんの娘ということもあり、当時かなり話題になりましたが、娘の白羽玲子さんはその後芸能界を引退し、一般人として生活しています。このため現在何をしているのかは不明のようです。

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沢村忠の現在は何してる?

キックボクシング界のレジェンドとして現在までその活躍ぶりが語り継がれている沢村忠さんは、現在は何をしているのでしょうか?沢村忠さんの現在の活動内容について調べてみました。

自動車修理販売業を営む

沢村忠さんがキックボクシングを引退した後に何をしているのかについては度々ネット上で議論されてきましたが、1999年に放送されたテレビ番組『驚きももの木20世紀』で沢村忠さんの特集が組まれ、自動車修理販売業を営んでいたことが明らかになっています。

仕事の傍ら子供に空手を教えている

さらに沢村忠さんは自動車修理販売業を営みつつ、仕事の傍らで子供たちに空手を教えていることも明らかになっています。沢村忠さんの原点は「剛柔流空手道」であり、キックボクシングを引退した後はその原点に返って空手の指導を行っているようです。

沢村忠さんから指導を受けたいという子供たちはかなり多く、沢村忠さんは仕事の合間を縫って空手の指導にあたり、昼夜問わず働き詰め状態だったと言います。

パチンコ台販売会社の取締役を兼任

さらに沢村忠さんはパチンコ台販売会社の取締役も兼任しており、沢村忠さんが代表取締役社長を務めていた会社は「セイブシステムリンク」という会社だそうです。しかし沢村忠さんは現在は取締役社長の役を退いており、また違う仕事をしていると言われています。

死亡説が流れたことも

現役時代に華々しい活躍をしていた沢村忠さんはキックボクシングを引退した後、ほとんど表立った活動をしてこなかったため、一時は死亡説が流れたこともあったようです。

沢村忠さんは現役時代によく怪我をしていたため、怪我の後遺症で病気にかかって死亡したのではないかという噂が広まった模様ですが、現在もご健在であり、死亡説はデマであることがわかっています。

アルコール依存症と噂される

さらに沢村忠さんにはアルコール依存症説が流れたこともあり、アルコール依存症により体を壊して表舞台に出られなくなったのではないかという噂まで浮上していたようです。沢村忠さんのアルコール依存症説の真相について、詳しく見ていきましょう。

実際はデマで沢村忠は下戸

アルコール依存症説が浮上していた沢村忠さんですが、全くお酒を受け付けない体質とのことであり、アルコール消毒ですら肌がかぶれてしまうようです。このため沢村忠さんのアルコール依存症説は、全くのデマであることが明らかになりました。

沢村忠を題材にした作品一覧

キックボクシング界のレジェンドである沢村忠さんは、引退後に多くの作品の題材になったと言われています。沢村忠さんを題材にした作品の中で、代表的なものをピックアップしてご紹介します。

作品①キックの鬼

沢村忠さんを題材にした作品1つ目は、漫画『キックの鬼』です。この漫画は沢村忠さんの半生を描いたものであり、漫画版がかなり人気を博したことを受けて後にテレビアニメ化しています。

沢村忠がキックの鬼と呼ばれた理由

沢村忠さんが「キックの鬼」と呼ばれた理由は、脚力の強さです。沢村忠さんは真空飛び膝蹴りや飛び前蹴りなど、脚力の強さを生かした技を武器に活躍していた選手だったため、「キックの鬼」と呼ばれていました。

作品②キック魂

沢村忠さんを題材にした作品2つ目は、漫画『キック魂』です。この漫画も『キックの鬼』と同様で、沢村忠さんの半生を元にした物語です。

作品③ポケモンのサワムラー

沢村忠さんを題材にした作品3つ目は、ポケモンのキャラクターである「サワムラー」です。この「サワムラー」は沢村忠さんを元に作られ、作中では沢村忠さんと同様で「キックの鬼」という設定です。

「ウルトラマン」と戦った過去も

沢村忠さんは過去に出演したドラマ『帰ってきたウルトラマン』でウルトラマンと戦ったこともあり、作中でウルトラマンにも勝利を収めていました。沢村忠さんが出演したドラマの概要について、詳しく見ていきましょう。

ウルトラマン役の郷秀樹に勝利

沢村忠さんは1971年にドラマ『帰ってきたウルトラマン』に本人役として出演し、ウルトラマン役の郷秀樹さんを倒していました。このように沢村忠さんは多くの作品の題材として使用され、日本の英雄的な存在として知られています。

沢村忠は伝説のキックボクサーで八百長はデマ

大学時代に空手で60戦全勝と言う超人的な戦績を収めた沢村忠さんは、その後キックボクサーに転向し、勝率96%という素晴らしい成績を収めました。

こうした沢村忠さんのあまりの強さに八百長疑惑が浮上したほどでしたが、後に八百長疑惑は完全に否定され、沢村忠さんは多くの作品の題材として使用されています。沢村忠さんの活躍は、今後も「伝説」として後世に語り継がれていくことでしょう。

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この記事のライター
ちひろ
元々は総合病院で助産師として働いていましたが、現在は子育て中のため一旦臨床を離れ、空いた時間にライターの仕事をさせ...

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