狭山事件とは!犯人の冤罪説や真犯人の噂は?となりのトトロとの関連性も調査

1963年に発生した強盗強姦殺人事件・狭山事件について検証します。逮捕された犯人の冤罪説や真犯人の噂などもご紹介します。更に、狭山事件の被害者である女子高生姉妹とジブリ作品『となりのトトロ』との関連性などについて調査した結果をご覧下さい。

狭山事件とは!犯人の冤罪説や真犯人の噂は?となりのトトロとの関連性も調査のイメージ

目次

  1. 1【狭山事件】とは
  2. 2狭山事件の犯人逮捕までの経緯
  3. 3狭山事件のその後はトトロって?
  4. 4狭山事件の真犯人の真相も調査
  5. 5狭山事件は再審請求が続く謎に包まれた事件

【狭山事件】とは

この記事では、1963年に起こった狭山事件について検証します。狭山事件は事件発生後間もなく犯人と思われる人物が逮捕されていますが、その後その人物が冤罪を主張。現在も再審を求めている状況のため、「未解決事件」のカテゴリで捉えられている場合もあります。

1963年に埼玉県狭山市で起きた強盗強姦殺人事件

最初に、狭山事件の概要を解説します。狭山事件は、1963年5月1日に埼玉県狭山市に住む富裕な家の四女である中田善枝さんが行方不明になった事から始まりました。その日学校へ行っていた中田善枝さんが夕方遅くなっても帰らず、心配していたところに脅迫状が届いたのです。

脅迫状には5月2日深夜12時に20万円の身代金を持ってこいと記されており、中田善枝さんの姉が脅迫状で指定された場所に赴いたのですが犯人は現れなかったとのこと。2度目に受渡しを試みた時には、犯人が中田善枝さんの姉と話した後に警察の張り込みに気付き、逃走する結果になりました。

当時高校1年生の少女が被害者に

身代金の受渡しに失敗した翌日、農道に埋められている中田善枝さんの遺体が発見されました。被害者の中田善枝さんは高校1年生の少女でした。いたいけな少女が誘拐され強姦され殺されたという事件は、世論を嘆かせ、激高させました。

犯人とされた容疑者は石川一雄

狭山事件の犯人とされた容疑者は、事件当時24歳だった石川一雄さんです。石川一雄さんは、その年の2月まで被害者・中田善枝さんの自宅付近の養豚所で働いていて、中田善枝さんとも顔見知りでした。その石川一雄さんの所持品などから真犯人と推定され、逮捕に至ったのです。

石川一雄の家族構成や生い立ち

石川一雄さんは、狭山事件の現場に近い被差別部落の出身でした。家が貧しかったため、小学校にもろくに通えなかったのだそうです。両親に加えて3人の姉と2人の兄、そして2人の妹と1人の弟がいるという大家族でした。3人の姉は事件発生時には既に嫁いで家を出ていたのですが、それでも7人家族という大所帯でした。

狭山事件には関連作品も多い

狭山事件は、現在までに狭山事件と関連した作品が多く発表されてきました。映画は、1971年に上映された『おれは殺していない』を皮切りに13本が制作され、演劇は2本、ビデオは1本、歌曲は2本、書籍は10冊以上が上梓されています。その中で特に有名な3作品をご覧下さい。

映画『狭山の黒い雨』

最初にご紹介するのは、映画『狭山の黒い雨』です。この映画は1973年に上映されました。部落解放同盟が製作した映画で、石川一雄さんの冤罪を信じ、石川一雄さんを支援している人達によって近年まで繰り返し上映されています。

映画『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』

次にご紹介するのは、映画『SAYAMA みえない手錠をはずすまで』です。この映画は2013年に上映されました。狭山事件を題材としたものでは最新作です。2014年に毎日映画コンクールのドキュメンタリー映画賞を受賞しました。2013年以降毎年各地で上映されています。

本『狭山事件-石川一雄、四十一年目の真実』

最後にご紹介するのは、本『狭山事件-石川一雄、四十一年目の真実』です。2004年6月1日に出版されました。執筆したのはルポライターの鎌田慧さんです。鎌田慧さんは2010年にも『狭山事件の真実』という本を出版しました。

狭山事件の犯人逮捕までの経緯

この章では、狭山事件の真犯人と目された石川一雄さんが逮捕されるまでの経緯と、刑事裁判の結果などをご紹介します。現在も冤罪を訴えて再審を請求し続けている石川一雄さんですが、逮捕されるまでにはどんな経緯を辿っていったのでしょうか?

石川一雄は別の事件で既に逮捕されていた

狭山事件が発生したのは5月1日でしたが、石川一雄さんはその月の23日に別の事件で逮捕されていました。容疑は傷害・暴行・窃盗です。その時点で狭山事件の捜査は難航しており、捜査線上に中田善枝さん自宅付近の養豚場が浮かんでいた事から、養豚場で働いていた事のある石川一雄さんも容疑者に加えられたのです。

被差別部落出身の青年が犯人とし捜査

警察は、中田善枝さんの遺体を埋めるのに使われたスコップがあった養豚場で働いている被差別部落出身の男性の中に真犯人がいると見て、捜査を進めていました。

そして、別件で逮捕されていた石川一雄さんを調べたところ、石川一雄さんがその年2月まで養豚場で働いていた事と、石川一雄さんの血液型が中田善枝さんの体に残された血液型と一致した事などから、中田善枝さんを殺した真犯人だと断定されたのでした。

事件当時に警察は世間からバッシング

事件当時、警察は日本中から厳しい目で見られていました。その年の3月に発生した誘拐事件で犯人に逃げられて信用を落としていた上に、狭山事件でも犯人を取り逃がし、その後被害者が無残な遺体で発見される事になっていたからです。被害者の遺体が発見された時に、警察庁長官は辞表を提出し、数日後に辞任が発表されました。

脅迫状の筆跡鑑定

前述の通り、被害者の中田善枝さんが学校から帰宅途中に行方を絶った日に、中田善枝さんの自宅に犯人からの脅迫状が届いています。重要な証拠である脅迫状は、埼玉県警本部の鑑識課と警視庁の科学警察研究所で鑑定が行なわれました。控訴審裁判の際には、文書鑑定科学研究所が脅迫状の筆跡鑑定を実施しています。

脅迫状の筆跡は石川一雄のものではない?

脅迫状と石川一雄さんの筆跡と比較した結果、違うようにも見えるのですが、脅迫状の中にある字を同じように間違うといった文字のクセなどが似ている箇所もありました。

ただ、石川一雄さんは小学校にもほとんど通っていなかったため、脅迫状に綴られた漢字が書けなかった筈だとも言われました。現在では、脅迫状を書いたのは石川一雄さんではないとされています。

事情聴取での嘘の証言と自供

警察の事情聴取に対し、石川一雄さんとその家族は、当初嘘の供述と証言をしていました。石川一雄さんは「当日は仕事の後兄と帰宅した後そのまま寝た」と語り、家族は「事件当日は屋根の修理をしていた」と証言しています。しかしその証言は偽りだと判明しました。

そしてその後石川一雄さんは自分が真犯人であると自供し、どこで中田善枝さんと出会い、いつ強姦して殺し、遺体の処理をしたのかという犯行の流れを告白しています。

狭山事件の裁判と判決

狭山事件の刑事裁判は、1963年7月に浦和地方裁判所で開かれました。最初の裁判で石川一雄さんは「強盗強姦」「強盗殺人」「死体遺棄」といった罪状を全て認めていました。そしてその結果判決が下されたのです。

石川一雄に死刑の判決

石川一雄さんに下った判決は「死刑」でした。その判決が下った後に開かれた東京高裁での控訴審で、石川一雄さんの主張は一変します。石川一雄さんは冤罪を主張し始めたのです。

判決その後は冤罪を主張

石川一雄さんは、自分は無実で、自白は強要されたものだと主張しました。「自白しなければ一家の稼ぎ手である兄を逮捕する」と脅したかと思えば、「自白すれば10年で出所させてやる」といった餌をチラつかせるといった剛柔を取り混ぜた誘いを仕掛けられ、自分が真犯人だと言わされたのだと訴えたのです。

その後は裁判が一転し無期懲役の判決に

その後は急速に石川一雄さんの無罪を信じて支援する人が増えていきました。そして、死刑判決が出た10年後の1974年10月31日、東京地裁が石川一雄さんに言い渡したのは「無期懲役」という判決でした。

その判決に納得できない弁護団は上告をしたのですが1977年に棄却され、その後も再審請求を続けていましたが、請求が通る事はありませんでした。そして1977年9月に無期懲役の刑が確定したのです。

1994年に仮出所

そして1994年、石川一雄さんの仮出所が認められました。石川一雄さんを支援する団体は繰り返し石川一雄さんの収監されている千葉刑務所を訪れていました。そういった団体からの突き上げに屈する形での仮出所だったのではないかと言われています。

その後も弁護団から再審請求

石川一雄さんが仮出所した後も、弁護団は再審請求を求め続け、2005年3月に棄却された後にも2006年に再度再審請求を行ないました。2010年5月には東京高裁と東京高検と石川一雄さんの弁護団の間で三者協議が行なわれるなど、再審に向けた弁護団の努力は現在も続いています。

狭山事件のその後はトトロって?

狭山事件は、真犯人が現在も断定されていないなど謎の多い事件ですが、狭山事件のその後に起こった不審な事象や狭山伝説にまつわる都市伝説なども、狭山事件の謎を助長しています。この章では、狭山事件の後に起こった事件と、狭山事件とトトロにまつわる都市伝説について解説します。

狭山事件のその後は関係者の死と行方不明

狭山事件には、1963年から1977年の間に6人もの関係者が変死を遂げるという血なまぐさい後日談がありました。事件発生から5日後の5月6日に中田善枝さん宅の元使用人が自殺し、11日には不審な者の目撃情報を通報した男性が自殺しています。

そして翌年の7月には中田善枝さんの身代金受渡しに出向いた中田善枝さんの姉が服毒自殺をし、1966年には狭山事件と深く関わった養豚場の経営者の長兄が鉄道自殺し、1977年には中田善枝さんの次兄が自殺しました。

更に、同年12月には狭山事件を追っていたルポライターが変死したのです。行方不明になった関係者も数人おり、自殺以外の急死を含めると関係者12人が死亡とカウントする場合もあるなど、悲惨な狭山事件の後日談も、負けず劣らず悲惨なのです。

同郷の早智子との結婚にも注目が

しかし、悲惨な後日談ばかりではありません。仮出所した2年後、石川一雄さんは出身地を同じくする女性・早智子さんと結婚したのです。2人は石川一雄さんが仮出所した翌年に出会い、親交を温め、結婚に至ったのでした。夫婦仲は良好で、現在も狭山市で仲睦まじく暮らしています。

狭山同盟休校など子供を追い込むボイコット

「狭山同盟休校」という活動も、1976年から1984年まで行なわれました。部落解放同盟員の家庭の児童が狭山事件の裁判結果に抗議する、という意味で集団で授業をボイコットするという内容の活動です。教育委員会・全解連・同和会は「子供の教育券と教育の中立性に対する侵害」「新たな差別が生じる可能性もある」と批判しました。

ジブリ作品『となりのトトロ』の都市伝説も浮上

続いて、狭山事件とジブリ作品『となりのトトロ』にまつわる都市伝説をご紹介します。この都市伝説がいつから囁かれ始めたのかは不明なのですが、ネット上に浮上したのはここ10年の間ではないかとされています。

ジブリ作品『となりのトトロ』とは

ここでジブリ作品『となりのトトロ』について簡単に解説します。『となりのトトロ』は、昭和30年代前半の埼玉県所沢市を舞台に描かれたファンタジー映画です。所沢市に移住した姉妹と、子供の時にしか会えないと言われる生き物であるトトロとのふれあいが描かれています。

『となりのトトロ』と狭山事件の関係とは

この都市伝説を唱えている人が挙げた『となりのトトロ』と狭山事件の関係を見てみましょう。都市伝説提唱者は以下の共通点を挙げています。「トトロの舞台が狭山市の隣の市」「姉妹の家にも被害者の家にも母親が不在」「その家の妹が行方不明になる」などです。

『となりのトトロ』の姉妹のセリフにも注目が

更に、被害者である中田善枝さんの遺体が発見された後、中田善枝さんの姉はこんな事を言ったのです。「猫のお化けを見た」「でかい狸に会った」と。猫のお化けはトトロに登場する猫バスで、でかい狸というのはトトロではないかと言われています。

『となりのトトロ』本編での姉妹のセリフにも注目が集まりましたが、こちらには狭山事件と関連付けられるようなセリフはなかったようです。

姉妹は既に死んでいた?

『となりのトトロ』には、登場する姉妹が物語の中で既に死んでいる、という都市伝説もありました。理由は「本編途中から姉妹の影がなくなった」「姉妹が母親の病院に行った時、会わずにトウモロコシだけ置いていったのは幽霊だから」といったものです。

スタジオジブリが都市伝説を否定

ただし、『となりのトトロ』を製作したスタジオジブリは、都市伝説を否定しています。この映画を狭山事件を下敷きにして作った、という件についても否定しました。都市伝説は現在も囁かれてはいますが、スタジオジブリが否定した事により、沈静化しつつあるようです。

狭山事件の真犯人の真相も調査

狭山事件の犯人が石川一雄さんではないという事は、真犯人は別にいるという事です。この章では、狭山事件の真犯人の真相について調査した結果についてご報告します。

石川一雄は冤罪なのか有罪なのか未だ謎

石川一雄さんが冤罪なのか有罪なのかは未だに議論されており、謎となっています。現在は石川一雄さんの無実を信じる人が圧倒的に多く、石川一雄さん自身も冤罪を証明するために活動を続けています。

真犯人は被害者の兄との噂も浮上

真犯人は被害者・中田善枝さんの兄だという噂も浮上しています。中田家は裕福な家だったため、財産争いで邪魔な妹を殺したと言う人がいるのです。脅迫状を発見したのがその兄だったという点も怪しいと指摘する人もいます。

真犯人には被害者の中田家元使用人の奥富玄二の名も

もう1人真犯人という疑惑をかけられているのは、奥富玄二さんです。奥富玄二さんは中田家の元使用人で、事件後に自殺しています。血液型も犯人と同じB型でした。ただし、脅迫状の筆跡鑑定を行なった結果、奥富玄二さんは犯人ではないと断定されました。

狭山事件は再審請求が続く謎に包まれた事件

狭山事件は、犯人とされた石川一雄さんを中心にして再審請求が続けられています。謎に包まれた事件のため、多くの人の関心を誘い、発生から半世紀以上経っても風化していません。石川一雄さんの冤罪は晴れるのでしょうか?そして真犯人が明らかになる日は訪れるのでしょうか?

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この記事のライター
fuyuhome
漫画とゲームが好きです。 最近は古いドラマを発掘して観るのにはまっています。 昔の俳優、今の俳優、どちらも違う...

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