塩沢ときの生い立ちや若い頃は?死因はガン?経歴まとめ

昭和時代に個性派女優として活躍していた塩沢ときさんをご存じでしょうか?塩沢ときさんの生い立ちや、芸能界での経歴についてまとめてみました。塩沢ときさんは現在、残念ながらお亡くなりになりましたが、その死因についても確認してみましょう。

塩沢ときの生い立ちや若い頃は?死因はガン?経歴まとめのイメージ

目次

  1. 1塩沢ときのプロフィール
  2. 2塩沢ときの生い立ち
  3. 3メアリと魔法の花に塩沢ときが?
  4. 4塩沢ときとガン
  5. 5塩沢ときの名言
  6. 6塩沢ときの死因はガン?
  7. 7塩沢ときさんはパワフルな女優だった

塩沢ときのプロフィール

  ・愛称:不明
      ・本名:塩沢 登代路(しおざわ とよじ)
  ・生年月日:1928年4月1日
  ・年齢:2007年に79歳で他界
  ・出身地:東京市牛込区中里町
  ・血液型:AB型
  ・身長:162㎝
  ・体重:不明
  ・活動内容:女優
  ・所属グループ:なし
      ・事務所:東宝芸能
  ・家族構成:不明
  ・出演作品:映画 「ドン松五郎の生活」ドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」

塩沢ときの経歴

昭和に大活躍した個性派女優の塩沢ときさんは、19歳の時に東宝ニューフェイス第二期に合格して清楚な美人女優として活躍していました。母子家庭で育ったという生い立ちのせいか堅実な印象でした。

しかし30歳のころ大病をし克服してからは、今までのイメージとは違うコミカルな個性派女優として、様々なドラマや映画で活躍されました。

41歳のころには子供向けのテレビドラマシリーズ「ケンちゃんシリーズ」に強烈な教育ママの役で出演し、「んま~、なんてことでしょ!」という流行語も作りだしました。

塩沢ときさんは、その後も様々なテレビドラマに脇役として多数出演し、個性的なキャラクターで人気を博しました。

昭和47年に放映された特撮の「愛の戦士レインボーマン」で塩沢ときさんは、派手なメイクと衣装がが印象的な魔女イグアナ役を演じました。

汚れ役だったにもかかわらず「女親分のイメージでこれを演じ、現実離れした魔女のキャラクターでストレスを発散させ、大いに楽しんだ」と後に語っています。塩沢ときさんがメイクも衣装も考えたそうです。

塩沢ときさんはその個性的なキャラクターからバラエティー番組でも人気者でした。小堺一機さんが司会をしていた「ライオンのいただきます」では、視聴者からのきわどい下ネタ質問にも、躊躇せずに答えてしまったりと、奔放なキャラクターで愛されました。

このように昭和の時代にテレビで人気者だった塩沢ときさんも、2007年にお亡くなりになられました。そんな塩沢ときさんの生い立ちや死因について、詳しく調べてみました。

塩沢ときの生い立ち

塩沢ときさんは、その唯一無二なキャラクターゆえに、どんな生い立ちなのかが気になります。ここでは塩沢ときさんの生い立ちや若い頃について、また出演作品などについても詳しく説明していきたいと思います。

若い頃は美人役だった?

塩沢ときさんと言えば、全盛期は奇抜なファッションや個性的なキャラクターで人気でした。しかし実は塩沢ときさんが若い頃には「清楚な美人キャラ」が売りだったようです。

1950年代の東宝映画で塩沢ときさんは、清楚な美人女優として活躍していたそうですが、若い頃の画像を見ると、ほんとうに着物がよく似合う美人さんだった事がわかります。

30歳で舌癌に?

そんな正統派女優だった塩沢ときさんは、30歳の若さで「舌ガン」にかかってしまいました。闘病当時の若い頃はガンを公表していなかったようですが、塩沢ときさんが1981年(昭和56年)に出演した「徹子の部屋」で、30歳の時に若くして舌ガンで手術をした事実を初めて公表しました。

じつは塩沢ときさんは、映画の撮影が終了した直後に「自分が痩せている」ことに気づいたそうです。さらに、舌の奥の方の違和感が気になり、鏡で舌裏をチェックしてみたところで変化に気づいたのです。

そして「ガンだ!」と直感した塩沢ときさんは、自らガンセンターに駆け込み放射線治療でガンを克服したそうです。ガンを克服したのなら死因が気になりますがこちらは後ほどご説明します。

塩沢ときは母子家庭?

生い立ちについて調べてみましたが、塩沢ときさんの著書の中には、幼いときに父親を亡くしてしまった為に、母1人子1人で生活していたことが書かれています。

そんな生い立ちのせいか、塩沢ときさんは若い頃からしっかりとした性格だったのかもしれません。そんな生い立ちのおかげでガンが見つかったときにでも、塩沢ときさんは気丈に行動できたのかもしれません。

若い頃の交際男性は

恋愛について赤裸々に語っていた塩沢ときさんですが、若い頃は家庭のある年上の男性とお付き合いしていたそうです。生い立ちのせいで年上の男性に惹かれたのでしょうか?

塩沢ときさんは、その男性と7年以上も付き合っていたそうですが、不倫という事もあり舌ガン完治後には別れてしまったようです。

ガンが発覚してからは、生い立ちでもお話ししたように母子家庭という事もあり、頼る人が不倫関係の彼だけしかおらず、その年上男性に「自分に何かあったら母のことを頼む」とお願いしていたそうです。

当時の塩沢ときさんの心境を考えるととても辛そうですが、いつも元気でパワフルなキャラクターはこのような辛い出来事がきっかけで生まれたのでしょうか?

そんな情熱的な恋愛をしてきた塩沢ときさんですが、生涯独身を貫いていました。バラエティー番組でも赤裸々に下ネタを話すなど、恋愛経験豊富な塩沢ときさんには、もしかしたら結婚には向いていなかったのかもしれません。

ガンを克服した後は?

塩沢ときさんは舌ガンを克服後に前出の年上男性と別れ、病気の再発などの不安を抱えながらも女優業を続けました。精神的にも辛い状況とはいえ、端役でも思い切ってコミカルな役を演じていましたが、それが塩沢ときさんにとって人生の転機になったようです。

快活さを感じさせるコミカルな演技が塩沢ときさんのイメージを大きく変えたようで、個性派女優としての仕事は途絶えませんでした。

そして舌ガンを克服してから20数年後に、とうとう黒柳徹子さんの「徹子の部屋」へ初出演しましたが、そのときの歯に衣着せないトークが、塩沢ときさんのブレイクのきっかけになったようです。

塩沢ときの出演ドラマ

ここでは塩沢ときさんの出演作品について確認してみましょう。女優さんという事で主役級の脇役としてドラマに多数出演していました。みなさんも動画で塩沢ときさんの、インパクトがあってコミカルなキャラクターを確認してみてください。

出演ドラマ①ツインズ教師

1993年に放映されたテレビドラマ「ツインズ教師」で塩沢ときさんは、ダブルキャストの主人公だった石黒賢さんの養母役で登場しました。ベテラン女優さんの貫禄からか、居酒屋の女将さん姿がとても似合っていました。

出演ドラマ②命賭けて

1998年にTBS系で放映されていた社会派ドラマ「命賭けて」で塩沢ときさんは、主人公一家の隣宅に住む女医さんの役で出演していました。シリアスな社会はドラマなのに、塩沢ときさんはコミカルなキャラクターで、ドラマの緊張感をほぐす役割もしていたようです。

塩沢ときの出演映画

次に塩沢ときさんが女優として出演した映画作品について確認してみましょう。そのインパクトのあるキャラクターで、どのような映画に出演されていたのでしょうか?さっそく確認していきましょう。

出演映画①てなもんや東海道

昭和41年に塩沢ときさんが出演した時代劇ドラマ「てなもんや東海道」では、夫婦げんかの妻役として出演していました。主演の藤田まことさんに引けを取らないキャラクターと演技力で、かなり目立っていたのがわかります。

出演映画②怪獣大戦争

日本とアメリカの合作で作られた映画「怪獣大戦争」はゴジラシリーズの第6作として放映されました。この映画で塩沢ときさんは、婦人団体代表の役で出演しています。この時の塩沢ときさんは髪型も普通でトレードマークの眼鏡もかけていなく、なんだか違う人のような雰囲気でした。

塩沢とき出演舞台

塩沢ときさんはドラマや映画の他にも舞台に出演していたそうです。塩沢ときさんはどんな舞台作品に出演していたのでしょうか?代表作品を確認していきましょう。

出演舞台①アニーよ銃をとれ

アメリカのブロードウェイミュージカル作品の「アニーよ銃をとれ」を1964年に江利チエミさん主演で再現した舞台。実在した女射撃手アニー・オークレイをモデルにしたミュージカルで、塩沢ときさんの舞台デビュー作品となりました。

出演舞台②嫁も姑も皆幽霊

2002年に初演された人情喜劇「嫁も姑も皆幽霊」は観客動員数10万人を記録した大ヒット作品です。この作品で塩沢ときさんはメインキャストではないようですが、客演として参加していたようです。

2017年に再演した株式会社NLTのブログで、出演当時の塩沢ときさんの画像を見ることができますので、ぜひチェックしてみてください。

塩沢とき出演CM

塩沢ときさんは個性的なそのキャラクターから、テレビCMでも大人気でした。ここでは塩沢ときさんが出演したテレビCMを、動画で確認してみましょう。

出演CM①小林製薬 デントジェル

1990年代の小林製薬の入歯専用歯磨き「デントジェル」のCMです。塩沢ときさんらしい派手なファッションと髪型、そしてトレードマークの大きい眼鏡もキラキラでインパクトがあります。

若い頃の舌ガンの手術のせいで、塩沢ときさん自身も総入れ歯だったようなので、まさにこのCMには適役だったようです。

出演CM②ローソン カードの若大将

1992年に放映されたコンビニ「ローソン」のCMで塩沢ときさんは、高嶋政伸さんと共演していました。短い時間でもかなりのインパクトのあるおばちゃんキャラは、一度見たら忘れられない存在感がありました。

塩沢とき出演アニメと映画吹替

塩沢ときさんは舞台やCMのほかにも、アニメの声優や映画の吹き替えで活躍していました。どのような作品に出演しているのでしょうか?確認してみましょう。

出演アニメ「ルパン三世 バビロンの黄金伝説」

塩沢ときさんは、アニメーション映画「ルパン三世 バビロンの黄金伝説」に声優として出演しています。この作品のキーパーソンでもある「老婆ロゼッタ」の声を担当しています。

この老婆ロゼッタは「実際は水も滴る美女だが、正体を隠しコミカルな老婆に化けている」という設定なのですが、なんだか塩沢ときさんとシンクロしているようです。

映画の吹き替えで出演

塩沢ときさんは、映画「悪魔の毒々おばあちゃん」の日本語吹き替え版に出演しています。大富豪のおばあちゃん姉妹の誕生日パーティーに、遺産目当てで集まった親族たちを悪魔の力を借りて惨殺していくというシュールな映画。

この映画で塩沢ときさんは、主人公のおばあちゃん「ダニー・デイブン」の声で出演しています。邪悪な姿に変身して人々を襲っていくおばあちゃんの姿を見事に表現しています。

 

メアリと魔法の花に塩沢ときが?

アニメ「メアリと魔女の花」の中に塩沢ときさんそっくりなキャラクター「マダム・マンブルチューク」が登場し、それによって塩沢ときさんが再び注目されました。

しかしプロデューサーさんが監督に提案した本当のモデルは、レディ・ガガさんだったそうです。ですが塩沢ときさんそっくりに見えるのでSNSでも話題になったようです。

メアリと魔法の花とは

「メアリと魔女の花」とは2017年に放映されたアニメーション映画で、スタジオポノックのアニメーション映画初制作作品です。監督は元ジブリの米林宏昌さんの他、この映画の製作スタッフの8割がジブリ出身者だそうで、ジブリ好きには必見な映画です。

塩沢ときとガン

生い立ちコーナーでも触れたように、舌ガンを克服してからは「超売れっ子女優」になっていた塩沢ときさんですが、57歳の時に今度は乳ガンに侵されてしまいます。塩沢ときさんの人生はまさに、ガンとの闘いだったようです。

乳ガンを自分で発見?

塩沢ときさんは、ご自身で右胸の乳房のしこりに気が付いたそうです。そしてこの乳ガンの手術で、塩沢ときさんは右の乳房を切除します。

執刀医の先生に「気を遣わず、悪いところは全部さっぱり切り取ってください。」と伝えたそうで、命さえ助ければまた出直せばいいと考えたからだそうです。

黒柳徹子との関係は?

乳ガンがマスコミにばれて騒ぎになってしまった時、黒柳徹子さん本人から塩沢ときさんに直接電話があったそうです。「徹子の部屋」に出演したときにガン闘病について公表していた塩沢ときさんの事を気遣って、心配と励ましの電話をされたようです。

塩沢ときの名言

塩沢ときさんは、生い立ちやガン闘病の苦労からか数々の名言を残しています。ここでは塩沢ときさんの名言と、塩沢ときさんだから響く女性ならではの発言をご紹介します。

名言①ガンは治ります

「癌は治ります」は自分を勇気づけるための言葉だったのかもしれません。塩沢ときさんが舌ガンの放射線治療を受けていた時、その担当医師が「治ります」とはっきり言いきったようで、それを信じて自分に念をかけて見事にガンを克服しました。

名言②死ぬことより最悪の事なんてない。生きているってことだけで素晴らしいじゃないか

塩沢ときさんはガン闘病の為に、何回も手術を受けました。そうして何度も死を覚悟したからこそ出た名言なのかもしれません。塩沢ときさんは乳ガンの手術のあとにも、「命さえあればまたやり直せるという覚悟で、おっぱいなんかいらない」と潔く語っています。

名言③女は子宮で物を考えるって、本当なのねえ

「好きな男とセックスするときは、子宮がやものすごく柔らかくなっているから、すごく感じるの。女は子宮で物を考えるって本当なのねえ。」と発言していたそうです。塩沢ときさんの情熱的で奔放な恋愛スタイルから生まれた、塩沢ときさんならではの発言です。

塩沢ときの死因はガン?

このように名言を多く残した塩沢ときさんですが、2007年に79歳で惜しまれつつもお亡くなりになりました。ガンを何度も乗りこえてきた塩沢ときさんの死因とは?ここでは塩沢ときさんがお亡くなりになった死因が何だったのか説明します。

死因はステルス性胃ガン

塩沢ときさんの死因について調べたところ、進行の早いステルス性胃ガンが死因で亡くなっていました。若い頃から3回もガン手術をしながらも克服し、元気な姿で芸能界復帰を果たしていた塩沢ときさんでしたが、惜しくも死因は胃ガンということで悔やまれます。
 

塩沢ときの最後のテレビ出演は?

そしてガンで亡くなる前の塩沢ときさんの最後のテレビ出演は、なんと「徹子の部屋」でした。ブレイクするきっかけになった「徹子の部屋」に最後に出演したのは偶然ではなく、黒柳徹子さんと塩沢ときさんには、思いやりでつながった特別なご縁があるのかもしれません。

塩沢ときさんはパワフルな女優だった

このように塩沢ときさんは、若い頃から亡くなるまでガンと闘いながらも、個性派女優としてパワフルに生きた女性でした。残念ながら死因はガンでしたが、自分がつらいときにでも「元気でパワフル」な姿を見せてくれた塩沢ときさんに、敬意を表します。

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この記事のライター
yuki.b

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