【映画化】巣鴨子供置き去り事件とは?母親・長男のその後は謎のまま?

映画化された事でも有名な巣鴨子供置き去り事件。母親の育児放棄により長男が生活の面倒をみる事に成ったのですが、その長男も出産後に出生届が出されて居なかったりと、とにかくこの巣鴨子供置き去り事件では母親の杜撰さが目に余る事件でした。今回はこの事件の全容に迫ります。

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目次

  1. 1巣鴨子供置き去り事件とは
  2. 2巣鴨子供置き去り事件の詳細
  3. 3巣鴨子供置き去り事件の要点
  4. 4巣鴨子供置き去り事件の母親の実態
  5. 5巣鴨子供置き去り事件の長男の人物像
  6. 6巣鴨子供置き去り事件の判決は?
  7. 7巣鴨子供置き去り事件のその後
  8. 8巣鴨子供置き去り事件は母親の責任感の欠落が原因

巣鴨子供置き去り事件とは

それでは早速「巣鴨子供置き去り事件」について話を進めて行きたいと思います。遡ること31年前、昭和も終わりに差し掛かった1988年にとある事件が発覚します。その事件は当時の歪んだ社会背景を象徴するかの様な事件として、世間に大きな衝撃を与えました。

先ずはその「巣鴨子供置き去り事件」とは一体どの様な事件だったのか?巣鴨子供置き去り事件の概要について御説明致しましょう。

東京都豊島区で発生した育児放棄事件

「巣鴨子供置き去り事件」とは、1988年に東京都豊島区巣鴨で発生した保護責任者遺棄事件です。父親が蒸発し、その後母親も4人の子供達を放置したまま自宅を出て行ったこの事件。母親からの金銭的な援助等を受けてはいましたが、その実体は実質的にネグレクト状態以外の何物でもありませんでした。

この育児放棄がその後ある事件を引き起こすきっかけと成り、子供達と母親の歪な家族関係が明らかに。結果的に母親は逮捕され、長男も養護施設に送られるという何ともいたたまれない形でこの家族の歪な生活は幕を下ろす事に成りました。

巣鴨子供置き去り事件のきっかけは「嘘」

そもそも何故この「巣鴨子供置き去り事件」は発生してしまったのでしょうか?実はこの巣鴨子供置き去り事件が発生したきっかけは、夫(長男の父親)が付いたある「嘘」がきっかけだったのです。果たしてその嘘とは一体何だったのでしょうか?

事が複雑であるのと、この後に詳しく御説明しなければ成らないのでその部分を省略して簡単に御説明させて頂きます。事件発覚から遡ること15年前の1973年、母親はこの夫と同棲を開始。その後暫くして2人は婚姻届に署名捺印を行い、夫婦となります。

しかしその後とんでもない事が発覚します。実はこの夫、この婚姻届を役所に提出していなかったのです。妻(母親)には婚姻届は提出済みであると嘘を付いて、夫は何食わぬ顔で生活を続けていたという事に成ります。

そしてその夫がある日突然蒸発します。どうやら夫は務めていた会社の金を使い込んでいたらしく、しかもその金で他に女を作っていたのだとか。そして横領発覚を恐れた夫がその女を連れて逃げたという訳です。そしてこの突然の蒸発によって母親は、自身と夫に婚姻関係が無かった事と、もう1つのとんでもない嘘を知る事に成るのです。

母親とある男性との出会いで状況が一変

その後母親は数人の男性と関係を持ち(子供も出産している)ましたが、何れの男性とも関係が長続きしない状態が続きます。然しそんな中である一人の男性との出会いが母親を一変させます。1988年1月、母親はこの男性と同棲する為に、何と子供達をマンションに残したまま出ていくという選択をしたのです。

母親としては「捨てていく」訳ではなく、あくまで生活を別々にするというつもりだった様です。子供達の生活の面倒を全て長男に任せ、自身は月々の生活費を送るという選択をした母親。

本来なら学校やら何やらで大問題に成る話にも関わらず、これが即座に問題に成らなかったのにはある大きな事情が隠されているからなのです。それはまた後程。

巣鴨子供置き去り事件の詳細

事件概要を御覧頂いただけでも、如何にこの巣鴨子供置き去り事件が身勝手極まりない事件であるという事がお分かり頂けたかと思いますが、この事件を語る上で最も重要なポイントについての説明は未だ行っておりません。

それらの説明を含め、ここからは巣鴨子供置き去り事件の詳細について迫って行きたいと思います。何故母親は子供達を残し家を出るという選択をすることが出来たのか?そしてどの様な経緯でこの巣鴨子供置き去り事件が発覚したのか?事件の流れを振り返って行きましょう。

巣鴨子供置き去り事件発生には複雑な家庭環境が影響している

この巣鴨子供置き去り事件は、この一家の置かれた複雑な家庭環境が生み出した事件と言っても過言ではありません。その最たる要因を作り出したのはこの家族の母親と、その母親と子供(長男)を捨てて蒸発した父親です。強いて言えばこの父親のある行為が全ての元凶に成ったと言っても過言では無いでしょう。

先程ご説明した通り、この父親は母親との婚姻届を提出したと嘘を付いていた訳ですが、彼はもう1つ大きな嘘を付いていたのです。それは何と「長男の出生届」で、実はこの夫は長男の出生届を提出せずにそのまま放置していたのです。

つまりこの長男は無戸籍児という事に成り、戸籍上日本には存在しない子供という扱いと成る訳です。この事を母親が知ったのは長男が小学校に上がる年で、奇しくも夫の蒸発と同時期の事でした。

いつまで経っても長男の就学通知が来ずにおかしいと思っていたのですが、結局その後も通知は来ぬままに春を迎え、疑問に思った母親は役所へ赴き、其処で全てが発覚したのです。

彼女はここで自分が未婚で有ることと、長男が戸籍のない幽霊児である事を知り愕然とします。そして彼女はこの事実を知った後で本来なら福祉事務所や児童相談所等といった機関に相談すべきだったのですが、何とそのままこの状況を放置してしまい、そしてこの判断がその後更なる事件を生み出していく原因と成ってしまうのです。

6人の子供を出産した母親

先程も軽く触れましたが、この母親はその後何人かの男と交際し、その男性達との間に出来た子供を出産しています。その子供達の人数は最初に出産した長男を合わせると何と計5人!これだけの数の子供をこの母親は出産しているのです。

そして既にお分かりかと思いますが、この子供達は長男同様に全員出生届を提出していないのです。長男の出生届が提出されていない状況を知った際に「放置する」といった選択をしたこの母親ですが、有ろう事か今度は自らが出産後に出生届を提出しないという選択をしたのです。これは流石に愚かな行為以外の何物でもありません。

日本では出産後に出生届が提出されていない、いわゆる「無戸籍児」は少ないとされていますが、様々な事情により出産後に出生届が提出出来ない状況にあった方もいらっしゃいます。

最も多い例がDVだそうで「夫や交際相手の暴力に絶えきれずに逃げ出し、その後身籠っていた子供を出産したものの、居場所がバレるのを恐れて出生届を提出できなかった」といったケースは相当数に上ると言われています。

話は変わりますが、今回の事件で子供の数は「5人」と報道されています。然しながらここには「6人の子供を出産」と記載されている為、単純に考えると人数が合わない計算と成りますよね。これには実はある事情が隠されているのです。その話は後程母親の人物像の所で詳しくご紹介致します。

不審に思った大家が通報

自宅マンションに子供達を残し、自分は男性と同棲を始めた母親。この母親は長年に兄弟達の生活の面倒を任せ、自分は月々の生活費を仕送りするという生活を送っていました。然しながらそんな生活が長く続く訳がありません。

1998年7月、このマンションの大家が子供達のみで生活している状況を不審に思い警察に通報。児童相談所と警察が子供達が済む部屋を訪れたところ、異臭が立ち込める部屋の中で子供達が暮らしているのを発見。長男に事情を聞くと「母親は出ていった」との返答が。育児放棄の現状を確認した児童相談所は彼等を保護することに。

その後警察がこの自宅を家宅捜索したところ、中からとんでもないモノが発見される事に…(これについては後程詳しくご紹介致します)

兄弟にとって長男が母親代わりだった

母親が自宅から出ていってしまうといった通常なら有り得ない状況下において、長男は兄弟達の母親的な存在だった様です。

長男が母親代わりをする理由は?

長男が兄弟達の母親代わりをした理由ですが、これは単純に彼が最も年長だったという事が理由であると考えられます。当時長男は既に14歳で、その次である長女とは8歳も歳が離れており、子供達の面倒を自分が見ない訳にはいかない状態に有ったと思います。

そして母親から面倒をみるようにと頼まれたのも長男です。「育児放棄しておいて何を言い出すのか?」といった所ですが、子供にとっては育児放棄するような母親でも母親には変わりありません。彼は育児放棄をした母親に変わって、子供達の面倒をみる事を長男としての「責任」と感じ、歪ながらも母親の為に尽くしたのでは無いでしょうか?

それともう1つ。長男は母親のある行為を自らのその目で目撃しています。それが彼が「兄弟にとって自分はいい兄でいよう」「兄弟達の面倒は自分が見よう」という様に結びついた可能性があります。その「ある行為」についてはこの後でご紹介致します。

生活費は母親からの仕送り数万円だった

長男が生活の面倒を見ると言っても、長男も14歳で無戸籍ですので当然バイトも出来る状態ではありません。なので生活し子供達の面倒を見るにはそれなりの生活費が必要に成ります。この子供達の生活費について、母親は毎月送るという事を当初約束していたのです。

5人の子供が生活すると成れば、毎月それなりの生活費が必要に成るのは明白です。もし生活費さえ約束通りきちんと送られ続けていたとしたら、長男も兄弟達の生活の面倒を見続ける事が出来たかも知れません。というのも、結局母親からの生活費の仕送りが日を追う事にどんどん少なくなっていったからなのです。

母親は愛人に夢中で家に帰らない日々を送る

母親は愛人との同棲生活に夢中で、子供達が暮らす自宅に帰る事はありませんでした。それどころか毎月の生活費まで日を追う毎にどんどんと少なくなっていったそうです。毎月7〜8万円の生活費が送られてくる筈が、やがて金額が減って行き、終いには二ヶ月程間が開いた後に2〜3万円程の生活費が送られてくる様に成ったと言います。

5人もの子供が暮らしているにも関わらず、2ヶ月を2〜3万円の生活費でどの様に生活しろと言うのでしょうか?

乳児の白骨された遺体が発見される

話は前後しますが、通報を受けた警察と児童相談所が子供達の暮らすマンションを訪れて彼等を保護。その後で警察が家宅捜索を行った結果、何と押入れの中から乳児とみられる白骨化した遺体が発見されたのです。

その後の取り調べの結果、この白骨化した遺体がこの一家の次男で有ることが明らかに成りました。勿論出産した後に出生届を出していないため、戸籍上この次男は存在していない子供という事に成ります。

母親はこの次男の遺体を押入れの中に隠し、長男はその一部始終を観ていた訳です。これが長男が母親代わりとなって兄弟達の面倒を見続けた、もう1つの理由と言われています。

巣鴨子供置き去り事件が重大ニュースとして報道される

これによりマスコミが「巣鴨子供置き去り事件」としてこの事件を大々的に報じることと成り、ニュースを観た母親が「もしかすると自分の事かも知れない」と感じ警察に出頭。そのまま逮捕と成りました。社会では育児放棄が問題視される中で発生した、その極みとも言えるこの痛ましい事件。この「巣鴨子供置き去り事件」が世間に与えた影響は計り知れない程大きな物でした。

巣鴨子供置き去り事件の要点

史上類を見ない育児放棄事件である「巣鴨子供置き去り事件」ですが、この巣鴨子供置き去り事件において、一体何が重要なポイントと成ったのでしょうか?この巣鴨子供置き去り事件の中で、最も大きな要点と成った3つのポイントについて検証して行きたいと思います。

要点①子供達の出生届が提出されていない

巣鴨子供置き去り事件の要点①は「出生届が提出されていない」です。これがこの巣鴨子供置き去り事件の全ての元凶と成っていると言っても過言ではありません。その後の育児放棄や死を引き起こしたのは、全てこの時点での選択を誤った母親の責任以外の何物でもありません。

夫だと思っていた男に蒸発され、子供の出生届も出されておらず、母親は本当に大きなショックを受けたのでしょう。然しながらこの時彼女が然るべき機関に相談に出向いていれば、この後に続く5人の出産や育児放棄、そして「巣鴨子供置き去り事件」そのもの自体が発生しなかったのでは無いでしょうか?

母親は長男に戸籍が無い事を役所に出向いて初めて知りました。であれば、役所の人間に今後どの様にすべきかという事を聞く事も出来たでしょうし、当然対応した人物からも事情が事情なだけに然るべき対応を促されたのでは無いでしょうか?つまり本人さえ動けばどうにかなる状況に有ったと考えられるのです。

然しながら母親は福祉相談所や児童相談所に説明に行く事も無く、ただそのまま問題を放置する事を選択したのです。戸籍の無い人間が世の中で行きていく事がどれだけ大変かが、ほんの少しでも想像できるならこの様なバカな真似はしなかった筈。然しこの母親はこの後同じ事を5回も繰り返したのです。

子を持つ親として「まあ、いいか」では絶対に済まされない事を、繰り返し5度も行う様なその精神構造。この母親は育児放棄を行うべくして行った人間であると言えるかも知れません。子供と変わらない精神構造の母親が、例え何人の子供を出産しようとも決して育てられる訳がありません。この育児放棄は起きるべくして起きた以外の何物でも無いのです。

要点②学校に通えない状況だった

巣鴨子供置き去り事件の要点②は「学校に通えない状況だった事」です。出産はするものの出生届を提出していない訳ですから、この一家の子供達は全員「社会的には存在しない子」という事に成ります。ソレ即ち、この日本に住んでいながら日本人として受けられる権利や保護すらも適応されないという事に成るのです。

子供が学校に通う理由は?と言えば、それはズバリ「国民の義務」だからです。日本国憲法第26条2項に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」とあります。つまり全ての日本国国民は教育を受ける義務があり、その費用は国が負担するという事ですね。

然しこれはあくまでも「日本国国民」を対象とした憲法であり、その日本国国民を定義づけるモノというのは「戸籍」以外の何物でも無いのです。つまりは「日本人国籍を持たない者は日本人に非ず」という事です。国民とは総じて戸籍を持つ者を指す言葉であって、戸籍を持たぬ者は憲法上の解釈だと「非国民」という位置付けに成ってしまうのです。

そうなればこの一家の子供は誰も出生届が提出されていないのですから、全員が日本国国民では無い訳で、当然ながら学校にも通うことが出来ません。義務教育機関は「国民として背負った義務を果たす場所」でも有るため、国民以外の子供達にはそもそも通う資格すら与えられていないのです。

この様な面倒な状態に成ってしまったが故に、今更どうしようもないと諦めてしまったのかも知れません。長男の段階で出生届を提出できなかった理由をきちんと説明し、然るべき対応を受けてさえいればここまでの大事件に発展する事は防げた筈だけに、やはり残念で成りません。

要点③三女が行方不明になっていた

そして最後の巣鴨子供置き去り事件の要点③は「三女が行方不明に成っていた点」です。これは母親ではなく長男に大きく影響を及ぼす結果と成りました。実は警察と児童相談所が彼等の保護に動いた時、室内には3人の子供がいたのですが、本来であれば其処には4人(次男は既に死亡しているため)の子供が居なければおかしいという事に成ります。

室内に居たのは長男、長女、次女で、母親が出頭してきた際に話していた内容によると、そこにはあと一人三女が居るはずだったのです。然しながらそこに有るはずの三女の姿は何処にも見当たりませんでした。

巣鴨子供置き去り事件の母親の実態

それでは続いて巣鴨子供置き去り事件の母親の人物像について見ていきたいと思います。この母親は一体どの様な経緯を経てこの事件を引き起こしてしまったのか?また彼女が抱えていた闇とは一体何だったのか?母親の事件までの足跡を辿ります。

巣鴨子供置き去り事件の母親の人物像

川崎市の私立高校を卒業

巣鴨子供置き去り事件の母親であるAは、神奈川県川崎市にある私立高校を卒業しています。高校時代に関してこれといって特別なエピソードも見当たらない事から、何処にでも居るような平凡な女子高生だったのではないかと考えられます。

将来の夢は歌手

そんなAには将来歌手に成ることを夢見ていたという情報があります。どうやら一時期は本気で歌手を目指していたらしく、CDもリリースしたとか。但しこれはメジャーでのリリースでは無かったようなので、歌手としての彼女を知る人物は殆ど居なかったそうです。

然しながら夢を夢のまま終わらせるのではなく、形にしようとして努力したという点は評価が出来る点です。ただ、その様な前向きな女性が何故その後育児放棄に走ったのか…という謎はより一層深まる事に成りますが。

仕事はデパートの派遣店員

結局CDはリリースしたものの、歌手として身を立てるといった夢を叶えるまでには至らなかったAは、その後デパートの派遣社員として働く事を選択します。そしてこのデパートでAはある男性と出会うことに成るのです。

Aはその男性と恋に堕ち、やがては結婚を願うように成りますが、その男性との結婚をAは両親によって猛反対されてしまうのです。両親の猛反対に合ったAとその男性がその後どうなったのかは明らかに成っていませんが、実はAはこの男性との間に何と子供を一人授かっていたのです。

前途の章で「6人の子供を出産した母親」と紹介した際、子供の人数が合わなかったのはこの子供が含まれていないからなのです。この男性との間に産まれた子供は産まれて直ぐに養子に出されており、今回の事件には一切関係しておりません。故にAは6人の子供を出産したが、生活を共にしていたのは5人の子供達のみという事に成るのです。

子供の父親は全員異なる

Aはこれまでに6人の子供を出産しておりますが、何れの子供の父親も全て別人です。要するに6人との男性との間に子供を作っているという事に成ります。これは世間一般的に考えると非常に珍しいケースというか、Aにも何らかの問題があるのでは?と訝しまれてもおかしくないケースと言えるのでは無いでしょうか?

無責任な男が好き?

それはつまり、Aの好きな男性のタイプに問題があるのではないか?という事です。Aはこれまで6人の男性の子供を出産している訳ですから、単純に考えると6回は結婚する機会が有ったという事に成ります。結果的にその何れの男性とも家庭を築くには至らなかったという事は、Aがそうした「無責任な男」の事が本質的に好きだという事の現れなのでは無いでしょうか?

Aの恋愛遍歴に関して、相手方の詳細が分かっているのは長男の父親であり蒸発した夫のみですが、結果を見る限り「子供を作るだけ作って後は知らんぷり」といったパターンを繰り返している様にしか見えないのです。

何れも「面倒な事に成ったら逃げれば良い」といった感じで、とても将来設計を共に考えられる様な男性では無かったのは間違いありません。そうしたいわゆるダメンズ的な面倒な男性をAは好きに成ってしまう傾向が有ったのかも知れませんね。

押入れに死亡した次男を隠す

またAの異常な点を顕著に表した事例として、彼女が死亡した次男を押入れに隠してしまった点が挙げられます。Aは病死した次男をビニール袋で包むと、その中に消臭剤を入れて押入れの中に隠してしまったのです。

これは「目の前の現実から只々逃避する」といった、Aの「逃げの思考構造」が実際の行動として顕著に具現化した結果であります。押入れの中に隠したからといって次男が死亡したという現実は変わりません。然しながらどうする事も出来ない彼女は、匂いが漏れないようにビニール袋で包んだ上に消臭剤を入れて隠したのです。

これで一時的には彼女の中で「無かったこと」とする事が出来たのかも知れません。本来であれば可愛い我が子が亡くなったという辛い現実に対し、心が張裂けんばかりの状況にも関わらず、彼女は只黙って次男の遺体を隠すという行動に出た訳です。

この行動がAの異常さの全てを物語っている気がします。彼女にとって子供達とは一体どういった存在だったのでしょうか?「子供達の将来の幸せを願う親」という一般的な親が持つ顔は、彼女には備わって居なかったのかも知れません。

嘘を付き続けた母親

Aは長男の父親が蒸発後、嘘を塗り重ねて生きて行く様に成ります。Aは周囲に対して「わたしは慶応大学を出て、いまは三越の外商部に勤務しています」「亡くなった夫は外交官でした」「息子は立教中学に通っています」等の様な嘘を付いていたようです。

またAが現在のマンションに越して来た際には「これ、うちの職場で扱っているものですけど」と言って、三越の品物を隣近所に配り歩いていたと言います。

勿論これらは全て嘘です。Aは外商部に勤務しておらず、夫も無くなるどころか騙した上に蒸発し、息子も名門中学に通うどころか戸籍がないので学校にすら通うことが出来ません。つまりAのコンプレックスに当たる部分が全て嘘で塗り固められていたのです。

Aにとってこうした現実は、自身にとって非常に耐え難く受け入れがたいモノだったのかも知れません。その現実に蓋をするように嘘を並べ、自らがさも幸せなアッパークラスの生活者である様に演じる事を選択したA。彼女は現実を受け入れるのではなく、虚構を演じる事で自らのアイデンティティを保ち続けて居たのでは無いでしょうか?

誰も相談相手がいなかった

Aが不幸だったのは、こうした現実を相談することが出来る相手が誰も居なかった点です。タラレバの話に成ってはしまいますが、もし長男の出生届が提出されていない事が判明した時点で誰かに相談する事が出来ていたら、この巣鴨子供置き去り事件は発生する前に防ぐことが出来たのでは無いでしょうか?

経緯を見る限りでは最初の男性との結婚を両親に猛反対された事もあり、Aは両親には打ち明けられなかったのだと考えられます。更にAは友達にも相談していません。

Aは川崎市の高校を卒業していますので、地元も神奈川県か東京都内である可能性が高い訳です。そして都内で暮らしているのですから、連絡が採れる友人も一人位は居たのでは無いでしょうか?

もしかするとAには友達と呼べる相手が余りおらず、本当に誰にも相談出来なかった可能性もあります。然しながら長男のケースの場合、Aはある意味被害に合った訳ですから、担当機関に事情を話せば必ず力に成ってくれた筈です。それをしなかったのはやはりAの愛情対象が「子供」ではなく「男性」に有ったからかも知れません。

本当に困った時はやはり誰かに相談するのが一番です。その場で答えを導き出す事が出来なかったとしても、解決に向けての糸口が掴めるかも知れませんし、何より吐き出すことで心の負担が軽減できます。Aがそういった手段を選択しなかった(出来なかった)ことが残念で成りません。

巣鴨子供置き去り事件の長男の人物像

続いては巣鴨子供置き去り事件の長男の人物像についてです。この事件の被害者であり、また加害者でもある長男。彼は一体この事件でどの様な罪を犯してしまったのでしょうか?

面倒見が良い

この一家の長男であるBは非常に面倒見の良い人物でした。普段から妹たちの面倒をしっかりと見る優しい兄で、兄弟達からも常に慕われていたそうです。

被害者でもあり加害者でもある長男

そんな面倒見の良い心優しい兄であったBですが、この巣鴨子供置き去り事件の被害者であり、また加害者でもあります。被害者として「出生届を提出されず無戸籍状態とされた」「育児放棄の末、他の兄弟と共に放置された」という被害を被ったBですが、では加害者というのは一体何に対してを指しているのでしょうか?

立教小学校の学生という嘘

またBは近所の人に何処の学校へ通っているか尋ねられた際、必ず「立教小学校に通っています」と答える用母親から釘を刺されていたそうです。親が付いた嘘を子供がバラさぬ様にと、子供にまで嘘を付く事を強要していたという事になります。

初めて出来た友人2人が不良少年

学校にも行けず、兄弟達の面倒を見る毎日を過ごしていたB。当然ながらその様な環境では友人を作ることすらままなりません。ただ流石にそれだけの毎日では息が詰まりますし、食材などの買い出しにも行かなければ成りませんので、時折様子を見ては外出するといった生活を送っていました。

そんなある日、あたりをふらついていたBはある2人の少年達と出会い、友達と成ります。Bの初めての友達である少年CとDは共に不良少年で、其々に屈折した何かを抱えた少年でした。三人は意気投合し、あっという間に打ち解けて行ったのです。

自宅は不良少年の溜まり場に

CとDにとって、子供だけの閉鎖空間であるBの自宅マンションは最高の場所に成りました。やがてBの自宅は彼等の溜まり場と成り、毎日のように彼等はBの自宅へと訪れる様に成ります。

Cに関しては家庭環境が複雑な事もあって学校にもほとんど通っておらず、最終的にはこの家に居候同然の形で住み着く迄に成って行きます。

長男と不良少年が3女を殺害し遺体を遺棄

そうした生活を送りつつも、兄弟達に対してはいつも通りの優しい兄であったBですが、次第に兄弟達の面倒を見る事に嫌気が指すように成り、CとDとの遊びを優先するように成って行きます。そうした中である事件が起こりました。

4月21日、Dが買い置きしてあった筈のカップラーメンが無くなっており、腹を空かせた妹が食べたのだろうという話に成りました。Dが妹達を問い詰めた結果、三女が食べた事が判明。その後BとCとDは二歳の三女に対し折檻を行います。

その後更に三女がお洩らししてしまい、今度はそのお漏らしに対して再びDが折檻を行うと言い出します。BとCは「勝手にやれば」と言い残し、隣の部屋でテレビを見る事に。その間Dは押入れの上の段から三女を何度も床へと落とし、ゴムボールを蹴るかの如く三女の事を蹴り上げました。

泣き叫んでいた三女の声が聞こえなくなった事に気が付いたBが隣室を覗くと、そこにはぐったりとした三女の姿がありました。救急車を呼ぶわけにもいかず、母親に連絡するわけにも行かず、結局見よう見まねの人工呼吸などを行うものの、翌朝にはもう三女は冷たくなっていたそうです。

Bは次男が死亡した際に母親がやっていたのを真似て、消臭剤を入れたビニール袋に三女を包み押入れにしまいこみます。然しながら直ぐにそこから匂いが充満してしまい、考えたBは日を改めて三女を何処か人目のつかない場所に埋める事にしたのです。
 

「優しい兄」であった長男の行動

4月26日、BとDは電車に乗って秩父市の公演を訪れました。手に持ったボストンバックの中には三女の亡骸が入っており、彼等は人気の無い駐車場脇の雑木林に死体を捨てると、その上を木の葉や枝で覆い隠したそうです。Bがこの場所を選んだのは「三女に山の景色を見せてやりたかった」からだそうです。

Bは初めて友達が出来た事で、結果的に母親同様「育児放棄」をしてしまったのでは無いでしょうか?友達と遊ぶことを優先し、次第に兄弟達の面倒を見るのが嫌になったという経緯は、彼の母親が育児放棄した事と何ら変わりありません。ただ、秩父の山を選んだという点に関しては、彼が持つ「優しい兄」の一面だったのかも知れませんね。

巣鴨子供置き去り事件の判決は?

続いて巣鴨子供置き去り事件の判決について御説明したいと思います。この事件の加害者には一体どの様な判決が下されたのでしょうか?

母親には有罪判決が下る

保護責任者遺棄致死の罪で逮捕・起訴された母親には、懲役3年執行猶予4年の有罪判決が下されています。非常に身勝手な犯行にも関わらず執行猶予が付いたのは、恐らく夫が蒸発した当時の状況を加味したものと言えます。

長男は傷害致死・死体遺棄の容疑で家裁送致され養護施設へ

続いて長男は傷害致死・死体遺棄の容疑で東京家庭裁判所に送致された後、当時の状況を考慮された結果養護施設へと送られる事に成りました。

長男の友人2人は教護院へ

長男の友人であるCとDに関しても、長男と同じく傷害致死・死体遺棄の容疑で東京家庭裁判所に送致された後、児童自立支援施設(教護院)へと送られる事に。

保護された長男は母親の事を心配していた

特筆すべきは、保護された長男が母親のことを心配していたという点にあります。自分や兄弟をこの様な目に遭わせた元凶とも言える母親ですが、彼にとってはそんな鬼畜な母親でも母親であることに違いは無いようです。

巣鴨子供置き去り事件のその後

では最後に巣鴨子供置き去り事件のその後についてご紹介しておきたいと思います。この事件がモチーフと成った映画が公開されたと言われていますが、果たして⁉

長女と次女は母親と暮らす

母親は当時男性と同棲中でしたが、事件後に長女と次女を引き取ったそうです。然しながらその後の状況に関しては一切不明のままと成っています。

長男は現在も消息不明

養護施設に送られたという長男に関しては、現在も消息が不明のままです。ネット上では様々な噂が飛び交っていたそうですが、真相は誰も知るはずがありません。

事件関係者の実名は非公開

この事件は未成年者保護の目的で実名報道は一切行われておりません。故に事件後の動向についても一切知る事が出来ない訳ですが、「忘れてあげる事」も長男や母親の更生の手助けと成るのでは無いでしょうか?

この事件をモチーフにした映画「誰も知らない」が公開される

2004年、この巣鴨子供置き去り事件をモチーフとした映画「誰も知らないが公開されました。主役である長男役を演じたのは俳優の柳楽優弥。彼はこの作品で史上最年少および日本人として初めてのカンヌ国際映画祭最優秀主演男優賞を獲得。大きな話題を呼びました。

巣鴨子供置き去り事件は母親の責任感の欠落が原因

今回は巣鴨子供置き去り事件についてご紹介して参りました。母親の責任感の欠如が産んだ悲劇的な事件であるこの巣鴨子供置き去り事件。育児放棄の末に待っていたのは何とも悲しい結末でした。この様な事件が二度と繰り返されない事を願うばかりです。

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